メガネ共和国

2012-02-29

[] 社会学への自由、社会学からの自由。

■とある区切りにさしかかりつつあり、それは「ぷらほ」のこれからとも無関係とはいえないことであるため、私事ではあるが、それについて書いてみたい。思えばこの10年余、自分はずっと社会学というものに縛られ続けてきたように思う。最初の出会いは、1999〜2000年にかけて県立高校に勤務していたころだ。まだ割とナイーブだった当時の私は、「新しい学び」やら「教育改革」やらに過大な期待を抱いており、それらとかけ離れた職場現実にかなり戸惑っていた。

■「職場現実」と言っても、生徒の人びとのありようが自分にとって衝撃だったわけではない。なかなか受容できなかったのは、教師の人びとのふるまいのほうだった。「指導」と称して生徒の人びとに暴力やハラスメントを行使する人たちが普通にいることやそれを誰も問題だと思っていないこと、自分たちの狭い世界を「社会の標準」だと信じきっていること、しかもあろうことかそれを生徒の人びとに強要してさえいること等など、すべてが自分には意味不明だった。

■そんなとき、学校文化や教師文化がなぜそのようなものであるのかについての説明の語彙を提供してくれたのが、社会学という知の装置なのであった。今思えば、当時カウンセリングや各種セラピー宗教など、「こころ」に照準する貧困ビジネスに手を伸ばさずにすんだのは、同じ機能社会学によって代替できたからに他ならないと思っている。かくして私は、自分を取り巻くさまざまな社会の理不尽をめぐる説明を求めて、のめりこむように社会学に惹かれていった。

■だが、文献を読めば読むほど、自分が「社会学の素人」でしかないという事実が明らかになってくる。社会学の文献を読んでいるといっても、好きなものを好きなように摂取しているだけなので、自分のものの見かたや考えかたを修正するよう迫られるようなことにはならないのである。それでは無意味だ。他者としての社会学と、きちんと出会わなくてはならない――このような思考の果てに、私は2度目の大学院入院を決めた。6年半前のことである。

■そして6年。先日何とか無事に修士論文を完成させ、自分なりの社会学の作品をひとつ産出した。書き終えてみて感じるのは、これでようやく「専門は社会学」と表立って言えそうだ、ということ。自分ならではの作品を、自分として納得のいくかたちで創りあげるということをしたからこそ、「社会学徒としての自分」みたいなアイデンティティの構築が可能になったのだと思う。これでようやく、社会学から自由になれそうだ。さて、これからどこに行こう?*1

*1:『ぷらっとほーむ通信』107号(2012年3月)

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2012-02-26

[] 『マイウェイ』

■観た映画。6本目。『マイウェイ』。

[] 『善き人』 02:52

■観た映画。5本目。『善き人』。

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2012-02-24

[] 『パレード

パレード (初回限定生産) [DVD]

パレード (初回限定生産) [DVD]

■観た映画。4本目。『パレード』。

[] 『ヒーローショー』 02:52

ヒーローショー [DVD]

ヒーローショー [DVD]

■観た映画。3本目。『ヒーローショー』。

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2012-02-20

[] 『健康不安社会を生きる』

健康不安社会を生きる (岩波新書)

健康不安社会を生きる (岩波新書)

■読了文献。10冊目。飯島裕一『健康不安社会を生きる』。

[] 『感染症は実在しない』 02:52

感染症は実在しない―構造構成的感染症学

感染症は実在しない―構造構成的感染症学

■読了文献。9冊目。岩田健太郎『感染症は実在しない:構造構成的感染症学』。

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2012-02-09

[] 『弱者99%社会

弱者99%社会 (幻冬舎新書)

弱者99%社会 (幻冬舎新書)

読了文献。8冊目。宮本太郎・BSフジプライムニュース弱者99%社会日本復興のための生活保障』。

[] 『弱者の居場所がない社会02:52

弱者の居場所がない社会――貧困・格差と社会的包摂 (講談社現代新書)

弱者の居場所がない社会――貧困・格差と社会的包摂 (講談社現代新書)

読了文献。7冊目。阿部彩『弱者の居場所がない社会貧困格差社会的包摂』。

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2012-02-07

[] 『情報呼吸法02:52

情報の呼吸法 (アイデアインク)

情報の呼吸法 (アイデアインク)

読了文献。5冊目。津田大介情報呼吸法』。

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2012-01-31

[] 公共空間の挿入法――「図書館講座」と「ぷらほ」

■私事になるが、この3か月ほど集中的に取り組んできた修士論文執筆がようやく終わった。共同代表の松井さんをはじめ、メンバーのみなさんには、「ぷらほ」の仕事を肩代わりしてもらい、論文に集中できる環境を整えてもらうなど、さまざまな側面支援をいただいた。とても感謝している。さて、そうやって完成させた論文タイトルは「学校図書館を基盤とした市民教育実践に関する社会学研究」、山形北高・学校図書館実践図書館講座」のエスノグラフィーである。

■「図書館講座」とは、希望する60人以上もの生徒の人びとが、放課後図書館に集まり、各自テーマ設定した社会問題ネタに、立場を異にする複数冊の文献を読んでレポートを作成し、そうやって得た知識に基づいて公開のディベートを行うという、3か月に及ぶ参加型の学びの場である。山形北高で20年にわたって続いてきた伝統的な実践である。筆者はこの全過程への参与観察を行い、質問紙調査やグループインタビューなどを実施して、質的データを収集した。

■さまざまなデータから見えてきたのは、「図書館講座」が市民教育実践としても有効だということである。そこでは、学校図書館=公共空間舞台に、学校司書が媒介者となって、生徒の人びとを、他者や社会に開かれた活字文化世界へと橋渡しするような仕事がこっそりと遂行されていた。生徒の人びとは、講座を経て、学校空間蔓延する共同体作法――「生徒らしく」あれ!――から身を引き剥がし、公共空間での適切なふるまいかたを身に宿すようになる。

■さてでは、公共空間での適切なふるまいかたとはどのようなものだろうか。公共空間社会理論によれば、(1)その社会が複数の視座や多様な価値からなりたっているということ、そしてまた、(2)成員の誰もがその社会につながっており、ゆえにそれに関与できるし、してよいのだということ――この二つのかまえが成員の間でわかちもたれているような社会空間のことを公共空間と呼ぶ。要は、複数性(さまざまであること)と自律性(自分たちで決めるということ)だ。

■こうした公共空間へのかまえは、各地のNPO・市民活動や地域づくりが取り組む参加型の学びの場づくりが目的とするところでもある。しかし、学校化(一元的価値の《地域》への浸潤)が進む私たちの社会にあっては、《地域》は必ずしも他者や差異との出会いを保証してくれるものではない。「図書館講座」がユニークなのは、《地域》に代えて、活字文化を媒介項として導入している点だ。「ぷらほ」のユニークさも、おそらくはそれと同じところにある。*1

*1:『ぷらっとほーむ通信』106号(2012年2月)

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