takeruko の小説置場

2012-08-30

Struggles of the Empire 第3章 シュナイダーの旅(1)


 バーラト自治政府の正式発足を受けて、ノイエラントで民主共和主義者たちの活動が活発化するのではないかと、内務省や帝国憲兵は緊張して情勢を見守っていたが、今のところ目立った動きはなかった。
 減税に加え、福祉の拡充と言う目立った成果を帝国の統治は見せていたから、その成果もあってのことだろうとヒルダは慢心はしないまでも相応に自信を深めていた。ラインハルトの決定とは言え、ヒルダもそうそう善意からバーラト星系の自治を容認したわけではない。バーラト星系には帝国治安維持税なる税をかけて、統治にあたってもバーラト星系は規模の利益を享受できなかったから、税負担において、他星系よりも過重な負担を負っている。一般市民レベルで言えばおおよそ倍であって、その負担の重さがいわば自治の代償であった。しかもバーラト星系の産品には高率の関税がかけられて、バーラト星系の企業は銀河系規模での経済活動を事実上封じられることになった。
 これが負担が同じならば、他星系が自分たちにも自治権をよこせをなるに決まっているので、そうはさせないための措置であった。理念はともかく、生活をする上では帝国支配下に留まった方がはるかに有利であって、選挙権は欲しいがそのためにじゃあ、税金を倍負担するか、勤め先の企業が活動が難しくなり倒産してもいいかと問われると、多くの市民はむにゃむにゃと口ごもり、現状維持を選ぶのであった。
 政治へ情熱を燃やすのはすでに野暮ったいという風潮が広がりつつあり、若者たちの関心は経済へ、自分たちの生活を向上させることに注がれていた。
 そうした刹那的な風潮が広がるのは、個人としてはヒルダはあんまり喜ばしいこととは思えなかったが、その風潮によって帝国統治が安定していたのも事実だった。
 ともあれ、難治の地のバーラトには自治政府を発足させ、他星系ではこれという動揺もなく、着実に経済成長を重ねているノイエラントは、まずまずの状況であった。
 問題があったのは旧帝国領、アルターラントである。
 数値自体では成長率は悪くなかった。だからヒルダはアルターラントでも大きな問題はないと思っていたのだが、そうではないと経済担当補佐官のマリアンヌ・ジョールが指摘した。
「陛下、陛下がごらんになっておられるのはあくまで平均値です。フェザーンに隣接するアイゼンヘルツ星系やヴァルハラ星系では、相応の成長率を見せていますが、逆に言えば、奥地や辺境地域での状況はさんさんたるものです。例えばブラウンシュヴァイク星系では、成長率はマイナス、失業率は30%を越えています。基幹産業の農業が崩壊したのが原因ですが、ごく一部の例外を除いて、アルターラントではおおむねそう言う状況にあるとお考えください」
 ゴールデンバウム王朝下では成長よりも安定が求められた。農業も多くの労働者を吸収するがゆえに機械化が計られず、生産性はごく低かった。しかしそれによって失業が低く抑えられていたのも事実なのである。そうした規制が取り払われてフェザーンやノイエラントの資本が入ってくるようになると、従来の帝国企業や帝国の産品は非効率性ゆえにまたたくまに駆逐された。
 その結果、膨大な失業者の群れが発生しつつある。
「帝国全体としては労働力不足の傾向が強まりつつありますから、そうした失業者が移動すれば、痛みを丸く治めることは可能ですが、実際には思うようには移動しません。帝国人はもともと、郷里への執着が強く、なかなか生まれた土地を離れようとはしません。離れるとしても、オーディーンに向かうことが多く、フェザーンやノイエラントに向かう者はわずかです。それに向かったところで、一般に教育に力を入れて来なかった帝国の労働者が、ノイエラントの水準から言えば使い物にならないことが多いのです」
