takeruko の小説置場

2012-09-29

Struggles of the Empire 第5章 ロキの円舞曲(8)


 秦帝国暦3年8月半ば、シュナイダーは恒星間シャトルの乗客となり、惑星フェザーンへ向けて航行中であった。恒星間シャトル運営会社には、旧帝国資本としてはインペリアルズ、リヒトフリューゲル、旧同盟資本としてはインタープラネット、トラフィック・コントローラーズ、フェザーン資本としてはフェザーン国営航宙(PNA)があった。先月、インペリアルズがようやくノイエラントに、インタープラネットがアルターラントに乗り入れたばかりであり、オーディーンからハイネセンへの直行便はいまだなく、フェザーンかイゼルローンを経由しなければならない。
 アルターラントに入ってからは、シュナイダーはインペリアルズを主に利用していたが、サーヴィスにおいても運用実態においても、旧同盟領の同業者とは比較にならない、洗練には程遠い野暮ったさであると、旧帝国人としてかすかに残っている郷土心を総動員してもシュナイダーは認めざるを得なかった。いずれ競争が本格化すれば、他の多くの帝国企業と同じく、殿様商売に安住してきたインペリアルズも、存続の危機を迎えることになるだろう。
 数時間、もたもたと航行しながら、ついにそのシャトルは進路を変えて、エックハルト星系に一時退避する構えを見せた。スクリーンに無造作に映し出されている船外の宇宙空間の映像から見て、宇宙気流の影響だろうとシュナイダーは目算をつけたが、次第に不安を募らせる乗客たちにその旨のアナウンスがなされたのは、進路を変えてから一時間後のことであった。
 軍が所有する宇宙戦艦であれば多少の宇宙気流や宇宙塵の影響をはねのける特殊塗装が施されているのだが、民間用の船舶にそれを施せば、船体の重量が増えて燃料経費が増大するのと、特殊塗装の経費自体が高額であるために、多くの民間用の船舶は宇宙空間のコンディションが悪い時は素直に退避する方を選ぶのを常としていて、それが結局は安上がりなのであった。
 居住惑星に退避すれば、そこはオゾン層や磁力線で保護されていて、数時間から数日をやり過ごして再び旅を続けるのが通例であった。同盟の恒星間シャトル運営会社ではすでに宇宙戦艦級の船体保護機能を備えた輸送船や旅客船を投入しており、ノイエラントでは宇宙気流や宇宙塵の悪影響を避けるために運航を一時停止することは滅多になかった。こういうことひとつをとっても、帝国企業が同盟企業に勝てる可能性は限りなく低いのであった。
 エックハルト星系近辺は銀河系中央部の航行不能宙域の影響を受けやすく、その最外縁の居住可能惑星リープクネヒトは、人口そのものは10万人に満たない小天体であったが、退避用の惑星として利用されていて、意図せずにその惑星を訪問した人は多かった。シュナイダーもそのうちの一人になろうとしている。
 「庭園惑星」とも呼ばれるように緑なす快適そうな外見を整えるためには、莫大な維持費を費やしていたが、この星を訪れる外来者は旅の予定が狂って怒りを覚えている者ばかりである。彼らの怒りを鎮めるために、人工的にあつらえられたものであっても、快適な空間を提供することはこの惑星にとっては治安問題に直結していた。
 今回の宇宙塵は規模が大きいようで、フェザーンから入ってきた船、フェザーンへ向かう船が次々に入港していた。宇宙港に隣接して宇宙港内につながる形で幾つもの巨大ホテルが林立しており、そのうちのひとつに宇宙港内の自動案内所でチェックインの手続きをとり、そちらへ向かおうとした矢先、シュナイダーは肩をたたかれた。
「こんなところで会うのは奇遇だな」
 そう言って人懐こい笑顔を見せたのはポプラン中佐であった。数百億人類の中でたまたま旧知の者に巡り合う確率は広大な砂漠の中からたった二粒の特定の砂粒を見つけ出すのにも匹敵するほど稀有なものであったが、旅人同士は似たようなルートを通ることが多く、案外こういう場所で顔を合わせるのは珍しいことではなかった。
「元気そうでなによりだ、というほど別れてから時が過ぎたわけではないが、まあ元気そうでなによりだ」
 微笑は浮かべたが、ややそっけなくシュナイダーはそう言った。
「またそんな無愛想なことを言いやがって、俺と会えてうれしいんだろう、素直にそう言えよ。俺ばっかり喜んでバカみたいじゃないか」
「そんなことはない。嬉しいかどうかと言われれば嬉しいに決まっている」
 そう言われて、ポプランはにんまりと笑った。この警戒感のなさというか、たやすく相手の懐に飛び込むところがポプランらしいところであり、シュナイダーとポプラン、属する「組織」は違っても階級は同じ中佐ということもあって、イゼルローンにいた頃から両者は妙に仲が良かった。主にポプランの側が一方的に絡むのが常であったが、シュナイダーは迷惑がるでもなく、ポプランとの交友を楽しんでいた。それぞれ謹厳と放蕩が服を着て歩いているような、対称的な二人であったが、性格が違えばこそ、気が合うこともある。
「さあて、お互い、お天道様のご機嫌次第で足止めされているようだな。ここは一杯、飲みながら、情報交換とでもいこうか。もちろんおまえさんのおごりでな」
「放蕩児は自分のカネで放蕩するものだ」
「いいや違うね。他人のカネで放蕩するからこそ面白いのさ」
 ポプランはまだチェックインの手続きをしていなかったので、シュナイダーと同じホテルに部屋をとり、その最上階にあるバーで、酒を酌み交わしつつ、あることないことを語り明かすことになった。
