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2007-04-07

[][] 「自己決定権」の立場からは近親相姦は認められるべき 00:27  「自己決定権」の立場からは近親相姦は認められるべき - 力士の小躍り を含むブックマーク  「自己決定権」の立場からは近親相姦は認められるべき - 力士の小躍り のブックマークコメント

  

 現在の日本国では、自由主義国家ということで、個人の自由というのが認められていることになっています。

 第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 これは、公共の福祉に反しない限り、何をやっても自由ということとされ、それはジョン・スチュアート・ミルという功利主義者の自由論を根底としています。

 これは『自己決定権』という権利とされ、「自分のことは自分で決める権利」のことで、「他人に迷惑を掛けない以上、何をやっても自由」であり、「自己の選択の失敗は『自己責任』で引き受ける」という考え方です。

 今現在、この「自己決定権」という考え方は、社会的に概ね合意されており、なかばこれを前提として社会は運営されちゃってます。

 ということで、今日は社会に倣って「自己決定権」を前提にして話を進めます。

 以上、http://d.hatena.ne.jp/takisawa/20061128#1164725473 よりリサイクル。

  

 世界的にかなり普遍的に『インセスト・タブー』というものがあります。いわゆる近親相姦の禁忌です。

  

 何故に近親相姦がいけないのかと考えると、実は明白な理由というのがありません。調べてないけど。考えても思い付かない。

  

 一般的に言われている理由としては、近親交配による畸形の発生率の高さがある。が、これが果たして事実かどうかも良くわからない。

 逆に言えば、両親が「畸形でもかまわない」と思っているのであれば、これは「自己決定権」の範疇であるとも考えられ、また、生まれてくる「畸形の可能性が比較的に高い」子供に関しても、その誕生自体を可哀想だとか、さらには「生まれないほうが良かった」と思うことこそが、実は畸形児に対する差別と言える。

  

 次に有名なのが、レヴィ・ストロースの「女の交換」という概念で、私はこれを最初に聞いたときからずっと違和感を覚えていました。それは私が常に女性に対して優しいからというのもあるのですが、フェミニズムの観点というか男女平等という観点からは、この考えは消えていくべしで、そうなれば近親相姦をしてはいけない理由になりえないのではないか。私はその主張を何時間にもわたってsho_taにしたのですが、頑として聞き入れず、「俺が言ったんじゃねー。レヴィが言ってるんだ。俺はお前よりもレヴィを信じるに決まってるだろ」みたいなことを言いながら、それをわずか一年ぐらいでまったくフェミニストに怒られそうな記述です。私もなんかヘンだな、とは思うんですよね。(略)どういう理屈なのかいまだに納得できない部分があります。って、おいテメー。

  

 ともあれ、その後id:sho_taから「この『女の交換』というのは、相対的に女から見れば『男の交換』なんじゃない?」と言われ、自分で考えたのか何かの本で読んだのかは知りませんが、家制度を無視すればそうなるかもしれません。無視すりゃいいんで。

 ただ、この「交換」をしなきゃならない理由がないんですよね。自家再生産で全く問題がないはずです。

  

 いろいろな種が交わると、一つのウィルスで一族全滅、という事態から避けられるというのはあるかもしれませんが、まぁ、それだって「自己決定権」を阻害して良い理由にはなりません。

  

 「自己決定権」の立場からは近親相姦を否定できる根拠は一つもありません。たぶん。

 しかも、日本では法律においても「近親婚」は直系や三親等内(叔父叔母とか)が禁止というか受理されませんが、性行為に関しては、法的には違反ではないのです。

  

 ということで、近親相姦として禁忌されているインセスト・タブーは、法的にも「自己決定権」の見地からも、全く問題のない行為だと言えるでしょう。

大野大野 2007/04/07 11:52 女を交換することで、別の一族との親密な提携を結び、対立を避け、利潤を分け合う、これが社会の安定に繋がるということだったんですよね。男の交換でなかったのは、家父長制では女は男の所有物だったからで。

近親相姦が起こる場合、二者間に力関係があらかじめ決定されていることが多く、強姦や性的虐待になりやすいという懸念はあるようです。ただそれも近親婚を禁止する理由にはなりませんが。

あと一般に、近親相姦に忌避感が感じられる理由として、未だ見ぬ「運命の人」としての異性がどこかに存在しているという近代恋愛のロマンティシズムが浸透しているので、最初から親密な異性に恋愛感情を抱きにくいメカニズムがあるかなと思います。

売春の話もそうですが、瀧澤さんが自由売春や近親婚の禁止に疑問符をつけるのは、その自由を主張したいということではないですよね。近代の「自己決定権」を錦の御旗と掲げることによって、なんか「自然」な感情に逆らうようなグロテスクなものが見えてくる、みたいなことが言いたいような気がするんですけど、違うでしょうか。

takisawatakisawa 2007/04/07 14:29 大野さん
家父長制を無視して、男女を相対的に見れば『男の交換』も成り立つんでしょうかね?

で、例えば、自分の娘を自分好みの女に育てて、それで影響力を駆使しながらでも、自分を好きになってくれれば、これは娘の「自己決定」になりますよね?
もしこれを力関係によるものとか洗脳であるとか言い出すと、そもそもの「自己決定」や「理性」の概念が全て無効になってしまいますから。

>近親相姦に忌避感が感じられる理由として、未だ見ぬ「運命の人」としての異性がどこかに存在しているという近代恋愛のロマンティシズムが浸透しているので、最初から親密な異性に恋愛感情を抱きにくいメカニズムがあるかなと思います。

これはどうなんでしょうね? う〜ん。ここはやっぱり、エロスとストルケの関係性と方向性の違い説のほうが納得しやすいような気がします。

>近代の「自己決定権」を錦の御旗と掲げることによって、なんか「自然」な感情に逆らうようなグロテスクなものが見えてくる、みたいなことが言いたいような気がするんですけど、違うでしょうか。

いやまぁそうなんですけど、種明かしが早いですよね。
これからまだ「自己決定権の立場からは自殺者治療は禁止すべき」とか「自己決定権の立場からは麻薬は解禁すべき」とか、シリーズ化の予定があるので。

takisawatakisawa 2007/04/07 14:36 ブックマークコメント nogaminさん
「この考えは消えていくべし」の「べし」は、「消えていくべきだ」という『義務』や命令の意味ではなくて、「野獣死すべし」と同じく、「消えていくものだ」という『当然』や可能の意味です。引っ掛けのような文章で恐縮ですが。
家系図なんてくだらないものは、個人の「自己決定権」の前には何の効力も持たないのにね。

NOV1975NOV1975 2007/04/07 15:50 コミュニティーの目的にかなっているかどうか、ってのもあるんじゃないかなあ。実社会でも血を守るために近親交配を繰り返す村とか昔はあっただろうけど、畸形とのトレードオフとかね。
社会と切り離すと突き詰めて言えば娘と自分好みに育てた血の繋がらない養子(というと法的制限がありそうか。まあ保護対象)とどう違うんだ、という話になって、これは金持ちの道楽的な話なんだろうけど。
僕としては自己なんちゃらと聞くたびに「もっと社会に守られたい!」って思って切なくなりますよ。

mo_hatemo_hate 2007/04/07 16:34 煙草は現在認められますが、パッケージに健康を害する恐れ云々と注意書きが書かれています。
もし近親婚が認められたら、婚姻届に『近親者との婚姻は奇形児が生まれる恐れがあります』とか書かれるんでしょうかね。

大野大野 2007/04/07 16:37 滝澤さん
>家父長制を無視して、男女を相対的に見れば『男の交換』も成り立つんでしょうかね?

それは男も女の財産になりうるか?という質問と同じでしょうか。論理的には成り立つことになるんでしょうが、ジェンダーがあるので難しいでしょうね。完全に母系社会ならありうるかもしれませんが。
あと、フェミニズムの文脈だと家父長制ー国家なんですよね。すごい大雑把に言って。だから、家父長制の無視された世界って国家が成立しない世界ということになり、つまり別の共同体を想定しないといけなくなるわけですね。

>自分の娘を自分好みの女に育てて、それで影響力を駆使しながらでも、自分を好きになってくれれば、これは娘の「自己決定」になりますよね?

