takeruko の小説置場

2012-10-05

Struggles of the Empire 第6章 終わりなき夜に生まれつく(2)


 アイゼナッハ元帥戦死の報は誤報であったが、帝国軍首脳部がそれで慰められるわけではなかった。アイゼナッハが死んだことには違いがなかったからである。誤っていたのは戦死の部分であって、正確に言えば、アイゼナッハはひとりの下士官の突然の発砲によって殺害されたのであった。その男が帝国同胞団の関係者ならば、アイゼナッハは戦死したことになるだろうが、そうではなくまったくの単独犯であったことから、アイゼナッハの死の扱いは宙に浮くことになった。
 アイゼナッハ艦隊の指揮は、分遣艦隊司令官で艦隊全体の副司令官であるグリーセンベッグ上級大将が引き継いだ。ミッターマイヤーはグリーセンベックに対し、地表における軍関係者の家族・行政官の可能な限りの保護、ただし戦闘の拡大は避け、当面、現状維持を旨とする指示を出し、善後策を話すために、残りの現役四元帥たちと超光速通信を使用しての緊急会議を執り行った。
 出席者は銀河帝国総司令官ミッターマイヤー首席元帥、軍務尚書メックリンガー元帥、憲兵総監ケスラー元帥、宇宙艦隊司令長官ビッテンフェルト元帥、イゼルローン方面軍司令官ワーレン元帥であった。
 会議の冒頭、ミッターマイヤーの指示で、元帥たちは1分間の黙祷を僚友アイゼナッハに捧げた。
「リップシュタット戦役にてローエングラム公の元帥府に集った頃からすれば、寂寞の限りだな。今や、現役の我らが僚友たちはここにいるこの5名しかおらぬ」
 ワーレンが思わず心中を吐露した。ミュラーとアイゼナッハが欠けた今となっては、なおのこと、寂寥の思いが誰の胸にもあった。しかしミッターマイヤーは鼓舞するかのように声を強くして言った。
「この5名しかおらぬからこそ、我々は感傷にふけってはおられない。今や銀河帝国は再び危機の中にあり、ローエングラム王朝を支える武人は我らをおいて他にはなしと心得よ。我ら5名、一致団結して、その限りを尽くしてこの危機にあたらねばならぬ」
 残りの4元帥はミッターマイヤーの静かだが熱い言葉に頷いた。
「アイゼナッハの扱いはどうなるのか。せめてファーレンハイト、シュタインメッツらに倣って、ジークフリート・キルヒアイス武勲章を授与してはどうか」
 ビッテンフェルトの問いかけに、それを判断する直接の責任者であるメックリンガーは首を振った。
「戦闘の結果の死亡ではないから暗殺ではあっても戦死ではなかろう。扱いとしては、レンネンカンプと同様であるべきかと考える」
「そうか」
 ビッテンフェルトはそれ以上はくいつかずに、溜息と共に引き下がった。信賞必罰は武門の倣い、元帥といえどもその例外ではなかった。
「一士官の単独犯であったという点が事態がいっそう深刻である証拠であろう。帝国同胞団がその触手を伸ばさずとも、勝手に下士官や兵たちが呼応してくれるというならば、帝国同胞団にとってはこれほどやりやすい話はなかろうし、我々にとっては自らの旗艦の中にあってさえ安全が保障されないことになる。統制にとっては深刻な打撃だ」
 ワーレンの指摘に、元帥たちは頷いた。犯人は、近々、退役する予定だった男で、軍に対して恨みがあったようだが、オーディーンの現状に対して無為であった帝国政府を批判しているとの報告が上がっていた。もともと、農民上がりの平民で、その家族もまた、流民化していたらしい。
 帝国軍将兵の9割以上はアルターラント出身者で占められているだけに、同様の衝動を持つ者は数多くいるだろうと予想された。
 アイゼナッハは部下や将兵に対して決して暴君ではなく、むしろその慈悲深さの程度がはなはだしく、亡きオーベルシュタインからはしばしば統制がないがしろにされかねないとの苦言を呈されていたほどであった。そのアイゼナッハにしてこのような凶刃に倒れたとすれば、安全な将帥などは誰もいないと覚悟を決めておくべきであった。
「帝国同胞団の詳細についてはその後、何か分かっているのか」
 ミッターマイヤーの問いかけに、ケスラーは簡単に答えた。
「首謀者の名としては幾人かの名が挙がっていましたが、九分九厘、ゾンネンフェルス中将で間違いないかと思われます。いずれにせよ遠からず会見なり宣伝なりであちらの方から姿を現すでしょう」
「やはりゾンネンフェルスか」
 ミッターマイヤーは唇をかみしめた。ロイエンタールの叛乱後、ゾンネンフェルスを寛大な措置で解放したのはミッターマイヤーの差配によるものであったから、これはミッターマイヤーの失敗であったと言っても良かった。
