takminの書きっぱなし備忘録 @はてなブログ

主にコンピュータビジョンなど技術について、たまに自分自身のことや思いついたことなど

働きながら7年間かけて博士号を取得しました

昨日、学位授与式がありました。このタイミングを逃すと面倒くさくなってもう二度とブログを書かない気がするので、社会人博士を考えている方々の参考となるように自分の紆余曲折をまとめておきます(長文注意)。

進学までの経緯

1999年にコンピュータビジョン(以下CV)と呼ばれる分野で修士号を取得しました。この時の修論黒歴史です。
この時に自分は研究者に向かないことを痛感したので、まさかその後博士課程に進むことになるとは夢にも思っていませんでした。


就職後は外資系IT企業で、4年半ほどCVとはまったく関係ない分野(ITインフラ系)でSEをやっていました。
その後リストラを機に入社したベンチャー企業がたまたまCVの会社で、そこで自分の学生時代の専門がビジネスとして面白くなりそうだと感じ、この分野で飯を食っていきたいと思うようになりました。


その後ブラック会社勤務を経て、顔認識ソフトウェアを扱っている外資ベンチャーに入社したのですが、某検索の会社に買収されて2回めのリストラを食らいます。

それまでの業務は大学や企業の研究所で開発したCV技術の製品化やサービス化のためのシステム構築やプロジェクトマネジメントが主だったため、自分自身がアルゴリズムを考えたり作ったりすることはありませんでした。
そこで、リストラを機に「CVの研究分野全体を俯瞰できるようになりたい」ということと、「自分で最新の研究を理解/実装できるようになりたい」と思うようになりました。


幸い2回のリストラの退職金があったため、出身研究室の先生に2年間くらい本腰入れてCVを勉強し直したいと相談したところ、「そこまでキャリアがあるのなら、仕事を辞めるのはもったいない。社会人博士に進んではどうか?」という提案を受けました。

もともと研究者になるつもりはなかったため博士課程進学は考えてなかったのですが、ビジネスに片足突っ込みながら学業ができることに惹かれ、博士進学を決意しました。また、半分学業しながらの勤務を了承してくれた会社を見つけたことも大きかったです。

学位取得の流れ

私が所属していた慶応大学大学院理工学研究科の場合、博士号の審査は「1.受理申請」を出して、業績が審査を受けるのに十分かを判定し、「2.審査」で博士論文の内容が学位に相応しいのかを審査されます。

「受理申請」では、最低でも査読付きの国際学会での発表1回、査読付きの論文誌での採録2回の業績が条件でした。

「審査」では、まず「公聴会」で副査の先生方に対してプレゼンをし、博士論文の内容が学位に値するか審査され、その時の副査の先生方のコメントを元に博士論文を修正し、「最終審査」で修正した博士論文が学位に値するかどうかが決定されます。


進学から学位取得まで

2007年に博士課程に進学し、二足のわらじ生活を始めますが、同年に会社としては片手間で開発したはずの「顔ちぇき!」というサービスが大ヒットして、いきなり片方のわらじが脱げそうになりました。


2009年になんとか1本目の査読付き論文を通しますが、二足のわらじ生活に限界を感じ、退職を決意します。ただ、二足のわらじで他に雇ってくれる会社もなかろうということで、フリーランスとして独立しました。といってもはじめのうちは仕事も少なく、また研究のために積極営業はしていなかったため、ほぼ貯金だけで生活してました。尚、その後に投稿した論文は2回立て続けにRejectを喰らいます。


2010年に、結局3年間で学位取得が間に合わず、このまま学費を払うのももったいないので単位取得退学をしました。
また、この年に結婚をしました


尚、この時期に炎上案件に巻き込まれ、お金は入ってこないのに仕事に拘束されるという状態になり、結婚式等もあったため生活費が一気に厳しくなりました。このプロジェクトで「フリーランスの赤字案件は命にかかわる」ということを学び、以後仕事の受注方法を色々工夫するようになります。当然この時期は研究どころではありませんでした。


2012年のはじめ頃に、その後良いお仕事に恵まれたこともあって、ようやく金銭的にも落ち着いて来ました。しかし、既に学位取得のリミットギリギリで、正直このまま学業を続けるべきか本気で悩みました。その時相談に乗ってくれた研究室の後輩が背中を押してくれたお陰で、学業を続けることを決意し、仕事の空いた時間で研究/論文執筆を続けました。


その後投稿した論文もRejectされ、2回目に投稿した際、ようやくMinor Revision(若干修正すればAcceptにしても良い)となります。もしこの2回めの投稿論文がRejectだと完全にアウトでしたが、採録見込みということで、指導教員の先生がなんとか博士論文の受理申請をねじ込んでくれました。2013年2月のことです。


が、その後修正して投稿した論文がまさかのReject。もう駄目かと諦めかけたましたが、受理申請後1年以内に審査を受ければ良いという規定だったため、首の皮一枚つながりました。
しかし、その後投稿した論文もMinor RevisionからのRejectというコンボをくらい、その次に投稿した論文がAcceptされたころには、既に2013年9月下旬となっていました。


