takeruko の小説置場

2012-10-14

Struggles of the Empire 第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり(3)


 影から他人を攻撃することは出来ない。隠れているつもりでも、攻撃を続ければやがてはその出処は明らかになる。
 ノイエラントの騒乱は、その陰謀の出処をケスラー憲兵総監に指し示すことになった。
「そうか。警察か。警察は軍とは違ってほとんどが現地採用、必然的に旧同盟警察の人的ネットワークが維持されている。旧同盟警察が絡んでいる組織ならば、旧同盟軍のユリアン・ミンツらが知らなくても道理。軍と警察はどこでも不仲であるあらな」
 後世に「新帝国暦4年の騒乱」と一括して表現されることになったこの事態では、政治学者や社会学者たちによる数多くの一般市民への聞き取り調査が残されている。
「それは民主主義は欲しいし、あって当然だと思うわ。でもだからと言って、今の枠組みを壊すのはね。ローエングラム王朝はまずまずの統治をしていると思うわ。暮らし向きは良くなっているし、社会には明らかに活気が出てきている。自由惑星同盟ね、もちろん懐かしいけれど、過去の存在よね。だって、いろいろ問題があったから滅びたわけで、そう簡単にむかしはよかったとは言えないと思うの。もちろん、帝国ももう少し市民の権利とかそういうのを重視して欲しいと思うから、デモにも参加しているけれど、同盟復活を望むっていうのは、まあ、方便よね。実際にはみんな、今の大枠は壊したくないんじゃない?」
 シヴァ星系住民のこの女性の声は、ノイエラント住民の平均的な意見を集約していた。政治的にはもう少しリベラルになり、市民の政治的参加を認めて欲しいとは思っていたが、だからと言って現在の政治体制の根幹を揺るがすのは御免だと思っていた。無論、軍や警察がデモを流血で以て鎮圧するような動きがあれば事態はエスカレートして、デモが反乱に、反乱が独立運動に発展する余地はあった。
 軍は一歩引いて、鎮圧や規制を警察に任せる姿勢を示していたが、4月の末日までには旧同盟警察の動きをケスラーが掌握したことから、積極関与に転じた。旧同盟警察がデモを規制するふりをして、実際には火付け役になっているのは疑うべくもなかったが、それはまだしも致命的な問題ではなかった。懸念すべきは、帝国への反感を高めるために敢えて民衆に対して物理的暴力を加えるのではないかということだった。そうなる前に、ケスラーは主導権を軍が握り返し、警察が関与できる余地を可能な限り封じ込めたのであった。
 それと同時に、エルスハイマーに根回しをしたうえで、ヒルダとミッターマイヤーに進言、内務省が主導して警察、公安の一斉パージを開始した。その過程で、旧同盟警察の秘密組織の存在が明らかになり、彼らが今回の事態の主犯であることも明らかになった。

 皇太后執務室で、皇太后、国務尚書、内務尚書、軍務尚書、帝国軍総司令官、憲兵総監が集まり、皇太后の政治学担当補佐官であるリヒャルト・ホーフスタッターが簡単な講義を行っていた。
「まず社会の構成員を、収入を不労所得を除外して勤労によって得ているかどうか、収入における税負担の割合で、社会当事者度でもって個々人を分類します。更にそれに、収入の多寡と、実体経済との関連性によって補正値を掛け合わせます。たとえば、公務員は勤労によってその所得を得ていますが、実体経済の影響を受けにくいので、社会当事者度は低くなります。
 そしてあらゆる社会的な問題を、貨幣によって置き換えて妥協可能かどうかという点で、妥協可能性の程度で数値をつけます。たとえば、ある産品からどの程度の税をとるかどうかは、単純に税率の問題であって価値判断が入り込む余地はほとんどありません。話し合いで決着をつけやすい問題です。対して、人工中絶を認めるか否かというような問題では、個々人の倫理観や宗教観とリンクしており、妥協可能性がほとんどありません。
 社会当事者度の高低が、問題の妥協可能性にどう関係してくるかをグラフ化しますと、社会当事者度の低い者、金利生活者、年金生活者、学生や専業主婦などの被扶養者、そして公務員や教員などは、妥協可能性が低い問題をより重視し、固執する傾向があります。簡単に申し上げれば『生活の糧を稼ぐことから距離がある者ほど、食うための問題には関心が薄く、よりイデオロギー的な傾向を強めやすい』ということです。
 従って社会当事者度が低い者の割合が増えれば増えるほど、財政的な負担が生じるのみならず、社会全体から妥協可能性が失われてゆくことになります。食うために働いている者は、職場の上司が嫌な奴でも、妥協できる範囲内で妥協しようとします。食うために働く必要がない者は、妥協する必要がなく他罰的な傾向を強めます。
 警察官が公務員であるがゆえに、今回、陰謀をもてあそぶ主体になったということは、非常にありそうなことです」
「そういう意味では小さな政府路線を採る帝国の基本政策は間違ってはいないということだな」
 エルスハイマー内務尚書が問うた。単に財政的な負担を減らすというのみならず、社会の妥協可能性を強めることこそがローエングラム王朝銀河帝国の生存にとっては不可欠であったからである。
「そうとも言い切れません。失業者についての調査では、失業の期間が長いほど、あるいは失業率が高く社会当事者度を強める可能性が低いほど、やはり妥協可能性が低くなってゆく傾向があります。絶望的な状況が強まれば民意は過激化するということです。失うものがない人間は、おそれを知らなくなりますから。
 社会当事者度が低い者たちは、実体経済や勤労者に依存しています。その増大は、財政を悪化させる要因となり、なおかつ、妥協可能性を弱めるとなれば帝国にとっては有害でしかない存在に思えるかも知れません。しかし、一人の人間が、ライフサイクルのときどきによって学生になり、勤労者になり、年金生活者になるように、社会当事者性が低い者たちを敵視すればそれは将来の勤労者やそれがもたらす実体経済を破損することになりかねません。
 重要なのは、例えば公務員などにも信賞必罰を強化したり、実体経済に応じて俸給を増減させるなど、社会当事者性を強めること、失業者に職業訓練を施すなどをして、勤労者に戻して、社会全体の社会当事者性を強化することです。
 それに、社会当事者性が低い者たち、たとえば学生などが過去の人類社会において改革の原動力となってきたことなども踏まえれば、人類社会を劇的に進化させるパラダイムの変換は、そうした「有閑階級」の余技によってなされてきたと言っていいでしょう。健全な人類社会の発展のためには、妥協することも大事なのと同じく、時と場合によっては妥協しないことも大事なのです。
 社会当事者性の高低で誰かを断罪するのではなく、その配分が社会全体で適切な水準を維持するように政策をうってゆくことが重要です」
 ホーフスタッターの講義は帝国首脳部にひとつの方向性を与えた。

 警察のパージを開始して以来、ノイエラントの混乱は急速に終息した。デモはいまだに続いていたが、通常の市民集会の規模に落ち着き、軍は通常任務に戻り、行政機構は活動を再開して、遅滞を取り戻しつつあった。
 警察官のうち100万人弱が解雇され、そのうち半分弱に内乱誘発罪が適用されて検挙された。彼らは留置惑星として用いられていたいくつかの惑星に分かれて送致され、そこで帝国憲兵によって取り調べを受けた。皇帝の勅許、もしくは内閣の決定があれば非軍人の公務員についても、内乱誘発罪については軍法による処断が可能だという規定に沿って、彼らの身柄は内務省、司法省から離れて、軍務省が管理することになった。
 新帝国暦4年5月5日に、帝国軍総司令官ミッターマイヤー元帥は、ノイエラントに展開していた各艦隊のうち、宇宙艦隊司令長官ビッテンフェルト元帥が率いる黒色槍騎兵艦隊についてドライ・グロスアドミラルスブルク要塞への帰陣を命じた。次いで、ジンツァー艦隊に対してウルヴァシーに向けて撤収するよう命じた。
 ローエングラム王朝成立後の最大の危機を、皇太后ヒルダとミッターマイヤー首席元帥はかろうじて乗り越えつつあった。

2012-10-13

Struggles of the Empire 第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり(2)


 あのような事件があっても、ノイエラントが騒然としても、なおもイゼルローンにおいては静寂は無縁であった。帝国軍がデモに対して、慎重にそのプレッシャーを受け流す構えを見せたことから、デモの多くは結局、デモにとどまった。既に旧帝国領からの移住者も多く、学生や勤め人たちはデモを終えると学校や職場に戻り、休みの日には再びデモに参加した。
 デモの圧力を軽視すべきではなかったが、結局は秩序あるデモンストレーションに終わった。むろん、そうなったのは帝国軍が力を受け流したからで、まともに正面からぶつかっていれば流血事件のひとつやふたつは起きていたはずで、そうなれば事態はエスカレートしかねかった。
 帝国軍相手に対するテロも発生したが、その被害が比較的軽微であったのは旧同盟市民がテロを支持していないからであった。何者がテロを企んだとしても民衆からの支持がなければ民衆の中にテロリストは姿を隠すことは出来ない。ブラウンがテロの標的としてワーレンを選んだのは失敗であった。
 帝国軍人ではあってもワーレンはノイエラント治安維持の職責を果たした男であり、善政を敷いた。気さくな人柄は旧同盟市民にも親しまれ、立場の違いを越えて、旧同盟市民との間には友情のような感情が形成されていた。これが殺害されていたのがレンネンカンプか、あるいはその息子であったならば旧同盟市民は喝采したであろう。ワーレン当人を狙うならばともかく、その息子を殺害したことによって、世論は一気にワーレンに対して同情的になった。ワーレンはわりあい公の場面でも、息子を溺愛していることを隠そうとしなかったから、子を持つ親ならば誰でも、あれほど溺愛していた一人息子をこのような形で殺されて、ワーレンがどれほどの痛みを味わっているかを思えば他人事とは思えず、地球教のテロによって同盟市民希望の星であったヤン・ウェンリーが殺害された例を思い浮かべても、いかなる大義を掲げようがテロは許されないというはっきりとした意思が市民レベルで醸造されたのであった。
 ワーレンが傷を受けたのも知らぬ風に気丈に振る舞えば、むろんその気丈さは賞賛されたであろうが、同情はやがて帝国軍人という一枚看板を掲げたワーレンに対しては薄らいでいったであろう。しかし期せずして、ワーレンの態度は無様であった。
 今回のテロではワーレン自身被害者であり、遺族であったが、そもそもがワーレンを狙った犯行であるのは明らかであったので、巻き添えを食った他の犠牲者や遺族に対しては、道義的な責任があった。
 ワーレンは被害者や遺族を見舞う中で、帝国元帥として威厳を保つことが出来ずに、彼らと肩を組んで共に泣き崩れ、再び立ち上がることもかなわぬほどに、うつぶせた。威令を保つべき帝国元帥としては醜態であった。その醜態がメディアを通して全銀河系に流れたのである。しかしその醜態は人間としては真実の姿を映し出していた。
 人々は立場の違いを越えて、その真実の姿に胸を打たれたのであった。
 ノイエラントのデモが、二三の例外を除いて、理性を越えて暴徒化せずに済み、更なるテロが抑えられたのは、因果関係を定量化してはっきりと示すことは出来ないにしても、ワーレンが示した一個の人間としての誠実さが再びこのような悲劇を繰り返してはならないという固い誓いを人々の胸に刻んだのは疑うべくもなかった。
 他の元帥たちは歯を食いしばることによって、ワーレンは歯を食いしばらないことによって、共にローエングラム王朝を守ったのであった。