私も小学一年くらいまで「しょうらいパパのおよめさんになるの」と言ってました。たぶんパパもそうしたかったんだと思います。ごめんね、パパ。他の男と結婚しちゃって。なんでこんなことになったんだろ。やっぱり自分の性欲ってものを意識し出してから、違ってきたようには思います。

>もしこれを力関係によるものとか洗脳とか言い出すと

それは、問題が起きてから実態が明らかにされて、そういう例が多々見られるということらしいです。私が近親相姦はすべからくそういうものだと言っているのではないです。ただ、こういう研究にインセスト・タブーのバイアスがあらかじめ被っているかどうかまではわかりません。普通の結婚だってDVとかありますからね。

>エロスとストルケの関係性と方向性の違い説

ストルケー家族愛というのは、エロスー性愛より新しいものじゃないですか。よく知らないけど。エロスとストルケを切り離して論じようとした時点で、インセスト・タブーは働いていたんでしょうか。

>いやまぁそうなんですけど、種明かしが早いですよね。

すいません‥‥そんなこと今頃気づいたのかと言われるかと恐る恐る書いたんですが。またよけいなことを言ってしまいました。
ただ「自然」な感情って言っても、何が「自然」かとか問い出すと、難しくなっていくと思うんですけど。

takisawatakisawa 2007/04/07 22:03 NOV1975さん
ええ。コミュニティの目的にかなうという点はあると思うし、実際にその方が都合が良いのでしょう。
ただ、現在の個人主義による「自己決定権」では、コミュニティの目的など、邪悪な抑圧であって、不正義になるんですよね。
私も、自己決定権や自己責任論など、端から莫迦にしているんですけどね。


mo_hateさん
その畸形児についても根拠は薄弱で、財産の観点から、近親婚を積極的にする文化もあります。
煙草の健康被害にも異を唱える人はいますが、その比ではなく、根拠が薄いっぽいんですよね。


大野さん
>完全に母系社会ならありうるかもしれませんが。

なるほど。制度ではなくて、観点からのみ考えていました。
フェラチオにおける、方や「攻めている」方や「させている」という、同時に双方が感じられるか? という男女平等的視点でした。
まぁ、そんなことに意味はありませんし、そもそも「なんでフェラチオ?」みたいな流れですが。

>やっぱり自分の性欲ってものを意識し出してから、違ってきたようには思います。

でも、近親者に対しても性欲は意識しますよね? それを打ち消すのは、明らかに文化的作法ですよね。

>こういう研究にインセスト・タブーのバイアスがあらかじめ被っているかどうかまではわかりません。

あー、でも、顕教としては、そういうバイアスはあってもいいかもしれませんね。
社会の矯正能力として。

>エロスとストルケを切り離して論じようとした時点で、インセスト・タブーは働いていたんでしょうか。

エロスの関係性については、その相手に対しての攻撃的衝動であり、故に、セックスという暴力的な行為が可能である。
ストルケの関係性は、安定してきた結婚相手を含めて、外部に対して攻撃的な共闘体制であり、故に、セックスという暴力的な行為が内部では忌避される。
というのが、かなりアレンジされた、あまりに大まかな説明です。

2007-03-22

[][] 自己選択した結果の差別について 03:56  自己選択した結果の差別について - 力士の小躍り を含むブックマーク  自己選択した結果の差別について - 力士の小躍り のブックマークコメント

  

 このままフェイドアウトしようかとばかりに、いけしゃーしゃーと暢気に童貞について書いていたら、凄い力作が二本。

  

 まとめ物  ARTIFACT@ハテナ系-売春婦への蔑視発言の話  kanoseさん

http://d.hatena.ne.jp/kanose/20070320/prostitutioncontempt

  

 論証物   地を這う難破船-何が「差別」であるのか(――検証) sk-44さん

http://d.hatena.ne.jp/sk-44/20070320/1174441827

  

 どちらも非常に丁寧で、認識としてはかなりkanoseさんに近いし、近代という前提に立てば、というか、ほとんどの人が立っていて、しかもそこで生活しているわけですから、sk-44さんの主張は真っ当としか言いようがないと思われます。凄い力作。見事なもんです。

 これは、sk-44さんが近代の枠を超えた上の視点から近代を見て書いているからなのでしょう。ただ、sk-44さんが書いていることのかなりの部分は既にyukiさんが書いているんですけどね。それはそれで凄い。

  

 さて、sk-44さんも書いている部分ですが

>自己決定としての個人の社会的な選択というファクターは、この件における「差別」とは、原理的には関係しない

 についてです。

  

>『2007年03月16日 kanimaster sex 「わたしは売春を悪だとは思っていない」本人が選択している点が、人種・部落差別と異なる』

 これは一面では正しくて、本人が選択しているし、その存在を辞めることもできるという意味では正しい。異なるという事実においては正しい。

 ただし、これが「差別される事実を知っていて選択したのだから、差別されても当然だ」という主張であれば、それは全く意味をなしていない。

 本人が「差別を受ける」ということは予測して実質的に覚悟をする必要はあるだろうけれども、他者が「だから耐えろ」と強制する類でもなければ、抗うことに対して禁止する類の話でもない。

  

 たとえば、プロのサッカー選手というのは、実際にはステータスもあり人気の職業である。

 これがもし、サッカー選手が「球芸師」という蔑視されていると仮定し、「大の大人が球蹴り遊びをして」などと眉を顰められいるとする。

 サッカーが好きで、サッカーが得意な少年がいる。その少年がサッカー選手になる場合、その蔑視を覚悟し、差別を受け入れねばならないと他者に言われる謂れがあるのか?

 実際に差別的な扱いは受けるかもしれないが、最初から知って成った以上は、甘んじて差別を受け続けろ、という話には断じてならない。

 また「サッカーが好きで、サッカーという競技に誇りを持ってるなら、他者から差別を受けようとも気にならないはずだ」というのは、これも、本人が誇りにするのは有り得るだろうが、他者が「だから差別されてもいいだろう」という類の話ではない。

 自分が覚悟をしたり、誇りを持つことはあるだろうが、他者がそれを強要し、だから甘んじて差別を受け続けろ、というのは話が違う。

  

 性的サービスが好きでなりたい人間がどれだけいるのか知らないし、差別が解消されてば成り手が増えて相対的に給与が下がるかもしれないが、それと「甘んじて差別を受け続けろ」というのは、無関係の話である。

  

  

 あと一点、私は子供であるのか、sk-44さんのいう

>arisiaさん――なぜ「元風俗嬢が」という一節が入るのですか、要らないではないですか。

 という点に関しては、私としては聞いてみたいとは思うんですよね。

 それが「差別」であるという糾弾をyukiさんから受ければ、それはその通りだと理解しましたが、こちらの「聞いてみたい」という甘えに応えてくれる人がいるならば「興味深い」のは事実なんですよね。

 シェルビー・スティールが『黒い憂鬱』を書いたときの感情について、シェルビーがどう感じていたかというのは、必然的にシェルビーが黒人であるという属性と密接に関わっていると私は考えるからです。

 もちろん、私がその点をシェルビーに問い合わせ、シェルビーに「その意識こそ差別だ」と糾弾されれば、まさしく「差別」であると思うし、それは今回のyukiさんの対応も、その意味では正当であると思われます。その点では私もyukiさんには申し訳なく思うわけですが、ただ「差別」であろうとも「大きなお世話」であろうとも、それが「興味深い」のは事実であり、もし誰かから「答え」が出るならば、それは有意義ではあると考えます。

 繰り返しますが、もちろん、そんなものにyukiさんが不本意に付き合わされる義務も義理も謂れもなく、yukiさんが「不愉快だ、莫迦野郎!」と返すことはあって当然だと思いますが。

 もちろん「興味がある」とか「答えは有意義」というのが、聞くことに対しての完全な正当化には成り得ないし、また、yukiさん個人を不快にさせることへの正当化は全く出来ないわけです。ただ、そのうえでそれでも敢えて聞くことも「必要ではない」とは言い切れないと考えます。