しかも既に12月末納品の仕事を請けてしまった後で、それに家族の体調不良なども重なり、死にそうになりながら博士論文の執筆を行いました。そんなこんなで11月に開かれた公聴会では、あまりの酷いプレゼンに会場を凍らせることとなりましたが、幸いにして博士論文の内容自体には大きな問題はなかったようで、その後若干の修正とプレゼンのやり直しで、どうにかこうにか2014年1月の最終審査をクリアすることができました。


進学して良かったこと

博士進学をした最大のメリットはキャリアチェンジに成功したことです。

もし博士に進学せずに転職していたとしても、相変わらず人の書いたCV技術のシステム/サービス開発やマネジメントをしていた気がします。そもそも仕事ではあまりコードを書いて来なかったですし、企業では自分のやりたいことよりも期待されていることを優先せざるを得ないので。

博士課程に進んだことで、企業からの要望とは関係ない、本当に自分のやりたい勉強の時間を確保することができました。また「博士課程」という肩書から人様に専門家として見られるようになることで、自然と関係する仕事が舞い込むようになりました。結果として、自分がやりたいことと人から期待されることが、ようやく一致するようになりました。

もちろん、当初の目的である「CVの研究分野全体を俯瞰できるようになりたい」ということと、「自分で最新の研究を理解/実装できるようになりたい」もある程度達成できたと思います。


もう一点のメリットとして、技術者やアカデミックな方たちとの人脈ができたことが大きいです。
私は社会人になってから学会や勉強会というものに参加したことがなく、今まで在籍した会社内でのつながりしかありませんでした。
しかし進学後に学会や勉強会などに参加するようになり、更に自分で「コンピュータビジョン勉強会@関東」を主催するようになったことで、技術者同士の横のつながりやアカデミックな人たちとのつながりが増えました。

正直居心地が良いです。

辛かったこと

あたりまえのことですが、博士課程は研究するために行くところであって、勉強するために行くところではありません。そういう意味ではそもそもの動機として間違っていました。が、上で書いたとおり、博士に進学しなければキャリアチェンジは難しかっただろうとも思います。

そのため、多くの人が博士課程で経験する苦労、例えば仮説/検証を繰り返すもなかなかよい結果が出なかったり、はまだ良かったのですが、その結果をうまく論文のストーリーに落としこむために多くの時間を使うことをあまりポジティブに捉えられなかった気がしています。


そして、社会人博士の最大の難関である時間の確保に、やはり一番苦労しました。会社やお客様からお金を頂いている以上、そして生活するためには、仕事の優先順位を上げざるを得ず、どうしても研究は「空いた時間」に取り組まざるを得ませんでした。ただでさえ、世界中の研究者との競争の中から新規性を出していかなければいけない「研究」という分野において、それまで研究とは無縁のキャリアを築いてきた人間が仕事の合間を縫って成果を出すというのは、なかなかに大変です。また論文の投稿結果がいつ頃返ってくるのか予想がつかず、忙しい時期に条件付採録で戻ってきたりすると、泣きそうになります。


社会人博士の中には仕事の内容を元に論文を書く人もいますが、私はこれが社会人博士として一番やりやすいケースだと思います。私の場合は仕事の内容と研究が(特にサラリーマン時代は)まるでリンクしておらず、いちいち頭の中身を切り替えるのも相当な苦労でした。実は私も「顔ちぇき!」で論文を書かないかと言われたこともあるのですが、別に学位取得のためだけに進学したわけではないので、あくまでやりたいテーマにこだわりました。おかげで論文を通すまで大変な苦労をしましたが、それについて後悔はしてません。

今後のこと

今までどおり、当面はフリーランスを続ける予定です。なので、あまり学位取得のメリットというのはないかもしれません。

とはいえ、「博士」という学位はいわば「専門家」のお墨付きであり、顧客に対する安心感になるんじゃないかな、とは思います。
また、私は今までの経験を活かして、フリーランスとしてアカデミックとビジネスの間を繋ぐ役割を担っていきたいと思っており、その際「博士」という肩書はアカデミックの側にも「研究ができる人」という信頼感になると期待しています。


イメージとしては、主に中小/ベンチャー企業のための「技術の町医者(ドクター)」として、顧客に対して気軽に技術的な相談に乗り、顧客の抱える問題に対し診断を下し、自分で治療できる時はオープンソースなどの診察道具を駆使して治療し、必要があれば最先端の専門医(大学の研究室)を紹介するようなことをやっていきたいと思っています。
ここらへんについてはこのエントリに書きました。


いずれにせよ、博士進学によってようやくやりたいことでお金を稼げるようになり、アラフォーにしてようやくスタート地点に立てた気分です。


というわけで、特殊な事例かもしれませんが、社会人博士に興味ある方々の参考になれば幸いです。
私は社会人の博士進学にはそれ相応の覚悟が必要だと思っています。世の中には気軽な気持ちで社会人博士進学を煽る人たちもいるので、気をつけて下さい。


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2018/12/04追記
「アカリク アドベントカレンダー2018」の4日目に転載されました。
リンクURL:https://adventcalendar.acaric.jp