 執務室に案内されたユリアンとカリンは、ソファに腰かけて、窓の外で宇宙船が行きかうのを眺めているワーレンを見た。ふたりの入室に気づくと、ワーレンはゆっくりと立ち上がり、
「遠い道のりを経て、よく来てくれた」
 と言って、新たにつけられた右腕の義手を握手として差し出した。
 数秒、ユリアンはワーレンを見つめていたが、ふいに涙をこぼして、そのままワーレンの肩を強く抱いた。ユリアンの涙は、ワーレンの肩にしずくとなって落ち、濡らした。
「そうか。そうか、卿は俺のために泣いてくれるのだな。俺と俺の倅のために。ありがとう。ありがとう」
 ワーレンも強く、ユリアンを抱きしめて、大粒の涙を流した。カリンはふたりの肩に手を置き、やはり涙をぼろぼろと流した。この涙を届けるために、ユリアンはひと月の旅程を経て、イゼルローンに赴いたのであった。
 半時ほどたって、ようやく落ち着いた後、ソファに腰かけて、ユリアンとカリンに対面したワーレンは、心からの感謝の言葉を言った。
「今このような時、卿もフェザーンを離れている余裕は無かっただろう。皇太后陛下も卿をとどめおきたかったに違いない。それでも卿は俺のためにここに来てくれた。皇太后陛下もそれを許された。ミンツ夫人にまで長旅を強いてしまった。卿らの友情、この恩義を生涯忘れはしない」
「私も親しい人、家族をテロで失いましたから。ワーレン提督のお悲しみはかけら程度であっても理解できるつもりです。今はうわべだけを見て、思ったよりも元気そうでよかったなどとは言わないでおきましょう。思った通りに、そうお元気ではいらっしゃらないというのが正直な感想です。けれども、人であるならばそれはあたりまえのことです。まして、子を失くされたのですから。私と妻にはまだ子はいませんが、いつも想像しています。その想像の子でさえ、もしこのような形で失われたならと考えたら胸が張り裂けそうになるのですから、提督が打ちひしがれても当然です。そういう時に支えるために、私のような友がいるのですから」
「ありがとう。このようなことが起きてしまって、正直、まだ昨日のことのように悲しみは生々しい。だが、少しづつではあっても立ち直りつつあるのだ。自らも子を失くしたテロの犠牲者が気丈にも私を慰めてくれた。銀河の端から波濤をものともせずに卿たちのようにただ慰めを与えるためだけに訪れてくれた者もいる。悲しみの中にあってこそ、私は人間がいかに気高いのかを知った。そのことによって、生命を与えられし者として、悲しみを希望に変えつつある。今日は卿たちが来てくれた。そのことがすごく嬉しい。喜びを感じたのは久しぶりだ」
「そうおっしゃっていただけて、来た甲斐があったというものです」
「私はもう、大丈夫だ。悲しみは決して薄れることは無いだろうが、悲しみを悲しみとして抱えて生きてゆくことは出来る。トーマスもそれを望んでいるだろう。そういえば、ヘル・ミンツ、卿とヤン夫人に謝罪しなければならないことがひとつある」
「それがなんであれ、許しますよ」
「まあ、一応、聞いてやってくれ、卿の口添えでヤン夫人からせっかくいただいたヤン提督の遺品の万年筆だが、倅の遺体と共に焼いてしまった。あの事件の時も倅はそれを持っていたんだが、事件後に確認したが万年筆自体には破損は無かった。しかしあれは倅がとても大事にしていたものなので、本当は歴史的な遺物として、後世に残すべきものなのだが、親としてわがままを言って、一緒に焼いてしまった。ヤン提督の遺族としても、歴史家としても卿は俺を批判する資格がある」
「そのどちらででも批判はしませんよ。差し上げたものをどうなされようがご自由ですし、それに差し上げたものをこう言ってはなんですがあれ自体には大した価値は無いものです。市販の大量生産されている万年筆ですから」
「いやいや、ヤン提督ご愛用というところに価値があるのだ」
「そんな身の回りの日常品を聖遺物のように扱われることにヤン提督ならばこそばゆく感じられるでしょうね。ヤン提督がお使いになっていた日用品なら、私もフレデリカさんもまだまだごまんと持っておりますから、ご心配には及びません」
「そうか、そう言ってもらえれば気持ちも楽になるが」
「さて、それではそろそろおいとましようか、カリン」
 ユリアンはカリンを促しつつ、立ち上がった。
「何だ?今日はもうホテルに帰るのか?ホテルなんて予約を取り消して俺の家に何か月でも泊まれよ」
「いいえ、ホテルは予約していません。用は済みましたし、この足でフェザーンに戻るんです」
「なんだと?それはあんまりすぎないか?イゼルローンは卿らにとってもなじみがある場所、むかしなじみの場所を数日かけて歩いてもいいじゃないか」
「そういうわけにはいきません。提督がおっしゃったように本来なら私は今はフェザーンを離れられる状況じゃないんです。一日でも早く戻らないと、皇太后陛下がお待ちなさっておられるでしょう」
「ふむ。それでも卿は来てくれたのだな。二ヶ月も時間を無駄にすることが分かっていながら、俺のために」
「提督と私の友情のためにです。私自身、提督のお顔を見て安心したかったのです」
「分かった。あいにくうちの艦隊は出払っているが残っている艦船のうち、一番速いものを用意しよう。ビッテンフェルトの旗艦よりも速いぞ。なにしろ最短で20日弱でフェザーンに到着する。イゼルローンにしか配備されていない最新鋭の超光速巡航艦だ。それを使うがいい。ただ用意が整うまで6時間程度はかかる。それまで思い出の地を回ってはどうかな?」
「それではその時間を利用して行っておきたい場所があります。場所を教えていただけますか?」
 結局、ワーレンはユリアンとカリンに付いて行った。目的地がワーレンの息子、トーマスの墓参だったからである。
 イゼルローンは人工天体なので土がない。土葬が出来ないため、死者は基本的に火葬される。いずれ土葬にすべく遺体が保存されていたヤンは特殊な例外で、ヤン艦隊の戦死者たち、パトリチェフも、メルカッツも、みな火葬されていた。居住区の外れに納骨堂があり、目的の場所につくまでに、ユリアンたちはパトリチェフ、ブルームハルト、メルカッツ、フィッシャー、それにロムスキー医師の遺骨を見舞った。その近くにあるひとつの区画を指して、ユリアンはワーレンに言った。
「義父です」
 墓碑銘には「ワルター・フォン・シェーンコップ、恋に生き、戦いに死す。美女たちの涙の海で溺死」と刻まれてあった。ワーレンはなんだこれはという表情をカリンに向けた。
「えっ、えーっと、これは違うんです。ポプラン中佐が父の墓碑銘はこうでなくちゃいけないと言って。私はもうちょっと普通なのがよかったんですけど、ローゼンリッターの人たちがこれがいいと言って。そう言われるとそれもそうかななんて思ったりしたりして。もうやだ、だから普通のがいいって言ったのに!」
「カリン、ワーレン提督は何もおっしゃっていないよ」
「だって、変だと思われたでしょう?実際、変だし」
「いやいやそんなことはない、ミンツ夫人。かの高名なシェーンコップ中将らしいじゃないか。ロイエンタール元帥の墓碑銘はどうだったかな」
「あっ、あのっ」
「うん?」
「厚かましいんですけど、ワーレン提督にお願いが一つあるんです」
「なにかな?」
「ワーレン提督はトーマスさんのお墓参りにけっこういらっしゃいますよね。その時、ついでと言ってはなんなんですけど、お余りでいいんです、余った花の一本でも、この男の墓に備えてくださったら、すごく嬉しいんですけど、やっぱりご面倒でしょうか」
「いや、そんなことはない。今まで気づかなくて申し訳なかった。友人として気づいておくべきだったな。卿らはフェザーンにいてそうそう頻繁にこちらには来られないのだし、卿らの代理として、シェーンコップ中将のみならず、ヤン艦隊の面々、メルカッツ提督の墓前にも花をそなえよう。約束する」
「そうしてくださると私もありがたく思います」
 ユリアンはワーレンに頭を下げた。カリンもあわててそれに倣った。
 トーマス・ワーレンの墓前には花がうずたかく供えられていた。まだ事件の記憶が新しく、ワーレン家以外の一般市民も、花を供えてくれていた。
「トーマス、おまえが会いたがっていたユリアン・ミンツが会いに来てくれたよ」
「そうなんですか?」
「あいつはまったく、帝国元帥の息子のくせに同盟びいきというか、ヤン艦隊が大好きでね。卿は年齢も近いから親近感を抱いていたようだ。若くして全軍を率いた卿に、自分の夢のようなものを重ねていたのだろう」
 ユリアンはひざまついて手を合わせた。宗教心のようなものはもちあわせていなかったが、死者を前にして祈る時、自然と神のようなものを思った。死者の魂が安らかになれるようにと願うその心は、神が死者のためのものではなく、死者の面影を胸に抱いて生きてゆかなければならない者たちのものであることを物語っていた。

2012-10-12

Struggles of the Empire 第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり(1)

Though nothing can bring back the hour of splendor in the grass,
glory in the flower.
We will grieve not,
rather find strength in what remains behind.

- William Wordsworth

 帝国軍、人材を輩すること綺羅星の如しとも言われたが、アルターラント全域、ノイエラント全域に軍を展開する中で、さすがにミッターマイヤーは持ち駒の不足を痛感せざるを得なかった。当面の焦点はウルヴァシーであった。ウルヴァシーはノイエラントにおける帝国軍最大の拠点であり、ノイエラントからフェザーンに向けて攻め込まれた時の最終防衛拠点であった。ここに配されていたビッテンフェルト、バイエルライン、ジンツァーはいずれも艦隊を率いて各地に転戦しており、ウルヴァシーにはフェザーンの防衛隊が張り出す形で艦船の補充がなされていたが、指揮を執るにふさわしい提督が不足していた。
 ルーヴェンブルンの七元帥のうち、アイゼナッハは暗殺され、ミュラーは退役、ワーレンもイゼルローン総督の任は辞していないものの、未だに使える状態ではない。数万の艦船からなる大軍事力を擁するのは未だ銀河帝国ローエングラム王朝のみであり、その意味ではまだ帝国が生き死にを考える段階ではない。しかしいかに軍事力を擁しようとも、崩れる時は内部から崩壊してゆく、そのことをゴールデンバウム王朝と自由惑星同盟、フェザーン自治領という3つの国家の死を目の当たりにしてきたミッターマイヤーは知っていた。それを思えば安穏とはしておらず、せめてフェザーンにはいささかの動揺も引き起こさぬために、ウルヴァシーにおいては絶対の守りを固める必要があった。
 今となってはそれが出来るのも、ミッターマイヤーが思いつくあてもただ一人しかいなかった。
 ルーヴェンブルン宮殿東翼には皇帝の居室があり、それを守るようにしてグリューネワルト大公夫妻が東翼を差配していた。
 この動乱が始まって以後、疾風ウォルフが鉄壁ミュラーに面談を求めたのは初めてのことであった。ミッターマイヤーは内廷の奥深く、質実ではあるが豪華な調度に囲まれた居間に通され、グリューネワルト大公を待った。単身、グリューネワルト大公が入ってくると、ミッターマイヤーは立ち上がり、皇位継承順位第一位の女性の夫君であるこの人物に対して最敬礼の姿勢を採った。
「ご無沙汰しておりました、殿下。なにぶん多事多難な状況でして」
「そのようですね、閣下。どうぞおかけください。それとここには私たちしかおりませんし、私のことは閣下の部下である軍人として扱ってください。御用の向きもおそらく、その方面のことでしょうから」
「そう言っていただけると有難い。ではミュラー元帥にお願いしたいことがあります。実は状況が落ち着くまで、一時的に現役復帰していただいて、ウルヴァシーの守りを固めていただきたいのです」
「閣下のご要請とあれば否とは言えませんが、私は今は皇族です。皇族が軍事に関与する弊をご考慮なさった上でのお考えでしょうか」
「はい。まことに勝手ながら、時機を見て、ジンツァーなりバイエルラインに余裕ができ次第、交代していただこうと考えています。ですからこの措置はごく一時的な措置で、後世に与える弊害の度合いはごく少ないと考えます」
「閣下、ごく短期であるにせよ、この措置はかなり異例のことになろうかと思います。まず第一に、政府部内から異論が生じるかも知れません。第二に、退役した私をも投入するとなれば帝国にそれだけ余裕が失われていると喧伝することになりかねません」
「政府部内についてはすでにフェルナー軍務尚書を通して根回しをさせています。国務尚書、内務尚書、司法尚書、財務尚書、民政尚書、宮内尚書からは止むを得ざる事態にて同意との内諾を得ています。皇太后陛下もミュラー元帥と大公妃殿下さえご了承ならばとの条件で承認していただきました。第二のご指摘については、実際、我々は相当に追い詰められています。もはや隠し立てできる段階ではありません。与えられたカードの中で最善を尽くすべき時に来ています。元帥にご出馬いただくには他では得られない利点が三つあります。ひとつは、鉄壁ミュラーの出陣によって、帝都の守りは安泰であるとの安心を国民に与える効果があります。これは他の誰でも代わりが利きません。ふたつは、兵たちからの支持という点において帝国軍随一である閣下にご出陣いただければ、将兵の士気が一気に上がります。両面において暴動を抱え、帝国軍将兵は今や不安にさいなまれています。その気分を思い切った措置で変換する必要があります。そしてみっつめとしては、元帥が皇族であられる以上、ローエングラム王家の覚悟をこれによって示すことが出来ます。先帝陛下がご存命であれば、必ずや親征によって王朝の覚悟を示したもうたことでしょう。今、皇族の中においてそれがお出来になられるのは元帥以外にはおられません」
「分かりました。閣下のお考えがそういうものであるならば私の方に異存はありません。再び元帥杖を握らせていただきましょう。と言って、今更、オルラウらを呼び戻していただくわけには参らぬのでしょうね」
「はい、申し訳ございません。オルラウ提督はオーディーン攻略の最中にあり、元帥の旧艦隊司令部の面々も同道しております。さきほどはいかにも名誉職めいたお話をしましたが、実際にはかなり困難な実際的任務を果たしていただかなければなりません。現在、ウルヴァシーに派遣されている艦船は航路警備隊などからも接収した寄せ集め、同盟から接収した同盟の艦船も相当数含まれています。記念艦とする予定だったヤン・ウェンリーの旗艦のユリシーズも一時的に現役復帰させています。元帥の旗艦であったパーツィバルはオルラウ提督の旗艦になっておりますから、ユリシーズを当面の旗艦となさってはいかがでしょうか」
「それは政治的な効果からでしょうか。ヤン・ウェンリーを愚弄する気かとノイエラントの民衆の感情を逆撫ですることになりはしないでしょうか」
「ユリシーズは運のいい艦です。それに万が一、バーラトが軍を急速に再建して我々に対峙することになったとしても、ユリシーズが相手では一瞬であっても攻撃を躊躇うこともあり得ましょう。その間に鉄壁ミュラーならば防御陣を再構築できるはずです」
「まさか、そのようなことを、首席元帥閣下は本気でお考えですか」
 ミュラーはミッターマイヤーが冗談でも言っているのかと疑ったが、ミッターマイヤーは笑ってはいなかった。何が起こるかわからない、そういうこともあり得るとミッターマイヤーが真剣に考えていると知って、ミュラーは情勢の急転と悪化を肌身で知り、身が震える思いがした。
「ミュラー元帥。元帥には寄せ集めの艦船と将兵を鍛えなおして、防衛には使える程度には組織を作り直していただかなければなりません。非常に困難な任務と言えましょう。帝都にはもはや、退役なさったミュラー元帥とミュッケンベルガー元帥を除けば、私とケスラーしか元帥がおりません。メックリンガーとビッテンフェルトは暴動鎮圧に追われ、ワーレンは傷を負って、イゼルローンに籠っています。それに、アイゼナッハ。アイゼナッハは名ばかりの国葬を以て、遠いマリーンドルフ星系に埋葬するよりありませんでした。アイゼナッハの家族にはいまだ連絡さえつきません。私とケスラーは帝都を離れるわけにはいきません。今、リップシュタット戦役においてローエングラム侯の旗下に集った提督たちのうち、動けるのは元帥しかおりません。先帝陛下がご生涯をかけて成し遂げられた偉業を今ここで瓦解させてはなりません。多くの僚友たちが既に去りました。キルヒアイス、ケンプ、レンネンカンプ、ファーレンハイト、シュタインメッツ、ルッツ、ロイエンタール、オーベルシュタイン、そしてアイゼナッハ。彼らの思いも砂の城のごとく打ち捨てていいはずがありません。生き残った者として、やはり生き残ったミュラー元帥に心よりお願い申し上げます。どうぞ、ローエングラム王朝をお守りください」
「いかなる艱難辛苦であろうとも、このナイトハルト・ミュラー・フォン・グリューネワルト、全身全霊を賭けて力を尽くすことをお約束します。ただし一つだけ条件があります。呑んでいただけるでしょうか」
「条件とは?」
「妻を任地に同道させます。実は閣下と面談すると聞いておおよそこのような話かも知れないと言ったところ、当人が自分を連れて行かない限り反対すると言ってききません。早く子を産みたい、離れるなど論外だと。子をなすのはこの結婚の、帝国にとってはそもそもの目的でありましたので、一概に我儘と切り捨てることが出来ません」
「しかし大公妃殿下には皇帝陛下をご養育なされる重大な責務がおありのはず」
「それも申しました。できれば皇帝陛下も同道させたいがそれは無理であろうと言っていました。自分にしかできないことを優先して考えれば、今しばらく陛下の傍を離れるのもやむを得ないと考えたようです。国務尚書に外祖父として東翼に不在の間、お移りいただいて、実務については彼女の補佐役で秘書官のコンラート・フォン・モーデルを置いてゆくからそれに任せて不安はないと言っていました」
「しかし、超光速航行は母体には有害でしょう。今はその兆候がないとはいえ、ウルヴァシーやその途上、あるいはフェザーンにお帰りいただく際に妊娠なさっておられては何かと不都合がありましょう」
「母体と胎児を保護する特殊シールドを備えた最新鋭の艦船があります。工部省が研究していたのはご存知でしょう。あれの試作艦を使わせていただこうかと考えています」
「そこまでお考えとは、ミュラー元帥ご自身、同道させたいのですね」
「お許しください。子をなすのは皇族に課せられた責務であれば、いかなる時でもそれをないがしろにするわけにはいきません。これはこの立場にお立ちになられない限りあるいはご理解いただけないかも知れません。私も妻も、むろん人の親になりたいという願望はありますがそれはそれとして、皇帝陛下と国民に対して責務を果たさなければならないという思いは常に抱いております。それに妻を同道させれば、皇族の覚悟がより鮮明に伝わるのではないでしょうか。なにしろ彼女は先帝陛下の姉君なのですから」
「いえ、妃殿下ともどもご立派なお覚悟です。ではそのように取り計らいましょう」
「いたみいります」
 新帝国暦4年4月26日、ミュラーは一時的に現役復帰し、グリューネワルト大公妃アンネローゼともども、任地のウルヴァシーに向けて、フェザーンを後にした。鉄壁ミュラーの始動は、帝国軍将兵に深い安堵感を与え、膠着しつつあった情勢にあって、帝国の粘り強い攻勢を下支えすることになった。
 