 それは、私がコドモだからか、あるいは、必ずしも近代を前提にしていないからか、どちらかはわかりませんが。

    

  

  

 以下はまたmacskaさんへの私信ですから、他の人が読んでも面白くありません。

 こちらまで飛んじゃってください。http://d.hatena.ne.jp/takisawa/20070322#20070322fn1

 煽り合いをやってても仕方がないので真面目に。

でも問題は、いかにそれが事実差別と呼ぶのにふさわしいモノであったとしても、そういう社会的合意が成り立っているとは限らないこと。

http://d.hatena.ne.jp/macska/20070321/p1

 私には、この個別の問題に対しての「社会的合意」にこだわる理由がわからないし、さらには、その「社会的合意」の形成を誰が判断するのかという問題があると思うわけですが、とりあえず、macskaさんが個別の問題の「社会的合意」を重要視しているのは理解しました。

 私は逆に「概念」のほうで考えています。つまり「差別」という概念や「平等思想」という概念によって判断しています。この概念はすでに「社会的合意」というか、近代に生きる者としては前提にあるものと判断しています。

 macskaさんは、「売春者に対する蔑視発言は差別である」ということを、根拠が明かされていない主張とされているわけですが、「差別」や「平等思想」という概念からも「蔑視発言は差別」と言えないと思っていますか?

 つまり概念として「偏見や先入観などをもとに、特定の人々(売春婦)に対して不利益・不平等な扱いをすること」というのが「差別」である以上、「蔑視した発言をすること」が「不利益な扱いとは言えない」という主張をしない限り、近代日本における概念において「差別」であることは明白だと言わざるを得ないわけです。

 そこにはもはや、「売春婦を蔑視した発言をすることは差別とは言えない」と言う者がいたとしても、「蔑視した発言をすること」が「不利益な扱いとは言えない」というのが成り立たない限り、それこそが無意味です。

  

 誰もが一定以上の知能や理性を持ち得ない以上は、その人たち(差別する当事者)の「合意」などというものは待つまでもないわけです。

 そして「差別」や「平等思想」という概念が知識として共有されている社会で、「蔑視した発言をする行為」を「差別だ」と糾弾するのは、なんら問題のある行為だとは思えないわけです。

 で、私としてはその「差別だ」に対して、「差別」や「平等思想」という概念から「差別だ」と認めた上で、その概念自体を否定すると言っています。

 ここまでわかりますか?

  

 「差別」や「平等思想」という概念を否定しない、つまりは、macskaさんみたいに「差別とは悪いもの」という概念を信仰している?場合、概念的に差別であるとしても、認めることが出来なくなってしまうわけです。

 inumashさんが以下のように書いています。

>inumashさんはあなたご自身の彼女さんや奥さんが売春をしても肯定できる、我慢できる、ということなのでしょうか?

これに関しては「YES」とお答え致します。事実、僕の今の恋人にはそのように言っています。

http://d.hatena.ne.jp/inumash/20070316/p1

 inumashさんには失礼ですが、私はここに不気味さというか病理を感じます。

 これは、ねねさんというかたがコメントしているのと同じ感覚です。

>えらい! 非の打ちようがない人格者ですね。1つ質問です、あなたの恋人はあなたに風俗で働いても全然OKと言われてなんて答えましたか?嬉しそうでしたか?満足そうでしたか? Yesであれば2人はすんごいベストカップルですね、どうぞお幸せに。

 「風俗で働いても全然OK」と言われた恋人の心情を慮ると、私はぞっとするわけです。大きなお世話と言われようとも。

 「異教徒」の私には「平等思想」「差別反対」という新興宗教の異常に熱心な信者に映るわけです。家族や恋人に対する愛情以上に、はるかに大きい「差別反対」教に対する帰依の姿が映るわけです。そんな話をされて、恋人がどう思うのか? という社会通念が吹っ飛んでいる。誤解しないで欲しいのですが、私は社会通念が正しいといっているわけではありませんよ。

 しかし、私は自分が「異教徒」であるが故に、異常に熱心な新興宗教信者の気持ち悪さを感じてしまうわけですが、その一方で、その信仰心に対する一貫性については、同意は出来ないけれども、尊敬の念すら覚える。生き方としては不気味ですが、姿勢としては潔さまで感じます。

  

 私は、inumashさんの考え方は、まず最初に「差別は絶対悪だ」という概念が先にあり、それにより「だから差別をしない」という結論に至ったと思っています。それは一つの考え方で、私にはもはや解脱しちゃっているように映るほどです。とにかく一貫している。

 近代を一貫するならば、私はこの道以外にはないと思います。

  

 私は逆に、家族や大切な人に売春婦になって欲しくない、という感情を優先するが故に、私は差別者であり、近代の「差別は絶対悪」という概念のほうを否定します。

 では、「差別は絶対悪」という近代の概念を持ったまま、家族や大切な人に売春婦になって欲しくない、という場合、それは「それは差別ではない」と言うわけです。これが逆転の発想です。

 「差別は絶対悪である。私は自分が悪いとは思わない。よってこれは差別ではない」

 私は、これは全く一貫していないし、端的に「お前は差別者だ」と言ってしまえばいいと思います。

 差別者だと認めてから、その行為の正当性を争ったっていいわけですから。

>妥当な理由があるとした場合、それは定義上「差別」とは呼ばないのね。

 なんというmacskaさんの信仰告白というか、イデオロギー内の話にすぎないわけですから。

  

 「差別」や「平等思想」という共有概念で「差別だ」と立ち竦めさせるのは、私は一つの手段だと思いますよ。

 誰もが高い知能や理性などを持っているのではないのだから、「これはダメなんだ!」と、これをやれば叩かれるんだ、というやり方だって私はあると思いますけどね。

  

  

 率直に言ってしまいましょう。*1

yukiさんが反論しているコメントの書き手はみんな「これ(売春者を侮辱すること)は差別の問題として語るべきではない」と言っているわけです。

「yukiさんの言うそれは『差別』ではない」という人はいて

「こういう理由があるから」差別ではない、と主張する批判者

「こういう理由により、売春者に対する蔑視発言は差別とは言えない」という人がいる

「こういう理由により、差別ではない」という相手の「理由」

yukiさんのエントリの周辺を見回したところ、そういう(差別にあたるのかどうかという)議論がたくさんある

 私は、なんでmacskaさんがいつまでたってもこれに具体的な名前と発言を出さないかを勝手に想像しています。

 というのも、私は迂闊なことに、macskaさんのエントリを見て、そんなことを言っている「みんな」が存在するとばかり思って、それらを「全員が莫迦だ」と書きました。

 ところが、それを受けたyukiさんのブックマークが以下のものでした。

2007年03月19日 yuki_19762 差別, 激しく同意 『売春婦を侮辱するのが差別に当たるのかどうか』を皆が議論してたんだ!!っていう。吃驚だよ。一部のバカだけだと思ってたら。じゃあ噛み合うわけない。差別じゃなくてなんだ?恐ろしいよ。

 ちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょ。

 思いっ切り当事者が知らないってなんでだ? と思い、私は周辺ログを調べてみたんですよ。

 ところが、いないんだ。どこにもいないの。どこに行ったの? みんな? たくさんある議論は何処? 見当たらないのは節穴だから? というか、yukiさんも知らない? どゆこと?

 「売春婦は差別をされるもの」とか「差別をしてしまう」とか「黒人差別とは構造が違う」という意見はあっても、「売春婦を侮辱するのが差別に当たるのかどうか」なんて問題になんかされてない。「こういう理由により売春者に対する蔑視発言は差別とは言えない」なんて発言が見当たらないんです。探し方が悪いのか?

