takeruko の小説置場

2012-08-16

Struggles of the Empire 第1章 伝説の終焉(12)


 皇帝ラインハルトの葬儀には参列希望者が多かった。警備の関係から、どうしても3000人以上の規模にはできず、軍関係者においても、准将以下は参列をことわざるを得なかった。そういう状況にあって、皇帝、皇太后、グリューネワルト大公妃、国務尚書マリーンドルフ伯、そして家族同然の付き合いであったヴェストパーレ男爵夫人らが坐る家族席に隣に、イゼルローン共和政府代表として、ユリアン・ミンツ司令官、その婚約者のカーテローゼ・フォン・クロイツェル、そしてアッテンボロー提督の席が設けられたことについて、佐官以下の軍関係者から不満の声が上がった。
「カイザーのために戦った我々がどうしてカイザーの葬儀から締め出されて、カイザーの敵であった者たちが招き入れられているか。納得がいかん!」
 そういう声が強まっているとバイエルラインから聞いて、ミッターマイヤーは首を振った。
「参列者の取捨選択は葬儀委員長たちが決めたことだが、俺が彼らでも同じように差配する。ユリアン・ミンツらは外交使節なのだ。他にそれに相当する者がいないから彼らのみが突出しているように見えるが、外交使節を礼遇するのは当然の話だ。くだらないことで下の連中が騒ぎたてぬよう、しっかり抑えておけよ」
 参列者を代表して葬儀委員長のメックリンガー軍務尚書がまず弔辞を読んだ。
『陛下。陛下は圧政から民衆を解放し、銀河の統一をなすという偉業を果たされました。
 その偉業自体が驚くべきものではありますが、その偉業を成した人がかくもはやくに世を去ると言うことは、その短い人生の中でこれほどのことを成し遂げられたという更なる驚愕と痛惜の思いに駆られずにはいられません。
 残された私たちは、陛下の理想を決してとだえさせることのないよう、努力してゆくことをここに誓います』
 メックリンガーの弔辞は心は籠っていたが、その人の文才からすれば平凡なものだった。こう言う場面で自らの才をひけらかす必要はないとメックリンガーなりの自制が働いた結果であったが、続くゼーフェルト学芸尚書の弔辞がいろいろと物議をかもすものであったので、相対的にメックリンガーの弔辞はものたりないものと受け取られた。
『ゴールデンバウム王朝は今はありません。陛下が壊したからです。陛下は破壊をなされました。創造も行おうとなさったのでしょうが、それはいまだ端についたに過ぎません。天は陛下に創造の時間を与えられませんでした。
 かくも早くに亡くなられたことはあなたの最大の汚点であり、不始末です。あなたは生きなければならなかった。生きなければならないと言う責務を意識されておられたら、病に倒れるというような不覚悟もあり得なかったのではないでしょうか。
 今、帝国は創始者なきものとして残されています。むろん、陛下の鍛錬された役人や軍人もおりますから、すぐにどうこうなるということはありませんが、いろいろなことが難しくなるのは確かです。
 陛下、あなたが理想と言うようなものをもし持っておられたならば、このような不覚悟はあり得なかった。あなたの早世はあなたの理想に殉じた、あるいは殉じる覚悟を持つ私のような者に対する裏切りです。
 この点、私は歴史においてあなたがきっと非難されるであろうことを確信しております』
 学芸尚書によるこの不穏な弔辞は会場をざわつかせた。ざわつきが怒号となる前に、ミッターマイヤーら元帥たちが立ち上がり、会場のざわつく者たちを睥睨した。
 皇太后とグリューネワルト大公妃は、悲しげではあるが穏やかな笑みをたやしておらず、学芸尚書の弔辞に怒りを抱いていないことを態度として示していた。
「あれは非難と言う形をとった強烈な弔意のあらわれだ」
 とケスラーは後にそう評したが、形式のみに囚われて、学芸尚書を批判する声も大きかった。そのため、ケスラーは憲兵隊の中から、学芸尚書の警護にあてる要員を割かなければならなかったが、尚書当人は「何も悪いことはしていない。それで殺されると言うなら死ぬまでの話だ」と警護を断ったので、尚書当人にも悟られぬように警護しなければならなかった。
 後日、これについてユリアン・ミンツと皇太后が話した際、ヒルダは、
「正直に申しまして学芸尚書の弔辞には驚きました。あの穏やかな人となりのうちに、あれだけの激しいものがあったのかと思うと」
 と言った。
「学芸尚書は歴史家でいらっしゃるから、なおのこと、ラインハルト陛下の崩御を惜しまれたのでしょう」
 とユリアンは答えた。学芸尚書にとってラインハルトは単なる上司、単なる皇帝、単なる英雄ではなかったのだろう。人類の歴史を回転させる基軸であり、それが失われたことに、人類史の観点から途方もない損失だと思ったに違いない。
「あのことは歴史について考えさせられる契機になりました。歴史家についても。あなたが歴史家になるのを望んでいらっしゃる理由が少し分かったような気がいたします」
 ヒルダはそう言ってほほ笑んだ。
 帝国歴3年8月5日、ともあれ3時間に及ぶ皇帝国葬が終わった。
 伝説の終焉である。
 そしてここに歴史が始まる。

