takeruko の小説置場

2012-10-17

Struggles of the Empire 第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり(8)

 
 新帝国暦4年5月10日、“ゴールデンバウム王朝銀河帝国”は正式に降伏宣言をなし、ここに新帝国暦4年の騒乱は終結した。
 しかしここから先がむしろ、メックリンガーにとっては難事であった。インフラが破壊されたにも関わらず、流民が消え去ったわけではなかったからである。取り敢えず、オーディーンを軍政下に置き、工兵をフル稼働させて簡易住宅を建設させ、順次、流民に家屋を提供した。食糧についても配給制にしたが、そもそも流民の戸籍自体が無かったので、管理は困難を極めた。しかし王道に近道は無しとの精神で、ひとりずつ事情聴取をして戸籍を作成し、そうして「市民化」された流民は、インフラ再建や住宅建設の仕事をあてがい、給与を支払う形で日常生活を営めるように支援していった。一朝一夕ですぐにどうなるものではなかったが、しかしそれでも日々状況は改善して行って、数年もすればオーディーンの状況は平穏に戻るだろうと期待された。
 帝国同胞団の幹部は逮捕拘禁された者は15名弱とごく少なかったが、すべてにおいて自分が全権を振るっていた、責任はすべて自分のみにあるとゾンネンフェルスが主張したので、形式的な自白犯がいる以上、他に犯人を求めるのも困難であった。
 ゾンネンフェルスとバルツァー伯爵を含む15名は、いまだ蠢くかもしれない帝国同胞団の残党と切り離すために、護衛艦付きでフェザーンに送られることになった。女帝カザリン・ケートヘンとその父親のペクニッツ公爵については、「脅されてやむを得ず従った被害者」との扱いを受けたが、そう断定してよいかどうか詳細に調べるために、やはりフェザーンに送致されることになった。
 彼らの扱いをどうするかについて、帝国軍首脳と閣僚のうち、戦時内閣を構成する国務尚書、内務尚書、司法尚書、そして無論、軍務尚書が皇太后の前で御前会議を開いた。軍からはミッターマイヤー首席元帥の他に、ケスラー憲兵総監、ビッテンフェルト宇宙艦隊司令長官、フェルナー軍務尚書が列席し、ワーレン元帥、メックリンガー元帥、そしてミュラー元帥の資格でグリューネワルト大公がそれぞれ任地から超光速通信を介して、参加した。皇太后の首席秘書官であるヴェストパーレ男爵夫人が会議の進行役を務めた。
 まず会議に先立って、ワーレンが自身および、本来であればミッターマイヤーの旗下ではあるが、自分を通して提出されたと言って、ビューロー提督による、ゾンネンフェルス提督の助命嘆願書を提出した。
「ワーレン、卿はいわば、子息をゾンネンフェルスによって殺された形になるのだが、それでも助命を嘆願するのか」
 ミッターマイヤーは感心すると言うよりはむしろ辛辣なニュアンスを含んでそう問うた。
「戦争で互いを殺傷するのはいかんともしがたいこと。それで言うならば私などは何人殺したか知れません。裁く時になって、自分だけが被害者ぶるのは公平を欠くというものでしょう」
「個人としては賞すべき態度かも知れんが、事が反乱であるがゆえに過剰な配慮は信賞必罰を曲げることになりかねん。本来なら、私の立場ならば先に意見を言うのは控えるべきなのだろうが、我が軍はともすれば情に流れて処分を甘くするきらいがある。またもやそういう流れになっては困るのでな、敢えて明言させてもらおう。首謀者は全員、処刑すべきである。それが私の見解だ」
 列席者から驚きの声が漏れた。温情的な意見を言うとすればこれまではまずはミッターマイヤー元帥がその先頭に立っていたからである。フェルナーが発言を求めた。
「ゾンネンフェルスはこれで二度にわたって軍法会議で処断されることになりますが、一度目はオーベルシュタイン元帥の厳罰論を押して、ミッターマイヤー元帥は温情論を主張なさったはず。いかなるご存念の変化がおありか、伺わせていただきたい」
「あの時点では現役の帝国元帥は私とオーベルシュタインの2名しかいなかった。オーベルシュタインが厳罰論を説くのであれば、必然的にバランスをとるために、私が温情論を説くしかなかった。今は元帥も複数おり、上級大将ではあるが卿は軍務尚書の任にある。組織的なバランスをあの時ほど重視する必要はない。あるいは今言ったことと矛盾するかも知れんが、現在の帝国軍上層部は温情論に流されやすい体質を持っている。ここにオーベルシュタインがいるならばともかく、いないのであるから、厳罰論を私が説くことにも意味はあろう。それだけではなく、ゾンネンフェルスに一度温情をかけたことが今回の反乱を招くことになった。温情をかけたことは私の失敗であった。経緯から見ても、今回は厳罰に処すのが筋である」
 これに対してミュラーが発言を求めた。
「過去の処断についてはその時点で決着がついているはずです。今、蒸し返すのがいいとは思えません。今回の事件そのもので評価すべきです。はっきりと申し上げます。反乱と言う行為はともかく、それに至った経緯については我々にも明らかに落ち度はありました。罰せられるならばまず、アルターラントの荒廃を見過ごした内務省、手をこまねいていた帝国軍が罰せられるべきではありませんか。ゾンネンフェルスには人質の安全を図るなど、武人として賞せられるべき面があったのも確かです」
「卿は今、軍人として列席しているのだから、皇族としての敬称は省略させていただこう。ミュラー元帥の言うのはある意味正しい。内務尚書も、首席元帥である私も責任は痛感している。しかし我々は国家そのものを代表しているのだから罰せられるわけにはいかない。ミュラー元帥の言が正しいがゆえに、ゾンネンフェルスは叛逆者としてなおいっそう罰せられなければならない」
「それは閣下がかつておっしゃった、ローエングラム王朝は正義によって立つということに叶いましょうか」
「国家の存在そのものが正義なのだ、ミュラー元帥。国家が倒れて、正義が残るということはあり得ない」
 ミュラーはまるでオーベルシュタインと話しているようだと思った。この叛乱そのものは、一応は鎮圧を見た。しかし帝国軍総司令官が極端に反動的になってしまったとすればそのことの方がむしろ弊害が大きいではないか。
「閣下、実際問題として、ゾンネンフェルスはオーディーンにて多数の民衆の支持を得ました。破れたりとは言え、その事実に変わりはありません。今、鎮圧によってオーディーンは大人しくなっていますが、ゾンネンフェルスを処刑すれば、過激な一派が呼応する可能性があります。敢えて申し上げますが、オーベルシュタイン元帥ならば今回の件ではまずそのことを考慮なさったでしょう」
 フェルナーが言葉を選んで慎重に言った。そのフェルナーに対してミッターマイヤーはひにくげな微笑を与えた。
「そうか。この件ではオーベルシュタインはむしろ温情論をとると言うか」
「理から言えば、厳罰に処すべきでしょう。オーベルシュタイン元帥は理を常に重視なさいました。しかし、状況を見なかったわけではありません。出来もしないことを出来るとは思われませんでした」
 フェルナーのその言葉にミッターマイヤーは沈黙した。その沈黙を受けて、フェルナーは出席者に向けて言葉を続けた。
「しかし総司令官閣下がお示しになった視点はごく重要だと思います。厳罰に処すにせよ、温情をほどこすにせよ、それは我々自身の理念や満足によってなされてはならないのです。それが可能かどうか、それがいかなる政治的な状況をもたらすか、レアルポリティークの視点から判断を下すべきだと考えられます。理念は重要です。しかし同時に我々は理念の奴隷になってはいけないのです。武人としての自負、あるいは武人的寛容、それもまた理念であるには違いありません」
「それで、軍務尚書、卿自身はどのような対処が妥当だと思うのかね」
 メックリンガーが、フェルナーの判断を提出するよう促した。会議の流れからすれば、おそらくそれが結論となるはずであった。この男を抜擢したのは成功だったとメックリンガーは思った。あるいはそうでなければ根底を揺るがしかねない大失敗であったかのどちらかであった。
「新たに流刑星を建設し、他の囚人と隔離したうえでの終身の禁固刑が相当であると考えます。その流刑地においては、最大限の生活上の便宜が図られるべきでしょう。一人たりとも処刑して、いたずらに殉教者を作る義理はありません」
「まあそれが妥当なところでしょうな」
 国務尚書マリーンドルフ伯が念押しして、ゾンネンフェルスらについてはそう処遇が決定した。
 引き続き、ペクニッツ公爵と女帝の扱いについて議題が移った。
 これについてケスラーがまず、報告を上げた。4歳児の女帝はともかく、ペクニッツ公爵については単純に状況に流されたとは言い難いこと、ある程度の責任を問うべきであるとケスラーは述べた。
「少なくとも女帝の保護監督権をあの男から取り上げる必要があります。今後、また利用されかねないですから」
 本当であれば女帝をフェザーンに引き取るのは避けたいところであった。フェザーンは政治の中心地であり、旧王朝の主がいれば、いかなる障りとなるか知れなかった。オーディーンに残しておくのが一番良かったのだが、オーディーンでこうして利用された以上、フェザーンに移すのもやむを得なかった。
 フェザーンに連れて来れば、皇族として遇さざるを得ない。
 その前提から言えば、保護者があれほどあやふやな男では、困るのであった。
 ヒルダが口を開いた。
「ペクニッツ公爵については今回の責任をとっていただき親権停止、オーディーンにて自宅軟禁といたしましょう。上皇陛下、ペクニッツ公爵夫人については保護監督権を皇室、具体的には私が管轄することにします。宮内省の方から職員を派遣することにさせましょう。ただしフェザーン中央市には置きません。フェザーンの郊外に居住していただきます」
 こうして女帝は、政治の中心地に一歩近づいたのであった。

Struggles of the Empire 第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり(7)


 ウルヴァシーには純粋な民間人は居住しておらず、すべて軍人か軍属、またはその家族であった。元々、無人惑星であったのを、ローエングラム王朝が旧同盟領を征服後に、軍事拠点として建造したものであった。従って、警察は存在しておらず、治安維持活動は帝国憲兵があたっていた。
 ノイエラントの騒乱が旧同盟警察の使嗾によるものだとすれば、ウルヴァシーは彼らが関与するには最も困難な惑星であった。そこは完全に軍によって運営されている惑星であったからである。そもそも軍人、軍属ではない者が入り込むこと自体、困難であった。
 この状況が、ウルヴァシー方面軍司令官公邸が襲撃される危険性はごく低いと見積もられていた理由であった。
 重要拠点であるから軍が排他的に統治し、軍が排他的に統治しているから比較的安全であり、比較的安全であるから要人や軍の主要機能がここに配置され、主要機能が配置されるから重要拠点であった。
 逆に言えばもしウルヴァシーの内部に忍び込むことが出来れば、周囲は要人や重要機能ばかりであり、帝国軍に打撃を与えることはより容易くなるはずであった。実際、ウルヴァシーから鎮圧のために各地に艦隊が派遣されており、派遣される前に、人的・物的損傷をウルヴァシーで与えることが出来ていたならば、帝国軍の機動兵力は半減以下になっていたはずであった。
 旧同盟警察はウルヴァシーに工作員を潜り込ませることが困難であるゆえに、ここに工作員を入り込ませる利益が巨大であることを承知していた。軍人として潜入させることはほぼ不可能であった。帝国軍は構成員の9割以上がアルターラント人であったし、新規の募集の機会がほとんどなかったからである。
 それに軍人は異動が多く、ビッテンフェルトがウルヴァシー方面軍司令官を務めていた時には、黒色槍騎兵艦隊の白兵部隊が直々に司令官公邸の警護にあたっていた。以後、歴代の司令官も自身の艦隊要員によって公邸の警備を行い、余所者が入り込むのは不可能であった。運よく入り込めたとしても、提督の異動に伴い艦隊ごと異動するわけであって、ウルヴァシー司令官公邸に工作員を常駐させることは難しかった。
 旧同盟警察が目をつけたのは、料理人や庭師、執事などの軍属であった。彼らは公邸付であるがゆえに、異動は無く、一人でも侵入させておけば手引きさせるのは容易であった。公邸内の居住棟の執事は、旧同盟警察のスパイであったが、ミュラーが赴任するに際して、居住棟内についてはグリューネワルト大公家の職員が運営することになり、公邸に入れられていた執事やメイドたちは他に異動になった。これは大きな誤算であったが、料理人もまた工作員であったことから、旧同盟警察としてはかろうじて、工作の余地を残すことになった。
 グリューネワルト大公妃アンネローゼをもし人質とすることが出来れば、帝国軍は手を上げるよりない。起死回生の一発逆転がこれによって可能となるかも知れなかった。
 ミュラーの不在を見計らって、ブラウンはアンネローゼを人質として奪取するよう、計画の実行を命じた。
 料理人は茶などにあらかじめ睡眠薬を入れておき、警備隊を無力化したうえで、同志を邸内に引き入れようとしたが、睡眠薬に耐性のある警備兵がいて、その者との間に銃撃戦になり、やむを得ず、爆弾を使用した。
 それによって危機の接近をユリアン・ミンツに知らせ、ユリアンは警戒行動をとる時間的な余裕を確保したのであった。
 事件開始から既に12時間が経過していた。
 妨害電波が出され、メディアの情報をとることは出来なかったが、公邸の周囲を軍が包囲していることは気配で把握できた。問題は、犯人たちが人質の拘束には至っていないことを、軍が察知しているかどうかであった。窓にはすべてシールドが下されていたが、これを一時的に取り除けば、外部に対してメッセージを送ることが出来るかも知れない。しかし逆にそれによって犯人たちの侵入を許してしまうかも知れない。
 軍が強行突入をかけていないということが、軍が人質が拘束されていないことを知らない証であった。一方で、犯人が人質をもし拘束しているならば、ユリアンやアンネローゼを脅して、何らかの音声による声明を出させて、確かに人質を拘束していると見せつけるはずで、それをしていないことが、人質を拘束していない証拠であると考えるべきであった。
 そう考える者は幾人もいたに違いない。しかし決断するとなれば話は別であった。万が一、人質を拘束していたならば、人質は無事では済まず、アンネローゼが殺害されるようなことがあればローエングラム王朝は皇位継承者を失い、王朝の土台が崩れる。あまりにも致命的な結果を招きかねない決断を出来る者がいるとすれば、それはミュラーだけであった。
 そのミュラーにしてもまずは現場を見ない限り、決断を留保するはずであって、発生から12時間、ミュラーが到着するとすればそろそろであった。
 ユリアンもそろそろ体力の限界に達しつつあった。聴覚も全開にして周囲の様子をうかがっていたユリアンは、外部を取り囲む帝国軍のフォーメーションに変化があるのを感じた。
(来るか?)
 ユリアンは扉に対して警戒をとりつつ、少年たちに指示を出して、彼らもまた、居住棟の奥に退避するよう指示を出した。その退避を見届けると、ユリアン自身、居間を後にして居住棟へと潜り込んだ。
 その瞬間、激しい銃撃戦が起こり、居間に手榴弾が投げ入れられた。居間は轟音と共に崩れ落ち、そこにとどまっていればユリアンたちもまた犠牲になっていたはずであった。
「アンネローゼ!ヘル・ミンツ!」
 犯人たちを拘束すると、ミュラーが警備兵たちによって制されるのも構わずに、邸内に乗り込んで来た。すぐに、居住棟の入り口で、爆風ですすだらけになってうずくまっているユリアンを発見し、ミュラーが抱え起こした。
「無事か!ヘル・ミンツ!」
 そう言いながら、ミュラーはユリアンの胸部、腹部、腕、足と全身を触診して、傷がないことを確かめた。
「大公殿下…お邪魔しています。滅多に味わえない歓迎の宴でした」
「卿がいてくれてよかった。卿がいると聞いて、ならばそう簡単には人質にはとられていないはずだと思った。だから賭けることができた」
「ミンツさん!」
 そう言って少年たちが駆けよって来た。
「大公殿下、彼らのおかげでなんとか乗り切れました。褒めてやってください」
 ユリアンのその言葉にミュラーは深くうなずき、少年たちとひとりずつ握手を交わした。
「大公妃殿下とカリンは寝室にいるはずです。私が声をかけなければカリンは扉を開けないでしょう。さあ、迎えに行きましょうか」 ユリアンが扉の前に立ち、カリンにすべて終わったこと、扉を開けるように声をかけた。
 恐る恐る扉を開けたカリンは、すすだらけのユリアンを見て、そのすすで汚れるのも構わずに抱きついた。
「さあ、カリン。少し場所を開けて、大公殿下を部屋の中にお入れして」
 ユリアンにそう言われて自分たちが場所塞ぎになっていることに気付いたカリンは、ミュラーに「ごめんなさい」と一言謝って、立ち位置をずらした。その瞬間、ミュラーの視界にアンネローゼの姿が映った。
「アンネローゼ!」
 そう言ってミュラーはアンネローゼに駆け寄り、アンネローゼも心から安堵の表情を浮かべて、ミュラーの逞しい両腕に包まれた。二人についてはとかく、政略結婚だとか、アンネローゼもミュラーも好きあっていないのに政略の犠牲になったとの世人の噂、声があった。しかし今の二人の姿を見れば、そんな決めつけは下種の勘繰りに過ぎないことが誰の眼にも明らかになるはずであった。
「心配したよ、アンネローゼ」
「心配かけてごめんなさい、ナイトハルト」
 緊張からかいまだ険しい表情のミュラーの顔をアンネローゼが優しく撫でた。そうすると魔法のようにして、ミュラーの表情がいつもの柔和なものに変わった。
 再会の喜びが一段落した頃に、ミュラーが思い出して、妊娠の祝いをユリアンとカリンに言った。そう言うミュラーの袖をアンネローゼが引っ張った。
「あなた、驚かせることがもうひとつあるのよ。カリンさんがお子さんをお産みになる頃、私たちの最初の子供も産まれるわ」
 驚愕の眼差しで、ミュラーは妻を見た。そして絞り出すようにして、やっとのことで言った。
「君には本当に驚かされる。心臓が悪い男だったらいくつ命があっても足りはしないよ」
 驚きのあまり、瞬間、ミュラーは自分がどういう態度を取るべきなのか分からなかった。けれどもすぐに、胸の奥から今まで感じたことがない激しい歓喜を覚えて、やったー!と叫んだ。アンネローゼは腰から抱えあげられて、ぐるぐると回りながら、ユリアンとカリンに言った。
「秘密にしておいてごめんなさいね。でもやっぱり最初は夫に直に会って言いたかったから」
 ユリアンもカリンも笑いながら、気になさらないでください、と言った。
 翌年の晩冬か早春には、銀河帝国は第2位の皇位継承者を得るであろう。そしてその傍らには、生まれた時から親友となることが運命づけられたミンツ夫妻の子がいるはずだ。皇帝ラインハルトは甥か姪を得て、ヤン・ウェンリーは孫を得るはずであった。川の流れは同じようであっても、水は変わってゆくのであった。
 失われて去って行く者があったとしても、それを嘆く必要はない。残された者の中から新しい光は生まれてくるのだから。

