塔ノ岳に登る

昨日は一年ぶりに日帰りで山に登ってきた。行き先は相模湾を見下ろす丹沢大山国定公園の塔ノ岳(1491m)。ここ数年、この時期に登るのを年中行事のようにしている山だ。最初に登ったのが中学生の頃なので、30年以上前のこと。もう何十回登ったかしれない場所だ。


しかし、今回は難儀した。途中から足裏の筋肉がつりそうになり、下り坂では左足の膝が痛くて右足に体重を預けるようにしてこわごわと歩いた。膝の違和感は一昨年ぐらいから存在しており、昨年には少し気になるのでMRI検査も受けてみた。その時には「異常ありません」と言われて安心したのだが、最近は自転車を坂道でこぐと明らかに左膝が痛い。心配がないわけではなかったが、コースタイムで6時間、標高差1000m程度の勝手知ったる場所だからと甘く見ていたのは間違いない。いやぁ、辛かった。


尾根筋に出ると夢のような雪の富士が待っていた。写真帳の方にアップしたのでよろしければご覧ください。
http://blog.goo.ne.jp/taknakayama/e/b09e683e34d0b1d23dc57a5acfedca50


帰り道、足を引きずり、引きずり降りていると、ヘリコプターの音が聞こえてきた。風の音と鳥の鳴き声しかない世界ではヘリコプターの機械音の異質さは際立つ。ところが、それはどんどん僕の方に近づいてくる。機体が思いがけないほど間近に表れ、どんどんこちらに近づいてくる。気がつくと、僕が降りている道の、すぐ真下に銀のシートを広げて場所を知らせている中年の数人組がいるではないか。ヘリコプターはそのまま着陸するのではないかと思われるほど低空まできたかと思うと、中空からオレンジの服の救急隊員がロープにぶら下がってするすると降りてきた。


道の脇に寝かされていた遭難者の方は定年退職前後の年齢の方で、意識はまったくなく、深刻な状況であることは一見して分かった。ヘリコプターが巻き起こす強風と土埃、猛烈な爆音のなか、簡易担架に乗せられて救急隊員と体を結びつけた遭難者が吊り上げられ、彼方へと去っていくと、痛いほどの静寂が戻ってきた。


滑落事故に遭うような場所ではないから、体調の不良以外にはあり得ない。僕も狭心症の患者なので人ごとではない。この歳になってくると単独行は危険だとは思っていたが、年配の方の事故を目の前で見せられると考えさせられる。それから1時間をかけて麓のバス停に辿り着いた時には、足の痛みはますますひどく、やっとのことで帰り着いたといった案配だった。そろそろ山登りとは縁のない生活を考えなければいけないのだろうか。人生には、こうした小さな終わりの瞬間が積み重なるのを最近感じる。それはおそらく新しい人生のあり方が始まるサインなのだ。そういう風に前向きに受け取ることがよく生きることなのだと、これも最近考え始めている。


以下、写真をアップしました。


ここに行きました

我が家のマンションから眺めた前日の丹沢大山国定公園。赤い矢印のところにちょっと見えているピークが塔ノ岳(1492m)。今回は沢筋から登山客のほとんどいないルートで稜線に登り、青い矢印で示した大倉尾根を下ってきました。




林道を歩く

今回たどったコースは途中まで林道を1時間半歩き、尾根筋を目指す。林道を歩くのは退屈なので、その先にある沢を登る人たち以外には登山客は少ない。



帰りに降りる予定の大倉尾根の稜線が左側に見える。




源治郎沢F1

林道が終わると戸沢出合と呼ばれる場所で、ここには沢登りで賑わういくつもの好ルートがある。その一つが源治郎沢。その出合にかかるF1(沢登りをする人たちの間では、ルートの下流から主だった滝にF1、F2の番号を付けるのが習わしになっている。FはFallの略)。5mぐらいの小さな滝だ。
実は、この沢を登ろうかと思ったのだ。沢登りのルートとしてはごくやさしい初級のルートで、簡単に登れる、はずだった。ところがどっこい。写真左の壁を登ろうとしたら、怖い。足下がふらふらして滑りそう。壁にとりついて数秒後に「これは無理だ」と直感した。たぶん登っていたら、あっという間に事故を起こしていただろう。昔は上越南アルプスの、中級クラスの沢を歩いてい記憶だけが残っており、丹沢の初級クラスの沢なら、ヘルメットなどの装備がなくてもふつうの道を歩くのと同じように登れると安易に思いこんでいたのが大きな間違いだった。ちょっと、いや、相当危なかった。




眺望のある場所まで登ってきた

初めて眺望が開ける場所まで来た。標高1000mぐらいだろう。帰り道になる大倉尾根の向こうに箱根の山が霞んで見える。その左は相模湾なのだが、昨日ははっきりとは見えなかった。






稜線にたどり着く

辿り着いた丹沢表尾根と呼ばれる塔ノ岳へ通じる稜線。ここは丹沢一の人気ルートなので、一挙に登山客の姿が増える。目の前の道をたどって塔ノ岳まであと50分ほど。山麓は春まっさかりだが、千メートルを超える一帯にはまだ新緑はとどいていない。






山頂に着いた

塔ノ岳の山頂には山なりの登山客。ちょうど12時すぎ。多くの人たちが富士山を眺めながらランチを食べていた。



南アルプス

富士山の右隣に広がる南アルプスの山々。写っているのは白峰三山(しらねさんざん)。右が富士山に次ぐ日本第二の高峰である北岳(3192m)。真ん中が間ノ岳、左が農鳥岳。どれも三千メートルを超す我が国屈指の名峰揃い。北岳は個人的にはもっとも好きな山。高校生の頃、秋の連休に登って山頂で景色を眺めていたら、横からさかんに話しかける人がいる。5分ぐらいしてまじまじと顔を見たら、一ヶ月ぐらい前に赴任してきた新しい山岳部の顧問の先生だった。



その右側にもうっすらと山が見える。肉眼ではよく判別できないが望遠レンズで確認したら、鳳凰三山甲斐駒ヶ岳。甲斐駒はサントリーの水の広告で背景に使われ続けている。麓にサントリーの工場がある。鳳凰三山はともかく、甲斐駒が岳は僕の足では二度と登れないだろう。しかし、苦労の甲斐がある絶景が待っている。山頂でブロッケンの妖怪を見たことがある。甲斐駒に登ったのは大学生の頃。鳳凰三山は高校一年生の春休み。自分の過去と対面しているよう。




緊急事態

先に書いたとおり。この直後、ホバーリングするヘリコプターからレンジャーが降りてきたが、この後はとても写真など撮っていられなかった。





平安

大倉尾根は標高差1000mの単調な登り下りが7キロ続く。あまりの単調さに「馬鹿尾根」とあだ名されているが、堀山と名付けられた中間地点の辺りはなだらかでとても美しい樹林が続いている。昭和の終わり頃に植林されたもみじなのだ。