takeruko の小説置場

2012-08-27

Struggles of the Empire 第2章 十一月の新政府(11)


 ユリアン・ミンツは既に「引退」の意向を公表していたが、イゼルローン共和政府が存続している間は軍事部門の責任者であった。軍を解散するならするで、勲章を与えたり、推薦書を書いたり、最後の人事を行ったり、軍司令官としてやるべきことは山ほどあった。
 フレデリカたちと合流して以後、キャゼルヌやバグダッシュが臨時政府の仕事に忙しく、また、ヤン・ウェンリー党の選挙活動に忙殺されなければならなかったことから、軍解散という後ろ向きの事業はおのずとユリアンに委ねられることになった。事務処理に四苦八苦しているユリアンを見て、見かねたムライが補佐しようとしたが、ムライはヤン・ウェンリー党の幹事長代理に就任したことから、他人のことに構っている余裕はないだろうとキャゼルヌから叱責されて、手を引かざるを得なかった。ムライの娘で、ビジネス専門の弁護士をしているムライ・マリが父親の命によってユリアンの補佐に入ったが、彼女の助力が無ければ、ユリアンひとりではとうていこなしきれなかったはずであった。
 総選挙が終われば、新政府がただちに発足し、この多忙さには終焉はない見込みであったから、選挙の前に、ユリアンとカリンは結婚式をあげる意向だった。政治から離れるユリアンたちは、選挙の時には自分たちはハイネセンにはいない方がいいと考えていたので、選挙の前にフェザーンに戻るつもりであった。
 そうとなれば、結婚式までひと月も間が無い訳であって、サポートしてくれる家族は国家経営に忙しく、当の新郎まで駆り出されてしまったとあっては、カリンはたったひとりで結婚準備を進めなければならず、途方に暮れた。ただ、カールソン夫妻が親身になってくれて、あれこれと手配をしてくれたのは有難かった。イゼルローン共和政府の面々はキャゼルヌ夫人さえ選挙活動に駆り出されていて、みな、ユリアンとカリンのことは気にかけながらも、どうしても後回しにせざるを得ないのだった。
 カリンも自分のことで手一杯だったが、フレデリカからどうしても頼まれてくれないかと言われて、ヤン・ウェンリーの遺体の埋葬を差配することになった。
 ヤンは死後、その遺体は防腐措置が施されていたが、フレデリカとしてはいつまでもそのままにしておくつもりはなく、イゼルローンから運んできたのを機に、きちんと埋葬したいと考えていた。
 バグダッシュは、ヤン・ウェンリーはアーレ・ハイネセンと並び、自由惑星同盟とその継承者であるバーラト新政府にとっては国父と呼ぶべき存在なのだから、その遺体はきちんと国家なり党が管理をするべきだと主張した。党利党略から言っても、ヤンの遺体をヤン・ウェンリー党が管理することで、党がその思想的嫡子であることを視覚的に明らかにできる。
 フレデリカも今は政治家であるのだから、「亡き夫を政治的に利用するなんて許せない」というような女学生のようなことは言うつもりはもはや無かったが、そうは言っても許容できかねないことも無論ある。ヤン・ウェンリー党を名乗り、夫の名声を利用することはやむをえないとしても、さすがに遺体までは国家に捧げる気にはなれなかった。
 イゼルローン要塞から移動し、防腐処理チームの管理下を離れたことから、そろそろ防腐効果も切れる頃であるし、フレデリカは普通に、土の中に埋葬したいと思った。そうは言っても、いざ埋葬しようとすれば大々的な国家式典になるか、さもなくば群衆が押し寄せることは疑うべくもなく、フレデリカは妻としての権利を最大限に行使し、ゲリラ的に、身内以外には告げずに、場所も明かさずに埋葬することにした。
 ヤンを埋葬すること、そして埋葬予定場所を知っているのはフレデリカ以外にはユリアンとカリン、そしてカールソン夫妻のみであり、ヤンの棺は一時的にカールソン家に移されていた。既に葬式自体は終えているということもあって、多忙を極めるフレデリカとユリアンは後日、訪れることを約して、埋葬には参列せず、カリンがヤン家を代表して埋葬を行うことになった。
