takeruko の小説置場

2012-10-18

Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(1)

 
 新帝国暦4年5月20日、この日の19時から、全国民に向けて銀河帝国摂政皇太后が政見放送を行う旨、告知されていた。可能な限り広範囲の国民が視聴することが望ましいとされていたが、その内容がなんであるかについては、知る者はごくわずかであった。帝国政府と軍においても、内容を大雑把にでも知らされていたのは、国務尚書、内務尚書、財務尚書、司法尚書、それとヴェストパーレ男爵夫人とミッターマイヤー帝国軍総司令官のみであった。軍務尚書や宇宙艦隊司令長官に対してさえ、内容は伏せられていた。
 皇太后執務室が会見場になり、複数台のカメラのみが入れられた。同室で立ち会うのはヴェストパーレ男爵夫人ともうひとりのみであり、19時の定時になると、そのもうひとりを連れて、ヒルダはカメラの前の執務用デスクに着席した。
「あのお姿は。それにあれはユリアン・ミンツか」
 モニターに映し出された映像を見て、憲兵総監執務室にいたケスラーは思わずそう独り言を呟いた。ヒルダの左隣にはユリアン・ミンツがヒルダを後見するかのように立っていた。そして両名の衣装は軍服、ヒルダは中将待遇で大本営幕僚総監を任じた時の服装であり、ユリアンは自由惑星同盟軍中尉の礼装であった。
 静かに、しかし力強く、ヒルダは語りだした。
「みなさま、こんにちは。銀河帝国摂政皇太后ヒルデガルド・フォン・ローエングラムです。今日は幾つかの大きな政策の転換と、国家の根底を変更する新たなる勅令についてお話するためにこのような機会をもうけさせていただきました。また、本日、この決定をなすにあたって、私と共に共同責任者となっていただく、元イゼルローン共和政府軍総司令官ユリアン・ミンツ氏にも同席をお願いすること、あらかじめご了承ください。
 さて、本日、私とミンツ氏は共にそれぞれ過去において着用した軍服を身に着けております。これは内容が軍事に及ぶからではなく、私たちがこの服を身に着けた時、それぞれの英雄に仕えたということを皆様に思い起こしていただくためです。つまり、私たちは摂政皇太后として、そしてその協力者として話しているのはもちろんですが、それだけでなく、皇帝ラインハルト陛下とヤン・ウェンリー提督の、それぞれの後継者、代行者として話しております。
 過去において一度だけ、皇帝ラインハルト陛下は、ヤン・ウェンリー提督と面談なさっておられます。その時も、今後の人類社会について話し合いがもたれたのですが、次の機会はなかなか訪れませんでした。回廊の戦いの後、両者は再び面談することになっていたのですが、両者が共に互いとの対話を通して、人類社会のよりよい未来を模索していたのは、皇帝ラインハルト陛下については私が、ヤン・ウェンリー提督についてはミンツ氏が保証するところです。
 しかしながら残念ながら、その後、ヤン・ウェンリー提督はテロに斃れ、皇帝ラインハルト陛下は病に斃れられました。両者の志は未完のまま、それぞれの後継者の手に、つまり私とミンツ氏に委ねられました。
 その後、私とミンツ氏は忌憚のない話し合いを数百時間を越えて、行いました。それを通して私たちの間に友情が形成されたのは確かですが、互いに安易に馴れ合ったわけではありません。お互いにかなり辛辣な、時には敵対的な粗探しまでをして、それぞれの考えを鍛えなおしました。それは確かに一つの戦いでした。
 今日皆様にお話をする政策の変換と勅令は、その中からつむいでいったものです。確かにこれは私とミンツ氏の共同作業を経て生み出されたものですが、本来であれば、もし時間が両雄に与えられていたならば、皇帝ラインハルト陛下とヤン・ウェンリー提督の間で成し遂げられたはずでした。そのことを私とミンツ氏は確信しております。
 銀河帝国の歴史を経て、そして自由惑星同盟の歴史を経て、それぞれの国家においてもっとも純度が高い抽出物であったふたりの英雄が、今日この時、私とミンツ氏の傍らにいてくれるはずだと信じております。これからお話しする政策と勅令については、私とミンツ氏が述べているのだという以上に、皇帝ラインハルト陛下とヤン・ウェンリー提督の意志であるとお考えいただきたくお願い申し上げます。