 銀河連邦の後期から末期にかけて、学歴のインフレーション現象が生じた。カフェの店員でも大卒の学歴が求められるようになった結果、進学率がどんどん上がり、しかし高等教育を修了した者に相応しい職を提供することは出来なかった。その結果、哲学博士や文学博士が道路工事に従事していたりすることが一般的になったのである。誰しもそれがバカバカしい状況だとは思ってはいたが、道路工事に従事するにも実際に博士号が必要になれば、大金を払って学校に行かないわけにはいかなかったのである。
 この状況で儲けたのは学校関係者のみであって、社会的には膨大なコストの無駄が発生した。企業の営業職に就くのでも、博士課程を修了するのが一般的になれば、三十歳を越えて学生生活を続ける者が多くなり、労働人口の相対的な減少に見舞われ、社会保障制度の多くは破綻した。
 この反省から、と言うよりは、
「愚か者に教育を与えても、教育をかじった愚か者しか作らんわ」
 というルドルフ大帝の民衆蔑視の姿勢もあって、帝国では少数のエリートのみが高等教育に進める制度に切り替えた。
 連邦末期の状況は自由惑星同盟にとっても反省材料であって、同盟初期の指導者たちも教育の重要性は分かっていたが、無制限にインフレ化を招いては元も子もないことも認識していた。誰もが高等教育機関に進学しなければならない制度よりは、高等教育を無駄に受けなくても相応の生活を営める状況を作る方が重要だと言う認識の下で、士官学校や専門学校を含む大学進学率そのものはおおむね15%程度に抑え、その代わりに市民大学を充実させる方策を採った。
 そのため、この時代、学士の数は旧帝国領でも旧同盟領でも決して多くは無かったが、旧同盟市民は働きながら学ぶ者も多く、絶対的な教育水準から言えば、ノイエラントとアルターラントでは圧倒的な開きがあった。
 労働者の質と言う点で、指示待ちに慣れた旧帝国領の労働者はとてもノイエラントの労働者に太刀打ちできなかったのである。彼らはノイエラントを恐れ、かたくなにアルターラントに留まった。たとえ乞食同然になったとしても。
「失業者は就業の意思がある者を言うのです。誰かに養われている者や、就業を諦めた者、ホームレスに転落した者は統計にはそもそも反映されません。この点を考慮するならば、アルターラントの状況はかなり悪いとお考えになるべきでしょう」
「状況を見過ごしにしていたのは私の責任だわ。でもどうすればいいの?職業訓練を大々的に行うべきかしら」
「むろんそれも必要でしょう。しかしそれが芽を出すまでには長い時間、二年、三年、あるいは五年、十年かかるかも知れません。その前にアルターラントの旧農民の生活は破壊されてしまうでしょう。こういうことはふたつ以上の異なる文明が融合した時には必ず発生したのです。情報通信技術が発達して地球規模での単独文明が成立した時にも同様のことはありました。これは避けられないことなのです。けれども直接支援を行うことによって痛みを和らげることは出来ます」
「直接支援?」
「たとえば衣食住の支援です。あるいは貧困家庭の子弟の教育費を全面的に国庫で負担することによって、貧困を世代を越えて引き継がせなくさせることはできます」
「それには予算が必要よね。かなりかかるわよね」
「ええ、膨大な財政負担が必要になります」
「試算は出来る?」
「実はあらかた試算を終えています。数日中には詳細な試算を提出できるかと思います」
「では、そうしてちょうだい。閣議に諮らなければならないわ。財務尚書がなんというかしら」
 しまり屋のオイゲン・リヒターが顔を真っ赤にして激怒するのが目に見えるようだった。

Struggles of the Empire 第2章 十一月の新政府(13)


 宇宙暦801年、新帝国暦3年11月15日、バーラト自治政府最初の総選挙の日であった。
