takeruko の小説置場

2012-08-02

Struggles of the Empire 第1章 伝説の終焉(1)

 これから忙しくなる、誰にというでもなくそう呟いたウォルフガング・ミッターマイヤー元帥の見通しはまったく正しかった。まず彼自身がこなさなければならない職責があった。帝国軍三長官のうち、軍務尚書のオーベルシュタイン元帥は先刻、テロに斃れ、統帥本部総長はロイエンタールが辞して以後は皇帝自身が兼務し、その皇帝ラインハルトも崩御したとあっては、宇宙艦隊司令長官であるミッターマイヤーが事実上の軍事の最高責任者であった。
 ローエングラム王朝の今日の覇業が、ラインハルト・フォン・ローエングラムという卓越した個人の意志と能力に負っていたのは誰の目にも明らかであり、今、その支柱が失われたとあっては、せっかく成し遂げられた銀河系の統一も、うたかたの夢のように瓦解してしまうかも知れなかった。そうならぬために、軍は秩序だって治安維持に当たり、いささかも動揺してはならなかった。そうであるためには、そうであるべく差配する者が必要なのである。
 皇帝ラインハルトの崩御は、深刻であり、忠良なる臣下たちにとっては悲痛極まりない出来事ではあったが、皇帝に死が近づいていることは織り込み済みではあった。粛々と、政治も軍事もそれに備えていた。帝国軍・帝国政府にとって予想外であり、大打撃であったのは軍政の責任者であるオーベルシュタイン元帥が斃れたことだ。オーベルシュタインとは穏当に言っても「不仲」であったミッターマイヤーとしては今さら彼の死をいたむ振りをする気にすらなれなかったが、軍においても銀河帝国と言う国家機構においてもオーベルシュタインの存在が巨大であり、その突然の退場が大きな軋みとなって帝国を揺るがせていることは否定できなかった。
 単純問題として、オーベルシュタインがいないがために、軍令のみならず軍政の喫緊についてもミッターマイヤーが当面管轄しなければならないだろう。宇宙艦隊司令長官としては職務が隣接する統帥本部総長の軍令業務はともかく、軍政業務は未経験であり、ミッターマイヤーとしても勝手が分からなかったが、分からないからと言って逃げられる立場でもないのである。ミッターマイヤーは個人としては尊大さから程遠い人物であったが、今この非常時にあって、なにはともあれ自身の、疾風ウォルフの栄名が必要とされていることは理解していた。
 皇帝崩御から45分後に、ミッターマイヤーは自身の副官のアムスドルフらとともに、軍務省に入った。正面玄関には、オーベルシュタインの首席副官であったフェルナー准将が待ち受けていて、ミッターマイヤーを迎えた。
「後日正式の勅令が発令されるまで、摂政皇太后陛下の勅命により、私が臨時に軍務尚書、ならびに統帥本部総長の職権を代行することになった。卿は軍務尚書職における私の副官として引き続き従前の職務を遂行するように」
 フェルナーは敬礼をし、命令に従った。執務室にたどりつくまでに、フェルナーはミッターマイヤーに喫緊の事案について報告し、その承認を受けた。ミッターマイヤーはこうして臨時とは言え、三長官職を一時的に兼務することになったが、これはリップシュタット戦役のおり、当時ローエングラム侯爵であったラインハルト・フォン・ローエングラム元帥以来であった。先帝の前例にならうのをはばかり、ミッターマイヤーはあくまで緊急避難的な一時の例外的な措置であるとの姿勢を崩さず、軍務省においても軍務尚書執務室には入らず、隣接する会議室を臨時の執務室として用いた。
 数時間後にはここに、宇宙艦隊司令部、統帥参謀本部の主要スタッフも参じ、憲兵本部からの連絡将校も交えて、帝国軍の中枢そのものとなった。
 状況が小康状態に落ち着くまで、ミッターマイヤーの周辺を混乱させたのはありとあらゆる報告と問い合わせ、待命がミッターマイヤーに集中したからである。
 この状況について、後日、フェルナー准将は回想して次のように述べている。
「混乱と混沌の女神が一個中隊となって押し寄せてきたかのようだった。そうなった原因は根本的にはもちろん、銀河帝国は専制政治の国家体制であったことに起因している。その専制者たる皇帝が崩御し、その立場を引き継いだ新帝は嬰児に過ぎず、摂政となって万機を総覧する立場となった摂政皇太后は、その時点ではまだ自身が深い悲しみに沈んだ寡婦であった。悲しみに暮れる寡婦をそっとしておくという道義心を帝国の臣良が保持していたことは喜ぶべきではあったが、この際、その節度が混乱に拍車を欠けたことは否めない。
 政治において第一人者たるべき国務尚書マリーンドルフ伯も、亡くなったのは自らの義理の息子であり、寡婦である実の娘を慰める立場にあった以上、即座に動ける状況ではなかった。軍政の長たるオーベルシュタイン元帥の暗殺も、もちろん混乱の原因となり、ミッターマイヤー元帥が先帝にとっては最も近い親友という立場にあったこともあって、政治、軍事、宮廷の差配、ありとあらゆることが元帥に押し寄せてきた」
 フェルナーは副官の立場であったが、軍政にミッターマイヤーがうといことは百も承知であり、ミッターマイヤーの容認の下ではあったが半ば独断専行し、軍政を事実上彼が統括したのみならず、他の些事、葬儀用の花の手配までを指図した。非常時とは言え、フェルナーの数々の「越権行為」を後日、悪し様に言った者は多かったが、ミッターマイヤーは「フェルナーがいなかったらどうしようもなかった」と多くの者に言い、フェルナーの功績を大とした。

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