啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

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2010-09-30

[] 望月善次〈『あこがれ』石川啄木〉23

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[ヘクソカズラ]


〈音読・現代語訳「あこがれ」石川啄木〉23 望月善次

山彦


山彦、それは、私の歌の余韻かと思っていたのですが、この5月の森の中で聞くと、私の歌の方が、山彦の余韻かとも思われるのです。

 

花草(はなぐさ)啣(ふく)みて五月(さつき)の杜(もり)の木蔭(こかげ)

囀(てん)ずる小鳥(ことり)に和(あは)せて歌(うた)ひ居(お)れば、

伴奏(ともない)仄(ほの)かに、夕野(ゆうや)の陽炎(かげろうふ)なし、

『夢(ゆめ)なる谷(たに)』より山彦(やまびこ)ただよひ来(く)る。―

春日(はるび)の小車(をぐるま)沈(しづ)める轍(わだち)の音(ね)か、

はた彼(か)の幼時(えうじ)の追憶(おもひで)声(こえ)と添(そ)ふか。―

               〔甲辰(きのえたつ)二月十七日〕

 

  山彦〔現代語訳〕

 

花や草を、口にくわえ、五月の森の木蔭で

しきりに鳴く小鳥に合わせて、(私が)歌っていると、

伴奏のように仄かに、(夕べの野は陽炎をなし)、

まるで『夢のような谷』から、山彦が漂って来るのです。―

(ああこれは)小車にも喩えられる春の日が、沈んで行く轍の音なのでしょうか、

或いは、あの幼い時の思い出が声となって近づいて来たのでしょうか。―

               (明治三十七年二月十七日)

(2010-09-30 盛岡タイムス)

 

[] 〈肴町の天才俳人〜春又春の日記〉14

古水一雄 石川啄木氏ヲ見タ

前回に引き続き春又春と啄木について述べることにする。

6月14日には春又春は啄木が店の前を通り過ぎるのを目撃している。

 

  石川啄木氏ヲ見タ、表ヲ通ルノヲ見タ、

  紋付ノ色ノアセタ羊甘(ママ)色ノヲ着

  テ通ツタ、髪ハ分ケテアツタ、ソシテ氣

  (気)取ツタ風ナ偉クモナクテ偉ブル風

  トイウ風シテ居ルラシイガ、如何ヤ、キ

  ミガ為メニ惜シム、青年名ヲナスハ第一

  ノ不幸ナリト、サレドキミノ多作ニ敬服

  スルナリ、ソノ趣味ノ相違ハシマラクイ

  ハズ、キミノ若(弱)冠ニシテ名ヲ成セ

  シ今ノ詩壇ノイカニ幼稚ナルカヲ見ズヤ

 

この時期の啄木は、「あこがれ」を出版し、妻・節子を娶(めと)り、さらには「小天地」に取りかかろうとしている時期で、経済的な窮乏を除けば啄木の生涯で最も意気盛んな時期である。春又春には、啄木が肩で風切る勢いで通り過ぎていったと感じられたのであろう。


6月21日の日記には、次のような記述も見える。

 

  「岩手日報」ノ啄木氏文アリ、四畳半云

  々ノ文ガ厭味一流の文、吾レ初メコノ人

  ノ文ヲ見テ朝寝臭シト云フ、朝寝ハ月並

  ナリ而シテ今コノ文ニ対ス、「九時頃ニ

  起キザルベカラザル云々、」アヽ臭キモ

  ノニ蓋シタルトテ臭カリシハ可笑シカリ

  キ、

 

春又春と啄木は、盛岡高等小学校では同級であり(ただし、学級は別)、盛岡中学校では啄木が2級先輩である。同じ校舎に学び、共通の友人を持ちながら交流した形跡はまったくないのである。

(2010-09-30 盛岡タイムス)

2010-09-29

[] ルクスタに啄木が

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[ガマズミ]


