takeruko の小説置場

2012-09-04

Struggles of the Empire 第3章 シュナイダーの旅(5)


 シュナイダーが旧帝都オーディーンに到着したのは新帝国暦3年7月18日のことだった。エルウィン・ヨーゼフ2世誘拐の実行犯であったレオポルド・シューマッハが逮捕されたことがニュースでも大きく取り上げられ、ランズベルク伯が連れていた子供の遺体が皇帝とは別人のものであることが裏付けられた。シュナイダーは、幼帝がすでに逝去していることも十分に可能性として考慮していたが、生存の見込みが強まったことによって、今後の自分の進路を再考する必要もなくなった。
 ともあれ、まずはやらなければならないことをやるべきであって、リップシュタット戦役以来、5年ぶりに舞い戻ったオーディーンにて、メルカッツの家族と会わなければならなかった。
 ここを離れた時には帝都だった惑星は、今では旧帝都であり、かつて人類社会に君臨した心臓でありながら、今は次第次第に辺境の性格を強めていた。中心部の繁華には変わりはない。しかしそこを歩いている人たちが違う。かつて貴族や貴婦人たちがゆったりと散策した街路には、今ではビジネスマンたちが忙しそうに足早に通り過ぎ、街の景色となることさえ拒絶しているかのようだった。
 日中の公園に入り、一休みしようとベンチを探したが、そのようなものはなく、ただ、円筒のパイプを曲げた腰掛が置かれているだけだった。もちろん、それに腰かけて一休みすることは出来るが、横になることは出来ず、そうすることによって浮浪者たちを公園から排除しようとする行政の意図が透けて見えた。
 中心部やその周辺の高級住宅街には浮浪者はいかなかったが、一歩郊外へ出れば、帝国全土から職を求めて集まった浮浪者たちがあてもなく通りを徘徊していた。最初はそれなりの身なりをしていたはずなのに、職が得られない日々が数か月に及ぶうちに彼らの衣服には垢がこびりついて、その汚れは清潔さばかりではなく、生きる希望をも奪ってゆくようであった。
 全体として言うならば、オーディーンはかつてのシュナイダーが知っていたような都ではもはやなく、隔離された地域に繁栄のようなものはあっても、かりそめのショーウィンドーに過ぎないように思えた。不世出の英雄ラインハルト・フォン・ローエングラムを得て、銀河帝国はついにフェザーンと自由惑星同盟を併呑したが、それによってかつての帝国もまた滅びてしまったのだとシュナイダーは実感した。何もゴールデンバウム王朝が倒れたことのみを言っているのではなく、かつての秩序や、帝国が手に入れたはずの勝利でさえ、実際には失われていた。銀河が統一されたことによって、旧帝国領は経済や産業構造においてはっきりと敗者の立ち位置に立つことを余儀なくされていたのであった。
 新帝国が成立してからわずか3年でここまで荒廃するならば、そしてオーディーンにおいてさえそうであるならば、これから時間が立てば、辺境星系ではどれほど悲惨なことになるだろうかと思ってシュナイダーはため息をついた。その陰鬱ぶりはノイエラントの活況とは対照的だった。
 しかし彼はもはやローエングラム王朝下の帝国人ではない。実態としても精神的にも旅人であるに過ぎず、論評は彼の任ではなかった。
 シュナイダーはホテルに宿をとると、メルカッツ邸があった住所に向かった。邸宅そのものは健在であったが、住人は別の家族に入れ替わっていて、先住者の消息を彼らは把握していなかった。周辺で聞き込んだが、その高級住宅街の住人のほとんどは入れ替わっていて、「皇帝ラインハルトにたてついた旧貴族」の消息などに誰も関心は無かったし、話すのも汚らわしいという態度を見せた。
 メルカッツは伯爵家の三男であり、その夫人も子爵家の長女であったが、彼らの係累たちそのものが行方知れずになっていて、わずかに残っている貴族たち、彼らはラインハルトを支持したがゆえにその地位をまっとうしたのだが、彼らの大半はそもそもフェザーンに移住していたし、残っていたものとても隠棲していたから世間の動向に疎かった。その線からメルカッツ夫人の消息を知ることは無理だとすぐにシュナイダーにも分かった。
 さてどうしたものかと数日、考えあぐねているうちに、帝国憲兵ならば消息をある程度把握しているのではないかと思った。
 リップシュタット戦役後、門閥貴族側についた者たちの財産は没収され、爵位も剥奪された。特殊な例外を除き、それで一応の処分は済んだはずで、それ以降の旧貴族すべての動向を帝国憲兵も把握してはいないだろうが、メルカッツの場合は、同盟に亡命したのみならず、ヤン・ウェンリーの旗下で客将として、ヤン・ウェンリーに次ぐ用兵家として艦隊を指揮している。まして銀河帝国正統政府の軍務尚書であったわけで、国事犯としての扱いは長く、ひょっとしたら現在においても継続されていたと考えられた。
