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2016年11月25日

[] 算数を教えるのに必要な数学的素養・読み直し

昨日,はてブニュースに載っていたので,自分も読み直してから,はてブしました.

この文献は,すでにwikipedia:かけ算の順序問題で取り上げられています.出典の[35]です.

関連する文献も読みました.いつものスタイルで,書誌情報を並べておきます.

なお,「算数を教えるのに必要な数学的素養」「算数・数学の指導に必要な数学知識・素養」について,算数教育の立場からの書籍としては,『新編算数科教育研究』や『算数・数学科教育 (教科教育学シリーズ 第3巻)』などがあります*3


[伊藤1993, p.17]には,以下の記述があります.

このことを問題(☆)に即して述べれば次のようになる:問題(☆)においてはリンゴの個数と皿の枚数はそれぞれ違う意味をもっていると考えられているから,そこで教えようとしているかけ算はZの内部演算としての積ではなく左Z-加群又は右Z-加群としての作用である。

それより前に書かれている「左A-加群」「右A-加群」の定義に当てはめるなら,「一つ分の数×いくつ分=ぜんぶの数」は右Z-加群だけがあれば充分なように見えます.そして「英語では3 times 2だから3×2が自然である」は,左Z-加群だけで説明のつく話です.実際,教師と著者とのやりとりの中で,著者が「日本語は右Z-加群的であり英語は左A-加群的である」と語っています(p.15).

環Aと加群Mを用いて,「左A-加群」「右A-加群」を定義し,次にそのAとMを,ともにZに置き換えているのが,ミスリーディングの原因とも思えてきます.ですが他の方法でも,小学校の導入段階のかけ算(と同等のもの)を構成できます.

数学者による「かけ算の順序」で紹介した文献から2つ,かいつまんで説明します.まず,『量と数の理論 (1978年)』では,長さAの2倍は2AまたはA×2,Aの3倍は3AまたはA×3で表すと定め,乗算記号の左右が何の元であるかに注意しながら,結合法則や分配法則などについても述べています.次に,南雲道夫による"Quantities and Real Numbers"では,"For any a∈Q and any natural number n (n∈N), we define na∈Q by induction: 1a=a and (n+1)a=na+a."により乗法を定義し,nのところを単位分数,有理数,実数へと拡張しています.

そこで出てくるAやaは,[伊藤1993]の定義2および定義3におけるMの元に対応します.Aやaの属する集合(UやQ)は,各文献の進め方を踏まえると,連続量が想定されているところですが,Aやaを「リンゴが2個」に対応づけ,量を「リンゴの個数からなる集合」*4に限定しても,たし算と,乗数を正の整数とするかけ算では,何の問題も発生しません.結合法則も分配法則も,成立します.

さらに言うと,(今の日本の)算数では,小数×整数を4年*5整数×小数を5年で学習しますが,この4年のかけ算について,田村や南雲の構成法では対応しています.[伊藤1993]のモデル化を採用するなら,演算の対象を広げる際に,両方の因数を変える(整数から,有理数または実数にする)ことを余儀なくされ,非対称性*6に対応していないように見えるのです.


はじめに挙げた3つの文献のうち,残り2つにも,読んで思ったことを書いておきます.[守1994]は,背景説明,4つの問題点の指摘,算数教師数学者への提案と,いずれも簡潔に整理され読みやすい内容でした.算数教師Aはどうすべきだったかの①②③は,問題の切り分けとして実用的な話であるとともに,解答の状況を見て対策を立てるというのは『田中博史の算数授業のつくり方 (プレミアム講座ライブ)』を連想し*7,またその本よりも先に書かれていたわけで,先見の明と言ってもいいでしょう.

数学者Bについてですが,「傲慢」ではなく,数学者の知的誠実さなのだと,個人的に認識しています.言い換えると,「数学的にはこう表される」「小学校の導入段階のかけ算であっても,順序がない」ことの確認をしているのです.その知見と,算数教育や教育心理学などの知見とを,照らし合わせる作業は,数学者Bほかの範疇にないことにも,留意しておけばいいのです.