銀河英雄伝説とジェンダー


 銀河英雄伝説はその前身となる短編小説は70年代に書かれ、本編は1982年から5年間に渡って刊行された作品です。同時代の背景としては、70年代末にイギリスでサッチャー政権が発足、新保守主義革命がはじまり、その流れを受けて81年に超大国アメリカでは対ソ強硬派のレーガン政権が成立しています。
 以後、85年にソ連においてゴルバチョフが共産党書記長に就任するまで、80年代の前半は「キューバ危機」以来、米ソ冷戦の対立関係が最も強まった時期であり、ソ連による大韓航空機爆破事件など、極東でもきな臭い動きが起きていました。
 ソ連自体が崩壊して20年が経過した今となっては、遠いお話ですが、銀河英雄伝説の舞台設定は明らかに当時の冷戦下の国際状況をなぞっています。
 それ以外の作品の小道具や市民生活なども、70年代末、80年代末の風俗をなぞっているように思われます。
 例えば携帯電話ですが、漫画「パーマン」では、携帯電話の役割を果たすバッジが秘密道具のひとつとして扱われています。スーパーヒーローが用いるギミック、当時の携帯電話はその程度の印象でした。
 自動車などに備え付ける移動式電話自体はありましたが、一部上場企業の社長の社用車などにのみ取り付けられているような、高価で特殊な機械でした。個人がアドレスを持って携帯を通して気軽に情報をやり取りするような現在のような状況は、銀河英雄伝説そのもの以上にSF的でした。
 銀英伝の民生は主に70年代末の状況をなぞっていますので、未来ではありますがそれは70年代末から見た未来であるわけです。携帯もないし、インターネットもない。超光速通信はあるのに、銀英伝ではインターネットを利用している描写はありません。
 銀英伝の中における女性の扱われ方についても、70年代的な限界が見てとれます。
 女性政治家や女性軍人を登場させている、特にカリンなど、実戦部隊に女性を配置しているのは当時としてはわりあい画期的な試みであっただろうと思います。アニメやライトノヴェルでは、今でもある程度はそうかもしれませんが、女性士官は登場しても、例えば艦橋でモニターの前に坐って、モニターが映し出す情報を大声で読み上げるだけというような、それって何の意味があるの?的な、チアガール的な役割しか果たさないことが多いのですが、銀英伝はそれよりは少しだけ先に進んでいます。
 しかし、ローエングラム陣営でもヤン・ウェンリー艦隊首脳部でも、女性はそれぞれひとりだけ、それもお定まりのように「ボスの情婦」であるわけです。
 サイボーグ009におけるフランソワーズと同じ立ち位置で、女性は扱われているわけで、キャゼルヌの事務処理能力、ポプランの撃墜王、シェーンコップの白兵戦能力、アッテンボローの艦隊運営能力と軽口、それらの個性と特徴と同じ意味において、フレデリカの「女」は扱われているわけです。「女」のキャラクターは同盟ではフレデリカ、帝国ではヒルダが担っているから、他にはキャラがかぶるから要らない、というわけです。
 誤解ないように言っておきますがこれは銀英伝批判ではありません。当時のフォーマットから銀英伝も完全に自由ではありえなかったという歴史的な指摘として言っています。
 現実の社会は、男女雇用機会均等法の改正は1985年のことで、その程度の紅一点扱いでさえなおSF的な状況でした。先進国でも、サッチャーはイギリスでは初めて女性首相になりましたが、保守党では彼女以外には女性議員はほんの数人という状況でしたし、アメリカでもいまだに女性が二大政党の大統領候補に指名されたこともありません。
 日本での状況は当時は政権党の自由民主党には女性の衆議院議員はひとりもいませんでした。女性衆議院議員が自民党に誕生するのは1993年、野田聖子さんが当選するまで待たなければなりませんでした。フィクションの銀英伝の方がまだ若干ではあっても先を行っていたとは言えるでしょう。
 銀英伝の設定で、気にかかるのは「超光速航行が妊婦の母体と胎児に悪影響をもたらす」という設定です。妊婦だとわかっている人が、じゃあ、宇宙旅行をとりやめましょうというのは良いとしても、妊娠初期などは女性自身にも自覚症状がないことが多いわけです。また、宇宙空間で妊娠することも十分にあり得ます。
 自然状況の設定ですから、ジェンダー的な意味がどうこういうつもりはないのですが、これはかなり大きな制約で、社会制度の根幹を揺るがしかねない設定であるわけです。単に「妊娠しているから宇宙旅行は取りやめ」で済む話ではなく、広範囲に大きな制約となっていなければなりません。緊急に移動しなければならない時でも、妊婦だから動かせないとか(たとえばエルファシルからの民間人脱出などで)戦略の根幹に関わってくる話だと思いますが、設定がある割にはそこまで重視されている風でもない。
 それはやはり政治や軍事という社会の中から、無意識にではあっても女性が排除されているから、排除されていた当時の日本の状況を反映していたからだと私は考えます。

2012-10-11

Struggles of the Empire 第6章 終わりなき夜に生まれつく(8)


 勝ってはならない戦争があったとすれば、自由惑星同盟にとっては第7次イゼルローン要塞攻略戦がそうであった。ヤン・ウェンリーの機略によって味方には一兵の損失も出さずに難攻不落を謳われたイゼルローン要塞を陥落せしめたことは、同盟市民をおおいに勝利の美酒に酔わせた。その酩酊のまま、同盟軍は帝国領に侵攻し、アムリッツァ星域会戦にてラインハルト・フォン・ローエングラムによって完膚なきまでに叩き潰された。その敗戦は自由惑星同盟の背骨を砕いた。
 侵攻軍3000万の将兵のうち、同盟領に無事帰れたのは1000万人に過ぎなかった。これにより、与党の主要政治家たちは軒並み失脚し、トリューニヒトの独裁が強化されていったのである。その後、救国軍事会議のクーデターによってさらに弱体化した同盟軍は、ヤン・ウェンリーの屹立した天才を以てしても、ラインハルト・フォン・ローエングラムの動きに翻弄されるのがやっとであった。
 その後の同盟政府と同盟軍の瓦解はアムリッツァの敗戦を原因とするならば、その結果に過ぎない。結果論から言えばヤン・ウェンリーほどの天才がいなければ、イゼルローンは陥落せず、アムリッツァの大敗もなく、結果的に自由惑星同盟は健在であったかも知れない。その逆説にはヤン・ウェンリー自身が何度も向き合わざるを得なかったものであるが、ラージ・セン、故国を離れているうちに故国喪失者となってしまった、今はエーリッヒ・ブラウンを名乗るその男も、ヤン・ウェンリーについてはそのような評価を下していた。
 先を見通す能力はあったのかも知れないが、そのために時には非道をなしてさえ、行く道を整える意思がヤン・ウェンリーには欠落していた。政治的に無能だとまではブラウンはヤン・ウェンリーのことを見てはいなかったが、分かっていてもやることをしないならば無能なのと同じであった。
 俺はヤンのようにはならない、それがブラウンの決意であり、自負であった。
 帝国領に組み入れられたのと同時に瓦解した同盟軍とは違って、どのような国家になろうとも警察は必要であり、軍と違って警察は旧帝国領から駐屯させるわけにはいかなかった。同盟警察は要員も組織もほぼそのまま、帝国警察へと横滑りをしたのであった。むろん、それをよしとせずに辞職をした者も多かったし、パージされた者たちも多かった。組織の中に残った者たちの中にも面従腹背の者はいて、同盟憲章からすれば犯罪者に他ならない皇帝ラインハルトにいつか司直の裁きを与えんと臥薪嘗胆を期していた。
 その同盟警察の公安関係者が中心になって、法的に正しい姿、すなわち自由惑星同盟の復活を画策する秘密結社が結成された。同盟警察が同盟警察という以上の名がないのと同様に、その結社には同盟警察以上の名はなかった。本来あるべき姿、同盟が復活すればその結社はただ警察と呼ばれるだけのことであったからである。
 ブラウンはこの秘密結社としての同盟警察の創始者のひとりであり、幹部であった。彼はオーディーンの地にあって、同盟のためにオーディーンに動乱を起こさせるべく同盟滅亡直後から画策していたのであった。
 そして、オーディーンの動乱に呼応して、まずは惑星エル・ファシルで反帝国の大規模デモが発生した。それに呼応して、シヴァ星系、ジャムシード星系、マルアデッタ星系と次々に、デモは広がっていった。
「減税によって経済的利益を与え、それによって同盟市民の静寂を買う」
 と言う摂政皇太后の政策はひとまずは成功していた。しかしそれによって、虎が牙を抜かれたわけではなかった。もともと同盟市民はイデオロギーによって行動を決する人が多く、一時的な平穏と個人的利益のために、しばらくは口をつぐんでいたとしても魂までは売ったわけではなかった。
 シヴァ星系やタッシリ星系では、帝国軍はデモが暴徒化することを恐れ、その司令部は宇宙空間に脱出している。それはオーディーンの状況と同じであった。むろん、この状況を出現させるために、同盟警察が暗躍したのは言うまでもなかった。本来、取り締まる側の警察に、怠業や虚偽の報告が多く見られたため、軍と警察の連携は各地で破綻し、軍は撤退に次ぐ撤退を重ねた。
 新帝国暦4年4月の半ばには、騒乱は瞬く間にノイエラント全域に広がり、アルターラントとノイエラント、双方ともに炎熱の日々を迎えようとしていた。
 ノイエラントのどの星系でも、ハイネセンポリスにおいても、もはや公然と市民たちが「同盟の復活、民主主義の擁護、専制政治支配の打倒」のシュプレヒコールを声高に言って、街頭を占拠する中、バーラト自治政府は動かなかった。
 人々はヤン・ウェンリーの嫡子であるバーラト自治政府にこそ、声を上げて欲しいと願ったが、フレデリカは何も聞いておらず、何も見ていないかのように黙々と日々の政務にのみ集中した。
 野党指導者ソーンダイクは国会においても、「今こそ民衆の声に応えるべきである」とフレデリカに対して訴えたが、「冒険主義は国家のためにはならないことを私たちはアムリッツァの経験から教えられたはずです」とフレデリカは短く答えたにとどまった。
 全土を軍政下に置くことが可能になる緊急事態宣言の発動を、内務尚書や軍務尚書から迫られ、皇太后ヒルダもまた踏みとどまってそれに抵抗していた。
 ミッターマイヤー帝国軍総司令官は独断で発令できる最上級警戒行動命令を全軍に発動し、ビッテンフェルト宇宙艦隊司令長官に対して、旗下の全艦隊を率いてノイエラント最深部の、リオヴェルデにまで進発するように命じた。
 相手が子供だと思えばこそ横綱相撲をとっていた帝国軍であったが、その余裕が無くなれば、暴力装置としての剥き出しの姿をあらわにするかも知れなかった。少なくともその狂気の片鱗を見せつけることが今は重要であるとミッターマイヤーは理解していた。
「ルドルフの汚名を誰かが着なければならないならば俺が着よう。銀河の統一は守らなければならず、ローエングラム王朝は打倒されてはならない。それが結局は正義にかなうことである」
 早くオーディーンを落としてくれ、と祈るような気持ちでミッターマイヤーはメックリンガーに対して心のうちでつぶやいていた。オーディーンの帝国同胞団の抵抗は意外にしぶとく、メックリンガーは着々と重要拠点を落としてはいたが、その進行速度は予想よりは遅かった。
 帝国軍の展開と補給戦がアルターラントとノイエラントの端に伸びきったこの時に、更なる負荷が加えられればローエングラム王朝は一気に崩壊してしまうかも知れなかった。
 その頃、ユリアン・ミンツは妻のカリンとともにようやくイゼルローンに到着し、友であるワーレンを見舞おうとしていた。

