takeruko の小説置場

2012-10-11

Struggles of the Empire 第6章 終わりなき夜に生まれつく(8)


 勝ってはならない戦争があったとすれば、自由惑星同盟にとっては第7次イゼルローン要塞攻略戦がそうであった。ヤン・ウェンリーの機略によって味方には一兵の損失も出さずに難攻不落を謳われたイゼルローン要塞を陥落せしめたことは、同盟市民をおおいに勝利の美酒に酔わせた。その酩酊のまま、同盟軍は帝国領に侵攻し、アムリッツァ星域会戦にてラインハルト・フォン・ローエングラムによって完膚なきまでに叩き潰された。その敗戦は自由惑星同盟の背骨を砕いた。
 侵攻軍3000万の将兵のうち、同盟領に無事帰れたのは1000万人に過ぎなかった。これにより、与党の主要政治家たちは軒並み失脚し、トリューニヒトの独裁が強化されていったのである。その後、救国軍事会議のクーデターによってさらに弱体化した同盟軍は、ヤン・ウェンリーの屹立した天才を以てしても、ラインハルト・フォン・ローエングラムの動きに翻弄されるのがやっとであった。
 その後の同盟政府と同盟軍の瓦解はアムリッツァの敗戦を原因とするならば、その結果に過ぎない。結果論から言えばヤン・ウェンリーほどの天才がいなければ、イゼルローンは陥落せず、アムリッツァの大敗もなく、結果的に自由惑星同盟は健在であったかも知れない。その逆説にはヤン・ウェンリー自身が何度も向き合わざるを得なかったものであるが、ラージ・セン、故国を離れているうちに故国喪失者となってしまった、今はエーリッヒ・ブラウンを名乗るその男も、ヤン・ウェンリーについてはそのような評価を下していた。
 先を見通す能力はあったのかも知れないが、そのために時には非道をなしてさえ、行く道を整える意思がヤン・ウェンリーには欠落していた。政治的に無能だとまではブラウンはヤン・ウェンリーのことを見てはいなかったが、分かっていてもやることをしないならば無能なのと同じであった。
 俺はヤンのようにはならない、それがブラウンの決意であり、自負であった。
 帝国領に組み入れられたのと同時に瓦解した同盟軍とは違って、どのような国家になろうとも警察は必要であり、軍と違って警察は旧帝国領から駐屯させるわけにはいかなかった。同盟警察は要員も組織もほぼそのまま、帝国警察へと横滑りをしたのであった。むろん、それをよしとせずに辞職をした者も多かったし、パージされた者たちも多かった。組織の中に残った者たちの中にも面従腹背の者はいて、同盟憲章からすれば犯罪者に他ならない皇帝ラインハルトにいつか司直の裁きを与えんと臥薪嘗胆を期していた。
 その同盟警察の公安関係者が中心になって、法的に正しい姿、すなわち自由惑星同盟の復活を画策する秘密結社が結成された。同盟警察が同盟警察という以上の名がないのと同様に、その結社には同盟警察以上の名はなかった。本来あるべき姿、同盟が復活すればその結社はただ警察と呼ばれるだけのことであったからである。
 ブラウンはこの秘密結社としての同盟警察の創始者のひとりであり、幹部であった。彼はオーディーンの地にあって、同盟のためにオーディーンに動乱を起こさせるべく同盟滅亡直後から画策していたのであった。
 そして、オーディーンの動乱に呼応して、まずは惑星エル・ファシルで反帝国の大規模デモが発生した。それに呼応して、シヴァ星系、ジャムシード星系、マルアデッタ星系と次々に、デモは広がっていった。
「減税によって経済的利益を与え、それによって同盟市民の静寂を買う」
 と言う摂政皇太后の政策はひとまずは成功していた。しかしそれによって、虎が牙を抜かれたわけではなかった。もともと同盟市民はイデオロギーによって行動を決する人が多く、一時的な平穏と個人的利益のために、しばらくは口をつぐんでいたとしても魂までは売ったわけではなかった。
 シヴァ星系やタッシリ星系では、帝国軍はデモが暴徒化することを恐れ、その司令部は宇宙空間に脱出している。それはオーディーンの状況と同じであった。むろん、この状況を出現させるために、同盟警察が暗躍したのは言うまでもなかった。本来、取り締まる側の警察に、怠業や虚偽の報告が多く見られたため、軍と警察の連携は各地で破綻し、軍は撤退に次ぐ撤退を重ねた。
 新帝国暦4年4月の半ばには、騒乱は瞬く間にノイエラント全域に広がり、アルターラントとノイエラント、双方ともに炎熱の日々を迎えようとしていた。
 ノイエラントのどの星系でも、ハイネセンポリスにおいても、もはや公然と市民たちが「同盟の復活、民主主義の擁護、専制政治支配の打倒」のシュプレヒコールを声高に言って、街頭を占拠する中、バーラト自治政府は動かなかった。
 人々はヤン・ウェンリーの嫡子であるバーラト自治政府にこそ、声を上げて欲しいと願ったが、フレデリカは何も聞いておらず、何も見ていないかのように黙々と日々の政務にのみ集中した。
 野党指導者ソーンダイクは国会においても、「今こそ民衆の声に応えるべきである」とフレデリカに対して訴えたが、「冒険主義は国家のためにはならないことを私たちはアムリッツァの経験から教えられたはずです」とフレデリカは短く答えたにとどまった。
 全土を軍政下に置くことが可能になる緊急事態宣言の発動を、内務尚書や軍務尚書から迫られ、皇太后ヒルダもまた踏みとどまってそれに抵抗していた。
 ミッターマイヤー帝国軍総司令官は独断で発令できる最上級警戒行動命令を全軍に発動し、ビッテンフェルト宇宙艦隊司令長官に対して、旗下の全艦隊を率いてノイエラント最深部の、リオヴェルデにまで進発するように命じた。
 相手が子供だと思えばこそ横綱相撲をとっていた帝国軍であったが、その余裕が無くなれば、暴力装置としての剥き出しの姿をあらわにするかも知れなかった。少なくともその狂気の片鱗を見せつけることが今は重要であるとミッターマイヤーは理解していた。
「ルドルフの汚名を誰かが着なければならないならば俺が着よう。銀河の統一は守らなければならず、ローエングラム王朝は打倒されてはならない。それが結局は正義にかなうことである」
 早くオーディーンを落としてくれ、と祈るような気持ちでミッターマイヤーはメックリンガーに対して心のうちでつぶやいていた。オーディーンの帝国同胞団の抵抗は意外にしぶとく、メックリンガーは着々と重要拠点を落としてはいたが、その進行速度は予想よりは遅かった。
 帝国軍の展開と補給戦がアルターラントとノイエラントの端に伸びきったこの時に、更なる負荷が加えられればローエングラム王朝は一気に崩壊してしまうかも知れなかった。
 その頃、ユリアン・ミンツは妻のカリンとともにようやくイゼルローンに到着し、友であるワーレンを見舞おうとしていた。

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