〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

望月善次〈『あこがれ』石川啄木〉27

[ススキ]


〈音読・現代語訳「あこがれ」石川啄木〉27 望月善次
塔影(とうえい)

秋の夕べ、古く寂れた寺の大戸に持たれて塔の影をみていると、全てのものは、この塔の影と共に滅んだのではないかと思われるのです。

  塔影(とうえい)

眠(ねむ)りの大戸(おほど)に秋(あき)の日(ひ)暫(しば)し凭(よ)りて
見(み)かへる此方(こなた)に、淋(さび)しき夕(ゆう)の光(ひかり)、
劫風(ごふふう)千古(せんこ)の文(ふみ)をぞ草(くさ)に染(そ)めて
金字(きんじ)の塔影(とふえい)丘辺(をかべ)に長(なご)う投(な)げぬ。
紅爛(かうらん)朽(く)ち果(は)て、飛竜(ひりゆう)を彫(ゑ)れる壁(かべ)の
金泥(こんでい)跡(あと)なき荒廃(すさみ)の中(なか)に立(た)ちて、
仰(あふ)げば、乱雲(らんうん)白蛇(はくじや)の怒(いか)り凄(すご)く
見入(みい)れば幽影(ゆふえい)しじまのおごそかなる。
 
               (甲辰《こうしん》三月十八日夜)
 
「塔の影」〔現代語訳〕
 
眠っているような(寺の)大戸に、秋の日を暫し(浴びながら)もたれて
ふりかえる此方には、淋しい夕べの光が差しています、
この世の始めから吹いていた風の中を耐えて来た千年をも越える古い文章(教典)を草に染めて
金字に光る塔の影が、丘辺に長く投げられています。
紅色の爛干も朽ち果て、飛竜を彫った壁の
金泥の跡もない荒廃の中に立って、
空を見上げると、乱れた雲は、白蛇の怒りのように物凄く
見入ると、幽かな影がもたらす沈黙が厳かに染み通るのです。


(2010-10-14 盛岡タイムス)