Struggles of the Empire 第6章 終わりなき夜に生まれつく(1)

「アイゼナッハは何をしているのだ!」
 統帥本部にてオーディーンから送られてくる情勢の報告を受けて、ミッターマイヤーの怒号が響いた。ミッターマイヤーのかつての主要な部下たちの多くは独立艦隊を率いる提督として各地に赴任しており、今は副官のアムスドルフ大佐が一人でその雷鳴を引き受けなければならなかった。
「前線の経験が少ないことがかような結果を招いたか」
 ミッターマイヤーの立場であれば、仮にも前線の司令官を貶めるようなことを、しかも他の部下の前で言うことは慎むべきであったが、「アイゼナッハはよくやっている」とは到底言い難い状況であった。それにアムスドルフであれば聞いたことを他言するような真似はしない。
「あの暴徒の群れに直面して、アイゼナッハ元帥は司令部を維持なさっておられます。責められるようなことではないと思いますが」
 冷却を促すために、アムスドルフは敢えてアイゼナッハを擁護した。
「司令部を戦艦に移して大気圏外から指示を行うのはいい。だがしかし、主力を地表から上げすぎている。このままでは将兵の家族、行政官僚たちが人質に取られるぞ」
「暴徒たちが早々にそこまで気を回すでしょうか」
「彼らの統制と言い、的確な運動と言い、組織された軍の統制下にあるのは疑うべくもない。略奪は行われているが、暴動の規模に対しては比較的軽微というしかない。戦力の選択的集中を誰かが行っている証拠だ」
「ならば、今からアイゼナッハ元帥に司令を出して対応策を取らせてもおそらくは間に合わないでしょうね」
「敵の動きの方が早いだろう。アイゼナッハ自身はどうなのだ。家族は脱出させているのか」
「問い合わせてみましょう。それなりの警護はさせているでしょうから早々敵の手には落ちないでしょうが」
「百万、二百万、あるいは一千万の暴徒の前には銃火器など何の効果もない。それこそ、敵とみなして根こそぎに殺しつくすつもりがあるならばともかく、そんなことをすれば王朝が拠って立つ正義が根幹から覆されるだろう」
 アムスドルフが問い合わせてから一時間後に前線の司令部からいかなる将兵も家族を同伴していないこと、その多くと連絡が取れていないことをアイゼナッハ副官のグリース中佐名義で返答が送られてきた。
「たわけが。他の将兵の家族が危険な時に自分の家族のことなどかまってはおられないと見栄をはったのではあるまいな、アイゼナッハは。連れて行けるものは手を尽くして連れてゆくべきであったのだ。人質をとられて戦える将兵はおらんというに」
「アイゼナッハ艦隊そのものを引き揚げさせて、他の艦隊にあたらせるしかないかも知れませんね」
「取り敢えずは先遣隊としてオルラウ艦隊がオーディーンに急行している。しばらくすればバイエルラインも到着するだろう。オルラウが到着次第、指揮権をオルラウに引き継がせる。アイゼナッハは更迭だ」
「閣下、しかしそれは余りにも重大な事態を招きかねません。七元帥は帝国の重鎮、その一角が暴徒たちによって崩されたとあってはいたずらに彼らに勝利の美酒を味あわせることになり、呼応者を続出させることになりかねません。アイゼナッハ元帥に対して厳しすぎるご処断は、帝国にとって利益とはならないでしょう」
「卿も年齢相応に慎重論を言うようになったか。だがしかしその通りだ。アイゼナッハに任せてはおけないのは確かだが、更迭とみられないような策は打っておこう。オルラウが到着次第、情勢報告のためにアイゼナッハ艦隊はフェザーンに引き揚げさせるという形ではどうか」
「それはそれでよろしいのですが、アイゼナッハ元帥の後任が先日昇進なさったばかりのオルラウ上級大将では、元帥が更迭されたという印象は免れがたいでしょう。この際、他の元帥がたのどなたがが前線で事態収拾にあたられるべきかと思われます」
「もっともな話だが、動けるのは宇宙艦隊司令長官のビッテンフェルトしかおらんぞ。ビッテンフェルトはこういう事態の対処に不向きであるし、それにこういう事態の時に、ノイエラントどころかこのフェザーンでさえ何が起きるかわからぬ。司令長官率いる帝国軍主力はドライ・グロスアドミラルスブルクに残留させるべきであろう。となると、ワーレンをイゼルローンから動かすか」
「イゼルローン方面軍は既にアルターラントの他星系の治安維持に動いています。ワーレン元帥ご自身はイゼルローンにいらっしゃいますが、元帥おひとりがオーディーンに向かうというのはいかにも異常な感じを周囲に与えるでしょう。そうなればアイゼナッハ元帥の更迭と受け取られることは否めなくなります」
「ならば俺が行くというのもひとつの手ではあるか。バイエルラインも行くのであるし、俺が事に当たっても不自然ではあるまい」
「いえ、それはさすがに。首席元帥閣下は軍の総司令官、フェザーンから動いてはなりません。閣下がお動きになる時は、帝国がそれだけ追いつめられた時のみです。私はミュラー元帥が行かれるのが一番よろしいのではないかと思いますが」
ミュラーは退役したばかりだぞ」
「しかし元帥位は維持されておられます。一時的に現役に復帰なされるのもよろしいのではないでしょうか」
「それは駄目だ。カイザーご自身ならばともかく、皇族が軍に、しかも軍令に口を出すようなことがあれば将来に禍根を残す。それならばまだ俺が行った方がいい」
 しかし、それから数時間後に、統帥本部にもたらされた知らせはミッターマイヤーとアムスドルフの間の議論を無効化した。
 エルンスト・フォン・アイゼナッハ元帥、戦死の知らせであった。