わさっきhb

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1941年の加える順序

 何だったかの参考文献に"What Is Mathematics?"が書かれており,Kindle版を読みました*1wikipedia:en:What_Is_Mathematics?によると,初版は1941年に出ており,そのときの著者はCourantとRobbinsで,1996年の第2版ではStewartが関わったとのこと.
 最初の章(CHAPTER I)はTHE NATURAL NUMBERSで,セクション番号なしのINTRODUCTIONのあと,§1. CALCULATION WITH INTEGERS,1. Laws of Arithmeticと続きます.式としては,1 + 2 = 2 + 1がセンタリングされています.
 ほどなく,加法と乗法について,以下の5つの式が並びます.

1)a + b = b + a,
2)ab = ba,
3)a + (b + c) = (a + b) + c,
4)a(bc) = (ab)c,
5)a(b + c) = ab + ac.

 最初の2つは交換法則(the commutative laws of addition and multiplication*2),次の2つは結合法則(The third, the associative law of addition / The fourth is the associative law of multiplication.),最後は分配法則(The last, the distributive law)です.
 少しだけ寄り道して,『小学校学習指導要領解説算数編』の交換法則,結合法則,分配法則の式と照らし合わせてみました.
 交換法則は2つ,結合法則は2つで,表記は異なりますが(例えば加法の交換法則は□+△ = △+□)実のところ同一です.
 ですが分配法則は,「□×(△+○)=□×△+□×○」「□×(△−○)=□×△−□×○」「(□+△)×○=□×○+△×○」「(□−△)×○=□×○−△×○」の4つが並んでいます.
 "What Is Mathematics?"に戻ると,上記の式を挙げた時点では演算は加法と乗法に限られており,また「(□+△)×○=□×○+△×○」に対応する式は,(a + b)c = ac + bcと表せますが,これは2)と5)を組み合わせれば導き出せるということなのでしょう.
 5つの式を並べた次の次の段落に,バットのあとに日常生活では交換法則は必ずしも成り立たないよの例が載っていました.

These laws of arithmetic are very simple, and may seem obvious. But they might not be applicable to entities other than integers. If a and b are symbols not for integers but for chemical substances, and if "addition" is used in a colloquial sense, it is evident that the commutative law will not always hold. For example, if sulphuric acid is added to water, a dilute solution is obtained, while the addition of water to pure sulphuric acid may result in disaster to the experimenter. Similar illustrations will show that in this type of chemical "arithmetic" the associative and distributive laws of addition may also fail. Thus one can image types of arithmetic in which one or more of the laws 1)-5) do not hold. Such systems have actually been studied in modern mathematics.
(私訳:算術に関するこれらの法則は非常にシンプルであり,自明であるように見えるかもしれない.しかし整数以外の対象には適用できない可能性がある.aとbが,整数ではなく化学物質を表す記号であるとし,かつ「たし算」をそこに転用するなら,交換法則は常に成り立つとは限らない.例えば,硫酸を水に加えると,薄められた溶液が得られるのに対し,水を純粋な硫酸に加えると,実験者に大惨事をもたらすことになる.同様に,化学的な「算術」によって結合法則や分配法則が成立しないような例も示せるだろう.だから1)から5)までの法則のうち1つまたはそれ以上が成り立たないような算術を考えることができる.実際,そのような体系が現代数学で研究されている.)

 この段落の中で,驚かずにはいられなかった単語は"colloquial"です.辞書を引くと,「口語(体)の」「話し言葉の」「日常会話の」とあります.http://ejje.weblio.jp/content/colloquialには,「《★教育ある人が日常の談話で使う言葉についていい,無教育者の言葉とは別》」という注意書きもありました.
 上の引用では,算術あるいは数学において加法の交換法則が成り立つことを前提としており,それを「日常会話の」場面に使うなら,硫酸に水を加えるのと水に硫酸を加えるのとで,結果が変わってくるよねという話なので,訳す際には「「たし算」をそこに転用するなら」としました.
 なお,硫酸の希釈の話は,当ブログでも5年以上前に取り上げていました(順序).それと,"in a colloquial sense"は,今の言い方だったら"in a real life situation"かな,と思いながら検索してみると,"in real life"だけで通じるのですね*3

*1:記事を書きながら知ったのですが,本日の内容に関しては原文がhttps://books.google.co.jp/books/about/What_is_Mathematics.html?id=_kYBqLc5QoQC&redir_esc=yの「書籍のプレビュー」より読めます.

*2:文を書き出すと,"The first two of these, the commutative laws of addition and multiplication, state that one may interchange the order of the elements involved in addition or multiplication."で,「たし算/かけ算の順序」ではなく「要素の順序(the order of the elements)」となっているところが興味深いです.ところで,乗法で被乗数と乗数を区別しない場合,各要素は因数(factor)と呼ばれますが,加法で被加数と加数を区別しない場合の要素の名称が,すぐには思い浮かばず…wikipedia:en:Additionによると,term, addend, summandがあるとのこと.wikipedia:加法では「項」が使用されていました.

*3:当ブログからだと例えば,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20121222/1356112738