(旧姓)タケルンバ卿日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2013-11-19

続・被災地の今を訪ねる(8)

続・被災地の今を訪ねる(7) - (旧姓)タケルンバ卿日記 より続きです。

海沿いを走り、女川へ。


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女川湾の港では、多くの重機ダンプが動きまわっていた。真新しいテトラポッドや、土のうなどがそこかしこに並び、港湾整備の工事にあたっているようだった。

地盤沈下で低くなった埠頭は、新たにコンクリート嵩上げされていた。港の治水工事はかなり進んでいる様子だった。

昨年と同様、女川原子力発電所を正面にする小さな港に来た。

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相変わらず木に取り残されたブイなどがそのままになっている。

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はいえ、昨年と比べ片付けが進み、港の機能を取り戻しているのは明らかだった。

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昨年の時点では瓦礫がそこかしこにあったのだから

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この土のうがあるということは、治水対策が施されたということ。昨年はなかったこの土のうが随所に見られた。港湾河川沿い。あらゆるところで。

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北上川沿いのところも平穏田圃風景を取り戻していた。

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昨年の時点ではまだ爪あとが残っていた場所だ。

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立ち枯れていた木が並んでいた場所は、すっかり伐採されていた。

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昨年の状態は治山に詳しくない人間でも不安を覚える光景だった。

このような森林は、あちこちで伐採され、治山工事も順調に進んでいるようだ。

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崩落した斜面のコンクリートもすっかり取り除かれている。

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昨年は惨状がそのままになっていた。

このトンネルを走っていた気仙沼線は、震災被害を受けた地域BRTによるバス輸送を開始している。

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BRTでは線路跡の一部をバス専用道路として使用している。

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元々気仙沼線単線だったため、線路跡が一車線の専用道路として使われている。

このトンネルも整備され、BRT専用道路として使われている。

しかしながらBRTとしての整備が進むということは、同時に鉄道路線としての再建が難しいということでもある。

地元の願いは鉄道路線としての復旧。しか現実に復旧するとなると、鉄道路線移設必要になる。どこに通すか。誰がお金を出すか。そしてそこに三陸特有の地形の問題もある。人が住んでいるのは沿岸。しかし路線を通すとなると沿岸から離れる。果たしてそこに需要があるかどうか。

既に移設が決まった常磐線での話とはまるで様相が異なる。

北へ行けば行くほど人口は少なくなる。沿線住民も減る。そこに当然の如く経済性の問題が絡んでくる。

復興の規模を決めるのは、人口の規模であり産業の規模であるという現実がそこにはある。

(つづく) 続・被災地の今を訪ねる(9) - (旧姓)タケルンバ卿日記

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