「指導する立場に立つ者は寛大でありすぎてもいけないということか。オーベルシュタインの言が正しかったようだな。これは俺の罪である。事が終われば自らを処分するつもりだ」
 ミッターマイヤーの言葉にケスラーはかぶりを振って答えた。
「そもそもゾンネンフェルス中将らに寛大な措置をとったのは亡きカイザーの御指示、閣下がそのようにご自分をお責めになられるのはかえってカイザー・ラインハルトのご意思を軽視なされるものでしょう。罪を言うならば、憲兵総監の任を預かりながら事態の把握が後手後手に回った小官こそが罰せられるべきでしょう」
「いや、卿の存在はますます重要になった。罰するなど慮外のことだ」
「それならば総司令官閣下ご自身についてはいっそうそう言えましょう。いずれにせよ、当面我々は一人も欠けてはならぬのですから、出処進退のことは何と言われようが我々自身のことはまずは考えるべきではないでしょう。報告を続けますが、帝国同胞団の背後にはスポンサーとしてバルツァー伯爵家がいるようです。当座の策として財務省と連携して、オーディーン以外においてバルツァー伯爵の資産を凍結させました。また、ゾンネンフェルスの補佐として、幾人かの名前が挙がっています。ひとりは、クロジンデ・フォン・メルカッツ、女性ですが、名前からお分かりの通り、亡きメルカッツ提督の娘です。別の一人は、オリビエ・ポプラン、イゼルローン共和政府の指導部の一員であった男で、彼についてはフェザーンでユリアン・ミンツらと離れて以後、その行動を把握していないことを、バーラト自治政府から報告として上がってきています」
「それをどこまで信用してよいのか。バーラト自治政府はもともとは自由惑星同盟の残党、メルカッツの娘も関係しているとなれば、彼らが関与していると見るべきなのではないか」
「いやいやビッテンフェルト、連中は馬鹿ではない。まずはバーラトの自治に専念するはずで、今、帝国を敵にするはずがない」
「それはどうだろうか、ワーレン。卿は彼らと親交があるゆえにそう見えるだけのことではないのか。彼らの人柄をどうこう言うのは別にして、彼らには彼らの大義があろう。そもそもあの絶望的な状況にあってもあえてイゼルローンに踏みとどまった連中だ。冒険的な部分は多分にあるだろう」
 ビッテンフェルトのその言にワーレンは再反論をせずに、ケスラーに向かって、
「ユリアン・ミンツは何と言っている?」
 と聞いた。
「無論、バーラトの関与を否定していたが、彼とてもヤン・ウェンリー党から既に離れた身、彼が知らされていないだけかもしれぬ」
「それはないだろう。第一に、バーラトが関与しているならば、バグダッシュなりそれこそユリアン・ミンツを送り込むはず。同盟のレッドバロン(撃墜王)を送り込んで、何の役に立つというのか。それに、これが意図した結果であるならば、バーラトと近い立場の人間は潜伏させておくはずだろう。俺は何もユリアン・ミンツやヤン夫人との友情から言っているのではない。場合によっては彼らは彼らなりの大義のために我々との友諠を切り捨てるかも知れない。しかしこのような利にもならぬ、道理が通らないやり方はしないはずだ。彼らはローエングラム王朝の忠実な臣下には成りえぬだろうが、少なくとも馬鹿ではない」
 ワーレンの発言を後押しして、メックリンガーが口を開いた。
「ワーレン提督の言に賛成だ。彼らは歴戦の兵、少なくとも軍事において理屈が通らぬことはしないはず。メルカッツの娘とポプランはそれぞれ独自の判断で動いているとみなすべきだろう。ケスラー総監、卿もそう思うのではないか」
「どちらかを選べというなら、そうだ、確かに俺もこの件にバーラトが噛んでいるとは思えない。だがこの先、状況がどう転ぶかは分からぬ。彼らがこれを好機として策動を始めないとは限らない。近隣のリオ・ヴェルデ星系に数個艦隊を念のために派遣しておくべきだろうな」
「ウルヴァシーに残留しているジンツァー艦隊、ドライ・グロスアドミラルスブルクからヴァーゲンザイル艦隊を派遣しよう。異論はあるか」
 ミッターマイヤーはそう言って、モニターの先の元帥たちを見渡したが、異論はないようだった。
「アイゼナッハがこういうことになってしまった以上、現場の指揮をグリーセンベッグに委ねるのは心もとない。オルラウならば慎重に事に当たるだろうが、何しろ上級大将になったばかり、独自で艦隊を率いるのは今回が初めて、ここで無理をさせて潰したら将来の帝国軍の人事構想が壊れる。と言って、バイエルラインは数倍しようとも敵軍相手であれば指揮させて何の不安もないが、今回は仮にも民衆が相手、外連味をきかせられる男ではない、ここはやはり誰か元帥が出征すべきであろう」
