takeruko の小説置場

2012-10-07

Struggles of the Empire 第6章 終わりなき夜に生まれつく(4)


 惑星オーディーンの地表部分はほぼ、反乱軍に制圧された形になり、正規軍は点のいくつかを保持しているに過ぎなかった。ゴールデンバウム王朝時代には、銀河帝国の軍工廠の8割が惑星オーディーンに集中していた。これは他星系の反乱が起こった際に、兵器の製造能力がそのまま反乱軍の手に落ちることを防ぐためであった。
 ローエングラム王朝にあっても、軍工廠の多くは移転しておらず、兵器に関してのみは、アルターラントの水準は高かったこともあって、軍工廠の7割が依然としてオーディーンに集中していた。そのオーディーン自体が反乱軍の手中に落ちたということは、帝国軍には補給がままならず、反乱軍は時間がたてばたつほど戦備を充実させてゆくことを意味していた。
 もっとも当面のところ制宙権は帝国軍が完全に抑えていたので、いざとなれば人質や民衆もろとも空爆でふきとばして更地にすれば済む話ではあった。但し、それをすれば帝国はもはや国家としては維持できなくなるのも確実ではあったが。
 艦隊を率いてオルラウ上級大将がヴァルハラ星系に達したのは新帝国暦4年3月1日になっていた。その時点で、オルラウ艦隊はグリーセンベック上級大将が率いるアイゼナッハ艦隊と任務を交代し、アイゼナッハ艦隊はひとまず近隣宙域においてはローエングラム王朝の与党地域と言ってよい、マリーンドルフ星系に引いた。アイゼナッハ艦隊はオーディーンを管轄していただけに、その将兵の多くは家族をオーディーンに残していて、家族を人質にとられて、事実上戦闘不能状態にあったからである。
 反乱軍は人質たちを特定の街区に押し込めただけであり、乱暴を加えたりこれを交渉に利用しようとする構えは見せていなかったが、人質は人質であって、対応には慎重を要した。
 マリーンドルフ星系最外縁の惑星テルミーゼには帝国軍基地が置かれており、ここに一端引いたアイゼナッハ艦隊、すでにアイゼナッハ元帥が死亡したことから臨時にグリーセンベック艦隊と呼称されていたが、同艦隊はここでフェザーンの指示を受けて簡単にアイゼナッハの国葬を執り行った。アイゼナッハの遺体は同惑星の軍人墓地に葬られることになった。
 バイエルライン艦隊がオルラウ艦隊に合流したのが3月6日のことであり、3月12日にメックリンガー元帥が単身でオーディーンに先に到着した。メックリンガー旗下の艦隊の到着は更に12日後のことであった。
 オルラウやバイエルラインはメックリンガーが到着するまではオーディーンについては現状維持を拝命していたが、周辺諸星系については積極的に鎮圧活動を開始しており、攻撃を躊躇ったことからオーディーン全土を敵の制圧下に置かれたことを教訓として、各星系での暴動に対しては小規模なものに対しても非殺傷兵器を用いて積極的な弾圧を加えた。
 その結果、暴動が他星系に拡大することは極力抑えられ、治安の程度については星系ごとに差はあっても、オーディーンのように惑星全土が反乱軍の手中に陥ることは避けられた。
 とは言え、惑星オーディーンは単体でアルターラント全域の半数を占める人口100億を擁している。人口規模で言えば、反乱軍はアルターラントの半分を支配していた。
 反乱が発生してから、前線の包囲の形が整うまで、アイゼナッハ元帥暗殺事件もあって1ヶ月半を要したが、メックリンガーの考えでは、これだけの期間をかけたのは政治的にはむしろローエングラム王朝側の有利であった。臨時に軍政下におくにしても100億の人口を擁するオーディーンを支配下に置くためには、帝国同胞団は行政と軍において擬似的な国家体制を構築するしかなく、民衆対帝国軍という構図が、国家対国家という構図に置き換えられようとしていたからであった。
 民衆に対しては銃は向けられなくても、敵軍の将兵に対しては躊躇する必要は無かった。帝国同胞団が政府化し、体勢を整えるほど、政治的にはむしろローエングラム王朝は有利になっていった。
