2012-01-26
■[ネット技術] 運命に翻弄されたIPv6
「IPv6の利用が広がれば,あらゆる人や街が有機的にネットワークにつながる。このような世界を実現することにかけては,日本企業が一番だ。IPv6への取り組みで先行すれば,インターネットで独り勝ちしている米国を追い抜くこともできる」。
2000年12月18〜19日に大阪国際会議場で開催されたイベント「Global IPv6 Summit in Japan」で,ソニーの出井伸之会長兼CEO(最高経営責任者)は次世代プロトコル「IPv6」の可能性について語った。
これは2001年の日経コンピュータの記事だ。
私はまさにこの「Global IPv6 Summit in Japan」に参加していた。出井さんがこのような技術者の会議に現れたことにまず驚き、そこでソニーの全製品をIPv6対応にすると宣言されたときに再度驚いた。
出井さんの発言が当時もっとも注目されていたが、出井さんだけでなく、多くの人が「IPv6で日本が最先端のIT国家になる」と信じていた。多くの企業がこぞってIPv6への投資を行った。
以前書いた「 IPv6への投資を無駄にしないために」で現在の日本におけるIPv6展開の問題点を解説したが、私はそもそもIPv6に対しての取り組みに無理があったのではないかと考える。今から見ると、この無理な取り組みは、歴史に、そしてさまざまな時々の状況に翻弄された結果であることがわかる。
キラーアプリケーションをさがす日々
当初、日本のIPv6はインフラが先行した。もちろん全体から見ればごく一部であるし、一般ユーザーが利用できるものではなかった。だが、実証実験の形で、もしくは企業ユーザー*1向けとしてのIPv6の商用接続サービスが、それこそ世界に先駆けてスタートしていた。
インフラは用意できそうだということになり、次はソフトウェア側に目が行く。OSが、そしてアプリケーションがIPv6に対応する必要がある。次の記事はその様子を解説するものだ。2002年の記事だ。
キラー・コンテンツが待望されているIPv6
<中略>
IPv6の普及にあたっては,IPv6網の整備が先か,IPv6で使えるコンテンツ/アプリケーション/サービスの整備が先かという,いわゆる“にわとりと卵問題”が議論されてきた。IPv6網がないからIPv6コンテンツ作成に踏み切れない。あるいは,IPv6コンテンツがないからIPv6網を作れないというジレンマがあったのである。
2001年には一部のインターネット接続事業者(ISP)が相次いでIPv6サービスを始めた。とはいえ,インターネット全体から見れば,普及にはほど遠い状況である。それもそのはずで,今までは,「IPアドレス個数の制限が事実上ない」というIPv6のメリットを訴求できるアプリケーションがなかったのである。
にわとりと卵。どっちがどっちだかわからないが、ソフトウェアとしてのOSベンダーやアプリケーションベンダーへの期待も大きかった。
たとえば、マイクロソフトは当初、Windows 2000用にMSR (Microsoft Research) の提供する実験用のIPv6スタックしか無かった。これだと公式サポートが提供されない。やっと次のOSであるWindows XPでIPv6が標準機能として提供されるようになり、OSは用意できた*2。OSの次はアプリケーションということで、IPv6アプリケーションコンテストが開催された。
IPv6アプリケーションコンテスト自身は面白い試みであったが、キラーアプリケーションはついに現れなかった。ただのインターネットの下位層のプロトコルを活かすようなアプリケーションはそうあるものではない。また、あったとしても、にわとりと卵問題と言う通り、すべてのユーザーが利用できるかどうかわからない技術やインフラに依存することは避けられた*3。
P2Pに期待するも
