takeruko の小説置場

2012-09-18

Struggles of the Empire 第4章 ワルキューレは眠らず(10)


 英雄が一代で築き上げた帝国は、その英雄が去ればそのまま瓦解してしまうことが多い。扇の要を失って、有力者たちが抗争をはじめてしまうからである。ローエングラム王朝がそうならなかったのは、カイザー・ラインハルト崩御の時点において有力者たちの同質性があったからだ。誰にとっての同質性か。むろん、ウォルフガング・ミッターマイヤーにとってである。
 軍権を制する者が覇権を制する。その意味において、ラインハルト崩御時点で、もしミッターマイヤーが覇権を望んだならば、ヒルダを倒すことは不可能ではなかっただろう。そういうことをしない男であればこそ、ミッターマイヤーは地位を得ていたのだが、大半のクーデターや政変はむしろ防衛的な意図から生じている。ミッターマイヤーに政権を奪取する積極的な意図が無かったとしても、ヒルダとの間に距離があったり、讒言するものがあったりすれば自らを守る、それ以上に自らの部下とその家族を守るために立ち上がらざるを得ない。
 ローエングラム王朝で有力者たちの抗争が発生しなかったのは、発生する条件を欠いていたからである。
 ミッターマイヤーに匹敵する権威と権力の持ち主であったロイエンタールとオーベルシュタインは既に死んでいた。その下の階級の者たちのうち、性格や思想的にミッターマイヤーと異質な者たち、ケンプ、レンネンカンプ、ファーレンハイト、シュタインメッツあたりも既に薨じていた。同僚中にミッターマイヤーに抗し得る者は無く、ミッターマイヤーは自分のためにも部下のためにも防衛的に動く必要が無かった。
 ヒルダとの関係で齟齬が生じる可能性はあったが、讒言される恐れが少なかったので、ミッターマイヤーは防衛的に自らの権力を強める必要はなく、ヒルダも警戒を抱かずに済んだ。ヒルダ自身が政治のプロフェッショナルであったので、能動的に動くことが出来、ワーレンやメックリンガー、ミュラーあたりを影響下に置くことで、ミッターマイヤーとの間の均衡を維持できた。これは当人たちの好悪の感情の問題ではなく、政治的な力関係の問題である。
 ヒルダがミッターマイヤーを敬愛していたとしても、ヒルダ自身が弱小であり、政治的な能力が無ければ相対的に力の不均衡が発生し、均衡状態に近づけるために、ヒルダが力をつけると言うことが出来なければミッターマイヤーを追い落とす以外に方策はなくなる。そうなれば彼らの間の人間関係がどうであれ、ミッターマイヤーは失脚を余儀なくされるか、自らを防衛するために反逆するかの選択をいずれ迫られることになる。
 彼らの間の関係がそうならずに済んだのはヒルダの政治能力が高かったからであって、ワーレンやメックリンガーをヒルダが元帥たちの中においても特に自らの股肱化したのは、ミッターマイヤーの勢力をそぐことによって自身とミッターマイヤーを安全にする、という意味合いもあった。
 もちろん、その意味や呼吸はわざわざ口にしなくともミッターマイヤー自身了承していることであって、ヒルダとミッターマイヤーの間にこうした高次の協力関係があったことが、皇太后と首席元帥の間で齟齬が生じなかった理由であった。
 内閣において首座であるマリーンドルフ伯が国務尚書であったのも幸いであった。国務尚書と首席元帥は政府と軍を代表し、時に利害が対立するだけに、国務尚書が自らの党派を養う領袖であれば、国務尚書と首席元帥の間で覇権をめぐる抗争が生じたかも知れなかった。それはちょうどリップシュタット戦役後に発生したラインハルトとリヒテンラーデ公の抗争のようなものである。しかしマリーンドルフ伯はヒルダの影として、本質的には、内閣に在っただけであり、ヒルダを意思を離れて、独立した政治人として私的な抗争を行う恐れはヒルダにとってもミッターマイヤーにとっても微塵もなかった。
 単に表面だけではない、人間の心理とどうにもならないそれぞれの立場を踏まえたうえで、ヒルダとミッターマイヤーは協力して政府と軍の人事を為しており、その仕組みの緻密なことが、カイザー・ラインハルト時代においてさえ頻発した政治抗争と陰謀の数々を摂政皇太后への権力の移行期という難しい時代においてまったく発生させなかった理由であった。
 ミュラーをグリューネワルト大公妃アンネローゼの夫に迎える今回の動きのそもそもの目的は、第一に皇族の数を増やす、次世代の皇子女の誕生を期待することにあったが、政治的な力学にもさまざまな影響を与える可能性があった。
 まず第一にミュラーという、実績と将兵からの人気という点においてミッターマイヤーに次ぐ立場にある提督を皇族に取り込むことによって、皇族の強化、ひいてはヒルダの権力の強化が期待できた。仮にヒルダとミッターマイヤーが軍を分割して争うようなことがあったとしても、ミュラーはヒルダの側につくであろうし、ミュラーが呼びかければ帝国軍将兵のかなりがヒルダ側につくであろう。
 これは同時にミッターマイヤーの立場の強化にもなり得た。非常時にはミュラーというカードは、ヒルダが手にしたジョーカーとしての扱いがなされるであろうことは予想されるにしても、平常時においては、「ミッターマイヤーを唯一脅かし得るナンバー2の提督」を退役元帥として軍組織から分離させることが可能になった。ミッターマイヤーがクーデターめいた野心を抱かない限り、軍の第一人者としての立場は更に長期にわたって保証されることになり、軍におけるミッターマイヤー体制はより堅牢になるであろう。
