啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

 | 

2010-04-27

[] 勇ましすぎる校歌 啄木の母校

f:id:takuboku_no_iki:20100428205500j:image

[クィーン・オブ・ナイト]


盛岡第一高校の勇ましすぎる校歌 

  • 卒業、入学シーズンも少し懐かしく感じるこの時期。その「メロディー」に特徴がある校歌と高校を紹介しよう。
  • 宮沢賢治石川啄木、金田一京介などの多くの文学者や、米内光政などの政治家を輩出していることでも有名な学校・盛岡第一高校。岩手県内屈指の名門校で、100年以上の歴史のある、岩手県の中心校とも言われる学校だ。その盛岡一高の校歌が、一風変わっているという。
  • 校歌のメロディーが「軍艦マーチ」そのものなのだという。なぜこのメロディが校歌に使用されたのだろう。
  • この校歌が制作されたのは、今から102年前の明治30年。当時はまだ「校歌」という慣習がなかったが、当時の盛岡一高生(正しくは旧制岩手県立盛岡中学校)の間で「学校の皆で歌える、自分たちだけの歌を作ろう」という動きが起こる。歌詞は当時の国語教師に協力を仰ぎ完成したものの、メロディーに手こずった。そこで、「覚えやすく、みんなが知っているメロディーをそのまま使おう」と、軍艦マーチのメロディーが使用されたとのことだ。
  • 創立130周年を迎える今年も、この校歌は生徒たちに愛され、歌いつがれている。

(2010-04-26 Livedoorニュース)

2010-04-26

[] 始まったばかりの「龍馬と啄木展」高知

f:id:takuboku_no_iki:20100427104111j:image

[オランダカイウ]


支局長からの手紙:北国と南国の交流

  • 坂本龍馬(1835-1867)と石川啄木(1886-1912)をコラボした企画展が同館で開幕するのに合わせ、石川啄木記念館(盛岡市)の菅原寿館長と山本玲子学芸員らが高知入りした。
  • 山本さんは、歌だけで解釈しがちな研究者とは手法を変えて、啄木の日記や手紙から歌の背景を理解することから始めた。「100年愛された啄木がこの先100年愛されてほしい」。
  • 企画展初日は1000人以上が来館したが、「無理がある」という感想も寄せられた。山本さんは「違う2人を並べることで、それぞれがより一層明確になります。啄木は『龍馬君』と呼び、龍馬は『おい、石川』と呼んで、日本をどうしたら良いだろうかと、議論をしている姿が目に浮かんできます」。
  • 同展は8月1日から啄木記念館でも開かれる。言葉も気温も違う北国と南国の交流は始まったばかりだ。【高知支局長・大澤重人】

(2010-04-26 毎日新聞>地域ニュース>高知)

2010-04-25

[] 龍馬ー兆民ー秋水ー啄木!

f:id:takuboku_no_iki:20100426203134j:image

[ヒメリンゴ]


啄木は龍馬の四代目 近藤典彦

  『一握の砂』100年

  • 日露戦争後の日本で経済恐慌が始まった。1910年はもっとも暗い年だった。大逆事件と韓国併合。この2大事件の真の犯人は、時の国家権力=強権である、と認識し鋭く深く批判したのが石川啄木だった。今年は2大事件の100周年である。
  • 啄木は大逆事件を徹底的に調べる中で、幸徳秋水への尊敬の念を深めていった。そして秋水の思想と実践を批判的に継承し、秋水の正統を継ぐ人となった。
  • 秋水は中江兆民を継ぎ、兆民は坂本龍馬を継いだ。だとするとここに不思議な系譜ができる。龍馬ー兆民ー秋水ー啄木!
  • 最近、大江健三郎さんがこう語りかけられた。「『蟹工船』を熱中して読んだ若い人たちに、続けて啄木を読んでいただきたいとねがいます」
  • 啄木を読もうとする若い人たちにまず歌集『一握の砂』をお薦めしたい。困難な時代を生きる青年のあらゆる心の姿がそこにある。

(2010-04-25 しんぶん赤旗 本と話題)

