ボートの三人男

ボートの三人男 (中公文庫)

ボートの三人男 (中公文庫)

 その時いたのは、ジョージとハリスとぼくと、そして犬のモンモランシー。皆、最近体調がすぐれない。何しろぼくに至っては、医学事典で調べてみたところ、ありとあらゆる病気に罹っているらしいのだ。そんな気鬱を慰めるため、ぼくたち三人と犬一匹はテムズ河に遠漕の旅に出かけた。

 コニー・ウイルスの『犬は勘定に入れません』の下地になっているというので、それに取りかかる前に読んでみた。『犬は勘定に入れません』というタイトルは、『ボートの三人男』の副題でもある。
 原書は1889年に書かれている。100年以上前の小説なんて古くさそうだし、ミステリならともかく、「ユーモア小説」と言われるものとは折り合いの悪い私なので、読めるかどうかと思ったが、いやいや面白かった。劇的な出来事もなく、ストーリーらしいストーリーもなく、小さなエピソードを積み重ね、所々に思い出話を間に挟みながら、ただだらだらと河を旅しているだけの話なのに、最後まで退屈しない。
 三人の英国紳士が、この世でもっとも凶暴な犬モンモランシーと共に、テムズ河上で小さなドタバタ劇を繰り広げる。しかし、ドタバタしても英国紳士然とした態度と心構えは失わない。失いそうな時は、奇妙な理論で切り抜ける。
 確かに文化、風俗などは19世紀の英国ではあっても、語られる数々のエピソードは時代や国籍を問わない人類共通の滑稽さを描写していて、ああ、あるある的可笑しさ満載で、愉快。「そう言えば昔こんなことがあった」「自分の知り合いにこんな人がいた」から始まる逸話の数々は、思わず声を漏らして笑ってしまうものが沢山あった。
 三人のおっちょこちょいで怠け者の、だらだらしたキャラクラーが良いし(でも考えることはしばしば乱暴で、気に入らないことがあったら「殺してやりたい」などと物騒な怒りを煮えたぎらせる(笑))、勘定に入らない凶暴な犬モンモランシーも存在自体に愛嬌があり、大型犬ではなくワイヤーフォックステリアというところが尚良い。
 なによりこの小説がおかしいのは、皮肉っぽい絶妙な語り口であろう。あまりに言い回しが面白くて、繰り返し同じ行を読み返しては笑ってしまう。章の頭にある、内容を説明する小見出しもいちいち可笑しい。
 下準備のようなつもりで読んだのに、思いのほか新鮮な面白さに参った。こういう手のものが好きな人には超お薦め。
(10)