2012-10-10

Struggles of the Empire 第6章 終わりなき夜に生まれつく(7)


 ゴールデンバウム王朝銀河帝国軍大本営、旧軍務省、ゾンネンフェルス提督の執務室からはじけるようにして出てきたポプランは、廊下を歩くエーリッヒ・ブラウンを見つけると、いきなりその胸倉をつかんだ。
「おい、あれは貴様の仕業か!」
 ブラウンの「副官」たちがポプランを離そうとしたが、今は陸戦遊撃隊を率いるポプラン“上級大将”は彼らなど簡単に蹴とばした。
「何の真似だ。事と次第では軍法会議ものだぞ」
「やかましい!ワーレンの息子を殺したのは貴様かと聞いている!」
 その瞬間、ブラウン“上級大将”は身を翻し、ポプランは腕を逆向きに抑えられた。
「うぐぅあああっ!」
「そうわめきたてるな。ひねっただけだ。捻挫にはなるだろうが、骨は折れておらん。卿には陸戦遊撃隊を率いてまだ働いてもらわんといかんのでな」
 オリビエ・ポプランは遊撃王ではあるが、同時に白兵戦の訓練も相当に積んでおり、薔薇の騎士(ローゼンリッター)連隊と行動を共にして遜色がなかった男である。言わば、マーシャルアーツのプロであり、物理的な肉弾戦でそう簡単に後れを取るはずがなかった。
「…貴様、いったい何者だ」
 エーリッヒ・ブラウンは帝国軍においては補給畑でキャリアを積んでいて、その経歴どおりの男ならば、本来、戦闘のプロフェッショナルであるポプランを組み伏せられるはずがなかった。
「それを聞いてどうする。聞いてしまったらお互い、後には戻れんぞ。もっとも、卿にはいずれいやがうえにも聞いてもらうことになるがな」
「ワーレンを殺そうとしたのは貴様だな」
「イゼルローン総督は帝国の統一政策を象徴する存在。これを殺害しようというのは当然だと思うが」
「罪もない子供も道連れにしてか」
「ポプラン上級大将。我々は伊達や酔狂で革命ごっこをしているわけではないのだ。オーディーンを包囲されている今、我々の腕が容易に包囲をくぐりぬけられることを示したまでのこと」
「テロでは歴史は変えられんぞ」
「ヤン・ウェンリーの受け売りか?ヤン・ウェンリーの死によってエル・ファシル革命政府は瓦解し、軍人主体の軍事政権であるイゼルローン共和政府に移行した。テロによってシヴィリアンコントロールの民主主義政府が打倒された一例さ。ヤン・ウェンリーは用兵家としては天才だったが歴史家としては三流だ。テロによって歴史が覆った例などいくらでもある」
「ヤン提督を愚弄する気かっ」
「なるほど、卿の忠誠は未だにヤン・ウェンリーのみに対してあるというわけか。それでよい。卿の内面を買おうとは思わぬ。私が欲しいのは卿の能力と、それと名前だ。ヤン・ウェンリーの股肱である卿がここにいるということ」
 ブラウンは副官たちに手を振って、副官たち自身を含めて人払いをさせた。
 ブラウンは腰をおとして、ポプランの耳にささやいた。
「卿がここで名目は何であれ、ローエングラム王朝に対して戦いを続けている、そのことが重要なのだ。その姿を見せることで必ずや、ノイエラントの人々を鼓舞することになる。いや、私が必ずそうさせる」
「…ノイエラント?ノイエラントが帝国同胞団にとって何の関わりがある。ハイネセンと連絡を取って二正面作戦をとるつもりか。ヤン夫人はそう簡単に話にはのらんぞ。卿がノイエラントに手を突っ込めば、それだけフェザーンも追いつめられ妥協の余地がなくなる。どうするつもりだ。適当なところで妥協し、皇太后を交渉のテーブルに引きずり出すのがオーディーンのためではないのか」
「オーディーンのため?そんなものはどうでもいい。時代の変化についていけないことを他人のせいにする愚かな連中の巣窟ではないか、ここは。我が目的はただひとつ、自由惑星同盟の復活のみ」
「…あんたは…」
「知ったからには協力してもらうぞ。同じ祖国の旗を仰ぐ者として。同盟の民衆が徹底抗戦に転じれば、畢竟、アルターラントでさえ抑えきれていないローエングラム王朝に同盟全土での反乱に抗しきれる体力はない。アムリッツァで帝国が同盟軍に対して行った焦土作戦を攻守を替えて行うのだ。ハイネセンを落とせばそれで終わりというようなゲームではないようにすればいいのだ。自由惑星同盟は滅びぬ。民主主義が専制政治に敗れることなどあってはならんのだ」
「ワーレンを襲ったのも、同盟の残党か?」
「残党とは嫌な言い方だ。政府は帝国に屈し、軍は瓦解したが、それが同盟のすべてではない」
「軍ではないとすれば、同盟警察か!?」
「さあ、そこはさすがに明言しかねるな。卿は知らんでもいいことだ。ともあれ祖国のために働いてもらうぞ、ポプラン“中佐”。それはともかく、ご婦人が卿をお待ちのようだ。クロジンデ、そこにいるのだろう」
 廊下の先、物陰からクロジンデが姿を現した。
「ブラウン上級大将閣下、ポプラン上級大将に何か落ち度でもありましたか。態度は悪い人ですが、性根はまっすぐな人です。どうか、許してやってください」
「いや、なに、男というのはどうも野蛮でな、時々は拳で語り合うこともある。ポプラン上級大将も分かってくれた。何のわだかまりもない。では、ポプラン上級大将、先刻の話、くれぐれもよく考えてくれたまえ」
 そう言って、ブラウンはその場を立ち去った。
 クロジンデはポプランに駆け寄り、背中を支えて上体を起こさせた。
「ブラウン閣下は恐ろしい人よ。あの人には逆らわないで」
「ふん、恐怖で抑えつけている大義など、たかが知れている。クロジンデ、こんなことが君が本当に望んだことなのか。ブラウンはテロを引き起こそうとしている。今後ますます、テロの犠牲者が増えるぞ」
「それでも、状況を変えるにはこうするしかないのかも知れないわ」
「あいつは君を利用しているだけだ。ゾンネンフェルス提督さえも、利用しているに過ぎん。帝国の民衆のことなど全く考えていないんだ」
「あの人に何を言われたの?」
「…それは言えない。すまない。俺にも守らないといけないものがある。けれども分かってくれ、クロジンデ。君の手が血で汚れる前に、こんなことはもう終わりにしなくちゃいけない」
「終わりにして、それで人々は救われるの?」
「ローエングラム王朝の連中は腐った連中ではない。俺にとっても長らく敵だったが、だからこそそれだけは分かる。民衆の怒り、不満があることをもう十分に見せつけた。必ずや皇太后は善処しようとするはずだ。彼女の傍には俺の友人がいる。その男は、間違ってもローエングラム王朝が復讐や弾圧に走らぬよう、全力を挙げて説得してくれるはずだ」
「あなたの言う通りかもしれない。そうではないかも知れない。私には分からないわ。暴力に走らぬように全力を尽くしたけれども、それでも略奪や報復をすべては抑えきれなかった。もう、私の手は血で汚れてしまっているのよ。もし、この試みが暴力の方向に走ってしまうのだとしたら、私は内部にあってそれを出来る限り食い止めないといけないわ。これは私の責任よ。
 あなたは私のためにここにいてくれただけなのだから、もうこれ以上付き合う必要はないわ。今となっては、オーディーンを出ればあなたも拘束されてしまうかもしれないけれど、脅されてやむをえず加担しただけと言えばいいわ。私もそれに呼応するような声明を出すわ。あなたは帝国の人ではないのだし…」
 クロジンデの台詞を唇で以て、ポプランは封じた。
「まだ、俺のこと、君の世界とは関係がない男というのか?」
「この濁った世界とは関係がない人であって欲しいわ。私はむしろ、あなたの世界に生きたい」
「行こう。行けないなんてことあるはずがないさ」
「そんなことはもう許されないのよ。分かって」
 クロジンデは立ち上がり、ゾンネンフェルス提督の執務室に向かって歩き出した。
「何をするつもりだ、クロジンデ」
「ブラウン上級大将がテロを拡大しようとしているならばそれを止めなくてはいけないわ。ゾンネンフェルス提督ならば分かってくださるはず」
 クロジンデはそのまま、ゾンネンフェルス提督の執務室のドアをノックした。

2012-10-09

Struggles of the Empire 第6章 終わりなき夜に生まれつく(6)


