takeruko の小説置場

2012-10-12

Struggles of the Empire 第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり(1)

Though nothing can bring back the hour of splendor in the grass,
glory in the flower.
We will grieve not,
rather find strength in what remains behind.

- William Wordsworth

 帝国軍、人材を輩すること綺羅星の如しとも言われたが、アルターラント全域、ノイエラント全域に軍を展開する中で、さすがにミッターマイヤーは持ち駒の不足を痛感せざるを得なかった。当面の焦点はウルヴァシーであった。ウルヴァシーはノイエラントにおける帝国軍最大の拠点であり、ノイエラントからフェザーンに向けて攻め込まれた時の最終防衛拠点であった。ここに配されていたビッテンフェルト、バイエルライン、ジンツァーはいずれも艦隊を率いて各地に転戦しており、ウルヴァシーにはフェザーンの防衛隊が張り出す形で艦船の補充がなされていたが、指揮を執るにふさわしい提督が不足していた。
 ルーヴェンブルンの七元帥のうち、アイゼナッハは暗殺され、ミュラーは退役、ワーレンもイゼルローン総督の任は辞していないものの、未だに使える状態ではない。数万の艦船からなる大軍事力を擁するのは未だ銀河帝国ローエングラム王朝のみであり、その意味ではまだ帝国が生き死にを考える段階ではない。しかしいかに軍事力を擁しようとも、崩れる時は内部から崩壊してゆく、そのことをゴールデンバウム王朝と自由惑星同盟、フェザーン自治領という3つの国家の死を目の当たりにしてきたミッターマイヤーは知っていた。それを思えば安穏とはしておらず、せめてフェザーンにはいささかの動揺も引き起こさぬために、ウルヴァシーにおいては絶対の守りを固める必要があった。
 今となってはそれが出来るのも、ミッターマイヤーが思いつくあてもただ一人しかいなかった。
 ルーヴェンブルン宮殿東翼には皇帝の居室があり、それを守るようにしてグリューネワルト大公夫妻が東翼を差配していた。
 この動乱が始まって以後、疾風ウォルフが鉄壁ミュラーに面談を求めたのは初めてのことであった。ミッターマイヤーは内廷の奥深く、質実ではあるが豪華な調度に囲まれた居間に通され、グリューネワルト大公を待った。単身、グリューネワルト大公が入ってくると、ミッターマイヤーは立ち上がり、皇位継承順位第一位の女性の夫君であるこの人物に対して最敬礼の姿勢を採った。
「ご無沙汰しておりました、殿下。なにぶん多事多難な状況でして」
「そのようですね、閣下。どうぞおかけください。それとここには私たちしかおりませんし、私のことは閣下の部下である軍人として扱ってください。御用の向きもおそらく、その方面のことでしょうから」
「そう言っていただけると有難い。ではミュラー元帥にお願いしたいことがあります。実は状況が落ち着くまで、一時的に現役復帰していただいて、ウルヴァシーの守りを固めていただきたいのです」
「閣下のご要請とあれば否とは言えませんが、私は今は皇族です。皇族が軍事に関与する弊をご考慮なさった上でのお考えでしょうか」
「はい。まことに勝手ながら、時機を見て、ジンツァーなりバイエルラインに余裕ができ次第、交代していただこうと考えています。ですからこの措置はごく一時的な措置で、後世に与える弊害の度合いはごく少ないと考えます」
「閣下、ごく短期であるにせよ、この措置はかなり異例のことになろうかと思います。まず第一に、政府部内から異論が生じるかも知れません。第二に、退役した私をも投入するとなれば帝国にそれだけ余裕が失われていると喧伝することになりかねません」
「政府部内についてはすでにフェルナー軍務尚書を通して根回しをさせています。国務尚書、内務尚書、司法尚書、財務尚書、民政尚書、宮内尚書からは止むを得ざる事態にて同意との内諾を得ています。皇太后陛下もミュラー元帥と大公妃殿下さえご了承ならばとの条件で承認していただきました。第二のご指摘については、実際、我々は相当に追い詰められています。もはや隠し立てできる段階ではありません。与えられたカードの中で最善を尽くすべき時に来ています。元帥にご出馬いただくには他では得られない利点が三つあります。ひとつは、鉄壁ミュラーの出陣によって、帝都の守りは安泰であるとの安心を国民に与える効果があります。これは他の誰でも代わりが利きません。ふたつは、兵たちからの支持という点において帝国軍随一である閣下にご出陣いただければ、将兵の士気が一気に上がります。両面において暴動を抱え、帝国軍将兵は今や不安にさいなまれています。その気分を思い切った措置で変換する必要があります。そしてみっつめとしては、元帥が皇族であられる以上、ローエングラム王家の覚悟をこれによって示すことが出来ます。先帝陛下がご存命であれば、必ずや親征によって王朝の覚悟を示したもうたことでしょう。今、皇族の中においてそれがお出来になられるのは元帥以外にはおられません」
「分かりました。閣下のお考えがそういうものであるならば私の方に異存はありません。再び元帥杖を握らせていただきましょう。と言って、今更、オルラウらを呼び戻していただくわけには参らぬのでしょうね」
