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江戸しぐさ批判本が掛け算の前後にこだわる

江戸しぐさそのものの所感はありません.裏表紙によると「懐疑的立場から「江戸しぐさ」を論じる初めての書籍」とのことなので,これから通読します.(読み終えましたので,記載内容や読んだ印象に基づき,内容を書き換えています.)

買った理由はトンデモうんぬんよりも,以下の通り,いわゆるかけ算の順序のことが書かれていたからです(p.197).

また、小学校の算数では掛け算については、問題文通りの順番に数字を並べなければ答えがあっていてもバツをつけるという指導が広まっている。
具体的に説明すると、「りんごを3つのせたさらが2まい」ある場合のリンゴの合計について、3×2と書いたなら、答えを6としても間違いあつかいされるというわけである。
そのような考え方になれてしまうと、後で乗法の交換法則を学んだ時にかえって混乱すると思うのだが、現在の小学校教師はカップリングを考える腐女子の如くに掛け算の前後にこだわることを余儀なくされている。

ざっとつっこむと:

  • はじめの2つの文(段落)の主張がミスマッチしています.かけ算の式を「2×3」に置き換えれば,いちおう話は通るのですが.
  • 小学校のかけ算の指導で,注意したい(そして批判されている)出題は,逆順に並べて正解となるかけ算の問題のほうです.*1
  • ひらがなの「りんご」とカタカナの「リンゴ」が同じ行にあります.チェック不足でしょうか.
  • りんごの合計なので,答えは「6」ではなく「6こ」としたいところ.
  • 乗法の交換法則と,乗法の意味は両立します.「答えは同じだけれど,意味が違う」です.*2

とはいえ「江戸しぐさ」と「かけ算の順序」の間で違いもあります.前者は,「NPO法人江戸しぐさ」が設立され,1980年代に読売新聞「編集手帳」でも取り上げられている(p.30)など,批判より前に「江戸しぐさ」という名称があったのに対し,後者は,算数教育において「かけ算の意味」や「被乗数と乗数の意味」(例えばhttp://ci.nii.ac.jp/naid/110007994852)に基づく指導に「かけ算の順序」*3といった名称をつけて批判がなされています.
この違いは,「江戸しぐさ」と「かけ算の順序」それぞれの情報の入手のしやすさや信頼性と関わってきます.例えば,「自分は小学校のとき,かけ算の順序を教わらなかった」という主張は説得力を持ちません.過去にも現在にも,小学校では「かけ算の順序」やそれに類する表現を用いていないからです.*4

巻末の参考資料リストに『かけ算には順序があるのか』が入っていました.あの本は第1刷で「時速1kmあたりで3km歩く道のり(1あたり量)の時速4km分(いくら分)」と書かれ,第3刷で「時速1kmあたりで3km歩く時間(1あたり量)の時速4km分(いくら分)」に変わっていたのでした.新しく得た情報をどのように判断し,公表するのかについて,これからも注意を払っていくとします.


通読後の認識は主に2つ.一つは,この本のような文章を自分は書きたいのではないのだなというもの.もう一つは,本文のあちこちで「構造」の語を見かけたことでした.小学校のかけ算を大人モードで検討するにあたり,国内外の「乗法構造(multiplicative structures)」が避けて通れないと,ぼんやり思っているのですが,この1年で見かけた「構造」を,整理し直すとしますか.

(リリース:2014-08-31 夕方 Sun Aug 31 17:55:09 JST 2014)

(最終更新:2014-09-01 深夜)

*1:その種の出題はhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20131229/1388265996で整理していまして,来年度から使用される教科書にも,1972年に批判をした遠山啓の著書にも,古くは戦前の緑表紙教科書にも見られます.Webで読める数万人規模の学力調査もあって,http://www.sokyoken.or.jp/kanjikeisan/pdf/2nen.pdfhttp://tosanken.main.jp/data/H25/happyou/20131018-7.pdf#page=6で出題と正解率を知ることができます.

*2:洋書を含めた事例集はhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130615/1371274369,より詳細な事例紹介はhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130204/1359989997でまとめています.

*3:表記の揺らぎについては,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130503/1367506800の最後にQ&Aを設けました.

*4:かけ算に関して「順序」は,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140705/1404486005http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130424/1366749623で紹介してきたとおり,結合法則の学習で用いられています.