takeruko の小説置場

2012-10-02

Struggles of the Empire 第5章 ロキの円舞曲(10)

 
 オリビエ・ポプランは、冷淡と言えば冷淡なところがあって、どういう道を選ぼうがそれは当人次第、傍から見て愚行と分かっていても、事の妥当性は他人には判断できないと思っていた。そもそも自分のこれまでの生き方を見てきても、損か得かで言えば、どちらかと言えば損な選択を積み重ねてきたほうだろう。しかしクロジンデに対してはその姿勢を全うできなかった。
「あんたは平穏な人生をこれから生きようと思えば生きられる。メルカッツ提督もそれを望んでいるはずだ。あんたを利用しようとする連中からは離れて、自分自身の幸福をまず考えるべきだろう」
 亡父の知人で、シュナイダーの友人を名乗るその軽薄そうな男が、いかにも似合わない慎重論を言うためにクロジンデに接触してきた時、クロジンデの胸に到来したのは怒りであった。父であるメルカッツは、援けが必要だった時には何ら顧みなかったくせに、死んだ今になってこんな男を通して説教をするのか、という怒りである。
「ポプランさん。こんなことをいちいち申し上げるのも大人げないかも知れませんが、あなたは何の資格があって私にああしろこうしろと差配するのでしょうか。ただ旅行のためにオーディーンにいらしたというなら私のことなどは捨て置いて、どうぞオーディーン見物をなさってください」
「おせっかいは重々承知の上だ。しかし今はもう、メルカッツ提督は何も言えないからあえて首を突っ込ませてもらう」
「おせっかいと承知なさっておられるからと言って、おせっかいの厭わしさが無くなるわけではありませんよ。それにそもそも私のこの選択は父とは関係がありません。父本人が何かを言ったとしても、退けるだけです」
「関係がないのに、メルカッツ提督の名は利用しようとしているんだな」
 クロジンデはゾンネンフェルスらに請われるままに、集会で自らの体験を語っていた。ゴールデンバウム王朝、少なくとも彼ら流民たちに衣食住は保証した旧王朝に忠誠を尽くしたがために、メルカッツ提督とその家族がいかなる目にあったか、ローエングラム王朝の正義はまやかしであると訴えていた。彼女はその活動を通して「解放のジャンヌ・ダルク」と呼ばれるようになった。もっとも、それを言っている人々はジャンヌ・ダルクが誰で、何をした人なのかは承知していなかったが。
「私がメルカッツの娘であることは事実ですから。メルカッツの娘であるために経験したこともすべて事実です。私は自分の体験を話しているだけです」
「分かっているだろう、連中はメルカッツというあんたの名前を利用しているだけだ。あんた自身のことなんて考えていない」
「それは誤解だろうと思いますが、そうお考えならそれでもかまいません。私も彼らを利用しているだけですから。私に分かっているのは、これだけの流民を出す政治体制は間違っているということだけです。父が新王朝に服さなかったのは事実ですから、それについて私が弾圧されたことは許すことは出来ませんがやむを得ないことだと思っています。ゴールデンバウム王朝でもそういうことはありましたから。けれどもローエングラム王朝がゴールデンバウム王朝と違って正義の王朝であるかのように振る舞っているのは虚偽です。虚偽は許すことは出来ません」
「あんたはもう十分に苦労したじゃないか。これ以上、あんたが背負い込む必要はない」
「ポプランさん、私のためにわざわざここまで来てくださったあなたにひどいことは言いたくはないのです。けれども、ただの行ずりの他人の言葉に人生の選択を任せる人がどこにいますか。あなたは来て、去って行く人です。そもそも帝国の人でさえありません。私の国のために私がどう生きようと、あなたに指図されるいわれはありません」
