takeruko の小説置場

2012-10-08

Struggles of the Empire 第6章 終わりなき夜に生まれつく(5)


 激増する物流と人の流れに対応するために、イゼルローンでは要塞に隣接して、専門の民間宇宙港用人工天体が建設されていた。軍事施設ではないので流体金属には覆われておらず、白亜の外面がイゼルローンの照り返しを受けて、宇宙空間にくっきりとした輪郭を描き出していた。ヴァイスブルク(白い城)と何の工夫もなく命名されたその天体は、建設はまだ半ばが出来たに過ぎなかったが、すでに運用が開始されており、民間宇宙港と物流センターからは頻繁に宇宙船が離発着していた。
 イゼルローン要塞からその動きを眺めつつ、ワーレンは遠からずヴァイスブルクと同規模の人工天体をもうひとつかふたつは建造しなければならないだろうと考えていた。それほどイゼルローンの交通は加速度的に増大しつつあった。
 この時、ワーレンが帯びていた印綬は、主なものだけでも次のようなものであった。
 イゼルローン要塞司令官、イゼルローン駐留軍司令官、イゼルローン方面軍司令官、イゼルローン総督、付随諸星系総督であり、付随諸星系にはティアマト、アムリッツァ、ヴァンフリートが含まれていた。一般にはそれらの地位を代表して、イゼルローン総督の名でワーレンは呼ばれていた。
 イゼルローンにいれば今日は昨日とは違う一日であることを日々実感できた。アルターラント側に属するアムリッツァでさえ、経済成長率は2割を越えていて、アルターラント全体の荒廃と衰退とは無縁であった。加熱する経済に応じて労働力不足が深刻化していて、アルターラント全域で求人をかけていたのだが、アルターラントの、特に農民は保守的であり、移動したとしてもオーディーンまで、自由主義経済の先端を行くイゼルローンは恐ろしいと頭から決め込んでいて、需要を満たすまでには至っていなかった。
 軍人のリストラについても、ワーレンは配下のリストラされた軍人たちの多くを政府や軍が一部出資する半官企業に転出させており、実際的なリストラを最低限に抑えていた。他の艦隊からのリストラされた軍人をもそういう形で引き受けようとしたのだが、軍人の多くは官を退くことにまず拒否反応を示し、海のものとも山のものともしれぬ企業で働くくらいなら少ない恩給で生活することを選ぶのであった。ワーレン旗下の軍人にしても実際にイゼルローンの驚異の発展ぶりを目の当たりにしていなければ、おそらく同様の反応を示していたに違いない。
 アルターラントの経済的苦境や軍人のリストラの問題は財政や経済の問題であると同時に、心理的な問題であるとワーレンは見ていた。過去に所属していた共同体から切り離されたこと、追い出されたことが流浪の人々の誇りを打ち砕いたのである。人はパンのみに生きるのではない。誇りを持って生きるから人は人でいられるのだ。
 パンのためだけを言うのであれば、すべてではないにせよ、アルターラントの流民たちは居を移して、仕事がある地域で新生活を始められるはずだった。しかしそうはしていないし、そうもなっていない。いずれ放っておけば嫌でも彼らは生きていくために移動を強いられるだろうが、そうなる前に反乱を起こしたのであった。
「トーマスをこちらに呼んでおいてよかった」
 ワーレンは執務室の机の上に飾ってある一人息子の写真を眺めてそう思った。オーディーンの治安の悪化に伴って、オーディーンからは財を持つ者たちのうち目先が利く者が続々と退避していた。きくところによればミュッケンベルガー元帥もオーディーンを後にしたと言うが、勘所のいい老人であったから、内乱の匂いを事前に感じ取ったのかも知れなかった。
 もし、銀河の統一があと20年持つならば、今は過熱している先端に過ぎないイゼルローンの、その活況がやがては銀河系全体に波及するであろう。そうなれば経済も科学技術も、人類文明のあらゆるものが幾何級数的に飛躍するはずである。その時になってカイザー・ラインハルトの先見の明は証明されるはずであったが、その過程において誇りを打ち砕かれる人がこうも多くては路線はいずれ変更を強いられるかも知れなかった。
