Struggles of the Empire 第1章 伝説の終焉(3)

 新帝国暦3年7月26日午前7時、国務尚書公邸において、ケスラー憲兵総監を除く6名の上級大将が集い、国務尚書マリーンドルフ伯が摂政皇太后の代理として、上級大将たちに元帥杖を授与した。ケスラーはオーベルシュタイン暗殺事件の捜査の陣頭に立っていることから欠席し、代わりに副官のヴェルナー中佐が辞令を預かった。
 午前7時半に閣僚たちが到着、やや遅れてミッターマイヤー元帥も軍務省から到着し、ここに銀河帝国の政軍の重臣たちが揃ったことになる。皇帝の崩御は昨晩のことであり、彼らは未だ傷を癒す身であったが、帝国の中枢にある者たちとしてはいささかも停滞は許されない。
 まずミッターマイヤー元帥から、臨時に三長官権限を一身に代行し、軍務省を掌握し、混乱しながらも次第に秩序が回復され、統治機関として機能していることが報告された。また、ケスラー憲兵総監から、オーベルシュタイン暗殺事件の実行犯はおおむね拘束されており、地球教組織は完全に瓦解したとみられるという報告があったことが告げられた。
「カイザー崩御にくわえ、軍務尚書暗殺と言う非常時なれば致し方ないのかも知れぬが、いくらミッターマイヤー元帥とは言え、三長官職を兼務するのは、後世に禍根を残すのではないか。元帥個人が清廉潔白なことは世人の誰もが知るところだが、これが前例となれば皇帝権が危うくなりかねない」
 司法尚書のブルックドルフがまず、苦言を呈した。内務尚書と宮内尚書が深く頷いたところを見れば、両者は司法尚書に同意であるようだった。
「司法尚書のご懸念はごもっともだが、まず私は三長官職を兼務しているのではなく一時的にその権限を代行しているに過ぎない。私の立場はあくまで宇宙艦隊司令長官である。それにこれは司法尚書ご自身がおっしゃったとおり、軍務尚書の不在を受けての緊急避難的な措置であり、軍務尚書の後任を可及に選出せんことは摂政皇太后陛下に、国務尚書を通してお願いしている」
「これについては陛下は数日内、遅くとも3、4日中に、結論をお出しになられる意向です。それもあって、上級大将の方々の元帥昇進の手続きを急いだわけでして、司法尚書のご懸念もごもっともながら、今回は事情が事情ですので、国務尚書として陛下に進言し、ミッターマイヤー元帥にご苦労をおかけしている次第であることをどうぞご理解いただきたい」
 ブルックドルフも諸事情は百も承知の上で、敢えてこういう発言を記録として残しておくことが後世のために有益であろうと思って言ったまでのことだったので、マリーンドルフ伯の説明にうなづき、すんなりと矛を収めた。
「ところで、今さらこれを問うのも何なのだが、この会合は何なのかね?閣議ならば提督たちは退出すべきであろうし、軍議ならば我々が退出すべきだろう」
 民政尚書のブラッケがそう言った。同様の疑問は尚書たちや提督たちも持っていたが、政府と軍部の中枢としての会合であろうくらいに、大雑把に済ませていた。それを大雑把に済ませない人物が閣僚の中にいると言うこと自体、皇帝ラインハルトがいかにうるさ型の人物に価値を見出していたかの表れであった。
「敢えて言うならば、摂政皇太后陛下の父であり、新帝陛下の祖父である私が招集した私的な会合です。無論、実質的には政府と軍部の中枢を国務尚書が招集したという形になりますが、民政尚書のおっしゃるとおり、このような会合は法的には想定されていません。しかし銀河帝国の軍事国家としての側面と、政治主導の法治国家としての側面を鑑みて、この非常時において、政府と軍部に余計な衝突が生じないよう、配慮した結果です。何しろ政軍両面ににらみを利かせ人格的統合を行っていたカイザーはおられず、後継者たるべき摂政皇太后も今日一日くらいは悲しみを癒すべきでありましょうから、私たち臣下は今さら縄張り意識で角突き会わせている余裕はないはずです。民政尚書の正論は是とすべきですが、今日は内閣の首座としての私の決定に従ってください」