実際には、IPv6のグローバルにユニークとなるアドレスを利用したアプリケーションはあった。P2P(Peer-to-peer)アプリケーションがそれだ。一時はP2P Conferenceなどをはじめとして多くのカンファレンスも開催され、さまざまなアプローチが議論されるほど、将来性のある技術として期待されていた。だが、ファイル交換という当時の典型的なユースケースばかりが取り上げられるようになり、ネガティブなイメージがつきまとうようになる。
最終的に引導を渡したのがWinny事件だ。Winnyの技術的な先進性などは当時から指摘されていたが、P2Pに関わる技術開発や研究を行うと、Winnyをはじめとするファイル交換アプリケーションの悪用やそれを利用したウィルスに常に言及されるという風潮になった。
日本以外でも状況は同じだった。
マイクロソフトはWindows Peer-to-peer APIを提供し、Windows上でのP2Pアプリケーションの開発を促進しようとした。しかし、残念ながら、このAPIを使ったアプリケーションは多くは現れなかった。Teredoと呼ばれるトンネル技術を使って、NAT配下にあるWindowsでもIPv6通信を実現できるようにしたにもかかわらず。ちなみに、この技術を使った3°(スリーディグリーズ)はIPv6アプリケーションコンテストで村井賞をとっている。
実際には、海外のP2Pは当時は必ずしも表舞台で大成功はしなかったが、その後さまざまな形で現在の技術を支えるものとなっている。十分海外勢に対抗できるような下地があっただけに、日本においてはWinny事件の影響が本当に残念である。
昨年の3月11日の震災時を思い出しても、キャリア側の基地局がダウンしたり、通信を制限したことにより、被災地ではネットが使い物にならなかった。だが、IPv6のリンクローカルアドレスをうまく使いメッシュネットワークを作るようなアプリケーションはできないのだろうか。実際、2005年のIPv6アプリケーションコンテスト アイデア部門の最優秀賞はそのものずばり「IPv6 Enable on Tsunami Early Warning System」である。
審査員の声として次のように言われている。
審査員の声 :
このアイデアに代表されるように、IPv6を使った実用性の高いサービスも考えうる状況であったにもかかわらず、実用に結びつくようなものが少なかったのは非常に残念である*4。
母さん、僕のあのインターネット家電はどうしたでしょうね? ほら冷蔵庫や電子レンジがIPv6をしゃべるやつですよ
P2P系以外に当時の日本のIPv6で盛り上がっていたのが、インターネット家電がある。現在でもWeb上に当時の記事や論文が残っているので興味ある人は検索してみて欲しいが、家電各社が通信・放送機構(TAO)*5などからの研究委託を受けるなどして情報家電の研究開発を行った。
郵政省の外郭団体である通信・放送機構(TAO)が2001年度,次世代インターネット・プロトコル「IPv6」(internet protocol version 6)の研究・開発の支援に乗り出すことが明らかになった。ターゲットは情報家電のIPv6化。TAOが政府から出資を受け,それをもとに民間企業・研究機関などのIPv6家電の開発に助成する。人件費5000人月,サーバー60〜70台,端末120台を想定し,予算規模は80億5000万円。
助成の対象は情報家電の開発のほか,“白物”家電の開発や,これらの機器を実際にネットワークに接続する実証実験も対象とする。すでに郵政省の肝いりで設立された業界団体「IPv6普及・高度化推進協議会」が大規模な家電のIPv6化の実験を開始することが内定している。
これは一部であるが、この研究だけで80億円。今だと事業仕分けの場でねちねちと追求されそうなプロジェクトに見えなくもない。冷蔵庫や電子レンジがIPv6通信を行い、ドラえもんがいた未来のようなキッチンを実現する。実験だけでなく、実際に売りだされたものもあった。
現在、家電でインターネット通信を行うものとしては、テレビがある。聞くところによると、カタログなどでは明記していないが、IPv4/IPv6のデュアルスタックで動作するものも多いらしい。この実証実験の成果などが活きていることを信じたい。
Webアプリケーションの普及