2012-10-16

Struggles of the Empire 第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり(6)

 
 帝国同胞団にとっては状況は悪化していた。
 ノイエラントの反乱の使嗾に失敗した時点で、ブラウンの計画はとん挫した。ポプランを使って、同盟領の反乱を鼓舞するなど、様々な計画を思い描いていたが、ワーレンへの同情が広がったことによって、市民たちが呼応せずに、武力闘争には至らなかったがために、状況は終息へと向かった。
 かくなるうえは、アルターラントの騒乱を可能な限り長引かせ、帝国の体力を削ぎ、他日を期すよりなかった。
 ブラウンは、人質を処刑して、メックリンガーの行動を遅らせるように主張した。
「ブラウン上級大将、卿は何か考え違いをしているようだ。人質などはいない。彼らはすべてゴールデンバウム王朝銀河帝国の国民である。政府も軍も彼らを保護する義務がある」
 しかしゾンネンフェルスの拒絶にあって、ブラウンは手詰まりになった。バルツァー伯爵に接触し、バルツァー伯爵を動かそうにも、バルツァー伯爵はブラウンを見るなり、
「卿の見込み違いではないか!このままでは当家も滅びる。いったいどうしてくれるんだ!」
 と罵倒の限りを尽くしたので、ブラウンもどうすることも出来なかった。
 帝国元帥として、女帝カザリン・ケートヘンに謁見した際、ゾンネンフェルスは、4歳の女帝から声をかけられた。
「ブラウンの進言を却下したそうな。あれでよい。この戦はどのみち負けが決まっておる。このうえ非道なことをすれば、人倫にもとるだけでなく、生き延びる我らの足枷にもなろうからの」
 女帝は4歳児には思えぬ明晰な言葉づかいでそう言った。
「はっ、陛下には無謀なる賭けに巻き込んでしまったこと、ゾンネンフェルス、心よりお詫びいたします」
「良い。我が父の愚かさもあってのことじゃ。しかし申し訳ないがわらわは卿とは生死を共にできぬ。この身にはゴールデンバウム家の血統が委ねられておるでの。生きて子孫を残さねばならぬ。状況的に見てわらわが巻き込まれたのは明らか、まさか皇太后も4歳児をどうこうはすまい。我が父は流刑くらいにはなるかも知れんがの、それはかえってそうなった方が当人のためにもよかろう。
 されど卿は首謀者、まあ無事には済むまい。かえってここで毒杯でも勧めるのが卿のためにはよかろうが、卿が死ねば卿の下の者が裁かれることになろう。気の毒だが、処刑されるために今しばらく生きながらえてくれるか」
「はっ、仰せの通りに」
「さて、これからは負け戦じゃが、負け戦ほど始末が難しい。メックリンガーと呼吸を合わせての、兵を引かせ、なるべく早くオーディーンを『解放』させるのが肝心じゃ。バルツァー伯爵が暴発せんように、ポプランとクロジンデでも見張りにつけておくのがよかろう。バルツァー伯爵を死なさんようにな。あれの首もまだ入用じゃ。ブラウンはまだあれはたくらんでおるな。いっそのこと始末してしまうか」
「ご命令とあれば」
「あれはの、同盟に通じておったらしいの。どうやらケスラーが嗅ぎつけたものだから、奴の思い通りにはいかなかったようじゃが、今となっては同盟の残党にも我らにも生きていてもらっては困る男よの。しかし仲間割れで幹部を殺したとあっては、仮にもゴールデンバウム王朝復興を名乗った者がそのようであっては後世の歴史家を笑わせることになろう。あの者には民兵を指揮させてみればよい」
「民兵をですか?」
「そもそもあやつは我ら帝国民を侮蔑しておる。その侮蔑が相手には伝わらぬと思っておる。愚かな男じゃ。敗けがこんで民兵も気が立っておろう。難易度が高い任を与え、指揮させてみよ。民衆が始末をつけてくれるだろうて」
 ゴールデンバウム王朝はその最後の最後にひとりの天才児を産んだ。彼女の人生は、皇帝ラインハルトに劣らず、浮き沈みが激しいものであった。歴史の陰に長らく隠れていて、その天才を知る者は多くはいなかったが、いずれ彼女は再び銀河の歴史に登場することになる。
 ブラウンには既にオーディーン都部に迫る帝国軍から、重要拠点である武器弾薬庫を奪取する命令が下された。自分は参謀としてこのようなマイナーな作戦に関わっている暇はないとブラウンは主張したが、
「卿が自分の言い分を通そうと思うならば、まずは実績を示せ」
 との、ゾンネンフェルスの冷たい却下の姿勢によって、ブラウンはこの指揮から逃れられなくなった。ブラウンはバルツァー伯爵、ゾンネンフェルス提督と他人を動かすことによって権力を掌握していた。その他人が思うがままに動かなくなれば、ブラウン自身には状況を動かす権限は無かった。しかしブラウンはまだ諦めていなかった。人質を用いて戦況を膠着させられれば、まだ数ヶ月の猶予はある。ウルヴァシーに指令したミッションが成功すれば、なおも抵抗は可能だろう。
 それを敢えてしたとして、その先に何があるのか、それを問われればブラウンも明確な答えは持っていなかった。それがない以上、数ヶ月の延命にこだわるブラウンはもはや、祖国の喪失を異郷で知った悲しみの妄執に囚われているだけに過ぎなかった。
 ゾンネンフェルスの読み通り、二千の民兵を率いながらも、戦略には通じていても戦術には通じていないブラウンは作戦に失敗した。その失敗を愚かな民兵のせいにしたブラウンは民兵たちを前にして散々愚弄した。元々、規律によって服従を叩きこまれているわけではない民兵は、愚弄を侮辱と解釈し、二千の民兵がブラウンに襲い掛かった。
 こうしてブラウンは見下していた民衆たちによってリンチを加えられ、オーディーン地表で肉塊となることによって行方不明となったのであった。それと同時に、ブラウンに従っていた民兵たちは解散し、そのままもとの民衆の海へと消えていった。
 ゾンネンフェルスは何人かの部下に逃亡を勧め、可能な限り責任を問われる者を少なくしようとしていた。そのために、自分と共に責任を問われるべき何人かの首謀者、バルツァー伯爵などには、信頼できる兵を派遣し、逮捕拘禁した。逃げられないようにするためである。
 クロジンデとポプランを呼び、ゾンネンフェルスは数日中に降伏する旨を伝えた。
「我が志ならず、と言うべきなのだろうが、実を言えば元から無謀なのは分かっていた。こうしてはっきりと物理的な暴発を示して、フェザーンの眼を向けさせるのが目的であった。その意味では、目的は達したであろう。皇太后陛下もミッターマイヤー元帥も暗愚なお方ではない。必ずやこのようなことが二度と起こらなくても済むように、適切な策をとってくださるであろう。敗けると分かっていた戦いに卿らを巻き込んで申し訳なかった。女帝陛下にも同じくお詫びを申し上げた。
 女帝陛下は賢明なお方。生きてご成長を見届けたいがそれは叶うまい。脅迫によって、陛下の御父君に無理強いしたと言えば、陛下の御身は安全であろう。できれば卿らには生きて、陛下の今後を見届けて欲しいが、卿らも我が政府の幹部ではある。逮捕されれば無事ではあるまい。ここに資金がいくらかある。これを用いてしばらく潜伏して、折を見てオーディーンから脱出してくれ」
「そういうわけには参りません。ポプランはともかく、私は自分の意思で提督にお仕えしたのです。身を売っていた私に、提督は生きる使命を与えてくださりました。生きるも死ぬも一緒です」
 クロジンデのその言葉に、ゾンネンフェルスは冷たい微笑を浮かべた。
「人は一人で生まれて一人で死ぬのだよ、クロジンデ。ロイエンタール元帥と共に生き、共に死ぬと誓った私がこうして生きながらえている。君もこれからは自分で自分の人生を選び取らなければならない。状況によって強制されるのではなく、誰かに道を与えられるのではなく、君自身が何をしたいかによって人生を掴まなければならない。その選択は時に、状況に流されるているよりもいっそう辛く困難なものであるかも知れない。しかしだからこそ、君は生き続けて、選択を重ねてゆかなければならないのだ。死ぬまでは人生は終わらないのだから」
 既に涙を流しているクロジンデに、ゾンネンフェルスは今度は柔らかな微笑を与えた。その髪にふれて、優しく頭を撫でた。
「幸せにおなり、クロジンデ。君の人生はこれまで辛いものだったが、これで終わりではない。逃亡者の日々は楽ではないだろうが、それでも君の人生を全体では幸福であったと死の間際に言うためには、あえてそれに挑戦する価値はある。ポプラン“中佐”、巻き込んでしまって勝手な願いだが、巻き込みついでにクロジンデのことを頼んでもいいだろうか」
「“元帥閣下”、必ずや御下命を果たすよう全力を尽くします」
 ゾンネンフェルスは頷いて、手を振って、両者に退出を促した。ゾンネンフェルスの執務室の扉が閉められたその時が、帝国同胞団、ゴールデンバウム王朝正統政府の実質的な終焉の時であったのかも知れない。
 クロジンデの手を引いて、ポプランが旧軍務省を出た時に、その袖を横からひっぱる者がいた。
「ボリス・コーネフ。あんたいったいこんなところで何をしているんだ」
「いや、そろそろ入用じゃないかと思ってね。フェザーン商人は売り時を逃さないものさ」
「冗談じゃない。こんなことに関わってはろくなことにならんぞ。従兄弟をこんなことに巻き込んだとあっては、イワン・コーネフに何を言われるか分かったもんじゃない」
「ところが雇人はおまえさんじゃなくてね。おまえさんは積荷でしかないのさ。民間宇宙港に“親不孝号”を停泊させてある。このまま連れてゆくぞ」
「よく、こんな時に、オーディーンに入れたな」
「蛇の道は蛇ってね、まあこの辺のノウハウはフェザーン商人にはあるものさ。こちらのご婦人ともども、さっそく我が豪華クルーザーにご案内しよう」
「あれが豪華クルーザーなら、ユリシーズは豪華客船だろうよ。雇人ってのは誰だ?誰がおまえさんを雇った」
「企業秘密かもしれんが、口止めはされていないんでね、言っても構わんだろう。ユリアンだ。おまえさんとの友情のために、危険を押して乗り込んできたと言いたいところだがこっちも部下を養わなければならん身でね、まあ商売だ。必要経費だけで言っても決して安くはない。ユリアンはヤンの遺産をそれなりに相続したようだが、たぶんこれでほとんど吐き出したんじゃないか。イゼルローンに赴く前に俺を尋ねてきて、手配をしていった」
「冗談じゃない。そんなことをしてもらういわれはない」
「おまえさんは意地を張ってもいいかも知れんが、もうキャンセルはできんぞ。ユリアンは無駄金を使ったことになる。それにな、そちらのお嬢さんのことも、よろしく頼むとユリアンは言っていた。シュナイダーがユリアンに会って、詳細を報告したようだな。おまえさんのくだらない面子のために時間を浪費するべきじゃないだろう」
 結局、考えてもこれが最善の方法であるには違いなく、ポプランはクロジンデともども、親不孝号の客となった。
 既に偽造書類は揃えられていて、指紋や声紋を変えるための専門の医師も乗り込んでいた。ポプランとクロジンデは簡単な手術を受けて、別人になりすました。
「おまえさんはこれからイワン・コーネフを名乗る。まあ他に適当な名前を思いつかなかった。経歴はイワンと同じだ。ただし、こちらのイワン・コーネフは『戦死しなかった』。クロジンデ、君はイワン・コーネフの妻、ハリエットだ。旧同盟市民なんで、いろいろ設定を覚えておく必要がある。書類に目を通しておいてくれ」
 オーディーン宙域を脱する時に、帝国軍による査察が入ったが、書類が揃っていたため、そのままオーディーンを離れることはすんなりと了承された。
「これでいいのかしら。自分たちだけが逃げてきて」
 既に遠い一点となった惑星オーディーンを見ながら、クロジンデが呟いた。それに対してボリス・コーネフが口を挟んだ。
「それがいいかどうかは後々、あんたが決めればいい。とりあえず安全な場所まで送り届ければ俺の仕事は終わりだ。そこから先のことは知ったこっちゃない。だがね、逃げた云々で言えばむしろ逆だと俺は思うね。逃げたのは状況がここまで悪化していたにも関わらず見て見ぬふりをしたオーディーン総督や帝国軍だ。あんたは逃げなかったから、今こういう状況に置かれているわけだ。逃げた者が逃げなかった者を裁く、そんな決着の仕方が正義だとは俺にはとても思えんね。他人事ながら我が親友ヤン・ウェンリーも同意してくれるだろうよ。そんなのはただ醜悪なだけさ」
「ヤン提督ならそう考えるのかしら」
 クロジンデはポプランにそう尋ねた。
「提督ならば…ああ、まあそうだろうな」
 とポプランは答えた。
「それが自由惑星同盟流の考えなのね。今、私、分かった気がするわ。どうして父が帝国に背を向けてあなたたちと一緒に戦ったのか。その考えが正しいのかどうかは私にはわからない。でも、私みたいな女にとってはその考えはすごく優しい」
 クロジンデの眼にふと涙が宿った。転落の人生を歩みだして以来流す、最初の涙だった。ポプランは、その突然の涙にどうすることもできず、ただ、クロジンデを優しく、強く抱きしめた。
「ごめんなさい、泣いたりして。今、私初めて父のために泣ける気がするわ。父がもうこの世界にいないということがたまらなく寂しい」
「クロジンデ。自慢でも懺悔でもないが、俺は数えきれないほどの女と寝た。今ここで言うことじゃないかもないかも知れないが。しかしだからと言って、俺は相手のことを何も知らなかったし気にかけていなかった。君が言うとおりだ。俺は子供だった。君が俺をひとりの男にしてくれた。これから先の人生は楽なものではないかもしれない。でもきっと俺は君と一緒ならしあわせになれると思う。君のこれからの人生、俺にくれないか」
 ポプランとクロジンデは唇を重ねた。
「ポプラン、私は欲張りなのよ。あなたの人生を私が貰うのよ」
 そして二人は再び唇を重ねた。それが互いに了承の印であった。
 コーネフはそれを見てわざとらしい咳ばらいをした。
「あー、お楽しみのところなんだが、行き先を決めてもらいたいんだがね。どこへでもお連れするよ。ハイネセンでもイゼルローンでも」
「それならあそこへ行って欲しい」
 ポプランは行き先を告げた。
「あんなところへ?」
「再び歩みだすにはふさわしい場所だろう?それでいいね、コーネフ夫人?」
 ポプランはクロジンデに聞いた。
「どこへなりとも。あなたがいる場所が私が帰る場所なんだから、イワン・コーネフ」
 クロジンデ、ここから先はハリエット・コーネフとして知られることになるその女性は言った。
 以後、銀河帝国のいかなる記録からも、オリビエ・ポプランとクロジンデ・フォン・メルカッツの足跡は消失した。