 バーラト自治共和政府の国旗というようなものは未だなく、イゼルローン共和政府の国旗も広く流通していたわけではないので、通りには、旧自由惑星同盟の国旗が掲げられた。帝国の面子を尊重するという観点から言えば、帝国を刺激しかねないその行為は政治的には望ましいものではなかったのだが、民衆が自然発生的に行っていることだから規制のしようがなかった。
「おお友よ
 専制者荒れ狂わんとも
 我は立ち、君は立ち
 自由のたいまつを掲げん
 我らふたたび
 隷従することあたわず」
 自由惑星同盟の国歌や第二国歌が歓喜の声と共に通りで歌われていた。形式上は、バーラト星系は自治を与えられたに過ぎず、帝国の属領ではあり続けるのだが、実質的にはこれは再独立であった。自由惑星同盟滅亡以来、叩きのめされていた自由の誇りが、最も純粋な理念となって、この日、バーラト星系の人々の背骨を形作った。
「これは危険な兆候ですね」
 通りの様子を移すテレビの画面を見ながら、バグダッシュは官邸のフレデリカに言った。バグダッシュはフレデリカの首席補佐官として、新政府が発足すれば官房長官としてフレデリカの最側近として支えている。
「帝国をいたずらに刺激しかねない」
 あくまで戦術的に言えば、ブリュンヒルトのはらわたにユリアンたちが食らいつき、ラインハルトの面前で膝を屈さずに対峙したとは言っても、本当のことを言えば帝国が譲らなければならない理由などはなにも無いのである。帝国がユリアンたちを勇者として認め、それなりに処遇したのは皇帝ラインハルトの個人的な矜持ゆえであって、帝国軍が圧倒的に有利な状況であるのは何ら変わらず、いわばフレデリカたちはラインハルトの矜持と慈悲の結果としてバーラト星系を受領したに過ぎない。
 まるで自分たちで勝ち取ったかのように見えるのは、ラインハルトが言わば矜持のゲームとして、そのように設定したからであり、ゲーム盤をひっくり返す権限は帝国側のみが握っている状況に変わりはなかった。
 バーラト自治政府の発足があたかも自由惑星同盟の復活かのように受けとられれば、生存が危うくなるのは帝国ではなくバーラト自治政府の方であった。
「この程度のことは帝国も織り込み済みでしょう」
 フレデリカはさほど重大には受け取らなかった。飢えた者に食事を与えればがっつくのは当たり前だからである。自由惑星同盟は理念の上から言っても決して敗北してはならなかった。しかし実際には敗北に敗北を重ねた。そのことはむろん、市民たちにとっては衝撃であり、鋭い痛みであったが、ことは単純に軍事的な問題ではなく、理念の敗北と言う、アイデンティティの危機を各自にもたらした。そういう中で、皇帝の矜持にすがった結果であったとしても、とにかく民主主義者たちが再び勝ち取った勝利がこの選挙なのである。市民たちが歓喜するのは当然であった。
 とは言え、この歓喜が燎原の野火のように旧同盟領に広がる可能性はある。報道は抑制され、バーラト星系外では単に事実報道を伝えるにとどまっている。ヤン・ウェンリー党もイゼルローン共和政府も、バーラト星系を越えて広報することを慎んでいた。それは暗黙の合意であったが、帝国とそうした暗黙の合意を重ねることによって、フレデリカたちは帝国の支配にはからずも加担しているのかも知れなかった。
「ただいつまでも私たちは中間管理職ではいられないかも知れません」
「ヤン夫人、それはつまり」
 フレデリカの言葉に驚き、バグダッシュは思わず問いただそうとしたが、その問い自体が余りにも重大であることに気づいて、バグダッシュは言葉を切った。フレデリカはバグダッシュを横目で見て微笑み、そして口ずさんだ。
『我らふたたび
 隷従することあたわず』
 この選挙はバーラト自治共和政府のものであり、バーラト自治共和政府のみの損得を言えば、あくまで帝国との協調路線が保持されるべきであった。しかしその市民たちの声はどうであるのか。その本当の願いはどうであるのか。