話が少しずれたが、P2Pがキラーアプリケーションにならない中、さらにIPv6を推す側から見ると想定外のことが起きる。それはWebアプリケーションの台頭だ。
IPv6のキラーアプリケーションとして考えられるものは、クライアント/サーバー形式のアプリケーションではなく、エンド端末(ピア)同士が直接通信するものだ。Webのモデルはそれには完全に反する。今でこそ、Webにおいてもピア通信の考え方が出てきているが、当時は基本的にピュアなクライアント/サーバーモデルだった。また、Webは基本HTTPという、言ってみればファイルの通信を行うだけの単純なプロトコルで支えられており、IPv6により提供できると考えられる付加価値はあまり必要ない*6。
IPv6のアプリケーションを考える際は、このようなWebのモデルは過渡期のものであり、リッチなクライアントによりインターネットのアプリケーションはもっと発展すると考えられた。だが、予想は見事に裏切られる。
AJAXにより、ブラウザの中で見事に対話性を実現するアプリケーションが可能となったのだ。Googleマップ、Gmailなど、またたく間に市民権を得ていく。
気づくと、ユーザーがインターネットにアクセスする場合、使うアプリケーションはブラウザのみと言っても過言でない状況になった。
この時点でユーザーからすると、IPv6を利用しなければいけない理由はほとんど無くなった。
これが2000年当初から今にいたるIPv6の歩みだ。かなり私見が入っていることは認めるが、そんなに外れていないのではないか。
私は誰が悪いとかここで言うつもりはない。2000年前半にさまざまなIPv6関連の活動に関わったものとして、言うならば私も戦犯だ。それよりも、以前のブログ記事と言うことは同じであるが、今までのさまざまな投資を是非無駄にしないで欲しい。先頭走っているつもりが、気づいたら最後尾なんて悲しすぎる。戦友たちが泣いている。
手段と目的の混同
冒頭のソニーの話を例にとり考えてみると、思うに手段と目的を混同したことが問題だったのではないだろうか。IPv6を使うことが目的ではなく、情報家電としての考えうる世界があったのだろう。その実現手段としてIPv6があるべきであった。だが、当時は命題としてのアドレス枯渇問題があり、そこにさまざまな企業や団体、人々の思惑が重なった。アドレス枯渇問題解決だけでなく、そこに産業復興などほかの色気が出てきた。その結果がこれである。
いや、これは言い過ぎかもしれない。次の記事を見て欲しい。
放送も含めたオール・ネット化を確信したソニー,IPv6が日本を救う? - 記者の眼 : ITPro
コンテンツからサービス、そしてハードウェアまでをすべてIPインフラをベースにして統合する。ソニーならできたかもしれない。確かにすべての事業を持っていた。だが、これはソニーならばAppleの台頭を阻止できたかもしれないというのと同じくらいの仮説に過ぎないし、それが現実ではなかったことをすでに知っている。
結局、10年かかってわかったことは、IPv6はアドレス枯渇問題を解決するために必要なものであり、それ以上でもそれ以下でもないということだ。IPv6により拓かれる未来などはなく、IPv6はそれがないと未来が来ない可能性があるための税金のような技術だったのだ。
私の10年前のプレゼンなどもネットのどっかに転がっていると思うが、「IPv6により切り拓かれる未来」と言っているはずだ*7。戻れるものなら戻って、小一時間問い詰めたい。あぁ、タイムマシンにお願い。
実は、さらに皮肉な状況がある。IPv6ならではの機能を用いたサービスは結局来なかったと言ったが、現在のフォールバック問題を産んでしまっている、NTT東西地域会社の閉域網内のサービスこそがいわゆるIPv6を用いたサービスなのである*8。問題を産んでしまっている環境にのみ、10年前の我々が夢見た世界が広がっている。なんとも皮肉なものだ。
*1:主に研究機関だったのではないかと記憶する。
*2:実際には機能など足りず、不具合などもあるものであったため、正式にサポートできたと言えるのは、Windows Vistaからであると言うほうが正確である。
