takeruko の小説置場

2012-10-22

Struggles of the Empire 目次


第1章 伝説の終焉
 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/

第2章 十一月の新政府
 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/13/

第3章 シュナイダーの旅
 1/2/3/4/5/6/7/

第4章 ワルキューレは眠らず
 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/

第5章 ロキの円舞曲
 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/

第6章 終わりなき夜に生まれつく
 1/2/3/4/5/6/7/8/

第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり
 1/2/3/4/5/6/7/8/

第8章(終章) 両雄の勅令
 1/2/3/4/5/6/完結/あとがき

2012-10-21

Struggles of the Empire あとがき


 数日、執筆できないので、書けるうちに書いてしまおうとして最後は駆け足になりましたが、銀河英雄伝説の長編二次小説"Struggles of the Empire"、完結しました。
 自分がこれまで書いた小説の中でもたぶん一番長いものなのかなあと思います。
 書いていて思ったのですが、やっぱり田中芳樹先生はすごいですよね。だれることなく、最後まで一気に読ませますから。それに比べればこの作品は足元にも及びません。言い訳をさせてもらうと(笑)、艦隊戦は銀英伝の華、その艦隊戦を使えないのはなかなか苦労しました。艦隊っていうのはどこかで湧き出てくるものじゃないですからね。それに統一後も艦隊戦が起こるようだったらラインハルトが為した統一ってのは一体なんだったんだってことになりますから。
 それでお読みいただいたような、"struggles(もがき、苦闘)"の話になったんですが、まあ、あんまり爽やかではないですよね(笑)。ここは一発、爽やかに「ファイエル!」なんて叫ばせたいとうずうずとしたんですが、繰り返すようですが艦隊戦は使えなかったんです(泣)。
 それと作中でも言及しましたが、本編は本当に、トラブルの種を全部潰して綺麗に終わってるんですよね。ヒルダと対立しそうなオーベルシュタイン、ロイエンタール、レンネンカンプあたりはカイザーがまとめてヴァルハラ送りにするという。二次創作を書いてみていっそう、ああ、田中先生は本当に続編をお書きになる気は無いんだなと感じました。
 ただトラブルがないと話のタネがありませんから(笑)。
 最初から全体の構想があったわけじゃなくて、書きながら考えていったんですけど、第二章くらいまでは本編の後日譚だったので妄想しまくりで書いていて楽しかったんですが、それ以後ももちろん楽しくはあったんですが展開がよりオリジナル寄りになって、いろいろ無理をしたなという感じはします。
 ともあれとにかく完成したので今は満足です。
 drei-3cucuさん、白詰草さん、michikaさんはじめ、読者のみなさまには励ましていただきました。心より感謝いたします。
 また、数多くの記憶違いを修正していただいたこと、本当にありがとうございました。
 誤字脱字がずいぶん残されていると思いますので、しばらくは修正作業に入りたいと思います。
 銀英伝については14歳くらいの頃の皇帝アレクを主人公にしてコメディタッチのものが書けたらなあと更に妄想を逞しくしておりますが、その時にはまたお読みいただければ幸いです。
 読んでくださってありがとうございました。       
                                        takeruko


Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(6)


 新帝国暦8年5月1日、シュナイダーは惑星テルヌーゼンの地方都市、アマルフィにいた。アマルフィは人口がわずか2万人であり、これという見るべき物も、語るべき産業も無かったが、その町外れに小さな養護施設があった。
 バーラト星系の養護施設はほとんどが公営であったが、ごく例外的に民間のものがあり、そのほとんどは宗教団体が運営していた。バーラト星系では宗教活動は決して活発ではなかったが、古代よりの宗教のいくつかが細々と存続していて、その養護施設は統一キリスト教会が運営していた。と言っても、宗教教育を施すのは固く禁じられていて、そういうところで育ったからと言って、ほとんどの子は信仰心を持たなかったが、日常的に宗教者と接していれば、影響を受ける子も稀にはいた。
 シュナイダーが面会を求めた少年もそのようであって、会ってみれば非常に穏やかな表情をした、優しそうな少年であった。
 学園長のシスターに同伴されて、面談室に現れたその少年は何人もの幼い子供たちにまとわりつかれながらも、迷惑がる風でもなく、優しく、
「お兄ちゃんはちょっと、お客さんとお話があるからね、あちらで遊んでおいで」
 と諭すのであった。
「まあまあ、子供たちが騒いでごめんなさいね。お客様が珍しいものだから。アーウィンは本当に優しい子で、よく下の子たちの面倒を見てくれているんですよ。できればここに残って、私たちの後を継いで欲しいくらいなんですが、この子には将来がありますからね。私たちの都合を押し付けるわけにはいきません」
「そうおっしゃっていただけるだけで僕は本当に幸せです。ここに来て、僕は初めて家族のぬくもりを知りました。園長先生は僕のお母さんだからなんでもお手伝いするのは当然です」
 アーウィンと呼ばれたその少年はにっこりと笑った。この子にはどこかしら人の心をつかむところがあり、それだけでシスターはとろけるような喜びを感じるのであった。
「アーウィン君は、物心ついた時からこちらに?」
 シュナイダーは尋ねた。それについてはシスターが答えた。
「いえそうではないんですよ。あれは7年くらい前かしら。あの頃はあなたは痩せて小さかったわよね。叔父さんとおっしゃる方が、アーウィンを連れてきて、面倒をもうみられないから、頼むとおっしゃって。あなたはあれから半年くらいはほとんど口も利かないで、沈んでいたのよね」
「もうずいぶんむかしのことです。僕はあの頃は他人を信じられなかったんです。そんな僕をここの人たちは受け入れてくれて、次第に笑うことを覚えていったんです」
「失礼ですが差支えなければ君の社会保障証を見せてもらってもいいかな」
 アーウィンはそう言われるのを予想していたのかそれを持参していて、シュナイダーに差し出した。社会保障証は自由惑星同盟の時代からすべての同盟市民に配布される身分証明証で、そこにはアーウィン・シルヴァー、と書かれていた。
「ハイネセンの生まれなんだね」
「そうらしいんですが転々としていて、ハイネセンのことは正直記憶にありません」
「たぶん私はハイネセンで君とは何度か会っていると思うよ」
 シュナイダーがそう言うと、アーウィンは笑みをたやしはしなかったが、明らかに表情をこわばらせた。
「まあ、では、この子のおじさんのお知り合いですか」
「ええ、そうです。もうこの子のおじさんはいませんが、言伝のようなものがあります。園長先生、差支えなければ、アーウィン君としばらくふたりだけにさせていただいてもよろしいでしょうか」
「え、ええ、それは構いませんが、それでいいの?アーウィン」
「はい。僕からもお願いします。我がままを言ってすいません」
「分かったわ。用があるならすぐに呼んでね。子供室にいますから」
 そう言って、シスターは立ち去った。シュナイダーは立ち上がり、窓の外の運動場を見ながら話し始めた。
「君のおじさんには苦労させられた。二重に罠を仕込んでいたんだからね。ランズベルク伯は、銀河帝国正統政府の崩壊の直前に、短期間、ハイネセンを離れている。そして混乱の中、ハイネセンに戻り、気が狂ったふりをして、遺体安置所から少年の遺体を盗み出して、その少年が彼がハイネセンからテルヌーゼンに連れ去った少年であるかのように扱い、手記を残した。最初に罠があることは帝国憲兵も気づいたがそれが二重構造になっていることにまでは分からなかったようだ。大した役者だよ、君のおじさんは。残念ながら彼は先年、収監されていた精神病院で亡くなったそうだ。最後まで演じきったってわけだ」
「彼だけが結局、僕のためを思ってくれたわけです。ああいう形で関わった人ですが、今はご冥福を祈りたいと思います」
「ところで私のことは記憶にあるかい?メルカッツ提督の副官としてお会いしたのだが」
「すいません。あの頃のことは本当にぼんやりとしか覚えていないんです。生まれてからずっと、長い悪夢を見ていたようで。メルカッツ提督のことはかすかに覚えています。優しそうな人だった。僕のことを心配してくれているような。でもあの人も亡くなったのですよね」
「私は彼の遺志でここに来たんだ。君が幸福かどうかを確かめて欲しいと」
「僕のことを気にかけてくれていた人がいたんですね。それだけで僕は十分にしあわせです」
「君はここで十分にしあわせそうだね」
「ええ、とてもよくしてもらっています。僕の一族の人たちもこういうところで育てられたらあんな風にはならなかったでしょう。それが残念でなりません」
「君は元の立場に戻る意思はあるのかい?」
「それだけはごめんこうむります。今の皇帝にも僕は同情しているんです。彼の父親は好き好んでその立場になったんだからそれでいいでしょう。けれども子供にまで重荷を負わせるのは、負わされる身のことを考えれば気の毒としかいいようがありません」
「そうだね、私もそう思う」
 シュナイダーは右手を差し出した。アーウィンは不思議そうにその手をとると、シュナイダーはアーウィンの手を強く握った。
「しあわせになってくれてありがとう。あの混乱の中では多くの人たちが不幸になってしまった。そんな中で、年端もいかない子供だった君のことがずっと気にかかっていた。君が今、しあわせでいてくれて、報われた思いがする」
「そうおっしゃっていただけると、僕も嬉しいです。本当は、僕の立場だったらしあわせになってはいけないんでしょうけれど。僕の一族は多くの人たちを不幸にしましたから」
「だからと言って、君がそれを背負う必要はない。君は君だ。君の人生は君だけのものだ。そうだろう?」
「そう思ってもいいんでしょうか」
「君の人生はまだ始まったばかりじゃないか。ここはとてもいいところだけれど、そう遠くない日に君はここを出ていかなければならないだろう。違うかい?」
「ええ。シスターたちは残って欲しいようですが、いずれはそうなるとしても、その前に世界を見てみたいんです。僕がいなくなってしまったことで、世界がどうなってしまったのか。それが義務のような気がして」
「君が負う義務なんてないんだよ。でもそういう気持ちがあるなら、私と一緒に旅をしてみないか。そう、君さえよければ、私の息子として」
「僕が、シュナイダーさんの息子に?」
「そうすれば君は少なくとも私をしあわせに出来ると思うよ。まずはそこから始めてみてはどうだい?」
 シュナイダーはにっこりと笑った。
 アーウィンは数秒とまどっていたが、やがて満面の笑みを浮かべた。
「嬉しいです。僕にお父さんが出来るなんて」
「君はこれからもっともっとたくさんのしあわせを知るだろう。そしてそのしあわせをいつか他の誰かにも与えられるようになったらいいね」
 アーウィンは強くうなづいた。
 シュナイダーの旅はこうして終わった。シュナイダーは結局、「エルウィン・ヨーゼフ2世」を見つけることは出来なかった。しかし、代わりに息子、アーウィン・フォン・シュナイダーを見つけた。
 シュナイダーの旅は終わり、シュナイダーとその息子の旅が始まる。

                                               (完結)

2012-10-20

Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(5)


 地球は900年に及んで汚染され、そこに居住していた人々は、辺境惑星としてはそれなりのボリュームである2000万人を数えていたが、彼らの大半は地球教徒であり、ヒマラヤ山中の地下シェルターで生活をしていた。しかしその人々もワーレン艦隊による地球教本部攻撃によってちりぢりになり、地球は行政単位としては帝国から放置され、どれほどの人間がいるのかは定かではなかったが多く見積もっても5万人は上回らないであろうと思われた。
 ただし、地球表面のすべてが汚染されているのではなく、地球環境は次第次第に回復していて、一部の地域では居住可能なレベルにまで、自然浄化されつつあった。そのことをイワン・コーネフが知ったのは地球教徒本部に潜伏するために下調べをした時であって、アラスカ、マダガスカル、モンゴル、イースター島などにごく小さなコミューンが地球教とは関係なく成立していた。それらのうち最大のものが東アフリカの大地溝帯にあり、人口2000人程度の村が成立していた。
 イワン・コーネフはその妻の「コーネフのおかみさん」と共にその村にたどり着くと、周辺の荒野を開拓し、数年のうちに農場を成立させた。村人の多くも元は流浪の身であったので、コーネフたちの素性を詮索せずに、村人の仲間として受け入れた。
 他の星系どころか惑星内の他の地域ともまったくと言っていいほど交流がなく、孤立していたその村では、技術レベルは西暦10世紀のレベルにまで後退していた。畑を耕すにしても、人力で鍬をふるって耕すのであり、肥料もそれ用に育てたマメ科の植物などを堆肥として用いた。
 何事につけてもお祭り好きなコーネフは自分たちの生活が安定すると村のあれこれに首を突っ込んで、やがて村長に担ぎ上げられるのだが、それはその小さな村での小さなお話である。銀河系の他の地域では誰も知りもしないし、知ったところで耳を右から左へと流れてゆくだけであろう。
 それでもその小さな世界で、小さな日々を送って、それでコーネフとコーネフのおかみさんは幸福であった。ふたりともさいわい長寿であり、亡くなる時は多くの子供と孫、ひ孫たちに見送られて、粗末な手作りの墓に葬られたが、コーネフのおかみさんは生まれ変わるとしても、やっぱりこの村でコーネフと暮らしたいと言った。2年前に夫を見送った老婆のそれが最後の言葉であった。口にする前に息絶えたので、彼女の子供たちはその続きの言葉を聞けなかったが、「間違っても帝都で貴族の娘なんかには生まれたくない」と続いたはずであった。
 イワン・コーネフと開拓者たちが畑を広げ、収穫に一喜一憂する生涯を終えても、地球はなお辺境であった。銀河帝国は公式にはこの惑星への立ち入りを禁止していて、地球に生きる人々は、帝国の版図に生きながらも帝国とはまったく無縁に生きていた。
 それでも魚は絶え、鳥も消えたこの惑星にあっても次第次第に緑は人々の営みによって回復していった。地球の丘と言う丘が再び緑に覆われる頃、この惑星は再び、生命の聖地としての実質を取り戻すのかも知れない。銀河系規模で見れば、ほんの一瞬に過ぎないイワン・コーネフ一代をかけてもそれは途方もない先の話であった。けれども、種をまく人がいる限り、いつか花は実を結ぶ。99億回失敗しても、最後の一回成功したならば、それは確実に未来につながってゆくのであった。

Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(4)


