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2015年07月16日

算数で0を倍数に入れないのはなぜか

はじめに,結論を:

  • 算数では0を倍数に入れていません.例えば2の倍数を小さい数から並べると,2,4,6,...,となります.
  • 倍数の概念は,通分に使用されます.もし,0を倍数に入れていると,通分でも「0分の…」としてしまう危険性があります.

あとこれも:

  • 検定時に意見がついて,「0は,入れないで考えます」を加えた教科書があります.
  • 算術の教師向け書籍において,倍数に0を入れていない事例が1件,見つかりました.倍数に0を含むと明記したものは,見当たりませんでした.

主要な情報源:

「0を倍数に入れない」を知ったきっかけ:


批判者の主張の中に,0を倍数に入れないのは,最小公倍数の定義のためではないかという意見を見かけました(たとえばhttp://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t71/7).

wikipedia:最小公倍数では,次のように定義されていました.

最小公倍数(さいしょうこうばいすう、英: least common multiple)とは、0ではない複数の整数の公倍数のうち最小のものをさす。

「0でない」が気になったので,英語版(wikipedia:en:Least_common_multiple)を見てみました.対応する語は「positive」でした.

In arithmetic and number theory, the least common multiple (also called the lowest common multiple or smallest common multiple) of two integers a and b, usually denoted by LCM(a, b), is the smallest positive integer that is divisible by both a and b.

英語版には,LCMの学校教育での用途も書かれていました.

The LCM is familiar from grade-school arithmetic as the "lowest common denominator" (LCD) that must be determined before fractions can be added, subtracted or compared.

たし算・ひき算・大小判定をするため,通分するときに求める最小公倍数には,"lowest common denominator"という名称があり,Wikipediaで別の項目になっています(日本語版はありません).「公分母」「最小公分母」は,かな漢字変換で一発で出てきましたが,あまりなじめません*1

個人的に,数学において0を倍数に入れ,最小公倍数では0を対象としないのは,周期関数における周期と基本周期の関係に似ているなと思っています.小学校で,算数だったか音楽だったか,休み時間だったか忘れましたが,左手を「上,下,上,下,…」(2拍子),右手を「上,左下,右下,上,…」(3拍子)で動かすと,両手が上に来るのは6拍ごとで,ここから公倍数を体感したものです.


倍数・公倍数・最小公倍数の概念は,通分に活用されます.

¥frac13¥frac26¥frac39=…です.

¥frac58¥frac{7}{12}のうち大きいのはどちらかを考えるのにも,通分が有用です.分母を24として,通分すると,¥frac58¥frac{5¥times3}{8¥times3}¥frac{15}{24}¥frac{7}{12}¥frac{7¥times2}{12¥times2}¥frac{14}{24}となるので,¥frac58の方が大きいと言えます.

なぜ分母を24としたのかというと,与えられた2つの分数の分母である,8と12の最小公倍数だからです.

ただし,比較にあたっては,「最小」である必要はありません.実際,2つの数の積96(これは最小ではない公倍数です)を,分母としてみると,¥frac58¥frac{5¥times12}{8¥times12}¥frac{60}{96}¥frac{7}{12}¥frac{7¥times8}{12¥times8}¥frac{56}{96}となり,この方法でも,前者が大きいことがわかります.この場合,分母・分子の数は先ほどより大きくなりますが,計算自体は,それぞれの分子に,もう一つの数の分母をかけること(たすきがけ)で求められます.3つ以上の分数の場合には,他のすべての数の分母をかけることになります.

いくつかの例題・練習問題をもとに,通分できることを確認したのち,いろいろな場合に効率良く計算できて,ミスも起こしにくいのが,各分母の最小公倍数,となってきます.

ところで,分母も分子も整数であるという条件をなくせば,どうなるでしょうか.

例えば,分母を1として通分することを,試みてみます.¥frac58の分母と分子を8で割ると,¥frac58¥frac{5¥div8}{8¥div8}¥frac{0.625}{1}となります.同様に,¥frac{7}{12}¥frac{7¥div12}{12¥div12}¥frac{0.583...}{1}です.

ですがこんな計算で,分母を1にする必要はなく,¥frac585¥div8=0.625,¥frac{7}{12}7¥div12=0.583...とすればいいだけのことです.

分母を0にすることは,できるでしょうか.

¥frac58¥frac{5¥times0}{8¥times0}として…いえいえ,してはいけません.分母と分子に同じ数をかけても,答えが変わらないというのは,そのかける数が0以外のときに限られます.


あとは文献からです.「倍数は,通分に先立って学習する」と仮説を立てたとき,これを裏付ける情報源がいくつも存在します.『小学校学習指導要領解説 算数編』PDF版だと,倍数(公倍数,最小公倍数も)はp.164,異分母の分数(相当と大小,加法,減法)はp.172で読むことができます.ともに第5学年です.