 これらのことはヒルダもミッターマイヤーも意図したことではなかったが、政治力学的にはそういうことが生じるのであった。
 一方で両者にとっては、好ましからぬことも発生する余地があった。
 ミュラーが軍籍を抜けることで、単純に実働可能な元帥が一人足りなくなり、上級大将以下の将兵をいずれ帝国軍の最高意思決定会議に招じ入れなければならない時期が早まった。これは少人数のインナーサークルによって構築されているがゆえに安定している現在の政府と軍の首脳部の政治的力学に影響を与えるであろう。もちろんいずれ嫌でもそうならざるを得ないのであるが、ヒルダの体制が発足していまだ1年に満たないこの時期に、早くも人事的流動性が強まるのは制御不能の確執を生じさせる母胎になりかねない。
 たとえば仮にフェルナーを軍務尚書につけるとして、その能力はミッターマイヤーもヒルダも認めていたから「将来はいずれ」とは両者共通の認識であったが、その時期が早まればフェルナーは思考的にも人脈的にもミッターマイヤー与党の人間ではない。彼の下でオーベルシュタイン派が再建、もしくは自然に構築されて、おのずとミッターマイヤー派と異なる立場を提示するようになれば、帝国軍首脳部の同質性は失われ、混乱が生じる可能性はあった。
 オーベルシュタインの功績の一つに、航路局が保持していたノイエラントの航路データを軍務省でコピーをとっていたということがあった。サイバーテロによってその元データが失われた時、コピーデータがあったからこそラインハルトのノイエラント征服は可能になったのだが、これは幾つかの理由によりオーベルシュタイン以外には為しえないことであった。
 第一に航路局におけるデータ保全は航路局の責任であって、軍務省が関与すべきであるという発想自体がほとんどの人間には生じ得ないこと。データが致命的に重要であることは多くの人間が理解できたとしても、多くの人々は無意識のセクショナリズムを保持しているので、データが消失してもそれは航路局が悪い、俺には関係が無い、と考える。実際、オーベルシュタイン以外の軍首脳は無意識であってもそう考えたからこそ何もしなかったのである。逆に何も事が起きていない時点で軍務省がデータを請求すればいかにも越権行為であり、オーベルシュタインは事が起きていない時点ではさんざんに航路局からは批判されたであろう。また、身内の軍務省にあっても、軍務省にとっては重要な諸データを抹消して、コピーデータを入れる容量を確保したのであって、オーベルシュタインが「それらのデータよりもコピーデータの保全が重要」と判断したとしても、その必要性が低いデータの保全にそれこそ命を賭けている者たちも多数いるのであって、事が起きていない時点では、オーベルシュタインは内部からの批判にもさらされたであろう。そこまでやったとしても、実際に事が起きなければ、結果的にオーベルシュタインの見込み違いと言うことになり、批判だけが残ることになる。実際には事が起きてしまって、オーベルシュタインの先見の明が称賛されたのだが、それはあくまで結果論であって、オーベルシュタインは批判に晒されてもなおかつ本質的に重要と判断したことについては余人の反対を押し切って為しただけであり、帝国全体の利益から常に思考を行うという全体性、取捨選択の確実さ、そして意志の強さという点において、オーベルシュタイン以外には思いつくことさえできない、まして実行も出来ない事例であった。
 フェルナーがオーベルシュタインの思考を把握していることの優位性とはそういうことなのである。オーベルシュタインには彼の性格や立ち位置から彼にしか見えていないことが非常に多くあり、それを果断に実行する意思があった。フェルナーにその意思があるかどうかはともかく、少なくともオーベルシュタインの思考をなぞることによってオーベルシュタインにしか見えていないことに、手が届き得るのであった。
 それはオーベルシュタインとフェルナーにしか見えないことであるから、実行しようとすれば必ず周囲との軋轢を生む。その意図と重大性が広く認識されるようになるのは事が起きた後か、時代が歴史に変わった後であって、それによって理解できなかった者たちに意図せずに「無能」の烙印を押すことになる。
 フェルナーが少なくとも思考の認知能力においてはオーベルシュタインの継承者であるならば、ミッターマイヤーとはいずれ対立せざるを得ない。しかし思考の異質者が首脳部にいなければ長期的には帝国が持たないことはヒルダもミッターマイヤーも分かっていた。だからこそフェルナーに目をかけているのであるが、今は政権の安定期には程遠く、この時点でフェルナーをとりあげるのがいいことなのかどうなのか、両者にも確たる見通しはない。
 しかし、いつまでも春にとどまっていられるものはいない。準備ができようが出来まいが、日々は動いているのであり、夏への扉はグリューネワルト大公妃アンネローゼとナイトハルト・ミュラー元帥の結婚と言う慶事によって開かれようとしていた。

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