 強いて言えば、二人。

主婦が娼婦を軽蔑したという、別に珍しくもなんともない話なのに、元なのか現役なのか知らないが、キレた娼婦がいくつもエントリ立てて過剰反応。なんか言われるのが嫌なら最初からカミングアウトしなければいいのに。差別されてる訳ではなくて軽蔑されているんだよ、そんだけのハナシ。

http://d.hatena.ne.jp/albinoalbinism/20070314/1173866055

2007年03月16日 ch1248 社会, 論, 事件, *clip 勉強になる。が、一般的な差別の話と今回の事件は別個で考えた方が良いと思うのは俺だけかなあ……。/↓それは差別そのものの話。今回の件を「差別と絡めて議論させること」自体に違和感があると言いたいわけ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://yuki19762.seesaa.net/article/36049824.html

 さてさて。

 まずalbinoalbinismさんは論外でしょ。「こういう理由」が「売春婦は人間扱いされないのは当然」です。

 花見川さん(ch1248)は、私はこれを「黒人差別とは別に考えたほうがいい」という意味で、「売春婦と一緒にしないで欲しい」「淫売の子供は可哀想」「卑しい、さもしい、汚い、心の底から軽蔑する」これらの発言を「差別ではない」と主張しているようには見えなかった。

 これは花見川さんに確認しないとなんとも言えないけれども、花見川さんが、差別とは思わないと言っていたとしても、「こういう理由」は述べてません。

 後は「蔑視はしてしまう」とか「(自己選択だから)黒人差別と一緒にしないで」というのはあっても、「こういう理由により売春者に対する蔑視発言は差別とは言えない」というのは議論されてない。

 それで、先日の記事でしつこいぐらいに「どこにあるんですか?」と書いたのですが、今回だけは読まなかったのか梨の礫だし。

  

 さてさてさて。

 そしてyukiさんもエントリまで立てている。

 「たくさんある」というのに、一番の当事者のyukiさんすらも存在を知らなかった「みんな」は何処?

 すみません。どうやら私は釣られたようです。

 その結果、yukiさんまで巻き込んでしまいました。yukiさんには本当にご迷惑おかけしました。すみませんでした。

 こんな記事を書いておきながら、よもや自分が架空引用にやられるとは……

もし、売春婦を侮辱することをみんなが「差別」ではないと、本当に言っているのならば、それは、全員が莫迦だからである。

http://d.hatena.ne.jp/takisawa/20070319#1174233369

 「もし、本当に言っているのならば」との留保は入れましたが、調べればわかることをしなかったのは、迂闊と言われれば致し方なく、不徳の致すところです。

 ただ、こういう話題で釣りをするというのは、正直いただけません。いや、どうであれ私が迂闊であったことにはかわりはないんですが。

  

 いやいや、私が見つけられなかったところにて、しかもyukiさんも知らないところで、「yukiさんが反論しているコメントの書き手のみんな」が「売春婦を侮辱するのが差別に当たるのかどうか」という「議論がたくさんある」のかもしれません。

 yukiさんも知らないところでの「yukiさんが反論しているコメントの書き手のみんな」の「議論がたくさんある」からといって、それに意味があるのかはわかりませんが。

 そのmacskaさんの記事に対しては、賛同のブックマークコメントは若干ついたけど、それって、マッチポンプだよね。

 マッチポンプで新しい潮流を作るというやり方はあるのかもしれませんが、こういう問題でやるかなぁ?

 いやまぁ、私が見つけられなかったところで、yukiさんも知らないところで、たくさんあったのかもしれませんがね。意味ないけど。

 まぁ、迷惑かけたんで、yukiさんに関する売春差別の話題からは離れます。yukiさんにはご迷惑をおかけしました。すみませんでした。

  

  

 これは老婆心ながらで、macskaさんに大きなお世話かもしれませんが、一言失礼。

 macskaさんは「あなた(yukiさん)のやり方は差別をなくすための議論を阻害する」と批判しています。

 macskaさんは、売春者の権利擁護運動には強く関わっているそうですが、macskaさんのやり方は「売春者の権利擁護運動に関わってあげているこの私」という上の立場から「売春婦は莫迦なんだから自分で抵抗せずに私の邪魔しないで」と言っているように映る可能性について考えたことありますか?

 macskaさんがそう思っているといっているわけではありませんし、私がそう認識しているという話でもありません。

*1:*

大野大野 2007/03/22 13:22 女性が、男に奢られて気の乗らないセックスをすることを、憂鬱な気分で「売春みたいだ」と感じるのは、特に不思議ではないと思います。養われているので気の乗らないセックスも「お務め」として応じる専業主婦が、「私は売春婦?」と思うことも(売春を経験してなくても)十分ありえます。

男に準備が整っていれば、女が気持ち的、身体的に準備不十分でも、セックス行為それ自体はできてしまいます(逆は無理です)。
すべてのセックスは売春と紙一重です。

ここに「それこそ売春婦差別だ」という指摘は入りましょうが、「愛のあるセックス>愛のないセックス」という不等式が世間にはあり、私達の多くはその観念から完全に自由ではありません。売買春に関わる人だけは例外とも言えないと思います。

だからむしろ、なぜわざわざ「元風俗嬢がそう思うのは興味深い」と言うのかが不可解でした。そこに「売春していた人なら、気が乗ろうが乗るまいがどんなセックスでも抵抗ないと思ってたけど? もともとそういう行為をしていたわけだし」といった差別的ニュアンスを読み取ることは可能です。私がyukiさんならそう感じたでしょう。
kanoseさんが職業差別一般と絡めて書かれていましたが、性という領域だからこそ、何気ない言葉に何が含意されているか敏感になるのではないかと思います。

近代について言えば、差別と闘い平等思想を徹底しようという運動と、たった一人との「愛のあるセックス」を賞賛する恋愛至上主義とは平行してきたんですよね。売春問題にその齟齬が現れていると思います。売春婦は、近代的精神が確立した一夫一婦制(対幻想)を脅かす存在です。
「愛」を大切にしたい近代人のtakizawaさんが、そこで股裂き状態になるのは当たり前のことだと思います(私も概ねそうです)。

「なぜ売春婦差別をするのか」
http://www.absoluteweb.jp/ohno/?date=20070320

takisawatakisawa 2007/03/22 16:38 大野さんのサイトに書き込みしようとしたら、書き込めなかったので、メールを送りました。

>男に準備が整っていれば、女が気持ち的、身体的に準備不十分でも、セックス行為それ自体はできてしまいます(逆は無理です)。

男もねぇ、そこまで自由自在にはいきませんよ。
擦られれば、勃ちたくなくても勃ちそうになって大変なんです。
私はアメリカとメキシコで都合三回、ホモに誘われて、内一回は襲われかけたんですが、自分のを勃たせないようにするのに、どれだけ腐心したことか!
男にジーンズの上から擦られたわけですが「勃ったら負けかなと思っている」状態ですわ。
怖くて警察にも行けず、一人で枕を濡らしてました。

>「愛」を大切にしたい近代人のtakizawaさんが、そこで股裂き状態になるのは当たり前のことだと思います(私も概ねそうです)。

いえ。私は股裂きになっていませんよ。瞬発的に「愛」を取りますし、あるいは「関係性」を取ります。平等思想はもっと後です。

大野大野 2007/03/22 17:50 レスありがとうございます。
前は書き込みして頂いたことがあったのに、変ですね。設定はいじってませんが。私のブログのリンク先にあるメールアドレスは、absolutewebの代表者のものなので、私が読めるのは今夜遅くか明日になると思います。

>男もねぇ、そこまで自由自在にはいきませんよ。

ああいや、そういうことがあるのは存じております。私の述べたのは大変原則的なことです。男性側が「心身ともに」セックス可能な状態であるという条件だけで、物理的に性交はなし得るということを言いたかったのです。単なる事実に過ぎないことですが、大きな意味をもつと思っています。

「股裂き状態」という言葉は不適切でした。逡巡していらっしゃるのではなかったですね、すみません。
ただ、平等思想と「愛」や「関係性」とは、往々にして両立しにくいものであるからこそ、takizawaさんもこれだけたくさんの言葉を費やしておられるのでは?とは思いました。

inumashさんのスタンスへの違和感はわかる気は致しますが、たとえば少し前まで、恋人が他の男性と歩いているだけで責める男性は、よくいたと思います。しかし「個人の意志の尊重が、相手への真の思いやり、愛情である」という考え方が広がって、そういう人は少なくなりました。inumashさんの考えは、その延長線上で捉えるべきなのかなと思っています。

inumashinumash 2007/03/22 18:38 おいらは単純に『売春婦を卑しいものとして見る理由がわかんね。だれかおいらに「売春婦が卑しいという理由」を説明してくんろ』と言っただけなのですよ。