 再び掲げられた自由惑星同盟の旗を見て、立ち尽くして涙を流す無数の人々の思いはどうであるのか。
 隔離されたこの星系で、民主主義の真似事をしているのではなく、たとえ我が身を再び戦乱に委ねようとも、市民たちが望むものが自由惑星同盟の復活であるならば。
 父の叛乱、夫の死という幾つもの試練を経て、フレデリカは政治家として急速に成長した。その眼差しは徹底的な現実主義であり、いかなる神をも持たないバグダッシュから見ても、その姿勢には危うさはまったく無かった。しかし人と言うものが分からないものだということもバグダッシュは知っていた。その心のうちの本当のところは誰にも分からない。
 ミュラーやワーレンと言った帝国上層部とも深い親交を結び、フレデリカは情勢をこのまま安定させてゆくつもりなのだとバグダッシュは疑いもなく信じていた。ヤン・ウェンリーならばそうしていただろう。ヤン・ウェンリーは自身は強固な民主主義者でありながら、理念の美酒に酔うことは決してなかった。同盟の将として戦っていた時でさえ、彼が望んでいたのは、たかだか数十年の平和に過ぎなかった。理念の勝利ではなかったのである。
 バグダッシュはフレデリカがヤン・ウェンリーの後継者であるがゆえに、そのままイコールで結んでしまうという致命的な失敗を自分はしていたのではないかと思った。夫と妻であれ、別の人格、別の人間なのである。そのことを失念していた自分のうかつさに、バグダッシュはたじろいだ。
 ハイネセンポリスのテレビ局がたかだかと映し出した自由惑星同盟の旗を、じっと見つめているフレデリカを見ながら、バグダッシュはこれから行く先が自分が思ったようではないことを知った。

 選挙の結果は夜半過ぎには判明し、定数600議席のうち、ヤン・ウェンリー党は495議席を獲得した。最大野党はソーンダイクが率いる民主主義者同盟であったが、65議席を得たにとどまった。
 フレデリカは議会で直ちに首班指名を受け、内閣総理大臣に就任した。議員の互選によって自治政府総督が選出され、ホアン・ルイが名誉職の色彩が強いその職に就いた。
 明け方までに閣僚名簿が発表されたが、人々を驚かせたのは旧トリューニヒト派数名が含まれていたことであった。むろん、その中核的な人々はそもそも議員に選ばれていなかったが、たとえばウォルター・アイランズが財務大臣に選出されたことは、いかに彼が国防委員長としては仕事をしたとは言え、旧トリューニヒト派としての経歴もある以上、市民の反発をかいかねない人事であった。
「トリューニヒト氏の評価がかんばしからぬものであることは承知していますが、彼は最高評議会議長であったのです。つまり同盟の中枢であり、旧トリューニヒト派と言ってもその大半は同盟の中枢で働いていたに過ぎません。そもそも有能の士であったから政権中枢にいたわけであって、経験のない私どもが政権を運営してゆくうえで、彼らの助力は欠かせません」
 フレデリカは内に向けても外に向けてもそう語り、仲間割れしている場合ではないことを強調した。
「私たちは民主主義の種であり、たいまつなのです。大義の前において、過去のことにこだわっている余裕はありません」
 市民の多くもそれを聞いて、しぶしぶではあったが納得はしたが、バグダッシュは大義と言う言葉をフレデリカが持ち出したことに、小さな恐怖を感じた。大義が別の大義とぶつかれば、それは理念そのものであるがゆえに妥協性がまったくない。大義と言う言葉を用いたが、その大義が何なのかはフレデリカは述べなかった。
 バーラトは民主主義の種であるのだから、帝国といさかいをせずに温存してゆくのが大義であるのか。
 あるいは根を伸ばし、葉を茂らせ、いつの日か大樹となって、銀河の半分から帝国を放逐することが大義であるのか。
 バグダッシュはフレデリカは前者の意味で言ったことを望んだが、確認は出来なかった。もし後者であったならばとの恐怖にすくんだからだった。