 アウグスト・ザムエル・ワーレンが目覚めた時、彼は軍病院のベッドの上にいた。体の節々が痛かった。首をあげることもままならず、両腕両足を、確かめるようにしてゆっくりと動かした。左腕の義手は破損しているのか、感覚がない。しかし右腕と右足にも感覚は無かった。
 ワーレンは呻いた。それに気づいた傍らにいたハウフ大佐はかけていた椅子からはねあがるようにして立ち上がり、上官に敬礼をしたが、首も動かせないワーレンにはその姿勢は見えなかった。しかし長年の付き合いゆえか、それがハウフ大佐であると認知したワーレンはしゃわがれた声でまず問うた。
「ハウフか。俺の体はどうなっている?」
「各部、破損が見られますが内臓には異常はありません」
「外面には異常はあるということか」
「はっ。止むを得ざる外科的措置として、閣下の右腕と右足は切断せざるを得ませんでした」
「義手がもう一つと義足が必要になるな。何が起きた?簡単に報告せよ」
「18時59分、閣下がいらした飲食店にて、爆弾テロ事件が発生しました。現場からはプラスチック爆弾の残骸が発見されております。犯人等は不明、現在捜索中です」
「被害状況は?」
「該当建造物の破損、死者45名、負傷者は閣下を含めて62名に及んでいます」
「現在指揮は誰が採っている?」
「非常時規範にのっとり、軍関係の職責についてはライブル大将閣下が指揮権を代行なさっておられます。現場の指揮はビュルメリンク大将閣下がおとりになられています。行政関係の職についてはそれぞれ副総督が職務を代行なさっておられます」
「…倅はどうなった?」
 その問いにハウフは言いよどんだ。ハウフが返答できないことで、ワーレンはすべてを悟った。
「せめて、苦しまずに死ねたのか」
「即死でいらっしゃいました」
「…そうか」
 このような時にも、ワーレンはただ軍人であろうとした。そうでなければならないと思った。しかし無理だった。ワーレンの両眼からはこらえきれずに涙があふれ出し、嗚咽がひしゃげた喉から漏れた。
「…ハウフ大佐、車椅子に乗りたい。手伝ってくれんか」
「いけません、閣下、お命には別条はないとはいえ、絶対安静には違いはありません。どうぞご無理はなされませぬように」
「済まない、ただ今だけはわがままを言わせてくれ。帝国元帥としては無謀な真似は慎むべきなのは重々承知している。しかし父親としては、亡きがらとは言え倅に一目だけでも会いたいのだ。それを済ませたらもう無理は言わない。今だけは、ただあの子の父親でいさせてくれんか」
「…閣下。実を申し上げればご子息のご遺体の損傷は激しく、ご遺体というようなひとかたまりでは発見はされませんでした。かたまりとしては胸部が残されていたのみで、それ以外は肉片となり飛び散り、原型をとどめておりません。現場の検証官が言うには、爆発の瞬間、ご子息は身を挺して閣下をお守りしようとなさったらしいとのこと、重症ではありますが閣下がご無事であったのはそれゆえだとのことです。その分、ご子息のご遺体の損傷は激しく、そのようなお姿をご覧になっては、閣下のご回復に障りとなりましょう」
「どのような姿でも倅は倅だ。会えぬ方がよほど辛い。卿にも子はおろう。この気持ちは分かってくれるはずだ」
「…わかりました。くれぐれも、無理はなさらぬように。またご自分をお責めになられぬよう」
 霊安室には数室が用いられていたが、トーマス・ワーレンの遺体の損傷は特に激しく、他の遺族が目にすれば衝撃が甚だしいので単独で部屋を占拠していた。
 中に置かれた遺体は確かに事前にハウフ大佐が説明していた通りの状況であり、ワーレンは故障した左腕の義手を伸ばして、息子の胸をさすった。血肉に汚れた上着の胸ポケットの中から、ヤン・ウェンリーの遺品の万年筆が出てきた。それだけは不思議と何の損傷も受けていなかった。それを見て、ワーレンはふたたび大粒の涙をぼろぼろとこぼし、万年筆をそっともとの胸ポケットに戻した。
「トーマス、なぜ俺を助けようとした。俺は千回死んだとしても、おまえに生きていて欲しかった!」
 ワーレンはトーマスの血肉で全身ちまみれになりまがら、その遺体にしがみつき、慟哭の叫びをあげた。朝が来て、空が白んでも、すすり泣く声は止むことがなかった。
 永遠の夜に生まれついたかのように、ワーレンの慟哭は低く、長く、止むことはなかった。

 ワーレンの負傷と、その子息の死は、むろんフェザーンにおいても深刻な衝撃を与えた。ヒルダやミッターマイヤーは超光速通信を通して、ワーレンに面談を求めたが、対応したライブル大将は、ワーレンが肉体的にも精神的にもいまだ面談に応じられる状況ではないと説明した。
 ヒルダの執務室にはマリーンドルフ国務尚書、エルスハイマー内務尚書、ミッターマイヤー総司令官、ケスラー憲兵総監、フェルナー軍務尚書、そしてヴェストパーレ男爵夫人が集って、ライブルの報告を聞いていた。
「ワーレン元帥閣下は軍籍を含むあらゆる官職から辞職なされるご意向を漏らしておられます。むろん、今は気弱になってのことでしょうから、お聞き流しください。しかし閣下が蒙った打撃がいかに大きなものであるのか、どうぞ軽くお考えにならないでください」
「分かりました。当面の代行をよろしくお願いします」
 ヒルダがそう言うと、ライブルは最敬礼をして、通信を終えた。
「ワーレンが気を奮い立たせてくれればよいが。子を失くすというのはあれほどの男にしてひどくこたえるのだな」
 ケスラーが悪気はなくともそう言えたのは、いまだ人の親ではなかったからだろう。人の親であるマリーンドルフ伯、ヒルダ、ミッターマイヤーはワーレンの胸中を思い、他人事ながらわが身を切られるような思いを噛みしめていた。
「ワーレン元帥閣下はこのまま立ち直れんかも知れませんな」
 水のような冷徹さでフェルナーが言った。その冷徹さがあればこそ、軍務尚書に引き上げたのだが、今はフェルナーの冷徹さがミッターマイヤーには辛かった。
「そうなったとしてもワーレンを責めることは誰にも出来んさ。テロの横行を許したのは我々、帝国軍、帝国政府の落ち度、このようなことを二度と起こしてはならん」
「つい先刻、帝国同胞団、彼らの言い方では銀河帝国正統政府ですが、彼らが犯行声明を出しました。オーディーンの包囲を解かぬ限り、要人を順繰りに殺傷してゆくそうです」
 ケスラーが言った。
「内務省としては詫びを申し上げるべきでしょうな。正直に申しまして、警察では帝国同胞団がイゼルローンにまで勢力を及ぼしていることをまったく関知していませんでした。犯行声明を彼らが出さなければ、犯人の推測さえ容易ではなかったでしょう」
 エルスハイマーは頭を下げた。
「実を言うと憲兵隊にも十分な情報がない。帝国同胞団については徹底的に調査しているが、その下部組織のようなものがアルターラントの最深部以外に伸びているとはまったく掴めていない。実は帝国同胞団の犯行声明にしても事に乗じてのフェイクではないかと疑っているくらいだ」
 ケスラーはエルスハイマーを慰めるかのように言ったが、内容自体はとても慰めにはならぬものであった。
「メックリンガーに指示して作戦の進行を急がせよう。ともあれ、オーディーンを早々に鎮圧すれば、帝国同胞団が何者であれ、その脅威は粉砕できるのだからな」
「ミッターマイヤー元帥。事を急いでくれぐれも民衆に危害を加えるようなことがないよう重々ご注意ください。虐殺者の汚名をきれば統治そのものの根幹が揺らぎますから」
「国務尚書、ご懸念は重々理解しております。メックリンガーのことですからそのあたりのことは十分に配慮してくれるはずです」
 マリーンドルフ伯とミッターマイヤーの両名を制するようにして、ケスラーが口を開いた。
「お待ちください。今回の事件は非常に示唆に富んでいるように小官には思えます。内務省と憲兵隊が尽力してテロ組織の尻尾も掴んでいないというのはいかにも不自然、これは帝国同胞団があるいは一枚岩ではないのかも知れません。バルツァー伯爵家には独自の諜報組織があります。それを介してのテロということも考えられますし、あるいは」
「あるいは?」
 ヒルダはケスラーを見据えて発言を促した。
「バーラト自治政府がこれに噛んでいるのかも知れません。彼らならば、イゼルローンの細かい部分まで熟知しておりますし、工作員を派遣することは容易でしょう。オーディーンとハイネセンの間に何らかの連携があるならば、今回のことも可能であっただろうと思われます」
「それはさすがに疑いが過ぎるというのではありませんか」
 ヴェストパーレ男爵夫人が口を挟んだ。
「万が一、彼らが私たちに刃を向けるとしても、ワーレン元帥をいのいちばんに標的にするかしら。ワーレン元帥はユリアン・ミンツやヤン夫人のご友人、いわば政権内における彼らの代弁者となり得る人。グリューネワルト大公殿下ミュラー元帥が退役してからはますますワーレン元帥の重要性は彼らにとっては強まっているはず。ワーレン元帥まで退役するようなことになれば彼らにとっては大打撃でしょう。もし私がヤン夫人なら、狙うならまっさきにあなた、ケスラー元帥を狙いますわ」
 それもまた道理であったが、ケスラーには今一つのみこみ難い疑惑が残った。
「バーラト自治政府と言えば、今朝方、ユリアン・ミンツからイゼルローンに弔問に赴きたいとの伝達がありました。帝国軍と政府からも人を送るので、弔問使節団の中に彼を加えることにしました」
 ヒルダがそう述べた。
「さすがにユリアン・ミンツが関与しているならばワーレン元帥のお顔を見にのこのこ弔問に行けるほど厚顔無恥ではないと思うのですがいかがでしょうか」
 ヒルダはそう言って、ケスラーは見た。ケスラーは黙って頷いたが、心のうちではなお、疑念を消しきれなかった。
(なるほど、ユリアン・ミンツはそこまで厚顔無恥ではなかろう。しかし、バーラトの連中が彼らなりの大義を実行する路線にかじを切ったのだとしたら)
 これほどの疑念を抱かなければならない憲兵総監という立場に、ケスラーは嫌気を感じるのであった。

2012-10-08

Struggles of the Empire 第6章 終わりなき夜に生まれつく(5)