『ろくでなし啄木』ルクスタで三谷幸喜さん語る

  エロチックさも引き出した、誰もが驚く舞台に

  • この作品の始まりは、大河ドラマ新選組!」の飲み会で、藤原竜也さんに「一緒に舞台をやりましょう」とお願いされたのがキッカケ。
  • 題材に石川啄木を選んだのは、竜也さんの個性を考えてのものだった。大人になり切れない子供の心を持ちつつ、尋常じゃない才能を発揮する人間。その姿が啄木のイメージに結びついていった。
  • 中村勘太郎さんには、愛嬌の良さとは別に底意地の悪そうな面をにじみ出してもらう。
  • 吹石一恵さんには匂い立つようなエロチックさを全面的に出し、男性を翻弄する魔性の女を演じてもらう予定。

    • LOOK at STAR! [ルックアットスター] 演劇・舞台アーティストマガジン(2010年11月号 vol.61)

  • 公演

  東京A 2011年1月5日〜1月23日

  東京B 2011年2月17日〜2月26日

   作・演出 三谷幸喜

   出演  藤原竜也 中村勘太郎 吹石一恵

2010-09-28

[] 「反時代性」に鋭敏に反応した啄木

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[エゴノキ]


ゲーテニーチェ(22)【次代への名言】

  • 「一大勝利とは、一大危難なのである。勝利に耐える方が敗北に耐えるよりも難しいのが、人間というものである」(ニーチェ『反時代的考察』)
  • このニーチェの「反時代性」に鋭敏に反応した明治の日本人がいた。夭逝の詩人、石川啄木である。
  • 《敗れたる国の文明果して劣れるか、勝たる国の文明果して優れるかと叫べるニイチエの大警告》。これは明治37(1904)年春のエッセーの一文。翌年の秋に日露戦争で日本が勝利をおさめたあと、啄木は記している。《汝は、汝の兵卒が露西亜の兵卒と競争して優勝旗を獲た為めに、軍事ならざる他の一切の事までも世界一な様に驕つて居る。何と情ない話ではないか》。(文化部編集委員 関厚夫)

(2010-09-28 産経ニュース>文化>学術)

2010-09-27

[] 石川啄木 著(P.32〜33)死ぬことを

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[緑オクラ・赤オクラ]


我を愛する歌


(P.32)


   死ぬことを

   持薬をのむがごとくにも我はおもへり

   心いためば


   路傍に犬ながながと呿呻しぬ

   われも真似しぬ

   うらやましさに


<ルビ>路傍=みちばた。呿呻=あくび。真似=まね。


(P.33)


   真剣になりて竹もて犬を撃つ

   小児の顔を

   よしと思へり


   ダイナモの

   重き唸りのここちよさよ

   あはれこのごとく物を言はまし


<ルビ>小児=せうに。

2010-09-22

[] 石川啄木の碑や筆塚など 徒歩で町歩きを楽しむ


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[ノブドウ]


神社を点々、「パワースポットを歩く旅」

  • 盛岡観光コンベンション協会は10月3日、徒歩で町歩きを楽しむウオーキングツアー「盛岡のパワースポット再発見! 天神さんからお八幡さんまで歩いてみませんか?」を開催する。
  • 午前10時に盛岡天満宮を出発し、住吉神社、盛岡八幡宮を経て、あさ開酒造までの約1.5キロを約2時間かけて歩く。

  • ボランティア組織「盛岡ふるさとガイドの会」の高橋華津美さんは「パワースポットとしての効能があるかどうかはわからないが、神社には石川啄木の碑や筆塚などの興味深い史跡もあるので、意外な発見を楽しんでほしい」と。参加無料。

(2010-09-21 盛岡経済新聞)

2010-09-21

[][] 『〜負けん気 強がり〜 石川啄木』映画/岩手県立図書館 10/10-11


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[ヨウシュヤマゴボウ]


10月の映画会・お話し会

  • 2010年10月10日〜11日 13:30〜(開場13:00)
  • 岩手県立図書館 4階ミニシアター       

『〜負けん気 強がり〜 石川啄木(カラー 40分)

