takeruko の小説置場

2012-10-17

Struggles of the Empire 第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり(7)


 ウルヴァシーには純粋な民間人は居住しておらず、すべて軍人か軍属、またはその家族であった。元々、無人惑星であったのを、ローエングラム王朝が旧同盟領を征服後に、軍事拠点として建造したものであった。従って、警察は存在しておらず、治安維持活動は帝国憲兵があたっていた。
 ノイエラントの騒乱が旧同盟警察の使嗾によるものだとすれば、ウルヴァシーは彼らが関与するには最も困難な惑星であった。そこは完全に軍によって運営されている惑星であったからである。そもそも軍人、軍属ではない者が入り込むこと自体、困難であった。
 この状況が、ウルヴァシー方面軍司令官公邸が襲撃される危険性はごく低いと見積もられていた理由であった。
 重要拠点であるから軍が排他的に統治し、軍が排他的に統治しているから比較的安全であり、比較的安全であるから要人や軍の主要機能がここに配置され、主要機能が配置されるから重要拠点であった。
 逆に言えばもしウルヴァシーの内部に忍び込むことが出来れば、周囲は要人や重要機能ばかりであり、帝国軍に打撃を与えることはより容易くなるはずであった。実際、ウルヴァシーから鎮圧のために各地に艦隊が派遣されており、派遣される前に、人的・物的損傷をウルヴァシーで与えることが出来ていたならば、帝国軍の機動兵力は半減以下になっていたはずであった。
 旧同盟警察はウルヴァシーに工作員を潜り込ませることが困難であるゆえに、ここに工作員を入り込ませる利益が巨大であることを承知していた。軍人として潜入させることはほぼ不可能であった。帝国軍は構成員の9割以上がアルターラント人であったし、新規の募集の機会がほとんどなかったからである。
 それに軍人は異動が多く、ビッテンフェルトがウルヴァシー方面軍司令官を務めていた時には、黒色槍騎兵艦隊の白兵部隊が直々に司令官公邸の警護にあたっていた。以後、歴代の司令官も自身の艦隊要員によって公邸の警備を行い、余所者が入り込むのは不可能であった。運よく入り込めたとしても、提督の異動に伴い艦隊ごと異動するわけであって、ウルヴァシー司令官公邸に工作員を常駐させることは難しかった。
 旧同盟警察が目をつけたのは、料理人や庭師、執事などの軍属であった。彼らは公邸付であるがゆえに、異動は無く、一人でも侵入させておけば手引きさせるのは容易であった。公邸内の居住棟の執事は、旧同盟警察のスパイであったが、ミュラーが赴任するに際して、居住棟内についてはグリューネワルト大公家の職員が運営することになり、公邸に入れられていた執事やメイドたちは他に異動になった。これは大きな誤算であったが、料理人もまた工作員であったことから、旧同盟警察としてはかろうじて、工作の余地を残すことになった。
 グリューネワルト大公妃アンネローゼをもし人質とすることが出来れば、帝国軍は手を上げるよりない。起死回生の一発逆転がこれによって可能となるかも知れなかった。
 ミュラーの不在を見計らって、ブラウンはアンネローゼを人質として奪取するよう、計画の実行を命じた。
 料理人は茶などにあらかじめ睡眠薬を入れておき、警備隊を無力化したうえで、同志を邸内に引き入れようとしたが、睡眠薬に耐性のある警備兵がいて、その者との間に銃撃戦になり、やむを得ず、爆弾を使用した。
 それによって危機の接近をユリアン・ミンツに知らせ、ユリアンは警戒行動をとる時間的な余裕を確保したのであった。
 事件開始から既に12時間が経過していた。
 妨害電波が出され、メディアの情報をとることは出来なかったが、公邸の周囲を軍が包囲していることは気配で把握できた。問題は、犯人たちが人質の拘束には至っていないことを、軍が察知しているかどうかであった。窓にはすべてシールドが下されていたが、これを一時的に取り除けば、外部に対してメッセージを送ることが出来るかも知れない。しかし逆にそれによって犯人たちの侵入を許してしまうかも知れない。
 軍が強行突入をかけていないということが、軍が人質が拘束されていないことを知らない証であった。一方で、犯人が人質をもし拘束しているならば、ユリアンやアンネローゼを脅して、何らかの音声による声明を出させて、確かに人質を拘束していると見せつけるはずで、それをしていないことが、人質を拘束していない証拠であると考えるべきであった。
 そう考える者は幾人もいたに違いない。しかし決断するとなれば話は別であった。万が一、人質を拘束していたならば、人質は無事では済まず、アンネローゼが殺害されるようなことがあればローエングラム王朝は皇位継承者を失い、王朝の土台が崩れる。あまりにも致命的な結果を招きかねない決断を出来る者がいるとすれば、それはミュラーだけであった。
