takeruko の小説置場

2012-10-20

Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(5)


 地球は900年に及んで汚染され、そこに居住していた人々は、辺境惑星としてはそれなりのボリュームである2000万人を数えていたが、彼らの大半は地球教徒であり、ヒマラヤ山中の地下シェルターで生活をしていた。しかしその人々もワーレン艦隊による地球教本部攻撃によってちりぢりになり、地球は行政単位としては帝国から放置され、どれほどの人間がいるのかは定かではなかったが多く見積もっても5万人は上回らないであろうと思われた。
 ただし、地球表面のすべてが汚染されているのではなく、地球環境は次第次第に回復していて、一部の地域では居住可能なレベルにまで、自然浄化されつつあった。そのことをイワン・コーネフが知ったのは地球教徒本部に潜伏するために下調べをした時であって、アラスカ、マダガスカル、モンゴル、イースター島などにごく小さなコミューンが地球教とは関係なく成立していた。それらのうち最大のものが東アフリカの大地溝帯にあり、人口2000人程度の村が成立していた。
 イワン・コーネフはその妻の「コーネフのおかみさん」と共にその村にたどり着くと、周辺の荒野を開拓し、数年のうちに農場を成立させた。村人の多くも元は流浪の身であったので、コーネフたちの素性を詮索せずに、村人の仲間として受け入れた。
 他の星系どころか惑星内の他の地域ともまったくと言っていいほど交流がなく、孤立していたその村では、技術レベルは西暦10世紀のレベルにまで後退していた。畑を耕すにしても、人力で鍬をふるって耕すのであり、肥料もそれ用に育てたマメ科の植物などを堆肥として用いた。
 何事につけてもお祭り好きなコーネフは自分たちの生活が安定すると村のあれこれに首を突っ込んで、やがて村長に担ぎ上げられるのだが、それはその小さな村での小さなお話である。銀河系の他の地域では誰も知りもしないし、知ったところで耳を右から左へと流れてゆくだけであろう。
 それでもその小さな世界で、小さな日々を送って、それでコーネフとコーネフのおかみさんは幸福であった。ふたりともさいわい長寿であり、亡くなる時は多くの子供と孫、ひ孫たちに見送られて、粗末な手作りの墓に葬られたが、コーネフのおかみさんは生まれ変わるとしても、やっぱりこの村でコーネフと暮らしたいと言った。2年前に夫を見送った老婆のそれが最後の言葉であった。口にする前に息絶えたので、彼女の子供たちはその続きの言葉を聞けなかったが、「間違っても帝都で貴族の娘なんかには生まれたくない」と続いたはずであった。
 イワン・コーネフと開拓者たちが畑を広げ、収穫に一喜一憂する生涯を終えても、地球はなお辺境であった。銀河帝国は公式にはこの惑星への立ち入りを禁止していて、地球に生きる人々は、帝国の版図に生きながらも帝国とはまったく無縁に生きていた。
 それでも魚は絶え、鳥も消えたこの惑星にあっても次第次第に緑は人々の営みによって回復していった。地球の丘と言う丘が再び緑に覆われる頃、この惑星は再び、生命の聖地としての実質を取り戻すのかも知れない。銀河系規模で見れば、ほんの一瞬に過ぎないイワン・コーネフ一代をかけてもそれは途方もない先の話であった。けれども、種をまく人がいる限り、いつか花は実を結ぶ。99億回失敗しても、最後の一回成功したならば、それは確実に未来につながってゆくのであった。

Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(4)