Struggles of the Empire 第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり(5)

 
 ウルヴァシー方面軍司令官公邸から、皇太后ヒルダにユリアンたちは連絡を入れた。カリンの妊娠を、ヒルダも我がことのように喜んだ。
「お姉さま、カリンさんのこと、よろしくお願いいたします」
「もちろんですよ、ヒルダさん」
 ユリアンはこの時初めて、銀河帝国の皇太后と大公妃が私的な場面では互いを陛下、妃殿下とは呼ばずにより親密な、家族的な表現を用いていることを知った。
「陛下と妃殿下をもわずらわせることになって、申し訳ありません」
 頭を下げるユリアンに、
「およろしいのよ。ミンツさんは、私の夫のみならず、亡き弟にとっても友人であった方。家族も同然ですわ。お役にたてることが、私、嬉しいのよ」
「今後銀河の交通が発展してゆくうえで、妊婦や胎児が安全に宇宙航行できる技術の確立を目指さなければなりません。工部省に優先的に研究させましょう」
 ヒルダのその意見に、ユリアンはうなづいた。
「場違いですが、ついでにと言ってはなんですが、ヘル・ミンツには、政治向きの話をしなければなりません。あなたがたにイゼルローンに赴いていただいたおかげでワーレン元帥もどうやら立ち直られたようで、イゼルローン回廊の交通量増大に対応する策として幾つか建白をいただきました。幸い、ノイエラントの騒乱も終息しつつあり、アルターラントの状況も峠を越えました。状況に余裕が出来たため、メックリンガー提督は敢えて犠牲を増やさぬよう、時間をそれなりにかけて投降を呼びかけつつ、オーディーンを解放する策に転じたようです。
 勝機を掴みつつあるがゆえにかえって譲歩をしやすくなりました。かねてからお話しした件、オーディーン解放の目途がつき次第実行したいと思います。そのための話し合いも必要ですし、実行する時にはあなたにいていただく必要があります。
 敢えて酷なことを申し上げますが、カリンさんのことはアンネローゼお姉さまに委ねられて、ヘル・ミンツは急いでフェザーンにお戻りください」
 皇太后のその言葉にカリンは震える思いがした。初めての妊娠。これから毎日変わって行くだろう自分の身体と力強く育っていく新しい生命。不安と恐れがそこにないと言えば嘘になる。カリンは無意識に傍らのユリアンの手を探して、その手を強く握った。この握り返してくれる手がそばにいなくて、自分一人で出産に立ち向かえるだろうか。ユリアンがいない中で、自分はやっていけるだろうか。
 その思いを受け止めて、ユリアンもまたカリンの手を強く握った。
 さすがにカリンを気の毒に思ったアンネローゼが間に入った。
「ヒルダさん。政治向きのことは私にはよくは分かりませんし、口出しもいたしませんけれども、今、カリンさんからミンツさんを引き離すのはあんまりじゃないでしょうか。あなたがそうおっしゃるからには余程のことなのでしょうけれど、ミンツさん以外の他の方に代わっていただくわけにはいかないのでしょうか」
「お姉さま、残念ながらそういうわけにはいかないのです。これは私たちの義務なのです。皇帝ラインハルト陛下とヤン・ウェンリー提督、それぞれの後継者である私とヘル・ミンツがやらなければならないことなのです。他の誰にも代わりは務まりません。そのことはお分かりでしょう?ヘル・ミンツ」
「はい。分かっているつもりです。ミュラー元帥にお会いしたかったのですが、お待ちしている時間は無いようです。カリン、ひとりで、いや、お腹の中の子とふたりで頑張れるね?」
 カリンは本当は首を振りたかった。行かないでと叫びたかった。けれどもそうは出来なかった。ヤンの思いを継承したがゆえに、ユリアンは時に心無い中傷にさらされながらも、力の限りを尽くしてイゼルローン共和政府軍を率いてきた。その姿を見てきたカリンは、少しでもユリアンの力になりたいと思ったのではなかったか。であれば、今ここで追いすがって、ユリアンが行こうとしている道を塞いでしまう訳にはいかなかった。ユリアンが為そうとする大義を邪魔するわけにはいかなかった。
 その大義のために、ユリアンが全身全霊を捧げているのみならず、他の多くの者たち、カリンの父親のシェーンコップも命までなげうったのだから。
「行ってきて、ユリアン。そしてあなたがやるべきことを、あなたにしか出来ないことをやったなら、戻ってきて。私はここで待っているわ」
 ヒルダは立ち上がり、カリンに対して深々と頭を下げた。
 そして通信が切られた。

 その時であった。
 全館の電気が落ちて、暗闇が周囲を支配した。ユリアンは、銃を携帯していなかったが、ただちに警戒態勢をとった。本来ならばすぐにでも護衛も者たちが駆けつけてくるはずであったが、20秒が経過してもその気配は無かった。
「妃殿下、窓から離れて壁側に背を向けてください。カリンも」
 アンネローゼとカリンが言われた通りにした時、公邸の反対側、玄関ホールの方で爆発音がした。やがてその轟音が収まり次第、いくつかの銃声が間断なく聞こえた。
「大公妃殿下!」
 居室につながる扉の方から、幾人かの少年たちが駆けてきた。ユリアンは空手の構えを見せたが、
「この子たちは私に仕えてくれる者たちです」
 とアンネローゼが言ったため、構えを下した。
 少年たちは4人、すべてリップシュタット戦役後、アンネローゼが引き取って面倒を見ている貴族の子弟たちで、今は公式にグリューネワルト大公家の職員になっていた。彼らの長であるコンラート・フォン・モーデルは皇帝アレクの世話をするためにフェザーンに留まっていたが、それ以外は、ウルヴァシーにも同道していた。
「僕はユリアン・ミンツ、君たちの名を教えてくれ。名前だけでいい」
 順に、パウル、エルンスト、トリストラム、ギュンターと名乗った。
「そうか。居室棟は他に通じておらず、行き止まりになっているんだね?」
 4人の中でリーダー格のパウルが、
「はい」
 と頷いた。
「居室棟に銃火器はあるかい?探してくれないか」
「確か大公殿下の書斎と寝室にいくつか護身用の銃火器があったと思います。手分けして持ってきます」
 集められた銃火器はすべて短銃で、6つあった。そのうち4つを少年たちに回し、ひとつを自分が用い、もうひとつをカリンに渡した。
「一番奥の部屋は寝室になっているようだ。カリン、君はそこで大公妃殿下をお守りしてくれ。君も軍人なのだから出来るね?」
「分かったわ。あんたが来るまで絶対に寝室の扉は開けない」
「待ってください、ミンツさん。何が起きているのでしょうか?」
 アンネローゼが聞いた。
「分かりません。ただ異常事態が発生していることだけは間違いありません。このような状況になっても、護衛も使用人たちも駆けつけていません。用心をするに越したことはありません」
 ここウルヴァシーはかつて皇帝ラインハルトが地球教徒たちに襲撃され、ルッツ提督が戦死した場所だった。今は地球教徒の勢力も一掃されたはずだったが、かつての故事が不吉な思いをユリアンに抱かせていた。
「君たち、そして大公妃殿下。私は帝国軍の軍人ではありませんが、この中で身重のカリンを除けば唯一の実戦経験がある者として、指揮をとらせていただきます。生き延びるために指示に従ってください」
 全員が頷いた。
「カリンはただちに大公妃殿下を連れて奥の部屋へ。僕がいいと言うまで出てきてはいけない」
「分かったわ。さあ、参りましょう、妃殿下」
 カリンとアンネローゼは奥の寝室に退避した。
 窓側の壁全体にはシールドを下し、出入口を一枚の扉のみに限定した。
 その扉の壁沿いにパウルとエルンストが配置され、扉を開けて正面のところにトリストラムとギュンターが、強化ガラスのテーブルを盾にして配置された。ユリアン自身は扉に対して斜め45度の位置に立ち、三方向から侵入者を迎撃する構えであった。
「パウル、ここの警護隊長は誰だ?その人の経歴を教えてくれ」
「フランケンハイマー中佐です。元はロイエンタール元帥の旗下にあった方ですが、更にその前はキルヒアイス提督の部下だったそうで、ローエングラム王朝に対する忠誠はまずは疑わなくてもよいかと思います」
「適切な助言だ。ありがとう」
 その時、閉ざされていたドアがカギで開けられようとした。
「待て!ドアを開けるな。侵入次第、撃つ」
「我々は警護隊の者だ。この公邸はテロによって半壊している。大公妃殿下の御身を守るために入らせてもらう」
「フランケンハイマー中佐を連れてくるように。彼自身があなたがたが警護隊の人間だと証明しない限り、中に入れるわけにはいかない」
「中佐殿は負傷された。今、お連れするのは無理だ」
「ならば、ミュラー元帥の到着を待つ。大公殿下によってあなたがたの身分が保証されない限り、侵入次第、発砲する」
「おまえは誰だ。おまえに我々に指図する権限はない」
「元自由惑星同盟軍中尉ユリアン・ミンツだ。大公妃殿下の御下命によって、臨時にこの公邸の警備責任者となっている。君たちは私の指示に従う義務がある」
「同盟軍の指示になど、従う義理はない!」
 ドアが開けられ、一人の男が侵入しようとした時、正確に5つの銃弾がその男を刺し貫いた。血を吐きつつ、その男は横向きに倒れた。
「パウル、その男の顔を見てくれ。見たことがある顔か?」
「いいえ!知らない男です」
 ユリアンはその言葉で、この者たちがテロリストの一味であると確信した。
 恐ろしいのは催涙弾や手榴弾が投げ込まれることだった。元々、安全のためか、扉の幅は狭くなっている。ひとりずつしか出入り出来ないのだから、少年たちの銃口で侵入は阻止できるかも知れない。しかし手榴弾などが放り投げられれば、彼らでは対応できない。投げ入れられる瞬間を狙って、ユリアンが銃弾で叩き潰すしかない。数分、数十分のことならばともかく、数時間、ともすれば数日の長丁場になりそうだった。
 しかしやり抜かなければならない。カリンのお腹の中の子のためにも。
 ウルヴァシー公邸襲撃事件はこうして始まった。

2012-10-15

Struggles of the Empire 第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり(4)