Struggles of the Empire 第1章 伝説の終焉(11)


 新帝国暦3年8月5日、皇帝ラインハルト国葬の日だった。
 葬儀委員長は学芸尚書ゼーフェルトと軍務尚書メックリンガーが務めた。午前中、軍務省大広間で前軍務尚書オーベルシュタイン元帥の国葬が執り行われた。皇帝ラインハルトの国葬の出席者希望者は多く、絞りに絞って3000名に抑えたが、その者たちが半ば自動的にオーベルシュタイン元帥の国葬にも参列したので、予想外にオーベルシュタインの葬儀は盛況だった。
 こちらの葬儀委員長はオーベルシュタインの副官であったフェルナー中将が務めている。
 七人の帝国元帥たちは特別にあつらえられた雛壇に陣取っていた。
「まさか我々のうちひとりも欠けることなく、オーベルシュタインの葬儀に参列することになろうとは思ってもいなかったな」
 ワーレンは言う。ワーレンとても何度かオーベルシュタインとは衝突した経験がある。今となっては過去のそうした些末にこだわっているわけではないが、「オーベルシュタインの草刈り」の際に衝突したこともあり、喜々として参列しているわけではない。
 振り返ってみれば、七人の元帥たちのうち、ただひとりを除いていずれもオーベルシュタインとは衝突した経験があった。そのただひとりであるアイゼナッハは、オーベルシュタインがアイザナッハの補給という地道な任務をきちんとこなしている姿勢を高く評価していたから、亡き軍務尚書と衝突した経験はなかったが、非難なり弁護なり、いずれにせよアイゼナッハは黙して語らぬのであった。
「故人が王朝の重鎮であったことは事実。いまさら個人的な感情に囚われて帝国軍上層部の軋轢を公然とすることのないよう、願いたい」
 ミッターマイヤーが目を閉じたまま言う。
 ミッターマイヤーにミッターマイヤーの個性があるように、オーベルシュタインにもオーベルシュタインの個性があった。王朝の創建には王道ばかりではなく覇道も時に必要であった。ミッターマイヤーも子供ではないからそのくらいのことは分かる。ただ、そのいくつかについては、する必要もなかったのではないか。そこにはオーベルシュタインの覇道に傾きがちな性格が作用していなかったとは言えない。
 ただオーベルシュタインがいなければ、王朝の安定ははるか先のことになっていたであろうし、皇帝ラインハルトがこうして早世したことを踏まえれば、おそらく銀河の統一は果たし得なかっただろう。
 だからと言って、とミッターマイヤーは自分の中に存在するこの呑み込みがたさについてずっと考えている。これは何か確かな倫理というものなのだろうか、それとも、オーベルシュタインに対する嫌悪なり嫉妬なり感情的なものに過ぎないのだろうか。そのことをミッターマイヤーは考えずにはいられない。
 軍総司令官となり、帝国と新王朝が軍事政権に近い性格を持っていることを踏まえれば、ミッターマイヤーは事実上、帝国においてナンバー2の立場に立つことになった。それは皮肉にもオーベルシュタインが死んだ結果であり、オーベルシュタインが生きていれば軍政と軍令は分離し、オーベルシュタインとミッターマイヤーの権限と権威は拮抗することになっただろうから、ナンバー2不要論を唱えていたオーベルシュタインが自らの死によってこの状況を招いたことになる。
(あの爆死は予期せざるものであったのか、それとも)
 これについてもオーベルシュタインの真意をミッターマイヤーは計りかねていた。自身の死によって、ナンバー2不要論を否定することになるような真似をあの男がするであろうかという思いと、オーベルシュタインが生存することによってこの先、帝国軍の不和が拡大する可能性があったことを思えば、皇帝に殉じたというのではなく、オーベルシュタインが自らを帝国にとって危険人物と見なし、葬り去ることも実にありそうに思えたからである。
 オーベルシュタインとミッターマイヤーは性格や路線の違いから何度も正面から激突したことがあったが、それでも両者の間には不思議な信頼関係があったとミッターマイヤーは思う。オーベルシュタインが個人的利益のために国政をどうこうすることはあり得ないとミッターマイヤーは見ていたし、おそらくオーベルシュタインもまたミッターマイヤーの私心のなさは疑っていなかっただろう。