[] 人々の胸打つ 真情の言葉

石川啄木の巻 <HONライン倶楽部>

  • 歌集『一握の砂』が刊行されたのは100年前。数々の投稿からは、貧困と病苦にあえぐ生活から生み出された啄木の文学が、今も人々の心に寄り添って、励ましを与え続けている様子が伝わってきました。
  • はたらけど/はたらけど猶わが生活楽にならざり/ぢつと手を見る
    • 投稿「父は決して弱音を吐くこともなく笑顔で家族を守ってくれていました。父は啄木の歌を口にすることで、心情を吐露していたのかもしれない」
  • 生前は発表されなかった評論『時代閉塞の現状
    • 投稿「ニートが行く先を見失い、政治への倦怠感は日々増大し、人々は閉塞感をつのらせています」「彼は夢半ばでこの世を去りましたが、彼の強い変革への夢は、現在の僕らが引き継ぎ、形にしてゆかねばならないのでしょう」

(2010-04-25 読売新聞)

2010-04-23

[] 地図の上朝鮮国に黒々と…石川啄木 韓国併合批判の歌

f:id:takuboku_no_iki:20100423202202j:image


石川啄木韓国併合批判の歌 五首 近藤典彦

  • 今年2010年は韓国併合の年から100年目にあたる。
  • 1910年(明43)8月29日「韓国併合詔書」が公布され、日本帝国による韓国植民地化が完了した。韓国は亡び、「外地」朝鮮となった。
  • この韓国併合直後の時点でメディアを通じて批判した日本人は石川啄木しかいない。たった一人である。
  • 啄木の批判は1910年9月9日に作った1首の歌でなされた。

   地図の上朝鮮国に黒々と墨をぬりつつ秋風を聞く

  • もし啄木の韓国併合批判の歌があと何首かあるとしたら……。

      • 『一握の砂』を朝日文庫版で読む 近藤典彦

  石川啄木韓国併合批判の歌      

   論証ページ

2010-04-22

[] 大逆事件と与謝野夫妻および平出修、石川啄木

f:id:takuboku_no_iki:20100422191841j:image

[幸徳秋水が東京監獄から平出修にあてた書簡]


啄木行事レポート

「第4回 与謝野寛・晶子を偲ぶ会」

  • 東京都杉並区荻窪 2010年4月11日
  • 主催「明星研究会」

  地図の上朝鮮國にくろぐろと墨をぬりつつ秋風を聴く

                       石川啄木

  産屋なるわが枕辺に白く立つ大逆囚の十二の柩

                       与謝野晶子

   

      • 上の写真は、啄木が平出修から借りているので、紙面には啄木の指紋もついているかもしれないとのこと。 

つづきはこちら→レポート「第4回 与謝野寛・晶子を偲ぶ会」

2010-04-19

[] 資料展「啄木と大逆事件」函館 4/18-10/13

f:id:takuboku_no_iki:20100419164414j:image

[ツツジ]


明治43年の啄木に光 函館文学館 欠落の日記初展示

「啄木と大逆事件

  • 函館市文学館
  • 2010年4月18日〜10月13日
    • 函館ゆかりの歌人石川啄木が記した1911年(明治44年)の直筆日記などを展示する資料展「啄木と大逆事件」が、函館市文学館で始まった。
    • 今回は1911年の日記のうち、これまで欠落していた2日分を初めて展示し、啄木の思索の変遷を知ることができる。4月26、27日の日記は、全集には収録されていたものの、原本から切り取られて、該当するページが行方不明となっていた。昨年末に東京都内で発見され、今年3月末に函館市中央図書館に収蔵されたばかり。
    • 大逆事件では、当時の政府が社会主義者らを弾圧するため、明治天皇の暗殺を計画したなどとして思想家の幸徳秋水ら20人以上を処刑。しかし、多くは無実だったとされる。
    • 啄木は事件の真相を究明しようと奔走し、冤罪と結論づけた。さらに「時代閉塞の現状」と題した評論文を執筆。文学も国家を無視できないなどと述べている。
  • 問い合わせ 函館文学館 0138-22-9014

(2010-04-19 北海道新聞ウエブ 毎日新聞)