*3:ユーザーの利用しているOSがIPv6対応になっていることが必ずしも期待できるわけではなく、インターネットへの接続でIPv6が利用できることも期待できないという意味。
*4:センサーネットワークの現状などは不勉強にして知らないので、実際IPv6が使われているようでしたら教えて欲しい。
*6:実際にはAJAXアプリケーションは複数のセッションを張るため、キャリアレベルでNATを用意されてしまった場合には多くの不具合が生じる。
*7:このブログの中で検索するだけでも、結構恥ずかしい過去記事が見つかる。http://d.hatena.ne.jp/takoratta/archive?word=ipv6
2012-01-23
■[ネット技術] はてなが好きだ 〜 ダイアリーとブログの狭間で 〜
私は はてなが好きだ。
前職のころ、当時近藤さんの書いた「『へんな会社』の作り方 常識にとらわれない『はてな』の超オープン経営」という本を読んで、えらく感銘を受けた。多くの情報を外部に対してさえ共有することの背景や技術者が自由に開発するための工夫、ユーザーを中心にした製品開発の考え方など、どれもが大変参考になった。今思えば、Googleやほかのネット企業なども同じような企業文化を持っていたのだと思うが、それでも「へんな会社」であることを厭わず、すべてに対して疑問を持ち、新しいことを工夫する。そんな会社がとても輝いてみえた。
自分でもはてなダイアリーにブログを開設し、はてなブックマークでブックマークを共有した。最近でこそやらなくなってしまったが、人力検索はてなでも積極的に回答をしていた。はてな社内の勉強会がポッドキャストで提供されていたように記憶するが、それも聴いていた。
TwitterとかFacebookなどが出てきて、ブログを書く頻度も減ってしまっていたが、それでも量のある文章ははてなダイアリーに書いている。それくらい、私は はてなが好きだ。
はてなユーザーははてな村住民と言われることもある。それはちょっと癖のある人たちという意味であったり、偏りがちな集団であるという意味であったりするのだろうけれど、わからなくもない。時として、そのような偏った議論を見ると悲しくなることもある。だが、それでも私は はてなが好きだ。たとえ、自分が「死ねばいいのに」タグをはてなブックマークでつけられたとしても、私は はてなが好きだ。
当初クローズドベータとしてリリースされたが、今では誰もが使うことができる。
はてなダイアリーはブログとしては癖があった。なので、新しいブログシステムを開発するのは正しい選択だと思う。今の時代のブログを改めて提供する。1ファンとしても嬉しく思うし、応援したい。
自分でも使ってみたい。だが、すでにはてなダイアリー以外にもBloggerでブログを持っている。FacebookやGoogle+でまとまった量の文章を書くこともある。これ以上ブログを増やすのは無理だ。
それよりも、もっと不安になることがある。はてなダイアリーの今後だ。すでに私の周りでも心配な声があがっている。すぐにサービスが停止されることはないだろうが、新しい機能追加などはそう期待できないのかもしれない。私も製品の開発を担当しているからわかるが、ユーザーのことを考えても、いつまでも類似の2つのサービスの開発/保守を両立させることはできないだろう。これを気に、WordPressで自分でブログを立ててみたとかいう話も聞こえてくるが、私はそんなことは考えていない*1。私は はてなが好きだ。
はてなダイアリーからはてなブログへの移行も計画されていると聞く。はてなダイアリーには過去の投稿をエクスポートする機能があるので、はてなブログ側でそれをインポートするような形になるのだろうか。
私は移行に加えて、既存のはてなダイアリー側からのリダイレクトを切望する。ある私の過去記事のURLを表示しようとした時に、移行後のはてなブログの当該のページにリダイレクトされる。トップページもそうであるが、各ページがすべてリダイレクトしていれば、昔の記事がどこかにブックマークされていたりした場合や過去のTwitterのツイートに含まれたりしている場合でも、迷子になることはない。