 そのミュラーにしてもまずは現場を見ない限り、決断を留保するはずであって、発生から12時間、ミュラーが到着するとすればそろそろであった。
 ユリアンもそろそろ体力の限界に達しつつあった。聴覚も全開にして周囲の様子をうかがっていたユリアンは、外部を取り囲む帝国軍のフォーメーションに変化があるのを感じた。
(来るか?)
 ユリアンは扉に対して警戒をとりつつ、少年たちに指示を出して、彼らもまた、居住棟の奥に退避するよう指示を出した。その退避を見届けると、ユリアン自身、居間を後にして居住棟へと潜り込んだ。
 その瞬間、激しい銃撃戦が起こり、居間に手榴弾が投げ入れられた。居間は轟音と共に崩れ落ち、そこにとどまっていればユリアンたちもまた犠牲になっていたはずであった。
「アンネローゼ!ヘル・ミンツ!」
 犯人たちを拘束すると、ミュラーが警備兵たちによって制されるのも構わずに、邸内に乗り込んで来た。すぐに、居住棟の入り口で、爆風ですすだらけになってうずくまっているユリアンを発見し、ミュラーが抱え起こした。
「無事か!ヘル・ミンツ!」
 そう言いながら、ミュラーはユリアンの胸部、腹部、腕、足と全身を触診して、傷がないことを確かめた。
「大公殿下…お邪魔しています。滅多に味わえない歓迎の宴でした」
「卿がいてくれてよかった。卿がいると聞いて、ならばそう簡単には人質にはとられていないはずだと思った。だから賭けることができた」
「ミンツさん!」
 そう言って少年たちが駆けよって来た。
「大公殿下、彼らのおかげでなんとか乗り切れました。褒めてやってください」
 ユリアンのその言葉にミュラーは深くうなずき、少年たちとひとりずつ握手を交わした。
「大公妃殿下とカリンは寝室にいるはずです。私が声をかけなければカリンは扉を開けないでしょう。さあ、迎えに行きましょうか」 ユリアンが扉の前に立ち、カリンにすべて終わったこと、扉を開けるように声をかけた。
 恐る恐る扉を開けたカリンは、すすだらけのユリアンを見て、そのすすで汚れるのも構わずに抱きついた。
「さあ、カリン。少し場所を開けて、大公殿下を部屋の中にお入れして」
 ユリアンにそう言われて自分たちが場所塞ぎになっていることに気付いたカリンは、ミュラーに「ごめんなさい」と一言謝って、立ち位置をずらした。その瞬間、ミュラーの視界にアンネローゼの姿が映った。
「アンネローゼ!」
 そう言ってミュラーはアンネローゼに駆け寄り、アンネローゼも心から安堵の表情を浮かべて、ミュラーの逞しい両腕に包まれた。二人についてはとかく、政略結婚だとか、アンネローゼもミュラーも好きあっていないのに政略の犠牲になったとの世人の噂、声があった。しかし今の二人の姿を見れば、そんな決めつけは下種の勘繰りに過ぎないことが誰の眼にも明らかになるはずであった。
「心配したよ、アンネローゼ」
「心配かけてごめんなさい、ナイトハルト」
 緊張からかいまだ険しい表情のミュラーの顔をアンネローゼが優しく撫でた。そうすると魔法のようにして、ミュラーの表情がいつもの柔和なものに変わった。
 再会の喜びが一段落した頃に、ミュラーが思い出して、妊娠の祝いをユリアンとカリンに言った。そう言うミュラーの袖をアンネローゼが引っ張った。
「あなた、驚かせることがもうひとつあるのよ。カリンさんがお子さんをお産みになる頃、私たちの最初の子供も産まれるわ」
 驚愕の眼差しで、ミュラーは妻を見た。そして絞り出すようにして、やっとのことで言った。
「君には本当に驚かされる。心臓が悪い男だったらいくつ命があっても足りはしないよ」
 驚きのあまり、瞬間、ミュラーは自分がどういう態度を取るべきなのか分からなかった。けれどもすぐに、胸の奥から今まで感じたことがない激しい歓喜を覚えて、やったー!と叫んだ。アンネローゼは腰から抱えあげられて、ぐるぐると回りながら、ユリアンとカリンに言った。
「秘密にしておいてごめんなさいね。でもやっぱり最初は夫に直に会って言いたかったから」
 ユリアンもカリンも笑いながら、気になさらないでください、と言った。
 翌年の晩冬か早春には、銀河帝国は第2位の皇位継承者を得るであろう。そしてその傍らには、生まれた時から親友となることが運命づけられたミンツ夫妻の子がいるはずだ。皇帝ラインハルトは甥か姪を得て、ヤン・ウェンリーは孫を得るはずであった。川の流れは同じようであっても、水は変わってゆくのであった。
 失われて去って行く者があったとしても、それを嘆く必要はない。残された者の中から新しい光は生まれてくるのだから。

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