 ブラッケは何かを言いたそうにしていたが、今日は敢えて呑み込んだ。
「さて、とり急いで決めなければならないのは先帝陛下の葬儀の日程です。宮内尚書に指示をして、すでに陛下のご遺体、ならびに軍務尚書のご遺体には当面の防腐措置を施しています。準備にも相応に時間がかかりますので、今から10日後の8月5日が適当ではないかと思いますがいかがでしょうか」
「日程には異存はありませんが、亡き陛下は軍人でいらっしゃった。軍人の葬儀は軍葬で行うのが筋だと思いますがいかがでしょうか」
 ミュラーの発言に、尚書たちは眉を吊り上げた。
「それで言うなら陛下は帝国宰相でもいらっしゃったことをお忘れなく。陛下は軍の私物ではありませんぞ。政府が主催するのが筋でしょう」
 財務尚書のリヒターが当然というように言い、尚書たちは強く頷いた。なるほど、葬儀ひとつとってもこういう軋轢が起こり得るのだから、敢えて顔を揃えさせたのかとミッターマイヤーは国務尚書の意図を理解した。
「軍人としては同じ戦火の下をくぐった戦友として、陛下を送り出したいというミュラー提督の気持ちはわかる。多くの将兵の思いも同じだろう。しかし名目的な主催者の座をめぐって政府と軍がいささかでも軋轢を生じさせるならば、黄泉路の陛下がいたくお嘆きになられるだろう。敢えて最先任の元帥として申すならば、政府あっての軍であって、軍あっての政府であってはならない。カイザー・ラインハルトはいささかもその原則をお曲げになったことはなかった。軍はここは我を通すべきではない」
 ワーレン、アイゼナッハ、メックリンガーはうなずき、ミュラーもミッターマイヤーの言の正しいことを素直に認めた。ビッテンフェルトのみは不服そうではあったが、議論にかけては海千山千の尚書たちを前にして、艦隊戦でもなく黒色槍騎兵艦隊を今この場で率いているわけでもないとあっては、自重せざるを得なかった。しかしひとつ、念を押しておくのは忘れなかった。
「さきほど、オーベルシュタインの遺体も保存しているとおっしゃったが、オーベルシュタインも同じく国葬とするのか」
「先例から言えば帝国元帥は国葬を以て葬送されることになっておりますから」
 宮内尚書が言った。続けて宮内尚書はオーベルシュタインの遺体が現在は私邸に返還され、安置されていることを報告した。
「軍礼で言うならば、軍からしかるべき方が弔問に行かれるべきでしょう。この会合の後、元帥がたのうちどなたかがその任にあたられるがよろしいでしょう」
 元帥たちは目を見合わせた。ビッテンフェルトは露骨に横を向いた。「不仲ではなかった」という一点から言うならばアイゼナッハが適任であろうが、口数が極端に少ない男であればこういう役回りは不向きである。結局、メックリンガーとミュラーが「譲り合う」ことになるだろう。
「俺は何もオーベルシュタインが国葬になるのに異を唱えているのではない。ああいう男であっても軍務尚書であったのだ。相応の礼儀は必要であろうし、まして今回の件は殉職したと言ってもいい。ただ、カイザーと同じ時に、同じ場所で国葬を行うのは君臣の別を乱すことになりはしないか」
 正論ではあったが、財務尚書はやや嫌な顔をした。一回にまとめればそれだけ安上がりで済むからである。
 結局、ビッテンフェルトの言うのももっともだと言うことになって、同日の午前中に軍葬でもってオーベルシュタインの国葬が執り行われ、午後に皇帝ラインハルトの国葬が執り行われることになった。
 葬儀委員長には学芸尚書ゼーフェルト博士と、軍からはメックリンガー提督が選出され、彼ら両名はこれから当日まで寝る暇もなくなることになる。結果として、オーベルシュタイン元帥の私邸に弔問に訪れるのは、ミュラーの役回りになった。