(旧姓)タケルンバ卿日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2009-02-26

書こうとする過程が大事

あることを感じたときに、それを文章化することには意義があると思ってる。

ブログにするというより、感じたことを形にする。その行為が大事なんじゃないかな。感覚にとどまらせず、文章という形にする。ブログはそのための保存ツールであり、発表ツールというか。形に変換する行為を補助する道具というか。俺はそんな受け止め方です。

中でも、文章をブログで保存する場合、「そのときの感覚」を記録することがいいのかなあと。ある出来事に対し、自分はどう感じたのか。どう受け止めたのか。それを文章という形にして、ブログ記事にする。そうすることで、時系列自分感覚と反応がセットになって保存できていいと思っているんです。自分の記録になる。

じっくり考えて、最初に抱いた感覚がじわじわ変わっていくのもいいだろうし、最初の情熱そのままに一気に書き上げるのもいいだろうと。全体すべては書けなくても、書けた部分を細切れでとっておいてもいいだろうし、ある日、それを引っ張り出してつなげてもいい。とにもかくにも感覚自分の奥底から引っ張り出して形にする。文章にする。それが大事だというのが俺の発想。

なので、必ずしも完成させなくていいと思う。もちろん記事という形の結果が出るにこしたことはないけども、机に向かって、PCに向かって形にしようとする。それで十分ではないかと。文章化しようとする。その過程で十分尊いのではないかと思ったり。記事にはならなくても、記事にしようとした過程から得られるものは、その人の中に残るわけですしね。形にしようという意欲があれば、いつか形にできますよ。その意思がなにより大切だし、その意思を実践することが大事。結果は後からついてくるものですよ。

「お!」「ん!」

ちなみに自分はどうしているかというと、基本的には日々ぼけーっと生きていて、「お!」とか「ん!」とか思った出来事があったら書く。そういうシンプルスタイル。だから毎日書く内容はバラバラ。バラバラだけど、同じような話が続くこともある。要は気まぐれ、感覚任せ。「お!」とか「ん!」次第。

逆に言うと「お!」とか「ん!」がないと何も書けない。無から有はつくり出せない。書きたいことがあれば書くけど、書きたいことがなければ書かない。何か引っかかるものがないと書けない。食べ歩きの記事もちょくちょく書いてますが、何も行った店、行った店全部記事を書いているわけじゃなくてね。やっぱりそこは「お!」であり「ん!」なわけですよ。何か引っかかりがあるから書くわけで。ま、単純に書き忘れとか、写真撮ってねえとかもあるけどさ。

なわけで、ネットを巡回して、引っかかりを覚えて、そこから勢いで記事を書くというケースが一番多い。このパターンは引っかかってから書き出すまでのタイムラグが少ないので、一番すんなり書ける。感覚が新鮮なまま書く作業に移れるのでね。鮮度が高いわけですよ。そのかわり勢いだけの文章になりやすいんだけどさ。

次に多いのが日常の生活で引っかかりを覚えて、それを家に帰ってから記事にするパターン。とりあえずどこかにメモり、それをもとに書く。携帯電話テキストメモとか、自分あてにメールしたりね。このパターンは家に着くまでの「どうやって書こうかな」という思考時間があるので、比較的冷静。

で、全体の構成とかタイトル付けはどうするかと言うと、前者は書きながら考える。とりあえず勢いそのままに書き、書きながら全体の構成を考えるし、タイトルなんかは最後の最後で考えることが多いです。内容にあったタイトルを最後につける。

一方、後者はある程度全体の構成ができた状態から書き始める。事前にイメージできた構成に沿うように書く。なので、書くスピードとしては勢いは前者の方があるんだけど、構成を考えながらの分、多少の行ったりきたりがあるのに対し、こちらは片道ですんなり書けることが多いですな。勢いはないんだけど、安定して前に進むイメージタイトルも先に決まってることが多いと。

ま、自分の場合はこんな感じです。ご参考まで。