takeruko の小説置場

2012-10-19

Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(3)


 新帝国暦4年6月に入って、ミッターマイヤー銀河帝国軍総司令官は退役する意向を皇太后と国務尚書に告げた。むろん、両名はすぐに慰留したが、ミッターマイヤーの意思は固かった。更に驚かせたのは、退役と同時に元帥杖を返上し、上級大将の階級に戻る意向を明らかにしたことであった。
「単に、私に仕えるのがお厭になったというわけではないようですね。どういうご存念あってのことか、ご説明いただけますか」
 ヒルダに対して、ミッターマイヤーは存念を打ち明けた。
 まず第一に軍組織のこと。自分はまだ壮年であり、それでいながら既に軍のトップに登ってしまった。このまま居座ればこの先、二十年以上、帝国軍上層部では人事的な停滞が発生するであろう。本来、元帥は退役間近になって極官として与えられるもので、二十代や三十代で叙された最近の状況が異常であったこと。自分が退任することで、軍組織の健全化が可能になるだろう、とミッターマイヤーは言った。
 しかし退任はそれが目的ではなく、あくまで要素のひとつに過ぎず、先日の両雄の勅令を踏まえれば、今後は王朝を守るための主戦場は政治に足場を移し、帝国議会がその舞台になるであろう。ならばそこに立たなければならない。旧帝国には政党はこれまでなく、政党を結成し、その支持を拡大させるためのノウハウがない。3年後に、議会制民主主義に移行するならば、王朝を擁護する国民政党がなければならない。ミッターマイヤーはその中核に自分がなろうと言うのだった。これから先、ミッターマイヤーは議会制民主主義の下において政治家として王朝を守り抜く決意を固めていた。
 司法省の憲法草案に目を通したミッターマイヤーは、現役の軍人は行政官・立法官・司法官のいずれも兼務できないことを知った。これは政治学的には常識であったから、ミッターマイヤーはそれに異は唱えなかったが、問題は元帥と言う地位であった。元帥に退役なしと言う。むろん、一時的な措置として退任する例はあったが、元帥はいつでも現役復帰できる特権があり、その特権がある限り、法的には退役状態にはなり得ないのであった。ミッターマイヤーが帝国議会において議席を占めるためには、元帥杖を返上する必要があった。
 帝国議会は二院制になる予定であり、各選挙区から議員を選出する代議院と、構成員を専門家集団や軍人、貴族、官僚などから皇帝(あるいは摂政)が勅任する元老院から成っていた。軍人は元老院議員には退任せずとも勅任を受ければなれたが、元老院には法案のチェック機能しかなく、政治を主導するのはあくまで代議院であった。代議院議員になるためには、ミッターマイヤーは元帥を辞さなければならなかった。
 この3年の間に、ミッターマイヤーは保守党を結成し、代議院において過半数を得られる政党に成長させるつもりであった。
 この構想に対して閣僚たちのうち、エルスハイマー、ブルックドルフ、マインホフらは賛成し、保守党の結党メンバーとなったが、リヒターとブラッケは、自分たちの立場はむしろヤン・ウェンリー党に近いと言って、彼らは現役閣僚のまま、ヤン・ウェンリー党に入党した。
 メックリンガー、ワーレン、ケスラーもミッターマイヤーに賛同し、彼らは現時点では退役しなかったが、3年後には、ミッターマイヤーと同様に退役したうえで元帥杖を返上し、保守党の政治家として第二の人生を送る意思を皇太后に伝えた。
 メックリンガーは空席となった統帥本部総長に請われたが、オーディーンの状況未だ安定ならずと言って、現役中はアルターラント方面軍司令官として職務を全うする意向を示した。ワーレンもまた、この3年のうちにイゼルローン総督としてやるべきことはやっておきたいと述べ、イゼルローン総督として現役を終える意思を示した。ケスラーも退役まで憲兵総監にとどまることになったが、ビッテンフェルトは生涯一軍人として、残留する決意をミッターマイヤーらに告げた。
 ミッターマイヤーは6月中に実際に退役したが、各元帥の意向を前提にして、帝国軍上層部の大幅な入れ替えが行われた。ミッターマイヤーの後継として、ビッテンフェルトが首席元帥に移動し、帝国軍総司令官となった。人々はこの人事に驚き、ミッターマイヤーの後継となるなら、メックリンガーやワーレンの方が適任だろうと噂されたが、実際には、現役元帥はビッテンフェルトただひとりとなる予定であり、ビッテンフェルトは軍の実務から離れて、皇帝ラインハルト旗下の諸提督のうちの遺老として、帝国軍の栄光を象徴する存在となるのであった。
 そのビッテンフェルトの下にあって実務を補佐する者として、軍務尚書にはこれまでどおり、フェルナーがとどまり、統帥本部総長にはオルラウが、宇宙艦隊司令長官にはバイエルラインがあてられた。彼ら三長官に元帥杖を授与すべきかどうか、皇太后の諮問があり、ミッターマイヤーを含む現役の元帥たちは討議したが、今後は元帥杖はよほどのことがない限り、授与しない方針が決せられた。バイエルラインらもまだ若く、人事の流動性を強めるために適当な時期に退役しておそらくは保守党に合流して貰う以上、元帥杖は障壁となりかねないからであった。
 こうした情勢の中、この先、10年、20年に及んで軍に影響力を強め、軍を代表するようになったのが、フェルナーであった。
 閣僚たちは新体制下では議院内閣制によって選出される予定であったが、軍務尚書の後継職となる軍務大臣のみは別であった。軍務大臣は勅任官であり、閣議の決定に従う必要はあっても、首相によって任免されない存在であった。軍務大臣のみは現役の軍人が務め、そしてそれにはフェルナーが長く在任したのであった。これは民主主義体制において、時に政治家たちの政治的野心のために無謀な軍事作戦行動が繰り返されたことをかんがみてなされた措置であり、軍政と軍令を専門家である軍人に委ねるためになされた措置であった。フェルナーは政治的術数に長け、政党政治家たちとも良好な関係を築き、なおかつ軍の中立性を保ったために、統帥本部総長と宇宙艦隊司令長官、それと憲兵総監は随時入れ替わっても、フェルナーは軍務大臣として在任し続けた。
 ミッターマイヤーは後に内閣総理大臣となり3度に渡って組閣し、在任は通算8年を越えたが、フェルナーの軍務大臣としての在任はそれをはるかに上回る22年間に及んだ。フェルナーはミッターマイヤー内閣でも軍務大臣であったが、キャゼルヌ内閣、アッテンボロー内閣、エルスハイマー内閣でも軍務大臣であった。
 フェルナーは退役間際に元帥杖を受けるか否かを皇帝アレクサンデル・ジークフリードに打診されたが、謝絶している。フェルナーでさえ謝絶したことが前例となって、その後、上級大将たちは元帥杖の授与を打診されても謝絶することが慣例になった。従って、元帥杖を授与されてなおかつ返上しなかった元帥としては、ビッテンフェルトとミュラーが最後の例となった。

Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(2)


 あの会見から4日後、メディアを避けるようにして大学に赴いたユリアンは、指導教授に今後の授業を通信を介して行って欲しい旨を伝え、了承の返事を貰うと同時に、幾つかの課題を与えられた。大学図書館でその下調べをしていた時、前の席に背の高い男性が腰を掛けて、ユリアンに声をかけた。
 ケスラーだった。
「ケスラー元帥、こんなところでお会いするとは。軍服を着ていらっしゃらないお姿を拝見するのは初めてです」
 ケスラーは、濃い灰色の背広を着ていた。
「大学を訪れるのに、軍服を着ていては無粋というものだろう。実は卿に話があるのだが、ここ数日、大学に籠りきりのようじゃないか。仕方がないからこうして足を運んだ。学問の邪魔をして申し訳ないが、そろそろ昼食時だ。お詫びにランチを奢るよ」
 ケスラーがユリアンを連れだしたのは構内にある教員専用のカフェテリアで、パーテーションで区切られている個室もあった。ケスラーはあらかじめ、学長に使用許可をとっていたのだった。
 会話しながらのランチになるのだろうと見越したユリアンは、会話の邪魔にならないサンドイッチとコーヒーを頼み、ケスラーの用件を聞いた。憲兵総監が世間話をするためにわざわざ足を運んだとは考えられなかったからである。
「おそらく卿にとっては意外なことではないだろうが、帝国同胞団の幹部の中で、オリビエ・ポプランとクロジンデ・フォン・メルカッツの行方が知れない。オーディーンでの足取りがふいに途絶えている。まるで誰かが脱出用のシャトルを用意していたかのようだ」
「用意してたんじゃないんですか?別に逃走用の手段を事前に用意していたとして不思議はありませんが」
「ところが、ゾンネンフェルスは用意させていなかったようなのだ。逮捕はしていないが、中級の幹部たちの足取りは追えている。彼らはすべてオーディーン内に潜伏している。その中にポプランとクロジンデ・フォン・メルカッツの名だけがない」
「ケスラー元帥。私にはよく分からない事情ですが、むしろ彼らの足取りが不明だというならそれに越したことはないのではないでしょうか。ポプラン中佐も、そしてメルカッツ提督の娘さんも、私たちヤン艦隊の面々にとっては大事な人です。その人たちを逮捕されて粗略にでも扱われれば黙っているわけにはいきません。むろん、彼らが姿を現せば、憲兵隊は逮捕しないわけにはいかないでしょう。両雄の勅令の精神を重んじるならば、帝国と同盟、ローエングラム王朝とバーラト自治政府はこれから互いに助け合わなければなりません。その仲を引き裂きかねないポプラン中佐らの扱いを、行方不明ということで棚上げ出来るならそれに越したことは無いですよね」
「確かに以前、私はもしバーラトが噛んでいるなら、うまく取り繕えと言った。皇太后陛下のお考えを踏まえれば、バーラトと対立するわけにはいかなかったのでね。しかし実際にはバーラトは関与していなかったのだろう。それは判明している。ポプランが騒乱に加担したのは彼個人の判断だろう。ならば犯罪としてこれを処断しないわけにはいかない」
「たとえそうであったとしても、ポプラン中佐は私たちの仲間です。申し上げておきますが、ヤン夫人もキャゼルヌ中将も、アッテンボロー提督も、決してポプラン中佐を見捨てることはしないでしょう。帝国が彼を敵として扱うというならば、ヤン艦隊全体が敵になるまでのことです。もちろんその中には私もカリンも含まれています」
「うむ。念のために聞いておくが、卿はその言で以て、私を脅迫しているのか」
「私は事実を申し上げているだけのことです。ご理解いただけると思いますが、どれほど友好を尊重したとしても譲れないものは誰にでもありますから」
「ところでだ、ヘル・ミンツ。卿の口座から最近、巨額の金額が失われているようだが、使い途を伺ってもよろしいだろうか」
「一般市民の口座は守秘されるべきであって、それについては黙秘するのが妥当だと思います」
