takeruko の小説置場

2012-10-06

Struggles of the Empire 第6章 終わりなき夜に生まれつく(3)


 ゾンネンフェルスの直率軍、親衛隊を名乗るその部隊は2万の兵を擁するまでになり、これが直接の手足となって総数でおおよそ1000万人にまで肥大化していた反乱軍を統率していた。鉄の規律とはとてもいかなかったが、女子供を含んでいることが、かえって帝国軍の攻撃姿勢を削ぎ、オーディーンの要所を次々と制圧していた。
 ゾンネンフェルスは旧軍務省を接収、ここを「正統帝国軍大本営」に定め、バルツァー伯爵と会見を行い、女帝カザリン・ケートヘンを擁立、自らを帝国元帥に任じ、バルツァー伯爵は帝国宰相として、「復興銀河帝国」の大雑把な陣容がまずは定まった。
 バルツァー伯爵はかたわらに幼女を坐らせ、その周囲をゾンネンフェルスらが囲む形で、全銀河系に向けて、ゴールデンバウム王朝の復活を宣言した。
「そもそも女帝陛下は即位時にも退位時にもご幼少であらせられ、ローエングラム公に禅譲を強いられた時、いかなる意味においてもご自分の意思はそこにはなかった。よって、ご意思に拠らない退位と禅譲がそもそも無効であり、銀河帝国の帝位はなおも女帝陛下のお手のうちにある。
 我々はローエングラム公爵家に対する反逆者ではなく、法理的に正統の皇帝陛下を擁するに過ぎない。臣下の一人にすぎぬローエングラム公爵家に対しては叛逆すること自体が不可能である。
 全帝国臣民に告ぐ。道理を踏まえて、ただちに正統なる政府、正統なる王朝のもとに立ち返るべきである。我が帝国政府は以下の点を諸君に約束しよう。
 第一に国境を直ちに閉じ、銀河の統一の名の下において、外国勢力による収奪を今後は断じて許さない。
 第二に農民たちを故郷に返し、従来のやり方で生計が立つように外国の産品の流入を規制する。
 第三に貴族の専横はこれを許さず、法秩序において貴族が民衆を蹂躙することは再びあってはならず許されない。
 我々、ゴールデンバウム王朝銀河帝国は、銀河の統一を望まない。自由惑星同盟の復活と主権を承認し、フェザーン自治領についても同様である。講和状態は維持され、それぞれの領域において、それぞれ望ましい統治を行い、並立するのみである。
 同盟領とフェザーンにおいて、隷従の鎖を噛みきらんと立ち上がるものに対しては立場の違いを越えて我が王朝が必ずや支援するものである。
 ローエングラム公爵家に対しては本来は叛逆者として処分するべきではあるが、すでにラインハルト・フォン・ローエングラムが逝去していること、叛逆者ではあるが多大な功績があったことも無視し難いことを踏まえて過去のことについては不問に付す。ローエングラム公爵家に忠誠を誓う者は、これから先に更に彼らが過ちを犯さぬよう、誠心誠意説得して、正統政府への恭順を説くべきである」
 カメラは引いて、正統帝国政府の政軍の首脳たちを映した。その中にはむろん、ブラウン、クロジンデ、そしてポプランの姿があった。

 帝都フェザーンでもむろんその会見の様子は視聴された。
「生後1歳の時に退位した女帝が、赤子であったから退位は無効というならば、生後4歳ならば自我が発達しているというのか。しょせんゾンネンフェルスらの屁理屈だ」
 ミッターマイヤーはそう喝破したが、正統性の保持という点においては、その会見は意外とローエングラム王朝の脆弱性を的確についていた。
 女帝を敵に奪われたのはまたしても憲兵隊の深刻な失敗であった。さすがにケスラーは辞任を考慮したが、この時期に辞任するのは逃げるのも同然だとブレンターノにきつく諌められ、辞意を公にするまでには至らなかった。女帝の父のペクニッツ公爵には年150万帝国マルクも支払っていたが、それだけのカネを払っても、結局は暴徒に脅されれば娘を差し出すしかない気弱な人物であり、そのような男にはカネでは何をも期待はできないことをケスラーは苦い思いと共に教訓とするしかなかった。
 早々にオーディーンから移しておくべきだったかと思ったが、ではどこに、と考えるとそう簡単な問題ではなかった。フェザーンにおいておけば監視はしやすいが現王朝にとっても邪魔にならないとは限らなかった。廃位された女帝であったが、ラインハルトに禅譲したという形式がある以上、「先帝」に対する礼遇は必要で、辺境に隔離して幽閉するのも、ローエングラム王朝の正統性保持の観点から言えば問題があった。
 一番適切であった解決方法は女帝を殺しておくことであった。正直に言ってケスラーはそう考えなかったわけではない。どれほど手厚い環境におかれていても幼児が急変して逝去することはあり得る。そのような形で決着をつけることも、憲兵隊を擁するケスラーには不可能ではなかった。だが、それが出来なかったところがケスラーの限界であり、彼をしてその地位を与えられた根本の理由であっただろう。どのような理由があれ、幼女を殺害するなど、まともな国家がすべきことではなかった。しかしケスラー自身は国家ではない。敢えて国家のために汚名を着る覚悟が必要だったのではないか。ケスラーは自問すれども答えは出なかった。
 そう考えながら、ふとケスラーは疑問を抱いた。
 オーベルシュタインが女帝が潜在的にはローエングラム王朝の脅威となりえることに気づいていなかったはずはない。ならばなぜ、オーベルシュタインは女帝を生かしておいたのか。
 彼が決意すれば女帝を亡き者にするのはたやすかったはずである。しかししなかった。
「予ですらも国家に害をなすと思われれば、オーベルシュタインは排除するであろう」
 かつてラインハルトがそう語ったとケスラーは聞いている。その時はただ、いかにもありそうな話だと思っただけであったが、女帝がもし、皇帝ラインハルトが暴君化した時の保険であったとすれば、オーベルシュタインの無為は理解できる。
 カイザー・ラインハルトもオーベルシュタインも既に無い。だがある種の人々から見れば、ローエングラム王朝は膨大な人数の生活困窮者を作り出したことによって王朝の意思自体は善意であっても、結果的に暴政化したと言える。そして保険である女帝がカードとして使用された。
 これはあるいはオーベルシュタインの目論見通りであったのか。憲兵隊本部の最上階から、ケスラーはフェザーンの夜景を見下ろした。あかあかと光にあふれ、人々は喧騒の中で自らの野望を実現すべく、うごめいている。その野望がフェザーンを眠らない街にしていた。穏やかではなかったが、いつも通りの変わらぬ、繁栄の光景がそこにはあった。その景色だけを見ていれば、アルターラントの困窮も、その動乱も幻のように思えてくる。
 遠い星のことなど忘れてこの喧騒にのみ身を任せたいと一瞬ケスラーは思ったが、その退嬰的な感覚こそ、外界との交流を閉ざしてむかしながらの停滞に安住したいという、オーディーンの人々のメンタリティそのものであると気づいて、ケスラーは自分の中にさえ、ゴールデンバウム王朝的な精神が未だにこびりついているのを思わずにはいられなかった。

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