僕の例のエントリでは、「売春婦への職業差別の愚かさ(とその背後にある女性蔑視)」は書かれていても、「全ての差別という行為の愚かさ」は書かれていないはずです。それを自覚もなく問えるほど僕は人格者ではないのです。

takisawaさんは「差別」を全て並列化して語っているように見えますが、僕にとっては「売春婦差別」と「黒人差別」は全く別物であり、それぞれ「そうなってきた」理由があると考えています。

だから、それを「正当化する」ロジックが存在しているはずなので、まずはそれを引き剥がしていこう、というのが例のエントリなんですよ。

「全ての人間に差別意識はある」ということには同意致しますが、「全ての人間は売春婦への差別意識がある」と言われると、僕には?マークが浮かぶのです。はっきり言って、僕には(他の方が明示よるような)「売春婦への差別意識」はありません。

僕は「差別をしない」のではありません。「売春婦を差別するという感覚が分からない」のであり、これがもっと他の対象であったなら、その語り方は変わっていたと思います。あのエントリは「職業差別」に関する原則論を述べているに過ぎないのですよ。

takisawatakisawa 2007/03/23 00:57 >大野さん
掲示板に書こうとした内容なので、メールで送ったら捕まりかねない内容ですみません。明らかにセクハラメールですね。
掲示板ならいいのか? という話ですが。

>私のブログのリンク先にあるメールアドレスは、absolutewebの代表者のものなので

すみません。すみません。すみません。
無茶苦茶セクハラメールなんですけど、如何したもんでしょうか? もう今更どうにもなりませんが。
フェラチオがどうとかクリトリスを舐めるだとかチンコを舐めるとかAV嬢でオナニーとか強姦がどうとか書いてあるんですが、参ったね。
すみません。すみません。すみません。すみません。

>男性側が「心身ともに」セックス可能な状態であるという条件だけで、物理的に性交はなし得るということを言いたかったのです。

実はここは、メールで送ってある内容とかぶるのです。
勃ちたくなくても物理刺激で勃つケースがある以上、男のすなる強姦といふものを女もしてみむ、という「使役」の強姦の可能性についてです。
それはまぁ、セクハラメールが届いてからということで。

>takizawaさんもこれだけたくさんの言葉を費やしておられるのでは?とは思いました。

差別概念への、というか、近代の枠組みの強さから、伝わりにくかろうとは思っています。
「大事な人」と「平等思想」の狭間で悩む人が大変そうだと思いますね。

>恋人が他の男性と歩いているだけで責める男性は、よくいた

股を開くのはちゃうでしょ?
それ、延長線上というか、私には地平線の彼方なんですが。

takisawatakisawa 2007/03/23 00:58 inumashさん
>僕にとっては「売春婦差別」と「黒人差別」は全く別物であり、それぞれ「そうなってきた」理由があると考えています。
>だから、それを「正当化する」ロジックが存在しているはずなので、まずはそれを引き剥がしていこう、というのが例のエントリなんですよ。

はい。でも、「売春婦差別」も「黒人差別」も、根源が違えども、手法が違えども、解消したいわけではないんですか?
売春婦差別はなくしたいが、黒人差別は残しておいてもかまわない、とかあるのでしょうか?
私は、やはり近代の影響を受けているせいか、「差別」というのは解消されるべきもの、という意識は刷り込まれてしまっています。


albinoalbinismさん
トラックバック先の「あたりませんように」を読みましたが、嬉しそうに釣り宣言していますが、誤読ですよ。
私の本記事を読めば明白だと思いますが、該当部分は「takisawaが3/22にどう読んだか」ではなく「macskaさんが3/18時点にどう読むかの可能性の推察」に過ぎません。
つまり、読み手側のリテラシー不足による完全な誤読です。
ただ、既に私もリテラシー不足でmacskaさんに釣られているので、他人のリテラシーがどうこう言えた義理でもないんですが。


あと、macskaさん
macskaさんが意図的に釣りをしたとは思っていませんよ。
「macskaさんがそう読んだ」というものに、私も無確認のまま引き摺られてしまった、という認識でいます。
だからmacskaさんが「そう読んだ」という概念が支持されて、他の人との間で議論が進んでいくのは、かまわないと思っています。
さらに、最後の部分も、macskaさんにそういう意図があるとは思っていませんので、yukiさんの「対象は完全にコマで、売春者の人権はどうでもいいんだね」というのは、ちょっと可哀想に思う。まぁyukiさんが思うのは仕方のないことですが。
ただmacskaさんにも、そう見られる可能性というのも充分に意識しないと、誤解を生むというのがあるというのは気をつけておいて損はしないと思います。

大野大野 2007/03/23 02:19 >無茶苦茶セクハラメール 

とりあえずメールを拝読してからということで(笑
フェラチオ、クリトリス、オナニー、強姦などの言葉は私も授業で使っておりますし、普段の会話でも時々出ます。単語だけなら必ずしもセクハラにはなりませんよ、文脈と関係性ですので。
返信は遅れるかもしれませんが、書きます。

>股を開くのはちゃうでしょ?

売春をするのがその人の意志である限り、意志の尊重という意味では延長線上になると思います。論理的には。ただ論理でわりきれないものがあるのはわかります。

余談ですが、もし私が売春をどうしても自分の職業にしたいと思って、相手が納得してくれなかった場合、これは仕事をとるか恋人をとるかという話になるんですよね。悩むでしょうね。

takisawatakisawa 2007/03/23 22:57 大野さん
>単語だけなら必ずしもセクハラにはなりませんよ、文脈と関係性ですので。

文脈的に正しいところで使っても、デート中、普通に引かれますよ。
たまに「死ね! すぐ死ね!」とか言われます。
なんで小洒落たカフェで「死ね」とか言うかなー。

>売春をするのがその人の意志である限り、意志の尊重という意味では延長線上になると思います。論理的には。ただ論理でわりきれないものがあるのはわかります。

これ、敢えて言わないようにしていたんですが「性」が特別視されないようになると、論理的に「強姦」の位置付けがどうなるんでしょうね?
普通の「暴行」と同じにしない限り、「性」の特別視は不完全になってしまいそうですが。

>もし私が売春をどうしても自分の職業にしたいと思って、相手が納得してくれなかった場合、これは仕事をとるか恋人をとるかという話になるんですよね。悩むでしょうね。

私は自分が「純愛至上主義」に毒されているので、身体と精神を分離して考えてしまいがちなんですけど、「純愛至上主義」はさらに「愛」と「性」まで完全分離するんですよね。「性」の絡まない「愛」こそが至高だ、と。
私は、毒されながらも、そんな二元論は間違っていると思うので、「愛」がこちらにだけあれば「性」にはこだわらないという考えは持ちませんし、これこそ、「愛とセットになった性」の価値を「愛のない性」よりも高くするわけですし。


inumashさん
>おいらは単純に『売春婦を卑しいものとして見る理由がわかんね。だれかおいらに「売春婦が卑しいという理由」を説明してくんろ』と言っただけなのですよ。
>「売春婦を差別するという感覚が分からない」のであり、これがもっと他の対象であったなら、その語り方は変わっていたと思います。

ただ、元のきっかけが「愚かな人々」ですからねぇ。
私には、inumashさんが「売春婦差別反対」という神の名の下に異教徒を懲らしめて、不信心者を「愚かな人たち」と「差別」しているように見えるのですが。
「売春婦差別反対」という神は、普く全ての人々に共有されるべきで、それは他者が大切に思っている「家族」などの他の価値観まで全て塗り潰すべきものだ、ぐらいの勢いを感じたので。
もちろんこれは、私が弾圧される側の「異教徒」だから感じた印象ですよ。

>及川奈央
古い話ですが、私はちっとも羨ましくないですが、結城明日香ならどうですか?

