〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

〈肴町の天才俳人〜春又春の日記〉14

古水一雄 石川啄木氏ヲ見タ
前回に引き続き春又春と啄木について述べることにする。
6月14日には春又春は啄木が店の前を通り過ぎるのを目撃している。
 
  石川啄木氏ヲ見タ、表ヲ通ルノヲ見タ、
  紋付ノ色ノアセタ羊甘(ママ)色ノヲ着
  テ通ツタ、髪ハ分ケテアツタ、ソシテ氣
  (気)取ツタ風ナ偉クモナクテ偉ブル風
  トイウ風シテ居ルラシイガ、如何ヤ、キ
  ミガ為メニ惜シム、青年名ヲナスハ第一
  ノ不幸ナリト、サレドキミノ多作ニ敬服
  スルナリ、ソノ趣味ノ相違ハシマラク
  ハズ、キミノ若(弱)冠ニシテ名ヲ成セ
  シ今ノ詩壇ノイカニ幼稚ナルカヲ見ズヤ
 
この時期の啄木は、「あこがれ」を出版し、妻・節子を娶(めと)り、さらには「小天地」に取りかかろうとしている時期で、経済的な窮乏を除けば啄木の生涯で最も意気盛んな時期である。春又春には、啄木が肩で風切る勢いで通り過ぎていったと感じられたのであろう。


6月21日の日記には、次のような記述も見える。
 
  「岩手日報」ノ啄木氏文アリ、四畳半云
  々ノ文ガ厭味一流の文、吾レ初メコノ人
  ノ文ヲ見テ朝寝臭シト云フ、朝寝ハ月並
  ナリ而シテ今コノ文ニ対ス、「九時頃ニ
  起キザルベカラザル云々、」アヽ臭キモ
  ノニ蓋シタルトテ臭カリシハ可笑シカリ
  キ、
 
春又春と啄木は、盛岡高等小学校では同級であり(ただし、学級は別)、盛岡中学校では啄木が2級先輩である。同じ校舎に学び、共通の友人を持ちながら交流した形跡はまったくないのである。

(2010-09-30 盛岡タイムス)