 新帝国暦7年4月1日、予定通り、帝国議会選挙が実施され、共和党と連立を組んで与党となった保守党から、ウォルフガング・ミッターマイヤー党首が首班指名を受け、ローエングラム王朝の初代内閣総理大臣となった。バーラト自治政府のヤン・ウェンリー党を母体としていた民主党は、第一党にはなったが、過半数を制するには至らず、保守党と共和党の連立政権の発足を許すことになった。
 同日、バーラト自治政府は法的に正式に終焉を迎えた。銀河帝国全土において議会制民主主義が達成されるならば、バーラトにおいて独立国家を維持する意味は無くなったからであった。銀河帝国はおおむね星系ごとに州が置かれ、州の自治権は大幅に拡充された。銀河帝国は議会制民主主義国家に移行するのと同時に、連邦制に移行した。
 バーラト星系では、銀河全体の人口の1割を占める惑星ハイネセンに独自の州、ハイネセン特別州が置かれ、バーラト州の首都星はテルヌーゼンに移動することになった。
 フレデリカ・グリーンヒル・ヤンは首相公邸で、後任のハイネセン特別州刺史マグダレーナ・フィルボット女史に、引継ぎを終え、その時点で無位無官の一民間人に戻った。もっとも、フレデリカがカリスマ的な存在であり、好むと好まざるとに関わらず政治的な余韻の中になおも居続けなければならなかったから、フィルボット刺史の好意によって、当面、公費にてボディガードがつけられることになった。主要政治家の護衛を任務とする特殊警備隊の隊長カスパー・リンツがフレデリカの護衛に充てられた。
 ハイネセンにはもう、ヤン艦隊の人々はほとんどいない。ヤン・ウェンリー党が発展解消して成立した民主党の党首にはキャゼルヌが推されて就任、オイゲン・リヒターが幹事長に就任していた。彼らは帝国代議院議員としてフェザーンにいる。バグダッシュも、ホアン・ルイも、シトレも、アイランズもみな、帝国代議院議員としてフェザーンに移動していた。
 引き続き、民主党の党首となって議員となり、党を率いることを懇願された時、フレデリカはきっぱりとそれを断った。
「ヤンの遺志は叶ったのですから、ヤンの未亡人としての私の責務もこれでおしまいです。政治からは引退します」
 とはっきりと宣言した。数々の慰留があった。皇太后ヒルダからも直々に通信があり、代議院議員として議会に入って、引き続き国家の礎を支えて欲しい、それが叶わぬならせめて元老院議員として、自分を補佐して欲しい、との懇願もあったが、それも謝絶した。
 ユリアンやキャゼルヌなど、フレデリカに近い人は何も言わなかった。フレデリカはやってみればかなり政治家向きではあったが、向いているからと言って、当人がそれをやりたいとは限らないからであった。フレデリカの場合は、どうしてもヤン・ウェンリーの影を背負ってしまう。フレデリカ・ヤンとしてではなく、ヤン夫人として生きることを強いられていた。ヤンの死去から5年が過ぎて、ヤンへの思いが薄らいだわけではなかったが、未亡人として生きること、しかも公的に未亡人扱いされることは、フレデリカはもううんざりとしていた。
 まずはフレモント街の旧宅に移り、近隣の人々と旧交を温め、たまには「孫」と超光速通信を介して話して、ボランティア活動を熱心に行い、そういう日々をフレデリカは送った。
 フレデリカを護衛するのは、リンツの任務であったが、24時間警護するためか、いつしかリンツはフレモント街のヤン邸に越してきた。護衛者と護衛対象者の関係を越えて、フレデリカとリンツの関係が密接なものであるのは誰の眼にも明らかであったが、それ以上はなかなか発展しなかった。
 再婚するのはヤンへの裏切りではないかとの思いがやはりフレデリカの胸の内にあったからであり、リンツも、忠誠を誓ったヤン・ウェンリーの後釜に座るような真似は、なかなか出来なかったからである。
 ただ、ユリアンたちには黙っていることは出来ないと言って、リンツはまず恐る恐る、カリンにフレデリカと交際していることを報告した。それとなくユリアンにもうまく伝えて欲しいとカリンは頼まれたが、カリンにもユリアンがどのように反応するかは分からなかった。カリン本人はヤン・ウェンリーを敬愛はしていたが、死者に貞節を尽くして、生きている者が幸福になれないなんて馬鹿げたことだと他人事ならばそう思ったので、代父であるリンツにしっかりやるようにと激励したのであった。
 ユリアンはその報告をカリンから聞いて、その場ですぐにフレデリカに連絡を取り、フレデリカが再婚するつもりならば反対するつもりはないこと、むしろリンツと一緒になって幸福になって欲しいとはっきりと伝えた。
 このユリアンの言葉が後押しとなって、リンツはフレデリカに求婚し、フレデリカはそれを受けた。
 フレデリカの再婚については、ヤン・ウェンリーを崇拝する多くの人々から批判されたが、この件についてメディアから感想を聞かれたユリアンが、通常はほとんど返答しないにも関わらず、はっきりと、この再婚を歓迎する考えを明らかにしたことによって、やがて批判は下火になり、消えていった。
 フレデリカが幸福になるなら、ヤン・ウェンリーが反対するはずがないではないか、としごく当然のことをユリアンは指摘した。
 フレデリカとリンツの結婚式にはユリアンとカリン、その間の2人の子供、キャゼルヌ夫妻、あいかわらず独身主義者のアッテンボロー、同じくいまだ独り身であったバグダッシュ、介添え人としてシトレ元帥、そして今は与党の議員となっているワーレンと、お忍びでグリューネワルト大公ナイトハルト・ミュラーが出席した。
 その式が終わると、フレデリカとリンツ、ユリアンとカリン、そして子供たちのみで、市民墓地に眠るヤンに結婚の報告を行った。
 そしてその後は、再びそれぞれの元の生活に戻っていった。
 違ったのはフレモント街のヤン邸がリンツ邸と名を変えたことと、フレデリカが未亡人のヤン夫人から、現役のリンツ夫人になったことだけであった。

2012-10-19

Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(3)


 新帝国暦4年6月に入って、ミッターマイヤー銀河帝国軍総司令官は退役する意向を皇太后と国務尚書に告げた。むろん、両名はすぐに慰留したが、ミッターマイヤーの意思は固かった。更に驚かせたのは、退役と同時に元帥杖を返上し、上級大将の階級に戻る意向を明らかにしたことであった。
「単に、私に仕えるのがお厭になったというわけではないようですね。どういうご存念あってのことか、ご説明いただけますか」
 ヒルダに対して、ミッターマイヤーは存念を打ち明けた。
 まず第一に軍組織のこと。自分はまだ壮年であり、それでいながら既に軍のトップに登ってしまった。このまま居座ればこの先、二十年以上、帝国軍上層部では人事的な停滞が発生するであろう。本来、元帥は退役間近になって極官として与えられるもので、二十代や三十代で叙された最近の状況が異常であったこと。自分が退任することで、軍組織の健全化が可能になるだろう、とミッターマイヤーは言った。
 しかし退任はそれが目的ではなく、あくまで要素のひとつに過ぎず、先日の両雄の勅令を踏まえれば、今後は王朝を守るための主戦場は政治に足場を移し、帝国議会がその舞台になるであろう。ならばそこに立たなければならない。旧帝国には政党はこれまでなく、政党を結成し、その支持を拡大させるためのノウハウがない。3年後に、議会制民主主義に移行するならば、王朝を擁護する国民政党がなければならない。ミッターマイヤーはその中核に自分がなろうと言うのだった。これから先、ミッターマイヤーは議会制民主主義の下において政治家として王朝を守り抜く決意を固めていた。
 司法省の憲法草案に目を通したミッターマイヤーは、現役の軍人は行政官・立法官・司法官のいずれも兼務できないことを知った。これは政治学的には常識であったから、ミッターマイヤーはそれに異は唱えなかったが、問題は元帥と言う地位であった。元帥に退役なしと言う。むろん、一時的な措置として退任する例はあったが、元帥はいつでも現役復帰できる特権があり、その特権がある限り、法的には退役状態にはなり得ないのであった。ミッターマイヤーが帝国議会において議席を占めるためには、元帥杖を返上する必要があった。
 帝国議会は二院制になる予定であり、各選挙区から議員を選出する代議院と、構成員を専門家集団や軍人、貴族、官僚などから皇帝(あるいは摂政)が勅任する元老院から成っていた。軍人は元老院議員には退任せずとも勅任を受ければなれたが、元老院には法案のチェック機能しかなく、政治を主導するのはあくまで代議院であった。代議院議員になるためには、ミッターマイヤーは元帥を辞さなければならなかった。
 この3年の間に、ミッターマイヤーは保守党を結成し、代議院において過半数を得られる政党に成長させるつもりであった。
 この構想に対して閣僚たちのうち、エルスハイマー、ブルックドルフ、マインホフらは賛成し、保守党の結党メンバーとなったが、リヒターとブラッケは、自分たちの立場はむしろヤン・ウェンリー党に近いと言って、彼らは現役閣僚のまま、ヤン・ウェンリー党に入党した。
 メックリンガー、ワーレン、ケスラーもミッターマイヤーに賛同し、彼らは現時点では退役しなかったが、3年後には、ミッターマイヤーと同様に退役したうえで元帥杖を返上し、保守党の政治家として第二の人生を送る意思を皇太后に伝えた。
 メックリンガーは空席となった統帥本部総長に請われたが、オーディーンの状況未だ安定ならずと言って、現役中はアルターラント方面軍司令官として職務を全うする意向を示した。ワーレンもまた、この3年のうちにイゼルローン総督としてやるべきことはやっておきたいと述べ、イゼルローン総督として現役を終える意思を示した。ケスラーも退役まで憲兵総監にとどまることになったが、ビッテンフェルトは生涯一軍人として、残留する決意をミッターマイヤーらに告げた。
 ミッターマイヤーは6月中に実際に退役したが、各元帥の意向を前提にして、帝国軍上層部の大幅な入れ替えが行われた。ミッターマイヤーの後継として、ビッテンフェルトが首席元帥に移動し、帝国軍総司令官となった。人々はこの人事に驚き、ミッターマイヤーの後継となるなら、メックリンガーやワーレンの方が適任だろうと噂されたが、実際には、現役元帥はビッテンフェルトただひとりとなる予定であり、ビッテンフェルトは軍の実務から離れて、皇帝ラインハルト旗下の諸提督のうちの遺老として、帝国軍の栄光を象徴する存在となるのであった。
 そのビッテンフェルトの下にあって実務を補佐する者として、軍務尚書にはこれまでどおり、フェルナーがとどまり、統帥本部総長にはオルラウが、宇宙艦隊司令長官にはバイエルラインがあてられた。彼ら三長官に元帥杖を授与すべきかどうか、皇太后の諮問があり、ミッターマイヤーを含む現役の元帥たちは討議したが、今後は元帥杖はよほどのことがない限り、授与しない方針が決せられた。バイエルラインらもまだ若く、人事の流動性を強めるために適当な時期に退役しておそらくは保守党に合流して貰う以上、元帥杖は障壁となりかねないからであった。
 こうした情勢の中、この先、10年、20年に及んで軍に影響力を強め、軍を代表するようになったのが、フェルナーであった。
 閣僚たちは新体制下では議院内閣制によって選出される予定であったが、軍務尚書の後継職となる軍務大臣のみは別であった。軍務大臣は勅任官であり、閣議の決定に従う必要はあっても、首相によって任免されない存在であった。軍務大臣のみは現役の軍人が務め、そしてそれにはフェルナーが長く在任したのであった。これは民主主義体制において、時に政治家たちの政治的野心のために無謀な軍事作戦行動が繰り返されたことをかんがみてなされた措置であり、軍政と軍令を専門家である軍人に委ねるためになされた措置であった。フェルナーは政治的術数に長け、政党政治家たちとも良好な関係を築き、なおかつ軍の中立性を保ったために、統帥本部総長と宇宙艦隊司令長官、それと憲兵総監は随時入れ替わっても、フェルナーは軍務大臣として在任し続けた。
 ミッターマイヤーは後に内閣総理大臣となり3度に渡って組閣し、在任は通算8年を越えたが、フェルナーの軍務大臣としての在任はそれをはるかに上回る22年間に及んだ。フェルナーはミッターマイヤー内閣でも軍務大臣であったが、キャゼルヌ内閣、アッテンボロー内閣、エルスハイマー内閣でも軍務大臣であった。
 フェルナーは退役間際に元帥杖を受けるか否かを皇帝アレクサンデル・ジークフリードに打診されたが、謝絶している。フェルナーでさえ謝絶したことが前例となって、その後、上級大将たちは元帥杖の授与を打診されても謝絶することが慣例になった。従って、元帥杖を授与されてなおかつ返上しなかった元帥としては、ビッテンフェルトとミュラーが最後の例となった。

Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(2)