大野大野 2007/03/24 00:11 >デート中
>なんで小洒落たカフェで「死ね」とか言うかなー。

それはセクハラ以前のTPOの問題では?
普通全力で黙らせると思いますけど。

>「性」が特別視されないようになると、論理的に「強姦」の位置づけがどうなるんでしょうね。

個人的な関係の中の両者の意志においてのみ、特別視されないことはあるだろうと書いたつもりで、社会的に特別視されない状況はとりあえず想定していません。そもそも「強姦」って相手の人権の無視じゃないですか。「性」がどんなに相対化されようと、その上位レベルには人権尊重があるはずです。

私も個人的には、愛とセットになった性>愛のない性です。ブログに書いたように、恋愛至上主義に毒されてますから。ただそうでない人にまで好みを押し付ける気はないですし、愛のない性を楽しむ人を非難する気もないです。まあ「愛」って何かなっていうのも難しいんですけども。

(ところで代表者にメールで打診しているんですが、まだtakizawaさんのメールが届きません。早く読みたいなセクハラメール。)

takisawatakisawa 2007/03/24 00:46 もういっそのこと直接メールいただけませんかね?
そうしたらデートに誘いますので。
メールアドレスはプロファイルのところに書いておきました。
http://d.hatena.ne.jp/takisawa/about

>そもそも「強姦」って相手の人権の無視じゃないですか。

暴行も、相手の人権無視ですよ。
もっとも、私は人権よりも大切な人を選びますけど。

恋人の下半身事情は恋人が決めることであり、自分がとやかく口を出す話ではない、という人の場合は、恋人がスカトロに目覚めて糞食決算を始めたり、私ね犬が好きなの、とか言って獣姦を始めちゃったりしても、君が好きなら僕には関係ないからね、とか思うんでしょうかね? 病気に気をつければOKなんでしょうかね?

takisawatakisawa 2007/03/24 01:21 遠隔レス
女性に強く貞操観念が求められるのは、子供の問題が多いでしょうね。
女は、ほぼ絶対に自分の生んだ子供は自分の子供ですが、男は大奥に囲っておかないとわからないですから。

>高級娼婦

女性から見るとそうなの?
男からというか私は、叶姉妹も山咲千里も、どっちのエスコートも興味も羨望もないなぁ。

大野大野 2007/03/24 02:24 >メール
ではそうさせていただきます。
>デート
人妻なのですみません。

>恋人の下半身事情は恋人が決めることであり、自分がとやかく口を出す話ではない、という人は
(中略)
>君が好きなら僕には関係ないからね、とか思うんでしょうかね

そうなりますね、あくまで「自己決定権」を尊重するなら。
というか、inumashさんにお聞きになった方がいいのでは。

>女性に強く貞操が求められるのは、子供の問題が多いでしょうね。

ええ。でも子供を作る気がなくても、貞操は求められますよ。独占欲? 他の男と比較されたくないとか。「愛」という人もいるでしょうね。

>高級娼婦

憧れたり嫉妬したりする女性はいるんじゃないかなと。大好きになった女性がもし高級娼婦だったら?は、男性に聞いてみたい質問です。

takisawatakisawa 2007/03/24 15:34 大野さん
本当にあの件名で来るとは思わなかったので驚きました。

>そうなりますね、あくまで「自己決定権」を尊重するなら。

売る相手が自分の親でも、君が決めたなら僕には関係ないから、なんでしょうね。

>inumashさんにお聞きになった方がいいのでは。

そんなこと怖くて言えません。「はい、そうですよ」と言われたらどうすりゃいいんですか。

>でも子供を作る気がなくても、貞操は求められますよ。

DNA検査である程度わかるようになってきたわけですよ。男もね。
でも一度、理由があって制度が出来上がれば、理由がなくなっても、今度は制度が「理由」を作り出すのでしょう。

>「愛」という人もいるでしょうね。

なんで「愛」だと貞操を求めるのか、を追求しないとアカデミズムの名折れですぞ。

>大好きになった女性がもし高級娼婦だったら?は、男性に聞いてみたい質問です。

相手にされないから諦めますけど。
それはもう、高級じゃなくても、しゃーないですけど。
可能な限りしなくていいような努力はしたいですけど、高級娼婦相手では全く能力がないので大人しく黙ってます。
で、可能であればヒモになります。

大野大野 2007/03/25 01:20 >本当にあの件名で来るとは思わなかったので驚きました。

このブログの読者とそうでない人を分ける目印かなと思いました。返信、後でお送りします。

>そんなこと怖くて言えません。「はい、そうですよ」と言われたらどうすりゃいいんですか。

どうもこうも‥‥inumashさんはそうなんだなと思えばいいんじゃないですか。だって、日本の男性は6200万人超なんですよ、十人や二十人そういう人もいるでしょう。

>なんで「愛」だと貞操を求めるのか、を追求しないとアカデミズムの名折れですぞ。

えと、アカデミズムって何でしょう。女性学会? 大学? 私、まったくの在野です。たまたまこの数年、三流芸術大学の非常勤でジェンダー論受け持っているだけで、女性学の論文も書いてないですし今後も書く気はないので。
「愛」と貞操については、明治期以降の恋愛至上主義の影響を指摘することもできますし、生物学的根拠を言うこともできると思います。ジェンダーで説明することも。フェミニズムの主流は、「愛」による貞操の強制を「性の自己決定権」に反するものとして捉えているようです。上野千鶴子なんかはそうでしょう。ただ、相手の行動を束縛することと、貞操を求める感情とは、別で考察すべきだというふうには思っています。

相手が高級娼婦であろうと、お互い好きであれば恋仲になるということですね。もっともだと思います。つまらない質問でした。

takisawatakisawa 2007/03/25 14:33 メール、いただきました。

なんか、メールというのももったいない話ですが。
大野さんに書いてもらって私だけ見るというのも。
摺り寄せてどっかで開示してもいいですね。

>inumashさんはそうなんだなと思えばいいんじゃないですか。

独占欲がないならば、最初から交際の契約の必要も疑問符がつきますし、愛情は自分だけ、となると、そこには愛のあるセックスと愛のないセックスの話になり、差別化は生まれそうですが。

とりあえず、メールのほうにお返事書きます。

大野大野 2007/03/25 22:24 メール、どうもです。今お返事書いています。
メールの開示は、もともと公開されるはずだった内容なのでもちろん。とりあえず二つ方法が考えられますね。

・私の当該記事のコメ欄に順次貼付けていく。‥‥本来のかたちです。ただ後でどなたかからtakisawaさんに質問が出た時、また書き込みできない可能性があります(原因がまだどうしてもわかりません)。
・ある程度やりとりしたら編集して、takisawaさんか私が「メールのやりとり」エントリを起こす。‥‥私の方だと上の問題があるのと、私の書いていることがかつてブログで数回書いたことと結構かぶっているので、こちらで開示して頂く方がいいかもしれません。

もっといいアイデアがありましたら、お願いします。

>独占欲がないならば

身体に対する独占欲はないということで、恋愛感情は独り占めしたい‥‥じゃないですかね。いや私inumashさんじゃないのでわかりませんが。

>愛のあるセックスと愛のないセックス

愛(恋愛感情)に少しでも価値を置く限り、紙一重でも差別化は必ず生まれます。恋愛感情が無価値とされる世界というのは想像しにくいので、これは不可避でしょうね。

2007-03-20

[][] 「差別は悪いことであり、自分は悪くないのだから、差別ではない」という逆転の発想 00:13  「差別は悪いことであり、自分は悪くないのだから、差別ではない」という逆転の発想 - 力士の小躍り を含むブックマーク  「差別は悪いことであり、自分は悪くないのだから、差別ではない」という逆転の発想 - 力士の小躍り のブックマークコメント

  

  「売春は犯罪だ」と言っている人がいるから、どういう法律に違反しているのか問うたところ、知らなかった。

 「売春は犯罪だ」というのを見かけるが、どういう法律によって犯罪となるのか、本当に知ってるのか? 私は知らないんだが。

  

 macskaさんからトラックバックあり。どうも。

 昨日のエントリで「安易な姿勢で差別が語られて」と書いたことへのアンサーなのか?