 超光速巡洋艦は維持費、運航費が通常の艦船の2倍から3倍かかるばかりではなく、建造費そのものが通常型宇宙戦艦の5隻分に相当することもあって、帝国軍でも未だに試作初号機が建造されたに過ぎず、ルシファーと名付けられたその艦船はイゼルローン要塞に配備されていた。緊急の時に、ワーレンが用いられるよう、フェザーンから最も遠い位置に配属されている元帥であるワーレンに与えられていたが、ワーレン自身はこれまでそれを用いたことは無かった。
 イゼルローンとフェザーンを最短時間で結ぶというこの艦船に与えられた本来の使命で、この艦船を用いたのはユリアン・ミンツが最初ということになる。この時点でのユリアンの立場は一民間人に過ぎなかったが、このような特別な便宜を計られること自体、実質的には彼が一民間人ではないことを示していた。
 帝国暦4年4月25日、宇宙塵の発生によって大きく迂回航行を強いられていた超光速巡洋艦ルシファーは、ガンダルヴァ星系に差し掛かったところで、惑星ウルヴァシーに緊急着陸をした。
 乗員カーテローゼ・ミンツに、妊娠兆候が見られたからである。
 着陸後すぐにウルヴァシー最大の軍病院にて精密検査を受けたカリンは、夫のユリアン・ミンツとともに、検査報告を担当医から受けた。
「確かに妊娠していますね。妊娠半月というところでしょうか」
「それで、赤ちゃんは無事なんでしょうか」
 カリンはそう言いつつ、ユリアンの手を握りしめた。
「ええ、さいわい、異常は一切認められません。念のため一部組織を採取してDNA検査をしましたが、破損は認められませんでした。宇宙航行は確かに胎児にはよくはありませんが、すべての胎児が悪影響を蒙るわけではありません。あくまで確率の問題です。まずは安心なさってよろしいかと思われます」
 カリンとユリアンはほっと胸をなでおろした。自分たちがあちらこちら移動したがために、子に障害でも負わせたならば悔やんでも悔やみきれないところであった。
「ありがとうございます。安心しました」
 ユリアンはそう言って、医師に頭を下げた。
「良かったですね。あなたがたはお父さんとお母さんになられるわけだ」
 そう言われてようやく、ユリアンとカリンは、これは喜ぶべき慶事なのだと気づいた。これまでは胎児の状態が心配のあまり、喜ぶとかそういう状況ではなかったのである。
「ありがとうございます」
 ユリアンとカリンは再び頭を下げた。
「しかしですね、これ以上の航行はお勧めできません。やはり危険なのは確かですからね。お子さんのことを思えば、無理をしてでも出産なされるまではウルヴァシーに留まるのが賢明でしょう」
「ええ、よく考えてみたいと思います」
 ユリアンたちは検診室を出て、ふたりで喜びの声をあげた。
「おめでとう、カリン。君はお母さんになるんだね」
「ええ、あなたもお父さんよ、ユリアン」
 ユリアンとカリンは、カリンの腹部を圧迫しないように気を付けながら強く抱き合った。
「不思議ね、あのワルター・フォン・シェーンコップがおじいちゃんになるなんて」
「そうだね」
 ユリアンも自分の両親のことを思った。そして自分とは仲が悪かったあの祖母のことも。思えば、あの祖母にとっては生まれてくる子は曾孫になるわけで、気が合おうが合わなかろうが、こうして血統が続いてゆくことに不思議な思いがした。一方で、ヤン・ウェンリーをどれほど敬愛しようとも、ヤンの血筋はこの子には伝えられない。けれども精神的なものは継承できるはずだ。生まれてくる子が大きくなれば、「ヤンおじいちゃん」がいかに優しい人だったか、いかに無私の人だったか、責任からは決して逃げなかった人であったことを語って聞かせようとユリアンは思った。
 病院の超光速通信設備を借りて、ユリアンとカリンはまず、ハイネセンのフレデリカに連絡を取った。フレデリカは首相であるから、当人が出てくるまでに何人かの人物の引継ぎがあったが、数十分後に画面に現れたフレデリカは、ユリアンとカリンを見るなり、
「おめでとう、ふたりとも。お父さんとお母さんになるのね」
 と言った。
「何も言っていないのにどうして分かるんですか?」
「だって、あなたたちふたりともそんなに嬉しそうな顔をしているなんてそれ以外に考えられないもの。ねえ、ユリアン、今自分がどれだけ幸福そうな顔をしているのか、鏡をごらんなさいな」
「まだ妊娠が分かったばかりなんです。生まれてくるまでには10ヶ月はかかるんでしょうけど、私、嬉しくて」
 カリンの眼からはダイアモンドのような光が流れ落ちた。
「シェーンコップ中将もきっと喜んでいらっしゃるわ。本当におめでとう、カリン」
 カリンはうなづいた。
「ところでユリアン。このことを知らされたのは私が最初だと自惚れてもいいのかしら」
「もちろんです。僕たちは何をおいてもまずフレデリカさんに知っていただきたくて」
「ありがとう。私もこの知らせをみんなに言いたくてしょうがないけど、一日は黙っておくことにするわ。その間に、リンツ大佐にはあなたたちが自分でお知らせすべきだと思うわ。カリンのお父さん代わりの人なんですからね。それとキャゼルヌ夫妻にも」
「そうするつもりです、ありがとうございます、フレデリカさん」
 カリンは礼を言った。
「それで、気が早いかも知れませんが、僕とカリンからフレデリカさんにお願いがあるんです。生まれてくる子にヤン提督をおじいちゃん、フレデリカさんをおばあちゃんと呼ばせても構わないでしょうか」
 その言葉にフレデリカはにっこりとほほ笑んだ。
「この年齢でおばあちゃんになることにはちょっとした躊躇いがあるけれど、そうね、喜びはずっと大きいわ。気を使ってくださってありがとう。喜んで、おばあちゃんにならせていただくわ。ヤンも本当に喜ぶでしょうね」
 フレデリカへの報告を終えた後、ユリアンたちはリンツに連絡を取った。
 リンツもまた大喜びをしてくれて、子が生まれたら一度顔を見せにハイネセンに来るようにと言った。
「そうするつもりです。ヤン提督のお墓にも赤ちゃんを見せなければいけませんし」
「そうだな、ユリアン。お墓と言えばまだ、あの墓が奇跡のヤンの墓だとはマスコミにはばれていないようだよ。先日早朝に、ヤン夫人を案内してお連れしたところだ。ヤン提督にとってもお孫さんになる子供だ。カリン、体だけは十分にいたわってくれよ」
 カリンはその言葉ににこやかに、そして力強くうなづいた。
 キャゼルヌ夫妻に報告した際の狼狽ぶりは滑稽なほどであった。
「ああ、なんて素晴らしいことなの。おめでとう、ユリアン、カリン」
「よくやった。よくやったなふたりとも」
 キャゼルヌはそう言ってバンザイと叫んだ。そこまで狂喜してくれるとはユリアンもカリンも予想外であったが、自分たちが思うよりずっと、他の人々の思いによって支えられているのだと改めて思い知った。生まれてくる子にも人の愛を知り、その絆を大事してゆけるように育って欲しいとユリアンたちはそう思った。
 その後、ワーレンにのみ連絡をして、ワーレンからひとしきり祝いの言葉を受けて、今日のところはまずはこれまでにして、荷物を取りに船に戻ろうとして、病院のロビーに出た。
「ああ、ユリアンさん、カリンさん。ウルヴァシーに緊急にいらっしゃったとうかがってお待ちしておりました」
 ロビーで二人を待っていたのはグリューネワルト大公妃アンネローゼであった。
「これは大公妃殿下、わざわざのお運び、恐縮です」
 ユリアンとカリンは同盟式の軍人の最敬礼を行った。ユリアンが皇太后ヒルダ、ミュラーと親しい関係から、フェザーンに居住後は、すでに何度となくアンネローゼとも夫婦そろって面談していた。アンネローゼは亡き弟、皇帝ラインハルトにとっては最後の友ともいえるユリアンに対してはむろん敬意を示していたが、そればかりではなく、親交を交えるに従って、アンネローゼとミンツ夫妻の間にも友情が形成されていた。ミンツ夫妻はグリューネワルト大公夫妻の結婚式にも出席していたし、新居に招かれた最初の客でもあった。
「カリンさん、お体は大丈夫?」
「はい、病気ではなくて妊娠しただけですから。幸い、おなかの中の赤ちゃんも無事で」
「まあ。おふたりとも、おめでとうございます。心からお祝いを申し上げます。そうと分かったらなおさら、ぜひ、私のところにご逗留ください。赤ちゃんがお生まれになるまでは動かさないほうがよろしいのでしょう?」
「ありがたいことですが、よろしいのでしょうか」
 ユリアンが聞いた。
「もちろんんですとも。放っておいたら私が夫から叱られますわ。あいにく、夫は二三日は視察に出ていますが、視察を終えたら戻ってきます。夫もおふたりの滞在を喜んでくれますわ」
 カリンの状態が状態でもあるので、この申し出は正直、ユリアンとカリンには有難かった。
 こうしてユリアンとカリンは、ウルヴァシー方面軍司令官公邸の客となった。

2012-10-14

Struggles of the Empire 第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり(3)


 影から他人を攻撃することは出来ない。隠れているつもりでも、攻撃を続ければやがてはその出処は明らかになる。
 ノイエラントの騒乱は、その陰謀の出処をケスラー憲兵総監に指し示すことになった。
「そうか。警察か。警察は軍とは違ってほとんどが現地採用、必然的に旧同盟警察の人的ネットワークが維持されている。旧同盟警察が絡んでいる組織ならば、旧同盟軍のユリアン・ミンツらが知らなくても道理。軍と警察はどこでも不仲であるあらな」
 後世に「新帝国暦4年の騒乱」と一括して表現されることになったこの事態では、政治学者や社会学者たちによる数多くの一般市民への聞き取り調査が残されている。
「それは民主主義は欲しいし、あって当然だと思うわ。でもだからと言って、今の枠組みを壊すのはね。ローエングラム王朝はまずまずの統治をしていると思うわ。暮らし向きは良くなっているし、社会には明らかに活気が出てきている。自由惑星同盟ね、もちろん懐かしいけれど、過去の存在よね。だって、いろいろ問題があったから滅びたわけで、そう簡単にむかしはよかったとは言えないと思うの。もちろん、帝国ももう少し市民の権利とかそういうのを重視して欲しいと思うから、デモにも参加しているけれど、同盟復活を望むっていうのは、まあ、方便よね。実際にはみんな、今の大枠は壊したくないんじゃない?」
 シヴァ星系住民のこの女性の声は、ノイエラント住民の平均的な意見を集約していた。政治的にはもう少しリベラルになり、市民の政治的参加を認めて欲しいとは思っていたが、だからと言って現在の政治体制の根幹を揺るがすのは御免だと思っていた。無論、軍や警察がデモを流血で以て鎮圧するような動きがあれば事態はエスカレートして、デモが反乱に、反乱が独立運動に発展する余地はあった。
 軍は一歩引いて、鎮圧や規制を警察に任せる姿勢を示していたが、4月の末日までには旧同盟警察の動きをケスラーが掌握したことから、積極関与に転じた。旧同盟警察がデモを規制するふりをして、実際には火付け役になっているのは疑うべくもなかったが、それはまだしも致命的な問題ではなかった。懸念すべきは、帝国への反感を高めるために敢えて民衆に対して物理的暴力を加えるのではないかということだった。そうなる前に、ケスラーは主導権を軍が握り返し、警察が関与できる余地を可能な限り封じ込めたのであった。
 それと同時に、エルスハイマーに根回しをしたうえで、ヒルダとミッターマイヤーに進言、内務省が主導して警察、公安の一斉パージを開始した。その過程で、旧同盟警察の秘密組織の存在が明らかになり、彼らが今回の事態の主犯であることも明らかになった。

 皇太后執務室で、皇太后、国務尚書、内務尚書、軍務尚書、帝国軍総司令官、憲兵総監が集まり、皇太后の政治学担当補佐官であるリヒャルト・ホーフスタッターが簡単な講義を行っていた。
「まず社会の構成員を、収入を不労所得を除外して勤労によって得ているかどうか、収入における税負担の割合で、社会当事者度でもって個々人を分類します。更にそれに、収入の多寡と、実体経済との関連性によって補正値を掛け合わせます。たとえば、公務員は勤労によってその所得を得ていますが、実体経済の影響を受けにくいので、社会当事者度は低くなります。
 そしてあらゆる社会的な問題を、貨幣によって置き換えて妥協可能かどうかという点で、妥協可能性の程度で数値をつけます。たとえば、ある産品からどの程度の税をとるかどうかは、単純に税率の問題であって価値判断が入り込む余地はほとんどありません。話し合いで決着をつけやすい問題です。対して、人工中絶を認めるか否かというような問題では、個々人の倫理観や宗教観とリンクしており、妥協可能性がほとんどありません。
 社会当事者度の高低が、問題の妥協可能性にどう関係してくるかをグラフ化しますと、社会当事者度の低い者、金利生活者、年金生活者、学生や専業主婦などの被扶養者、そして公務員や教員などは、妥協可能性が低い問題をより重視し、固執する傾向があります。簡単に申し上げれば『生活の糧を稼ぐことから距離がある者ほど、食うための問題には関心が薄く、よりイデオロギー的な傾向を強めやすい』ということです。
 従って社会当事者度が低い者の割合が増えれば増えるほど、財政的な負担が生じるのみならず、社会全体から妥協可能性が失われてゆくことになります。食うために働いている者は、職場の上司が嫌な奴でも、妥協できる範囲内で妥協しようとします。食うために働く必要がない者は、妥協する必要がなく他罰的な傾向を強めます。
 警察官が公務員であるがゆえに、今回、陰謀をもてあそぶ主体になったということは、非常にありそうなことです」
「そういう意味では小さな政府路線を採る帝国の基本政策は間違ってはいないということだな」
 エルスハイマー内務尚書が問うた。単に財政的な負担を減らすというのみならず、社会の妥協可能性を強めることこそがローエングラム王朝銀河帝国の生存にとっては不可欠であったからである。
「そうとも言い切れません。失業者についての調査では、失業の期間が長いほど、あるいは失業率が高く社会当事者度を強める可能性が低いほど、やはり妥協可能性が低くなってゆく傾向があります。絶望的な状況が強まれば民意は過激化するということです。失うものがない人間は、おそれを知らなくなりますから。
 社会当事者度が低い者たちは、実体経済や勤労者に依存しています。その増大は、財政を悪化させる要因となり、なおかつ、妥協可能性を弱めるとなれば帝国にとっては有害でしかない存在に思えるかも知れません。しかし、一人の人間が、ライフサイクルのときどきによって学生になり、勤労者になり、年金生活者になるように、社会当事者性が低い者たちを敵視すればそれは将来の勤労者やそれがもたらす実体経済を破損することになりかねません。
 重要なのは、例えば公務員などにも信賞必罰を強化したり、実体経済に応じて俸給を増減させるなど、社会当事者性を強めること、失業者に職業訓練を施すなどをして、勤労者に戻して、社会全体の社会当事者性を強化することです。
 それに、社会当事者性が低い者たち、たとえば学生などが過去の人類社会において改革の原動力となってきたことなども踏まえれば、人類社会を劇的に進化させるパラダイムの変換は、そうした「有閑階級」の余技によってなされてきたと言っていいでしょう。健全な人類社会の発展のためには、妥協することも大事なのと同じく、時と場合によっては妥協しないことも大事なのです。
 社会当事者性の高低で誰かを断罪するのではなく、その配分が社会全体で適切な水準を維持するように政策をうってゆくことが重要です」
 ホーフスタッターの講義は帝国首脳部にひとつの方向性を与えた。

 警察のパージを開始して以来、ノイエラントの混乱は急速に終息した。デモはいまだに続いていたが、通常の市民集会の規模に落ち着き、軍は通常任務に戻り、行政機構は活動を再開して、遅滞を取り戻しつつあった。
 警察官のうち100万人弱が解雇され、そのうち半分弱に内乱誘発罪が適用されて検挙された。彼らは留置惑星として用いられていたいくつかの惑星に分かれて送致され、そこで帝国憲兵によって取り調べを受けた。皇帝の勅許、もしくは内閣の決定があれば非軍人の公務員についても、内乱誘発罪については軍法による処断が可能だという規定に沿って、彼らの身柄は内務省、司法省から離れて、軍務省が管理することになった。
 新帝国暦4年5月5日に、帝国軍総司令官ミッターマイヤー元帥は、ノイエラントに展開していた各艦隊のうち、宇宙艦隊司令長官ビッテンフェルト元帥が率いる黒色槍騎兵艦隊についてドライ・グロスアドミラルスブルク要塞への帰陣を命じた。次いで、ジンツァー艦隊に対してウルヴァシーに向けて撤収するよう命じた。
 ローエングラム王朝成立後の最大の危機を、皇太后ヒルダとミッターマイヤー首席元帥はかろうじて乗り越えつつあった。

2012-10-13

Struggles of the Empire 第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり(2)


 あのような事件があっても、ノイエラントが騒然としても、なおもイゼルローンにおいては静寂は無縁であった。帝国軍がデモに対して、慎重にそのプレッシャーを受け流す構えを見せたことから、デモの多くは結局、デモにとどまった。既に旧帝国領からの移住者も多く、学生や勤め人たちはデモを終えると学校や職場に戻り、休みの日には再びデモに参加した。
 デモの圧力を軽視すべきではなかったが、結局は秩序あるデモンストレーションに終わった。むろん、そうなったのは帝国軍が力を受け流したからで、まともに正面からぶつかっていれば流血事件のひとつやふたつは起きていたはずで、そうなれば事態はエスカレートしかねかった。
 帝国軍相手に対するテロも発生したが、その被害が比較的軽微であったのは旧同盟市民がテロを支持していないからであった。何者がテロを企んだとしても民衆からの支持がなければ民衆の中にテロリストは姿を隠すことは出来ない。ブラウンがテロの標的としてワーレンを選んだのは失敗であった。
 帝国軍人ではあってもワーレンはノイエラント治安維持の職責を果たした男であり、善政を敷いた。気さくな人柄は旧同盟市民にも親しまれ、立場の違いを越えて、旧同盟市民との間には友情のような感情が形成されていた。これが殺害されていたのがレンネンカンプか、あるいはその息子であったならば旧同盟市民は喝采したであろう。ワーレン当人を狙うならばともかく、その息子を殺害したことによって、世論は一気にワーレンに対して同情的になった。ワーレンはわりあい公の場面でも、息子を溺愛していることを隠そうとしなかったから、子を持つ親ならば誰でも、あれほど溺愛していた一人息子をこのような形で殺されて、ワーレンがどれほどの痛みを味わっているかを思えば他人事とは思えず、地球教のテロによって同盟市民希望の星であったヤン・ウェンリーが殺害された例を思い浮かべても、いかなる大義を掲げようがテロは許されないというはっきりとした意思が市民レベルで醸造されたのであった。
 ワーレンが傷を受けたのも知らぬ風に気丈に振る舞えば、むろんその気丈さは賞賛されたであろうが、同情はやがて帝国軍人という一枚看板を掲げたワーレンに対しては薄らいでいったであろう。しかし期せずして、ワーレンの態度は無様であった。
 今回のテロではワーレン自身被害者であり、遺族であったが、そもそもがワーレンを狙った犯行であるのは明らかであったので、巻き添えを食った他の犠牲者や遺族に対しては、道義的な責任があった。
 ワーレンは被害者や遺族を見舞う中で、帝国元帥として威厳を保つことが出来ずに、彼らと肩を組んで共に泣き崩れ、再び立ち上がることもかなわぬほどに、うつぶせた。威令を保つべき帝国元帥としては醜態であった。その醜態がメディアを通して全銀河系に流れたのである。しかしその醜態は人間としては真実の姿を映し出していた。
 人々は立場の違いを越えて、その真実の姿に胸を打たれたのであった。
 ノイエラントのデモが、二三の例外を除いて、理性を越えて暴徒化せずに済み、更なるテロが抑えられたのは、因果関係を定量化してはっきりと示すことは出来ないにしても、ワーレンが示した一個の人間としての誠実さが再びこのような悲劇を繰り返してはならないという固い誓いを人々の胸に刻んだのは疑うべくもなかった。
 他の元帥たちは歯を食いしばることによって、ワーレンは歯を食いしばらないことによって、共にローエングラム王朝を守ったのであった。