2010-04-18

[] 龍馬と啄木展開幕 高知

f:id:takuboku_no_iki:20100418133743j:image

高知県で龍馬と啄木展開幕 岩手県と交流事業第1弾

  • 岩手県と高知県の交流事業第1弾となる「龍馬と啄木展」は17日、高知県立坂本龍馬記念館で開幕した。啄木の歌や龍馬の手紙などが紹介され、多くの市民や観光客でにぎわっている。
  • 企画展では高知で過ごした啄木の父一禎や姉夫婦の資料、今年発刊100年になる啄木の歌集「一握の砂」など約100点のほか、龍馬の歌や手紙など約20点を展示。
  • 企画展は7月16日まで。8月1日〜10月17日の石川啄木記念館の企画展と続く。

(2010-04-18 岩手日報WebNews)

2010-04-17

[] 井上ひさしさん直筆の年譜

f:id:takuboku_no_iki:20100417144000j:image

[若緑]


井上ひさしさん直筆の年譜公開 盛岡の啄木・賢治記念館

  • 9日に死去した劇作家井上ひさしさんが名誉館長を務めた盛岡市の「もりおか啄木・賢治青春館」で15日、井上さんが手書きで作成した石川啄木宮沢賢治の年譜が公開された。
  • 井上さんは芝居にあたりまず年譜を作成、それに基づき台本を書くのを流儀としていたとされる。
  • (芝居「泣き虫なまいき石川啄木」のための)年譜の合間には「(啄木の)母カツ怒る」「婆さんは相変わらず皮肉でいや味たっぷり」「父は毎晩、酒をほしがるし…」など、井上さんらしいユーモラスな書き込みも残る。
  • 年譜は5月6日まで同館で展示する。

(2010-04-15 共同通信

[] 井上ひさしさん、絶筆は義姉しのぶエッセー

絶筆となった井上さんのエッセー

  • 劇作家・小説家の井上ひさしさんの絶筆は、義姉の作家・米原万里さん(2006年没)をしのぶエッセーだったことが14日、わかった。
  • 井上さんが理事長を務めた市川市文化振興財団の関係者が妻ユリさんに確認することができたという。昨年10月頃、ユリさんに「会場展示用のエッセー的なあいさつ文を井上さんに書いてほしい」と依頼したが、体調不良を理由に断られた。その後、学芸員が執筆し、今年2月13日頃、事実確認の意味もあり原稿をユリさんに送った。
  • その折、たまたま病院から外泊で帰宅した井上さんが原稿を一読。「回復したら執筆を再開するので、リハビリになれば」とペンを握った。文字数は、原稿用紙なら3枚程度の約1040字。2月16日に独特の丸文字がファクスで送られてきた。
  • 9日夜の井上さんの死後、財団関係者が「時期的に絶筆になるのでは」と気付き、遺族に連絡を取り、ユリさんが「『病後の腕ならしに』と語っていた。間違いなく最後の直筆原稿」と答えたという。
  • 文章は千葉県市川市内で開催中の「米原万里展」の会場に展示されている。
      • 企画展は5月9日まで、市川市真間の芳沢ガーデンギャラリーで。
      • 問い合わせ 芳沢ガーデンギャラリー(047-374-7687)へ。

(2010-04-15 読売新聞)

2010-04-16

[] 啄木 わが道を往く

f:id:takuboku_no_iki:20100416171543j:image

ベニバナトキワマンサク


【次代への名言】産経ニュース>文化>学術(文化部編集委員 関厚夫)

  • わが道を往く編(21) 4月13日
    • 「いらだてる心よ汝(なれ)はかなしかり/いざいざ/すこし呿呻(あくび)などせむ」(石川啄木
    • 100年前のおととい、石川啄木は初歌集を完成させた。
    • この歌集はしかし、「とうとう売れなかつた」。
    • でも、啄木はあきらめなかった。
    • 彼は収載する歌数を倍にし、一首を三行書きするという斬新なスタイルで再編集する。そして8カ月後、『一握の砂』の題名で出版されたこの歌集は、日本の近代文学を代表する名作となる。

  • わが道を往く編(22) 4月14日
    • 「見よ、今日も、かの蒼空に/飛行機の高く飛べるを。」(石川啄木 『飛行機』から)
    • 石川啄木はなかなかの名記者だった。
    • 「東欧は殆ど年が年中小紛擾。為に全欧の国力均勢は常に其危機を脅かされ、ややもすれば怖るべき世界的大戦の禍根が萌芽せん」。これは明治41(1908)年、釧路新聞の編集長だったころ、6年後の第一次大戦を予言した記事だ。「政府に盲従するを以て愛国の本義なるが如く説く偽愛国家の言動を憎む」という文章もみえる。
    • 親友、金田一京助は解説する。「飛行機とは明日への希望。それを与えようとする、啄木の父のごとき大きな愛が感じられる」