 クロジンデが言うのももっともだとポプランは分かっていた。そもそも普段ならばポプラン自身が同じことを言うはずである。恋に生き、革命に生き、と言えば聞こえはいいが、人生を生きるというのは本来、もっと地に足がついたもののはずである。ティーンエイジャーのプレイボーイのような、刺激だけを求める生き方をしてきたポプランには、こういう時に人を説得できるだけの重みが欠けていた。
 帝国同胞団とイゼルローン共和政府、クロジンデとポプランは革命を志向する点では共通していたが、共通していたのはそれだけであった。クロジンデは生まれ育ったこの土地で、これからも生きてゆくためにこうせざるを得ないとの思いから革命を志向しているのに対して、ポプランの場合は、単に何かが気に入らないとか、こちらの方が面白そうだとの思いから、革命に身を投じたのである。
 言うなれば、クロジンデは土俗的であり、ポプランは観念的であった。
 クロジンデの場合は、今日食べるものにも困っている数百万の流民たちは自分自身の姿でもある。昨日の自分のために、そして明日の自分のために、今日なすべきことをなさないといけないからなしているのである。対してポプランの場合は民衆はどこか自分とはかけ離れた「群れ」であった。それは民衆という言葉にすぎず、どこか他人事であった。
 クロジンデは民衆が正義であるなどとは微塵も考えていない。民衆はただ、自分自身であった。この状況を放置しておくのは自分が辛いから戦おうとしているのであって、それ以上でも以下でもなかった。民衆が暴徒と化したり、道を間違う例は無数にある。その時でも、クロジンデはなおも自分のこととして民衆に寄り添い、その中で出来ることをやっていくだろう。ポプランの場合は、民衆のためを言いながら、その民衆が衆愚に陥ればとたんに軽蔑するであろう。それはつまるところ、ポプランが民衆の中にさえ根をはることが出来ない根無し草だからであった。
 その救いようの無い軽さを、クロジンデは言葉を交わしてすぐにポプランの中に読み取ったのであった。
 私はそちら側の人間ではない、とクロジンデは言いたかった。あなたが民衆を軽蔑する時、私は軽蔑される側の人間なのであると誇りを以て言葉をぶつけてやりたかった。
 クロジンデが身を売って生きてきたことをポプランは知っているはずである。しかしそれは「コノオンナハカラダヲウッタ」と言葉だけで理解しているに過ぎなかった。貴婦人たちにとっては命よりも大事な純潔も、パン一切れのために売っても惜しくはないと思えた夜をこの男が想像できるはずもなかった。粗野な男に抱かれ、屈辱に震えながらも、その粗野な男たちのちょっとした優しさに触れて、自分がその男たちを見下していたから屈辱を感じたのだと気づいた、その気づきのかけがえのなさなど、この男に分かるはずもなかった。
 ポプランも馬鹿な男ではないので、クロジンデの拒絶が単に意地や盲目によるものではないことは話してみて分かった。本来の彼であればここまでしたことでさえ、お節介が過ぎていたが、打ちひしがれているのではない、狂っているのでもない、自暴自棄になっているのでもない、そうしたクロジンデを見て、まったく予想外というか、初めて女という生き物に触れたかのように、立ち去り難さを覚えていた。
 数百人の女と寝ながら、ポプランは女というものがまるで分かっていなかったのである。女が分からないということは人間が分からないということであった。それは彼の性格に潜む倨傲のなせる作用であったが、クロジンデは数語言葉を交わしてすぐにそれを見たにもかかわらず、ポプラン自身には分からなかった。クロジンデはそれを彼の若さゆえであると優しい表現で形容するかも知れないが、端的に言えば幼稚な男だと言っているのであった。
 亡父との縁ゆえに訪ねてきてくれた男にそこまで酷いことを言うつもりもなければ言いたくもなかったが、イライラとさせられていたのは確かであった。クロジンデは元貴族令嬢として感情を幾重にも覆い隠す術は持っていたから、悪感情はむき出しではなかったが、ポプランはさすがにそれに気づかないほど鈍感ではなかった。