石川啄木の後半生は、貧乏、借金、質屋通いの連続と病気との闘いでした。しかし、彼は生涯明るさとのびやかな精神を失うことはありませんでした。

“負けん気”で“強がり”の“自称天才”啄木少年が、ついに人から天才詩人と呼ばれるまでの過程を啄木の短歌・評論・小説・日記などを引用しながら紹介します。

  • 岩手県立図書館
      • 岩手県盛岡市盛岡駅西通1-7-1
      • 019-606-1730

2010-09-20

[] 講演会:賢治と喜善 森義真さんが紹介

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[ヒヨドリバナ]


講演会:賢治と喜善、濃密な関係

  近代文学研究家・森義真さんが紹介/岩手県釜石市

  • 宮沢賢治と、柳田国男の「遠野物語」の民話を採集した佐々木喜善の交流を紹介する講演会が18日、釜石市立図書館であった。講師の近代文学研究家、森義真さんは文学やエスペラント語、宗教などの共通性を指摘し、2人の濃密な関係をよみがえらせた。
  • 交流が本格化したきっかけは、喜善の「奥州ザシキワラシの話」に対して賢治も「ざしき童子のはなし」を雑誌に発表したことを挙げた。
  • 喜善は石川啄木ともロシア文学を語るなど、啄木と賢治双方と交友のあった数少ない人物だと話した。
  • 森さんは国際啄木学会評議員で、啄木研究家としても知られる。講演会は釜石の賢治ファンでつくる「釜石ぎんどろの会」が、「遠野物語」発刊100年を記念して開いた。【鬼山親芳】

(2010-09-20 毎日新聞>地域ニュース>岩手)

2010-09-18

[] レポ「国際啄木学会」立命館大学にて

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[時計塔のある中央広場 立命館大学衣笠キャンパス]


「2010 国際啄木学会 京都大会」レポート

大会テーマ「歌集『一握の砂』刊行100年への視座


徹底討論『一握の砂』を読む

 1.「我を愛する歌」を読む  木股知史 氏

電車は見ず知らずの人が乗り合わせる公共の場所である。

   こみ合へる電車の隅に

   ちぢこまる

   ゆふべゆふべの我のいとしさ

客観的な編集によってちぢこまった自分の像が出てくる歌。


   しつとりと

   水を吸ひたる海綿の

   重さに似たる心地おぼゆる


水を吸った海綿のふくれている微妙なバランス、ある心の瞬間を表現している。瞬間の気分・心情をとらえた歌は、<我>の内側を表現する。


つづきはこちら→レポート「国際啄木学会」立命館大学

2010-09-17

[] 石川啄木 著(P.30〜31)大いなる彼の身体が

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[コスモス]


我を愛する歌


(P.30)


   大いなる彼の身体が

   憎かりき

   その前にゆきて物を言ふ時


   実務には役に立たざるうた人と

   我を見る人に

   金借りにけり


<ルビ>身体=からだ。うた人=うたびと。


(P.31)


   遠くより笛の音きこゆ

   うなだれてある故やらむ

   なみだ流るる


   それもよしこれもよしとてある人の

   その気がるさを

   欲しくなりたり


<ルビ>笛の音=ふえのね。故=ゆゑ。

2010-09-16

[] 望月善次〈『あこがれ』石川啄木〉19

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[カイジ]


〈音読・現代語訳「あこがれ」石川啄木〉19 望月善次

錦木塚(のろい矢の巻)

「錦木塚」全4回のうち第2「のろひ矢の巻(長の子の歌)」。政子に恋焦がれ、千日通うも果たされず、自ら命を断った「隣の村長の子」からのものである。

 

ああ願(ねが)ひ、あだなりしか、錦木(にしきぎ)をば

早(は)や千束(ちつか)立(た)てつくしぬ。あだなりしか。

朝霜(あさじも)の蓬(よもぎ)が葉(は)に消(き)え行(ゆ)く如(ごと)、

野(の)の水(みず)の茨(うばら)が根(ね)にかくるゝ如(ごと)、

色(いろ)あせし我(わ)が幻(まぼろし)、いつの日(ひ)まで

沈淪(ほろび)わく胸(むね)に住(す)むにたへうべきぞ。


わが息(いき)は早(は)や迫(せま)りぬ。黒波(くろなみ)もて

魂(たま)誘(さそ)ふ大淵(おほふち)こそ、霊(れい)の海(うみ)に

みち通(かよ)ふ常世(とこよ)の死(し)の平和(やすらぎ)なれ。

うらみなく、わづらひなく、今(いま)心(こころ)は

さながらに大天(おほあめ)なる光(ひかり)と透(す)く。

さらば姫(ひめ)、君(きみ)を待(ま)たむ天(あめ)の花路(はなぢ)。

 