 あの会見から4日後、メディアを避けるようにして大学に赴いたユリアンは、指導教授に今後の授業を通信を介して行って欲しい旨を伝え、了承の返事を貰うと同時に、幾つかの課題を与えられた。大学図書館でその下調べをしていた時、前の席に背の高い男性が腰を掛けて、ユリアンに声をかけた。
 ケスラーだった。
「ケスラー元帥、こんなところでお会いするとは。軍服を着ていらっしゃらないお姿を拝見するのは初めてです」
 ケスラーは、濃い灰色の背広を着ていた。
「大学を訪れるのに、軍服を着ていては無粋というものだろう。実は卿に話があるのだが、ここ数日、大学に籠りきりのようじゃないか。仕方がないからこうして足を運んだ。学問の邪魔をして申し訳ないが、そろそろ昼食時だ。お詫びにランチを奢るよ」
 ケスラーがユリアンを連れだしたのは構内にある教員専用のカフェテリアで、パーテーションで区切られている個室もあった。ケスラーはあらかじめ、学長に使用許可をとっていたのだった。
 会話しながらのランチになるのだろうと見越したユリアンは、会話の邪魔にならないサンドイッチとコーヒーを頼み、ケスラーの用件を聞いた。憲兵総監が世間話をするためにわざわざ足を運んだとは考えられなかったからである。
「おそらく卿にとっては意外なことではないだろうが、帝国同胞団の幹部の中で、オリビエ・ポプランとクロジンデ・フォン・メルカッツの行方が知れない。オーディーンでの足取りがふいに途絶えている。まるで誰かが脱出用のシャトルを用意していたかのようだ」
「用意してたんじゃないんですか?別に逃走用の手段を事前に用意していたとして不思議はありませんが」
「ところが、ゾンネンフェルスは用意させていなかったようなのだ。逮捕はしていないが、中級の幹部たちの足取りは追えている。彼らはすべてオーディーン内に潜伏している。その中にポプランとクロジンデ・フォン・メルカッツの名だけがない」
「ケスラー元帥。私にはよく分からない事情ですが、むしろ彼らの足取りが不明だというならそれに越したことはないのではないでしょうか。ポプラン中佐も、そしてメルカッツ提督の娘さんも、私たちヤン艦隊の面々にとっては大事な人です。その人たちを逮捕されて粗略にでも扱われれば黙っているわけにはいきません。むろん、彼らが姿を現せば、憲兵隊は逮捕しないわけにはいかないでしょう。両雄の勅令の精神を重んじるならば、帝国と同盟、ローエングラム王朝とバーラト自治政府はこれから互いに助け合わなければなりません。その仲を引き裂きかねないポプラン中佐らの扱いを、行方不明ということで棚上げ出来るならそれに越したことは無いですよね」
「確かに以前、私はもしバーラトが噛んでいるなら、うまく取り繕えと言った。皇太后陛下のお考えを踏まえれば、バーラトと対立するわけにはいかなかったのでね。しかし実際にはバーラトは関与していなかったのだろう。それは判明している。ポプランが騒乱に加担したのは彼個人の判断だろう。ならば犯罪としてこれを処断しないわけにはいかない」
「たとえそうであったとしても、ポプラン中佐は私たちの仲間です。申し上げておきますが、ヤン夫人もキャゼルヌ中将も、アッテンボロー提督も、決してポプラン中佐を見捨てることはしないでしょう。帝国が彼を敵として扱うというならば、ヤン艦隊全体が敵になるまでのことです。もちろんその中には私もカリンも含まれています」
「うむ。念のために聞いておくが、卿はその言で以て、私を脅迫しているのか」
「私は事実を申し上げているだけのことです。ご理解いただけると思いますが、どれほど友好を尊重したとしても譲れないものは誰にでもありますから」
「ところでだ、ヘル・ミンツ。卿の口座から最近、巨額の金額が失われているようだが、使い途を伺ってもよろしいだろうか」
「一般市民の口座は守秘されるべきであって、それについては黙秘するのが妥当だと思います」
「卿が果たして一般市民と言えるかどうかはなはだ疑問だが、まあいい。先ほどの卿の言う棚上げ論はなかなかに説得力があった。今回は卿に免じて、説得されたということにしよう。卿には我が王朝に対して、多大なる功績もあったのだし。ただし二度目は無いと思って欲しい。今回のようなことが再び無いよう、卿も卿の仲間に対しては十分に警告を発しておくことだな。それこそ誰にとっても譲れないものはあるのだから」
「ご忠告のとおりにいたしましょう」
「ところで、さすがにあれだけの金額が無くなれば、卿の今後の生活にも響くのではないか。子も産まれるということだし、グリューネワルト大公妃殿下をお守りした件にしても、ワーレンを慰問した件にしても、そして無論、先の勅令の件にしても、卿は実際、多大な貢献を国家に対して為している。皇太后陛下に申し上げれば同額以上の相応の慰労金が下賜されるはずだが、お節介を承知で言うが、卿自身はともかく卿の妻子のためには、意地を張らずに下賜金を受け取るべきではないか。そのつもりがあるなら、すぐにでも私の方から皇太后陛下に報告しておくが」
「まあ、当面、私が学生でいる間の生活くらいはなんとかなるでしょう。大学を出れば働くまでのことです。どこかの高校ででも歴史教師をやれればいいと思います。生活するために働く、みんなやっていることです。ご配慮いただくには及びません」
「卿ほどの人物を一教師に雇う学校が果たしてあるかどうか。ならばせめて、ヤン夫人には事情を話したらどうか。卿の独立心は賞するべきだが、彼女を家族と思っているならば、苦境のことを話されなかったと後で知れば、彼女は傷つくだろう」
「ご忠告ありがとうございます。今はまだ苦境と言えるような状況ではありませんので、いよいよになればもちろん“母”を頼るつもりです。私としても、妻に対して偉ぶりたい欲求はありますから、まあまずは自分でやってみようと思います」
「ヘル・ミンツ。卿はおそらくワーレンやミュラーに対してほどは私に対しては無条件に親愛の情は抱いていないのだろうな。むろん、憲兵総監という任に私がいる以上、それも無理もないことだ。実際、ワーレンやミュラーだったら言うはずもない嫌なことを私はずいぶん卿に対しても言った。しかしどうか、私としても卿に対しては友情を感じていることは疑わないでほしい。もし、本当に困ったことがあったなら、どうか意地を張らずに私を頼って欲しい。どうしても私に頼るのが嫌なら、せめてワーレンやミュラー、皇太后陛下を頼って欲しい。みな、卿に対しては友情もあれば恩義もあるのだから」
「ありがとうございます。友情と言う語を使わせていただけるのなら、私もまたケスラー元帥に対してその念は抱いています。お互いに年を取り、引退して、現在のことがすべて遠い過去になったならば、銀河帝国の秘史を伺わせていただくことを楽しみにしています。これは友人という名目を借りた、歴史家としての欲でしょうが」
 ユリアンのその言葉に、ケスラーは穏やかに頷いた。その時が来たならば。暖かい暖炉の前で、冷えたワインを開けて、夜通し語り尽くそう。この時代を共に生きた者として。
 ケスラーの眼差しはそう語っているようだった。
 ケスラーを心配させたミンツ家の経済状況は、この年の暮れまでには大幅に改善された。夏の終わり頃に、ユリアン・ミンツが初の著作となる「ヤン・ウェンリー語録」を出版したからである。ヤン・ウェンリーの言葉は公式に発言されたものはむろん記録され流布していたが、ユリアンはその著作の中で、ユリアン個人に対して語られた私的な語録を大幅に加えたために、ヤン・ウェンリーの人間像がより正確に、鮮やかに描き出されたのであった。人々はそれ読み、ヤン・ウェンリーが単に軍事的天才にとどまらない、良き教師であり、細やかな配慮をした保護者であったことを知った。
 この著作は新帝国暦4年最大のベストセラーになり、何十年にも渡って売れ続けた。この著作によってユリアンはポプランのために使った金額の何十倍もの印税収入を手にすることになった。

2012-10-18

Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(1)

 
 新帝国暦4年5月20日、この日の19時から、全国民に向けて銀河帝国摂政皇太后が政見放送を行う旨、告知されていた。可能な限り広範囲の国民が視聴することが望ましいとされていたが、その内容がなんであるかについては、知る者はごくわずかであった。帝国政府と軍においても、内容を大雑把にでも知らされていたのは、国務尚書、内務尚書、財務尚書、司法尚書、それとヴェストパーレ男爵夫人とミッターマイヤー帝国軍総司令官のみであった。軍務尚書や宇宙艦隊司令長官に対してさえ、内容は伏せられていた。
 皇太后執務室が会見場になり、複数台のカメラのみが入れられた。同室で立ち会うのはヴェストパーレ男爵夫人ともうひとりのみであり、19時の定時になると、そのもうひとりを連れて、ヒルダはカメラの前の執務用デスクに着席した。
「あのお姿は。それにあれはユリアン・ミンツか」
 モニターに映し出された映像を見て、憲兵総監執務室にいたケスラーは思わずそう独り言を呟いた。ヒルダの左隣にはユリアン・ミンツがヒルダを後見するかのように立っていた。そして両名の衣装は軍服、ヒルダは中将待遇で大本営幕僚総監を任じた時の服装であり、ユリアンは自由惑星同盟軍中尉の礼装であった。
 静かに、しかし力強く、ヒルダは語りだした。
「みなさま、こんにちは。銀河帝国摂政皇太后ヒルデガルド・フォン・ローエングラムです。今日は幾つかの大きな政策の転換と、国家の根底を変更する新たなる勅令についてお話するためにこのような機会をもうけさせていただきました。また、本日、この決定をなすにあたって、私と共に共同責任者となっていただく、元イゼルローン共和政府軍総司令官ユリアン・ミンツ氏にも同席をお願いすること、あらかじめご了承ください。
 さて、本日、私とミンツ氏は共にそれぞれ過去において着用した軍服を身に着けております。これは内容が軍事に及ぶからではなく、私たちがこの服を身に着けた時、それぞれの英雄に仕えたということを皆様に思い起こしていただくためです。つまり、私たちは摂政皇太后として、そしてその協力者として話しているのはもちろんですが、それだけでなく、皇帝ラインハルト陛下とヤン・ウェンリー提督の、それぞれの後継者、代行者として話しております。
 過去において一度だけ、皇帝ラインハルト陛下は、ヤン・ウェンリー提督と面談なさっておられます。その時も、今後の人類社会について話し合いがもたれたのですが、次の機会はなかなか訪れませんでした。回廊の戦いの後、両者は再び面談することになっていたのですが、両者が共に互いとの対話を通して、人類社会のよりよい未来を模索していたのは、皇帝ラインハルト陛下については私が、ヤン・ウェンリー提督についてはミンツ氏が保証するところです。
 しかしながら残念ながら、その後、ヤン・ウェンリー提督はテロに斃れ、皇帝ラインハルト陛下は病に斃れられました。両者の志は未完のまま、それぞれの後継者の手に、つまり私とミンツ氏に委ねられました。
 その後、私とミンツ氏は忌憚のない話し合いを数百時間を越えて、行いました。それを通して私たちの間に友情が形成されたのは確かですが、互いに安易に馴れ合ったわけではありません。お互いにかなり辛辣な、時には敵対的な粗探しまでをして、それぞれの考えを鍛えなおしました。それは確かに一つの戦いでした。
 今日皆様にお話をする政策の変換と勅令は、その中からつむいでいったものです。確かにこれは私とミンツ氏の共同作業を経て生み出されたものですが、本来であれば、もし時間が両雄に与えられていたならば、皇帝ラインハルト陛下とヤン・ウェンリー提督の間で成し遂げられたはずでした。そのことを私とミンツ氏は確信しております。
 銀河帝国の歴史を経て、そして自由惑星同盟の歴史を経て、それぞれの国家においてもっとも純度が高い抽出物であったふたりの英雄が、今日この時、私とミンツ氏の傍らにいてくれるはずだと信じております。これからお話しする政策と勅令については、私とミンツ氏が述べているのだという以上に、皇帝ラインハルト陛下とヤン・ウェンリー提督の意志であるとお考えいただきたくお願い申し上げます。

 ローエングラム王朝は成立以後、おおむね政府の関与を最小限にする路線を採ってきました。その結果、ノイエラントでは皆様の生活は目に見えて向上いたしましたが、一方でアルターラントでは、産業構造の変化に対応できないおびただしい流民を作り出すことになってしまいました。これはひとえに、ノイエラントの人々を占領地の民衆扱いして共に新国家建設の同志であると思いいたれなかった私の落ち度です。私はノイエラントの皆様に負担いただくのが恐ろしかったのです。それはただ単に、カネによって歓心を買おうとしているに過ぎないとミンツ氏からは叱られました。おっしゃるとおりでした。
 人類社会は数百年の分断を経て、ふたたび統一へ向かおうとしています。そこにある国家がなんであれ、統一に伴うきしみは必ずや発生いたします。それに対処するためのコストは弱い立場の人たちにのみ押し付けられてはいけないのです。今、心ならずも流民となっている方、農業に従事しながらも明日をも知れない方々に申し上げます。あなたがたが置かれている窮状はあなたがたが悪いのではありません。どうぞご自分をお責めにならないでください。これは人類社会の統一への道程に伴う避けがたい痛みなのです。たまたまその痛みが、あなたがたに集中してふりかかっているに過ぎません。
 では統一という事業を止めてしまうべきでしょうか。帝国同胞団やノイエラントで発生した幾つかのデモはそうすべきであると言いました。しかし思い起こしてください。あの何百年にも及ぶ人命の浪費の時代に立ち返ることが果たしてよいことなのでしょうか。皆さんの中には親しい人たちを戦死させた人たちが数多くいらっしゃるでしょう。次の世代、その次の世代に同じ思いをさせるのが果たして正義なのでしょうか。
 私たちはもう少し長く歴史を見る時間軸が必要です。ゴールデンバウム王朝銀河帝国だけではなく、自由惑星同盟だけではなく、更にそれ以前、銀河連邦の時代に、人々が政治を軽視し、享楽に流れたために、ルドルフ大帝は独裁政治を打ち立てる余地を得ました。今日のことはすべてその結果です。私はたまたま銀河帝国に生まれ、今、このような立場にあります。ミンツ氏はたまたま同盟に生まれ、今のお立場があります。そこには本来、私たち自身が選び取ったものはないはずなのです。私たちが選び取るのはただ、これからの人類社会に対してのみです。私たちは過去の結果としてここにありますが、過去に縛られてはなりません。しかし同時に未来の原因としてここにあることも忘れてはなりません。過去は変えられませんが未来は変えられます。
 私たちは一人一人、裸の人間となりただ後世の世代に残すべき社会のありようを考えてみるべきでしょう。
 銀河の統一は避けがたいものです。そしてそれはつまるところ、人類社会の幸福の礎となるでしょう。しかしそれに伴う痛みについては私たちすべてが同じようにわかちあわなければなりません。
 ここでノイエラントの人々に対してお願いがあります。10年を区切りとしてノイエラントのみ、消費税を10%引き上げさせてください。それで得られた税収は、主に困窮しているアルターラントの人々のために用いられます。これは確かに、見ようによってはアルターラントによるノイエラントの収奪でありましょう。その収奪者が、ノイエラントの人々よりもいっそう惨めな生活を強いられているという事実を無視すれば。どうか広く、10年後、20年後の銀河を思い浮かべてください。どのような社会を子供たちに残すか。より平均して豊かになる銀河系がそこにあるならば、それは負担を補って余りある達成ではないでしょうか。どうかアルターラントの人々を同胞として扱ってください。私は、私とミンツ氏は、あなたがたが同胞であることを信じます。
 また、同じく10年を区切りとして星系ごとにGDPに応じて関税設定権を与えます。この10年という期間の間に各星系は産業競争力を強めてください。それによって得られた税収は職業訓練に回されます。
 貧困者世帯については食料配布と医療費の無料化が行われます。また同時に次世代の教育については来年度中を目途にして一律に無料化を進めたいと思います。
 一言で言えば、これは大きな政府路線への転換です。政府にはなすべき義務があり、そこから逃げていてはならないのです。しかし、それで弊害が生じることもありましょうがその是非を判断するのはその時にはもう私ではなくなっているでしょう。

 ノイエラントの人々からすれば税負担は増える、何の決定権もないとなれば不満に思って当たり前です。それを軽減するための策として考えられたものではないのですが、これからお話しすることが現実になれば、その不満は意味を失くすでしょう。
 銀河帝国は、ここ3年以内を目途にして民主主義国家に移行します。
 正確に言えば議会制民主主義の立憲君主制であり、皇室や軍は議会に対して若干の影響力を残すことになるでしょう。それは自分たちの権益を保持するために残されるのではなく、時に生じる民主主義の弊害に対処するために残されるものです。
 まず憲法制定会議を開きます。座長は司法尚書が務めますが、会議にはここにいらっしゃるミンツ氏に入っていただくばかりではなく、バーラト自治政府にも協力をお願いして、複数の民主主義の政治家と専門家を派遣してもらうつもりです。憲法が整い、発布され次第、銀河帝国の全成人を有権者とする帝国議会選挙を行います。帝国議会において優勢を占めた政党によって内閣を構成していただきます。
 摂政皇太后である私、そして皇帝陛下の持つ政治的な権能は大幅に制限されることになるでしょう。皇室は今後は象徴的な存在になります。専制政治は廃され、実質的には民主主義国家に変わることになります。
 最初の話に戻りますがどうかこれが、単に私やミンツ氏の考えであると言うにとどまらず、皇帝ラインハルト陛下とヤン・ウェンリー提督のご遺志であることをお忘れなきようお願い申し上げます。今後、私が勅令を発する機会は少なくなるでしょうが、この決定をローエングラム王朝の意思として、勅令で以て発します」
 この放送を見ていた多くの人々、メックリンガーもビッテンフェルトもミュラーも立ち上がり、そして呆然とした。
 ハイネセン、テルヌーゼン、エルファシルと旧同盟領の各地では、人々が路上にあふれて歓喜の声を上げた。自由惑星同盟は滅びた。しかしこれはその精神の勝利であるのかも知れなかった。少なくとも彼らはそう思った。
 一方で旧帝国領では、この勅令が一体なにを意味するのか、よく理解されなかったというのが本当のところであった。民主主義は叛逆思想であると彼らは教えられていた。しかしそれで言うならば、かつては敵であった同盟市民が今では同胞であるという。それと同じようなことかと彼らは彼らなりに理解した。分かったのは、今後は暮らし向きがよくなるように政府が乗り出すということで、それは無論、歓迎すべきことであった。
 新帝国暦4年5月20日の勅令を、正式には新帝国暦4年第6勅令と呼ぶ。しかし一般には両雄の勅令と呼ばれる。この両雄とは皇太后ヒルダとユリアン・ミンツを指すのと同時に、ラインハルト・フォン・ローエングラムとヤン・ウェンリーを指していた。