 激増する物流と人の流れに対応するために、イゼルローンでは要塞に隣接して、専門の民間宇宙港用人工天体が建設されていた。軍事施設ではないので流体金属には覆われておらず、白亜の外面がイゼルローンの照り返しを受けて、宇宙空間にくっきりとした輪郭を描き出していた。ヴァイスブルク(白い城)と何の工夫もなく命名されたその天体は、建設はまだ半ばが出来たに過ぎなかったが、すでに運用が開始されており、民間宇宙港と物流センターからは頻繁に宇宙船が離発着していた。
 イゼルローン要塞からその動きを眺めつつ、ワーレンは遠からずヴァイスブルクと同規模の人工天体をもうひとつかふたつは建造しなければならないだろうと考えていた。それほどイゼルローンの交通は加速度的に増大しつつあった。
 この時、ワーレンが帯びていた印綬は、主なものだけでも次のようなものであった。
 イゼルローン要塞司令官、イゼルローン駐留軍司令官、イゼルローン方面軍司令官、イゼルローン総督、付随諸星系総督であり、付随諸星系にはティアマト、アムリッツァ、ヴァンフリートが含まれていた。一般にはそれらの地位を代表して、イゼルローン総督の名でワーレンは呼ばれていた。
 イゼルローンにいれば今日は昨日とは違う一日であることを日々実感できた。アルターラント側に属するアムリッツァでさえ、経済成長率は2割を越えていて、アルターラント全体の荒廃と衰退とは無縁であった。加熱する経済に応じて労働力不足が深刻化していて、アルターラント全域で求人をかけていたのだが、アルターラントの、特に農民は保守的であり、移動したとしてもオーディーンまで、自由主義経済の先端を行くイゼルローンは恐ろしいと頭から決め込んでいて、需要を満たすまでには至っていなかった。
 軍人のリストラについても、ワーレンは配下のリストラされた軍人たちの多くを政府や軍が一部出資する半官企業に転出させており、実際的なリストラを最低限に抑えていた。他の艦隊からのリストラされた軍人をもそういう形で引き受けようとしたのだが、軍人の多くは官を退くことにまず拒否反応を示し、海のものとも山のものともしれぬ企業で働くくらいなら少ない恩給で生活することを選ぶのであった。ワーレン旗下の軍人にしても実際にイゼルローンの驚異の発展ぶりを目の当たりにしていなければ、おそらく同様の反応を示していたに違いない。
 アルターラントの経済的苦境や軍人のリストラの問題は財政や経済の問題であると同時に、心理的な問題であるとワーレンは見ていた。過去に所属していた共同体から切り離されたこと、追い出されたことが流浪の人々の誇りを打ち砕いたのである。人はパンのみに生きるのではない。誇りを持って生きるから人は人でいられるのだ。
 パンのためだけを言うのであれば、すべてではないにせよ、アルターラントの流民たちは居を移して、仕事がある地域で新生活を始められるはずだった。しかしそうはしていないし、そうもなっていない。いずれ放っておけば嫌でも彼らは生きていくために移動を強いられるだろうが、そうなる前に反乱を起こしたのであった。
「トーマスをこちらに呼んでおいてよかった」
 ワーレンは執務室の机の上に飾ってある一人息子の写真を眺めてそう思った。オーディーンの治安の悪化に伴って、オーディーンからは財を持つ者たちのうち目先が利く者が続々と退避していた。きくところによればミュッケンベルガー元帥もオーディーンを後にしたと言うが、勘所のいい老人であったから、内乱の匂いを事前に感じ取ったのかも知れなかった。
 もし、銀河の統一があと20年持つならば、今は過熱している先端に過ぎないイゼルローンの、その活況がやがては銀河系全体に波及するであろう。そうなれば経済も科学技術も、人類文明のあらゆるものが幾何級数的に飛躍するはずである。その時になってカイザー・ラインハルトの先見の明は証明されるはずであったが、その過程において誇りを打ち砕かれる人がこうも多くては路線はいずれ変更を強いられるかも知れなかった。
 その時、ワーレンはどのような立場を選ぶべきなのか。ワーレンはそれを考えていた。
 イゼルローン総督としては銀河系の統一の利益を代表する立場にあり、帝国同胞団が主張するような鎖国政策は到底受け入れられない。もしそれが実現してしまえばイゼルローンの繁栄も泡と消えるだろう。ワーレンは帝国の重鎮ではあったが、まずはイゼルローン総督としてこの宙域の人々に対して責任があった。
「断固として反動には反対するまでだ」
 ワーレンはそう決意した。一時的に、場合によってはそれが圧力に譲歩せざるを得なくなった皇太后ヒルダと対立することを招いたとしても、ヒルダの心中は統一の保持にあるはずである。それを踏まえるならば、妥協に反対することが結局はヒルダの思いに寄り添うことになるはずだった。
 その晩、ワーレンは息子のトーマスを呼び出して、民間街区でこのところ評判のレストランに赴いて父子でディナーをとった。父子で話すことがあったから、ワーレンの両親は出席せずに、孫を送り出した。イゼルローンの民間街区には150万人が居住しており、その数はおそらくここ数年で倍々に増える予想であった。
「おまえこんなところにまでそれを持ってきているのか。それは大事なものなのだから、持ち歩いて失くすようなことがあってはいかんぞ」
 トーマスの胸ポケットに挟まれた万年筆に目を止めて、ワーレンは軽く叱った。
「大事なものだからいつも持ち歩いているんだよ。父さんがヤン提督の奥さんからいただいたものだもの、どこかに置いておくなんてできないよ」
 その万年筆はヤン・ウェンリーの遺品であり、ワーレンがヤンを崇拝する息子のために、フレデリカから貰ったものだった。帝国軍元帥の息子が、自由惑星同盟随一の名将を尊敬する。そんなことが可能なのも、銀河が統一したからであろう。この偏見も憎悪もない、素直に物事を見る我が息子の眼差しを守るためにも、ワーレンは帝国と同盟が数百年に及んで戦い抜いた過去に時代を戻らせるわけにはいかなった。
「そろそろ進路を決めないといけない頃だが、何か考えがあるのか」
「士官学校に入ろうと思うんだよ。本当は、幼年学校に入りたかったんだけど、家におじいちゃんとおばあちゃんだけを残すわけにはいかなかったし、幼年学校はよしといたんだ。今は、父さんと同居しているから、僕がいなくなっても平気でしょ」
「おまえ、それは逆だろう。おじいちゃんとおばあちゃんがおまえの面倒を見ていたんであって、おまえがふたりの面倒をみていたわけじゃないだろう。それに士官学校に入るのには賛成できないな」
「父さん、僕がずっと軍人になりたかったのは知っているでしょ?自分だって軍人になったくせに、僕がなるのは反対するなんて、筋が通らないよ」
「おじいちゃんとおばあちゃんだって、俺が軍人になった時には反対したんだ。今はあのふたりの気持ちもわかる。おまえも親になってみればわかるさ。軍人はつまるところ人を殺すのが仕事だ。死ぬ確率も高い。そんな仕事に子供がつくのを望む親はいないさ」
「それでも父さんは軍人になったんでしょう?だったら僕の気持ちもわかると思うけど」
「トーマス。おまえは軍人の家庭に育ったから、軍人になるのが自然なことのように思えるのかも知れんが、世の中には他にももっと有意義な仕事はある。おまえが尊敬するヤン・ウェンリーだって、元々は軍人志望ではなかったじゃないか。ユリアン・ミンツも必要が無くなれば軍籍を退いて、今は第二の人生を歩んでいる。おまえにはもっと広く社会を見て欲しい。そして平和な世の中で幸せな結婚をして欲しい」
「ふうん。もし父さんが反対するなら、僕は奨学金で学費を払わないといけなくなるけど、あれって成績トップをずっと維持しないといけなくて、大変なんだよね。きっと勉強のし過ぎで体を壊すと思うよ。そうなってもいいと父さんが言うなら、僕には他には選択肢はないんだけど」
「士官学校には行かなければいいじゃないか。イゼルローンの学校に進んで、大人になるまで俺のそばにいろ。俺とおまえでは置かれた境遇が違う。俺は帝国元帥で、おまえはその息子だ。俺が士官学校に入ったときには何のうしろだてもない一介の平民に過ぎなかった。しかしどちらが大変かと言えばおまえのほうがきっと大変だろう。頑張れば頑張ったで元帥の息子なら当たり前だと言われるだろうし、そうでなければワーレン元帥の面汚しだと罵られるだろう。おまえに取り入ろう、利用しようとする者も出てくるだろうし、逆におまえに必要以上に辛くあたる者も出てくるだろう。何もわざわざそんな苦労をする必要はない」
「父さん、僕は生まれてからずっとワーレン提督の息子なんだよ。いちいち言わなかったけれど、そのせいでちやほやされることもあれば嫌がらせをされることだってあったよ。もう慣れっこなんだよそんなことは。分かったうえで、僕は軍人になりたいんだ。もちろん父さんの名前を利用するなんてことはしない。トップは無理かも知れないけれど、父さんの面汚しにはならないくらいには頑張るよ。元帥はたぶん無理だろうけど、退役するまでには将官くらいにはなるつもりだし。父さん、ごめんね。僕のためを思って言ってくれているのは分かるし、それはすごく嬉しいんだ。でももうこれは決めてしまったことなんだ。父さんに出来るのは、僕を応援して学費を出してくれるか、あくまで反対して学費も出さないで僕に無理をさせるかのどちらかなんだよ」
「おまえは頑固だな。誰に似たんだか。おまえの母さんもそこそこ頑固だったが」
「父さんに似たんじゃないよね。父さんは頑固じゃないから折れて、結局は認めてくれるでしょ」
 息子の巧みな誘導に、ワーレンはため息をついた。
「まったく、その悪知恵は母さん譲りだな。彼女はいつも思い通りに俺を翻弄して、結局、自分の思うとおりに事を運んだものさ。奨学金をとることは許さん。あれは困窮した家庭の子弟のための制度だ。帝国元帥のように十分に俸給を得ている者の子弟が利用してはならん」
「うんうん、父さんが学費を出してくれるならそれが一番だよ。父さん、帝国元帥以外にもイゼルローン総督やら何やらのお給料も貰ってるんだもんね、そりゃお金持ちは自分の息子の学費くらいは支払うべきだよ」
「口の減らない奴だ。おまえが軍に入れば、帝国元帥として俺は必要以上におまえにつらくあたらなければならん。他の者には言わなくてもいい叱責をおまえに対しては100も200もねちねちと言わなければならん。そこまでしてようやく世間は納得してくれるものだ。そのことは分かっているんだろうな」
「うん分かっているよ。鬼軍曹殿、よろしくお願いします」
「まったく分かっておらんよ、おまえは。父親にそんなことをさせるなんて、大した親不孝者だと思わんか。おまえが分かっておらんのは、俺がお前を愛しているということだ。そのせいでおまえを軍人にするのも、おまえに場合によっては厳しくせんといかんのもひどくつらい」
「ごめんなさい、父さん。僕も父さんのこと大好きだよ」
「ヤン・ウェンリーよりもか?」
 その言いぐさにトーマスは思わず爆笑した。対して、ワーレンは苦い顔を浮かべた。
「まったく、帝国軍の提督でありながら、息子が敵軍の将をより高く評価しているなんて、俺がどれだけ情けない思いをしているか…」
「ごめんなさい、父さん。おかしくて。笑ってしまってごめんね。父さんは父さんさ。父さんはヤン提督よりもずっといい仕事をしているよ。イゼルローンの人たちの表情はみんな明るいでしょ。でもね、父さん。父さんがもし全然駄目な親父でも僕は世界で一番父さんのことが好きだよ」
「…そんなことを言って、将来、嫁さんが出来たら、どうせその子にも世界で一番愛しているとかなんとか言うんだろう?」
「父さん、僕の未来のお嫁さんにまで嫉妬するのはやめてくれないかなあ、さすがにひくよ?どんだけ親馬鹿なんだか」
「ふん。おまえも親になれば分かるさ」
 そう言って、ワーレンは給仕されたステーキにナイフを入れた。

2012-10-07

Struggles of the Empire 第6章 終わりなき夜に生まれつく(4)


 惑星オーディーンの地表部分はほぼ、反乱軍に制圧された形になり、正規軍は点のいくつかを保持しているに過ぎなかった。ゴールデンバウム王朝時代には、銀河帝国の軍工廠の8割が惑星オーディーンに集中していた。これは他星系の反乱が起こった際に、兵器の製造能力がそのまま反乱軍の手に落ちることを防ぐためであった。
 ローエングラム王朝にあっても、軍工廠の多くは移転しておらず、兵器に関してのみは、アルターラントの水準は高かったこともあって、軍工廠の7割が依然としてオーディーンに集中していた。そのオーディーン自体が反乱軍の手中に落ちたということは、帝国軍には補給がままならず、反乱軍は時間がたてばたつほど戦備を充実させてゆくことを意味していた。
 もっとも当面のところ制宙権は帝国軍が完全に抑えていたので、いざとなれば人質や民衆もろとも空爆でふきとばして更地にすれば済む話ではあった。但し、それをすれば帝国はもはや国家としては維持できなくなるのも確実ではあったが。
 艦隊を率いてオルラウ上級大将がヴァルハラ星系に達したのは新帝国暦4年3月1日になっていた。その時点で、オルラウ艦隊はグリーセンベック上級大将が率いるアイゼナッハ艦隊と任務を交代し、アイゼナッハ艦隊はひとまず近隣宙域においてはローエングラム王朝の与党地域と言ってよい、マリーンドルフ星系に引いた。アイゼナッハ艦隊はオーディーンを管轄していただけに、その将兵の多くは家族をオーディーンに残していて、家族を人質にとられて、事実上戦闘不能状態にあったからである。
 反乱軍は人質たちを特定の街区に押し込めただけであり、乱暴を加えたりこれを交渉に利用しようとする構えは見せていなかったが、人質は人質であって、対応には慎重を要した。
 マリーンドルフ星系最外縁の惑星テルミーゼには帝国軍基地が置かれており、ここに一端引いたアイゼナッハ艦隊、すでにアイゼナッハ元帥が死亡したことから臨時にグリーセンベック艦隊と呼称されていたが、同艦隊はここでフェザーンの指示を受けて簡単にアイゼナッハの国葬を執り行った。アイゼナッハの遺体は同惑星の軍人墓地に葬られることになった。
 バイエルライン艦隊がオルラウ艦隊に合流したのが3月6日のことであり、3月12日にメックリンガー元帥が単身でオーディーンに先に到着した。メックリンガー旗下の艦隊の到着は更に12日後のことであった。
 オルラウやバイエルラインはメックリンガーが到着するまではオーディーンについては現状維持を拝命していたが、周辺諸星系については積極的に鎮圧活動を開始しており、攻撃を躊躇ったことからオーディーン全土を敵の制圧下に置かれたことを教訓として、各星系での暴動に対しては小規模なものに対しても非殺傷兵器を用いて積極的な弾圧を加えた。
 その結果、暴動が他星系に拡大することは極力抑えられ、治安の程度については星系ごとに差はあっても、オーディーンのように惑星全土が反乱軍の手中に陥ることは避けられた。
 とは言え、惑星オーディーンは単体でアルターラント全域の半数を占める人口100億を擁している。人口規模で言えば、反乱軍はアルターラントの半分を支配していた。
 反乱が発生してから、前線の包囲の形が整うまで、アイゼナッハ元帥暗殺事件もあって1ヶ月半を要したが、メックリンガーの考えでは、これだけの期間をかけたのは政治的にはむしろローエングラム王朝側の有利であった。臨時に軍政下におくにしても100億の人口を擁するオーディーンを支配下に置くためには、帝国同胞団は行政と軍において擬似的な国家体制を構築するしかなく、民衆対帝国軍という構図が、国家対国家という構図に置き換えられようとしていたからであった。
 民衆に対しては銃は向けられなくても、敵軍の将兵に対しては躊躇する必要は無かった。帝国同胞団が政府化し、体勢を整えるほど、政治的にはむしろローエングラム王朝は有利になっていった。
 帝国軍はもともと反乱鎮圧用に組織されたこともあって、「民衆」の生命を気にする必要がないのであれば、反乱鎮圧のノウハウは蓄積していた。帝国軍に銃を向ける人間が同じ人間であっても、「民衆」から「反乱軍兵士」に名前を変えれば、鎮圧は容易になるのであった。
「敵の優位性は自らが民衆であり、民衆を動員できるという一点にある。当然、その優位を最大限に活用してくるだろう。我々は彼らをあくまで正規軍として扱わなければならない。それこそが、非対称の戦闘における不利を克服する唯一の手段である。まずは重要拠点の奪還を目指す。制宙権、制空権は我らが保持しているので、戦艦を投入すれば拠点の奪還そのものは容易であろう。問題はその後の展開である。
 敵は膨大な民衆に動員をかけて、人海戦術で圧倒しようとしてくるに違いないが、非殺傷兵器を間断なく投入し、民衆の動きを無力化しなければならない。そのうえで、内務省に協力を仰ぎ、動乱罪容疑で民衆を無差別に逮捕し、拘禁する。その数はおよそ一回の作戦につき、2万から3万の逮捕を目指す。輸送部隊は緻密な輸送計画を練り上げて、遅滞することがないように万端の準備を整えるように。彼らはリヒテンラーデ星系、カストロプ星系に臨時に構築された流刑星に一時送られ、その後、司法省の協力によってアルターラントへの期限付きでの立ち入り禁止の処断がなされ、就労可能な者はイゼルローン総督に引き渡される。後はワーレンの差配によって、労働力が不足しているイゼルローニアとノイエラントに振り分けられて強制移住が行われる」
 民衆そのものを移動させることによって、オーディーンにおける不平分子を減らしなおかつ、アルターラントにおける失業とノイエラントにおける労働力不足を一挙に解決する算段であった。平時であれば当人たちが望まないのであればとても採用は出来ない乱暴な方策であったが、非常時であれば採用することが出来る。
 逮捕拘禁された者にとっても、国家反逆罪で指弾されるよりは慈悲深い対応と言えなくもなかった。メックリンガーもこの策が特別に人道的だとか、目が覚めるような鮮やかな解決方法だと思っていたわけではないが、軍務尚書として閣僚の一員であった立場を生かして、帝国の軍事と警察と行政、司法を総動員した、考えられるべきもっとも穏当な策だとは思っていた。
 しかし常に表情を変えない沈着冷静なオルラウはともかく、バイエルラインが見るからに意気消沈した風を見せたのがメックリンガーには気にかかった。
「バイエルライン提督、何か気にかかる点でもあるのかね?」
「いえ。少し気になったものですから。それでは結局、帝国は銀河系全体の統一と融合を促進する政策は変えないということですね」
「無論である。それはカイザー・ラインハルト以来の王朝の基本政策であり、ローエングラム王朝の基本原理であるのだから。十数年を待たずして、人類社会が融合することがどれほどの利益をもたらすのか、必ずや人々の理解を得られると確信している」
「それは分かっているのですが、今現在を生きる人々にとっては耐え難い苦痛をもたらしているのも事実でしょう。統一の進行を緩和させるわけにはいかないのでしょうか」
「帝国同胞団が言うように国境を閉ざしてかね?そうなればアルターラントではむしろ停滞が常態化し、その弊害は数年、数十年どころではない、何世紀にもわたってアルターラントの人々を劣等国民化することになるのだぞ。卿はそれは分かっているのかね」
「小官は武辺者ゆえ難しいことは分かりかねますが、目の前に困窮した人々が多数いて、彼らが生きるために今回の乱を起こしたのだということは分かっています。それを無視していては、いかなる良策と言えども単なる対処療法に過ぎぬのではないでしょうか」
 メックリンガーがさらに言い返そうとした時、オルラウがそれとなく両者の間に入って、穏やかな口調で、バイエルラインに言った。
「バイエルライン提督。今は議論をしている時ではないでしょう。我々は当面の作戦に集中すべきです。そのうえで、敢えて具申すべきことがあるならば、別の機会にそうなされればよろしいでしょう。卿は非公式にもミッターマイヤー首席元帥閣下に何がしらを言える立場にあるはず。その理がかなっているならば必ずや皇太后陛下のお耳に達するに違いありません。今この時に、危急ではない論をもてあそんで、司令部の足並みを乱すことはお慎みなられるべきでしょう」
「あいわかった、卿の言うとおりだ、オルラウ提督。元帥閣下、無礼の段をお許しください。それでは作戦実行の手筈を整えますのでこれにて失礼させていただきます」
 バイエルラインは敬礼をして退出した。
 メックリンガーはため息をついた。バイエルラインの指摘は正しい。だがその正しさを乗り越えてゆかなければ王朝が存続できないことを理解していないのではないか。バイエルラインはまだこちら側に移れるほどには成長していない、とメックリンガーは思った。
「バイエルライン提督のおっしゃったこと、書生論の域を越えぬとお考えですか」
 メックリンガーの胸の内を見透かすかのように、オルラウは言った。さきほどのオルラウの介入はむしろ、メックリンガーに対する助け舟であった。さすがに若年のミュラーを長く補佐して遺漏なく任を果たしてきた男だけのことはあって、司令部の一員として論をまとめる点において危うげなところはまったくなかった。
「そう評するかどうかはともかく、自分たちは王朝を存続させる側に立つという自覚においてやや軽挙であるようには見えたが」
「私はむしろ逆の思いを抱きました。単に一作戦のみに拘泥しない視野の広さを、バイエルライン提督も身につけられつつあるのは、成長と評されるべきでしょう。時に、趣味的に戦術に拘泥するのが、その才能ゆえとは言え、バイエルライン提督の欠点と言えば欠点ではありましたので、それを克服しつつあるのは彼が自他ともに認める次世代の帝国軍を担う人材である以上、喜ばしいことであるとの思いを抱きました。
 あるいはそれとは逆の評価になるのかも知れませんが、こうも考えました。政治的な人物ではないがゆえに、バイエルライン提督が至った考えには、やはり同じく政治的な人物ではない多数の帝国軍将兵も至るのではないかと。元帥閣下のお考えは私は理解しているつもりではありますが、世の多くの将兵はオルラウではなくむしろバイエルラインであることを、閣下がご考慮いただければ、良策の中に潜む陽中の陰にも対処できるのではないかと思いました」
「なるほど。ミュラー元帥が卿を手放さなかった理由もわかろうというものだ。忠告、胸にとどめ置こう。皇太后陛下にも私から、卿が言ったこと、それとなく話しておこう。バイエルラインの評については卿の言う通りかもしれぬ。とかく下の者を厳しく評してしまう年長者の弊害に私もまた陥っていたというかも知れぬな。
 ただひとつ、訂正しておけば、バイエルラインはもはや次世代のホープではない。次世代は今の世代になりつつあるのだ。これは卿についても同様だ。アイゼナッハが死に、ミュラーが退いて、七元帥もいまや五元帥、いつまでも元帥たちのみで帝国軍を差配できるものではない。すでに軍務尚書職はフェルナーが引き継いだ。次はバイエルラインと卿の番だぞ」
 この時、メックリンガーの胸中に、ヴェストパーレ男爵夫人からかつて指摘された言葉がこだました。
『多忙すぎるのはあなたの才能に対する不実というものですよ』
 メックリンガー自身は自分に取り立てて他と隔絶するほどの芸術的な才能があるとは思っていなかったが、いよいよ静かなアトリエにこもって、作品とのみ対話したいという欲求が、多忙な公務の日々にあってこそ強まっていた。
 この乱が終結すれば統帥本部総長のポストを用意するとミッターマイヤーは約束してくれたが、もし乱が収まれば、自分の欲求から言っても、後進に道を譲るという点から言っても、オルラウをそのポストに推挙してみようとこの時、メックリンガーは決めたのであった。

