『ブログ誕生』 ブロガーが作ったブログの本

発端は板東慶太さん(id:keitabando)のメールだった。面白そうな本があるという。アメリカのジャーナリストが書いたノンフィクションで、ブログが米国で開発され、普及していく様子を描いた一冊らしい。すぐ取り寄せて読み始めた。前書きと第1章を読んだところで、これは自分の手で日本の読者に紹介したい本だと思った。

その直後、坂東さんとこんなチャットのやりとりをした(勝手に引用するけど、坂東さん、許してくださいね)。

わたし: ところで坂東さんにお勧め頂いた洋書があるでしょう。「say everything」というブログの本。現物がやっと私の手元に届いていま見始めているところなんです。それでひと言お礼をと。
坂東さん: おお!
わたし: まだちゃんと見ていないんですけど、これはいい本ですね。
坂東さん: ですか?!
何か、あの時の中山さんにピッタリな感じがしてw
読んでない僕がオススメするのも何でしたが、、
わたし: ははは。
またMe2.0のときのようにブログやtwitterで話題になって、お金の競争になると、うちのような弱小出版社はアウトなので、いまひやひやしながら、早くオフォアーを出したいと思い始めています。

このやりとりには去年の9月1日のスタンプがある。それから、地球が太陽の周りを一回と4分の1周。日々のルーチンワークをこなし、電車を何百回か乗り降りし、ビールのジョッキを何百杯か空け、ブログを何十回か書き、ブログの仲間と何度かのシュンポシオンを重ね、そうした日常を送りながら、つまり倦怠と哄笑と、墜落と高揚とを繰り返すうちに、気がつけば当の書籍の日本語版を日本の読者に送り出すことができる日が来た。

邦題は『ブログ誕生 −総表現社会を切り拓いた人々とメディア』。翻訳は、この夏に出た『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』(日経BP社)が大ヒットしている井口耕二さん。僕は編集の実務能力は持ち合わせていないので、実際の本づくりは勤め先の二人の編集者、神部さんと植草さんに担当してもらった。二人には最大限の感謝を送りたい。

内容だが、デイブ・ワイナー、ジョーン・バーガー、エバン・ウィリアズなど、ブログの誕生と発展に寄与した著名人や著名ブログの動きを丹念に追いかけ、この新しいメディアがさまざまな毀誉褒貶をくぐり抜け、世の中に受け入れられていくさまを描いた本だと考えていただければ間違いない。僕自身は、ブログが米国でどのように発展していったのかなど、まるで知らなかったので、ほとんどすべてが新しい情報で実に面白かった。そこには、シリコンバレーのフロンティア精神があり、日本にはない個人の強さがあり、旧来の社会の仕組みとのぶつかりあいを前向きにとらえる社会の意思がある。ブログという分野を通じて見えてくるのは、我々がどこかで見たことがある、たくましい米国の姿である。

と同時に、この本で紹介されているブロガー間の言い争いや、いわゆる炎上や、実名で実生活を記述することから生じるリスクなどは、我々日本のブロガーにとってもおなじみの事柄ばかり。いったいどこの国の話だろうといぶかしく思うほどに、似たような問題は起こっているんだなと思うと、なんだかおかしくなる。おかしくなると同時に、最終的にそれらシステムやサービスから必然的に生じる問題をいかに解決していくか、その細部をたどってゆくと、社会や文化の違いがもたらす帰結の差異に改めて瞠目するのも事実だ。その二つの気持ちを行き来しつつ、改めてブログのことを考える。自分の日常を形作る重要な要素としてのブログについて、再度思いをいたす。

すでに書いたとおり、この本の編集は二人の優秀な編集者が担当してくれたし、翻訳には実績を持つ手練の翻訳者がその任にあたってくれた。だから、僕自身はほとんど何もしないまま本が出来上がるのを待っていたというのが正直なところだ。それでも、いまかいまかと、この時を待ち焦がれてきたのは、坂東さんから原書を紹介して頂き、僕自身が会社の中で企画を通したということに加えて、ブロガーとしての自分ならではの思い入れが本書にあるからに他ならない。

その思いを背負ってくれているのは、『ブログ誕生』という邦題である。これは、企画作成時に付けた仮題だが、絶対にこのタイトルだけは死守するぞと心に決めていた。社内のタイトル会議は問題なく通過したが、思いもよらなかったことながら、原著者から「あまりに原題からかけ離れているので変更してほしい」と迫られてしまい、あわてて「死守」のための理屈をあれこれと書いて米国に送りつけた。今となってはいい思い出だ(ちなみに原題は『say everything』)。

このタイトルは、この本がブログ誕生の時代から現在に至るまでの流れをレポートしているということと同時に、この10年はこれから続く次の10年、20年、100年を考えたとき、いまだに「ブログ誕生」の時である、本当の定着、変化が起こるのはこれからだという事実にあらためて思いをはせたいという個人的な思いを反映している。

それがどこから来ているのかと『ウェブ進化論』のサブタイトル「本当の大変化はこれから始まる」なのだと思う。僕自身、『ブログ誕生』というタイトルを思いついたときに、そのことを必ずしも意識していたわけではないのだが、「本当の大変化はこれから始まる」という気持ち、だからいまはまだ「誕生」の時なのだという気持ちは常にそこにあった。刊行前の会議で決まった「総表現社会を切り拓いてきた人々とメディア」というサブタイトルは、あからさまに『ウェブ進化論』と梅田望夫さんへのオマージュである。このブログの読者には今更ながらの解説になってしまうが、「総表現社会」は、『ウェブ進化論』で提示され広まった言葉だ。

パソコン通信時代からのネットユーザーで、ご自身がブロガーでもある井口さんによって現実のものとしていただいたわけで、「ブロガーによるブロガーのためのブロガーの本を世に送りたい」という職場では一言も漏らしたことはない欲望は、とにもかくにも、ここに結実することになった。

本当であれば、このブログを通じて知り合ったすべての皆さんに本書を送りたいところだが、残念ながら勤め人としての僕の立場はそれを許さない。代表として坂東さんに献本をさせて頂いた。ページ数がかさみ、定価2,800円という安くはない書籍になってしまったのが悔やまれるが、ぜひ一人でも多くのブロガーの皆さんに手にとってもらえればと切に願っている。おそらくこの週末には主要書店の棚に並んでいるはずだ。