2012-10-17

Struggles of the Empire 第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり(8)

 
 新帝国暦4年5月10日、“ゴールデンバウム王朝銀河帝国”は正式に降伏宣言をなし、ここに新帝国暦4年の騒乱は終結した。
 しかしここから先がむしろ、メックリンガーにとっては難事であった。インフラが破壊されたにも関わらず、流民が消え去ったわけではなかったからである。取り敢えず、オーディーンを軍政下に置き、工兵をフル稼働させて簡易住宅を建設させ、順次、流民に家屋を提供した。食糧についても配給制にしたが、そもそも流民の戸籍自体が無かったので、管理は困難を極めた。しかし王道に近道は無しとの精神で、ひとりずつ事情聴取をして戸籍を作成し、そうして「市民化」された流民は、インフラ再建や住宅建設の仕事をあてがい、給与を支払う形で日常生活を営めるように支援していった。一朝一夕ですぐにどうなるものではなかったが、しかしそれでも日々状況は改善して行って、数年もすればオーディーンの状況は平穏に戻るだろうと期待された。
 帝国同胞団の幹部は逮捕拘禁された者は15名弱とごく少なかったが、すべてにおいて自分が全権を振るっていた、責任はすべて自分のみにあるとゾンネンフェルスが主張したので、形式的な自白犯がいる以上、他に犯人を求めるのも困難であった。
 ゾンネンフェルスとバルツァー伯爵を含む15名は、いまだ蠢くかもしれない帝国同胞団の残党と切り離すために、護衛艦付きでフェザーンに送られることになった。女帝カザリン・ケートヘンとその父親のペクニッツ公爵については、「脅されてやむを得ず従った被害者」との扱いを受けたが、そう断定してよいかどうか詳細に調べるために、やはりフェザーンに送致されることになった。
 彼らの扱いをどうするかについて、帝国軍首脳と閣僚のうち、戦時内閣を構成する国務尚書、内務尚書、司法尚書、そして無論、軍務尚書が皇太后の前で御前会議を開いた。軍からはミッターマイヤー首席元帥の他に、ケスラー憲兵総監、ビッテンフェルト宇宙艦隊司令長官、フェルナー軍務尚書が列席し、ワーレン元帥、メックリンガー元帥、そしてミュラー元帥の資格でグリューネワルト大公がそれぞれ任地から超光速通信を介して、参加した。皇太后の首席秘書官であるヴェストパーレ男爵夫人が会議の進行役を務めた。
 まず会議に先立って、ワーレンが自身および、本来であればミッターマイヤーの旗下ではあるが、自分を通して提出されたと言って、ビューロー提督による、ゾンネンフェルス提督の助命嘆願書を提出した。
「ワーレン、卿はいわば、子息をゾンネンフェルスによって殺された形になるのだが、それでも助命を嘆願するのか」
 ミッターマイヤーは感心すると言うよりはむしろ辛辣なニュアンスを含んでそう問うた。
「戦争で互いを殺傷するのはいかんともしがたいこと。それで言うならば私などは何人殺したか知れません。裁く時になって、自分だけが被害者ぶるのは公平を欠くというものでしょう」
「個人としては賞すべき態度かも知れんが、事が反乱であるがゆえに過剰な配慮は信賞必罰を曲げることになりかねん。本来なら、私の立場ならば先に意見を言うのは控えるべきなのだろうが、我が軍はともすれば情に流れて処分を甘くするきらいがある。またもやそういう流れになっては困るのでな、敢えて明言させてもらおう。首謀者は全員、処刑すべきである。それが私の見解だ」
 列席者から驚きの声が漏れた。温情的な意見を言うとすればこれまではまずはミッターマイヤー元帥がその先頭に立っていたからである。フェルナーが発言を求めた。
「ゾンネンフェルスはこれで二度にわたって軍法会議で処断されることになりますが、一度目はオーベルシュタイン元帥の厳罰論を押して、ミッターマイヤー元帥は温情論を主張なさったはず。いかなるご存念の変化がおありか、伺わせていただきたい」
「あの時点では現役の帝国元帥は私とオーベルシュタインの2名しかいなかった。オーベルシュタインが厳罰論を説くのであれば、必然的にバランスをとるために、私が温情論を説くしかなかった。今は元帥も複数おり、上級大将ではあるが卿は軍務尚書の任にある。組織的なバランスをあの時ほど重視する必要はない。あるいは今言ったことと矛盾するかも知れんが、現在の帝国軍上層部は温情論に流されやすい体質を持っている。ここにオーベルシュタインがいるならばともかく、いないのであるから、厳罰論を私が説くことにも意味はあろう。それだけではなく、ゾンネンフェルスに一度温情をかけたことが今回の反乱を招くことになった。温情をかけたことは私の失敗であった。経緯から見ても、今回は厳罰に処すのが筋である」
 これに対してミュラーが発言を求めた。
「過去の処断についてはその時点で決着がついているはずです。今、蒸し返すのがいいとは思えません。今回の事件そのもので評価すべきです。はっきりと申し上げます。反乱と言う行為はともかく、それに至った経緯については我々にも明らかに落ち度はありました。罰せられるならばまず、アルターラントの荒廃を見過ごした内務省、手をこまねいていた帝国軍が罰せられるべきではありませんか。ゾンネンフェルスには人質の安全を図るなど、武人として賞せられるべき面があったのも確かです」
「卿は今、軍人として列席しているのだから、皇族としての敬称は省略させていただこう。ミュラー元帥の言うのはある意味正しい。内務尚書も、首席元帥である私も責任は痛感している。しかし我々は国家そのものを代表しているのだから罰せられるわけにはいかない。ミュラー元帥の言が正しいがゆえに、ゾンネンフェルスは叛逆者としてなおいっそう罰せられなければならない」
「それは閣下がかつておっしゃった、ローエングラム王朝は正義によって立つということに叶いましょうか」
「国家の存在そのものが正義なのだ、ミュラー元帥。国家が倒れて、正義が残るということはあり得ない」
 ミュラーはまるでオーベルシュタインと話しているようだと思った。この叛乱そのものは、一応は鎮圧を見た。しかし帝国軍総司令官が極端に反動的になってしまったとすればそのことの方がむしろ弊害が大きいではないか。
「閣下、実際問題として、ゾンネンフェルスはオーディーンにて多数の民衆の支持を得ました。破れたりとは言え、その事実に変わりはありません。今、鎮圧によってオーディーンは大人しくなっていますが、ゾンネンフェルスを処刑すれば、過激な一派が呼応する可能性があります。敢えて申し上げますが、オーベルシュタイン元帥ならば今回の件ではまずそのことを考慮なさったでしょう」
 フェルナーが言葉を選んで慎重に言った。そのフェルナーに対してミッターマイヤーはひにくげな微笑を与えた。
「そうか。この件ではオーベルシュタインはむしろ温情論をとると言うか」
「理から言えば、厳罰に処すべきでしょう。オーベルシュタイン元帥は理を常に重視なさいました。しかし、状況を見なかったわけではありません。出来もしないことを出来るとは思われませんでした」
 フェルナーのその言葉にミッターマイヤーは沈黙した。その沈黙を受けて、フェルナーは出席者に向けて言葉を続けた。
「しかし総司令官閣下がお示しになった視点はごく重要だと思います。厳罰に処すにせよ、温情をほどこすにせよ、それは我々自身の理念や満足によってなされてはならないのです。それが可能かどうか、それがいかなる政治的な状況をもたらすか、レアルポリティークの視点から判断を下すべきだと考えられます。理念は重要です。しかし同時に我々は理念の奴隷になってはいけないのです。武人としての自負、あるいは武人的寛容、それもまた理念であるには違いありません」
「それで、軍務尚書、卿自身はどのような対処が妥当だと思うのかね」
 メックリンガーが、フェルナーの判断を提出するよう促した。会議の流れからすれば、おそらくそれが結論となるはずであった。この男を抜擢したのは成功だったとメックリンガーは思った。あるいはそうでなければ根底を揺るがしかねない大失敗であったかのどちらかであった。
「新たに流刑星を建設し、他の囚人と隔離したうえでの終身の禁固刑が相当であると考えます。その流刑地においては、最大限の生活上の便宜が図られるべきでしょう。一人たりとも処刑して、いたずらに殉教者を作る義理はありません」
「まあそれが妥当なところでしょうな」
 国務尚書マリーンドルフ伯が念押しして、ゾンネンフェルスらについてはそう処遇が決定した。
 引き続き、ペクニッツ公爵と女帝の扱いについて議題が移った。
 これについてケスラーがまず、報告を上げた。4歳児の女帝はともかく、ペクニッツ公爵については単純に状況に流されたとは言い難いこと、ある程度の責任を問うべきであるとケスラーは述べた。
「少なくとも女帝の保護監督権をあの男から取り上げる必要があります。今後、また利用されかねないですから」
 本当であれば女帝をフェザーンに引き取るのは避けたいところであった。フェザーンは政治の中心地であり、旧王朝の主がいれば、いかなる障りとなるか知れなかった。オーディーンに残しておくのが一番良かったのだが、オーディーンでこうして利用された以上、フェザーンに移すのもやむを得なかった。
 フェザーンに連れて来れば、皇族として遇さざるを得ない。
 その前提から言えば、保護者があれほどあやふやな男では、困るのであった。
 ヒルダが口を開いた。
「ペクニッツ公爵については今回の責任をとっていただき親権停止、オーディーンにて自宅軟禁といたしましょう。上皇陛下、ペクニッツ公爵夫人については保護監督権を皇室、具体的には私が管轄することにします。宮内省の方から職員を派遣することにさせましょう。ただしフェザーン中央市には置きません。フェザーンの郊外に居住していただきます」
 こうして女帝は、政治の中心地に一歩近づいたのであった。

Struggles of the Empire 第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり(7)