 執務室に案内されたユリアンとカリンは、ソファに腰かけて、窓の外で宇宙船が行きかうのを眺めているワーレンを見た。ふたりの入室に気づくと、ワーレンはゆっくりと立ち上がり、
「遠い道のりを経て、よく来てくれた」
 と言って、新たにつけられた右腕の義手を握手として差し出した。
 数秒、ユリアンはワーレンを見つめていたが、ふいに涙をこぼして、そのままワーレンの肩を強く抱いた。ユリアンの涙は、ワーレンの肩にしずくとなって落ち、濡らした。
「そうか。そうか、卿は俺のために泣いてくれるのだな。俺と俺の倅のために。ありがとう。ありがとう」
 ワーレンも強く、ユリアンを抱きしめて、大粒の涙を流した。カリンはふたりの肩に手を置き、やはり涙をぼろぼろと流した。この涙を届けるために、ユリアンはひと月の旅程を経て、イゼルローンに赴いたのであった。
 半時ほどたって、ようやく落ち着いた後、ソファに腰かけて、ユリアンとカリンに対面したワーレンは、心からの感謝の言葉を言った。
「今このような時、卿もフェザーンを離れている余裕は無かっただろう。皇太后陛下も卿をとどめおきたかったに違いない。それでも卿は俺のためにここに来てくれた。皇太后陛下もそれを許された。ミンツ夫人にまで長旅を強いてしまった。卿らの友情、この恩義を生涯忘れはしない」
「私も親しい人、家族をテロで失いましたから。ワーレン提督のお悲しみはかけら程度であっても理解できるつもりです。今はうわべだけを見て、思ったよりも元気そうでよかったなどとは言わないでおきましょう。思った通りに、そうお元気ではいらっしゃらないというのが正直な感想です。けれども、人であるならばそれはあたりまえのことです。まして、子を失くされたのですから。私と妻にはまだ子はいませんが、いつも想像しています。その想像の子でさえ、もしこのような形で失われたならと考えたら胸が張り裂けそうになるのですから、提督が打ちひしがれても当然です。そういう時に支えるために、私のような友がいるのですから」
「ありがとう。このようなことが起きてしまって、正直、まだ昨日のことのように悲しみは生々しい。だが、少しづつではあっても立ち直りつつあるのだ。自らも子を失くしたテロの犠牲者が気丈にも私を慰めてくれた。銀河の端から波濤をものともせずに卿たちのようにただ慰めを与えるためだけに訪れてくれた者もいる。悲しみの中にあってこそ、私は人間がいかに気高いのかを知った。そのことによって、生命を与えられし者として、悲しみを希望に変えつつある。今日は卿たちが来てくれた。そのことがすごく嬉しい。喜びを感じたのは久しぶりだ」
「そうおっしゃっていただけて、来た甲斐があったというものです」
「私はもう、大丈夫だ。悲しみは決して薄れることは無いだろうが、悲しみを悲しみとして抱えて生きてゆくことは出来る。トーマスもそれを望んでいるだろう。そういえば、ヘル・ミンツ、卿とヤン夫人に謝罪しなければならないことがひとつある」
「それがなんであれ、許しますよ」
「まあ、一応、聞いてやってくれ、卿の口添えでヤン夫人からせっかくいただいたヤン提督の遺品の万年筆だが、倅の遺体と共に焼いてしまった。あの事件の時も倅はそれを持っていたんだが、事件後に確認したが万年筆自体には破損は無かった。しかしあれは倅がとても大事にしていたものなので、本当は歴史的な遺物として、後世に残すべきものなのだが、親としてわがままを言って、一緒に焼いてしまった。ヤン提督の遺族としても、歴史家としても卿は俺を批判する資格がある」
「そのどちらででも批判はしませんよ。差し上げたものをどうなされようがご自由ですし、それに差し上げたものをこう言ってはなんですがあれ自体には大した価値は無いものです。市販の大量生産されている万年筆ですから」
「いやいや、ヤン提督ご愛用というところに価値があるのだ」
「そんな身の回りの日常品を聖遺物のように扱われることにヤン提督ならばこそばゆく感じられるでしょうね。ヤン提督がお使いになっていた日用品なら、私もフレデリカさんもまだまだごまんと持っておりますから、ご心配には及びません」
「そうか、そう言ってもらえれば気持ちも楽になるが」
「さて、それではそろそろおいとましようか、カリン」
 ユリアンはカリンを促しつつ、立ち上がった。
「何だ?今日はもうホテルに帰るのか?ホテルなんて予約を取り消して俺の家に何か月でも泊まれよ」
「いいえ、ホテルは予約していません。用は済みましたし、この足でフェザーンに戻るんです」
「なんだと?それはあんまりすぎないか?イゼルローンは卿らにとってもなじみがある場所、むかしなじみの場所を数日かけて歩いてもいいじゃないか」
「そういうわけにはいきません。提督がおっしゃったように本来なら私は今はフェザーンを離れられる状況じゃないんです。一日でも早く戻らないと、皇太后陛下がお待ちなさっておられるでしょう」
「ふむ。それでも卿は来てくれたのだな。二ヶ月も時間を無駄にすることが分かっていながら、俺のために」
「提督と私の友情のためにです。私自身、提督のお顔を見て安心したかったのです」
「分かった。あいにくうちの艦隊は出払っているが残っている艦船のうち、一番速いものを用意しよう。ビッテンフェルトの旗艦よりも速いぞ。なにしろ最短で20日弱でフェザーンに到着する。イゼルローンにしか配備されていない最新鋭の超光速巡航艦だ。それを使うがいい。ただ用意が整うまで6時間程度はかかる。それまで思い出の地を回ってはどうかな?」
「それではその時間を利用して行っておきたい場所があります。場所を教えていただけますか?」
 結局、ワーレンはユリアンとカリンに付いて行った。目的地がワーレンの息子、トーマスの墓参だったからである。
 イゼルローンは人工天体なので土がない。土葬が出来ないため、死者は基本的に火葬される。いずれ土葬にすべく遺体が保存されていたヤンは特殊な例外で、ヤン艦隊の戦死者たち、パトリチェフも、メルカッツも、みな火葬されていた。居住区の外れに納骨堂があり、目的の場所につくまでに、ユリアンたちはパトリチェフ、ブルームハルト、メルカッツ、フィッシャー、それにロムスキー医師の遺骨を見舞った。その近くにあるひとつの区画を指して、ユリアンはワーレンに言った。
「義父です」
 墓碑銘には「ワルター・フォン・シェーンコップ、恋に生き、戦いに死す。美女たちの涙の海で溺死」と刻まれてあった。ワーレンはなんだこれはという表情をカリンに向けた。
「えっ、えーっと、これは違うんです。ポプラン中佐が父の墓碑銘はこうでなくちゃいけないと言って。私はもうちょっと普通なのがよかったんですけど、ローゼンリッターの人たちがこれがいいと言って。そう言われるとそれもそうかななんて思ったりしたりして。もうやだ、だから普通のがいいって言ったのに!」
「カリン、ワーレン提督は何もおっしゃっていないよ」
「だって、変だと思われたでしょう?実際、変だし」
「いやいやそんなことはない、ミンツ夫人。かの高名なシェーンコップ中将らしいじゃないか。ロイエンタール元帥の墓碑銘はどうだったかな」
「あっ、あのっ」
「うん?」
「厚かましいんですけど、ワーレン提督にお願いが一つあるんです」
「なにかな?」
「ワーレン提督はトーマスさんのお墓参りにけっこういらっしゃいますよね。その時、ついでと言ってはなんなんですけど、お余りでいいんです、余った花の一本でも、この男の墓に備えてくださったら、すごく嬉しいんですけど、やっぱりご面倒でしょうか」
「いや、そんなことはない。今まで気づかなくて申し訳なかった。友人として気づいておくべきだったな。卿らはフェザーンにいてそうそう頻繁にこちらには来られないのだし、卿らの代理として、シェーンコップ中将のみならず、ヤン艦隊の面々、メルカッツ提督の墓前にも花をそなえよう。約束する」
「そうしてくださると私もありがたく思います」
 ユリアンはワーレンに頭を下げた。カリンもあわててそれに倣った。
 トーマス・ワーレンの墓前には花がうずたかく供えられていた。まだ事件の記憶が新しく、ワーレン家以外の一般市民も、花を供えてくれていた。
「トーマス、おまえが会いたがっていたユリアン・ミンツが会いに来てくれたよ」
「そうなんですか?」
「あいつはまったく、帝国元帥の息子のくせに同盟びいきというか、ヤン艦隊が大好きでね。卿は年齢も近いから親近感を抱いていたようだ。若くして全軍を率いた卿に、自分の夢のようなものを重ねていたのだろう」
 ユリアンはひざまついて手を合わせた。宗教心のようなものはもちあわせていなかったが、死者を前にして祈る時、自然と神のようなものを思った。死者の魂が安らかになれるようにと願うその心は、神が死者のためのものではなく、死者の面影を胸に抱いて生きてゆかなければならない者たちのものであることを物語っていた。

2012-10-12

Struggles of the Empire 第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり(1)

Though nothing can bring back the hour of splendor in the grass,
glory in the flower.
We will grieve not,
rather find strength in what remains behind.

- William Wordsworth

 帝国軍、人材を輩すること綺羅星の如しとも言われたが、アルターラント全域、ノイエラント全域に軍を展開する中で、さすがにミッターマイヤーは持ち駒の不足を痛感せざるを得なかった。当面の焦点はウルヴァシーであった。ウルヴァシーはノイエラントにおける帝国軍最大の拠点であり、ノイエラントからフェザーンに向けて攻め込まれた時の最終防衛拠点であった。ここに配されていたビッテンフェルト、バイエルライン、ジンツァーはいずれも艦隊を率いて各地に転戦しており、ウルヴァシーにはフェザーンの防衛隊が張り出す形で艦船の補充がなされていたが、指揮を執るにふさわしい提督が不足していた。
 ルーヴェンブルンの七元帥のうち、アイゼナッハは暗殺され、ミュラーは退役、ワーレンもイゼルローン総督の任は辞していないものの、未だに使える状態ではない。数万の艦船からなる大軍事力を擁するのは未だ銀河帝国ローエングラム王朝のみであり、その意味ではまだ帝国が生き死にを考える段階ではない。しかしいかに軍事力を擁しようとも、崩れる時は内部から崩壊してゆく、そのことをゴールデンバウム王朝と自由惑星同盟、フェザーン自治領という3つの国家の死を目の当たりにしてきたミッターマイヤーは知っていた。それを思えば安穏とはしておらず、せめてフェザーンにはいささかの動揺も引き起こさぬために、ウルヴァシーにおいては絶対の守りを固める必要があった。
 今となってはそれが出来るのも、ミッターマイヤーが思いつくあてもただ一人しかいなかった。
 ルーヴェンブルン宮殿東翼には皇帝の居室があり、それを守るようにしてグリューネワルト大公夫妻が東翼を差配していた。
 この動乱が始まって以後、疾風ウォルフが鉄壁ミュラーに面談を求めたのは初めてのことであった。ミッターマイヤーは内廷の奥深く、質実ではあるが豪華な調度に囲まれた居間に通され、グリューネワルト大公を待った。単身、グリューネワルト大公が入ってくると、ミッターマイヤーは立ち上がり、皇位継承順位第一位の女性の夫君であるこの人物に対して最敬礼の姿勢を採った。
「ご無沙汰しておりました、殿下。なにぶん多事多難な状況でして」
「そのようですね、閣下。どうぞおかけください。それとここには私たちしかおりませんし、私のことは閣下の部下である軍人として扱ってください。御用の向きもおそらく、その方面のことでしょうから」
「そう言っていただけると有難い。ではミュラー元帥にお願いしたいことがあります。実は状況が落ち着くまで、一時的に現役復帰していただいて、ウルヴァシーの守りを固めていただきたいのです」
「閣下のご要請とあれば否とは言えませんが、私は今は皇族です。皇族が軍事に関与する弊をご考慮なさった上でのお考えでしょうか」
「はい。まことに勝手ながら、時機を見て、ジンツァーなりバイエルラインに余裕ができ次第、交代していただこうと考えています。ですからこの措置はごく一時的な措置で、後世に与える弊害の度合いはごく少ないと考えます」
「閣下、ごく短期であるにせよ、この措置はかなり異例のことになろうかと思います。まず第一に、政府部内から異論が生じるかも知れません。第二に、退役した私をも投入するとなれば帝国にそれだけ余裕が失われていると喧伝することになりかねません」
「政府部内についてはすでにフェルナー軍務尚書を通して根回しをさせています。国務尚書、内務尚書、司法尚書、財務尚書、民政尚書、宮内尚書からは止むを得ざる事態にて同意との内諾を得ています。皇太后陛下もミュラー元帥と大公妃殿下さえご了承ならばとの条件で承認していただきました。第二のご指摘については、実際、我々は相当に追い詰められています。もはや隠し立てできる段階ではありません。与えられたカードの中で最善を尽くすべき時に来ています。元帥にご出馬いただくには他では得られない利点が三つあります。ひとつは、鉄壁ミュラーの出陣によって、帝都の守りは安泰であるとの安心を国民に与える効果があります。これは他の誰でも代わりが利きません。ふたつは、兵たちからの支持という点において帝国軍随一である閣下にご出陣いただければ、将兵の士気が一気に上がります。両面において暴動を抱え、帝国軍将兵は今や不安にさいなまれています。その気分を思い切った措置で変換する必要があります。そしてみっつめとしては、元帥が皇族であられる以上、ローエングラム王家の覚悟をこれによって示すことが出来ます。先帝陛下がご存命であれば、必ずや親征によって王朝の覚悟を示したもうたことでしょう。今、皇族の中においてそれがお出来になられるのは元帥以外にはおられません」
「分かりました。閣下のお考えがそういうものであるならば私の方に異存はありません。再び元帥杖を握らせていただきましょう。と言って、今更、オルラウらを呼び戻していただくわけには参らぬのでしょうね」
「はい、申し訳ございません。オルラウ提督はオーディーン攻略の最中にあり、元帥の旧艦隊司令部の面々も同道しております。さきほどはいかにも名誉職めいたお話をしましたが、実際にはかなり困難な実際的任務を果たしていただかなければなりません。現在、ウルヴァシーに派遣されている艦船は航路警備隊などからも接収した寄せ集め、同盟から接収した同盟の艦船も相当数含まれています。記念艦とする予定だったヤン・ウェンリーの旗艦のユリシーズも一時的に現役復帰させています。元帥の旗艦であったパーツィバルはオルラウ提督の旗艦になっておりますから、ユリシーズを当面の旗艦となさってはいかがでしょうか」
「それは政治的な効果からでしょうか。ヤン・ウェンリーを愚弄する気かとノイエラントの民衆の感情を逆撫ですることになりはしないでしょうか」
「ユリシーズは運のいい艦です。それに万が一、バーラトが軍を急速に再建して我々に対峙することになったとしても、ユリシーズが相手では一瞬であっても攻撃を躊躇うこともあり得ましょう。その間に鉄壁ミュラーならば防御陣を再構築できるはずです」
「まさか、そのようなことを、首席元帥閣下は本気でお考えですか」
 ミュラーはミッターマイヤーが冗談でも言っているのかと疑ったが、ミッターマイヤーは笑ってはいなかった。何が起こるかわからない、そういうこともあり得るとミッターマイヤーが真剣に考えていると知って、ミュラーは情勢の急転と悪化を肌身で知り、身が震える思いがした。
「ミュラー元帥。元帥には寄せ集めの艦船と将兵を鍛えなおして、防衛には使える程度には組織を作り直していただかなければなりません。非常に困難な任務と言えましょう。帝都にはもはや、退役なさったミュラー元帥とミュッケンベルガー元帥を除けば、私とケスラーしか元帥がおりません。メックリンガーとビッテンフェルトは暴動鎮圧に追われ、ワーレンは傷を負って、イゼルローンに籠っています。それに、アイゼナッハ。アイゼナッハは名ばかりの国葬を以て、遠いマリーンドルフ星系に埋葬するよりありませんでした。アイゼナッハの家族にはいまだ連絡さえつきません。私とケスラーは帝都を離れるわけにはいきません。今、リップシュタット戦役においてローエングラム侯の旗下に集った提督たちのうち、動けるのは元帥しかおりません。先帝陛下がご生涯をかけて成し遂げられた偉業を今ここで瓦解させてはなりません。多くの僚友たちが既に去りました。キルヒアイス、ケンプ、レンネンカンプ、ファーレンハイト、シュタインメッツ、ルッツ、ロイエンタール、オーベルシュタイン、そしてアイゼナッハ。彼らの思いも砂の城のごとく打ち捨てていいはずがありません。生き残った者として、やはり生き残ったミュラー元帥に心よりお願い申し上げます。どうぞ、ローエングラム王朝をお守りください」
「いかなる艱難辛苦であろうとも、このナイトハルト・ミュラー・フォン・グリューネワルト、全身全霊を賭けて力を尽くすことをお約束します。ただし一つだけ条件があります。呑んでいただけるでしょうか」
「条件とは?」
「妻を任地に同道させます。実は閣下と面談すると聞いておおよそこのような話かも知れないと言ったところ、当人が自分を連れて行かない限り反対すると言ってききません。早く子を産みたい、離れるなど論外だと。子をなすのはこの結婚の、帝国にとってはそもそもの目的でありましたので、一概に我儘と切り捨てることが出来ません」
「しかし大公妃殿下には皇帝陛下をご養育なされる重大な責務がおありのはず」
「それも申しました。できれば皇帝陛下も同道させたいがそれは無理であろうと言っていました。自分にしかできないことを優先して考えれば、今しばらく陛下の傍を離れるのもやむを得ないと考えたようです。国務尚書に外祖父として東翼に不在の間、お移りいただいて、実務については彼女の補佐役で秘書官のコンラート・フォン・モーデルを置いてゆくからそれに任せて不安はないと言っていました」
「しかし、超光速航行は母体には有害でしょう。今はその兆候がないとはいえ、ウルヴァシーやその途上、あるいはフェザーンにお帰りいただく際に妊娠なさっておられては何かと不都合がありましょう」
「母体と胎児を保護する特殊シールドを備えた最新鋭の艦船があります。工部省が研究していたのはご存知でしょう。あれの試作艦を使わせていただこうかと考えています」
「そこまでお考えとは、ミュラー元帥ご自身、同道させたいのですね」
「お許しください。子をなすのは皇族に課せられた責務であれば、いかなる時でもそれをないがしろにするわけにはいきません。これはこの立場にお立ちになられない限りあるいはご理解いただけないかも知れません。私も妻も、むろん人の親になりたいという願望はありますがそれはそれとして、皇帝陛下と国民に対して責務を果たさなければならないという思いは常に抱いております。それに妻を同道させれば、皇族の覚悟がより鮮明に伝わるのではないでしょうか。なにしろ彼女は先帝陛下の姉君なのですから」
「いえ、妃殿下ともどもご立派なお覚悟です。ではそのように取り計らいましょう」
「いたみいります」
 新帝国暦4年4月26日、ミュラーは一時的に現役復帰し、グリューネワルト大公妃アンネローゼともども、任地のウルヴァシーに向けて、フェザーンを後にした。鉄壁ミュラーの始動は、帝国軍将兵に深い安堵感を与え、膠着しつつあった情勢にあって、帝国の粘り強い攻勢を下支えすることになった。
 