さらに贅沢を言うならば、同じ会社のサービスなので、はてなブックマークについては中のURLを移行後のはてなブログのURLに変えて欲しい。そうすると、昔のはてなブックマークのエントリーであっても、移行後のページをポイントすることになる。また、移行後のページのURLではてなブックマークしても、以前のはてなダイアリーのページのURLでブックマークしたものと同じものと判断されるので、以前のコメントなども参照できる。
と、ここまで書いて気づいたが、結構これは大変だ。リダイレクトにはシステムの負荷もかかるだろう。ユーザーとしてもここまで本当に必要かわからなくなってきた。中の人の仕事を無駄に増やしてしまってはいけないのかもしれない。
これは一意見に過ぎないが、はてなダイアリーの今後について知りたいかなと♪
私は はてなが好きだ。
*1:今のところ
2012-01-17
■[ネット技術] Twitterのお気に入りはなんのため
未だにTwitterのお気に入り(Favorite)の使い方を決めかねている。
Twitterだけではなく、ブラウザのブックマーク/お気に入りも基本的には使い方は2つある*1。永続的に記録したいものと、一時的に記録しておきたいものだ。後者は「後で読む」的な使い方と言ったほうがわかりやすいだろう。
Twitterでも自分のタイムラインなどで気に入ったツイートは特に考えることもなく、このいずれかの目的でお気に入りに登録していた。だが、どうも使いにくい。
永続的に記録するものとしては、大量に登録した後のお気に入りを探し出すことは極めて難しい。Twitterの既定のユーザーインターフェイスからは過去にさかのぼって探すのは苦痛を伴うし、検索機能も機能しないように思う。ラベルやタグで管理することもできない。favlogのようなものもあるので、そのような外部サービスを使うというのはあるだろう。
だが、自分の中では、こんなもんだと諦めてしまって、もっぱら後者の目的でお気に入りは使っていた。つまり、「後で読む」ためだ。後で読んだ後には目的を達したので、お気に入りを外していた。
だが、現在のTwitterには自分のツイートがリツイートされたりお気に入りに登録されたりすると、通知する機能がある。つまり、自分のツイートがある人にお気に入りに登録されたのが、しばらくすると外されているということに、ツイートした人が以前よりも気づく可能性が高いのだ。
そんなこと気にしなきゃ良いのだが、ホスピタリティあふれる私 (^^;;; は、他者に不快な思いをするような操作は出来るだけ避けたい。
というようなことを考え出すと、はて、どうやって使うのが良いんだろうとか考えてしまう*2。Twitterのヘルプセンターの記事も基本的な使い方しか書いていない。
さらには、ふぁぼったーなどのサービスの存在やTwitterの人気ツイートなどでもおそらくお気に入りに登録されているかどうかなどがシグナルとして使われていることを考えると、お気に入りに入れることは自分のためであり、それが集合知になり使われることになる。たった1人がお気に入りに入れたかどうかなどはノイズのうちだから、これまた気にすることはないのだけれど、やっぱり少しはそんなことも頭をよぎってしまう。
Facebookの「いいね!」やGoogleの+1などと違うのは、これらが一般のWebページに対しての支持を示せるものでスケールするものであるのに対し、Twitterのお気に入りがあくまでもTwitter内で閉じるものである点だ。任意のWebページに対しFacebookのユーザーやGoogle +1のユーザーがどれだけ支持したかわかるが、Twitterのお気に入りはTwitterのツイートのみが対象だ。さらに、「いいね!」や+1などは自分のウォールやストリームにそれを流すことができるので、あるユーザーのことを追っていれば自然とそれらユーザーが支持したページも見ることができる。Twitterのお気に入りはこの点でも弱い。
