(旧姓)タケルンバ卿日記避難所

はてなダイアリーからの避難所

人気エントリーに入った当時を思い返してみる

何回か読み返してみて、自分がどうだったか思い出して見ましたよ。

発信者は基本的に弱いんですよ。あなた方が思うよりもずっと。

ホッテントリに入ったブロガーの心理ってこんな感じだよ - GoTheDistance

ああ、こういう部分はありますねえ。なわけで弊ブログではコメンツ欄を設けておりません。すんげえ初期はあったんだけどね。一時的に。ただ閉じちゃった。なんだったかな、ホリエモンについての記事を書いたときだったけな。「ブロガーは立ち上がってホリエモンを守らねば」みたいなコメンツがあって、気持ち悪さを感じちゃって閉じた。
なんだろ、オレはそういう意見じゃないし、そういう趣旨の記事を書いたわけでもなかったので、そういう議論をコメンツ欄でされるのがイヤだったんだよね。オレの庭でそんなことすなよと。そこに妙な気持ち悪さを感じてしまったんだな。今、思うと「なんでまたそんな理由で?」ってな小さい話だったんだけど、ブログをはじめたばかりで臆病だったもんで。で、そのまま現在に至ってるんですよ。荒れたことはないんで、コメンツ欄があっても問題ないとは思うんだけど、万が一荒れたらヤダし。
あ、そうそう、ホッテントリの話だった。

正直、自分はブロガーの中では超遅咲きの部類なので、ここに入るような記事を書けたのって最近なのよね。それまでは実に地味に細々とやっておりました。

過去の自分の人気エントリーを見てみると、はじめて100ユーザー以上をとったのがこの記事。ブス山さん。

オレがブログはじめたのが2004年。はてなブックマークがリリースされたのが2005年。で、しばらく2007年の夏になるまではなんの音沙汰もなし。そして2007年に急に人気エントリーに入る記事が書けた。
最初はわかんなかったんだよな。「なんじゃ、この赤い『3users』って?」とか思ってたくらいでして、ええ。そもそもはてなブックマーク使ってなかったし。意外とアナログなので、ブラウザのブックマークで何不自由なくやってましたもので。「ソーシャルブックマークサービス? なんじゃそりゃ?」ってなもんですよ。なにせブラウザでさえ、つい最近までInternet Explorer一本やりでしたし。ええ、10年以上IE以外を使ってませんでしたよ。Firefox3でやっと脱IEですよ。そんなレベルのヤツにはてなブックマークなんて関係なかった。
ただ、影響は顕著にわかった。もうアクセス数が全然違う。2004年からアクセス数はゆるやかな推移で来たのに、人気エントリーになった瞬間にドカンと来た。「なんじゃこりゃあ」とばかりに来た。体験したことのない反響の大きさにとまどった。自分のブログに対する反響とは思えなかったし、自分が書いたものに対する反響とも思えなかったし、なんだか違う世界での出来事なような気がした。なにがなんだかわからないうちに、数字だけ積みあがっちゃったそんな感じ。
でもこの経験でなんとなく達観したんだよね。

書いた記事は自分のものではない

書いたのは間違いなく自分だし、自分のブログにある記事なんだけど、アップしたときから自分のものじゃなくなるな。自分の記事だけど自分のものじゃない。出生地だけは自分なんだけどな。なんだか他人みたいな関係になる。オレの文章なのに、オレの文章じゃないんだよな。……変な感じ。
で、この自分の記事に対する他人感ってのは、人気記事になるほど強くなる。アクセス数が少なかったり、ブックマークがつかない記事はまだ自分の手元にいる気がするんだけどね。みんなに見られて反響があったものは、赤の他人になっちゃうんですよ。共有物になっちゃう。
解釈とか意図とかがどんどん一人歩きする。いろんな見方、考察、さらにそれに影響を受けた新たな視点が生まれる。見る人ごと、受け取る人ごとに読み取り方が違う。そうなっていくと、もはやオレなんてどうでもいいんだよね。そうした出し手の意図というのは、それを記事という形にした時点で反映されている。後は受け手の問題であって、そこに出し手はどうでもいい。どう読んでもらってもいいし、どう受け取っても構わない。
そうなっていくと、どうなっても他人なんだなあ。自分が送り出した記事はもはや他人。他の誰かのもので、他のみんなの共有物。

「1」を生みだすは辛し

確か楽天の野村監督もこんなこと言ってたような気がするけど、何事も「1」というのは難しい数字で、最初の「1」をつくるのは大変なんだけど、「1」ができれば、それ以降はラクなんだよね。特に「3」という節目を通り越すとラク
実際、自分の人気記事を見ても、1つ書けるまではスゲエ時間がかかったけど、3つまでは比較的すんなり。1つ書くまでが大変なんだと思いますよ、ええ。
ただ、オレの場合はこういうのを意識してなかったので、「1」を生みだす苦労がなかったんだけどね。アクセス数はあまり意識してなかったし、なにせはてなブックマークの存在も知らなかったし、人気エントリーという制度も知らなかったので。「知らぬが仏」とはよく言ったもんだ。