これだから口をはさむのを躊躇したんだけど、巻き込まれてしまったものは仕方がない

http://d.hatena.ne.jp/macska/20070319/p1

 自分から口を出して「巻き込まれる」と表現するのは、ご愛嬌というところでしょうか?

 まぁ、些細な話はどうでもいいや。

  

 以下はmacskaさん宛だから、他の人は読んでも面白くないから承知の上でね。

  

 率直にいって、macskaさんはやり方を間違えたよね。明らかに下手を打った。

 意図のうち、6割は議論をまとめようという意図だったんだけど、6割は煽りになってしまっている。まぁ、残りの8割は自己顕示欲だからいいんだけど。200%女。

 結局は議論をまとめるどころか、煽りの意味しか残っていない。まぁいいんだけどね。煽る目的に目を向ければ、成功だったといえるわけだし。

「売春者を侮辱することが差別に当たるかどうかであれば、それは差別です」という点には同意。ただし、それが「議論の余地なく明白」だという合意が成立していない。つまり、あなたが自明だと思うことでも、他の人にとっては自明ではない。「こういう理由により、売春者に対する蔑視発言は差別とは言えない」という人がいるのだから、その理由がどう間違いであるのか具体的に反論すべき。「議論の余地なく明白に差別」という勇ましい決めつけは、ただ単に自分が議論から逃げているだけ。

http://d.hatena.ne.jp/macska/20070319/p1

 普通に読んでいただければわかると思うのですが、私はまず「差別」の定義のためにgooとyahooの辞書をリンクしていますよね。

 売春婦に対して、売春婦であるから侮辱する行為が差別に当たることは、辞書を信頼するならば、そのままだと思うのですが。

 偏見や先入観などをもとに、特定の人々(売春婦)に対して不利益・不平等な扱い(侮蔑の言葉を浴びせる)をすること。また、その扱い。

 辞書を信用しないならば、辞書を信用しない側が、辞書を否定する論拠で新たな定義をするべきでしょう。

  

 そのうえで「その理由がどう間違いであるのか具体的に反論」に関しては、これまた普通に読めばわかるように、私は「差別と区別は違う」とか「妥当な理由がある場合は差別ではない」という主流と思える「理由」付けに対して、私はそれを「言い換え」に過ぎず、実態は同じだと具体的に否定しているわけです。

 繰り返しになりますが、その根拠である辞書を信用しないならば、辞書を信用しない側が、辞書を否定する論拠で新たな定義をするべきでしょう。

いやー、すごいな、これ。自分が下した一方的な断定を、ただただ何の根拠も述べずに何度も繰り返し唱え続ければそれで済むとでも思ってるんだろうか。そんなに明白に差別だと思うなら、「こういう理由により、差別ではない」という相手の「理由」を片っ端から論破してやれよって思うんだけど。

 上の繰り返しになりますが、私は定義問題にならないように辞書リンクを貼って根拠としております。それが根拠にならないと思うのであれば、辞書を信用しない側が、辞書を否定する論拠で新たな定義をするべきでしょう。

 そして、主流と思われる「区別であって差別ではない」という「理由」付けを「言い換えに過ぎない」と否定しているわけです。

 私が書いたものを、macskaさんが見ないのは、私の原因とは普通は言わないわけです。

 『「こういう理由により、差別ではない」という相手の「理由」を片っ端から論破してやれよって思うんだけど』というのは、macskaさん一流のギャグだと判断すればいいんですかね?

 アフリカ東部ウポポ族のンガチャメニャさんが、「それは差別ではない。ミャチャヌ神からの啓示があった」といえば、それも片っ端から論破する必要を感じて、ちゃんとやる人なの?

 逆に言えば、macskaさんが、私が主流であると判断したもの以外で、納得いく理由が提示されていたのであれば、それを教えていただければありがたいですけどね。

  

 この点、非常に不可思議で、yukiさん宛にも私宛にもmacskaさんは

「こういう理由により、売春者に対する蔑視発言は差別とは言えない」という人がいる

「こういう理由により、差別ではない」という相手の「理由」

yukiさんのエントリの周辺を見回したところ、そういう(差別にあたるのかどうかという)議論がたくさんある

 と、何度となく言っているにもかかわらず、具体例が全く見えてこないんですよね。

 「あるよ、あるよ。ある、ある」と言いながら、この期に及んでも一例も出してこないと言うのは、なんらかの意図が隠されてるんでしょうか?

 最初から「ほらどうだ」と出されれば、一発で済む話なんですけどね。

 まさか「あるある詐欺」でもないでしょうから、おそらくあるんでしょうけど、私が否定している「言葉の言い換え」以外のメインストリームにある主張を出さないというのは、何らかの意図や事情があるんですか?

 私の主張から外れる何らかの「差別ではないとする論者」がある程度まとまった説得力を持っているならば、私は気が付かなかったので、素直に教えていただきたい。

  

そう言っても別にいいよ。でも、仮に差別の中に「悪い差別」と「悪くない差別」が存在するという考え方を採用するのであれば、当然ながら「どんな理由があっても差別は悪いから、差別しても良い理由なんてない」という言明は成り立たなくなる。こっちはわざわざ、「どんな理由があっても差別は悪い」という、yukiさんの規定に沿って議論に応じているのに、なんでいまさらお互い違った定義で議論しなきゃなんないのか分からないなー。

 でだ、私の主題はここです。

>妥当な理由があるとした場合、それは定義上「差別」とは呼ばないのね。

 と書いてしまうからさ。

 答えなくていいけど、嫌がらせのつもりで書いておくと、この定義は誰がしたわけ? こちらには辞書があるわけだが。これは「みんな」の引用ではなく、yukiさんの規定でもなく、あなたの「地」の文だよね?

 なんでyukiさんのせいにしてるの? まぁいいや。

  

 というか、ひとつ事実を提示すると、読んでないと思うし、読んでないことは全く問題ないんだけど、こちらのコメント欄で、yukiさんは以下のように書いています。

>差別とはなにかから始めなければなりませんということですが、(略)差別とは何かから始めてもらってかまわないですよ。

 簡単に説明すると、「差別は絶対悪ではない」という主張に対して、議論する用意がある、ということです。

 つまり、差別だと認めたうえでその正当性を主張する議論に、参加する意思も準備もある、ということです。

 であるならば

「こういう理由があるから」差別ではない、と主張する批判者に対して、yuki さんは「理由があれば差別しても良いというのはおかしい、差別主義者だ」と反発するばかりで、それらの理由が不当であるという論理をほとんど述べていない。

http://d.hatena.ne.jp/macska/20070318/p2

 というのは、当てはまっていなくて、むしろ『「こういう理由があるから」差別ではない』と主張する批判者側こそが、macskaさんが自ら既に認めているように、「売春者に対する侮辱発言は差別的である」からこそ、まずは差別者側が差別と認めよ、というやり方のほうがmacskaさんの本意じゃないんですか?

 差別であることを「差別ではない」という側がオカシイのは誰の目にも明らかな話で、「差別であること」が自明でないならば、それが「差別かどうかを問う」議論をすればいい。

 「差別は悪いことであり、自分は悪くないのだから、自分のしたことは差別ではない」という逆転の発想で言葉を言い換えてるほうが間違っているわけでしょ。私には、その逆転の発想以外は見つけられなかったのですが。

 そうでない具体的な「こういう理由」があるならば、それを提示していただかないと、一歩も進めないんですが、どれなのでしょう?