と考えると、どうにもTwitterのお気に入りが中途半端な存在に見えてしまってしかたない。
Twitterの新しいユーザーインターフェイスでは、会話の流れがだいぶわかりやすくなり、ソーシャルネットワークにおける2つのコンテキスト で書いたトピックおよび人のいずれをコンテキストの中心とする場合でも追いきれないという課題への解決が見える。だが、ことこのお気に入りに関しては、Twitterはまだ方向性を決めかねているのではないかと思える。
2012-01-09
■[一般] ハッカー文化が日本を救う
吉岡弘隆さんという人がいる。IT業界では「カーネル読書会」の主宰者として知らない人はいないほどの有名人だ。実は吉岡さんはDECという会社での私の大先輩だ。
私がソフトウェア本部で顧客向けのシステムの開発や販売をしていたころから社内で積極的に発言をされていたし、研究開発センターに異動した後は少しだったけれど一緒のオフィスにいさせていただいたこともある。まぁ、恐れ多い存在でほとんど口もきけなかった。
そんな吉岡さんのDEC後の活躍はブログや各種ソーシャルメディアを通じて知っていたが再会したのは数年前のデブサミ*1でのこと。その時、吉岡さんはコミュニティのライトニングトークに参加していたか何かで和服を着ていて、いつものようにニコニコとしていた。良い年齢してよくやるなぁと思っていたのは今だから話せる内緒の話。
そんな吉岡さんと一緒に活動する機会を得たのは、Hack For Japanのおかげだ。楽天も当初から活動に賛同してくれていて、吉岡さんには最初のハッカソンの企画段階からいろいろと意見をもらった。
たとえば、第1回目のハッカソンをどうするかをメーリングリスト上で議論しているとき、賛同する企業の代表としての意見を求める私に対して吉岡さんは次のように言った。
ここにいるのは、個人としてのよしおかです。
ビジネスの観点から言えば、楽天と競合する会社もありますが、それでも、ここにいるのは、個人として参加したいから参加しているわけです。
会社の中には、このような行動にたいして、理解を示さないばかりかあからさまに不快感を持つ人もいると思います。
それは楽天にもいるだろうし、Googleにもいると思います。
だけど、1000年に一度のこの未曾有の災害で何かをしたい、自分ができることを何かしたい、そのために、会社も動かす覚悟がある、まわりを巻き込む気持ちがある、ITを利用して何かをしたいという志を共有してわれわれが組織の壁を越えてコラボレーションをする。
そーゆーことだと思うのです。
まさに、「そーゆーこと」だった。もちろん、企業人として企業のサポートを得ることも必要なので、実際には2つの帽子をかぶることが必要になるのだが、元になるのは個人の思いだ。
その後も吉岡さんは常にハッカーマインドを持って、このHack For Japanというコミュニティの活動を共にリードしてくれている。
「今年の3月に起きた東日本大震災が、それまで潜んでいた日本のハッカーたちを喚起する大きなきっかけになった」(ハッカーマインドでいこう!後編--求められる企業文化の変化 - ZDNet Japan)と吉岡さんは言う。
東日本大震災直後にNTTデータの社員である三浦広志さんが合同会社Georepublic JapanのCEOの関治之さんらと立ち上げた震災情報集約サイト「sinsai.info」があります。また、Googleの及川卓也さんの呼びかけで始まった震災からの復興を支援するための復興アプリ開発支援コミュニティ「Hack For Japan」もその一つです。どちらのプロジェクトも企業を超えてIT開発者が活動に参加しています。これはまさにハッカーの世界です。
私は自分自身のことをハッカーだと思ったことは一度もない。だが、吉岡さんは私がHack For Japanの立ち上げに奔走したことやその後もさまざまな活動を通じて積極的に技術者を巻き込んでいくさまを見て、それこそがハッカーだと言ってくれる。