[岩永2007]は,前半で,「乗数・被乗数」を敵視しているのが目につきます.これについては,「被乗数×乗数」で導入して他のタイプのかけ算へと適用範囲を広げていくことと,2項演算(因数×因数)で導入して他のタイプのかけ算へと適用範囲を広げていくことの違いを,想像するのがよさそうです.「現代化」を経て,算数教育やかけ算の指導がどのように変化し現在に至ったかの視点が加わっていればと感じました*8


中身と関係ないけど3rd authorは『江戸しぐさの正体』(掛け算の順序の話が入っている)の著者とは別人?

自分のはてブ

所属から,別人だろうなと思いながらコメントをつけたのでした.

取り上げている文章題からも,違うのが推測できます.書き出しておきます.

  • [伊藤1993, p.15]:(☆)「3枚の皿にリンゴが2個ずつのっている時全部でリンゴが何個あるか」
  • 江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統 (星海社新書)第1刷p.197*9:また、小学校の算数では掛け算については、問題文通りの順番に数字を並べなければ答えがあっていてもバツをつけるという指導が広まっている。具体的に説明すると、「りんごを3つのせたさらが2まい」ある場合のリンゴの合計について、3×2と書いたなら、答えを6としても間違いあつかいされるというわけである。

前者(3枚の皿にリンゴが2個ずつ…)は,かけ算の順序を問う問題典型例です.それに対し後者は(式が書き換えられた第3刷でも),「りんごを3つのせたさらが2まい」のままです.

*1http://www.avis.ne.jp/~uriuri/kaz/は,「守 一雄のホームページ」です.

*2wikipedia:かけ算の順序問題の当該文献のリンク先には,本記事執筆時点でアクセスできませんが,「CiNii 論文PDF オープンアクセス」より本文が読めます.

*3http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20151123/1448128186

*4:分離量,と言いたいところですが,数えられる連続量(Countable Continuous)のほうがより自然です.

*5http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20151121/1448031600より:In an equal-groups situation, such as 3 children having 4 oranges each, the situation can be conceptualized as 4 oranges + 4 oranges + 4 oranges, and the answer can then be calculated by repeated addition. This representation generalizes naturally to a situation such as 3 children having 4.2 liters of orange juice each, which can be conceptualized as 4.2 liters + 4.2 liters + 4.2 liters. For a situation to be assimilable to this model, the crucial factor is that the multiplier must be an integer; no restriction applies to the multiplicand.(「同等のグループ」の場面,例えば3人の子どもが4個ずつオレンジを持っているというとき,その場面は4+4+4として概念化され,その答え(総数)は累加によって計算できる.この立式の仕方は一般化して,3人の子どもが4.2リットルずつのオレンジジュースを持っているという場面にも適用できる.式は4.2+4.2+4.2と表せる.このモデル(累加モデル)に属する場面の,重要な特徴は,乗数が整数でなければならないことである.被乗数に制約はない.)

*6:この言葉で,当ブログを検索してみたところ,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150115/1421268318で,松本幸夫が書いた「(略)ふたつの割り算の心理的な非対称性を根拠として,掛け算の順序を固定化することを「擬似数学的に」正当化している文章なのではなかろうか」というのを引用していました.わり算を対象とすることなく,整数どうしのかけ算においても,VerdnaudやGreerが非対称性を指摘しているのと,対照的にとらえておきたいところです.

*7http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150102/1420163349より:このことは,他の文献と照合することでより明瞭となる.[田中2009]では,かけ算の式を間違える原因として,(1)文章を読んでイメージすることができていない,(2)式の意味を間違えて覚えている,の2種類を挙げ,「治療するところが変わりますよね」としている.この(1)は,かずや君の問題の「どうして,そのようなしきになったか,絵に書いて教えてください」,(2)は「こたえを出すためのしきを書いてください」に対応する.またそれらは,[多鹿1994][中山2004]で述べられている「理解過程」「解決過程」と対応づけることもできる.正答率の違いから,対策をすべきは(1)ではなく(2),理解過程よりも解決過程のほうであることが理解できる.

*8http://www.slideshare.net/takehikom/ss-45239765/62

*9http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140901/1409475524, http://www49.atwiki.jp/learnfromx/pages/124.html

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