アマオケでワーグナーの楽劇を聴く

今日は高校時代からの友人であるかわい君にお誘いいただいて東京アカデミッシェカペレというアマチュアオーケストラの定期公演を聴いてきた。彼自身アマチュアオケのトランペッターであるかわい君のお向かいに引っ越してきたご夫婦が、このオケのメンバーとのことで、お隣さんのよしみでご招待となった由。僕はそのお相伴にあずかった格好である。


曲目を聴いて驚いた。「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第3幕を演奏会形式でやるというのだ。2時間以上、旋律がとぎれずに続くワーグナーを弾ききるのは技巧的にも精神的にも生半可ではないはずだ。僕はオケをやった経験などないので想像するだけだが、きっとマラソンやるみたいなもんだろうなと思った。この楽団は合唱団も備えていて、自前で合唱付きの管弦楽曲が出来てしまう。そんな事前知識で演奏が始まった。場所は錦糸町すみだトリフォニーホール。新日フィルの本拠地だ。


いやー、まいった。アマオケがこんなに上手でいいのというほどうまい。弦のうまさは今まで聴いたアマオケの演奏会の中でもかなりのものだ。管楽器もたいしたもので、例えばハンス・ザックスがトリスタンとイゾルデに言及する下りで、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」のモチーフが出てくるところのクラリネットオーボエの合奏など、そういう音を聞かせて欲しいという音色と謳い回しにうっとり。セクションによって強い・弱いがあってしかるべきアマオケで、ここまでまとまった音作りができるのは、いったいどういう人がどんな風に集まっているんだろうと思った。ご自身が数十年アマオケをやっているかわい君によれば、核となる人の質でアマチュアの場合はまったく違ってくるという。たしかにN響のベテラン奏者がコンマスを引き受けて指導している緑弦楽合奏団を思いだしつつ納得する。


合唱も上手だし、独唱者も実績を持つプロの先生を並べて盤石の構えだった。僕は声楽のことは全然知らないが、ワルターを歌った水口聡さん、ベックメッサーの萩原潤さんのお二方には、「プロフェッショナル聴いた〜」という満足を与えていただいた。同じ人間とは思えないという意味では、スポーツ選手の動きを見るのと同様の感動が人の体を楽器とする歌にはある。


指揮はワーグナー指揮で有名な飯守泰次郎さん。会場で配られたすごく立派なパンフレットに掲載されている演奏会記録を見ると、ここのオケは飯守さんの他にも、山下一史、井上道義沼尻竜典、ゲルハルト・ボッセ、金聖響、阪哲朗、小泉和裕、高関健、広上淳一といった一流の指揮者がタクトを振っている。すごい。いったいどうなっているんだろう。


演奏はアマチュアのトップクラスの質の高さを知らしめるような素晴らしさだったが、しかし正直に言うと個人的にはワーグナーの楽劇は気分的に疲れる。マイスタージンガーの最後、「ドイツ芸術万歳」のメッセージで締めくくられると、別にそんなところでムキになって否定しにかかるつもりはないが、「うーん、それって何なんだろう」と思ってしまう。音楽とは関係ないところで意識がそよぐオペラはちょっと面倒くさい。


公演後、タリーズで中年二人組お茶をすると、話は日常の憂さに触れないわけにはいかない。十分前の「ドイツ芸術万歳」との落差こそ「何なんだろう」だ。ともかく、予想もしていなかった熱演を体験させていただき、今日もいい勉強をした。かわい君どうもありがとう。そして、東京アカデミッシェカペレの皆様の眼に触れることがあれば、ひとこと「どうもありがとうございました」とお礼を言っておきたい気分である。