昨年夏にリクルート主催のJapan Innovation Leaders Summitにて、Hack For Japanにプレゼンテーションの機会を与えられたとき、吉岡さんはスタッフの座る前列に座り、私の話を見ながら、号泣していた。いやー、本当にこういうのは止めて欲しい ;-) 内容が内容だけに、こちらもいっぱいいっぱいで話をしている。その目前であたりはばかることなく、大の大人が、それこそ漫画にあるように、だーっと両目から涙を滝のように流している。こちらも泣きそうになっていた。吉岡さんは泣きながら、ツイートしていた、「ここにハッカーがいる」と。
https://twitter.com/#!/hyoshiok/status/99735824266039296
私だけでなく、その後Hack For Japanのプロジェクトを代表してくれて話してくれていたエンジニアに対しても「ここにハッカーがいる」と。
ハッカーとはなんだろうと思うことがある。今も、Hack For Japanの今後の活動を考えるときに、「ハック」や「ハッカー」という言葉の意味を考える。まだまだ否定的な意味合いで使われることも多い。日経新聞が以前、我々の活動を「善玉ハッカー」と言ってくれたのに気を良くして、今ではHack For Japanの活動を紹介するときには「善玉ハッカーです」と言うようにしている。それでも一般の人に話すと、多くの人は口をぽかーんとして聞いている。なにやら難しい技術者の話だと。自分で何を言おうと怪しい連中だろうと思わっているのかもしれない。
だが、ハックはコンピューター技術者だけに通じる精神ではない。吉岡さんが以前に私に言ってくれた言葉が一番しっくりくる。
自分はHackerじゃないんだけどという人がいるが、Hackerとは別にすごい勢いでコードを書く人じゃない。想いを実現する熱意があり、行動に移す人のことだ
Hack For Japanの軌跡 - Japan Innovation Leaders Summit 2011 - Nothing ventured, nothing gained.
吉岡さんの最近のインタビュー記事でMITの石井教授と対談しているものがある。この中にもハッカー精神を理解する多くの大事なキーワードがある。
過去の成功が大きなものであるほど、その過去と不連続な新しい未来を描くには勇気がいります。しかし、時代は常に変わっていくことを理解しなければなりません。その変化に対応するためには迅速に動かなければなりません。細かなスペックを延々会議で議論し、膨大な量の仕様書を作り、ようやくシステムができた頃にはすでに時代が変わってしまっているのではどうしようもありません。これが実際に、通信や情報や放送の世界で起きている。
「不連続への挑戦」だ。
やっぱりハッカー魂のあるエンジニアは、やんちゃだし、面白いことをやろうとしているし、元気です。その意味では、自由を尊んでほしいし、誰かの許可を得ることばかりに意識がいくことをなくしたいですね。
この「許可を得ることばかりに意識がいくことをなくしたい」というのは「許可を求めるな、謝罪せよ」(ハッカーマインドでいこう!後編--求められる企業文化の変化 - ZDNet Japan)という3Mの社是に繋がる。
米ソフトウェア業界におけるリーン開発の第一人者で、アジャイル開発分野のリーダー的存在としても知られる米3Mのメアリー・ポッペンディーク氏は、「Agile Japan 2009」の講演の中で「許可を求めるな、謝罪せよ」という3Mの社是を引用しました。
3Mの社是は、さらに続きます。
"It is easier to ask forgiveness than permission. With a sincere attitude toward one’s work, the chances of doing real damage or harm are small. Consequences from bad calls, in the long run, do not outweigh the time waiting to get everyone’s blessing."