〔現代語訳〕

のろひ矢の巻(長の子の歌)

ああ、私の願いは無駄だったのでしょうか。錦木を

(約束通り)もう千本も立ててしまいました。(それは)無駄だったのでしょうか。

朝の霜が降りた蓬の葉に消えて行くように

野の水が、茨の根に隠れるように

色も褪せた私の幻よ。何時の日まで

沈み行く思いが湧く胸(心)に堪えながら、住むことができましょうか。


ああ、私の息(命)はもう(終わりが)迫ってきました。黒い波をもって

魂を誘う深い淵こそ、霊の海へと

道が続く変ることのない〈死の安らぎ〉なのです。

今、心は、恨みもなく、心配もなく

まるで大空の光のように透き通っています。

さようなら、政子姫。あなたを天の花の道で待ちましょう。

(2010-09-16 盛岡タイムス)

2010-09-10

[][] 「啄木資料展」岩手県立図書館 10/8-11/29

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[ツリガネニンジン]


第29回啄木資料展

  • 2010年10月8日(金)〜11月29日(月)
  • 会場 岩手県立図書館内 4階展示コーナー

    岩手県盛岡市盛岡駅西通1-7-1

1910年に『一握の砂』が刊行されてから100周年。当館所蔵の啄木コレクションとともに平成20年8月-平成22年7月までに出版された啄木関連資料の展示を行う。

2010-09-09

[] 望月善次〈『あこがれ』石川啄木〉17

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[トリカブト]


〈音読・現代語訳「あこがれ」石川啄木〉17 望月善次

錦木塚(にしきぎづか)

恋こがれた女(政子)のもとへと千日も通ったが果たされなかった男(隣の村長の子)についての鹿野地方における伝説に取材した作品。

〔昔(むかし)みちのくの鹿角(かづの)の郡(こおり)に女(おんな)ありけり。よしある家(いえ)の流(なが)れなればか、かかる辺(へ)つ国(くに)はもとより、都(みやこ)にもあるまじき程(ほど)の優(すぐ)れたる姿(すがた)なりけり。日毎(ひごと)に細布(ほそぬの)織(お)る梭(おさ)の音(ね)にもまさりて政子(まさこ)となむ云(い)ふなる其名(そのな)のをちこちに高(たか)かりけり。隣(となり)の村長(むらおさ)の子(こ)がいつしかみそめていといたう恋(こい)しにけるが、女(おんな)はた心(こころ)なかりしにあらねど、よしある家(いえ)なれば父(ちち)なる人(ひと)のいましめ堅(かと)うて、心(こころ)ぐるしうのみ過(すご)してけり。……〕


〔現代語訳〕

錦木塚(にしきぎづか)全4回の1:前文

〔昔、陸奥の鹿野に女性がおりました。由緒ある家筋であることもあり、その辺りの国はもとより、都にもいない程の優れた容姿でありました。毎日織っている(その地方名産の)「細布(ほそぬの、幅の狭い布)」を織る際の「梭(オサ)」の音にも勝って政子という名は、色々なところで高かったのです。隣村の長(おさ)の息子が、いつか見初めて、強く強く恋したのですが、女性の方は、気持ちが無かったわけではなかったのですが、由緒ある家でしたので、父親のガードも堅く、気にかけながら過ごしておりました。……〕

(2010-09-09 盛岡タイムス)

2010-09-07

[] 石川啄木 著(P.28〜29)この日頃

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[オオバコ]


我を愛する歌


(P.28)