「卿が果たして一般市民と言えるかどうかはなはだ疑問だが、まあいい。先ほどの卿の言う棚上げ論はなかなかに説得力があった。今回は卿に免じて、説得されたということにしよう。卿には我が王朝に対して、多大なる功績もあったのだし。ただし二度目は無いと思って欲しい。今回のようなことが再び無いよう、卿も卿の仲間に対しては十分に警告を発しておくことだな。それこそ誰にとっても譲れないものはあるのだから」
「ご忠告のとおりにいたしましょう」
「ところで、さすがにあれだけの金額が無くなれば、卿の今後の生活にも響くのではないか。子も産まれるということだし、グリューネワルト大公妃殿下をお守りした件にしても、ワーレンを慰問した件にしても、そして無論、先の勅令の件にしても、卿は実際、多大な貢献を国家に対して為している。皇太后陛下に申し上げれば同額以上の相応の慰労金が下賜されるはずだが、お節介を承知で言うが、卿自身はともかく卿の妻子のためには、意地を張らずに下賜金を受け取るべきではないか。そのつもりがあるなら、すぐにでも私の方から皇太后陛下に報告しておくが」
「まあ、当面、私が学生でいる間の生活くらいはなんとかなるでしょう。大学を出れば働くまでのことです。どこかの高校ででも歴史教師をやれればいいと思います。生活するために働く、みんなやっていることです。ご配慮いただくには及びません」
「卿ほどの人物を一教師に雇う学校が果たしてあるかどうか。ならばせめて、ヤン夫人には事情を話したらどうか。卿の独立心は賞するべきだが、彼女を家族と思っているならば、苦境のことを話されなかったと後で知れば、彼女は傷つくだろう」
「ご忠告ありがとうございます。今はまだ苦境と言えるような状況ではありませんので、いよいよになればもちろん“母”を頼るつもりです。私としても、妻に対して偉ぶりたい欲求はありますから、まあまずは自分でやってみようと思います」
「ヘル・ミンツ。卿はおそらくワーレンやミュラーに対してほどは私に対しては無条件に親愛の情は抱いていないのだろうな。むろん、憲兵総監という任に私がいる以上、それも無理もないことだ。実際、ワーレンやミュラーだったら言うはずもない嫌なことを私はずいぶん卿に対しても言った。しかしどうか、私としても卿に対しては友情を感じていることは疑わないでほしい。もし、本当に困ったことがあったなら、どうか意地を張らずに私を頼って欲しい。どうしても私に頼るのが嫌なら、せめてワーレンやミュラー、皇太后陛下を頼って欲しい。みな、卿に対しては友情もあれば恩義もあるのだから」
「ありがとうございます。友情と言う語を使わせていただけるのなら、私もまたケスラー元帥に対してその念は抱いています。お互いに年を取り、引退して、現在のことがすべて遠い過去になったならば、銀河帝国の秘史を伺わせていただくことを楽しみにしています。これは友人という名目を借りた、歴史家としての欲でしょうが」
 ユリアンのその言葉に、ケスラーは穏やかに頷いた。その時が来たならば。暖かい暖炉の前で、冷えたワインを開けて、夜通し語り尽くそう。この時代を共に生きた者として。
 ケスラーの眼差しはそう語っているようだった。
 ケスラーを心配させたミンツ家の経済状況は、この年の暮れまでには大幅に改善された。夏の終わり頃に、ユリアン・ミンツが初の著作となる「ヤン・ウェンリー語録」を出版したからである。ヤン・ウェンリーの言葉は公式に発言されたものはむろん記録され流布していたが、ユリアンはその著作の中で、ユリアン個人に対して語られた私的な語録を大幅に加えたために、ヤン・ウェンリーの人間像がより正確に、鮮やかに描き出されたのであった。人々はそれ読み、ヤン・ウェンリーが単に軍事的天才にとどまらない、良き教師であり、細やかな配慮をした保護者であったことを知った。
 この著作は新帝国暦4年最大のベストセラーになり、何十年にも渡って売れ続けた。この著作によってユリアンはポプランのために使った金額の何十倍もの印税収入を手にすることになった。