「首席元帥、そういうことならば、宇宙艦隊司令長官である俺が行くのが妥当ではないのか」
「いや、卿は新司令部を構築の最中、それに場合によってはノイエラントにもにらみを利かせないといけない。卿はドライ・グロスアドミラルスブルクにとどまるべきであろう」
「では、俺が赴こうか」
 ワーレンが言った。
「いや、イゼルローンは帝国の動脈、万が一のことがあってはならない、卿はそこにとどまるべきだ。それに卿の兵力は既にアルターラントに投入されている。卿には回廊周辺の諸星系の総督としての任もあろう。イゼルローンに乱を波及させぬことに専心してくれ」
 そうなれば後に残るのはミッターマイヤー、メックリンガー、ケスラーしかおらず、ケスラーは用兵家ではなかったから、ミッターマイヤーかメックリンガーのいずれかであった。
「いや、さすがに総司令官閣下がじきじきに出征されては鼎の軽重が問われかねないだろう。ミッターマイヤー元帥こそ帝都に在って皇帝陛下をお守りするべきだ」
「何を言うか、ワーレン、俺が行くなど一言も言っていないぞ。メックリンガー、かねての手筈通りとあいなった。行ってくれるか」
「分かりました。フェルナー中将にはさっそく、二階級昇進の辞令を出しましょう」
「うむ」
「ちょっと待ってくれ、どういうことなんだ、説明してくれ」
 ワーレンはモニターの先のミッターマイヤーとメックリンガーを交互に見た。
「ルーヴェンブルンの七元帥が五元帥になった。我ら軍首脳にも新しい血を入れるべきであろう。フェルナー中将を二階級昇進させ、上級大将とし、皇太后陛下の認可が下り次第、新任の軍務尚書とする。昇進させる理由はメックリンガーが適当にこしらえてくれるだろう。メックリンガーはアイゼナッハの後任としてアルターラント方面軍司令官に転属する。事が終わればフェザーンに戻って貰い、統帥本部総長に就任してもらう。今は国家存亡の危機にあると心得よ。使える者は階級が低かろうが使い倒す。フェルナーをまさか元帥には出来ぬから上級大将のまま軍務尚書となるが、階級は下でも軍務尚書としては卿らの上司になる。彼も難しい立場に立たされることになる。十分に助けてやって欲しい」
 元帥たちは一斉に立ち上がり、敬礼をした。
 会議を終え、その足でメックリンガーは軍務省内にいたフェルナーを呼び止めて、待機しておくよう命じ、自身は宮殿に赴きヒルダに面談を求めた。ヒルダにミッターマイヤーの決定を伝え、承認を仰いだ。ヒルダはその場でフェルナーを軍務尚書に、メックリンガーをアルターラント方面軍司令官に任じる文書に署名して、メックリンガーに聞いた。
「新軍務尚書を元帥に叙さなくてもよろしいのかしら」
「それではさすがにフェルナーには荷が重すぎましょう。むろん、それだけの働きはする男ですが、このうえ元帥杖まで与えては周囲の嫉妬はなはだしく、彼もやりにくいでしょう。後日、適当な時期に陛下のご判断でそうなさってくださればよろしいでしょう」
「分かりました。今回は見送りましょう。新軍務尚書にお伝えください。明日、午前7時にこちらで簡単な親任式を行います。15分前には待機しておいてください。続いて閣議が開かれますからそこで閣僚たちに顔みせしていただくことになるでしょう」
 軍務省に戻ったメックリンガーは、尚書室に主だった上級軍事官僚たちを揃わせて、その中で、フェルナーに対し、オーベルシュタイン元帥死後の混乱した状況でミッターマイヤー元帥とメックリンガーを適切に補佐した功績と、オーベルシュタインの葬儀をつつがなく執り行った功績でもってまず大将に任じ、約1分後に上級大将に任じた。正確に言えばフェルナーが大将であった時間は45秒であり、これは大将の在任期間としては歴代最短であった。
 次いで、
「勅令である」
 との声を発し、一同、最敬礼の姿勢を取った。
「銀河帝国皇帝アレクサンデル・ジークフリード陛下、ならびに摂政皇太后ヒルデガルド陛下の御名において、フェルナー上級大将を軍務尚書に任じる。謹んでお受けし、職務に精励されたし」
 こうして銀河帝国は危機の中にあって、反撃の体制を速やかに整えつつあった。
 

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