  

 そして、yukiさん宛の部分を読む限り、ご自身も手段の失敗を認めていらっしゃるようにお見受けします。

>そうした議論内容よりも、yukiさんの議論様式の方が問題が大きいと思ったのでそちらに限ってコメントしたけれど、わたしの立場を明示しないままyukiさんの側の問題だけ取り上げたのはフェアではなかったかもしれません。

 これは確かに一つのやり方です。一つの手段としてはありえます。

 しかし、私が既に、自らを差別と認めたうえで、その是非を問う、という正攻法な手段でyukiさんと議論が成り立つという成功例を出している以上は、macskaさんもご自身も認めていらっしゃるような明らかに一方的な手段で、端的に失敗だった、と言って差し支えないでしょう。

 結果的には、ほとんど煽るのが目的であったと言って差し支えない効果をもたらした大失敗ですね。煽りが目的なら成功だよ。

 本来のスタンスとしては、「yukiさん&macskaさん VS 瀧澤」という構図だったはずなのに。ちゃんと取り返しつけられるのかね?

  

 順序からすれば「差別かどうか」を争った上で、私が成功したように「差別の正当性」を議論すればよかったわけです。

 であるから私は、「差別かどうか」を争うために、macskaさんのいうところの「みんな」を、私が「全員が莫迦だ」と言ったわけですが、その部分に反発したのは「莫迦」と言われた「みんな」ではなく、何故かmacskaさんだけだった。

 まぁ別に、macskaさんが「みんな」を肩代わりして私と議論をするのが悪いとは思いませんので、続けてもいいんですが、最後に「私が言ってるわけではなくて『みんな』が言ってるんだ」で終わってはガックリですが。

 ともあれ、どのみち「こういう理由により差別ではない」という主張を提出していただかないと、話にならないわけですが。

  

せんせー、たきざわさんが、へんさちをりゆうにひとをさべつしていますー。

 当たり前だろ。私は莫迦を差別していますが、わざわざ被差別側にまわる発言をしなくていいですよ。

 私はmacskaさんが「みんな」と称した「全員」は莫迦だと言いましたが、私がmacskaさんに関することで莫迦と言ったのは『妥当な理由があるとした場合、それは定義上「差別」とは呼ばない』という発言を「莫迦なこと」と評しただけです。

 やり方としては下手で害悪だと思いますが、私はmacskaさんを莫迦だとは言っていないので、わざわざ莫迦のふりをする必要はありません。

  

差別に「良い差別」と「悪い差別」があるとすれば、差別というだけで「うしろめたさ」を感じることはないはず。「うしろめたさ」が差別につきまとうのは、「良い差別」という概念が成り立たないからであって、成り立たない概念を掲げた主張をすべきだと他人に押しつけるのは無茶苦茶。

 順番が逆でしょ?

 「正しいと思うのであれば」という前提で、「正しい差別」と言えばいいし「良い差別」と言えばいいと私が書いたの。

 後ろめたさが差別に付きまとって「良い差別」という概念が成り立たないと思うのであれば、それは「正しいと思わない」と言うことになる。お分かりになりますかね?

 私がそう思うという話ではないですよ。私は「良い差別」という概念だってありうると思いますよ。ただ概ねは「良い悪い」ではなく他の価値観に比較して負ける場合がほとんどだとは思うけれども。

 必要とあれば、また重ねて説明します。

  

だいたい、相手が「後ろめたさ」から「差別ではない」と主張している、と決めつけるのはおかしい。「差別と区別」というレトリックが差別の隠蔽によく使われるというのは事実だけれども、「売春者に対する蔑視発言は差別ではない」と言っている人たちは、ほんとうに全然うしろめたさを感じていないんだと思うよ。「差別ではない」という言明の裏にうしろめたさがある場合もあるけれど、そうでない場合だっていくらでもある。

 社会科学の全否定であれば、それは大枠で賛成するのですが、私は、その分析や理解に関して有益だとも判断しているので、利用はする立場です。何もわからないよりは仮定でもわかったほうがいい。

 で、まさか主観だけが理由じゃないよね? あまり本人の主観を理由に駄々っ子のようないちゃもんをつけられても返答に困ります。

 おそらく、二丁目の電気屋のご主人近藤武蔵さんも「社会契約説って、俺は社会と契約した記憶なんてないぞ」と思うかもしれません。これで近藤武蔵さん、ルソーもホッブスもロックも論破です。すごい。

 主観とかではなく、私よりも説得力のある説を提示されるなら、私はすぐに乗り換えますよ。

  

米国で昔あった奴隷制度というのは現代の基準では明らかに差別なわけだけど、当時の白人奴隷所有者たちのほとんどはそれを差別だとは認識していなかったよね。それは、かれらが奴隷制度をごく自然で当たり前のことと思っていたからであって、うしろめたさを感じていたから「差別ではない」と強弁していたわけじゃ全然ない。

 えっと、私は「差別概念」自体を、ここ数十年で広がっている新興宗教だと書いておりまして、ようやく先進国でかなり普遍的に広がってきた概念と思っています。

 鎌倉武士が「人権思想」を知らなくても莫迦だとは思いませんが、現代日本人が知らなければ莫迦だと思っています。なお、知ると信じるは違いますよ。

  

普通、バカというのは、論拠を述べずに自分の頭の中にある結論だけを繰り返す人のことだけどね。

 書いてあることも読めない奴も莫迦と言うよ。

  

 まぁ、煽り合いをやっても仕方がないんで、まとめると

 「言葉の言い換え」以外の「売春者を侮辱することは差別ではない」という主張が、メインストリームにあるのかどうか。

 「本人の主観は違う。無意識でした」とか、そういうのは問題外ね。私は無意識の人間に対して「お前は莫迦だ」と言っているわけですから。

 まともに取り合うべき理由として「売春者を侮辱することは差別ではない」という主張がメインストリームにあったならば、それは私の見落としで、改めて反論するなり、その主張を認めるなり、するでしょう。

 これをmacskaさんが「ある、ある、あるよ」と言うからには、きっとあると思うんで、素直に教えていただきたいとお願いします。

 正直いうと若干素直になれないのは、だったら最初から先のエントリにて、「コイツなんかはちゃんとした理由だ」と出してくれりゃいいのに、とは思うけど。隠している意図がわからない。出しゃいいんだから。

  

  

 で、yukiさん宛の部分からになるんだけど、*1

「売春婦に対する蔑視や偏見を言語化すること」が差別であるということがきちんと論証されていない。

 これさ、「売春者」ではなくて、「女」であろうとも「貧乏人」であろうとも「低偏差値」であろうとも「障碍者」であろうとも「黒人」であろうとも「ホームレス」であろうとも「前科モン」であろうとも、同じ発言するんですか?

 するならば、私は馬鹿馬鹿しいと思いますが、一貫していると思いますけど、そうでなければ、かなり自分に都合の良い恣意的な話ですよね。

 まさか、他はきちんと論証されちゃってないですよね? 隣の飼い犬が「女や障碍者を侮辱することは差別ではない」と主張しているんですが、こいつを納得させないと、きちんと論証されていないわけだよね。*2

 この根幹部分の「御都合主義」が、今回の問題点となっているんでしょ。

 それともちゃんと売春婦のみに通用する「こういう理由で差別ではない」と言える主張があるんですか?

  

ある行為が差別であることが自明であり、それを疑う人は差別主義者だという決めつけが非常に問題。なぜなら、そういう議論様式を用いればどんなに妥当な批判でも黙らせることが可能となってしまうから。

 なりませんよ。現に私は黙っていないでしょ。

 macskaさん自身も、差別は絶対悪だというイデオロギーに囚われすぎてるんじゃないの?

  

 「決め付け」だの「意識してない莫迦もいる」ではなくて、代案の説得力で勝負したほうがいいと思うよ。

 そっちに説得力があるなら、私は素直に転向するから。

  

 あと、yukiさんに対して、煽りになっちゃってることを一番心を痛めているのはmacskaさん自身でしょ?

 で、macskaさん、長いのは謝る。

  

  

 追記: http://d.hatena.ne.jp/macska/20070320/p1#c1174401045 コメントした

*1:*

*2:脚注追記3/20 13:30 http://d.hatena.ne.jp/macska/20070320/p1 エントリが追加されてたのね。というか、こんな程度の認識だったのか。主観について合意が必要なら最初から差別なんて一つも存在しないじゃないか。まさかとは思ったが、本当にこんな主張だったとは。参った。もうこれで世界中から差別は消えた。これぞ究極の逆転の発想だ