 ウルヴァシーには純粋な民間人は居住しておらず、すべて軍人か軍属、またはその家族であった。元々、無人惑星であったのを、ローエングラム王朝が旧同盟領を征服後に、軍事拠点として建造したものであった。従って、警察は存在しておらず、治安維持活動は帝国憲兵があたっていた。
 ノイエラントの騒乱が旧同盟警察の使嗾によるものだとすれば、ウルヴァシーは彼らが関与するには最も困難な惑星であった。そこは完全に軍によって運営されている惑星であったからである。そもそも軍人、軍属ではない者が入り込むこと自体、困難であった。
 この状況が、ウルヴァシー方面軍司令官公邸が襲撃される危険性はごく低いと見積もられていた理由であった。
 重要拠点であるから軍が排他的に統治し、軍が排他的に統治しているから比較的安全であり、比較的安全であるから要人や軍の主要機能がここに配置され、主要機能が配置されるから重要拠点であった。
 逆に言えばもしウルヴァシーの内部に忍び込むことが出来れば、周囲は要人や重要機能ばかりであり、帝国軍に打撃を与えることはより容易くなるはずであった。実際、ウルヴァシーから鎮圧のために各地に艦隊が派遣されており、派遣される前に、人的・物的損傷をウルヴァシーで与えることが出来ていたならば、帝国軍の機動兵力は半減以下になっていたはずであった。
 旧同盟警察はウルヴァシーに工作員を潜り込ませることが困難であるゆえに、ここに工作員を入り込ませる利益が巨大であることを承知していた。軍人として潜入させることはほぼ不可能であった。帝国軍は構成員の9割以上がアルターラント人であったし、新規の募集の機会がほとんどなかったからである。
 それに軍人は異動が多く、ビッテンフェルトがウルヴァシー方面軍司令官を務めていた時には、黒色槍騎兵艦隊の白兵部隊が直々に司令官公邸の警護にあたっていた。以後、歴代の司令官も自身の艦隊要員によって公邸の警備を行い、余所者が入り込むのは不可能であった。運よく入り込めたとしても、提督の異動に伴い艦隊ごと異動するわけであって、ウルヴァシー司令官公邸に工作員を常駐させることは難しかった。
 旧同盟警察が目をつけたのは、料理人や庭師、執事などの軍属であった。彼らは公邸付であるがゆえに、異動は無く、一人でも侵入させておけば手引きさせるのは容易であった。公邸内の居住棟の執事は、旧同盟警察のスパイであったが、ミュラーが赴任するに際して、居住棟内についてはグリューネワルト大公家の職員が運営することになり、公邸に入れられていた執事やメイドたちは他に異動になった。これは大きな誤算であったが、料理人もまた工作員であったことから、旧同盟警察としてはかろうじて、工作の余地を残すことになった。
 グリューネワルト大公妃アンネローゼをもし人質とすることが出来れば、帝国軍は手を上げるよりない。起死回生の一発逆転がこれによって可能となるかも知れなかった。
 ミュラーの不在を見計らって、ブラウンはアンネローゼを人質として奪取するよう、計画の実行を命じた。
 料理人は茶などにあらかじめ睡眠薬を入れておき、警備隊を無力化したうえで、同志を邸内に引き入れようとしたが、睡眠薬に耐性のある警備兵がいて、その者との間に銃撃戦になり、やむを得ず、爆弾を使用した。
 それによって危機の接近をユリアン・ミンツに知らせ、ユリアンは警戒行動をとる時間的な余裕を確保したのであった。
 事件開始から既に12時間が経過していた。
 妨害電波が出され、メディアの情報をとることは出来なかったが、公邸の周囲を軍が包囲していることは気配で把握できた。問題は、犯人たちが人質の拘束には至っていないことを、軍が察知しているかどうかであった。窓にはすべてシールドが下されていたが、これを一時的に取り除けば、外部に対してメッセージを送ることが出来るかも知れない。しかし逆にそれによって犯人たちの侵入を許してしまうかも知れない。
 軍が強行突入をかけていないということが、軍が人質が拘束されていないことを知らない証であった。一方で、犯人が人質をもし拘束しているならば、ユリアンやアンネローゼを脅して、何らかの音声による声明を出させて、確かに人質を拘束していると見せつけるはずで、それをしていないことが、人質を拘束していない証拠であると考えるべきであった。
 そう考える者は幾人もいたに違いない。しかし決断するとなれば話は別であった。万が一、人質を拘束していたならば、人質は無事では済まず、アンネローゼが殺害されるようなことがあればローエングラム王朝は皇位継承者を失い、王朝の土台が崩れる。あまりにも致命的な結果を招きかねない決断を出来る者がいるとすれば、それはミュラーだけであった。
 そのミュラーにしてもまずは現場を見ない限り、決断を留保するはずであって、発生から12時間、ミュラーが到着するとすればそろそろであった。
 ユリアンもそろそろ体力の限界に達しつつあった。聴覚も全開にして周囲の様子をうかがっていたユリアンは、外部を取り囲む帝国軍のフォーメーションに変化があるのを感じた。
(来るか?)
 ユリアンは扉に対して警戒をとりつつ、少年たちに指示を出して、彼らもまた、居住棟の奥に退避するよう指示を出した。その退避を見届けると、ユリアン自身、居間を後にして居住棟へと潜り込んだ。
 その瞬間、激しい銃撃戦が起こり、居間に手榴弾が投げ入れられた。居間は轟音と共に崩れ落ち、そこにとどまっていればユリアンたちもまた犠牲になっていたはずであった。
「アンネローゼ!ヘル・ミンツ!」
 犯人たちを拘束すると、ミュラーが警備兵たちによって制されるのも構わずに、邸内に乗り込んで来た。すぐに、居住棟の入り口で、爆風ですすだらけになってうずくまっているユリアンを発見し、ミュラーが抱え起こした。
「無事か!ヘル・ミンツ!」
 そう言いながら、ミュラーはユリアンの胸部、腹部、腕、足と全身を触診して、傷がないことを確かめた。
「大公殿下…お邪魔しています。滅多に味わえない歓迎の宴でした」
「卿がいてくれてよかった。卿がいると聞いて、ならばそう簡単には人質にはとられていないはずだと思った。だから賭けることができた」
「ミンツさん!」
 そう言って少年たちが駆けよって来た。
「大公殿下、彼らのおかげでなんとか乗り切れました。褒めてやってください」
 ユリアンのその言葉にミュラーは深くうなずき、少年たちとひとりずつ握手を交わした。
「大公妃殿下とカリンは寝室にいるはずです。私が声をかけなければカリンは扉を開けないでしょう。さあ、迎えに行きましょうか」 ユリアンが扉の前に立ち、カリンにすべて終わったこと、扉を開けるように声をかけた。
 恐る恐る扉を開けたカリンは、すすだらけのユリアンを見て、そのすすで汚れるのも構わずに抱きついた。
「さあ、カリン。少し場所を開けて、大公殿下を部屋の中にお入れして」
 ユリアンにそう言われて自分たちが場所塞ぎになっていることに気付いたカリンは、ミュラーに「ごめんなさい」と一言謝って、立ち位置をずらした。その瞬間、ミュラーの視界にアンネローゼの姿が映った。
「アンネローゼ!」
 そう言ってミュラーはアンネローゼに駆け寄り、アンネローゼも心から安堵の表情を浮かべて、ミュラーの逞しい両腕に包まれた。二人についてはとかく、政略結婚だとか、アンネローゼもミュラーも好きあっていないのに政略の犠牲になったとの世人の噂、声があった。しかし今の二人の姿を見れば、そんな決めつけは下種の勘繰りに過ぎないことが誰の眼にも明らかになるはずであった。
「心配したよ、アンネローゼ」
「心配かけてごめんなさい、ナイトハルト」
 緊張からかいまだ険しい表情のミュラーの顔をアンネローゼが優しく撫でた。そうすると魔法のようにして、ミュラーの表情がいつもの柔和なものに変わった。
 再会の喜びが一段落した頃に、ミュラーが思い出して、妊娠の祝いをユリアンとカリンに言った。そう言うミュラーの袖をアンネローゼが引っ張った。
「あなた、驚かせることがもうひとつあるのよ。カリンさんがお子さんをお産みになる頃、私たちの最初の子供も産まれるわ」
 驚愕の眼差しで、ミュラーは妻を見た。そして絞り出すようにして、やっとのことで言った。
「君には本当に驚かされる。心臓が悪い男だったらいくつ命があっても足りはしないよ」
 驚きのあまり、瞬間、ミュラーは自分がどういう態度を取るべきなのか分からなかった。けれどもすぐに、胸の奥から今まで感じたことがない激しい歓喜を覚えて、やったー!と叫んだ。アンネローゼは腰から抱えあげられて、ぐるぐると回りながら、ユリアンとカリンに言った。
「秘密にしておいてごめんなさいね。でもやっぱり最初は夫に直に会って言いたかったから」
 ユリアンもカリンも笑いながら、気になさらないでください、と言った。
 翌年の晩冬か早春には、銀河帝国は第2位の皇位継承者を得るであろう。そしてその傍らには、生まれた時から親友となることが運命づけられたミンツ夫妻の子がいるはずだ。皇帝ラインハルトは甥か姪を得て、ヤン・ウェンリーは孫を得るはずであった。川の流れは同じようであっても、水は変わってゆくのであった。
 失われて去って行く者があったとしても、それを嘆く必要はない。残された者の中から新しい光は生まれてくるのだから。

2012-10-16

Struggles of the Empire 第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり(6)

 
 帝国同胞団にとっては状況は悪化していた。
 ノイエラントの反乱の使嗾に失敗した時点で、ブラウンの計画はとん挫した。ポプランを使って、同盟領の反乱を鼓舞するなど、様々な計画を思い描いていたが、ワーレンへの同情が広がったことによって、市民たちが呼応せずに、武力闘争には至らなかったがために、状況は終息へと向かった。
 かくなるうえは、アルターラントの騒乱を可能な限り長引かせ、帝国の体力を削ぎ、他日を期すよりなかった。
 ブラウンは、人質を処刑して、メックリンガーの行動を遅らせるように主張した。
「ブラウン上級大将、卿は何か考え違いをしているようだ。人質などはいない。彼らはすべてゴールデンバウム王朝銀河帝国の国民である。政府も軍も彼らを保護する義務がある」
 しかしゾンネンフェルスの拒絶にあって、ブラウンは手詰まりになった。バルツァー伯爵に接触し、バルツァー伯爵を動かそうにも、バルツァー伯爵はブラウンを見るなり、
「卿の見込み違いではないか!このままでは当家も滅びる。いったいどうしてくれるんだ!」
 と罵倒の限りを尽くしたので、ブラウンもどうすることも出来なかった。
 帝国元帥として、女帝カザリン・ケートヘンに謁見した際、ゾンネンフェルスは、4歳の女帝から声をかけられた。
「ブラウンの進言を却下したそうな。あれでよい。この戦はどのみち負けが決まっておる。このうえ非道なことをすれば、人倫にもとるだけでなく、生き延びる我らの足枷にもなろうからの」
 女帝は4歳児には思えぬ明晰な言葉づかいでそう言った。
「はっ、陛下には無謀なる賭けに巻き込んでしまったこと、ゾンネンフェルス、心よりお詫びいたします」
「良い。我が父の愚かさもあってのことじゃ。しかし申し訳ないがわらわは卿とは生死を共にできぬ。この身にはゴールデンバウム家の血統が委ねられておるでの。生きて子孫を残さねばならぬ。状況的に見てわらわが巻き込まれたのは明らか、まさか皇太后も4歳児をどうこうはすまい。我が父は流刑くらいにはなるかも知れんがの、それはかえってそうなった方が当人のためにもよかろう。
 されど卿は首謀者、まあ無事には済むまい。かえってここで毒杯でも勧めるのが卿のためにはよかろうが、卿が死ねば卿の下の者が裁かれることになろう。気の毒だが、処刑されるために今しばらく生きながらえてくれるか」
「はっ、仰せの通りに」
「さて、これからは負け戦じゃが、負け戦ほど始末が難しい。メックリンガーと呼吸を合わせての、兵を引かせ、なるべく早くオーディーンを『解放』させるのが肝心じゃ。バルツァー伯爵が暴発せんように、ポプランとクロジンデでも見張りにつけておくのがよかろう。バルツァー伯爵を死なさんようにな。あれの首もまだ入用じゃ。ブラウンはまだあれはたくらんでおるな。いっそのこと始末してしまうか」
「ご命令とあれば」
「あれはの、同盟に通じておったらしいの。どうやらケスラーが嗅ぎつけたものだから、奴の思い通りにはいかなかったようじゃが、今となっては同盟の残党にも我らにも生きていてもらっては困る男よの。しかし仲間割れで幹部を殺したとあっては、仮にもゴールデンバウム王朝復興を名乗った者がそのようであっては後世の歴史家を笑わせることになろう。あの者には民兵を指揮させてみればよい」
「民兵をですか?」
「そもそもあやつは我ら帝国民を侮蔑しておる。その侮蔑が相手には伝わらぬと思っておる。愚かな男じゃ。敗けがこんで民兵も気が立っておろう。難易度が高い任を与え、指揮させてみよ。民衆が始末をつけてくれるだろうて」
 ゴールデンバウム王朝はその最後の最後にひとりの天才児を産んだ。彼女の人生は、皇帝ラインハルトに劣らず、浮き沈みが激しいものであった。歴史の陰に長らく隠れていて、その天才を知る者は多くはいなかったが、いずれ彼女は再び銀河の歴史に登場することになる。
 ブラウンには既にオーディーン都部に迫る帝国軍から、重要拠点である武器弾薬庫を奪取する命令が下された。自分は参謀としてこのようなマイナーな作戦に関わっている暇はないとブラウンは主張したが、
「卿が自分の言い分を通そうと思うならば、まずは実績を示せ」
 との、ゾンネンフェルスの冷たい却下の姿勢によって、ブラウンはこの指揮から逃れられなくなった。ブラウンはバルツァー伯爵、ゾンネンフェルス提督と他人を動かすことによって権力を掌握していた。その他人が思うがままに動かなくなれば、ブラウン自身には状況を動かす権限は無かった。しかしブラウンはまだ諦めていなかった。人質を用いて戦況を膠着させられれば、まだ数ヶ月の猶予はある。ウルヴァシーに指令したミッションが成功すれば、なおも抵抗は可能だろう。
 それを敢えてしたとして、その先に何があるのか、それを問われればブラウンも明確な答えは持っていなかった。それがない以上、数ヶ月の延命にこだわるブラウンはもはや、祖国の喪失を異郷で知った悲しみの妄執に囚われているだけに過ぎなかった。
 ゾンネンフェルスの読み通り、二千の民兵を率いながらも、戦略には通じていても戦術には通じていないブラウンは作戦に失敗した。その失敗を愚かな民兵のせいにしたブラウンは民兵たちを前にして散々愚弄した。元々、規律によって服従を叩きこまれているわけではない民兵は、愚弄を侮辱と解釈し、二千の民兵がブラウンに襲い掛かった。
 こうしてブラウンは見下していた民衆たちによってリンチを加えられ、オーディーン地表で肉塊となることによって行方不明となったのであった。それと同時に、ブラウンに従っていた民兵たちは解散し、そのままもとの民衆の海へと消えていった。
 ゾンネンフェルスは何人かの部下に逃亡を勧め、可能な限り責任を問われる者を少なくしようとしていた。そのために、自分と共に責任を問われるべき何人かの首謀者、バルツァー伯爵などには、信頼できる兵を派遣し、逮捕拘禁した。逃げられないようにするためである。
 クロジンデとポプランを呼び、ゾンネンフェルスは数日中に降伏する旨を伝えた。
「我が志ならず、と言うべきなのだろうが、実を言えば元から無謀なのは分かっていた。こうしてはっきりと物理的な暴発を示して、フェザーンの眼を向けさせるのが目的であった。その意味では、目的は達したであろう。皇太后陛下もミッターマイヤー元帥も暗愚なお方ではない。必ずやこのようなことが二度と起こらなくても済むように、適切な策をとってくださるであろう。敗けると分かっていた戦いに卿らを巻き込んで申し訳なかった。女帝陛下にも同じくお詫びを申し上げた。
 女帝陛下は賢明なお方。生きてご成長を見届けたいがそれは叶うまい。脅迫によって、陛下の御父君に無理強いしたと言えば、陛下の御身は安全であろう。できれば卿らには生きて、陛下の今後を見届けて欲しいが、卿らも我が政府の幹部ではある。逮捕されれば無事ではあるまい。ここに資金がいくらかある。これを用いてしばらく潜伏して、折を見てオーディーンから脱出してくれ」
「そういうわけには参りません。ポプランはともかく、私は自分の意思で提督にお仕えしたのです。身を売っていた私に、提督は生きる使命を与えてくださりました。生きるも死ぬも一緒です」
 クロジンデのその言葉に、ゾンネンフェルスは冷たい微笑を浮かべた。
「人は一人で生まれて一人で死ぬのだよ、クロジンデ。ロイエンタール元帥と共に生き、共に死ぬと誓った私がこうして生きながらえている。君もこれからは自分で自分の人生を選び取らなければならない。状況によって強制されるのではなく、誰かに道を与えられるのではなく、君自身が何をしたいかによって人生を掴まなければならない。その選択は時に、状況に流されるているよりもいっそう辛く困難なものであるかも知れない。しかしだからこそ、君は生き続けて、選択を重ねてゆかなければならないのだ。死ぬまでは人生は終わらないのだから」
 既に涙を流しているクロジンデに、ゾンネンフェルスは今度は柔らかな微笑を与えた。その髪にふれて、優しく頭を撫でた。
「幸せにおなり、クロジンデ。君の人生はこれまで辛いものだったが、これで終わりではない。逃亡者の日々は楽ではないだろうが、それでも君の人生を全体では幸福であったと死の間際に言うためには、あえてそれに挑戦する価値はある。ポプラン“中佐”、巻き込んでしまって勝手な願いだが、巻き込みついでにクロジンデのことを頼んでもいいだろうか」
「“元帥閣下”、必ずや御下命を果たすよう全力を尽くします」
 ゾンネンフェルスは頷いて、手を振って、両者に退出を促した。ゾンネンフェルスの執務室の扉が閉められたその時が、帝国同胞団、ゴールデンバウム王朝正統政府の実質的な終焉の時であったのかも知れない。
 クロジンデの手を引いて、ポプランが旧軍務省を出た時に、その袖を横からひっぱる者がいた。
「ボリス・コーネフ。あんたいったいこんなところで何をしているんだ」
「いや、そろそろ入用じゃないかと思ってね。フェザーン商人は売り時を逃さないものさ」
「冗談じゃない。こんなことに関わってはろくなことにならんぞ。従兄弟をこんなことに巻き込んだとあっては、イワン・コーネフに何を言われるか分かったもんじゃない」
「ところが雇人はおまえさんじゃなくてね。おまえさんは積荷でしかないのさ。民間宇宙港に“親不孝号”を停泊させてある。このまま連れてゆくぞ」
「よく、こんな時に、オーディーンに入れたな」
「蛇の道は蛇ってね、まあこの辺のノウハウはフェザーン商人にはあるものさ。こちらのご婦人ともども、さっそく我が豪華クルーザーにご案内しよう」
「あれが豪華クルーザーなら、ユリシーズは豪華客船だろうよ。雇人ってのは誰だ?誰がおまえさんを雇った」
「企業秘密かもしれんが、口止めはされていないんでね、言っても構わんだろう。ユリアンだ。おまえさんとの友情のために、危険を押して乗り込んできたと言いたいところだがこっちも部下を養わなければならん身でね、まあ商売だ。必要経費だけで言っても決して安くはない。ユリアンはヤンの遺産をそれなりに相続したようだが、たぶんこれでほとんど吐き出したんじゃないか。イゼルローンに赴く前に俺を尋ねてきて、手配をしていった」
「冗談じゃない。そんなことをしてもらういわれはない」
「おまえさんは意地を張ってもいいかも知れんが、もうキャンセルはできんぞ。ユリアンは無駄金を使ったことになる。それにな、そちらのお嬢さんのことも、よろしく頼むとユリアンは言っていた。シュナイダーがユリアンに会って、詳細を報告したようだな。おまえさんのくだらない面子のために時間を浪費するべきじゃないだろう」
 結局、考えてもこれが最善の方法であるには違いなく、ポプランはクロジンデともども、親不孝号の客となった。
 既に偽造書類は揃えられていて、指紋や声紋を変えるための専門の医師も乗り込んでいた。ポプランとクロジンデは簡単な手術を受けて、別人になりすました。
「おまえさんはこれからイワン・コーネフを名乗る。まあ他に適当な名前を思いつかなかった。経歴はイワンと同じだ。ただし、こちらのイワン・コーネフは『戦死しなかった』。クロジンデ、君はイワン・コーネフの妻、ハリエットだ。旧同盟市民なんで、いろいろ設定を覚えておく必要がある。書類に目を通しておいてくれ」
 オーディーン宙域を脱する時に、帝国軍による査察が入ったが、書類が揃っていたため、そのままオーディーンを離れることはすんなりと了承された。
「これでいいのかしら。自分たちだけが逃げてきて」
 既に遠い一点となった惑星オーディーンを見ながら、クロジンデが呟いた。それに対してボリス・コーネフが口を挟んだ。
「それがいいかどうかは後々、あんたが決めればいい。とりあえず安全な場所まで送り届ければ俺の仕事は終わりだ。そこから先のことは知ったこっちゃない。だがね、逃げた云々で言えばむしろ逆だと俺は思うね。逃げたのは状況がここまで悪化していたにも関わらず見て見ぬふりをしたオーディーン総督や帝国軍だ。あんたは逃げなかったから、今こういう状況に置かれているわけだ。逃げた者が逃げなかった者を裁く、そんな決着の仕方が正義だとは俺にはとても思えんね。他人事ながら我が親友ヤン・ウェンリーも同意してくれるだろうよ。そんなのはただ醜悪なだけさ」
「ヤン提督ならそう考えるのかしら」
 クロジンデはポプランにそう尋ねた。
「提督ならば…ああ、まあそうだろうな」
 とポプランは答えた。
「それが自由惑星同盟流の考えなのね。今、私、分かった気がするわ。どうして父が帝国に背を向けてあなたたちと一緒に戦ったのか。その考えが正しいのかどうかは私にはわからない。でも、私みたいな女にとってはその考えはすごく優しい」
 クロジンデの眼にふと涙が宿った。転落の人生を歩みだして以来流す、最初の涙だった。ポプランは、その突然の涙にどうすることもできず、ただ、クロジンデを優しく、強く抱きしめた。
「ごめんなさい、泣いたりして。今、私初めて父のために泣ける気がするわ。父がもうこの世界にいないということがたまらなく寂しい」
「クロジンデ。自慢でも懺悔でもないが、俺は数えきれないほどの女と寝た。今ここで言うことじゃないかもないかも知れないが。しかしだからと言って、俺は相手のことを何も知らなかったし気にかけていなかった。君が言うとおりだ。俺は子供だった。君が俺をひとりの男にしてくれた。これから先の人生は楽なものではないかもしれない。でもきっと俺は君と一緒ならしあわせになれると思う。君のこれからの人生、俺にくれないか」
 ポプランとクロジンデは唇を重ねた。
「ポプラン、私は欲張りなのよ。あなたの人生を私が貰うのよ」
 そして二人は再び唇を重ねた。それが互いに了承の印であった。
 コーネフはそれを見てわざとらしい咳ばらいをした。
「あー、お楽しみのところなんだが、行き先を決めてもらいたいんだがね。どこへでもお連れするよ。ハイネセンでもイゼルローンでも」
「それならあそこへ行って欲しい」
 ポプランは行き先を告げた。
「あんなところへ?」
「再び歩みだすにはふさわしい場所だろう?それでいいね、コーネフ夫人?」
 ポプランはクロジンデに聞いた。
「どこへなりとも。あなたがいる場所が私が帰る場所なんだから、イワン・コーネフ」
 クロジンデ、ここから先はハリエット・コーネフとして知られることになるその女性は言った。
 以後、銀河帝国のいかなる記録からも、オリビエ・ポプランとクロジンデ・フォン・メルカッツの足跡は消失した。