 帝国軍はもともと反乱鎮圧用に組織されたこともあって、「民衆」の生命を気にする必要がないのであれば、反乱鎮圧のノウハウは蓄積していた。帝国軍に銃を向ける人間が同じ人間であっても、「民衆」から「反乱軍兵士」に名前を変えれば、鎮圧は容易になるのであった。
「敵の優位性は自らが民衆であり、民衆を動員できるという一点にある。当然、その優位を最大限に活用してくるだろう。我々は彼らをあくまで正規軍として扱わなければならない。それこそが、非対称の戦闘における不利を克服する唯一の手段である。まずは重要拠点の奪還を目指す。制宙権、制空権は我らが保持しているので、戦艦を投入すれば拠点の奪還そのものは容易であろう。問題はその後の展開である。
 敵は膨大な民衆に動員をかけて、人海戦術で圧倒しようとしてくるに違いないが、非殺傷兵器を間断なく投入し、民衆の動きを無力化しなければならない。そのうえで、内務省に協力を仰ぎ、動乱罪容疑で民衆を無差別に逮捕し、拘禁する。その数はおよそ一回の作戦につき、2万から3万の逮捕を目指す。輸送部隊は緻密な輸送計画を練り上げて、遅滞することがないように万端の準備を整えるように。彼らはリヒテンラーデ星系、カストロプ星系に臨時に構築された流刑星に一時送られ、その後、司法省の協力によってアルターラントへの期限付きでの立ち入り禁止の処断がなされ、就労可能な者はイゼルローン総督に引き渡される。後はワーレンの差配によって、労働力が不足しているイゼルローニアとノイエラントに振り分けられて強制移住が行われる」
 民衆そのものを移動させることによって、オーディーンにおける不平分子を減らしなおかつ、アルターラントにおける失業とノイエラントにおける労働力不足を一挙に解決する算段であった。平時であれば当人たちが望まないのであればとても採用は出来ない乱暴な方策であったが、非常時であれば採用することが出来る。
 逮捕拘禁された者にとっても、国家反逆罪で指弾されるよりは慈悲深い対応と言えなくもなかった。メックリンガーもこの策が特別に人道的だとか、目が覚めるような鮮やかな解決方法だと思っていたわけではないが、軍務尚書として閣僚の一員であった立場を生かして、帝国の軍事と警察と行政、司法を総動員した、考えられるべきもっとも穏当な策だとは思っていた。
 しかし常に表情を変えない沈着冷静なオルラウはともかく、バイエルラインが見るからに意気消沈した風を見せたのがメックリンガーには気にかかった。
「バイエルライン提督、何か気にかかる点でもあるのかね?」
「いえ。少し気になったものですから。それでは結局、帝国は銀河系全体の統一と融合を促進する政策は変えないということですね」
「無論である。それはカイザー・ラインハルト以来の王朝の基本政策であり、ローエングラム王朝の基本原理であるのだから。十数年を待たずして、人類社会が融合することがどれほどの利益をもたらすのか、必ずや人々の理解を得られると確信している」
「それは分かっているのですが、今現在を生きる人々にとっては耐え難い苦痛をもたらしているのも事実でしょう。統一の進行を緩和させるわけにはいかないのでしょうか」
「帝国同胞団が言うように国境を閉ざしてかね?そうなればアルターラントではむしろ停滞が常態化し、その弊害は数年、数十年どころではない、何世紀にもわたってアルターラントの人々を劣等国民化することになるのだぞ。卿はそれは分かっているのかね」
「小官は武辺者ゆえ難しいことは分かりかねますが、目の前に困窮した人々が多数いて、彼らが生きるために今回の乱を起こしたのだということは分かっています。それを無視していては、いかなる良策と言えども単なる対処療法に過ぎぬのではないでしょうか」
 メックリンガーがさらに言い返そうとした時、オルラウがそれとなく両者の間に入って、穏やかな口調で、バイエルラインに言った。
