(旧姓)タケルンバ卿日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2014-11-14

続々・被災地の今を訪ねる(4)

続々・被災地の今を訪ねる(3) - (旧姓)タケルンバ卿日記 より続きです。

浪江町役場前のローソンを出て、国道6号線を北に向かいます。

ここからは昨年、一昨年も通った勝手知ったる道。変化を見比べて行きます。

まずは常磐線の様子を見ていきます。

常磐線は相変わらず不通区間があります。とはいえ、不通区間は短くなりました。

2013年11月12日

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昨年、浜吉田駅で撮影した路線図

2013年11月12日

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広野駅まで不通でした。

2014年11月11日

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こちらは今回浜吉田駅で撮影したもの。

2014年11月11日

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富岡駅より南は動き出しています。

6月1日から広野駅竜田駅運転再開

水戸駅・常磐線|JR東日本旅客鉄道株式会社 水戸支社|東日本大震災による列車影響と運転見込みについて

路線図の違いで、運転している区域の違いがおわかりいただけるかと思います。

昨年同様に桃内駅へ。

2013年11月12日

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昨年の桃内駅の表示板。

2014年11月11日

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そして今年のもの。1年分草が伸び、蔦が増えています。

2013年11月12日

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2014年11月11日

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駅の設備には変化がないように見えます。

2014年11月11日

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線路などには全般的に人の手が入った様子はうかがえません。

1年という時の経過は、草木の成長という目に見える変化を伴い、廃れた印象を与えます。

続いて磐城太田駅の付近へ。

2012年10月24日

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2013年11月12日

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2014年11月11日

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このあたりは比較的人の手が入っている様子がうかがえます。定期的に草刈りをしているようです。

続いて磐城太田駅へ。

2012年10月24日

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2013年11月12日

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2014年11月11日

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こちらも大きな変化はありません。見た目に変化がない程度には定期的な管理をしているということなのでしょう。また、桃内駅と比較して、より復旧の可能性が高い場所にあるということも影響しているかもしてません。南にある。即ち福島原発に近い方が復旧は先になるでしょうから。

常磐線を離れ、今度は南相馬市の沿岸へ。

2014年11月11日

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昨年は見なかった光景なのですが、この時期には珍しい緑の風景がありました。これはつまり塩害の影響がなくなっていることを意味します。

2012年10月24日

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一昨年の時点ではあちこちに海水が残り、海水を受けた草木は枯れていました。黄色や茶色の風景が一面に広がっていました。

鮮やかな緑色の風景がある。一見当たり前のことかもしれませんが、こと、被災地沿岸部にとってみれば、それは大きな転換で、大地の復活とも呼べる出来事です。

南相馬市では空いている土地にひまわりや菜種を植えている取り組みをしているようでした。こうした取り組みが少しずつ成果を出しているのかもしれません。

2014年11月11日

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廃棄物処理施設は一定の役割を終えたように見受けられました。瓦礫が、ゴミが、車の山がなくなっており、処理プラントが処理していているものも、土砂の選別というレベルになっていたからです。

2012年10月24日

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2014年11月11日

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撮影した角度は正反対になりますが、写っているのは同じ地点です。奥の三角屋根の建物でそれがわかるかと思います。

一昨年、この場所にはたくさんの車の山がありました。

2014年11月11日

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それがことごとくなくなっている。

2012年10月24日

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こういった廃木の山もありませんでした。山はいくつかあるものの、それは残土の山。廃棄物処理という段階はやはり終わったのでしょう。

2014年11月11日

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となると次の段階としては治水対策ということになります。沖合ではしゅんせつ工事をしているようでしたし、浜の方では護岸工事をしている重機が忙しく動きまわっていました。

2012年10月24日

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そこかしこ漂流物などが残されていた一昨年と比べると、違いは明らかです。

続いて原町火力発電所へ。

2012年10月24日

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2013年11月12日

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2014年11月11日

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壊れていた水門は相変わらずのまま。

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しかし砂浜はすっかり整備され、平穏さを取り戻していました。元々この場所は海水浴場なのです。

サーフィンを楽しむ人の姿もありました。時が経ち、やっとレジャーを楽しむことができる日常が戻ってきたのでしょう。それは何よりの変化でありました。

(つづく)続々・被災地の今を訪ねる(5) - (旧姓)タケルンバ卿日記

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