 もし後に残されるナンバー2がロイエンタールであったならば、オーベルシュタインはなんとしても生き残ってロイエンタールを牽制する道を選んだのではないか。ロイエンタールの親友である自分でさえ、ロイエンタールの中にある種の危うさを見出したのだ。オーベルシュタインがロイエンタールの野心や刹那的な部分を感じ取っていなかったはずがない。しかし実際にはオーベルシュタインが死んだとして、ナンバー2になり得るのがミッターマイヤーならば、オーベルシュタインはある意味、安心して自らを消し去る道を選んだのではないか。
 オーベルシュタインは劇薬であり、これを統御し得るのはただ皇帝ラインハルトのみであった。主君亡き後の謀臣は、存在自体が制度に負荷を与える。オーベルシュタインならばそう考えても不思議ではない。
 その真意がどうであれ、いずれにしても現実としてはオーベルシュタインはもはやいないのである。リップシュタット戦役の終結の頃から指を折っても、幾多の提督たちが戦陣に斃れた。しかし彼らはいずれも用兵家であって、謀臣ではなかった。キルヒアイスやロイエンタールが失われたことは皇帝個人にとって、あるいは王朝にとっては打撃ではあっただろうが、その代わりとなり得る人材はいた。帝国にとって唯一の存在とも言うべきオーベルシュタインが失われたことは、それらとは決定的に意味が異なる。
 謀臣なき新たな王朝を築いてゆくのか、それともミッターマイヤーが自らの心のうちに、オーベルシュタインの精神を宿さなければならないのか。
 ミッターマイヤーは例のオーベルシュタインの草刈りのことを思う。自由惑星同盟の旧要人たちを人質にして、イゼルローン要塞の放棄をヤン・ウェンリーに迫る、そうすれば、無駄に数百万の将兵を死なせることもない。
 オーベルシュタインのその思考をミッターマイヤーはまず感情において拒絶した。次に、王朝は正義によってたたなければならないのだから、そのような卑怯な振る舞いは単に卑怯と言うだけでなく王朝の求心力を弱め、帝国の支配を揺るがしかねないとの思考を紡いだ。今でもミッターマイヤーはそう思っている。
 正義はただの子供の理想ではないのだ。それは国家の根幹をなす、正統性の問題なのである。しかしオーベルシュタインの方策が実行されていれば、確かに数百万の人命が無為に蕩尽されることもなかったのも事実なのである。
 だから少しだけ自分自身というものから離れて俯瞰して見れば、オーベルシュタインの理も絶対に否定されるものではないことはミッターマイヤーには分かっていた。歴史においてどちらが正しいのかは神ならぬ身であるからミッターマイヤーにも分からない。分からないからこそ、オーベルシュタインが異質な思考者としてそこにあるのは、王朝にとっては意味があった。
 今後、ミッターマイヤーが単純に自分の思考のみを是として振る舞えば、王朝が進み行く先は単線になるだろう。それはあるいは王朝を危うくしてしまうかも知れない。
 ロイエンタールを救出するために、ミッターマイヤーはラインハルトにオーベルシュタインの更迭を進言したこともあった。その時には自分もまた軍役から退く覚悟であった。しかし今は思う。ロイエンタールが誇りなりなんなりのために、自ら破滅の道を選んだのは事実、それに巻き込まれて数百万の将兵が死んだのも事実。ロイエンタールがそのように誇り高く、ある意味、刹那的な男だったのも事実。王朝の未来のために、ロイエンタールを排斥しようとしたオーベルシュタインは正しかったと。
 オーベルシュタインがいなくなった今、その事実に自分はおののいている、とミッターマイヤーは思った。皇帝ラインハルトもなく、オーベルシュタインもなく、「たったひとりで」、帝国軍を支えてゆかなければならないこの重圧。むろん政務においては皇太后が総覧し、軍務においても諸元帥が補佐してくれるだろう。しかし誰かを補佐することと、決断することはまったく違う。決断は「たったひとりで」なされなければならないのだ。
 フェルナーがつつがなく司会進行をこなし、葬儀は終わった。昼食の時間を挟んで、皇帝ラインハルトの葬儀に赴くために、会場のフェザーン中央催事場に赴くために、ミッターマイヤーは立ち上がった。
 その歩みは、もう、帝国軍をその肩にひとりで背負う男の歩みであった。