〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

『土に書いた言葉』吉野せいアンソロジー


【表紙】


『土に書いた言葉』吉野せいアンソロジーを読む -「啄木の息」管理者

  • 吉野せい著 山下多恵子 編:解説 出版 未知谷
  • 2009年3月 2,400円+税

夫婦とは何か、家族とは何か、生きるとは何か。さらに女であること、老いということ…「書く」という一念を生涯手放さなかった吉野せいという人間の真実の言葉たちが、読者に生きていくことの辛さ切なさを、そして喜びを教えるだろう。
(「解説」より)
14篇+短歌3首を収録。


[いもどろぼう]
「かっとした夕陽が、遠い山々の紫藍色の稜線から匂やかにはね返って、まぢかな松林の梢をきらきらと再び夏の緑に若返らせ、畑の梨棚、あわ、陸稲、大豆など、背丈の順に濡れた葉先の水玉を惜し気もなくほろほろとゆさぶり落としながら、気持ちよく生々と反り返っていった。」
精魂込めて鍬をふるう激しい労働、それを別のところから見つめるせいの視線。特にこの[いもどろぼう]の言葉は鮮やかだ。


私が好きなのは…
[水石山] 「俺ぁ今日、おめえを探して歩いてたんだ」。夫にたいして憎しみさえ持っていたのに、このヒトコトで愛を感じている妻がいる。
[春] 二段返しという墾し方、蛙・どじょう・みみず・あひる・狐・にわとり・・。お芝居の一場面を見ている気がする。


アンソロジーを編むことは選ぶのではなくて切ること。編者は切り捨てた側に心が残って切なかったのではないだろうか。編者の痛みが感じられるような一編一編を愛おしんで読んだ。


みやこうせいさんの美しいカバーに変な皺がついたりしないか心配で外した。そのときの衝撃! 本が温かい。布表紙の心地よいざらざらとした手触りとともに、明らかに温度が高い。魂消た。そんな質感の布を使っている。