環境の影響は大きい

結果的に人気エントリーが書けるようになったのは、個人的な環境の変化が大きいような気がしてる。というのも、2007年の夏までは会社員or失業状態だったので、時間的な余裕or精神的な余裕がなかったのだけれど、2007年の夏から独立しましてね。在宅で仕事するようになりましてね。このあたりから人気エントリーがボチボチ書けるようになったことを考えると、やはりこうした余裕との相関はあるかもしれない。
ま、ぶっちゃけ「仕事の合間にブログ」と「ブログの合間に仕事」じゃ全然違いますからな。会社員時代は周りの目を気にしてたけど、独立しちゃえば気にする目がないし。ひとり親方だから、時間の配分も思うがままだし。こういう自由度の問題は大きいと思う。……カタギの人には全然参考にならん話だと思うが。

悪意の方が伝わりやすい

いわゆる「サイレント・マジョリティ」といいますか。善意で見てくれる人って多いんだけど、その人たちの善意って、目に見える罵詈雑言に比べて目立たないんですよ。地味なんです。
どうしても悪意の方が目立つんです。数は少なくても破壊力があるから。「応援してます」より「死ねばいいのに」の方が目立つんですよ。死の方が結果の重大さが大きいし、極端な話に行きやすい。「深爪すればいいのに」「口内炎できればいいのに」「足がつればいいのに」くらいのマイルドな悪意ってありませんからね。
なので、こうした悪意を気にしてもしょうがないんです。目立つものを気にしてもしょうがない。気にしなくても目に入ってくるものなんで。
特に人格攻撃は無視だなあ。人格は意見・主張とはなんの関係ないのでねえ。意見・主張に関する批判は見るし、読むし、参考にするけど、人格攻撃を相手にしてもねえ。行き着くところは「バカと言うヤツがバカ」だし。気にしません、はい。

続ければいいことあるよ

最初の方にも書きましたけど、オレって遅咲きなのです。読んでくれる方が増えだしたのは最近のことなのです。4年以上ブログをやってますが、目に見えてアクセス数が増えてきたのは今年の3月からなんです。たかだか最近4ヶ月の成金的なブログなんですよ、うちは。それまでの3年半以上は目に見える変化がなにもなかったわけで(なので昔からずーっと見捨てずに読んでくれてる読者の方には大感謝。こうなってきたのもみんなのおかげだよ)。
実際、自分が書いた人気エントリーに入り記事って、ほとんど最近書いたものだし。2008年ばっか。3月以降ばっか。本当に最近の出来事なのよね。
でも、今年になって読まれるようになったってことは、去年ブログをやめてれば、この状況は生まれてなかったということ。続いたから今がある。やめなかったから今がある。
だから続けるといいことあるんだなあというのが正直な実感。細々でもなんでも続ければいいんだと思うよ。やめればおしまい。

変化は急に起きる

で、こうしたものって急に変わるし、急に起きる。これまでずっと変化がなかった弊ブログも、おかげさまで皆さんに見てもらえるようになった。今年になって急に来た。突然来た。オレもわけがわからぬままに来た。
こういう変化がいつ来るかは誰もわからないし、どう変化するかもわかんない。すべては急に、突然に。理由なんかも多分ないし、理由がわかるうちは大した変化じゃない。理由がわからないから大きな変化。理由が多すぎて、どれがどれだかわからん。こういうのが大きな変化なんだと思う。
人気エントリーっていきなりなるし、わけわからんうちになる。気がつくとみんなが見てる。ブックマークされてる。トラックバックがくる。心の準備もできてるわけじゃないし、耐性もあるわけじゃない。でも来る。突如来る。変化とか契機ってそういうもんなんだよなあ。

自分のスタイルはそのままで

でも、そういう変化が起きても自分を変える必要はないと思っております。だって、人気エントリーが書けたのはそれまでの自分だから。それまでのやり方で書けたんだから、ムリに変える必要ない。そのままでいいし、そのままがいい。
プロ野球の選手がよく言うのは「スランプは好調時のときにこそ陥りやすい」。バッターは好調だとなんでも打てる。フォームが崩れても、タイミングをずらされても対応できる。打てる。しかしあまりにも好調だと、その好調さのあまり、自分本来の姿を見失う。自分本来の姿を崩されても、好調のときは打てるが、好調でなくなったときに打てない。調子が悪くなったときに残るのは、フォームを失った自分になる。そうなると、本来の自分であれば打てるボールも打てなくなる。好調のあとには通常時以下の自分に戻ってしまう。不調。こういうメカニズムでスランプに陥る。
なので自分のスタイルはそのままが一番。周りの環境変化で変える必要はない。それまで通り、いつも通り。
ま、スタイルを変えられるほどオレは器用じゃないって現実もあるんだけど。ノーマルが一番ですよ。付け焼刃は付け焼刃。頑張ると疲れるし、長続きしない。
人気エントリーに入って浮かれるのは楽しい。超楽しい。アクセス数が増えるのも楽しいし、ブックマークが増えるのも、RSS登録数が増えるのも、トラックバックが増えるのも楽しい。みんな楽しい。でも、それを狙ってそれまでのスタイルを変えると、それまでのものを失う気がしますな。楽しかった日々を捨てる気がします。普通でええんです。普通で。弊ブログは今後ともそんな感じです。はい。できないことはできません。相変わらずくだらなく、軽く、ほがらかに。たまにクソマジメなことを書きつつ、その直後にエロと恋愛を語る。そんな感じでやっていきますよ。
ってなわけで今後ともよろしく。