 新帝国暦7年4月1日、予定通り、帝国議会選挙が実施され、共和党と連立を組んで与党となった保守党から、ウォルフガング・ミッターマイヤー党首が首班指名を受け、ローエングラム王朝の初代内閣総理大臣となった。バーラト自治政府のヤン・ウェンリー党を母体としていた民主党は、第一党にはなったが、過半数を制するには至らず、保守党と共和党の連立政権の発足を許すことになった。
 同日、バーラト自治政府は法的に正式に終焉を迎えた。銀河帝国全土において議会制民主主義が達成されるならば、バーラトにおいて独立国家を維持する意味は無くなったからであった。銀河帝国はおおむね星系ごとに州が置かれ、州の自治権は大幅に拡充された。銀河帝国は議会制民主主義国家に移行するのと同時に、連邦制に移行した。
 バーラト星系では、銀河全体の人口の1割を占める惑星ハイネセンに独自の州、ハイネセン特別州が置かれ、バーラト州の首都星はテルヌーゼンに移動することになった。
 フレデリカ・グリーンヒル・ヤンは首相公邸で、後任のハイネセン特別州刺史マグダレーナ・フィルボット女史に、引継ぎを終え、その時点で無位無官の一民間人に戻った。もっとも、フレデリカがカリスマ的な存在であり、好むと好まざるとに関わらず政治的な余韻の中になおも居続けなければならなかったから、フィルボット刺史の好意によって、当面、公費にてボディガードがつけられることになった。主要政治家の護衛を任務とする特殊警備隊の隊長カスパー・リンツがフレデリカの護衛に充てられた。
 ハイネセンにはもう、ヤン艦隊の人々はほとんどいない。ヤン・ウェンリー党が発展解消して成立した民主党の党首にはキャゼルヌが推されて就任、オイゲン・リヒターが幹事長に就任していた。彼らは帝国代議院議員としてフェザーンにいる。バグダッシュも、ホアン・ルイも、シトレも、アイランズもみな、帝国代議院議員としてフェザーンに移動していた。
 引き続き、民主党の党首となって議員となり、党を率いることを懇願された時、フレデリカはきっぱりとそれを断った。
「ヤンの遺志は叶ったのですから、ヤンの未亡人としての私の責務もこれでおしまいです。政治からは引退します」
 とはっきりと宣言した。数々の慰留があった。皇太后ヒルダからも直々に通信があり、代議院議員として議会に入って、引き続き国家の礎を支えて欲しい、それが叶わぬならせめて元老院議員として、自分を補佐して欲しい、との懇願もあったが、それも謝絶した。
 ユリアンやキャゼルヌなど、フレデリカに近い人は何も言わなかった。フレデリカはやってみればかなり政治家向きではあったが、向いているからと言って、当人がそれをやりたいとは限らないからであった。フレデリカの場合は、どうしてもヤン・ウェンリーの影を背負ってしまう。フレデリカ・ヤンとしてではなく、ヤン夫人として生きることを強いられていた。ヤンの死去から5年が過ぎて、ヤンへの思いが薄らいだわけではなかったが、未亡人として生きること、しかも公的に未亡人扱いされることは、フレデリカはもううんざりとしていた。
 まずはフレモント街の旧宅に移り、近隣の人々と旧交を温め、たまには「孫」と超光速通信を介して話して、ボランティア活動を熱心に行い、そういう日々をフレデリカは送った。
 フレデリカを護衛するのは、リンツの任務であったが、24時間警護するためか、いつしかリンツはフレモント街のヤン邸に越してきた。護衛者と護衛対象者の関係を越えて、フレデリカとリンツの関係が密接なものであるのは誰の眼にも明らかであったが、それ以上はなかなか発展しなかった。
 再婚するのはヤンへの裏切りではないかとの思いがやはりフレデリカの胸の内にあったからであり、リンツも、忠誠を誓ったヤン・ウェンリーの後釜に座るような真似は、なかなか出来なかったからである。
 ただ、ユリアンたちには黙っていることは出来ないと言って、リンツはまず恐る恐る、カリンにフレデリカと交際していることを報告した。それとなくユリアンにもうまく伝えて欲しいとカリンは頼まれたが、カリンにもユリアンがどのように反応するかは分からなかった。カリン本人はヤン・ウェンリーを敬愛はしていたが、死者に貞節を尽くして、生きている者が幸福になれないなんて馬鹿げたことだと他人事ならばそう思ったので、代父であるリンツにしっかりやるようにと激励したのであった。
 ユリアンはその報告をカリンから聞いて、その場ですぐにフレデリカに連絡を取り、フレデリカが再婚するつもりならば反対するつもりはないこと、むしろリンツと一緒になって幸福になって欲しいとはっきりと伝えた。
 このユリアンの言葉が後押しとなって、リンツはフレデリカに求婚し、フレデリカはそれを受けた。
 フレデリカの再婚については、ヤン・ウェンリーを崇拝する多くの人々から批判されたが、この件についてメディアから感想を聞かれたユリアンが、通常はほとんど返答しないにも関わらず、はっきりと、この再婚を歓迎する考えを明らかにしたことによって、やがて批判は下火になり、消えていった。
 フレデリカが幸福になるなら、ヤン・ウェンリーが反対するはずがないではないか、としごく当然のことをユリアンは指摘した。
 フレデリカとリンツの結婚式にはユリアンとカリン、その間の2人の子供、キャゼルヌ夫妻、あいかわらず独身主義者のアッテンボロー、同じくいまだ独り身であったバグダッシュ、介添え人としてシトレ元帥、そして今は与党の議員となっているワーレンと、お忍びでグリューネワルト大公ナイトハルト・ミュラーが出席した。
 その式が終わると、フレデリカとリンツ、ユリアンとカリン、そして子供たちのみで、市民墓地に眠るヤンに結婚の報告を行った。
 そしてその後は、再びそれぞれの元の生活に戻っていった。
 違ったのはフレモント街のヤン邸がリンツ邸と名を変えたことと、フレデリカが未亡人のヤン夫人から、現役のリンツ夫人になったことだけであった。