  • わが道を往く編(23) 4月15日
    • ≪やり場にこまる拳(こぶし)をもて、/お前は/誰を打つか。/友をか、おのれをか、/それとも又罪のない傍らの柱をか≫
    • 同じように感じたことがある方も多いのではないか。これは、石川啄木が自分では解決のしようがない怒りやいらだちに見舞われたときの詩であろう。

  • わが道を往く編(24) 4月16日
    • 《石川は、全快したら、これこれのことをすると、苦しさうに、しかし、笑ひながら語つた。かへりがけに、石川は、襖を閉めかけた僕を「おい」と呼びとめた。立つたまま「何だい」と訊くと、「おいこれからも、たのむぞ」と言つた》
    • 石川啄木は明治45(1912)年4月13日、東京の片隅で息を引き取る。享年26。右は死後に親友、土岐善麿の尽力で出版された歌集『悲しき玩具』のあとがきにある、2人の最後の会話である。
    • 《ぼくにとって倖せだったのは、晩年の啄木と交遊をもったことである。このころの彼は、初対面に感じたキザな態度がなくなり、できるかぎり欠点をなくしようと努力する真面目な態度で、常にみずからを正しくみつめようとしていた》
    • 「薄倖(はっこう)」ではなく、「不屈」。そんな啄木の真骨頂を土岐は伝えている。

(2010-04-13〜16 産経ニュース>文化>学術)

2010-04-15

[] 石川啄木の世界 切り絵百景館

f:id:takuboku_no_iki:20100415045148j:image

[シジミバナ]


切り絵35年 初の個展

  • 川場村谷地の日本切り絵百景館の館長を務める後藤伸行さんが、4月15日から同館で個展を開く。画業35年目にして初の個展で、これまでの歩みの集大成となる。
  • 展示する切り絵は「明治の東京50選」や「石川啄木の世界」、「若山牧水の旅」など、約2000もの作品群から厳選した約70点。
    • 2010年7月26日まで。
    • 問い合わせ 切り絵百景館 群馬県川場村谷地1496(0287-52-2022)

(2010年4月14日 読売新聞)

百景館 石川啄木の世界

2010-04-14

[] 99回目の啄木忌

f:id:takuboku_no_iki:20100414080022j:image

[ツクシ]


99回目の啄木忌・遺徳偲び法要

  • 今日は歌人・石川啄木の命日、啄木忌です。盛岡市玉山区のお寺ではみずみずしい感性で近代文学の一時代を築いた啄木を偲ぶ法要が行われました。
  • 啄木は明治45年のきょう26歳の若さで亡くなり、彼が少年時代を過ごした盛岡市玉山区の宝徳寺では法要が営まれました。
  • 法要には研究者や地元のファンなどが出席して、啄木の遺徳を偲びました。また、地元のコーラス隊や詩吟の愛好家が啄木の作品を哀愁あるメロディーや節回しで歌い上げました。

(2010-04-13 IBC岩手放送ニュースエコー)

[] 啄木の命日 99回忌

啄木の命日 盛岡で法要

  • 石川啄木(1886-1912)の命日にあたる13日、盛岡市玉山区渋民の宝徳寺で99回忌の法要が営まれ、短歌や俳句の愛好者ら約80人が啄木をしのんだ。
  • 石川啄木記念館の嵯峨忠雄理事長が、「生活の一瞬一瞬の切なる思いを感情豊かに歌い上げ、さらに詩、小説、評論など多くの感動的な作品を残してくれた。啄木の生涯や作品から多くのことを学べる」とあいさつ。

(2010-04-14 読売新聞)

2010-04-13

[] きょうは啄木の命日

f:id:takuboku_no_iki:20100413170311j:image

[2008年12月に設置された標示板]