「おまえさんはあれかい?例の幼帝を探し出すってやつ、まだあれをやっているのか?」
 ウィスキーに浮かんだ氷がからからと音を立てながら、ポプランの掌の中で響いた。
「まだ『それ』はやっていない。これからハイネセンに戻って始めるつもりだ。アルターランドに来たのはメルカッツ提督のご遺族に会うためだ」
「ふうん、律儀なことだ。おまえさんらしいと言えばらしいがね。メルカッツ提督の遺族に提督の戦死した経緯を話すのも辛かっただろうに、よくよく損な役目を引き受ける男だな」
 そう言われて、ぶっきらぼうなその物言いの中に確かに優しさがあるのを感じて、シュナイダーはポプランを凝視した。言うべきかどうか。しかしポプランはこれからアルターランドの深部に行くのである。当座はその入り口としてオーディーンへ行くのであろう。オーディーンが今どういう状況にあるか、それを話せば自然とメルカッツ夫人とクロジンデのことを話さないわけにはいかなかったが、それも含めて、知っておいた方がいいだろうとシュナイダーは判断した。
 メルカッツ家の人々の話を聞くなり、ポプランはとたんに険しい表情になった。
「くそっ、なんてことだ。俺たちがメルカッツ提督を引き留めたばかりに、そんなことになっていたなんて」
「そのせいばかりではないさ。ローエングラム王朝は積極的に彼女たちを迫害したわけではなかった。ただ、助けもしなかった。時代の変化についていけない者は珍しくはない。彼女たち、クロジンデはともかく、メルカッツ夫人はそういう女性だったというだけのことさ」
「だが少なくとも同盟が敗けた時に、メルカッツ提督を帝国に戻していれば、そこまでのことにはならなかったんじゃないか」
「戻すと言っても、あの時点で提督は既にローエングラム王朝にとっては国事犯であったわけだし、そもそも私が提督をローエングラム公に引き渡すことがないよう、ヤン提督に頑強に主張したのだ。責められるべきなら、ヤン艦隊の卿らではなく、私であろうな。それに自らの責任を逃れるつもりはないが、あの道をお選びになったのは結局はメルカッツ提督ご自身だった。卿らとともに戦って死んだことに、提督は満足なさっておられた。提督についてはあれでよかったのだと思う」
「ああ、まあ、おまえさんがそう言ってくれるなら少しは慰められようが、ともかく、メルカッツ提督のご家族のことはおまえさんがよろしく手配してくれたんだな。ヤン艦隊の一員として感謝しておくぜ」
「メルカッツ夫人については確かにその通りだが、クロジンデについては率直に言って援助を拒否されたと言っていいだろう。ただ、彼女の重荷になっていたのはあの母親だったから、その重荷がなくなればこれからは彼女は好きに生きられるだろう。その道がどこへ続こうとも、自分で選んだ道ならば彼女も不平は言うまい」
「で、彼女は、その帝国同胞団とやらに関わっているんだな」
「おい、ポプラン中佐。卿は同盟の人間であるし、ヤン艦隊の首脳部の一員であることはローエングラム王朝も把握しているはずだ。おかしな同情心は起こすなよ。私ですら、ヤン夫人やユリアンに迷惑をかけたくなくて、誘いを断ったのだ。むろん、それだけが理由ではないが私でさえおかしな行動をすれば必ずやローエングラム王朝はヤン夫人とのつながりを詮索するだろう。卿ならばなおさらだ。バーラトに留まらなかったのは卿らしい話だが、それで過去のつながりがすべて清算されるわけではない。ヤン・ウェンリーの股肱であったという事実は、軽がどこに行こうとも、死ぬまでついてまわるはずだ。卿のために、ハイネセンの仲間をいたずらに窮地に陥れるような真似は慎むのだな」
「仲間というならおまえさんだって仲間だ。メルカッツ提督もだ。メルカッツ提督は俺たちと共に戦って俺たちのために死んだ。おまえさんたちがいつまでたっても帝国軍の軍服を脱がないとしても、あの幼帝に忠誠を誓っているとしても、それでも俺たちは仲間だろう?仲間の家族が、メルカッツ提督の娘が困っているというなら助けてやってこそ仲間じゃないか」
「いかにも卿らしい言いようだが、クロジンデは別に今は困ってはいない。カネが欲しいなら母親のところに行って自分の取り分をとればいいだけの話だし、そうするだけの方法は伝えてある。彼女が敢えて騒乱の中に身を晒そうとしているのは彼女の人生の問題であって、我々が関与すべき話ではない」
「メルカッツ提督はそうは割り切らんだろうな。かの御仁にとっては実の娘の話だ。メルカッツ提督は死んだからどうこうすることは出来ないが、俺は生きている。だがしかし、おまえさんの言うことももっともだ。俺もヤン夫人やユリアンにことさら迷惑をかけたいわけではない。キャゼルヌ中将やアッテンボロー提督が相手なら気にせずに好きにするがね。まあ、俺は見守るだけさ。とりあえずはな。それでおまえさんの言うとおり、彼女の人生だと見極めたなら、手をひくさ。だがしかし、とりあえずはオーディーンに行ってみることにしよう」
「ただの旅行者としても今のオーディーンに行くのは勧められんが、これ以上は言ってももう決めてしまったのだろう?くれぐれも、軽はずみな行動だけはやめてくれよ」
 分かった分かったとポプランは頷いたが、どこまで分かったのか、シュナイダーにはいささか心もとなかった。とは言っても、自分の行動次第ではフレデリカに迷惑をかけることは分かっているはずであるし、それ以上のことを言うのもさすがに干渉が過ぎるか、と思って、シュナイダーは何も言わずに、ウィスキーを飲みほした。

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