銀河英雄伝説とジェンダー


 銀河英雄伝説はその前身となる短編小説は70年代に書かれ、本編は1982年から5年間に渡って刊行された作品です。同時代の背景としては、70年代末にイギリスでサッチャー政権が発足、新保守主義革命がはじまり、その流れを受けて81年に超大国アメリカでは対ソ強硬派のレーガン政権が成立しています。
 以後、85年にソ連においてゴルバチョフが共産党書記長に就任するまで、80年代の前半は「キューバ危機」以来、米ソ冷戦の対立関係が最も強まった時期であり、ソ連による大韓航空機爆破事件など、極東でもきな臭い動きが起きていました。
 ソ連自体が崩壊して20年が経過した今となっては、遠いお話ですが、銀河英雄伝説の舞台設定は明らかに当時の冷戦下の国際状況をなぞっています。
 それ以外の作品の小道具や市民生活なども、70年代末、80年代末の風俗をなぞっているように思われます。
 例えば携帯電話ですが、漫画「パーマン」では、携帯電話の役割を果たすバッジが秘密道具のひとつとして扱われています。スーパーヒーローが用いるギミック、当時の携帯電話はその程度の印象でした。
 自動車などに備え付ける移動式電話自体はありましたが、一部上場企業の社長の社用車などにのみ取り付けられているような、高価で特殊な機械でした。個人がアドレスを持って携帯を通して気軽に情報をやり取りするような現在のような状況は、銀河英雄伝説そのもの以上にSF的でした。
 銀英伝の民生は主に70年代末の状況をなぞっていますので、未来ではありますがそれは70年代末から見た未来であるわけです。携帯もないし、インターネットもない。超光速通信はあるのに、銀英伝ではインターネットを利用している描写はありません。
 銀英伝の中における女性の扱われ方についても、70年代的な限界が見てとれます。
 女性政治家や女性軍人を登場させている、特にカリンなど、実戦部隊に女性を配置しているのは当時としてはわりあい画期的な試みであっただろうと思います。アニメやライトノヴェルでは、今でもある程度はそうかもしれませんが、女性士官は登場しても、例えば艦橋でモニターの前に坐って、モニターが映し出す情報を大声で読み上げるだけというような、それって何の意味があるの?的な、チアガール的な役割しか果たさないことが多いのですが、銀英伝はそれよりは少しだけ先に進んでいます。
 しかし、ローエングラム陣営でもヤン・ウェンリー艦隊首脳部でも、女性はそれぞれひとりだけ、それもお定まりのように「ボスの情婦」であるわけです。
 サイボーグ009におけるフランソワーズと同じ立ち位置で、女性は扱われているわけで、キャゼルヌの事務処理能力、ポプランの撃墜王、シェーンコップの白兵戦能力、アッテンボローの艦隊運営能力と軽口、それらの個性と特徴と同じ意味において、フレデリカの「女」は扱われているわけです。「女」のキャラクターは同盟ではフレデリカ、帝国ではヒルダが担っているから、他にはキャラがかぶるから要らない、というわけです。
 誤解ないように言っておきますがこれは銀英伝批判ではありません。当時のフォーマットから銀英伝も完全に自由ではありえなかったという歴史的な指摘として言っています。
 現実の社会は、男女雇用機会均等法の改正は1985年のことで、その程度の紅一点扱いでさえなおSF的な状況でした。先進国でも、サッチャーはイギリスでは初めて女性首相になりましたが、保守党では彼女以外には女性議員はほんの数人という状況でしたし、アメリカでもいまだに女性が二大政党の大統領候補に指名されたこともありません。
 日本での状況は当時は政権党の自由民主党には女性の衆議院議員はひとりもいませんでした。女性衆議院議員が自民党に誕生するのは1993年、野田聖子さんが当選するまで待たなければなりませんでした。フィクションの銀英伝の方がまだ若干ではあっても先を行っていたとは言えるでしょう。
 銀英伝の設定で、気にかかるのは「超光速航行が妊婦の母体と胎児に悪影響をもたらす」という設定です。妊婦だとわかっている人が、じゃあ、宇宙旅行をとりやめましょうというのは良いとしても、妊娠初期などは女性自身にも自覚症状がないことが多いわけです。また、宇宙空間で妊娠することも十分にあり得ます。
 自然状況の設定ですから、ジェンダー的な意味がどうこういうつもりはないのですが、これはかなり大きな制約で、社会制度の根幹を揺るがしかねない設定であるわけです。単に「妊娠しているから宇宙旅行は取りやめ」で済む話ではなく、広範囲に大きな制約となっていなければなりません。緊急に移動しなければならない時でも、妊婦だから動かせないとか(たとえばエルファシルからの民間人脱出などで)戦略の根幹に関わってくる話だと思いますが、設定がある割にはそこまで重視されている風でもない。
 それはやはり政治や軍事という社会の中から、無意識にではあっても女性が排除されているから、排除されていた当時の日本の状況を反映していたからだと私は考えます。

2012-10-11

Struggles of the Empire 第6章 終わりなき夜に生まれつく(8)


 勝ってはならない戦争があったとすれば、自由惑星同盟にとっては第7次イゼルローン要塞攻略戦がそうであった。ヤン・ウェンリーの機略によって味方には一兵の損失も出さずに難攻不落を謳われたイゼルローン要塞を陥落せしめたことは、同盟市民をおおいに勝利の美酒に酔わせた。その酩酊のまま、同盟軍は帝国領に侵攻し、アムリッツァ星域会戦にてラインハルト・フォン・ローエングラムによって完膚なきまでに叩き潰された。その敗戦は自由惑星同盟の背骨を砕いた。
 侵攻軍3000万の将兵のうち、同盟領に無事帰れたのは1000万人に過ぎなかった。これにより、与党の主要政治家たちは軒並み失脚し、トリューニヒトの独裁が強化されていったのである。その後、救国軍事会議のクーデターによってさらに弱体化した同盟軍は、ヤン・ウェンリーの屹立した天才を以てしても、ラインハルト・フォン・ローエングラムの動きに翻弄されるのがやっとであった。
 その後の同盟政府と同盟軍の瓦解はアムリッツァの敗戦を原因とするならば、その結果に過ぎない。結果論から言えばヤン・ウェンリーほどの天才がいなければ、イゼルローンは陥落せず、アムリッツァの大敗もなく、結果的に自由惑星同盟は健在であったかも知れない。その逆説にはヤン・ウェンリー自身が何度も向き合わざるを得なかったものであるが、ラージ・セン、故国を離れているうちに故国喪失者となってしまった、今はエーリッヒ・ブラウンを名乗るその男も、ヤン・ウェンリーについてはそのような評価を下していた。
 先を見通す能力はあったのかも知れないが、そのために時には非道をなしてさえ、行く道を整える意思がヤン・ウェンリーには欠落していた。政治的に無能だとまではブラウンはヤン・ウェンリーのことを見てはいなかったが、分かっていてもやることをしないならば無能なのと同じであった。
 俺はヤンのようにはならない、それがブラウンの決意であり、自負であった。
 帝国領に組み入れられたのと同時に瓦解した同盟軍とは違って、どのような国家になろうとも警察は必要であり、軍と違って警察は旧帝国領から駐屯させるわけにはいかなかった。同盟警察は要員も組織もほぼそのまま、帝国警察へと横滑りをしたのであった。むろん、それをよしとせずに辞職をした者も多かったし、パージされた者たちも多かった。組織の中に残った者たちの中にも面従腹背の者はいて、同盟憲章からすれば犯罪者に他ならない皇帝ラインハルトにいつか司直の裁きを与えんと臥薪嘗胆を期していた。
 その同盟警察の公安関係者が中心になって、法的に正しい姿、すなわち自由惑星同盟の復活を画策する秘密結社が結成された。同盟警察が同盟警察という以上の名がないのと同様に、その結社には同盟警察以上の名はなかった。本来あるべき姿、同盟が復活すればその結社はただ警察と呼ばれるだけのことであったからである。
 ブラウンはこの秘密結社としての同盟警察の創始者のひとりであり、幹部であった。彼はオーディーンの地にあって、同盟のためにオーディーンに動乱を起こさせるべく同盟滅亡直後から画策していたのであった。
 そして、オーディーンの動乱に呼応して、まずは惑星エル・ファシルで反帝国の大規模デモが発生した。それに呼応して、シヴァ星系、ジャムシード星系、マルアデッタ星系と次々に、デモは広がっていった。
「減税によって経済的利益を与え、それによって同盟市民の静寂を買う」
 と言う摂政皇太后の政策はひとまずは成功していた。しかしそれによって、虎が牙を抜かれたわけではなかった。もともと同盟市民はイデオロギーによって行動を決する人が多く、一時的な平穏と個人的利益のために、しばらくは口をつぐんでいたとしても魂までは売ったわけではなかった。
 シヴァ星系やタッシリ星系では、帝国軍はデモが暴徒化することを恐れ、その司令部は宇宙空間に脱出している。それはオーディーンの状況と同じであった。むろん、この状況を出現させるために、同盟警察が暗躍したのは言うまでもなかった。本来、取り締まる側の警察に、怠業や虚偽の報告が多く見られたため、軍と警察の連携は各地で破綻し、軍は撤退に次ぐ撤退を重ねた。
 新帝国暦4年4月の半ばには、騒乱は瞬く間にノイエラント全域に広がり、アルターラントとノイエラント、双方ともに炎熱の日々を迎えようとしていた。
 ノイエラントのどの星系でも、ハイネセンポリスにおいても、もはや公然と市民たちが「同盟の復活、民主主義の擁護、専制政治支配の打倒」のシュプレヒコールを声高に言って、街頭を占拠する中、バーラト自治政府は動かなかった。
 人々はヤン・ウェンリーの嫡子であるバーラト自治政府にこそ、声を上げて欲しいと願ったが、フレデリカは何も聞いておらず、何も見ていないかのように黙々と日々の政務にのみ集中した。
 野党指導者ソーンダイクは国会においても、「今こそ民衆の声に応えるべきである」とフレデリカに対して訴えたが、「冒険主義は国家のためにはならないことを私たちはアムリッツァの経験から教えられたはずです」とフレデリカは短く答えたにとどまった。
 全土を軍政下に置くことが可能になる緊急事態宣言の発動を、内務尚書や軍務尚書から迫られ、皇太后ヒルダもまた踏みとどまってそれに抵抗していた。
 ミッターマイヤー帝国軍総司令官は独断で発令できる最上級警戒行動命令を全軍に発動し、ビッテンフェルト宇宙艦隊司令長官に対して、旗下の全艦隊を率いてノイエラント最深部の、リオヴェルデにまで進発するように命じた。
 相手が子供だと思えばこそ横綱相撲をとっていた帝国軍であったが、その余裕が無くなれば、暴力装置としての剥き出しの姿をあらわにするかも知れなかった。少なくともその狂気の片鱗を見せつけることが今は重要であるとミッターマイヤーは理解していた。
「ルドルフの汚名を誰かが着なければならないならば俺が着よう。銀河の統一は守らなければならず、ローエングラム王朝は打倒されてはならない。それが結局は正義にかなうことである」
 早くオーディーンを落としてくれ、と祈るような気持ちでミッターマイヤーはメックリンガーに対して心のうちでつぶやいていた。オーディーンの帝国同胞団の抵抗は意外にしぶとく、メックリンガーは着々と重要拠点を落としてはいたが、その進行速度は予想よりは遅かった。
 帝国軍の展開と補給戦がアルターラントとノイエラントの端に伸びきったこの時に、更なる負荷が加えられればローエングラム王朝は一気に崩壊してしまうかも知れなかった。
 その頃、ユリアン・ミンツは妻のカリンとともにようやくイゼルローンに到着し、友であるワーレンを見舞おうとしていた。