   この日頃

   ひそかに胸にやどりたる悔あり

   われを笑はしめざり


   へつらひを聞けば

   腹立つわがこころ

   あまりに我を知るがかなしき


<ルビ>この日頃=このひごろ。悔=くい。腹立つ=はらだつ。


(P.29)


   知らぬ家たたき起して

   遁げ来るがおもしろかりし

   昔の恋しさ


   非凡なる人のごとくにふるまへる

   後のさびしさは

   何にかたぐへむ



<ルビ>遁げ来る=にげくる。後=のち。


《つぶやき》

「知らぬ家たたき起して 遁げ来る」は、これはもう全くピンポンダッシュそのもの。初めてこの歌に出会ったときは自分の(正しくない)過去がドッと出てきた。

2010-09-06

[] 啄木歌碑建立1年、三枝さんが講演 高知

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[ヤマボウシ]


石川啄木:短歌を「働き人の暮らしの歌」に変えた

  • 石川啄木の父一禎が高知で晩年を過ごした縁で、JR高知駅前に父子の歌碑が建立されて1年になるのを記念して、三枝昂之さんが「現代に生きる啄木」と題して講演した。
  • 三枝さんは「体温に最も近い詩型が短歌」と前置き。明治30年代に主流だった、高温40度にもなる恋愛中心の若者の歌から、平温36度の「働き人の歌」に変えたのが啄木と紹介。
  • 今、W杯サッカーや高齢者不明問題などが短歌の題材になっているが、「自分の暮らしの折々を自然に歌にするようになったのは、歌集『一握の砂』が発端」と話し、「啄木は近代100年の歌のベース」と結論付けた。【大澤重人】

(2010-09-05 毎日新聞>地域ニュース>高知)

[] 啄木学級故郷講座 10/16

石川啄木が教壇に立った旧渋民尋常高等小学校で,啄木の文学について学ぶ啄木学級を開催。

作家の松田十刻さんの講演や、松田さんと石川記念館学芸員の山本玲子さんとの対談など。

  • 会場 石川啄木記念館
  • 2010年10月16日(土) 10:30 〜 15:30
  • 費用 2500円(昼食代を含む)
  • 問い合わせ 石川啄木記念館 電話 019-683-2315

2010-09-04

[][]「現代に生きる啄木」啄木父子の歌碑建立1年記念講演会 9/4

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[ススキ]


講演会

啄木父子の歌碑建立1年記念 高知

  • 石川啄木の父一禎が高知で晩年を過ごした縁で、JR高知駅前に父子の歌碑が建立されて1年を記念して、「啄木と一禎の会」などは9月4日、三枝昂之さんを招いて、高知市内で講演会「現代に生きる啄木」を開く。
  • 講演会は9月4日午後2時から同市丸ノ内1の県立文学館1階ホールで。入場無料。

(2010-09-03 毎日新聞>地域ニュース>高知)

2010-09-03

[][] 啄木と郁雨 友の恋歌矢ぐるまの花

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[表紙]


『啄木と郁雨 友の恋歌矢ぐるまの花』を読む -「啄木の息」管理者

  • 山下多恵子 著 未知谷 出版
  • 2010年9月発行 2,625円(本体2,500円+税)

「と」は「戸」。新しい世界への入り口。そこをあければ、まだ見ぬ世界が開ける。石川啄木と確かに「出会って」いた二人の友、「と」の向こう側にあった、その青春の物語。


『啄木と郁雨』と題する本だが、啄木の生涯を大切に追いかけ、そのまわりに現れる人々に寄り添いそこに織りなす模様を温かく描いている。

副題である「友の恋歌矢ぐるまの花」は、啄木の歌の一部。<と も の こ= o o o o><や ま は な= a a a a >「おおおお ああああ」と続く音の響きに改めて感動した。

宮崎郁雨の歌が紹介されていた。「故郷を追はれし父とわが母と子等となしける長き旅かな」。郁雨も故郷を捨て(故郷に捨てられ)、両親とともに切ない子ども時代を過ごしたことがわかる。郁雨は啄木の妻節子の妹と結婚するが、しっくりいかないまま晩年を迎える。妻が自分にふさわしかったのだとやっと思い始めたころに妻を亡くしてしまう。