Struggles of the Empire 第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり(5)

 
 ウルヴァシー方面軍司令官公邸から、皇太后ヒルダにユリアンたちは連絡を入れた。カリンの妊娠を、ヒルダも我がことのように喜んだ。
「お姉さま、カリンさんのこと、よろしくお願いいたします」
「もちろんですよ、ヒルダさん」
 ユリアンはこの時初めて、銀河帝国の皇太后と大公妃が私的な場面では互いを陛下、妃殿下とは呼ばずにより親密な、家族的な表現を用いていることを知った。
「陛下と妃殿下をもわずらわせることになって、申し訳ありません」
 頭を下げるユリアンに、
「およろしいのよ。ミンツさんは、私の夫のみならず、亡き弟にとっても友人であった方。家族も同然ですわ。お役にたてることが、私、嬉しいのよ」
「今後銀河の交通が発展してゆくうえで、妊婦や胎児が安全に宇宙航行できる技術の確立を目指さなければなりません。工部省に優先的に研究させましょう」
 ヒルダのその意見に、ユリアンはうなづいた。
「場違いですが、ついでにと言ってはなんですが、ヘル・ミンツには、政治向きの話をしなければなりません。あなたがたにイゼルローンに赴いていただいたおかげでワーレン元帥もどうやら立ち直られたようで、イゼルローン回廊の交通量増大に対応する策として幾つか建白をいただきました。幸い、ノイエラントの騒乱も終息しつつあり、アルターラントの状況も峠を越えました。状況に余裕が出来たため、メックリンガー提督は敢えて犠牲を増やさぬよう、時間をそれなりにかけて投降を呼びかけつつ、オーディーンを解放する策に転じたようです。
 勝機を掴みつつあるがゆえにかえって譲歩をしやすくなりました。かねてからお話しした件、オーディーン解放の目途がつき次第実行したいと思います。そのための話し合いも必要ですし、実行する時にはあなたにいていただく必要があります。
 敢えて酷なことを申し上げますが、カリンさんのことはアンネローゼお姉さまに委ねられて、ヘル・ミンツは急いでフェザーンにお戻りください」
 皇太后のその言葉にカリンは震える思いがした。初めての妊娠。これから毎日変わって行くだろう自分の身体と力強く育っていく新しい生命。不安と恐れがそこにないと言えば嘘になる。カリンは無意識に傍らのユリアンの手を探して、その手を強く握った。この握り返してくれる手がそばにいなくて、自分一人で出産に立ち向かえるだろうか。ユリアンがいない中で、自分はやっていけるだろうか。
 その思いを受け止めて、ユリアンもまたカリンの手を強く握った。
 さすがにカリンを気の毒に思ったアンネローゼが間に入った。
「ヒルダさん。政治向きのことは私にはよくは分かりませんし、口出しもいたしませんけれども、今、カリンさんからミンツさんを引き離すのはあんまりじゃないでしょうか。あなたがそうおっしゃるからには余程のことなのでしょうけれど、ミンツさん以外の他の方に代わっていただくわけにはいかないのでしょうか」
「お姉さま、残念ながらそういうわけにはいかないのです。これは私たちの義務なのです。皇帝ラインハルト陛下とヤン・ウェンリー提督、それぞれの後継者である私とヘル・ミンツがやらなければならないことなのです。他の誰にも代わりは務まりません。そのことはお分かりでしょう?ヘル・ミンツ」
「はい。分かっているつもりです。ミュラー元帥にお会いしたかったのですが、お待ちしている時間は無いようです。カリン、ひとりで、いや、お腹の中の子とふたりで頑張れるね?」
 カリンは本当は首を振りたかった。行かないでと叫びたかった。けれどもそうは出来なかった。ヤンの思いを継承したがゆえに、ユリアンは時に心無い中傷にさらされながらも、力の限りを尽くしてイゼルローン共和政府軍を率いてきた。その姿を見てきたカリンは、少しでもユリアンの力になりたいと思ったのではなかったか。であれば、今ここで追いすがって、ユリアンが行こうとしている道を塞いでしまう訳にはいかなかった。ユリアンが為そうとする大義を邪魔するわけにはいかなかった。
 その大義のために、ユリアンが全身全霊を捧げているのみならず、他の多くの者たち、カリンの父親のシェーンコップも命までなげうったのだから。
「行ってきて、ユリアン。そしてあなたがやるべきことを、あなたにしか出来ないことをやったなら、戻ってきて。私はここで待っているわ」
 ヒルダは立ち上がり、カリンに対して深々と頭を下げた。
 そして通信が切られた。

 その時であった。
 全館の電気が落ちて、暗闇が周囲を支配した。ユリアンは、銃を携帯していなかったが、ただちに警戒態勢をとった。本来ならばすぐにでも護衛も者たちが駆けつけてくるはずであったが、20秒が経過してもその気配は無かった。
「妃殿下、窓から離れて壁側に背を向けてください。カリンも」
 アンネローゼとカリンが言われた通りにした時、公邸の反対側、玄関ホールの方で爆発音がした。やがてその轟音が収まり次第、いくつかの銃声が間断なく聞こえた。
「大公妃殿下!」
 居室につながる扉の方から、幾人かの少年たちが駆けてきた。ユリアンは空手の構えを見せたが、
「この子たちは私に仕えてくれる者たちです」
 とアンネローゼが言ったため、構えを下した。
 少年たちは4人、すべてリップシュタット戦役後、アンネローゼが引き取って面倒を見ている貴族の子弟たちで、今は公式にグリューネワルト大公家の職員になっていた。彼らの長であるコンラート・フォン・モーデルは皇帝アレクの世話をするためにフェザーンに留まっていたが、それ以外は、ウルヴァシーにも同道していた。
「僕はユリアン・ミンツ、君たちの名を教えてくれ。名前だけでいい」
 順に、パウル、エルンスト、トリストラム、ギュンターと名乗った。
「そうか。居室棟は他に通じておらず、行き止まりになっているんだね?」
 4人の中でリーダー格のパウルが、
「はい」
 と頷いた。
「居室棟に銃火器はあるかい?探してくれないか」
「確か大公殿下の書斎と寝室にいくつか護身用の銃火器があったと思います。手分けして持ってきます」
 集められた銃火器はすべて短銃で、6つあった。そのうち4つを少年たちに回し、ひとつを自分が用い、もうひとつをカリンに渡した。
「一番奥の部屋は寝室になっているようだ。カリン、君はそこで大公妃殿下をお守りしてくれ。君も軍人なのだから出来るね?」
「分かったわ。あんたが来るまで絶対に寝室の扉は開けない」
「待ってください、ミンツさん。何が起きているのでしょうか?」
 アンネローゼが聞いた。
「分かりません。ただ異常事態が発生していることだけは間違いありません。このような状況になっても、護衛も使用人たちも駆けつけていません。用心をするに越したことはありません」
 ここウルヴァシーはかつて皇帝ラインハルトが地球教徒たちに襲撃され、ルッツ提督が戦死した場所だった。今は地球教徒の勢力も一掃されたはずだったが、かつての故事が不吉な思いをユリアンに抱かせていた。
「君たち、そして大公妃殿下。私は帝国軍の軍人ではありませんが、この中で身重のカリンを除けば唯一の実戦経験がある者として、指揮をとらせていただきます。生き延びるために指示に従ってください」
 全員が頷いた。
「カリンはただちに大公妃殿下を連れて奥の部屋へ。僕がいいと言うまで出てきてはいけない」
「分かったわ。さあ、参りましょう、妃殿下」
 カリンとアンネローゼは奥の寝室に退避した。
 窓側の壁全体にはシールドを下し、出入口を一枚の扉のみに限定した。
 その扉の壁沿いにパウルとエルンストが配置され、扉を開けて正面のところにトリストラムとギュンターが、強化ガラスのテーブルを盾にして配置された。ユリアン自身は扉に対して斜め45度の位置に立ち、三方向から侵入者を迎撃する構えであった。
「パウル、ここの警護隊長は誰だ?その人の経歴を教えてくれ」
「フランケンハイマー中佐です。元はロイエンタール元帥の旗下にあった方ですが、更にその前はキルヒアイス提督の部下だったそうで、ローエングラム王朝に対する忠誠はまずは疑わなくてもよいかと思います」
「適切な助言だ。ありがとう」
 その時、閉ざされていたドアがカギで開けられようとした。
「待て!ドアを開けるな。侵入次第、撃つ」
「我々は警護隊の者だ。この公邸はテロによって半壊している。大公妃殿下の御身を守るために入らせてもらう」
「フランケンハイマー中佐を連れてくるように。彼自身があなたがたが警護隊の人間だと証明しない限り、中に入れるわけにはいかない」
「中佐殿は負傷された。今、お連れするのは無理だ」
「ならば、ミュラー元帥の到着を待つ。大公殿下によってあなたがたの身分が保証されない限り、侵入次第、発砲する」
「おまえは誰だ。おまえに我々に指図する権限はない」
「元自由惑星同盟軍中尉ユリアン・ミンツだ。大公妃殿下の御下命によって、臨時にこの公邸の警備責任者となっている。君たちは私の指示に従う義務がある」
「同盟軍の指示になど、従う義理はない!」
 ドアが開けられ、一人の男が侵入しようとした時、正確に5つの銃弾がその男を刺し貫いた。血を吐きつつ、その男は横向きに倒れた。
「パウル、その男の顔を見てくれ。見たことがある顔か?」
「いいえ!知らない男です」
 ユリアンはその言葉で、この者たちがテロリストの一味であると確信した。
 恐ろしいのは催涙弾や手榴弾が投げ込まれることだった。元々、安全のためか、扉の幅は狭くなっている。ひとりずつしか出入り出来ないのだから、少年たちの銃口で侵入は阻止できるかも知れない。しかし手榴弾などが放り投げられれば、彼らでは対応できない。投げ入れられる瞬間を狙って、ユリアンが銃弾で叩き潰すしかない。数分、数十分のことならばともかく、数時間、ともすれば数日の長丁場になりそうだった。
 しかしやり抜かなければならない。カリンのお腹の中の子のためにも。
 ウルヴァシー公邸襲撃事件はこうして始まった。