 当然、その家族に対する監視は相当長期に及んだはずである。
 オーディーンの憲兵本部に出向いて、情報を閲覧させてもらえませんかと頼んだところで通じるはずがないのは知っていたので、シュナイダーは搦め手から情報に接触することにした。士官学校時代の友人何人かに連絡して、ワルトハイム少佐という同期の男がオーディーンの憲兵本部に詰めていることを知った。
 シュナイダーの記憶では、ワルトハイムは妙にカネに汚く、情報屋のようなことをしては小金を稼いでいたことを思い出した。10人兄弟の長子である彼は経済的に自立するのみならず、弟妹を経済的に援助しなければならないからだという事情があったことも知っていたから、それで軽蔑するとかそういうことはなかったが、カネで動かしやすい男であるには違いなかった。
 連絡をつけて呼び出してみればワルトハイムも今は少佐という上級士官であるはずだったが、シュナイダーと会うに際して用心して私服を着用したのはいいにしてもその私服が余りにも質素でみすぼらしく、シュナイダーが逗留しているホテルのカフェで会うにしては、両者とも居心地が悪いほどだった。シュナイダーは特別贅沢をしているつもりはなかったが、やはり元は貴族の子弟であり、「だいたいこんなところだろう」という自分の水準で選べば、それなりの格式のホテルを選んでしまっていたからである。
 シュナイダーはおおむねの事情を説明して、
「最直近のメルカッツ夫人の居場所が分かればいいんだ。ご亭主の最期についてお伝えするだけだからローエングラム王朝にとっても別に不都合はないだろう。頼まれてくれるか」
 と言った。
「ああ、君に協力したいのはやまやまなんだが、いくらか費用がかかるんでね、それが問題と言えば問題なんだが」
 と案の定、ワルトハイムが言ったので、シュナイダーは苦笑しながらも小切手を切った。その額面を見て、ワルトハイムは驚きを隠せなかった。1万帝国マルクもあったからである。
「それは手付金だ。満足のいく情報を得られたならば成功報酬としてもう1万帝国マルクを差し上げよう。その代り、帝国憲兵の面子にかけた精度の高い情報を手に入れて欲しい」
 これだけのカネがあれば弟妹のうち何人かを数年は上の学校に行かせてやれるかもしれない。ワルトハイムは素知らぬ顔で小切手を懐に入れようとしたが、その手が震えているのをシュナイダーは見逃さなかった。
 それだけの額を払った意義はあったようで、数日後、ワルトハイムは資料を持って、シュナイダーのところを訪れた。フェザーンでは皇帝ラインハルトが崩御し、オーディーンにもその陰鬱な影は及んでいたが、人での少ないカフェで、シュナイダーは資料を堂々と取り出して、ざっと目を通した。
 それに拠れば、リップシュタット戦役勃発以後、メルカッツ夫人の居住地は転々としており、移転のたびに居住地のグレードが下がってゆくことが気がかりであった。長く監視していてメルカッツとの接触が無いことがはっきりしたため、監視は昨年の十月で打ち切られていて、それ以後の消息は不明だった。
「ついでに社会保障庁や税務署にデータがないかも調べてみたが、官公庁にはまったく接触していないようで、データはなかった。現時点で分かるのはこの程度のことだが」
 シュナイダーがもう1万帝国マルクを支払ってくれるかどうか、それだけを気にしながらワルトハイムは上目使いにシュナイダーを見た。
「よくやってくれた。最後の居住地にいればよし、いなくてもそこから手がかりが得られるだろう。約束通り成功報酬を支払おう」
 そう言って、渡した金額は1万帝国マルクではなく、更に5000帝国マルクが上積みされていた。
「今後も頼むことがあるかも知れない。多い分はまあ、『今後ともよろしく』料だ」
 シュナイダーとしてはワルトハイムがカネに固執している事情を知っていたから旧友へのささやかな支援のつもりであったが、ワルトハイムはシュナイダーの言葉を文字通りに受け取ったようで、良いカネづるを見つけられたと、会心の笑顔を見せた。ある意味、金銭に徹底しているからこそ、かえって邪心のないその笑顔を見れば、シュナイダーはどうにもこの男を憎めないのだった。士官学校時代も何かれとなく世話を焼いたのもそのせいかも知れなかった。

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