啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

 | 

2010-12-31

[] 啄木が森鴎外宛てに書いた献辞

f:id:takuboku_no_iki:20101231053825j:image

[ツワブキ]


啄木から鴎外に献本 東大総合図書館が所蔵

  • 東京大学総合図書館の鴎外文庫に所蔵されている石川啄木の第1歌集「一握の砂」に、啄木が森鴎外宛てに書いた献辞があることを国際啄木学会前会長の近藤典彦さんが確認した。
  • 刊行100周年の節目に、2人の関係や献本の範囲を示す貴重な資料として研究者の関心を集めている。
  • 鴎外文庫の「一握の砂」は、表紙の次の遊び紙の中央に「森先生に捧ぐ 著者」と独特の丸みのある文字で記され、裏面にインクがにじんでいる。表紙は新しい厚紙を使って製本し直し、紙も全体に色あせている。

(2010-12-30 岩手日報

2010-12-30

[] 最も詳しい啄木目録「湘南啄木文庫収集目録」発行

f:id:takuboku_no_iki:20101230171406j:image

【収集目録 第23号の表紙・啄木の歌が全集と違っている】


「湘南啄木文庫収集目録」第23号


  • 湘南啄木文庫が収集した文献の詳細な目録が2011年1月1日付けで発行される。
  • 2009年12月から2010年11月までに発行された石川啄木文献(単行本、特集号雑誌、雑誌・単行本に収録の文献、書評・新刊紹介等、新聞・雑誌掲載の記事等)総数826点を掲載。
    • 送料とも800円。
    • 希望の方はメールにて

 takuboku@sato.email.ne.jp(湘南啄木文庫 主宰 佐藤勝)

詳しくは

湘南啄木文庫

  • 表紙の写真は函館市文学館で初公開されている石川啄木の年賀状。
  • 写真で見ると啄木の歌は「癒えずに」とある。各社の石川啄木全集本には「癒えずと」になっている。編者の佐藤勝さんは、「編集後記にかえて」の中でこの指摘が啄木研究家・北畠立朴氏よりなされたことなどその経緯を詳しく述べている。

2010-12-29

[] 石川啄木 著(P.46〜47)何やらむ

f:id:takuboku_no_iki:20101229194805j:image

[カリン]


我を愛する歌


(P.46)


   何やらむ

   穏かならぬ目付して

   鶴嘴を打つ群を見てゐる


   心より今日は逃げ去れり

   病ある獣のごとき

   不平逃げ去れり


<ルビ>穏か=おだやか。目付=めつき。鶴嘴=つるはし。群=むれ。病=やまひ。獣=けもの。


(P.47)


   おほどかの心来れり

   あるくにも

   腹に力のたまるがごとし


   ただひとり泣かまほしさに

   来て寝たる

   宿屋の夜具のこころよさかな


《つぶやき》

啄木に帰宅拒否症の気を感じる。

<拒否できる立場にあるかどうか>で罹患が決まるというのは、上から目線だろうか。帰りたくても帰れないのが主症状なのだから。

2010-12-25

[] 「今も猶 やまひ癒えずに」啄木

f:id:takuboku_no_iki:20101225172656j:image

[サンタが街に]


啄木最後の短歌、病床の心境を年賀状に 函館で公開

  • 「今も猶 やまひ癒えずに告げてやる 文さへ書かず深きかなしみに」。歌人・石川啄木が亡くなる約4カ月前、病床での心境を詠んだ短歌がつづられた1912年の年賀状が北海道・函館市文学館で初公開されている。函館の歌人仲間に送ったもので、啄木最後の短歌とみられる。
  • 年賀状は謹賀新年の文字に続けて短歌がつづられ、療養する東京の借家の住所が書かれている。

(2010-12-25 共同ニュース)

問い合わせ 函館市文学館(電)0138-22-9014

[] 青春の「白堊の館」

啄木紀行 「一握の砂」百年 朝日新聞連載

7)青春の「白堊の館」文学研究 盛岡一高

「盛岡の中学校の
 露台(バルコン)の
 欄干(てすり)に最一度(もいちど)我を倚(よ)らしめ」

  • 盛岡中の2階建ての校舎は「白堊(はくあ)城」と呼ばれた。それを、啄木は「巨人」と言った。盛岡中で過ごした5年間で、文学に没頭し、妻・節子と出会った。
  • 盛岡中は盛岡一高となった。文学研究部の部員は18人。不定期に出す部誌は「爾伎多麻(にぎたま)」。盛岡中時代に啄木が作った回覧雑誌の名前だ。

(2010-12-21 朝日新聞>マイタウン>岩手)

2010-12-22

[] 僕らのロケットが飛んだ--カムイスペースワークス代表取締役

f:id:takuboku_no_iki:20101222201455j:image

[木に棲む]


NASAより宇宙に近い町工場』 僕らのロケットが飛んだ

  • 植松 努 著 ディスカヴァー・トゥエンティワン
  • 2010年(第七刷) 1,300円

「すべて自腹で宇宙ロケット開発に取り組む北海道の小さな町工場から、自分も社会をよくしたいと思うすべての人への提言」

子どもが読んでもわかりやすいが、大人にはもっと説得力がある。易しい言葉ですごいことを言う。

一番びっくりしたのは、植松さんの会社の経営方針が、「稼働率を下げる。なるべく売らない。なるべくつくらない」であること。『えっ? 成り立たないでしょう』と思ったが、理路整然とした説明に納得した。それを実際に行っているのだから、頷かざるを得ない。