東京都指定旧跡「石川啄木終焉の地」文京区小石川5丁目


啄木終焉の地、守る親子 東京都の宇津木さん

  • 石川啄木は、東京都文京区小石川で人生の最後を暮らした。その場所は後に「石川啄木終焉の地」として都の旧跡に指定された。命日に当たる13日は、天才歌人をしのぶ人がこの場所を訪れる。啄木に家を貸していた宇津木家の宇津木政子さん、裕子さん親子は、その場所に住んでおり「啄木を近い人だと感じることがある」と長年来訪者らの世話を続けている。
  • 政子さんは第2次世界大戦後、宇津木家に嫁いだ。その時には啄木が住んでいた家は、空襲で焼失していたという。旧居跡は1952年に都旧跡に指定され、1969年には記念の石碑が建てられた。
  • 終焉の地のシンボルだった石碑は一昨年の夏ごろ、老朽化などが原因で壊れた。管理する都は石碑を撤去し、その代わりに記念プレートを設置した。

(2010-04-13 岩手日報WebNews)

2010-04-12

[] 『髪結い伊三次捕物余話』わっちは一本立ちの芸者で生きてきた

f:id:takuboku_no_iki:20100412210911j:image

[ヒメオドリコソウ]


『髪結い伊三次捕物余話』シリーズ

        • 幻の声・ 紫紺のつばめ・さらば深川・さんだらぼっち・黒く塗れ・君を乗せる舟・雨を見たか・我、言挙げす

時代小説は数あるが「いま好みの一冊を述べよ」と言われれば『髪結い伊三次捕物余話』(シリーズ物だが…)を挙げたい。

男も女も年寄りも赤ん坊も、町民の世界も武士の世界も、宇江佐さんは薫り高く描く。 

髪結い伊佐治の妻(お文)は芸者だ。仕事仲間が伊佐治を諭して言う。

「お前ェも気をつけな。女房の稼ぎがあるから、今の暮らしが成り立つってことをな。勝手なことをすれば、あのお文のことだ。倅を連れて、とっとと出て行ってしまうぜ」

今よりずっと平等ではない社会に、すっきりと自立した人間を登場させる。江戸時代も現代も人の世はみな変わりない。

2010-04-11

[] 啄木の日記の欠落部発見 1911年4月26、27日

f:id:takuboku_no_iki:20100411193409j:image

[春爛漫]


啄木の日記の欠落部発見 函館の図書館へ収蔵

  • 石川啄木が記した1911(明治44)年の日記の欠けていた2ページが見つかり、13日の啄木忌を前に、函館市中央図書館に収蔵された。
  • 石川啄木記念館の山本玲子学芸員が、入手した東京の古書店と函館啄木会を仲介した。歌人の土岐哀果と計画していた雑誌「樹木と果実」発刊を断念した時期の日記で、直筆から啄木の心情をくみ取れる貴重な資料だ。
  • 見つかった啄木の日記は4月26、27日の2日分。市販の当用日記にペンで書かれており、額装されていた。全集には収録されていたが、日記から切り取られており、実物の行方は分からなかった。
  • 26日付は、島崎藤村の「犠牲」を読んだ感想が記され、27日付では「昨夜は二時半頃まで眠れなくて弱った。頭の中に大きな問題が一つある。」などと、苦悩する胸の内を吐露している。

(2010-04-11 岩手日報WebNews)

2010-04-10

[] 「近江屋対談」龍馬と啄木 4/17、5/28

f:id:takuboku_no_iki:20100410150301j:image

[かみからの便りをのせて花筏]


龍馬と啄木展

  関連企画「近江屋対談」

  • 第1回 2010年4月17日(土)18:30~ 定員30人
    • ゲスト 山本玲子氏(石川啄木記念館学芸員)
    • 場 所 高知県立坂本龍馬記念館2F「近江屋」
  • 第2回 2010年5月28日(金)13:00~ 定員50人
      • 申し込み・問い合わせ 高知県立坂本龍馬記念館

  高知県高知市浦戸城山830番地

  TEL 088-841-0001 FAX 088-841-0015

2010-04-09

[] 「龍馬と啄木」展 高知県立坂本龍馬記念館 4/17-7/16

f:id:takuboku_no_iki:20100409172632j:image


「龍馬と啄木」展 ―二人の目線―

  • 2010年4月17日(土)〜7月16日(金)