 ローエングラム王朝は成立以後、おおむね政府の関与を最小限にする路線を採ってきました。その結果、ノイエラントでは皆様の生活は目に見えて向上いたしましたが、一方でアルターラントでは、産業構造の変化に対応できないおびただしい流民を作り出すことになってしまいました。これはひとえに、ノイエラントの人々を占領地の民衆扱いして共に新国家建設の同志であると思いいたれなかった私の落ち度です。私はノイエラントの皆様に負担いただくのが恐ろしかったのです。それはただ単に、カネによって歓心を買おうとしているに過ぎないとミンツ氏からは叱られました。おっしゃるとおりでした。
 人類社会は数百年の分断を経て、ふたたび統一へ向かおうとしています。そこにある国家がなんであれ、統一に伴うきしみは必ずや発生いたします。それに対処するためのコストは弱い立場の人たちにのみ押し付けられてはいけないのです。今、心ならずも流民となっている方、農業に従事しながらも明日をも知れない方々に申し上げます。あなたがたが置かれている窮状はあなたがたが悪いのではありません。どうぞご自分をお責めにならないでください。これは人類社会の統一への道程に伴う避けがたい痛みなのです。たまたまその痛みが、あなたがたに集中してふりかかっているに過ぎません。
 では統一という事業を止めてしまうべきでしょうか。帝国同胞団やノイエラントで発生した幾つかのデモはそうすべきであると言いました。しかし思い起こしてください。あの何百年にも及ぶ人命の浪費の時代に立ち返ることが果たしてよいことなのでしょうか。皆さんの中には親しい人たちを戦死させた人たちが数多くいらっしゃるでしょう。次の世代、その次の世代に同じ思いをさせるのが果たして正義なのでしょうか。
 私たちはもう少し長く歴史を見る時間軸が必要です。ゴールデンバウム王朝銀河帝国だけではなく、自由惑星同盟だけではなく、更にそれ以前、銀河連邦の時代に、人々が政治を軽視し、享楽に流れたために、ルドルフ大帝は独裁政治を打ち立てる余地を得ました。今日のことはすべてその結果です。私はたまたま銀河帝国に生まれ、今、このような立場にあります。ミンツ氏はたまたま同盟に生まれ、今のお立場があります。そこには本来、私たち自身が選び取ったものはないはずなのです。私たちが選び取るのはただ、これからの人類社会に対してのみです。私たちは過去の結果としてここにありますが、過去に縛られてはなりません。しかし同時に未来の原因としてここにあることも忘れてはなりません。過去は変えられませんが未来は変えられます。
 私たちは一人一人、裸の人間となりただ後世の世代に残すべき社会のありようを考えてみるべきでしょう。
 銀河の統一は避けがたいものです。そしてそれはつまるところ、人類社会の幸福の礎となるでしょう。しかしそれに伴う痛みについては私たちすべてが同じようにわかちあわなければなりません。
 ここでノイエラントの人々に対してお願いがあります。10年を区切りとしてノイエラントのみ、消費税を10%引き上げさせてください。それで得られた税収は、主に困窮しているアルターラントの人々のために用いられます。これは確かに、見ようによってはアルターラントによるノイエラントの収奪でありましょう。その収奪者が、ノイエラントの人々よりもいっそう惨めな生活を強いられているという事実を無視すれば。どうか広く、10年後、20年後の銀河を思い浮かべてください。どのような社会を子供たちに残すか。より平均して豊かになる銀河系がそこにあるならば、それは負担を補って余りある達成ではないでしょうか。どうかアルターラントの人々を同胞として扱ってください。私は、私とミンツ氏は、あなたがたが同胞であることを信じます。
 また、同じく10年を区切りとして星系ごとにGDPに応じて関税設定権を与えます。この10年という期間の間に各星系は産業競争力を強めてください。それによって得られた税収は職業訓練に回されます。
 貧困者世帯については食料配布と医療費の無料化が行われます。また同時に次世代の教育については来年度中を目途にして一律に無料化を進めたいと思います。
 一言で言えば、これは大きな政府路線への転換です。政府にはなすべき義務があり、そこから逃げていてはならないのです。しかし、それで弊害が生じることもありましょうがその是非を判断するのはその時にはもう私ではなくなっているでしょう。

 ノイエラントの人々からすれば税負担は増える、何の決定権もないとなれば不満に思って当たり前です。それを軽減するための策として考えられたものではないのですが、これからお話しすることが現実になれば、その不満は意味を失くすでしょう。
 銀河帝国は、ここ3年以内を目途にして民主主義国家に移行します。
 正確に言えば議会制民主主義の立憲君主制であり、皇室や軍は議会に対して若干の影響力を残すことになるでしょう。それは自分たちの権益を保持するために残されるのではなく、時に生じる民主主義の弊害に対処するために残されるものです。
 まず憲法制定会議を開きます。座長は司法尚書が務めますが、会議にはここにいらっしゃるミンツ氏に入っていただくばかりではなく、バーラト自治政府にも協力をお願いして、複数の民主主義の政治家と専門家を派遣してもらうつもりです。憲法が整い、発布され次第、銀河帝国の全成人を有権者とする帝国議会選挙を行います。帝国議会において優勢を占めた政党によって内閣を構成していただきます。
 摂政皇太后である私、そして皇帝陛下の持つ政治的な権能は大幅に制限されることになるでしょう。皇室は今後は象徴的な存在になります。専制政治は廃され、実質的には民主主義国家に変わることになります。
 最初の話に戻りますがどうかこれが、単に私やミンツ氏の考えであると言うにとどまらず、皇帝ラインハルト陛下とヤン・ウェンリー提督のご遺志であることをお忘れなきようお願い申し上げます。今後、私が勅令を発する機会は少なくなるでしょうが、この決定をローエングラム王朝の意思として、勅令で以て発します」
 この放送を見ていた多くの人々、メックリンガーもビッテンフェルトもミュラーも立ち上がり、そして呆然とした。
 ハイネセン、テルヌーゼン、エルファシルと旧同盟領の各地では、人々が路上にあふれて歓喜の声を上げた。自由惑星同盟は滅びた。しかしこれはその精神の勝利であるのかも知れなかった。少なくとも彼らはそう思った。
 一方で旧帝国領では、この勅令が一体なにを意味するのか、よく理解されなかったというのが本当のところであった。民主主義は叛逆思想であると彼らは教えられていた。しかしそれで言うならば、かつては敵であった同盟市民が今では同胞であるという。それと同じようなことかと彼らは彼らなりに理解した。分かったのは、今後は暮らし向きがよくなるように政府が乗り出すということで、それは無論、歓迎すべきことであった。
 新帝国暦4年5月20日の勅令を、正式には新帝国暦4年第6勅令と呼ぶ。しかし一般には両雄の勅令と呼ばれる。この両雄とは皇太后ヒルダとユリアン・ミンツを指すのと同時に、ラインハルト・フォン・ローエングラムとヤン・ウェンリーを指していた。

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