わさっきhb

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ななめの長方形

「第7問*1 ローカルルールの押しつけ」の後半に,かけ算の順序が取り上げられていました.ただしこれまで読んできたものと異なり,以下のとおり導入には長方形の面積が用いられています(pp.81-82,図は省略).

あきれる規則の数々

しかしこの問題ぐらいなら、まだ罪はそれほど重くないのかもしれない。最近、何人かの小学生に訊いたのだが、小学校では信じられないような不当な「規則」が幅を利かせ、子供たちを苦しめているらしいのだ。
算数に限ってそのいくつかを紹介すると、たとえば下のような長方形の面積を求める場合、
  5×3=15
と求めると、×になるというのだ。どういうことなのか。最初はわからなかったのだが、長方形の面積を求める公式は
  長方形の面積=縦×横
なので、その通りに計算しなければならない、と指導されているらしい。とんでもない教師がいたものだ。
公式などというものは道具にすぎない。それをどう活用するかはその人の勝手だ。この教師は、公式に縛られるような窮屈な人間を育てたいと思っているのだろうか。
こういう話を聞くとちょっとからかってみたくなる。ならば、長方形が斜めに置かれていたらどうするのだろうか。どちらが縦でどちらが横か判定に苦しみ、一歩も前に進めなくなる教師を想像すると楽しくなる。

ななめの長方形は,3年ほど前にななめという記事を作ったことがあります.「ポイントは,長方形の面積を縦×横の公式に適用して求める場合,「縦はどれであるか」ではなく「縦をどこにするか」を問うこと」と書いたのでした.
その後に2冊,本を知り,算数教育においても,ななめの長方形は考慮されていることを見てきました.

ななめの長方形がある板書例は,p.63です.

同じページの右下には,「長方形の面積の公式は「たて×横」だが,斜めに置かれた長方形では,たて横の区別はつかない。したがって,長方形の面積は「たて×横」でも「横×たて」でも求められることを,押さえておく」という解説もあります.
「資料4」とも書かれてあり,ページをめくると,p.83に見つかりました.そこでは,ななめに配置された長方形(正方形を含む)が9つ,描かれています.定規で辺の長さを測り,公式を用いて面積を求めるといった学習が想像できます.
もう1冊.

第2学年のQ&Aです(p.45).

「長方形そのものには,一意的に縦・横の別がない。次の図のように,一方を縦と見れば,他方は横になるのである」と,明快です.
以上が,『やじうま入試数学』の「長方形が斜めに置かれていたらどうするのだろうか」の答えとなります.どちらが縦? 横? と考え込むよりは,本を手に取るのが,この件に関しては,より教育的なのかもしれません.
なお,長方形の面積の公式は「縦×横」でなければならないのか,という観点での議論は,2007年に出てきます.

国際比較や,和算や明治以降の教科書を参照し,整理を行っている文献は,それらより少し後になります.

ブログを起点に,もう少し過去の情報にアクセスすることもできます.まず,横の長さを先に,縦の長さを後に書き,長方形の面積を求めるという文章題の存在です.

「横が50cm,たてが3mの長方形」が該当します.東京書籍の昭和61年発行のもの,とのこと.0.2×0.3からでリンクし,「横の長さを先に,縦の長さを後に書き,長方形の面積を求めるという文章題」について自分なりに調査してきましたが,学習指導案も授業例も,テストの事例も見当たらず*2,図形分野の他の出題と比べて,教育的意義が見出せそうにないのかなあとも感じています.
この1980年代に,長方形の面積と,2年で学習するかけ算の文章題とを,リンクさせた解説があります.

  • Vergnaud, G: Multiplicative Structures, Number Concepts and Operations in the Middle Grades, pp.141-161 (1988). [isbn:0873532651]

文章題が5つ,挙げられています(pp.144-145)が,関係するところだけ書き出します.