「バイエルライン提督。今は議論をしている時ではないでしょう。我々は当面の作戦に集中すべきです。そのうえで、敢えて具申すべきことがあるならば、別の機会にそうなされればよろしいでしょう。卿は非公式にもミッターマイヤー首席元帥閣下に何がしらを言える立場にあるはず。その理がかなっているならば必ずや皇太后陛下のお耳に達するに違いありません。今この時に、危急ではない論をもてあそんで、司令部の足並みを乱すことはお慎みなられるべきでしょう」
「あいわかった、卿の言うとおりだ、オルラウ提督。元帥閣下、無礼の段をお許しください。それでは作戦実行の手筈を整えますのでこれにて失礼させていただきます」
 バイエルラインは敬礼をして退出した。
 メックリンガーはため息をついた。バイエルラインの指摘は正しい。だがその正しさを乗り越えてゆかなければ王朝が存続できないことを理解していないのではないか。バイエルラインはまだこちら側に移れるほどには成長していない、とメックリンガーは思った。
「バイエルライン提督のおっしゃったこと、書生論の域を越えぬとお考えですか」
 メックリンガーの胸の内を見透かすかのように、オルラウは言った。さきほどのオルラウの介入はむしろ、メックリンガーに対する助け舟であった。さすがに若年のミュラーを長く補佐して遺漏なく任を果たしてきた男だけのことはあって、司令部の一員として論をまとめる点において危うげなところはまったくなかった。
「そう評するかどうかはともかく、自分たちは王朝を存続させる側に立つという自覚においてやや軽挙であるようには見えたが」
「私はむしろ逆の思いを抱きました。単に一作戦のみに拘泥しない視野の広さを、バイエルライン提督も身につけられつつあるのは、成長と評されるべきでしょう。時に、趣味的に戦術に拘泥するのが、その才能ゆえとは言え、バイエルライン提督の欠点と言えば欠点ではありましたので、それを克服しつつあるのは彼が自他ともに認める次世代の帝国軍を担う人材である以上、喜ばしいことであるとの思いを抱きました。
 あるいはそれとは逆の評価になるのかも知れませんが、こうも考えました。政治的な人物ではないがゆえに、バイエルライン提督が至った考えには、やはり同じく政治的な人物ではない多数の帝国軍将兵も至るのではないかと。元帥閣下のお考えは私は理解しているつもりではありますが、世の多くの将兵はオルラウではなくむしろバイエルラインであることを、閣下がご考慮いただければ、良策の中に潜む陽中の陰にも対処できるのではないかと思いました」
「なるほど。ミュラー元帥が卿を手放さなかった理由もわかろうというものだ。忠告、胸にとどめ置こう。皇太后陛下にも私から、卿が言ったこと、それとなく話しておこう。バイエルラインの評については卿の言う通りかもしれぬ。とかく下の者を厳しく評してしまう年長者の弊害に私もまた陥っていたというかも知れぬな。
 ただひとつ、訂正しておけば、バイエルラインはもはや次世代のホープではない。次世代は今の世代になりつつあるのだ。これは卿についても同様だ。アイゼナッハが死に、ミュラーが退いて、七元帥もいまや五元帥、いつまでも元帥たちのみで帝国軍を差配できるものではない。すでに軍務尚書職はフェルナーが引き継いだ。次はバイエルラインと卿の番だぞ」
 この時、メックリンガーの胸中に、ヴェストパーレ男爵夫人からかつて指摘された言葉がこだました。
『多忙すぎるのはあなたの才能に対する不実というものですよ』
 メックリンガー自身は自分に取り立てて他と隔絶するほどの芸術的な才能があるとは思っていなかったが、いよいよ静かなアトリエにこもって、作品とのみ対話したいという欲求が、多忙な公務の日々にあってこそ強まっていた。
 この乱が終結すれば統帥本部総長のポストを用意するとミッターマイヤーは約束してくれたが、もし乱が収まれば、自分の欲求から言っても、後進に道を譲るという点から言っても、オルラウをそのポストに推挙してみようとこの時、メックリンガーは決めたのであった。

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