「はい、申し訳ございません。オルラウ提督はオーディーン攻略の最中にあり、元帥の旧艦隊司令部の面々も同道しております。さきほどはいかにも名誉職めいたお話をしましたが、実際にはかなり困難な実際的任務を果たしていただかなければなりません。現在、ウルヴァシーに派遣されている艦船は航路警備隊などからも接収した寄せ集め、同盟から接収した同盟の艦船も相当数含まれています。記念艦とする予定だったヤン・ウェンリーの旗艦のユリシーズも一時的に現役復帰させています。元帥の旗艦であったパーツィバルはオルラウ提督の旗艦になっておりますから、ユリシーズを当面の旗艦となさってはいかがでしょうか」
「それは政治的な効果からでしょうか。ヤン・ウェンリーを愚弄する気かとノイエラントの民衆の感情を逆撫ですることになりはしないでしょうか」
「ユリシーズは運のいい艦です。それに万が一、バーラトが軍を急速に再建して我々に対峙することになったとしても、ユリシーズが相手では一瞬であっても攻撃を躊躇うこともあり得ましょう。その間に鉄壁ミュラーならば防御陣を再構築できるはずです」
「まさか、そのようなことを、首席元帥閣下は本気でお考えですか」
 ミュラーはミッターマイヤーが冗談でも言っているのかと疑ったが、ミッターマイヤーは笑ってはいなかった。何が起こるかわからない、そういうこともあり得るとミッターマイヤーが真剣に考えていると知って、ミュラーは情勢の急転と悪化を肌身で知り、身が震える思いがした。
「ミュラー元帥。元帥には寄せ集めの艦船と将兵を鍛えなおして、防衛には使える程度には組織を作り直していただかなければなりません。非常に困難な任務と言えましょう。帝都にはもはや、退役なさったミュラー元帥とミュッケンベルガー元帥を除けば、私とケスラーしか元帥がおりません。メックリンガーとビッテンフェルトは暴動鎮圧に追われ、ワーレンは傷を負って、イゼルローンに籠っています。それに、アイゼナッハ。アイゼナッハは名ばかりの国葬を以て、遠いマリーンドルフ星系に埋葬するよりありませんでした。アイゼナッハの家族にはいまだ連絡さえつきません。私とケスラーは帝都を離れるわけにはいきません。今、リップシュタット戦役においてローエングラム侯の旗下に集った提督たちのうち、動けるのは元帥しかおりません。先帝陛下がご生涯をかけて成し遂げられた偉業を今ここで瓦解させてはなりません。多くの僚友たちが既に去りました。キルヒアイス、ケンプ、レンネンカンプ、ファーレンハイト、シュタインメッツ、ルッツ、ロイエンタール、オーベルシュタイン、そしてアイゼナッハ。彼らの思いも砂の城のごとく打ち捨てていいはずがありません。生き残った者として、やはり生き残ったミュラー元帥に心よりお願い申し上げます。どうぞ、ローエングラム王朝をお守りください」
「いかなる艱難辛苦であろうとも、このナイトハルト・ミュラー・フォン・グリューネワルト、全身全霊を賭けて力を尽くすことをお約束します。ただし一つだけ条件があります。呑んでいただけるでしょうか」
「条件とは?」
「妻を任地に同道させます。実は閣下と面談すると聞いておおよそこのような話かも知れないと言ったところ、当人が自分を連れて行かない限り反対すると言ってききません。早く子を産みたい、離れるなど論外だと。子をなすのはこの結婚の、帝国にとってはそもそもの目的でありましたので、一概に我儘と切り捨てることが出来ません」
「しかし大公妃殿下には皇帝陛下をご養育なされる重大な責務がおありのはず」
「それも申しました。できれば皇帝陛下も同道させたいがそれは無理であろうと言っていました。自分にしかできないことを優先して考えれば、今しばらく陛下の傍を離れるのもやむを得ないと考えたようです。国務尚書に外祖父として東翼に不在の間、お移りいただいて、実務については彼女の補佐役で秘書官のコンラート・フォン・モーデルを置いてゆくからそれに任せて不安はないと言っていました」
「しかし、超光速航行は母体には有害でしょう。今はその兆候がないとはいえ、ウルヴァシーやその途上、あるいはフェザーンにお帰りいただく際に妊娠なさっておられては何かと不都合がありましょう」
「母体と胎児を保護する特殊シールドを備えた最新鋭の艦船があります。工部省が研究していたのはご存知でしょう。あれの試作艦を使わせていただこうかと考えています」
「そこまでお考えとは、ミュラー元帥ご自身、同道させたいのですね」
「お許しください。子をなすのは皇族に課せられた責務であれば、いかなる時でもそれをないがしろにするわけにはいきません。これはこの立場にお立ちになられない限りあるいはご理解いただけないかも知れません。私も妻も、むろん人の親になりたいという願望はありますがそれはそれとして、皇帝陛下と国民に対して責務を果たさなければならないという思いは常に抱いております。それに妻を同道させれば、皇族の覚悟がより鮮明に伝わるのではないでしょうか。なにしろ彼女は先帝陛下の姉君なのですから」
「いえ、妃殿下ともどもご立派なお覚悟です。ではそのように取り計らいましょう」
「いたみいります」
 新帝国暦4年4月26日、ミュラーは一時的に現役復帰し、グリューネワルト大公妃アンネローゼともども、任地のウルヴァシーに向けて、フェザーンを後にした。鉄壁ミュラーの始動は、帝国軍将兵に深い安堵感を与え、膠着しつつあった情勢にあって、帝国の粘り強い攻勢を下支えすることになった。
 

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