 その時、ワーレンはどのような立場を選ぶべきなのか。ワーレンはそれを考えていた。
 イゼルローン総督としては銀河系の統一の利益を代表する立場にあり、帝国同胞団が主張するような鎖国政策は到底受け入れられない。もしそれが実現してしまえばイゼルローンの繁栄も泡と消えるだろう。ワーレンは帝国の重鎮ではあったが、まずはイゼルローン総督としてこの宙域の人々に対して責任があった。
「断固として反動には反対するまでだ」
 ワーレンはそう決意した。一時的に、場合によってはそれが圧力に譲歩せざるを得なくなった皇太后ヒルダと対立することを招いたとしても、ヒルダの心中は統一の保持にあるはずである。それを踏まえるならば、妥協に反対することが結局はヒルダの思いに寄り添うことになるはずだった。
 その晩、ワーレンは息子のトーマスを呼び出して、民間街区でこのところ評判のレストランに赴いて父子でディナーをとった。父子で話すことがあったから、ワーレンの両親は出席せずに、孫を送り出した。イゼルローンの民間街区には150万人が居住しており、その数はおそらくここ数年で倍々に増える予想であった。
「おまえこんなところにまでそれを持ってきているのか。それは大事なものなのだから、持ち歩いて失くすようなことがあってはいかんぞ」
 トーマスの胸ポケットに挟まれた万年筆に目を止めて、ワーレンは軽く叱った。
「大事なものだからいつも持ち歩いているんだよ。父さんがヤン提督の奥さんからいただいたものだもの、どこかに置いておくなんてできないよ」
 その万年筆はヤン・ウェンリーの遺品であり、ワーレンがヤンを崇拝する息子のために、フレデリカから貰ったものだった。帝国軍元帥の息子が、自由惑星同盟随一の名将を尊敬する。そんなことが可能なのも、銀河が統一したからであろう。この偏見も憎悪もない、素直に物事を見る我が息子の眼差しを守るためにも、ワーレンは帝国と同盟が数百年に及んで戦い抜いた過去に時代を戻らせるわけにはいかなった。
「そろそろ進路を決めないといけない頃だが、何か考えがあるのか」
「士官学校に入ろうと思うんだよ。本当は、幼年学校に入りたかったんだけど、家におじいちゃんとおばあちゃんだけを残すわけにはいかなかったし、幼年学校はよしといたんだ。今は、父さんと同居しているから、僕がいなくなっても平気でしょ」
「おまえ、それは逆だろう。おじいちゃんとおばあちゃんがおまえの面倒を見ていたんであって、おまえがふたりの面倒をみていたわけじゃないだろう。それに士官学校に入るのには賛成できないな」
「父さん、僕がずっと軍人になりたかったのは知っているでしょ?自分だって軍人になったくせに、僕がなるのは反対するなんて、筋が通らないよ」
「おじいちゃんとおばあちゃんだって、俺が軍人になった時には反対したんだ。今はあのふたりの気持ちもわかる。おまえも親になってみればわかるさ。軍人はつまるところ人を殺すのが仕事だ。死ぬ確率も高い。そんな仕事に子供がつくのを望む親はいないさ」
「それでも父さんは軍人になったんでしょう?だったら僕の気持ちもわかると思うけど」
「トーマス。おまえは軍人の家庭に育ったから、軍人になるのが自然なことのように思えるのかも知れんが、世の中には他にももっと有意義な仕事はある。おまえが尊敬するヤン・ウェンリーだって、元々は軍人志望ではなかったじゃないか。ユリアン・ミンツも必要が無くなれば軍籍を退いて、今は第二の人生を歩んでいる。おまえにはもっと広く社会を見て欲しい。そして平和な世の中で幸せな結婚をして欲しい」
「ふうん。もし父さんが反対するなら、僕は奨学金で学費を払わないといけなくなるけど、あれって成績トップをずっと維持しないといけなくて、大変なんだよね。きっと勉強のし過ぎで体を壊すと思うよ。そうなってもいいと父さんが言うなら、僕には他には選択肢はないんだけど」