 しかしどうしても家族とカールソン夫妻以外にひとりだけ、これらの事情を話し、埋葬にも同道させざるを得ない人物がいた。ローゼンリッター連隊隊長のリンツ大佐である。
 新政府発足後は、要人警護のチームがリンツの下で編成されることになっていたが、政治からは離れたリンツは、イゼルローン共和政府最高幹部の中で唯一、閑な状態であった。それもあり、リンツはシェーンコップに生前、頼まれたと言って、カリンの父親代わりを自任して、カリンに同道して結婚式の準備等にも付き合っていたのである。戦闘以外にはまったく世事に疎い人であったから、いたからと言って何かの役に立つわけではないが、カリンとしてもそうそう邪険には出来ず、ひときわ背の高いこの男を従者のように連れまわしていたのだった。護衛としては役には立っただろうが、あいにく、カリンは命を狙われるような立場ではなく、仮に暴漢に襲われるようなことがあっても、自身が戦闘のプロであるだけに、チンピラ程度ならば、自分だけで対処できた。リンツの護衛能力が発揮される機会はなかった。
 ウェディングドレスの試着をしてみせても、何を着ても、
「うん、まあ、いいんじゃないか」
 しか言わない男ではあったが、それでも父親代わりのつもりでいてくれることに、カリンはもはや一緒に歩くことは叶わない父の面影をリンツの中に見出して、懐かしいような、恥ずかしいような気がするのであった。
 ヤンを埋葬することにした場所はハイネセンポリス第13市民墓地であり、何の変哲もない公立の墓地であった。宗教が形骸化しても慣習だけは残っているこの世界では、13という数字は不吉の象徴であり、カールソン夫人は、ヤンのためには別の場所がいいのではないかと言ったが、それを聞いたリンツは首を振って答えた。
「ヤン提督は、第13艦隊を率いて、イゼルローン要塞を攻略したのです。提督にとって、そして自由惑星同盟にとって13は吉数です」
 それを聞いて、カールソン夫人は納得した。
 埋葬に参列したのは、カリンとリンツ、カールソン夫妻の4名のみであった。埋葬場所はごくふつうの市民に割り当てられる一画であって、バス運転手のロドリゲス氏と小学校教師であったルブラン夫人に挟まれて、ヤンは永遠の眠りにつくことになった。石版にはただヤン・ウェンリーの名前と、生没年だけが記載された。
 石板を手配する時に、墓地管理人でもある石工が故人の名を聞いて目を丸くしたが、カールソン氏がすかさず、
「わしの甥っ子でたまたま奇跡のヤンと同名だったんだよ。うちのヤン・ウェンリーは3次元チェスが下手なぼんやりとした男でね。奇跡のヤンには及びもつかないが、まあ、善良な男ではあったよ」
 と述べたので、ああ、同姓同名の別人かと石工は納得した。奇跡のヤンがこんなところに埋葬されるはずがないからである。たまたま、墓石にヤン・ウェンリーの名が刻まれていることに驚いた誰かが、墓地管理事務所に問い合わせても、「ああ、その人は奇跡のヤンとは同姓同名の別人ですよ」と管理人は返答するだろう。
 埋葬を終えて、墓石だけになった墓地にたたずんでいる時に、カリンは、
「でも、嘘は言っていないわよね」
 と呟いた。
「ヤン提督は、ヤン・ウェンリーはいい人だったわ。あんなに善良だった人は他にはいないわ」
「そうだな」
 とリンツは答えた。リンツは白亜の墓石に向かって、最敬礼の姿勢を取った。
「人はあんたのことを英雄と言う。もちろん、あんたは確かに英雄じゃったが、わしにとってはあんたはいい隣人じゃったよ。そして友達じゃった」
 そう言うカールソン氏の腰に、カールソン夫人は手を回した。
「あなたが精一杯生きたことはここにいる人たちはみんな知っています、ヤンさん。今はどうぞゆっくりとお休みなさい。いつかまたお会いした時に、紅茶を淹れましょうね」
 こうして人類史上最高の軍事的天才は、永遠の眠りの場所を手に入れたのだった。