『許可を求めることより許しを乞う(謝罪する)方が簡単である。ひたむきに仕事をすれば、深刻なダメージや危険にあう可能性は低い。間違った決定による時間が、長期的にみて、みんなの許可を得るために待つ時間を上回ることはない)』
「許可を求めるな、謝罪せよ」については吉岡さんの昨年のブログ記事に詳しい。
2011-02-05 - 未来のいつか/hyoshiokの日記
震災に限らず、想定外のことばかり起きる現代において、上司や先輩などがタイムリーに的確な判断ができるとは限らない。今回の震災においても組織の上司の許可を得ずに、そのときにベストな判断をしたことで救えたものも多かった。
冒頭で吉岡さんのことを「良い年齢してよくやるなぁ」と思ったと書いたが、吉岡さんも私も良い年齢しているのに、はっきり言って変人だ。だが、こんな良い年齢した変人が自由に行動できるような会社が増えたら、もっと日本はステキになると思う。正直、吉岡さんが仕事で何をされているのかまったくわからないが、吉岡さんに聞いても、きっと「こまけーこたーいいんだよ」と言われるが想像できるので聞かない。
組織におけるマネージメントの立場にある人*2には、元Google日本法人社長の村上憲郎さんの言う「そんなもん原則許可でしょ」を少しでも取り入れて欲しいと思う。
昨年一年間、私がやってきて、さらには、今年以降も、私が、やろうとしていることは、日本の若い人達の「そんなもん原則許可でしょ」という当然の想いに加担することです。
許可を求めず行動し、それらが原則許可される。そのような組織が増えれば、何か変わっていくだろう。
村上さんもお会いしたことがある人はご存知だと思うが、変人だ。「良い年齢してよくやるなぁ」クラスターの人だ。
変人が好き勝手発言できる社会が日本を変える。
お後がよろしいようで。
*1:翔泳社主催のDevelopers Summitという開発者イベント
*2:自分も含む
2012-01-07
■[一般] 不連続への挑戦
昨夜見たテレビに橋下新大阪市長が出ていた。
制度疲労を起こしている現在の行政に対し、「不連続」への挑戦をしなければいけないと主張していた。近い将来破綻することがわかっている年金制度をネズミ講と酷評し、単に「続ける」ことだけを目的としているものは止めなければいけないと言う。
いいぞ。もっと言って。
私は彼の政治手腕について知らないし、大阪市民でもないので、実際の政治手法やプランについてはコメントできない。あくまでも止めることへの歯に衣着せぬ発言に対しての賛同だ。
周りを見回しても、止めれば良いのに止めていないものをいくつも見つけることができる。
存在価値は? 存在意義は? と自分たちのしている業務について自問している人もいる。
ゼロベース思考、つまり今からスタートしたと仮定したときに、それを本当に始めるかで考えてみると良い。
続けるのは大変だけれど、止めるのも大変。止めると困る人が少人数でもいる場合は特に大変。失敗したら責任問題になるかもしれない。無難なのはとりあえず続けること。
プロジェクトをキャンセルするのなども、それにより雇用が確保されているとか、それを今生きがいにするほどの意気込みでやっている人がいたりすると止められない。少人数でも使っている人がいると、その人達から文句を言われないために、製品をリリースし続けたりする。
でも、これって本当は止めることにより始められる何かにより失われたであろう機会損失を考えると、犯罪的にやってはいけないことなのかもしれない。
スクラッチから考えて、同じリソースを使って何をするかで出てくる答えが、今やるべきこと。
止められない理由は、過去の成功体験に囚われていることなどもあるが、止めるという決断をするのが怖く、それを先延ばししているだけのことも多い。
年金制度を代表とする制度疲労を起こしている日本という国家のさまざまの問題。素人ながら考えてみると、そこには共通する課題があるように感じる。国家と国民の関係を企業と顧客の関係に無理を承知でたとえてみると、今日の日本株式会社は声の大きい既存顧客の声ばかりを聞いており、明日に繋がる顧客を無視しているのではないだろうか。大票田を逃したくない*1など理由があるのだろうが、未来の日本の担い手への配慮が極めて足りない。未来を考えた場合、止めなければいけないこと、変えなければいけないことは山ほどあるはずだ。
また、一般的に連続性を重視しすぎる人は、明日を生きる人ではない。今の仕組みを変えたくない、「静かに暮らしたい*2」人たちなのだ。暴言を承知で言うと、勝ち逃げを狙っている人たちなのだ。いつか壊れるのがわかっている。だけれども、自分が現役の間はどうにか持ちこたえられるならば、それまではだましだましでも続けていきたい。まさに、ネズミ講。
ネットメディアへの移行、新しいビジネスモデルの確立。パラダイムがシフトするときには、破壊がつきものだ。痛みを伴う。自分の身だって安泰じゃないかもしれない。総論賛成、でも後でやってね。こんなことがそこかしこで見られるようではいけない。
「不連続」への挑戦、これは日本の多くの人が考えなければいけないことかもしれない。