「士官学校には行かなければいいじゃないか。イゼルローンの学校に進んで、大人になるまで俺のそばにいろ。俺とおまえでは置かれた境遇が違う。俺は帝国元帥で、おまえはその息子だ。俺が士官学校に入ったときには何のうしろだてもない一介の平民に過ぎなかった。しかしどちらが大変かと言えばおまえのほうがきっと大変だろう。頑張れば頑張ったで元帥の息子なら当たり前だと言われるだろうし、そうでなければワーレン元帥の面汚しだと罵られるだろう。おまえに取り入ろう、利用しようとする者も出てくるだろうし、逆におまえに必要以上に辛くあたる者も出てくるだろう。何もわざわざそんな苦労をする必要はない」
「父さん、僕は生まれてからずっとワーレン提督の息子なんだよ。いちいち言わなかったけれど、そのせいでちやほやされることもあれば嫌がらせをされることだってあったよ。もう慣れっこなんだよそんなことは。分かったうえで、僕は軍人になりたいんだ。もちろん父さんの名前を利用するなんてことはしない。トップは無理かも知れないけれど、父さんの面汚しにはならないくらいには頑張るよ。元帥はたぶん無理だろうけど、退役するまでには将官くらいにはなるつもりだし。父さん、ごめんね。僕のためを思って言ってくれているのは分かるし、それはすごく嬉しいんだ。でももうこれは決めてしまったことなんだ。父さんに出来るのは、僕を応援して学費を出してくれるか、あくまで反対して学費も出さないで僕に無理をさせるかのどちらかなんだよ」
「おまえは頑固だな。誰に似たんだか。おまえの母さんもそこそこ頑固だったが」
「父さんに似たんじゃないよね。父さんは頑固じゃないから折れて、結局は認めてくれるでしょ」
 息子の巧みな誘導に、ワーレンはため息をついた。
「まったく、その悪知恵は母さん譲りだな。彼女はいつも思い通りに俺を翻弄して、結局、自分の思うとおりに事を運んだものさ。奨学金をとることは許さん。あれは困窮した家庭の子弟のための制度だ。帝国元帥のように十分に俸給を得ている者の子弟が利用してはならん」
「うんうん、父さんが学費を出してくれるならそれが一番だよ。父さん、帝国元帥以外にもイゼルローン総督やら何やらのお給料も貰ってるんだもんね、そりゃお金持ちは自分の息子の学費くらいは支払うべきだよ」
「口の減らない奴だ。おまえが軍に入れば、帝国元帥として俺は必要以上におまえにつらくあたらなければならん。他の者には言わなくてもいい叱責をおまえに対しては100も200もねちねちと言わなければならん。そこまでしてようやく世間は納得してくれるものだ。そのことは分かっているんだろうな」
「うん分かっているよ。鬼軍曹殿、よろしくお願いします」
「まったく分かっておらんよ、おまえは。父親にそんなことをさせるなんて、大した親不孝者だと思わんか。おまえが分かっておらんのは、俺がお前を愛しているということだ。そのせいでおまえを軍人にするのも、おまえに場合によっては厳しくせんといかんのもひどくつらい」
「ごめんなさい、父さん。僕も父さんのこと大好きだよ」
「ヤン・ウェンリーよりもか?」
 その言いぐさにトーマスは思わず爆笑した。対して、ワーレンは苦い顔を浮かべた。
「まったく、帝国軍の提督でありながら、息子が敵軍の将をより高く評価しているなんて、俺がどれだけ情けない思いをしているか…」
「ごめんなさい、父さん。おかしくて。笑ってしまってごめんね。父さんは父さんさ。父さんはヤン提督よりもずっといい仕事をしているよ。イゼルローンの人たちの表情はみんな明るいでしょ。でもね、父さん。父さんがもし全然駄目な親父でも僕は世界で一番父さんのことが好きだよ」
「…そんなことを言って、将来、嫁さんが出来たら、どうせその子にも世界で一番愛しているとかなんとか言うんだろう?」
「父さん、僕の未来のお嫁さんにまで嫉妬するのはやめてくれないかなあ、さすがにひくよ?どんだけ親馬鹿なんだか」
「ふん。おまえも親になれば分かるさ」
 そう言って、ワーレンは給仕されたステーキにナイフを入れた。

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