2012-10-10

Struggles of the Empire 第6章 終わりなき夜に生まれつく(7)


 ゴールデンバウム王朝銀河帝国軍大本営、旧軍務省、ゾンネンフェルス提督の執務室からはじけるようにして出てきたポプランは、廊下を歩くエーリッヒ・ブラウンを見つけると、いきなりその胸倉をつかんだ。
「おい、あれは貴様の仕業か!」
 ブラウンの「副官」たちがポプランを離そうとしたが、今は陸戦遊撃隊を率いるポプラン“上級大将”は彼らなど簡単に蹴とばした。
「何の真似だ。事と次第では軍法会議ものだぞ」
「やかましい!ワーレンの息子を殺したのは貴様かと聞いている!」
 その瞬間、ブラウン“上級大将”は身を翻し、ポプランは腕を逆向きに抑えられた。
「うぐぅあああっ!」
「そうわめきたてるな。ひねっただけだ。捻挫にはなるだろうが、骨は折れておらん。卿には陸戦遊撃隊を率いてまだ働いてもらわんといかんのでな」
 オリビエ・ポプランは遊撃王ではあるが、同時に白兵戦の訓練も相当に積んでおり、薔薇の騎士(ローゼンリッター)連隊と行動を共にして遜色がなかった男である。言わば、マーシャルアーツのプロであり、物理的な肉弾戦でそう簡単に後れを取るはずがなかった。
「…貴様、いったい何者だ」
 エーリッヒ・ブラウンは帝国軍においては補給畑でキャリアを積んでいて、その経歴どおりの男ならば、本来、戦闘のプロフェッショナルであるポプランを組み伏せられるはずがなかった。
「それを聞いてどうする。聞いてしまったらお互い、後には戻れんぞ。もっとも、卿にはいずれいやがうえにも聞いてもらうことになるがな」
「ワーレンを殺そうとしたのは貴様だな」
「イゼルローン総督は帝国の統一政策を象徴する存在。これを殺害しようというのは当然だと思うが」
「罪もない子供も道連れにしてか」
「ポプラン上級大将。我々は伊達や酔狂で革命ごっこをしているわけではないのだ。オーディーンを包囲されている今、我々の腕が容易に包囲をくぐりぬけられることを示したまでのこと」
「テロでは歴史は変えられんぞ」
「ヤン・ウェンリーの受け売りか?ヤン・ウェンリーの死によってエル・ファシル革命政府は瓦解し、軍人主体の軍事政権であるイゼルローン共和政府に移行した。テロによってシヴィリアンコントロールの民主主義政府が打倒された一例さ。ヤン・ウェンリーは用兵家としては天才だったが歴史家としては三流だ。テロによって歴史が覆った例などいくらでもある」
「ヤン提督を愚弄する気かっ」
「なるほど、卿の忠誠は未だにヤン・ウェンリーのみに対してあるというわけか。それでよい。卿の内面を買おうとは思わぬ。私が欲しいのは卿の能力と、それと名前だ。ヤン・ウェンリーの股肱である卿がここにいるということ」
 ブラウンは副官たちに手を振って、副官たち自身を含めて人払いをさせた。
 ブラウンは腰をおとして、ポプランの耳にささやいた。
「卿がここで名目は何であれ、ローエングラム王朝に対して戦いを続けている、そのことが重要なのだ。その姿を見せることで必ずや、ノイエラントの人々を鼓舞することになる。いや、私が必ずそうさせる」
「…ノイエラント?ノイエラントが帝国同胞団にとって何の関わりがある。ハイネセンと連絡を取って二正面作戦をとるつもりか。ヤン夫人はそう簡単に話にはのらんぞ。卿がノイエラントに手を突っ込めば、それだけフェザーンも追いつめられ妥協の余地がなくなる。どうするつもりだ。適当なところで妥協し、皇太后を交渉のテーブルに引きずり出すのがオーディーンのためではないのか」
「オーディーンのため?そんなものはどうでもいい。時代の変化についていけないことを他人のせいにする愚かな連中の巣窟ではないか、ここは。我が目的はただひとつ、自由惑星同盟の復活のみ」
「…あんたは…」
「知ったからには協力してもらうぞ。同じ祖国の旗を仰ぐ者として。同盟の民衆が徹底抗戦に転じれば、畢竟、アルターラントでさえ抑えきれていないローエングラム王朝に同盟全土での反乱に抗しきれる体力はない。アムリッツァで帝国が同盟軍に対して行った焦土作戦を攻守を替えて行うのだ。ハイネセンを落とせばそれで終わりというようなゲームではないようにすればいいのだ。自由惑星同盟は滅びぬ。民主主義が専制政治に敗れることなどあってはならんのだ」
「ワーレンを襲ったのも、同盟の残党か?」
「残党とは嫌な言い方だ。政府は帝国に屈し、軍は瓦解したが、それが同盟のすべてではない」
「軍ではないとすれば、同盟警察か!?」
「さあ、そこはさすがに明言しかねるな。卿は知らんでもいいことだ。ともあれ祖国のために働いてもらうぞ、ポプラン“中佐”。それはともかく、ご婦人が卿をお待ちのようだ。クロジンデ、そこにいるのだろう」
 廊下の先、物陰からクロジンデが姿を現した。
「ブラウン上級大将閣下、ポプラン上級大将に何か落ち度でもありましたか。態度は悪い人ですが、性根はまっすぐな人です。どうか、許してやってください」
「いや、なに、男というのはどうも野蛮でな、時々は拳で語り合うこともある。ポプラン上級大将も分かってくれた。何のわだかまりもない。では、ポプラン上級大将、先刻の話、くれぐれもよく考えてくれたまえ」
 そう言って、ブラウンはその場を立ち去った。
 クロジンデはポプランに駆け寄り、背中を支えて上体を起こさせた。
「ブラウン閣下は恐ろしい人よ。あの人には逆らわないで」
「ふん、恐怖で抑えつけている大義など、たかが知れている。クロジンデ、こんなことが君が本当に望んだことなのか。ブラウンはテロを引き起こそうとしている。今後ますます、テロの犠牲者が増えるぞ」
「それでも、状況を変えるにはこうするしかないのかも知れないわ」
「あいつは君を利用しているだけだ。ゾンネンフェルス提督さえも、利用しているに過ぎん。帝国の民衆のことなど全く考えていないんだ」
「あの人に何を言われたの?」
「…それは言えない。すまない。俺にも守らないといけないものがある。けれども分かってくれ、クロジンデ。君の手が血で汚れる前に、こんなことはもう終わりにしなくちゃいけない」
「終わりにして、それで人々は救われるの?」
「ローエングラム王朝の連中は腐った連中ではない。俺にとっても長らく敵だったが、だからこそそれだけは分かる。民衆の怒り、不満があることをもう十分に見せつけた。必ずや皇太后は善処しようとするはずだ。彼女の傍には俺の友人がいる。その男は、間違ってもローエングラム王朝が復讐や弾圧に走らぬよう、全力を挙げて説得してくれるはずだ」
「あなたの言う通りかもしれない。そうではないかも知れない。私には分からないわ。暴力に走らぬように全力を尽くしたけれども、それでも略奪や報復をすべては抑えきれなかった。もう、私の手は血で汚れてしまっているのよ。もし、この試みが暴力の方向に走ってしまうのだとしたら、私は内部にあってそれを出来る限り食い止めないといけないわ。これは私の責任よ。
 あなたは私のためにここにいてくれただけなのだから、もうこれ以上付き合う必要はないわ。今となっては、オーディーンを出ればあなたも拘束されてしまうかもしれないけれど、脅されてやむをえず加担しただけと言えばいいわ。私もそれに呼応するような声明を出すわ。あなたは帝国の人ではないのだし…」
 クロジンデの台詞を唇で以て、ポプランは封じた。
「まだ、俺のこと、君の世界とは関係がない男というのか?」
「この濁った世界とは関係がない人であって欲しいわ。私はむしろ、あなたの世界に生きたい」
「行こう。行けないなんてことあるはずがないさ」
「そんなことはもう許されないのよ。分かって」
 クロジンデは立ち上がり、ゾンネンフェルス提督の執務室に向かって歩き出した。
「何をするつもりだ、クロジンデ」
「ブラウン上級大将がテロを拡大しようとしているならばそれを止めなくてはいけないわ。ゾンネンフェルス提督ならば分かってくださるはず」
 クロジンデはそのまま、ゾンネンフェルス提督の執務室のドアをノックした。

2012-10-09

Struggles of the Empire 第6章 終わりなき夜に生まれつく(6)


 アウグスト・ザムエル・ワーレンが目覚めた時、彼は軍病院のベッドの上にいた。体の節々が痛かった。首をあげることもままならず、両腕両足を、確かめるようにしてゆっくりと動かした。左腕の義手は破損しているのか、感覚がない。しかし右腕と右足にも感覚は無かった。
 ワーレンは呻いた。それに気づいた傍らにいたハウフ大佐はかけていた椅子からはねあがるようにして立ち上がり、上官に敬礼をしたが、首も動かせないワーレンにはその姿勢は見えなかった。しかし長年の付き合いゆえか、それがハウフ大佐であると認知したワーレンはしゃわがれた声でまず問うた。
「ハウフか。俺の体はどうなっている?」
「各部、破損が見られますが内臓には異常はありません」
「外面には異常はあるということか」
「はっ。止むを得ざる外科的措置として、閣下の右腕と右足は切断せざるを得ませんでした」
「義手がもう一つと義足が必要になるな。何が起きた?簡単に報告せよ」
「18時59分、閣下がいらした飲食店にて、爆弾テロ事件が発生しました。現場からはプラスチック爆弾の残骸が発見されております。犯人等は不明、現在捜索中です」
「被害状況は?」
「該当建造物の破損、死者45名、負傷者は閣下を含めて62名に及んでいます」
「現在指揮は誰が採っている?」
「非常時規範にのっとり、軍関係の職責についてはライブル大将閣下が指揮権を代行なさっておられます。現場の指揮はビュルメリンク大将閣下がおとりになられています。行政関係の職についてはそれぞれ副総督が職務を代行なさっておられます」
「…倅はどうなった?」
 その問いにハウフは言いよどんだ。ハウフが返答できないことで、ワーレンはすべてを悟った。
「せめて、苦しまずに死ねたのか」
「即死でいらっしゃいました」
「…そうか」
 このような時にも、ワーレンはただ軍人であろうとした。そうでなければならないと思った。しかし無理だった。ワーレンの両眼からはこらえきれずに涙があふれ出し、嗚咽がひしゃげた喉から漏れた。
「…ハウフ大佐、車椅子に乗りたい。手伝ってくれんか」
「いけません、閣下、お命には別条はないとはいえ、絶対安静には違いはありません。どうぞご無理はなされませぬように」
「済まない、ただ今だけはわがままを言わせてくれ。帝国元帥としては無謀な真似は慎むべきなのは重々承知している。しかし父親としては、亡きがらとは言え倅に一目だけでも会いたいのだ。それを済ませたらもう無理は言わない。今だけは、ただあの子の父親でいさせてくれんか」
「…閣下。実を申し上げればご子息のご遺体の損傷は激しく、ご遺体というようなひとかたまりでは発見はされませんでした。かたまりとしては胸部が残されていたのみで、それ以外は肉片となり飛び散り、原型をとどめておりません。現場の検証官が言うには、爆発の瞬間、ご子息は身を挺して閣下をお守りしようとなさったらしいとのこと、重症ではありますが閣下がご無事であったのはそれゆえだとのことです。その分、ご子息のご遺体の損傷は激しく、そのようなお姿をご覧になっては、閣下のご回復に障りとなりましょう」
「どのような姿でも倅は倅だ。会えぬ方がよほど辛い。卿にも子はおろう。この気持ちは分かってくれるはずだ」
「…わかりました。くれぐれも、無理はなさらぬように。またご自分をお責めになられぬよう」
 霊安室には数室が用いられていたが、トーマス・ワーレンの遺体の損傷は特に激しく、他の遺族が目にすれば衝撃が甚だしいので単独で部屋を占拠していた。
 中に置かれた遺体は確かに事前にハウフ大佐が説明していた通りの状況であり、ワーレンは故障した左腕の義手を伸ばして、息子の胸をさすった。血肉に汚れた上着の胸ポケットの中から、ヤン・ウェンリーの遺品の万年筆が出てきた。それだけは不思議と何の損傷も受けていなかった。それを見て、ワーレンはふたたび大粒の涙をぼろぼろとこぼし、万年筆をそっともとの胸ポケットに戻した。
「トーマス、なぜ俺を助けようとした。俺は千回死んだとしても、おまえに生きていて欲しかった!」
 ワーレンはトーマスの血肉で全身ちまみれになりまがら、その遺体にしがみつき、慟哭の叫びをあげた。朝が来て、空が白んでも、すすり泣く声は止むことがなかった。
 永遠の夜に生まれついたかのように、ワーレンの慟哭は低く、長く、止むことはなかった。