2012-10-06

Struggles of the Empire 第6章 終わりなき夜に生まれつく(3)


 ゾンネンフェルスの直率軍、親衛隊を名乗るその部隊は2万の兵を擁するまでになり、これが直接の手足となって総数でおおよそ1000万人にまで肥大化していた反乱軍を統率していた。鉄の規律とはとてもいかなかったが、女子供を含んでいることが、かえって帝国軍の攻撃姿勢を削ぎ、オーディーンの要所を次々と制圧していた。
 ゾンネンフェルスは旧軍務省を接収、ここを「正統帝国軍大本営」に定め、バルツァー伯爵と会見を行い、女帝カザリン・ケートヘンを擁立、自らを帝国元帥に任じ、バルツァー伯爵は帝国宰相として、「復興銀河帝国」の大雑把な陣容がまずは定まった。
 バルツァー伯爵はかたわらに幼女を坐らせ、その周囲をゾンネンフェルスらが囲む形で、全銀河系に向けて、ゴールデンバウム王朝の復活を宣言した。
「そもそも女帝陛下は即位時にも退位時にもご幼少であらせられ、ローエングラム公に禅譲を強いられた時、いかなる意味においてもご自分の意思はそこにはなかった。よって、ご意思に拠らない退位と禅譲がそもそも無効であり、銀河帝国の帝位はなおも女帝陛下のお手のうちにある。
 我々はローエングラム公爵家に対する反逆者ではなく、法理的に正統の皇帝陛下を擁するに過ぎない。臣下の一人にすぎぬローエングラム公爵家に対しては叛逆すること自体が不可能である。
 全帝国臣民に告ぐ。道理を踏まえて、ただちに正統なる政府、正統なる王朝のもとに立ち返るべきである。我が帝国政府は以下の点を諸君に約束しよう。
 第一に国境を直ちに閉じ、銀河の統一の名の下において、外国勢力による収奪を今後は断じて許さない。
 第二に農民たちを故郷に返し、従来のやり方で生計が立つように外国の産品の流入を規制する。
 第三に貴族の専横はこれを許さず、法秩序において貴族が民衆を蹂躙することは再びあってはならず許されない。
 我々、ゴールデンバウム王朝銀河帝国は、銀河の統一を望まない。自由惑星同盟の復活と主権を承認し、フェザーン自治領についても同様である。講和状態は維持され、それぞれの領域において、それぞれ望ましい統治を行い、並立するのみである。
 同盟領とフェザーンにおいて、隷従の鎖を噛みきらんと立ち上がるものに対しては立場の違いを越えて我が王朝が必ずや支援するものである。
 ローエングラム公爵家に対しては本来は叛逆者として処分するべきではあるが、すでにラインハルト・フォン・ローエングラムが逝去していること、叛逆者ではあるが多大な功績があったことも無視し難いことを踏まえて過去のことについては不問に付す。ローエングラム公爵家に忠誠を誓う者は、これから先に更に彼らが過ちを犯さぬよう、誠心誠意説得して、正統政府への恭順を説くべきである」
 カメラは引いて、正統帝国政府の政軍の首脳たちを映した。その中にはむろん、ブラウン、クロジンデ、そしてポプランの姿があった。

 帝都フェザーンでもむろんその会見の様子は視聴された。
「生後1歳の時に退位した女帝が、赤子であったから退位は無効というならば、生後4歳ならば自我が発達しているというのか。しょせんゾンネンフェルスらの屁理屈だ」
 ミッターマイヤーはそう喝破したが、正統性の保持という点においては、その会見は意外とローエングラム王朝の脆弱性を的確についていた。
 女帝を敵に奪われたのはまたしても憲兵隊の深刻な失敗であった。さすがにケスラーは辞任を考慮したが、この時期に辞任するのは逃げるのも同然だとブレンターノにきつく諌められ、辞意を公にするまでには至らなかった。女帝の父のペクニッツ公爵には年150万帝国マルクも支払っていたが、それだけのカネを払っても、結局は暴徒に脅されれば娘を差し出すしかない気弱な人物であり、そのような男にはカネでは何をも期待はできないことをケスラーは苦い思いと共に教訓とするしかなかった。
 早々にオーディーンから移しておくべきだったかと思ったが、ではどこに、と考えるとそう簡単な問題ではなかった。フェザーンにおいておけば監視はしやすいが現王朝にとっても邪魔にならないとは限らなかった。廃位された女帝であったが、ラインハルトに禅譲したという形式がある以上、「先帝」に対する礼遇は必要で、辺境に隔離して幽閉するのも、ローエングラム王朝の正統性保持の観点から言えば問題があった。
 一番適切であった解決方法は女帝を殺しておくことであった。正直に言ってケスラーはそう考えなかったわけではない。どれほど手厚い環境におかれていても幼児が急変して逝去することはあり得る。そのような形で決着をつけることも、憲兵隊を擁するケスラーには不可能ではなかった。だが、それが出来なかったところがケスラーの限界であり、彼をしてその地位を与えられた根本の理由であっただろう。どのような理由があれ、幼女を殺害するなど、まともな国家がすべきことではなかった。しかしケスラー自身は国家ではない。敢えて国家のために汚名を着る覚悟が必要だったのではないか。ケスラーは自問すれども答えは出なかった。
 そう考えながら、ふとケスラーは疑問を抱いた。
 オーベルシュタインが女帝が潜在的にはローエングラム王朝の脅威となりえることに気づいていなかったはずはない。ならばなぜ、オーベルシュタインは女帝を生かしておいたのか。
 彼が決意すれば女帝を亡き者にするのはたやすかったはずである。しかししなかった。
「予ですらも国家に害をなすと思われれば、オーベルシュタインは排除するであろう」
 かつてラインハルトがそう語ったとケスラーは聞いている。その時はただ、いかにもありそうな話だと思っただけであったが、女帝がもし、皇帝ラインハルトが暴君化した時の保険であったとすれば、オーベルシュタインの無為は理解できる。
 カイザー・ラインハルトもオーベルシュタインも既に無い。だがある種の人々から見れば、ローエングラム王朝は膨大な人数の生活困窮者を作り出したことによって王朝の意思自体は善意であっても、結果的に暴政化したと言える。そして保険である女帝がカードとして使用された。
 これはあるいはオーベルシュタインの目論見通りであったのか。憲兵隊本部の最上階から、ケスラーはフェザーンの夜景を見下ろした。あかあかと光にあふれ、人々は喧騒の中で自らの野望を実現すべく、うごめいている。その野望がフェザーンを眠らない街にしていた。穏やかではなかったが、いつも通りの変わらぬ、繁栄の光景がそこにはあった。その景色だけを見ていれば、アルターラントの困窮も、その動乱も幻のように思えてくる。
 遠い星のことなど忘れてこの喧騒にのみ身を任せたいと一瞬ケスラーは思ったが、その退嬰的な感覚こそ、外界との交流を閉ざしてむかしながらの停滞に安住したいという、オーディーンの人々のメンタリティそのものであると気づいて、ケスラーは自分の中にさえ、ゴールデンバウム王朝的な精神が未だにこびりついているのを思わずにはいられなかった。

2012-10-05

Struggles of the Empire 第6章 終わりなき夜に生まれつく(2)