一つ前の『小学校学習指導要領解説 算数編』(isbn:9784491015507)だと,倍数はp.149,異分母の分数はpp.150-151です.ともに第6学年です.

新旧2つの『解説』では,「8の倍数は{8,16,24,32,…}であり,12の倍数は{12,24,36,…}である。これから,8と12の公倍数は{24,48,72,…}となる。最小公倍数は,公倍数の中で最小の数であるから,24であることが分かる。」という例を通じて,0は倍数に含まれないことが読み取れます.

昭和初期の算術の書籍にも,同じ方法で倍数を小さいものから並べ,最小公倍数を求めている事例がありました.木村教雄『小学算術教材ノ基礎的研究』*2のp.63です.

f:id:takehikom:20150716052715j:image

この本では,「二つの整数a,bがあつて,aがbで割切れるときは,aをbの倍数と云ひ,bをaの約数と云ふのである」(p.48.ひらがなは原文ではカタカナ,以下同じ)として倍数・約数を定義しています.ただし,0が倍数に含まれるか否かは見当たりません.その一方で,素数について書いていく前に「約数の定義によれば,0は無数の約数をもち」(p.52)とあるので,ここから,0を除くあらゆる整数について,0はその倍数になると推論ができます.

もう少し算術の書籍を,と思いまして,近代デジタルライブラリー(近デジ)にアクセスして「算術 分数」で検索し,次の2つを読みました.

  • 覚え易い算術の講義(昭和10年)
    • 最小公倍数:p.95(コマ番号57,右)
    • 通分:p.107(コマ番号63,右)
  • 簡易中等算術明治31年)
    • 整除:p.37(コマ番号23,右)
    • 倍数・公倍数:p.116(コマ番号63,左)
    • 最小公倍数:p.125(コマ番号67,右)
    • 通分:p.136(コマ番号73,左)
    • 公分母・最小公分母:p.137(コマ番号73,右)

いずれも,倍数が先,通分は後です.倍数に0を含めているか否かの明言はなく,また最小公倍数の定義で,「0ではない」「正の」といったゼロ除外の表現は,見られませんでした.

上記で「整除」のページを挙げたのは,もしかしたら整除(割り切る)の定義において,被除数も0でないとしているのかなと思ったからです.しかしながら,0を対象としているか否かについては,読み取れませんでした*3

以上より,日本に限った話ですが,倍数に0が含まれると明記しないのは,算数ではなく算術のころから見られ,その理由は最小公倍数を求めたり通分をしたりする際に,0を最小の倍数・公倍数とするのでは都合が悪いからと推測できます.しかしこの仮説を裏付ける情報源を見つけるのは,「倍数は,通分に先立って学習する」より難しそうです.

追記1(2015年7月22日)

その後に得た情報について,7月22日にツイートし,以下にまとめました.

倍数に0を入れていないのは日本の算数のローカルルールではないことが確認できました.倍数と偶数は,どちらを先に学習してもよい(SMSGでは偶数奇数が先,『算数教育学概論』は倍数が先)のと,「0を整数に含めるか否かは、学習の対象に応じて都合良く選ばれている」も,興味深いところです.

追記2(2017年6月25日)

小学校学習指導要領解説(算数)のおかしさ - 身勝手な主張から当記事へのリンクに対し,https://twitter.com/takehikom/status/878793586296242176から始まるツイートを行いました.ポイントは次の2つです.(1) 小学校算数の範囲では,正の整数を対象として,倍数や約数が考えられており,それで十分.(2) 0を2ほかの倍数としても,最小公倍数では0を除外する必要があり,そのことを考慮した指導例・授業案がない.なお,さまざまな情報源をもとに論考を試みている記事に対し,「例えば0を2の倍数に入れないことのひとつの根拠として「学習指導要領の解説(算数編)」をあげている」という取り上げ方は,きわめて残念に感じております.

(最終更新:2017-06-25 夕方

*1http://blog.ousaan.com/index.cgi/language/20090526.htmlの内容になるほど納得です.

*2:当ブログでの初出:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130125/1359060163

*3:『小学校学習指導要領解説 算数編』には「整数を2で割ると,余りは0か1になる。2で割ったときに余りが0になる整数偶数といい,余りが1になる整数奇数という。」とあり,この記述(とその後の適用対象)からも,0が割られる数となるのか否かはよく分かりません.なお偶数奇数については「類別」という,倍数その他と異なる学習意図が想定されています.「類別」の語は,昭和52年の算数http://www.nier.go.jp/guideline/s52e/chap2-3.htm以降に出現します.