 ワーレンの負傷と、その子息の死は、むろんフェザーンにおいても深刻な衝撃を与えた。ヒルダやミッターマイヤーは超光速通信を通して、ワーレンに面談を求めたが、対応したライブル大将は、ワーレンが肉体的にも精神的にもいまだ面談に応じられる状況ではないと説明した。
 ヒルダの執務室にはマリーンドルフ国務尚書、エルスハイマー内務尚書、ミッターマイヤー総司令官、ケスラー憲兵総監、フェルナー軍務尚書、そしてヴェストパーレ男爵夫人が集って、ライブルの報告を聞いていた。
「ワーレン元帥閣下は軍籍を含むあらゆる官職から辞職なされるご意向を漏らしておられます。むろん、今は気弱になってのことでしょうから、お聞き流しください。しかし閣下が蒙った打撃がいかに大きなものであるのか、どうぞ軽くお考えにならないでください」
「分かりました。当面の代行をよろしくお願いします」
 ヒルダがそう言うと、ライブルは最敬礼をして、通信を終えた。
「ワーレンが気を奮い立たせてくれればよいが。子を失くすというのはあれほどの男にしてひどくこたえるのだな」
 ケスラーが悪気はなくともそう言えたのは、いまだ人の親ではなかったからだろう。人の親であるマリーンドルフ伯、ヒルダ、ミッターマイヤーはワーレンの胸中を思い、他人事ながらわが身を切られるような思いを噛みしめていた。
「ワーレン元帥閣下はこのまま立ち直れんかも知れませんな」
 水のような冷徹さでフェルナーが言った。その冷徹さがあればこそ、軍務尚書に引き上げたのだが、今はフェルナーの冷徹さがミッターマイヤーには辛かった。
「そうなったとしてもワーレンを責めることは誰にも出来んさ。テロの横行を許したのは我々、帝国軍、帝国政府の落ち度、このようなことを二度と起こしてはならん」
「つい先刻、帝国同胞団、彼らの言い方では銀河帝国正統政府ですが、彼らが犯行声明を出しました。オーディーンの包囲を解かぬ限り、要人を順繰りに殺傷してゆくそうです」
 ケスラーが言った。
「内務省としては詫びを申し上げるべきでしょうな。正直に申しまして、警察では帝国同胞団がイゼルローンにまで勢力を及ぼしていることをまったく関知していませんでした。犯行声明を彼らが出さなければ、犯人の推測さえ容易ではなかったでしょう」
 エルスハイマーは頭を下げた。
「実を言うと憲兵隊にも十分な情報がない。帝国同胞団については徹底的に調査しているが、その下部組織のようなものがアルターラントの最深部以外に伸びているとはまったく掴めていない。実は帝国同胞団の犯行声明にしても事に乗じてのフェイクではないかと疑っているくらいだ」
 ケスラーはエルスハイマーを慰めるかのように言ったが、内容自体はとても慰めにはならぬものであった。
「メックリンガーに指示して作戦の進行を急がせよう。ともあれ、オーディーンを早々に鎮圧すれば、帝国同胞団が何者であれ、その脅威は粉砕できるのだからな」
「ミッターマイヤー元帥。事を急いでくれぐれも民衆に危害を加えるようなことがないよう重々ご注意ください。虐殺者の汚名をきれば統治そのものの根幹が揺らぎますから」
「国務尚書、ご懸念は重々理解しております。メックリンガーのことですからそのあたりのことは十分に配慮してくれるはずです」
 マリーンドルフ伯とミッターマイヤーの両名を制するようにして、ケスラーが口を開いた。
「お待ちください。今回の事件は非常に示唆に富んでいるように小官には思えます。内務省と憲兵隊が尽力してテロ組織の尻尾も掴んでいないというのはいかにも不自然、これは帝国同胞団があるいは一枚岩ではないのかも知れません。バルツァー伯爵家には独自の諜報組織があります。それを介してのテロということも考えられますし、あるいは」
「あるいは?」
 ヒルダはケスラーを見据えて発言を促した。
「バーラト自治政府がこれに噛んでいるのかも知れません。彼らならば、イゼルローンの細かい部分まで熟知しておりますし、工作員を派遣することは容易でしょう。オーディーンとハイネセンの間に何らかの連携があるならば、今回のことも可能であっただろうと思われます」
「それはさすがに疑いが過ぎるというのではありませんか」
 ヴェストパーレ男爵夫人が口を挟んだ。
「万が一、彼らが私たちに刃を向けるとしても、ワーレン元帥をいのいちばんに標的にするかしら。ワーレン元帥はユリアン・ミンツやヤン夫人のご友人、いわば政権内における彼らの代弁者となり得る人。グリューネワルト大公殿下ミュラー元帥が退役してからはますますワーレン元帥の重要性は彼らにとっては強まっているはず。ワーレン元帥まで退役するようなことになれば彼らにとっては大打撃でしょう。もし私がヤン夫人なら、狙うならまっさきにあなた、ケスラー元帥を狙いますわ」
 それもまた道理であったが、ケスラーには今一つのみこみ難い疑惑が残った。
「バーラト自治政府と言えば、今朝方、ユリアン・ミンツからイゼルローンに弔問に赴きたいとの伝達がありました。帝国軍と政府からも人を送るので、弔問使節団の中に彼を加えることにしました」
 ヒルダがそう述べた。
「さすがにユリアン・ミンツが関与しているならばワーレン元帥のお顔を見にのこのこ弔問に行けるほど厚顔無恥ではないと思うのですがいかがでしょうか」
 ヒルダはそう言って、ケスラーは見た。ケスラーは黙って頷いたが、心のうちではなお、疑念を消しきれなかった。
(なるほど、ユリアン・ミンツはそこまで厚顔無恥ではなかろう。しかし、バーラトの連中が彼らなりの大義を実行する路線にかじを切ったのだとしたら)
 これほどの疑念を抱かなければならない憲兵総監という立場に、ケスラーは嫌気を感じるのであった。

2012-10-08

Struggles of the Empire 第6章 終わりなき夜に生まれつく(5)


 激増する物流と人の流れに対応するために、イゼルローンでは要塞に隣接して、専門の民間宇宙港用人工天体が建設されていた。軍事施設ではないので流体金属には覆われておらず、白亜の外面がイゼルローンの照り返しを受けて、宇宙空間にくっきりとした輪郭を描き出していた。ヴァイスブルク(白い城)と何の工夫もなく命名されたその天体は、建設はまだ半ばが出来たに過ぎなかったが、すでに運用が開始されており、民間宇宙港と物流センターからは頻繁に宇宙船が離発着していた。
 イゼルローン要塞からその動きを眺めつつ、ワーレンは遠からずヴァイスブルクと同規模の人工天体をもうひとつかふたつは建造しなければならないだろうと考えていた。それほどイゼルローンの交通は加速度的に増大しつつあった。
 この時、ワーレンが帯びていた印綬は、主なものだけでも次のようなものであった。
 イゼルローン要塞司令官、イゼルローン駐留軍司令官、イゼルローン方面軍司令官、イゼルローン総督、付随諸星系総督であり、付随諸星系にはティアマト、アムリッツァ、ヴァンフリートが含まれていた。一般にはそれらの地位を代表して、イゼルローン総督の名でワーレンは呼ばれていた。
 イゼルローンにいれば今日は昨日とは違う一日であることを日々実感できた。アルターラント側に属するアムリッツァでさえ、経済成長率は2割を越えていて、アルターラント全体の荒廃と衰退とは無縁であった。加熱する経済に応じて労働力不足が深刻化していて、アルターラント全域で求人をかけていたのだが、アルターラントの、特に農民は保守的であり、移動したとしてもオーディーンまで、自由主義経済の先端を行くイゼルローンは恐ろしいと頭から決め込んでいて、需要を満たすまでには至っていなかった。
 軍人のリストラについても、ワーレンは配下のリストラされた軍人たちの多くを政府や軍が一部出資する半官企業に転出させており、実際的なリストラを最低限に抑えていた。他の艦隊からのリストラされた軍人をもそういう形で引き受けようとしたのだが、軍人の多くは官を退くことにまず拒否反応を示し、海のものとも山のものともしれぬ企業で働くくらいなら少ない恩給で生活することを選ぶのであった。ワーレン旗下の軍人にしても実際にイゼルローンの驚異の発展ぶりを目の当たりにしていなければ、おそらく同様の反応を示していたに違いない。
 アルターラントの経済的苦境や軍人のリストラの問題は財政や経済の問題であると同時に、心理的な問題であるとワーレンは見ていた。過去に所属していた共同体から切り離されたこと、追い出されたことが流浪の人々の誇りを打ち砕いたのである。人はパンのみに生きるのではない。誇りを持って生きるから人は人でいられるのだ。
 パンのためだけを言うのであれば、すべてではないにせよ、アルターラントの流民たちは居を移して、仕事がある地域で新生活を始められるはずだった。しかしそうはしていないし、そうもなっていない。いずれ放っておけば嫌でも彼らは生きていくために移動を強いられるだろうが、そうなる前に反乱を起こしたのであった。
「トーマスをこちらに呼んでおいてよかった」
 ワーレンは執務室の机の上に飾ってある一人息子の写真を眺めてそう思った。オーディーンの治安の悪化に伴って、オーディーンからは財を持つ者たちのうち目先が利く者が続々と退避していた。きくところによればミュッケンベルガー元帥もオーディーンを後にしたと言うが、勘所のいい老人であったから、内乱の匂いを事前に感じ取ったのかも知れなかった。
 もし、銀河の統一があと20年持つならば、今は過熱している先端に過ぎないイゼルローンの、その活況がやがては銀河系全体に波及するであろう。そうなれば経済も科学技術も、人類文明のあらゆるものが幾何級数的に飛躍するはずである。その時になってカイザー・ラインハルトの先見の明は証明されるはずであったが、その過程において誇りを打ち砕かれる人がこうも多くては路線はいずれ変更を強いられるかも知れなかった。
 その時、ワーレンはどのような立場を選ぶべきなのか。ワーレンはそれを考えていた。
 イゼルローン総督としては銀河系の統一の利益を代表する立場にあり、帝国同胞団が主張するような鎖国政策は到底受け入れられない。もしそれが実現してしまえばイゼルローンの繁栄も泡と消えるだろう。ワーレンは帝国の重鎮ではあったが、まずはイゼルローン総督としてこの宙域の人々に対して責任があった。
「断固として反動には反対するまでだ」
 ワーレンはそう決意した。一時的に、場合によってはそれが圧力に譲歩せざるを得なくなった皇太后ヒルダと対立することを招いたとしても、ヒルダの心中は統一の保持にあるはずである。それを踏まえるならば、妥協に反対することが結局はヒルダの思いに寄り添うことになるはずだった。
 その晩、ワーレンは息子のトーマスを呼び出して、民間街区でこのところ評判のレストランに赴いて父子でディナーをとった。父子で話すことがあったから、ワーレンの両親は出席せずに、孫を送り出した。イゼルローンの民間街区には150万人が居住しており、その数はおそらくここ数年で倍々に増える予想であった。
「おまえこんなところにまでそれを持ってきているのか。それは大事なものなのだから、持ち歩いて失くすようなことがあってはいかんぞ」
 トーマスの胸ポケットに挟まれた万年筆に目を止めて、ワーレンは軽く叱った。
「大事なものだからいつも持ち歩いているんだよ。父さんがヤン提督の奥さんからいただいたものだもの、どこかに置いておくなんてできないよ」
 その万年筆はヤン・ウェンリーの遺品であり、ワーレンがヤンを崇拝する息子のために、フレデリカから貰ったものだった。帝国軍元帥の息子が、自由惑星同盟随一の名将を尊敬する。そんなことが可能なのも、銀河が統一したからであろう。この偏見も憎悪もない、素直に物事を見る我が息子の眼差しを守るためにも、ワーレンは帝国と同盟が数百年に及んで戦い抜いた過去に時代を戻らせるわけにはいかなった。
「そろそろ進路を決めないといけない頃だが、何か考えがあるのか」
「士官学校に入ろうと思うんだよ。本当は、幼年学校に入りたかったんだけど、家におじいちゃんとおばあちゃんだけを残すわけにはいかなかったし、幼年学校はよしといたんだ。今は、父さんと同居しているから、僕がいなくなっても平気でしょ」
「おまえ、それは逆だろう。おじいちゃんとおばあちゃんがおまえの面倒を見ていたんであって、おまえがふたりの面倒をみていたわけじゃないだろう。それに士官学校に入るのには賛成できないな」
「父さん、僕がずっと軍人になりたかったのは知っているでしょ?自分だって軍人になったくせに、僕がなるのは反対するなんて、筋が通らないよ」
「おじいちゃんとおばあちゃんだって、俺が軍人になった時には反対したんだ。今はあのふたりの気持ちもわかる。おまえも親になってみればわかるさ。軍人はつまるところ人を殺すのが仕事だ。死ぬ確率も高い。そんな仕事に子供がつくのを望む親はいないさ」
「それでも父さんは軍人になったんでしょう?だったら僕の気持ちもわかると思うけど」
「トーマス。おまえは軍人の家庭に育ったから、軍人になるのが自然なことのように思えるのかも知れんが、世の中には他にももっと有意義な仕事はある。おまえが尊敬するヤン・ウェンリーだって、元々は軍人志望ではなかったじゃないか。ユリアン・ミンツも必要が無くなれば軍籍を退いて、今は第二の人生を歩んでいる。おまえにはもっと広く社会を見て欲しい。そして平和な世の中で幸せな結婚をして欲しい」
「ふうん。もし父さんが反対するなら、僕は奨学金で学費を払わないといけなくなるけど、あれって成績トップをずっと維持しないといけなくて、大変なんだよね。きっと勉強のし過ぎで体を壊すと思うよ。そうなってもいいと父さんが言うなら、僕には他には選択肢はないんだけど」
「士官学校には行かなければいいじゃないか。イゼルローンの学校に進んで、大人になるまで俺のそばにいろ。俺とおまえでは置かれた境遇が違う。俺は帝国元帥で、おまえはその息子だ。俺が士官学校に入ったときには何のうしろだてもない一介の平民に過ぎなかった。しかしどちらが大変かと言えばおまえのほうがきっと大変だろう。頑張れば頑張ったで元帥の息子なら当たり前だと言われるだろうし、そうでなければワーレン元帥の面汚しだと罵られるだろう。おまえに取り入ろう、利用しようとする者も出てくるだろうし、逆におまえに必要以上に辛くあたる者も出てくるだろう。何もわざわざそんな苦労をする必要はない」
「父さん、僕は生まれてからずっとワーレン提督の息子なんだよ。いちいち言わなかったけれど、そのせいでちやほやされることもあれば嫌がらせをされることだってあったよ。もう慣れっこなんだよそんなことは。分かったうえで、僕は軍人になりたいんだ。もちろん父さんの名前を利用するなんてことはしない。トップは無理かも知れないけれど、父さんの面汚しにはならないくらいには頑張るよ。元帥はたぶん無理だろうけど、退役するまでには将官くらいにはなるつもりだし。父さん、ごめんね。僕のためを思って言ってくれているのは分かるし、それはすごく嬉しいんだ。でももうこれは決めてしまったことなんだ。父さんに出来るのは、僕を応援して学費を出してくれるか、あくまで反対して学費も出さないで僕に無理をさせるかのどちらかなんだよ」
「おまえは頑固だな。誰に似たんだか。おまえの母さんもそこそこ頑固だったが」
「父さんに似たんじゃないよね。父さんは頑固じゃないから折れて、結局は認めてくれるでしょ」
 息子の巧みな誘導に、ワーレンはため息をついた。
「まったく、その悪知恵は母さん譲りだな。彼女はいつも思い通りに俺を翻弄して、結局、自分の思うとおりに事を運んだものさ。奨学金をとることは許さん。あれは困窮した家庭の子弟のための制度だ。帝国元帥のように十分に俸給を得ている者の子弟が利用してはならん」
「うんうん、父さんが学費を出してくれるならそれが一番だよ。父さん、帝国元帥以外にもイゼルローン総督やら何やらのお給料も貰ってるんだもんね、そりゃお金持ちは自分の息子の学費くらいは支払うべきだよ」
「口の減らない奴だ。おまえが軍に入れば、帝国元帥として俺は必要以上におまえにつらくあたらなければならん。他の者には言わなくてもいい叱責をおまえに対しては100も200もねちねちと言わなければならん。そこまでしてようやく世間は納得してくれるものだ。そのことは分かっているんだろうな」
「うん分かっているよ。鬼軍曹殿、よろしくお願いします」
「まったく分かっておらんよ、おまえは。父親にそんなことをさせるなんて、大した親不孝者だと思わんか。おまえが分かっておらんのは、俺がお前を愛しているということだ。そのせいでおまえを軍人にするのも、おまえに場合によっては厳しくせんといかんのもひどくつらい」
「ごめんなさい、父さん。僕も父さんのこと大好きだよ」
「ヤン・ウェンリーよりもか?」
 その言いぐさにトーマスは思わず爆笑した。対して、ワーレンは苦い顔を浮かべた。
「まったく、帝国軍の提督でありながら、息子が敵軍の将をより高く評価しているなんて、俺がどれだけ情けない思いをしているか…」
「ごめんなさい、父さん。おかしくて。笑ってしまってごめんね。父さんは父さんさ。父さんはヤン提督よりもずっといい仕事をしているよ。イゼルローンの人たちの表情はみんな明るいでしょ。でもね、父さん。父さんがもし全然駄目な親父でも僕は世界で一番父さんのことが好きだよ」
「…そんなことを言って、将来、嫁さんが出来たら、どうせその子にも世界で一番愛しているとかなんとか言うんだろう?」
「父さん、僕の未来のお嫁さんにまで嫉妬するのはやめてくれないかなあ、さすがにひくよ?どんだけ親馬鹿なんだか」
「ふん。おまえも親になれば分かるさ」
 そう言って、ワーレンは給仕されたステーキにナイフを入れた。