啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

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2009-08-27

[]「北海道:岩見沢〜旭川」最終回

【啄木宿泊の地 旭川 西武デパート前】


「北海道:旭川」啄木文学散歩

    • 啄木が宮越屋旅店より出した書簡

 

   一月二十日旭川より 岩崎正宛

昨日小樽発、白石社長氏と共に釧路に向ふ途にあり、

今夜旭川に一泊、昨夜は岩見沢に一夜を明かせり、雪に埋れたる北海道を横断するも亦快なるかな、

  二十日夜

                旭川宮越屋にて 石川啄木

 岩崎正様

つづきはこちら→文学散歩「北海道:旭川」(最終回)

2009-08-25

[] 「短歌甲子園 2009」1位 福井  2位 静岡

キンミズヒキ


短歌甲子園 福井・武生高が優勝 準優勝は静岡」第4回全国高校生短歌大会

  • 短歌甲子園」の団体戦と個人戦の決勝が23日、盛岡市であり、団体戦は接戦の末に福井県・武生高校が静岡県・加藤学園暁秀高校を破って優勝した。岩手県・盛岡二高が3位。
  • 団体戦決勝の題は「立つ」。

 武生高 宮崎望さん

「立ち上がり 繰り出す足止む 風が吹く 帽子がとんだ もう繰り出せる」

(2009年8月24日 読売新聞 地域>福井・岩手、岩手日報

2009-08-23

[] You Tube 「美唄駅と滝川公園の啄木歌碑」


D

【動画 54秒:緑あふれる滝川公園と風の音】

    空知川雪に埋れて

    鳥も見えず

    岸辺の林に人ひとりゐき

              啄木


啄木の息・文学散歩

「北海道:美唄駅前の啄木歌碑 滝川公園の啄木歌碑」

  • 「空知」はアイヌ語「ソーラップチ」が語源。ソーは滝、ラップチは下るの意で「ソラチ」と音訳した。滝を下る川という意味だから「滝川」というのは意訳になる。

つづきはこちら→〈北海道:美唄と滝川の啄木歌碑〉啄木文学散歩

2009-08-22

[] 「短歌甲子園が開幕」啄木ゆかりの街で

【ヨツバヒヨドリの花火】


短歌甲子園、盛岡で21日開幕」

  • 今年で4回目となる大会には、全国から62チームの応募があり、予選を勝ち抜いた36校が石川啄木のふるさとに集結した。(北海道、青森、岩手、秋田、宮城、山形、茨城、埼玉、神奈川、富山、福井、静岡、岐阜、島根、愛媛、福岡、鹿児島)
  • 競技は個人戦と団体戦の2種目あり、23日まで続く。

(2009-08-21 読売新聞、IBC NEWS、岩手日報

2009-08-19

[] 「絵本に託す啄木の【メッセージ】」サンデー毎日

【サル】


「絵本に託す石川啄木の【メッセージ】」

 サンデー毎日 8月30日号

[navi]

  • NPO法人森びとプロジェクト委員会が大人の絵本として『サルと人と森』を自費出版した。
  • 原文『林中の譚』石川啄木・著 山本玲子・訳 鷲見春佳・絵
  • 一冊 1,000円。4カ月で4000部を超す異例の売れ行きである。
  • 歴史の大転換期に、今の生活や生き方を根本から見直すきっかけを示す。
  • 連絡先 NPO法人森びとプロジェクト委員会

2009-08-08

[]「北海道:北村牧場」啄木と智恵子

【「鹿子百合の碑」の案内】


啄木の息・文学散歩

「北海道:北村牧場の啄木歌碑」

  • 橘智恵子は啄木のあこがれの人だった。
  • 1910年(明治43)5月、20歳の智恵子は石狩川を汽船で遡って岩見沢の若い牧場主のところへお嫁に行った。
  • 『一握の砂』の中に、啄木は智恵子を22首詠んだ。

  石狩の都の外の

  君が家

  林檎の花の散りてやあらむ

 

つづきはこちら→〈北海道:北村牧場の啄木歌碑〉啄木文学散歩

2009-08-04

[] 「一禎・啄木父子歌碑、9月12日除幕」高知

【歌碑の原石 (撮影・「建てる会」呼びかけ人の岡林一彦さん)】


「歌碑:一禎・啄木父子、9月12日除幕」全国から募金、建設にメド

  • 「啄木の父 石川一禎の終焉の地に歌碑を建てる会」は、歌碑の除幕式を9月12日に行うことを決めた。
  • 歌碑は横長の自然石(横185センチ、高さ140センチ、奥行き45センチ)で、JR高知駅南口の市有地に設置する。
  • 問い合わせは同会事務局長の梶田順子さん(088-822-6036)へ。募金振込先は郵便振替(01610・8・84517)。

(2009-08-04 毎日新聞>地域ニュース>高知)

2009-08-02

[] 『劔岳 点の記』信じたのは、仲間の心。

【誰かが行かねば、道はできない。】

劔岳 点の記』


      • 日本地図最後の空白地点、剱岳の頂上を目指せ

陸軍陸地測量部測量手の柴崎は、「死の山」といわれる劔岳の「初登頂と測量を果たせ」という命令を受ける。調査登山の後、1907年(明治40)、測量隊7人とともに劔岳周辺に三角点設置を始める。一方、日本山岳会の小島烏水をリーダーとする登山隊も最新技術・装備を備えて、劔岳初登頂を競う。


雪崩・暴風雪・滑落・・・、CGなしの映像の見事さと、頭のてっぺんから殴りかかってくる音に痺れた。資材も俳優たちが担ぎ、足袋とワラジ履きでのぼったというのだから猛烈だ。役者にとっては、演技ではなく本当の恐怖も多々あったのではないだろうか。

滑落した隊員を助けに向かうグリセード姿は一瞬だったが記憶に残った。

エンドロール「仲間たち」の暖かい配慮もいい。


仲村トオルさん演じる日本山岳会の小島烏水は、石川啄木と会ったことがある。1908年(明治41)4月28日、烏水の勤める横浜正金銀行の応接室においてである。小島烏水の劔岳登山が実話とすれば(本当ではないらしい)啄木と出会う前年になる。

あんなこともそんなことも含めて、見応えのある作品だった。

石川啄木、小島烏水を訪ねる

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・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

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