 なにゆえそのような態度を取られなければならにのか、ポプランには分からなかった。歓待されるとまでは思っていなかったにせよ、心からの感謝くらいはあってしかるべきではないのか。いや、実際には歓待されると思っていた。姫君をさっそうとさらうナイトのように、愛情と感謝が見返りとして供されるはずであると無意識にポプランは思っていた。そこが彼が幼稚なところであり、クロジンデの不快さを増したひとつの原因であった。
「あんたがそう言うなら、いさぎよく身を引くべきだろうが、こちらもメルカッツ提督の手前そう簡単には引き下がれないのでね。しばらくはオーディーンにとどまらせていただこう」
「それはどうぞご自由に。けれどもこの町には泊まれる場所もありませんし、オーディーンの町中までは結構、距離がありますが、道中お気をつけて」
「部屋に空きがないわけでもなし、こちらに泊まっていただいてはどうかな、クロジンデ」
 そう言って応接室に入ってきたのは、ブラウンであった。
「ポプラン中佐でいらっしゃいますね。私はゾンネンフェルス提督の下で副官のような役目をさせていただいているブラウン大尉です」
 ブラウンが差し出した右手を、ポプランはそっけなく握り返して一応のあいさつとした。ポプランからすればこの男はクロジンデを利用している連中の一人に過ぎなかった。
「ヤン提督の下でのご活躍、私のようなものでも聞き及んでいますよ。私どもとは方向性は違うものの、卿も革命の闘士でいらっしゃる。後学のためにいろいろ参考になる事例をお聞かせくださればありがたい」
「俺なんか、スパルタニアンを操縦するくらいしか能がなくてね、難しいことは全部、ヤン提督やユリアン・ミンツが考えていたものさ。あいにくお役にたてるようなことは無いと思うがね」
「これはご謙遜を。自由惑星同盟の精神的直系でいらっしゃる卿が、指導していただければ、ローエングラム王朝に対してもひとあわもふたあわもふかせることが出来ようというもの、それとも、ゴールデンバウム王朝の復権を目指す私どもとは同じ旗は仰げないとおっしゃいますか?」
「何しろゴールデンバウム王朝といえばこちらは母親の腹の中にいた頃からの仇敵でね」
「ゴールデンバウム王朝に手を貸すくらいなら、ローエングラム王朝の方がまだましということですか。しかし卿もごらんになったでしょう。あの膨大な食うや食わずの者たちを。彼らは不幸にして自由惑星同盟とは何の縁もないために、卿の同情心を引かぬようです。卿にはどうやら、目の前の民衆のことよりも、帝国だ同盟だ、ゴールデンバウム王朝だローエングラム王朝だというラベルの方が大事なようですね」
「そうだな、宇宙のあちらこちらに首を突っ込むにはさすがに手に余るのさ。同盟のことだけで手一杯さ、こちらは」
 ポプランのその言葉を捉えて、クロジンデが言った。
「まったくおっしゃるとおりですね、私も同じことをさきほどから申し上げています。あなたは帝国の人ではない。ですからオーディーンのことには関わり合いになられぬようお勧めします」
「そういう訳にはいかない。あんたはメルカッツ提督の娘さんだ」
「私は帝国の人間です。ここは私の故郷で、あなたにとっては風景に過ぎないあの人たちは私の同胞です。私は切り花ではないのですよ。根をこの土地におろしているのです。ひっこぬけると思わないでください」
 クロジンデの「応援」を得て、ブラウンはにやりと笑った。
「さあ、ポプラン中佐、クロジンデを諦めるか、それとも私たちに力を貸すか、あなたにはどちらかしか選択がないようですね。もちろん、クロジンデの言うように、通り過ぎるままに去って行くというのもひとつの選択です。まあ、とりあえず、部屋を用意させましょう。ゾンネンフェルス提督は出かけておりますが、戻ってきたら、卿と話したいこともありましょう。すべてのことはそれからでいかがでしょうか」
 虫も殺さぬような、優しげな微笑を浮かべて、ブラウンは言った。

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