2012-10-15

Struggles of the Empire 第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり(4)


 超光速巡洋艦は維持費、運航費が通常の艦船の2倍から3倍かかるばかりではなく、建造費そのものが通常型宇宙戦艦の5隻分に相当することもあって、帝国軍でも未だに試作初号機が建造されたに過ぎず、ルシファーと名付けられたその艦船はイゼルローン要塞に配備されていた。緊急の時に、ワーレンが用いられるよう、フェザーンから最も遠い位置に配属されている元帥であるワーレンに与えられていたが、ワーレン自身はこれまでそれを用いたことは無かった。
 イゼルローンとフェザーンを最短時間で結ぶというこの艦船に与えられた本来の使命で、この艦船を用いたのはユリアン・ミンツが最初ということになる。この時点でのユリアンの立場は一民間人に過ぎなかったが、このような特別な便宜を計られること自体、実質的には彼が一民間人ではないことを示していた。
 帝国暦4年4月25日、宇宙塵の発生によって大きく迂回航行を強いられていた超光速巡洋艦ルシファーは、ガンダルヴァ星系に差し掛かったところで、惑星ウルヴァシーに緊急着陸をした。
 乗員カーテローゼ・ミンツに、妊娠兆候が見られたからである。
 着陸後すぐにウルヴァシー最大の軍病院にて精密検査を受けたカリンは、夫のユリアン・ミンツとともに、検査報告を担当医から受けた。
「確かに妊娠していますね。妊娠半月というところでしょうか」
「それで、赤ちゃんは無事なんでしょうか」
 カリンはそう言いつつ、ユリアンの手を握りしめた。
「ええ、さいわい、異常は一切認められません。念のため一部組織を採取してDNA検査をしましたが、破損は認められませんでした。宇宙航行は確かに胎児にはよくはありませんが、すべての胎児が悪影響を蒙るわけではありません。あくまで確率の問題です。まずは安心なさってよろしいかと思われます」
 カリンとユリアンはほっと胸をなでおろした。自分たちがあちらこちら移動したがために、子に障害でも負わせたならば悔やんでも悔やみきれないところであった。
「ありがとうございます。安心しました」
 ユリアンはそう言って、医師に頭を下げた。
「良かったですね。あなたがたはお父さんとお母さんになられるわけだ」
 そう言われてようやく、ユリアンとカリンは、これは喜ぶべき慶事なのだと気づいた。これまでは胎児の状態が心配のあまり、喜ぶとかそういう状況ではなかったのである。
「ありがとうございます」
 ユリアンとカリンは再び頭を下げた。
「しかしですね、これ以上の航行はお勧めできません。やはり危険なのは確かですからね。お子さんのことを思えば、無理をしてでも出産なされるまではウルヴァシーに留まるのが賢明でしょう」
「ええ、よく考えてみたいと思います」
 ユリアンたちは検診室を出て、ふたりで喜びの声をあげた。
「おめでとう、カリン。君はお母さんになるんだね」
「ええ、あなたもお父さんよ、ユリアン」
 ユリアンとカリンは、カリンの腹部を圧迫しないように気を付けながら強く抱き合った。
「不思議ね、あのワルター・フォン・シェーンコップがおじいちゃんになるなんて」
「そうだね」
 ユリアンも自分の両親のことを思った。そして自分とは仲が悪かったあの祖母のことも。思えば、あの祖母にとっては生まれてくる子は曾孫になるわけで、気が合おうが合わなかろうが、こうして血統が続いてゆくことに不思議な思いがした。一方で、ヤン・ウェンリーをどれほど敬愛しようとも、ヤンの血筋はこの子には伝えられない。けれども精神的なものは継承できるはずだ。生まれてくる子が大きくなれば、「ヤンおじいちゃん」がいかに優しい人だったか、いかに無私の人だったか、責任からは決して逃げなかった人であったことを語って聞かせようとユリアンは思った。
 病院の超光速通信設備を借りて、ユリアンとカリンはまず、ハイネセンのフレデリカに連絡を取った。フレデリカは首相であるから、当人が出てくるまでに何人かの人物の引継ぎがあったが、数十分後に画面に現れたフレデリカは、ユリアンとカリンを見るなり、
「おめでとう、ふたりとも。お父さんとお母さんになるのね」
 と言った。
「何も言っていないのにどうして分かるんですか?」
「だって、あなたたちふたりともそんなに嬉しそうな顔をしているなんてそれ以外に考えられないもの。ねえ、ユリアン、今自分がどれだけ幸福そうな顔をしているのか、鏡をごらんなさいな」
「まだ妊娠が分かったばかりなんです。生まれてくるまでには10ヶ月はかかるんでしょうけど、私、嬉しくて」
 カリンの眼からはダイアモンドのような光が流れ落ちた。
「シェーンコップ中将もきっと喜んでいらっしゃるわ。本当におめでとう、カリン」
 カリンはうなづいた。
「ところでユリアン。このことを知らされたのは私が最初だと自惚れてもいいのかしら」
「もちろんです。僕たちは何をおいてもまずフレデリカさんに知っていただきたくて」
「ありがとう。私もこの知らせをみんなに言いたくてしょうがないけど、一日は黙っておくことにするわ。その間に、リンツ大佐にはあなたたちが自分でお知らせすべきだと思うわ。カリンのお父さん代わりの人なんですからね。それとキャゼルヌ夫妻にも」
「そうするつもりです、ありがとうございます、フレデリカさん」
 カリンは礼を言った。
「それで、気が早いかも知れませんが、僕とカリンからフレデリカさんにお願いがあるんです。生まれてくる子にヤン提督をおじいちゃん、フレデリカさんをおばあちゃんと呼ばせても構わないでしょうか」
 その言葉にフレデリカはにっこりとほほ笑んだ。
「この年齢でおばあちゃんになることにはちょっとした躊躇いがあるけれど、そうね、喜びはずっと大きいわ。気を使ってくださってありがとう。喜んで、おばあちゃんにならせていただくわ。ヤンも本当に喜ぶでしょうね」
 フレデリカへの報告を終えた後、ユリアンたちはリンツに連絡を取った。
 リンツもまた大喜びをしてくれて、子が生まれたら一度顔を見せにハイネセンに来るようにと言った。
「そうするつもりです。ヤン提督のお墓にも赤ちゃんを見せなければいけませんし」
「そうだな、ユリアン。お墓と言えばまだ、あの墓が奇跡のヤンの墓だとはマスコミにはばれていないようだよ。先日早朝に、ヤン夫人を案内してお連れしたところだ。ヤン提督にとってもお孫さんになる子供だ。カリン、体だけは十分にいたわってくれよ」
 カリンはその言葉ににこやかに、そして力強くうなづいた。
 キャゼルヌ夫妻に報告した際の狼狽ぶりは滑稽なほどであった。
「ああ、なんて素晴らしいことなの。おめでとう、ユリアン、カリン」
「よくやった。よくやったなふたりとも」
 キャゼルヌはそう言ってバンザイと叫んだ。そこまで狂喜してくれるとはユリアンもカリンも予想外であったが、自分たちが思うよりずっと、他の人々の思いによって支えられているのだと改めて思い知った。生まれてくる子にも人の愛を知り、その絆を大事してゆけるように育って欲しいとユリアンたちはそう思った。
 その後、ワーレンにのみ連絡をして、ワーレンからひとしきり祝いの言葉を受けて、今日のところはまずはこれまでにして、荷物を取りに船に戻ろうとして、病院のロビーに出た。
「ああ、ユリアンさん、カリンさん。ウルヴァシーに緊急にいらっしゃったとうかがってお待ちしておりました」
 ロビーで二人を待っていたのはグリューネワルト大公妃アンネローゼであった。
「これは大公妃殿下、わざわざのお運び、恐縮です」
 ユリアンとカリンは同盟式の軍人の最敬礼を行った。ユリアンが皇太后ヒルダ、ミュラーと親しい関係から、フェザーンに居住後は、すでに何度となくアンネローゼとも夫婦そろって面談していた。アンネローゼは亡き弟、皇帝ラインハルトにとっては最後の友ともいえるユリアンに対してはむろん敬意を示していたが、そればかりではなく、親交を交えるに従って、アンネローゼとミンツ夫妻の間にも友情が形成されていた。ミンツ夫妻はグリューネワルト大公夫妻の結婚式にも出席していたし、新居に招かれた最初の客でもあった。
「カリンさん、お体は大丈夫?」
「はい、病気ではなくて妊娠しただけですから。幸い、おなかの中の赤ちゃんも無事で」
「まあ。おふたりとも、おめでとうございます。心からお祝いを申し上げます。そうと分かったらなおさら、ぜひ、私のところにご逗留ください。赤ちゃんがお生まれになるまでは動かさないほうがよろしいのでしょう?」
「ありがたいことですが、よろしいのでしょうか」
 ユリアンが聞いた。
「もちろんんですとも。放っておいたら私が夫から叱られますわ。あいにく、夫は二三日は視察に出ていますが、視察を終えたら戻ってきます。夫もおふたりの滞在を喜んでくれますわ」
 カリンの状態が状態でもあるので、この申し出は正直、ユリアンとカリンには有難かった。
 こうしてユリアンとカリンは、ウルヴァシー方面軍司令官公邸の客となった。

2012-10-14

Struggles of the Empire 第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり(3)


 影から他人を攻撃することは出来ない。隠れているつもりでも、攻撃を続ければやがてはその出処は明らかになる。
 ノイエラントの騒乱は、その陰謀の出処をケスラー憲兵総監に指し示すことになった。
「そうか。警察か。警察は軍とは違ってほとんどが現地採用、必然的に旧同盟警察の人的ネットワークが維持されている。旧同盟警察が絡んでいる組織ならば、旧同盟軍のユリアン・ミンツらが知らなくても道理。軍と警察はどこでも不仲であるあらな」
 後世に「新帝国暦4年の騒乱」と一括して表現されることになったこの事態では、政治学者や社会学者たちによる数多くの一般市民への聞き取り調査が残されている。
「それは民主主義は欲しいし、あって当然だと思うわ。でもだからと言って、今の枠組みを壊すのはね。ローエングラム王朝はまずまずの統治をしていると思うわ。暮らし向きは良くなっているし、社会には明らかに活気が出てきている。自由惑星同盟ね、もちろん懐かしいけれど、過去の存在よね。だって、いろいろ問題があったから滅びたわけで、そう簡単にむかしはよかったとは言えないと思うの。もちろん、帝国ももう少し市民の権利とかそういうのを重視して欲しいと思うから、デモにも参加しているけれど、同盟復活を望むっていうのは、まあ、方便よね。実際にはみんな、今の大枠は壊したくないんじゃない?」
 シヴァ星系住民のこの女性の声は、ノイエラント住民の平均的な意見を集約していた。政治的にはもう少しリベラルになり、市民の政治的参加を認めて欲しいとは思っていたが、だからと言って現在の政治体制の根幹を揺るがすのは御免だと思っていた。無論、軍や警察がデモを流血で以て鎮圧するような動きがあれば事態はエスカレートして、デモが反乱に、反乱が独立運動に発展する余地はあった。
 軍は一歩引いて、鎮圧や規制を警察に任せる姿勢を示していたが、4月の末日までには旧同盟警察の動きをケスラーが掌握したことから、積極関与に転じた。旧同盟警察がデモを規制するふりをして、実際には火付け役になっているのは疑うべくもなかったが、それはまだしも致命的な問題ではなかった。懸念すべきは、帝国への反感を高めるために敢えて民衆に対して物理的暴力を加えるのではないかということだった。そうなる前に、ケスラーは主導権を軍が握り返し、警察が関与できる余地を可能な限り封じ込めたのであった。
 それと同時に、エルスハイマーに根回しをしたうえで、ヒルダとミッターマイヤーに進言、内務省が主導して警察、公安の一斉パージを開始した。その過程で、旧同盟警察の秘密組織の存在が明らかになり、彼らが今回の事態の主犯であることも明らかになった。

 皇太后執務室で、皇太后、国務尚書、内務尚書、軍務尚書、帝国軍総司令官、憲兵総監が集まり、皇太后の政治学担当補佐官であるリヒャルト・ホーフスタッターが簡単な講義を行っていた。
「まず社会の構成員を、収入を不労所得を除外して勤労によって得ているかどうか、収入における税負担の割合で、社会当事者度でもって個々人を分類します。更にそれに、収入の多寡と、実体経済との関連性によって補正値を掛け合わせます。たとえば、公務員は勤労によってその所得を得ていますが、実体経済の影響を受けにくいので、社会当事者度は低くなります。
 そしてあらゆる社会的な問題を、貨幣によって置き換えて妥協可能かどうかという点で、妥協可能性の程度で数値をつけます。たとえば、ある産品からどの程度の税をとるかどうかは、単純に税率の問題であって価値判断が入り込む余地はほとんどありません。話し合いで決着をつけやすい問題です。対して、人工中絶を認めるか否かというような問題では、個々人の倫理観や宗教観とリンクしており、妥協可能性がほとんどありません。
 社会当事者度の高低が、問題の妥協可能性にどう関係してくるかをグラフ化しますと、社会当事者度の低い者、金利生活者、年金生活者、学生や専業主婦などの被扶養者、そして公務員や教員などは、妥協可能性が低い問題をより重視し、固執する傾向があります。簡単に申し上げれば『生活の糧を稼ぐことから距離がある者ほど、食うための問題には関心が薄く、よりイデオロギー的な傾向を強めやすい』ということです。
 従って社会当事者度が低い者の割合が増えれば増えるほど、財政的な負担が生じるのみならず、社会全体から妥協可能性が失われてゆくことになります。食うために働いている者は、職場の上司が嫌な奴でも、妥協できる範囲内で妥協しようとします。食うために働く必要がない者は、妥協する必要がなく他罰的な傾向を強めます。
 警察官が公務員であるがゆえに、今回、陰謀をもてあそぶ主体になったということは、非常にありそうなことです」
「そういう意味では小さな政府路線を採る帝国の基本政策は間違ってはいないということだな」
 エルスハイマー内務尚書が問うた。単に財政的な負担を減らすというのみならず、社会の妥協可能性を強めることこそがローエングラム王朝銀河帝国の生存にとっては不可欠であったからである。
「そうとも言い切れません。失業者についての調査では、失業の期間が長いほど、あるいは失業率が高く社会当事者度を強める可能性が低いほど、やはり妥協可能性が低くなってゆく傾向があります。絶望的な状況が強まれば民意は過激化するということです。失うものがない人間は、おそれを知らなくなりますから。
 社会当事者度が低い者たちは、実体経済や勤労者に依存しています。その増大は、財政を悪化させる要因となり、なおかつ、妥協可能性を弱めるとなれば帝国にとっては有害でしかない存在に思えるかも知れません。しかし、一人の人間が、ライフサイクルのときどきによって学生になり、勤労者になり、年金生活者になるように、社会当事者性が低い者たちを敵視すればそれは将来の勤労者やそれがもたらす実体経済を破損することになりかねません。
 重要なのは、例えば公務員などにも信賞必罰を強化したり、実体経済に応じて俸給を増減させるなど、社会当事者性を強めること、失業者に職業訓練を施すなどをして、勤労者に戻して、社会全体の社会当事者性を強化することです。
 それに、社会当事者性が低い者たち、たとえば学生などが過去の人類社会において改革の原動力となってきたことなども踏まえれば、人類社会を劇的に進化させるパラダイムの変換は、そうした「有閑階級」の余技によってなされてきたと言っていいでしょう。健全な人類社会の発展のためには、妥協することも大事なのと同じく、時と場合によっては妥協しないことも大事なのです。
 社会当事者性の高低で誰かを断罪するのではなく、その配分が社会全体で適切な水準を維持するように政策をうってゆくことが重要です」
 ホーフスタッターの講義は帝国首脳部にひとつの方向性を与えた。