 アイゼナッハ元帥戦死の報は誤報であったが、帝国軍首脳部がそれで慰められるわけではなかった。アイゼナッハが死んだことには違いがなかったからである。誤っていたのは戦死の部分であって、正確に言えば、アイゼナッハはひとりの下士官の突然の発砲によって殺害されたのであった。その男が帝国同胞団の関係者ならば、アイゼナッハは戦死したことになるだろうが、そうではなくまったくの単独犯であったことから、アイゼナッハの死の扱いは宙に浮くことになった。
 アイゼナッハ艦隊の指揮は、分遣艦隊司令官で艦隊全体の副司令官であるグリーセンベッグ上級大将が引き継いだ。ミッターマイヤーはグリーセンベックに対し、地表における軍関係者の家族・行政官の可能な限りの保護、ただし戦闘の拡大は避け、当面、現状維持を旨とする指示を出し、善後策を話すために、残りの現役四元帥たちと超光速通信を使用しての緊急会議を執り行った。
 出席者は銀河帝国総司令官ミッターマイヤー首席元帥、軍務尚書メックリンガー元帥、憲兵総監ケスラー元帥、宇宙艦隊司令長官ビッテンフェルト元帥、イゼルローン方面軍司令官ワーレン元帥であった。
 会議の冒頭、ミッターマイヤーの指示で、元帥たちは1分間の黙祷を僚友アイゼナッハに捧げた。
「リップシュタット戦役にてローエングラム公の元帥府に集った頃からすれば、寂寞の限りだな。今や、現役の我らが僚友たちはここにいるこの5名しかおらぬ」
 ワーレンが思わず心中を吐露した。ミュラーとアイゼナッハが欠けた今となっては、なおのこと、寂寥の思いが誰の胸にもあった。しかしミッターマイヤーは鼓舞するかのように声を強くして言った。
「この5名しかおらぬからこそ、我々は感傷にふけってはおられない。今や銀河帝国は再び危機の中にあり、ローエングラム王朝を支える武人は我らをおいて他にはなしと心得よ。我ら5名、一致団結して、その限りを尽くしてこの危機にあたらねばならぬ」
 残りの4元帥はミッターマイヤーの静かだが熱い言葉に頷いた。
「アイゼナッハの扱いはどうなるのか。せめてファーレンハイト、シュタインメッツらに倣って、ジークフリート・キルヒアイス武勲章を授与してはどうか」
 ビッテンフェルトの問いかけに、それを判断する直接の責任者であるメックリンガーは首を振った。
「戦闘の結果の死亡ではないから暗殺ではあっても戦死ではなかろう。扱いとしては、レンネンカンプと同様であるべきかと考える」
「そうか」
 ビッテンフェルトはそれ以上はくいつかずに、溜息と共に引き下がった。信賞必罰は武門の倣い、元帥といえどもその例外ではなかった。
「一士官の単独犯であったという点が事態がいっそう深刻である証拠であろう。帝国同胞団がその触手を伸ばさずとも、勝手に下士官や兵たちが呼応してくれるというならば、帝国同胞団にとってはこれほどやりやすい話はなかろうし、我々にとっては自らの旗艦の中にあってさえ安全が保障されないことになる。統制にとっては深刻な打撃だ」
 ワーレンの指摘に、元帥たちは頷いた。犯人は、近々、退役する予定だった男で、軍に対して恨みがあったようだが、オーディーンの現状に対して無為であった帝国政府を批判しているとの報告が上がっていた。もともと、農民上がりの平民で、その家族もまた、流民化していたらしい。
 帝国軍将兵の9割以上はアルターラント出身者で占められているだけに、同様の衝動を持つ者は数多くいるだろうと予想された。
 アイゼナッハは部下や将兵に対して決して暴君ではなく、むしろその慈悲深さの程度がはなはだしく、亡きオーベルシュタインからはしばしば統制がないがしろにされかねないとの苦言を呈されていたほどであった。そのアイゼナッハにしてこのような凶刃に倒れたとすれば、安全な将帥などは誰もいないと覚悟を決めておくべきであった。
「帝国同胞団の詳細についてはその後、何か分かっているのか」
 ミッターマイヤーの問いかけに、ケスラーは簡単に答えた。
「首謀者の名としては幾人かの名が挙がっていましたが、九分九厘、ゾンネンフェルス中将で間違いないかと思われます。いずれにせよ遠からず会見なり宣伝なりであちらの方から姿を現すでしょう」
「やはりゾンネンフェルスか」
 ミッターマイヤーは唇をかみしめた。ロイエンタールの叛乱後、ゾンネンフェルスを寛大な措置で解放したのはミッターマイヤーの差配によるものであったから、これはミッターマイヤーの失敗であったと言っても良かった。
「指導する立場に立つ者は寛大でありすぎてもいけないということか。オーベルシュタインの言が正しかったようだな。これは俺の罪である。事が終われば自らを処分するつもりだ」
 ミッターマイヤーの言葉にケスラーはかぶりを振って答えた。
「そもそもゾンネンフェルス中将らに寛大な措置をとったのは亡きカイザーの御指示、閣下がそのようにご自分をお責めになられるのはかえってカイザー・ラインハルトのご意思を軽視なされるものでしょう。罪を言うならば、憲兵総監の任を預かりながら事態の把握が後手後手に回った小官こそが罰せられるべきでしょう」
「いや、卿の存在はますます重要になった。罰するなど慮外のことだ」
「それならば総司令官閣下ご自身についてはいっそうそう言えましょう。いずれにせよ、当面我々は一人も欠けてはならぬのですから、出処進退のことは何と言われようが我々自身のことはまずは考えるべきではないでしょう。報告を続けますが、帝国同胞団の背後にはスポンサーとしてバルツァー伯爵家がいるようです。当座の策として財務省と連携して、オーディーン以外においてバルツァー伯爵の資産を凍結させました。また、ゾンネンフェルスの補佐として、幾人かの名前が挙がっています。ひとりは、クロジンデ・フォン・メルカッツ、女性ですが、名前からお分かりの通り、亡きメルカッツ提督の娘です。別の一人は、オリビエ・ポプラン、イゼルローン共和政府の指導部の一員であった男で、彼についてはフェザーンでユリアン・ミンツらと離れて以後、その行動を把握していないことを、バーラト自治政府から報告として上がってきています」
「それをどこまで信用してよいのか。バーラト自治政府はもともとは自由惑星同盟の残党、メルカッツの娘も関係しているとなれば、彼らが関与していると見るべきなのではないか」
「いやいやビッテンフェルト、連中は馬鹿ではない。まずはバーラトの自治に専念するはずで、今、帝国を敵にするはずがない」
「それはどうだろうか、ワーレン。卿は彼らと親交があるゆえにそう見えるだけのことではないのか。彼らの人柄をどうこう言うのは別にして、彼らには彼らの大義があろう。そもそもあの絶望的な状況にあってもあえてイゼルローンに踏みとどまった連中だ。冒険的な部分は多分にあるだろう」
 ビッテンフェルトのその言にワーレンは再反論をせずに、ケスラーに向かって、
「ユリアン・ミンツは何と言っている?」
 と聞いた。
「無論、バーラトの関与を否定していたが、彼とてもヤン・ウェンリー党から既に離れた身、彼が知らされていないだけかもしれぬ」
「それはないだろう。第一に、バーラトが関与しているならば、バグダッシュなりそれこそユリアン・ミンツを送り込むはず。同盟のレッドバロン(撃墜王)を送り込んで、何の役に立つというのか。それに、これが意図した結果であるならば、バーラトと近い立場の人間は潜伏させておくはずだろう。俺は何もユリアン・ミンツやヤン夫人との友情から言っているのではない。場合によっては彼らは彼らなりの大義のために我々との友諠を切り捨てるかも知れない。しかしこのような利にもならぬ、道理が通らないやり方はしないはずだ。彼らはローエングラム王朝の忠実な臣下には成りえぬだろうが、少なくとも馬鹿ではない」
 ワーレンの発言を後押しして、メックリンガーが口を開いた。
「ワーレン提督の言に賛成だ。彼らは歴戦の兵、少なくとも軍事において理屈が通らぬことはしないはず。メルカッツの娘とポプランはそれぞれ独自の判断で動いているとみなすべきだろう。ケスラー総監、卿もそう思うのではないか」
「どちらかを選べというなら、そうだ、確かに俺もこの件にバーラトが噛んでいるとは思えない。だがこの先、状況がどう転ぶかは分からぬ。彼らがこれを好機として策動を始めないとは限らない。近隣のリオ・ヴェルデ星系に数個艦隊を念のために派遣しておくべきだろうな」
「ウルヴァシーに残留しているジンツァー艦隊、ドライ・グロスアドミラルスブルクからヴァーゲンザイル艦隊を派遣しよう。異論はあるか」
 ミッターマイヤーはそう言って、モニターの先の元帥たちを見渡したが、異論はないようだった。
「アイゼナッハがこういうことになってしまった以上、現場の指揮をグリーセンベッグに委ねるのは心もとない。オルラウならば慎重に事に当たるだろうが、何しろ上級大将になったばかり、独自で艦隊を率いるのは今回が初めて、ここで無理をさせて潰したら将来の帝国軍の人事構想が壊れる。と言って、バイエルラインは数倍しようとも敵軍相手であれば指揮させて何の不安もないが、今回は仮にも民衆が相手、外連味をきかせられる男ではない、ここはやはり誰か元帥が出征すべきであろう」
「首席元帥、そういうことならば、宇宙艦隊司令長官である俺が行くのが妥当ではないのか」
「いや、卿は新司令部を構築の最中、それに場合によってはノイエラントにもにらみを利かせないといけない。卿はドライ・グロスアドミラルスブルクにとどまるべきであろう」
「では、俺が赴こうか」
 ワーレンが言った。
「いや、イゼルローンは帝国の動脈、万が一のことがあってはならない、卿はそこにとどまるべきだ。それに卿の兵力は既にアルターラントに投入されている。卿には回廊周辺の諸星系の総督としての任もあろう。イゼルローンに乱を波及させぬことに専心してくれ」
 そうなれば後に残るのはミッターマイヤー、メックリンガー、ケスラーしかおらず、ケスラーは用兵家ではなかったから、ミッターマイヤーかメックリンガーのいずれかであった。
「いや、さすがに総司令官閣下がじきじきに出征されては鼎の軽重が問われかねないだろう。ミッターマイヤー元帥こそ帝都に在って皇帝陛下をお守りするべきだ」
「何を言うか、ワーレン、俺が行くなど一言も言っていないぞ。メックリンガー、かねての手筈通りとあいなった。行ってくれるか」
「分かりました。フェルナー中将にはさっそく、二階級昇進の辞令を出しましょう」
「うむ」
「ちょっと待ってくれ、どういうことなんだ、説明してくれ」
 ワーレンはモニターの先のミッターマイヤーとメックリンガーを交互に見た。
「ルーヴェンブルンの七元帥が五元帥になった。我ら軍首脳にも新しい血を入れるべきであろう。フェルナー中将を二階級昇進させ、上級大将とし、皇太后陛下の認可が下り次第、新任の軍務尚書とする。昇進させる理由はメックリンガーが適当にこしらえてくれるだろう。メックリンガーはアイゼナッハの後任としてアルターラント方面軍司令官に転属する。事が終わればフェザーンに戻って貰い、統帥本部総長に就任してもらう。今は国家存亡の危機にあると心得よ。使える者は階級が低かろうが使い倒す。フェルナーをまさか元帥には出来ぬから上級大将のまま軍務尚書となるが、階級は下でも軍務尚書としては卿らの上司になる。彼も難しい立場に立たされることになる。十分に助けてやって欲しい」
 元帥たちは一斉に立ち上がり、敬礼をした。
 会議を終え、その足でメックリンガーは軍務省内にいたフェルナーを呼び止めて、待機しておくよう命じ、自身は宮殿に赴きヒルダに面談を求めた。ヒルダにミッターマイヤーの決定を伝え、承認を仰いだ。ヒルダはその場でフェルナーを軍務尚書に、メックリンガーをアルターラント方面軍司令官に任じる文書に署名して、メックリンガーに聞いた。
「新軍務尚書を元帥に叙さなくてもよろしいのかしら」
「それではさすがにフェルナーには荷が重すぎましょう。むろん、それだけの働きはする男ですが、このうえ元帥杖まで与えては周囲の嫉妬はなはだしく、彼もやりにくいでしょう。後日、適当な時期に陛下のご判断でそうなさってくださればよろしいでしょう」
「分かりました。今回は見送りましょう。新軍務尚書にお伝えください。明日、午前7時にこちらで簡単な親任式を行います。15分前には待機しておいてください。続いて閣議が開かれますからそこで閣僚たちに顔みせしていただくことになるでしょう」
 軍務省に戻ったメックリンガーは、尚書室に主だった上級軍事官僚たちを揃わせて、その中で、フェルナーに対し、オーベルシュタイン元帥死後の混乱した状況でミッターマイヤー元帥とメックリンガーを適切に補佐した功績と、オーベルシュタインの葬儀をつつがなく執り行った功績でもってまず大将に任じ、約1分後に上級大将に任じた。正確に言えばフェルナーが大将であった時間は45秒であり、これは大将の在任期間としては歴代最短であった。
 次いで、
「勅令である」
 との声を発し、一同、最敬礼の姿勢を取った。
「銀河帝国皇帝アレクサンデル・ジークフリード陛下、ならびに摂政皇太后ヒルデガルド陛下の御名において、フェルナー上級大将を軍務尚書に任じる。謹んでお受けし、職務に精励されたし」
 こうして銀河帝国は危機の中にあって、反撃の体制を速やかに整えつつあった。