1. Connie wants to buy 4 plastic cars. They cost 5 dollars each. How much does she have to pay?
a) 5+5+5+5=20
b) 4・5=20
c) 5・4=20
d) 4+4+4+4+4=20
(snip)
5. A rectangular room is 5 meters long and 4 meters wide. What is the area?
m) 4・5=20
n) 5・4=20
(1. コニーは4個のおもちゃの車を買いたい.1個は5ドルする.いくら払わないといけないか? 5. ある長方形の部屋は,長さが5m,幅が4mである.その面積は?)

b)とc),m)とn)について,著者はどちらもその場面を表した式となることを書いていますが,かといって,どちらも同じかけ算というのではなく,上記の1と5は結局のところ,異なっているのを主眼としています(p.146.原文でも,2つの段落は連続しています).

The comparative facility of isomorphic over functional properties is even easier to show by considering all four procedures a, b, c, and d. Procedure b is a meaningful concatenation of procedure a. The cost of 4 cars = the cost of 1 car, plus the cost of 1 car, plus the cost of 1 car, plus the cost of 1 car. Expressed formally in terms of the isomorphic property for addition, this is f(1+1+1+1) = f(1)+f(1)+f(1)+f(1), and in terms of the isomorphic property for multiplication, f(4・1)=4・f(1). Procedure d is meaningless in terms of cars and costs. Twenty dollars cannot be 5 cars + 5 cars + 5 cars + 5 cars. Young students apparently are aware of this and never user procedure d. So there is a strong asymmetry between procedures b and c. They are not conceptually the same, although because of the commutativity of multiplication they may be mathematically equivalent.
Procedures m and n look very much like procedures b and c, but there is no asymmetry between m and n because the product of length by width is conceptually the same as the product of width by length. The structure it involves is a product of measures rather than a simple proportion.
(同型性は,4つの手続きaからdまでをまとめて検討することで,より容易に示される.手続きbは,手続きaと意味をもってつながっている.4台の値段とは,1台の値段+1台の値段+1台の値段+1台の値段である.加法における同型性を,式で表すと,f(1+1+1+1)=f(1)+f(1)+f(1)+f(1)であり,乗法における同型性によって,f(4・1)=4・f(1)となる.手続きdは,車の数と価格の観点から,無意味である.20ドルは,5台の車+5台の車+5台の車+5台の車にはなり得ない.児童らはどうやらそのことに気づいているらしく,決して手続きdを使わない.そのため,手続きbとcの間には強い非対称性がある.それらは,乗法の交換法則によって数学的には等しいかもしれないが,概念的には同一ではない.
手続きmとnは,手続きbとcと非常に似通っているが,mとnの間には非対称性はない.なぜなら,長さ×幅は,幅×長さと概念的に同じだからである.そこに含まれている構造は,単純な比例ではなく,量どうしの積である.)

この中の"asymmetry"は,かけ算・わり算の文章題を分類したGreer (1992)でも見ることができます.
最初の引用の「どちらが縦でどちらが横か判定に苦しみ、一歩も前に進めなくなる教師を想像すると楽しくなる」について,著者なりに状況を設定して,限られた字数の中,今の算数教育がおかしいことを伝えようとして書かれたのは,読んでいて理解できましたが,算数教育の実情や経緯を伝えるのには(第7問の後半,「掛け算の順序問題」の件と合わせて)失敗しているなあ*3とも思いましたので,当記事にて関連情報を整理してみた次第です.


冒頭の本の著者についてリンク:

それと,「それをどう活用するかはその人の勝手だ」(p.112),「数学の本質は自由にある」(p.250)を目にしまして,『数学の自由性 (ちくま学芸文庫)』を連想しました.朝四暮三にもリンクしておきます.

*1:1問が1章に対応し,29問により本書は構成されています.

*2:2年の文章題に関しては,昨年と今年に情報あり:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140519/1400446336 http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150625/1435181170

*3:例えば「もともとこのようなことがはじまったのは、「1あたりの量」をしっかりと教えよう、という動機かららしい」(p.84)については,数学教育協議会の活動や,「1あたり」といった概念の出現よりも前からあり,http://www.nier.go.jp/guideline/s26em/chap5.htm, http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130425/1366840221#1で,子どもたちの間違いの状況,指導者による分析,そして指導例を見ることができます.