「龍馬」と「啄木」---生きた時代も生き方も同じでない。しかし、なぜか会わせてみたい二人ではないか。二人は敢然と“新しい時代”を目線に捉えた生きた。

龍馬は数え年33歳、啄木は満26歳という共に短い人生ではあった。


  世の人はわれをなにともゆはゞいへ

  わがなすことはわれのみぞしる

                龍馬


  友がみなわれよりえらく見ゆる日よ

  花を買ひ来て

  妻としたしむ

                啄木


高知県立坂本龍馬記念館

2010-04-07

[] 新潟啄木祭 4/18

f:id:takuboku_no_iki:20100407154022j:image

[サクラ]


第38回新潟啄木祭

  • 2010年4月18日(日)10:00〜
  • 会場 新潟県長岡市 中央図書館
    • リレー講演 『一握の砂』刊行100年に寄せて
      • 「明治43年と啄木」若林敦
      • 「啄木短歌をどう受け継ぐか」田中要
      • 「国語教科書の中の啄木」押木和子
      • 「啄木短歌の現代性」今野哲
    • リレートーク 参加者から発言
    • 啄木歌歌唱 首藤隆司
  • 主催 日本海社・国際啄木学会新潟支部・新潟詩人会議

2010-04-06

[] TV「NHK短歌」啄木の歌… 4/4

f:id:takuboku_no_iki:20100406160917j:image

[ゼンマイ]


「NHK短歌」NHK教育テレビ 4月4日放送

題「草」または自由

選者 今野 寿美

 一席 砂浜の半ばに草はとだえたりここより先は潮の領分(徳島 荒津憲夫)

ゲスト 池田 功(明治大学教授・石川啄木の研究が専門)

    • 石川啄木の第一歌集『一握の砂』は刊行100年の節目の年。国際啄木学会は9月4日に京都で大会を開く。シンポジウムのテーマが「徹底討論『一握の砂』」で、現在まで読み継がれているこの歌集の魅力を解き明かしてみたいと思う。
  • 歌にまつわる話「ルビの効用」
    • 今野 表現のポイントとして効果的なルビを意識したい。
    • 池田 啄木作品のルビ活用

  盛岡の中学校の露台(バルコン)の欄干(てすり)に最一度我を倚らしめ

      • 最初は「バルコン」とカタカナ書きだったが『一握の砂』におさめるときに「露台」の漢字に「バルコン」とルビをふった。理由はわからないがハイカラさを強調したかったのではないかと思われる。
  • 啄木と外国
    • 啄木作品は外国語に翻訳されている。短歌では中国語・韓国語・英語・ロシア語・フィンランド語など全部で十数カ国語に訳されている。
    • 海外の方は啄木作品のどこに共感しているか。生活の歌である・一首一首に物語がある・日常を詠んだ親しみやすさがある・現代にも通じる今日性などがある。今日性ということでは、国際性・環境問題への配慮・居場所がないと感じるなど今日に通じるテーマがある。

国際啄木学会HP

2010-04-05

[] 啄木の足跡を歌留多とせんべい汁でたどる-釧路

f:id:takuboku_no_iki:20100405143941j:image

 よりそひて

 深夜の雪の中に立つ

 女の右手のあたたかさかな

[釧路市浦見8丁目の歌碑]


啄木の足跡を歌留多でたどる

  • くしろ啄木歌留多普及会は4日、「くしろ啄木歌碑巡りと歌留多会」を行った。
  • 浦見、弥生周辺の啄木歌碑を回った後、本行寺で岩手県人会特製のせんべい汁を食べ、くしろ啄木一人百首歌留多を行い、啄木の足跡を楽しみながら学習した。
  • この日は好天に恵まれ、参加者は釧路啄木会の北畠立朴会長の案内の下、旧真砂湯前の「よりそひて深夜の雪の中に立つ女の右手のあたたかさかな」の歌碑から本行寺前までを回り、啄木の歌の一部を肌で感じていた。

(2010-04-05 北海道ニュースリンク>釧路新聞)

2010-04-01

[] 貧しくても頑張った6人の偉人たち

f:id:takuboku_no_iki:20100402054002j:image

[シロバナタンポポ]


逆境にも負けない…貧しくても頑張った6人の偉人たち

  はたらけど

  はたらけど猶わが生活(くらし)樂にならざり

  ぢつと手を見る

(2010-04-01 らばQ)

 | 
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2017 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |

カテゴリー


「本家 啄木の息」は、下記のリンクでご覧になれます。

・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

◉ 「本家 啄木の息」のトップページ ……………… アーカイブです。


ページビュー
1254269