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山川草木

2016-11-07

四国遍路での思い出

12:58

四国遍路中の雨の日、

野宿場所を探していた。

ある街でコインランドリーに泊まろうとして待機していた。

すると、管理人らしきおばさんが入ってきた。

僕はおばさんに、

今日ここに泊まってもいいでしょうか?

と聞いた。

すると、おばさんは、


ニコニコと笑うだけだった。

いいとも、悪いとも言わずに

ニコニコしていた。

聞こえてないのかな?

と思い、また聞いた。

すると同じようにニコニコしていた。

僕は、26歳だった当時の僕は、なんとなく、

そこに泊まることを差し控えた。




アレから10年近く経って、

おばさんのニコニコを自分なりに解釈した。

あのニコニコは、

おばさんなりの、

精緻な行為だったんだなーと思う。


管理人という役割から見れば、

直線的に、泊まってはダメです、という判断が推奨されるだろう。

また、

安全安心という枠組みから見れば、

どこの馬の骨ともわからぬものがコインランドリーに泊まっていては、

他のお客さんが怖がってしまうかもしれない。

また、1人の遍路を許せば、そのような前例を作れば、

別の遍路も泊まらせなければ、ならなくなるかもしれない。

また、あのコインランドリーは泊まれる、と遍路連中の間で噂が広まるかもしれない。

そのような不安…恐れ。

ただ、あのおばさんは、

あの時、僕に、ダメだとも、いいともいわず、

ニコニコしていた。

全てを洞察して、

あの時、あの瞬間の、最善解を導き出していたのだと思う。

仕事や現実の生活の判断に於いて、

自分は、あのおばさんのような洞察を得ているのだろうか。

介助の思い出

10:31

数年前に、あるご利用者さんが亡くなられた。

私が介助のバイトを始めて

多分1年ほどして入った方だった。

介助の当日に、私が腕組みをしていると

烈火のごとく怒られ

腕組みをしてるんじゃねー!

と怒鳴られた。

また、当時の私は漫画家を目指していたため、

副業として介助をやってます、とその方に言うと

副業とはなんだ!

と、また怒鳴られた。

その方とは、馬があったと言うか、

私はその方のことが好きだった。

会社を移ったあとも、数ヶ月に一度、顔見せに行っていた。

思い出を語ると、様々なエピソードがあって膨大になる。

ただ、自分のためにメモする。

…鳩の話。イチイのことが怖いよーの話、足が痛くて八つ当たりの話…


ある時、

その方が亡くなられたという連絡が間接的に入ってきた。


ひと月前に、伺った時、

全身性障害のその方は、ベッド上で激しい痛みに耐えていた。

僕の顔を見ると、ニコニコしてくれた。

身体が痛いよ、と言っていた。




翌日、その方に会いに行った。


横たわっている、その方は、静かだった。



その方に、そっと触ってみた。


すると、

あることを、直感した。


この方の、

全ては、

掛け替えのないものだった

と。


この方の、

理不尽な怒りも、

罵声も、

自己愛も、

何もかも、



掛け替えのないものだった


と、


直感した。

もう少し、私の情動をいれるなら

こんな表現が許されるなら、


美しかった。




しかしながら、

もう一度、介助に入れといわれたら


嫌だ(^。^)

というと思う。


この実感から、


存在そのものが掛け替えない、という層と、

娑婆世界の層とがあるんじゃないかな?と思った。

娑婆世界の層は、

様々の価値判断のある世界のこと。

存在そのものの世界では、

娑婆世界でそう見える負の部分も、正の部分も、

全てが掛け替えのないもの


その存在そのものが、


そのものとして


掛け替えのないもの


なのだと思う。