 警察のパージを開始して以来、ノイエラントの混乱は急速に終息した。デモはいまだに続いていたが、通常の市民集会の規模に落ち着き、軍は通常任務に戻り、行政機構は活動を再開して、遅滞を取り戻しつつあった。
 警察官のうち100万人弱が解雇され、そのうち半分弱に内乱誘発罪が適用されて検挙された。彼らは留置惑星として用いられていたいくつかの惑星に分かれて送致され、そこで帝国憲兵によって取り調べを受けた。皇帝の勅許、もしくは内閣の決定があれば非軍人の公務員についても、内乱誘発罪については軍法による処断が可能だという規定に沿って、彼らの身柄は内務省、司法省から離れて、軍務省が管理することになった。
 新帝国暦4年5月5日に、帝国軍総司令官ミッターマイヤー元帥は、ノイエラントに展開していた各艦隊のうち、宇宙艦隊司令長官ビッテンフェルト元帥が率いる黒色槍騎兵艦隊についてドライ・グロスアドミラルスブルク要塞への帰陣を命じた。次いで、ジンツァー艦隊に対してウルヴァシーに向けて撤収するよう命じた。
 ローエングラム王朝成立後の最大の危機を、皇太后ヒルダとミッターマイヤー首席元帥はかろうじて乗り越えつつあった。

2012-10-13

Struggles of the Empire 第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり(2)


 あのような事件があっても、ノイエラントが騒然としても、なおもイゼルローンにおいては静寂は無縁であった。帝国軍がデモに対して、慎重にそのプレッシャーを受け流す構えを見せたことから、デモの多くは結局、デモにとどまった。既に旧帝国領からの移住者も多く、学生や勤め人たちはデモを終えると学校や職場に戻り、休みの日には再びデモに参加した。
 デモの圧力を軽視すべきではなかったが、結局は秩序あるデモンストレーションに終わった。むろん、そうなったのは帝国軍が力を受け流したからで、まともに正面からぶつかっていれば流血事件のひとつやふたつは起きていたはずで、そうなれば事態はエスカレートしかねかった。
 帝国軍相手に対するテロも発生したが、その被害が比較的軽微であったのは旧同盟市民がテロを支持していないからであった。何者がテロを企んだとしても民衆からの支持がなければ民衆の中にテロリストは姿を隠すことは出来ない。ブラウンがテロの標的としてワーレンを選んだのは失敗であった。
 帝国軍人ではあってもワーレンはノイエラント治安維持の職責を果たした男であり、善政を敷いた。気さくな人柄は旧同盟市民にも親しまれ、立場の違いを越えて、旧同盟市民との間には友情のような感情が形成されていた。これが殺害されていたのがレンネンカンプか、あるいはその息子であったならば旧同盟市民は喝采したであろう。ワーレン当人を狙うならばともかく、その息子を殺害したことによって、世論は一気にワーレンに対して同情的になった。ワーレンはわりあい公の場面でも、息子を溺愛していることを隠そうとしなかったから、子を持つ親ならば誰でも、あれほど溺愛していた一人息子をこのような形で殺されて、ワーレンがどれほどの痛みを味わっているかを思えば他人事とは思えず、地球教のテロによって同盟市民希望の星であったヤン・ウェンリーが殺害された例を思い浮かべても、いかなる大義を掲げようがテロは許されないというはっきりとした意思が市民レベルで醸造されたのであった。
 ワーレンが傷を受けたのも知らぬ風に気丈に振る舞えば、むろんその気丈さは賞賛されたであろうが、同情はやがて帝国軍人という一枚看板を掲げたワーレンに対しては薄らいでいったであろう。しかし期せずして、ワーレンの態度は無様であった。
 今回のテロではワーレン自身被害者であり、遺族であったが、そもそもがワーレンを狙った犯行であるのは明らかであったので、巻き添えを食った他の犠牲者や遺族に対しては、道義的な責任があった。
 ワーレンは被害者や遺族を見舞う中で、帝国元帥として威厳を保つことが出来ずに、彼らと肩を組んで共に泣き崩れ、再び立ち上がることもかなわぬほどに、うつぶせた。威令を保つべき帝国元帥としては醜態であった。その醜態がメディアを通して全銀河系に流れたのである。しかしその醜態は人間としては真実の姿を映し出していた。
 人々は立場の違いを越えて、その真実の姿に胸を打たれたのであった。
 ノイエラントのデモが、二三の例外を除いて、理性を越えて暴徒化せずに済み、更なるテロが抑えられたのは、因果関係を定量化してはっきりと示すことは出来ないにしても、ワーレンが示した一個の人間としての誠実さが再びこのような悲劇を繰り返してはならないという固い誓いを人々の胸に刻んだのは疑うべくもなかった。
 他の元帥たちは歯を食いしばることによって、ワーレンは歯を食いしばらないことによって、共にローエングラム王朝を守ったのであった。

 執務室に案内されたユリアンとカリンは、ソファに腰かけて、窓の外で宇宙船が行きかうのを眺めているワーレンを見た。ふたりの入室に気づくと、ワーレンはゆっくりと立ち上がり、
「遠い道のりを経て、よく来てくれた」
 と言って、新たにつけられた右腕の義手を握手として差し出した。
 数秒、ユリアンはワーレンを見つめていたが、ふいに涙をこぼして、そのままワーレンの肩を強く抱いた。ユリアンの涙は、ワーレンの肩にしずくとなって落ち、濡らした。
「そうか。そうか、卿は俺のために泣いてくれるのだな。俺と俺の倅のために。ありがとう。ありがとう」
 ワーレンも強く、ユリアンを抱きしめて、大粒の涙を流した。カリンはふたりの肩に手を置き、やはり涙をぼろぼろと流した。この涙を届けるために、ユリアンはひと月の旅程を経て、イゼルローンに赴いたのであった。
 半時ほどたって、ようやく落ち着いた後、ソファに腰かけて、ユリアンとカリンに対面したワーレンは、心からの感謝の言葉を言った。
「今このような時、卿もフェザーンを離れている余裕は無かっただろう。皇太后陛下も卿をとどめおきたかったに違いない。それでも卿は俺のためにここに来てくれた。皇太后陛下もそれを許された。ミンツ夫人にまで長旅を強いてしまった。卿らの友情、この恩義を生涯忘れはしない」
「私も親しい人、家族をテロで失いましたから。ワーレン提督のお悲しみはかけら程度であっても理解できるつもりです。今はうわべだけを見て、思ったよりも元気そうでよかったなどとは言わないでおきましょう。思った通りに、そうお元気ではいらっしゃらないというのが正直な感想です。けれども、人であるならばそれはあたりまえのことです。まして、子を失くされたのですから。私と妻にはまだ子はいませんが、いつも想像しています。その想像の子でさえ、もしこのような形で失われたならと考えたら胸が張り裂けそうになるのですから、提督が打ちひしがれても当然です。そういう時に支えるために、私のような友がいるのですから」
「ありがとう。このようなことが起きてしまって、正直、まだ昨日のことのように悲しみは生々しい。だが、少しづつではあっても立ち直りつつあるのだ。自らも子を失くしたテロの犠牲者が気丈にも私を慰めてくれた。銀河の端から波濤をものともせずに卿たちのようにただ慰めを与えるためだけに訪れてくれた者もいる。悲しみの中にあってこそ、私は人間がいかに気高いのかを知った。そのことによって、生命を与えられし者として、悲しみを希望に変えつつある。今日は卿たちが来てくれた。そのことがすごく嬉しい。喜びを感じたのは久しぶりだ」
「そうおっしゃっていただけて、来た甲斐があったというものです」
「私はもう、大丈夫だ。悲しみは決して薄れることは無いだろうが、悲しみを悲しみとして抱えて生きてゆくことは出来る。トーマスもそれを望んでいるだろう。そういえば、ヘル・ミンツ、卿とヤン夫人に謝罪しなければならないことがひとつある」
「それがなんであれ、許しますよ」
「まあ、一応、聞いてやってくれ、卿の口添えでヤン夫人からせっかくいただいたヤン提督の遺品の万年筆だが、倅の遺体と共に焼いてしまった。あの事件の時も倅はそれを持っていたんだが、事件後に確認したが万年筆自体には破損は無かった。しかしあれは倅がとても大事にしていたものなので、本当は歴史的な遺物として、後世に残すべきものなのだが、親としてわがままを言って、一緒に焼いてしまった。ヤン提督の遺族としても、歴史家としても卿は俺を批判する資格がある」
「そのどちらででも批判はしませんよ。差し上げたものをどうなされようがご自由ですし、それに差し上げたものをこう言ってはなんですがあれ自体には大した価値は無いものです。市販の大量生産されている万年筆ですから」
「いやいや、ヤン提督ご愛用というところに価値があるのだ」
「そんな身の回りの日常品を聖遺物のように扱われることにヤン提督ならばこそばゆく感じられるでしょうね。ヤン提督がお使いになっていた日用品なら、私もフレデリカさんもまだまだごまんと持っておりますから、ご心配には及びません」
「そうか、そう言ってもらえれば気持ちも楽になるが」
「さて、それではそろそろおいとましようか、カリン」
 ユリアンはカリンを促しつつ、立ち上がった。
「何だ?今日はもうホテルに帰るのか?ホテルなんて予約を取り消して俺の家に何か月でも泊まれよ」
「いいえ、ホテルは予約していません。用は済みましたし、この足でフェザーンに戻るんです」
「なんだと?それはあんまりすぎないか?イゼルローンは卿らにとってもなじみがある場所、むかしなじみの場所を数日かけて歩いてもいいじゃないか」
「そういうわけにはいきません。提督がおっしゃったように本来なら私は今はフェザーンを離れられる状況じゃないんです。一日でも早く戻らないと、皇太后陛下がお待ちなさっておられるでしょう」
「ふむ。それでも卿は来てくれたのだな。二ヶ月も時間を無駄にすることが分かっていながら、俺のために」
「提督と私の友情のためにです。私自身、提督のお顔を見て安心したかったのです」
「分かった。あいにくうちの艦隊は出払っているが残っている艦船のうち、一番速いものを用意しよう。ビッテンフェルトの旗艦よりも速いぞ。なにしろ最短で20日弱でフェザーンに到着する。イゼルローンにしか配備されていない最新鋭の超光速巡航艦だ。それを使うがいい。ただ用意が整うまで6時間程度はかかる。それまで思い出の地を回ってはどうかな?」
「それではその時間を利用して行っておきたい場所があります。場所を教えていただけますか?」
 結局、ワーレンはユリアンとカリンに付いて行った。目的地がワーレンの息子、トーマスの墓参だったからである。
 イゼルローンは人工天体なので土がない。土葬が出来ないため、死者は基本的に火葬される。いずれ土葬にすべく遺体が保存されていたヤンは特殊な例外で、ヤン艦隊の戦死者たち、パトリチェフも、メルカッツも、みな火葬されていた。居住区の外れに納骨堂があり、目的の場所につくまでに、ユリアンたちはパトリチェフ、ブルームハルト、メルカッツ、フィッシャー、それにロムスキー医師の遺骨を見舞った。その近くにあるひとつの区画を指して、ユリアンはワーレンに言った。
「義父です」
 墓碑銘には「ワルター・フォン・シェーンコップ、恋に生き、戦いに死す。美女たちの涙の海で溺死」と刻まれてあった。ワーレンはなんだこれはという表情をカリンに向けた。
「えっ、えーっと、これは違うんです。ポプラン中佐が父の墓碑銘はこうでなくちゃいけないと言って。私はもうちょっと普通なのがよかったんですけど、ローゼンリッターの人たちがこれがいいと言って。そう言われるとそれもそうかななんて思ったりしたりして。もうやだ、だから普通のがいいって言ったのに!」
「カリン、ワーレン提督は何もおっしゃっていないよ」
「だって、変だと思われたでしょう?実際、変だし」
「いやいやそんなことはない、ミンツ夫人。かの高名なシェーンコップ中将らしいじゃないか。ロイエンタール元帥の墓碑銘はどうだったかな」
「あっ、あのっ」
「うん?」
「厚かましいんですけど、ワーレン提督にお願いが一つあるんです」
「なにかな?」
「ワーレン提督はトーマスさんのお墓参りにけっこういらっしゃいますよね。その時、ついでと言ってはなんなんですけど、お余りでいいんです、余った花の一本でも、この男の墓に備えてくださったら、すごく嬉しいんですけど、やっぱりご面倒でしょうか」
「いや、そんなことはない。今まで気づかなくて申し訳なかった。友人として気づいておくべきだったな。卿らはフェザーンにいてそうそう頻繁にこちらには来られないのだし、卿らの代理として、シェーンコップ中将のみならず、ヤン艦隊の面々、メルカッツ提督の墓前にも花をそなえよう。約束する」
「そうしてくださると私もありがたく思います」
 ユリアンはワーレンに頭を下げた。カリンもあわててそれに倣った。
 トーマス・ワーレンの墓前には花がうずたかく供えられていた。まだ事件の記憶が新しく、ワーレン家以外の一般市民も、花を供えてくれていた。
「トーマス、おまえが会いたがっていたユリアン・ミンツが会いに来てくれたよ」
「そうなんですか?」
「あいつはまったく、帝国元帥の息子のくせに同盟びいきというか、ヤン艦隊が大好きでね。卿は年齢も近いから親近感を抱いていたようだ。若くして全軍を率いた卿に、自分の夢のようなものを重ねていたのだろう」
 ユリアンはひざまついて手を合わせた。宗教心のようなものはもちあわせていなかったが、死者を前にして祈る時、自然と神のようなものを思った。死者の魂が安らかになれるようにと願うその心は、神が死者のためのものではなく、死者の面影を胸に抱いて生きてゆかなければならない者たちのものであることを物語っていた。