啄木が北海道を漂泊し釧路から東京へ脱出したわけ、小説で名を成すことができないとわかり打撃に震える日々、そこに次から次と歌が湧いてくる奇跡の夜、ローマ字日記をローマ字で書く意図、啄木を新しく変えた人はだれ。

謎解きのように読み進む。


写真が豊富。いままであまり見たことのない郁雨の写真や、写真家のみやこうせいさんが著者と同じ温かい目線で撮った写真の数々を楽しんだ。すみずみまで心の届いた色づかい・質感・装幀は、出版社の方々や本を作るのに関わった方々が啄木をめぐるひとびとのなかに含まれていることを感じた。

「実在した人物について書くには、彼について最大限“知る”努力が必要…」、「人間として一人の人物とどう向き合うか…」、「啄木も節子もカツも郁雨も雨情も…、その思いに寄り添うような気持ちで彼らの人生や作品を伝えるべきでしょう」。

「あとがき」に書かれたこのことばに、すっくと立った揺るぎない著者の姿勢を感じる。

 

[] 石川啄木 著(P.26〜27)手が白く

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[ゲンノショウコ]


我を愛する歌


(P.26)


   手が白く

   且つ大なりき

   非凡なる人といはるる男に会ひしに


   こころよく

   人を讃めてみたくなりにけり

   利己の心に倦めるさびしさ


<ルビ>且つ=かつ。大なりき=だいなりき。讃めて=ほめて。倦める=うめる。


(P.27)


   雨降れば

   わが家の人誰も誰も沈める顔す

   雨霽れよかし


   高きより飛びおりるごとき心もて

   この一生を

   終るすべなきか


<ルビ>家の人=いへのひと。誰も誰も=たれもたれも。霽れ=はれ。終る=おはる。

2010-09-02

[] 石川啄木の新しい偉業 地図の上朝鮮国に黒々と……

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[『石川啄木・歌集「一握の砂」発刊百年記念』切手]


石川啄木の新しい偉業 韓国併合批判の歌 5首も

   近藤典彦(前国際啄木学会会長)

  • ちょうど100年前の1910年8月29日、官報号外の形で韓国併合詔書が公布された。石川啄木は東京朝日新聞に勤めていたので、29日のうちに翌日の新聞を手にして家に帰った。そして「時代閉塞の現状」を書くために新しい原稿用紙に向かった。東京朝日新聞に寄稿したが、強権に真っ向から闘いを挑むこの評論の掲載は不可能と判断された。不可を知らされたのはおそらく9月9日。この夜啄木に歌があふれ出た。
  • 合計39首の歌群の第1首目が100年後の今、強い光を浴びている名歌である。

  地図の上朝鮮国に黒々と墨をぬりつつ秋風を聞く

  • 韓国併合をメディアを通じて批判した日本人は啄木を除くとたった一人もいなかった。
  • このたび韓国併合批判の歌が別に4首もあることが分かった。

  明治四十三年の秋わが心ことに真面目になりて悲しも

  何となく顔が卑しき邦人の首府の大空を秋の風吹く

  ……

(2010-08-24 しんぶん赤旗>学問文化)

2010-09-01

[] 石川啄木 著(P.24〜25)かなしきは

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[アスパラインゲン]


我を愛する歌


(P.24)


   かなしきは

   飽くなき利己の一念を

   持てあましたる男にありけり


   手も足も

   室いつぱいに投げ出して

   やがて静かに起きかへるかな


<ルビ>室=へや。


(P.25)


   百年の長き眠りの覚めしごと

   呿呻してまし

   思ふことなしに


   腕拱みて

   このごろ思ふ

   大いなる敵目の前に躍り出でよと



<ルビ>百年=ももとせ。呿呻=あくび。腕拱みて=うでくみて。


《つぶやき》

静かに思索し静かに闘いの炎を燃やし静かの心でいたいから、男は狭い畳の部屋でのたうちまわる。

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・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

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