  • 成功するための秘訣は成功するまでやること
  • 「どうせ無理」という言葉をこの世からなくした方がいいこと
  • 感動すると夢が見つかること

当たり前のようにも思えるが、いま現在それを実践しているひとの表現は力強い。

どうせ無理なんて言わず、夢をたくさん持って生きていこうと思う。

2010-12-21

[] 春のセミナー 国際啄木学会 4/17

f:id:takuboku_no_iki:20101221202230j:image


<2011年3月11日に発生した大震災のため中止>


国際啄木学会 2011年 春のセミナー

  • 日時 2011年4月17日(日)
  • 会場 アイーナいわて県民情報交流センター

    岩手県盛岡市盛岡駅西通1丁目7番1号

    JR盛岡駅から徒歩4分

2010-12-20

[] 啄木紀行「愛児見送った了源寺」

f:id:takuboku_no_iki:20101220173140j:image

[真一葬儀場の了源寺]


啄木紀行 「一握の砂」百年 朝日新聞連載

6)愛児見送った了源寺

「かなしくも 夜明くるまでは残りゐぬ 息きれし児の肌のぬくもり」

  • 1910(明治43)年、石川啄木に待望の長男・真一が生まれた。しかし、病弱だった真一は「一握の砂」発刊直前に亡くなってしまう。わずか24日間の命だった。啄木は急きょ、一握の砂の歌集の最後に、哀悼歌8首を加えて愛児の死を悼んだ。締めくくりに載せられたのがこの歌だ。
  • 真一の葬儀はその頃に間借りしていた理髪店「喜之床」の新井家の菩提寺である、浅草の了源寺でいとなまれた。
  • 了源寺で、啄木の息子の葬式が行われたことは啄木ファンの中でもあまり知られていない。森下慎一住職は「啄木ファンが来ることは、なかなかない。ファンのホームページにうちが載っていて驚いたことはあるけど」と話す。

(2010-12-20 朝日新聞>マイタウン>岩手)

「了源寺」啄木文学散歩

[] 啄木紀行「好摩駅の木碑」

5)好摩駅で歌碑を守る

「霧ふかき好摩の原の 停車場の 朝の虫こそすずろなりけれ」

  • 盛岡市玉山区にある、いわて銀河鉄道好摩駅。来春の新駅舎完成に向け工事が進む中、隣に立つ仮駅舎の待合室に、駅を詠んだ歌の碑がある。啄木の歌碑の中でも珍しいという木碑を、15年間守り続けた人がいる。

  • 渋民に住む沼田力さんは、JRの駅員だったが、定年後も好摩駅で働いた。きっかけがあったわけではないが、歌碑の管理を始めた。

(2010-12-18 朝日新聞>マイタウン>岩手)

2010-12-18

[] 石川啄木 著(P.44〜45)時ありて

f:id:takuboku_no_iki:20101218192238j:image

[サルスベリ]


我を愛する歌


(P.44)


   時ありて

   子供のやうにたはむれす

   恋ある人のなさぬ業かな


   とかくして家を出づれば

   日光のあたたかさあり

   息ふかく吸ふ


<ルビ>業=わざ。


(P.45)


   つかれたる牛のよだれは

   たらたらと

   千万年も尽きざるごとし


   路傍の切石の上に

   腕拱みて

   空を見上ぐる男ありたり

  

<ルビ>路傍=みちばた。切石=きりいし。腕拱みて=うでくみて。

2010-12-17

[] 啄木紀行「本郷にある〈理容アライ〉」

f:id:takuboku_no_iki:20101217165609j:image

[ユズリハ]


啄木紀行「一握の砂」百年 朝日新聞連載

4)家族で住んだ理髪店 今も営業/本郷

「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
 花を買ひ来て
 妻としたしむ」

  • 石川啄木は1909(明治42)年から、東京市本郷区本郷にある理髪店「喜之床(きのとこ)」の2階に部屋を借りて家族と一緒に住んでいた。
  • 喜之床は、「理容アライ」として同じ場所に今もある。現在の店主である新井一雄さんは、啄木が住んでいたころ店主だった弁治さんの孫にあたる。
  • 以前、啄木が住んでいた部屋の天袋から啄木と啄木の父・一禎の名前が書かれた表札が見つかったこともあった。

(2010-12-17 朝日新聞>マイタウン>岩手)

2010-12-16

[] 啄木紀行「人生を変えてくれた岩手山

f:id:takuboku_no_iki:20101216165105j:image

[ヘクソカズラ]


啄木紀行「一握の砂」百年 朝日新聞連載

3)人生を変えてくれた岩手山

「ふるさとの山に向ひて
 言ふことなし
 ふるさとの山はありがたきかな」

  • 岩手山姫神山、北上川。自然の懐に抱かれた渋民村で、啄木は育った。
  • 幼少期を過ごした宝徳寺の部屋から、真正面に見えた岩手山。この歌を詠んだのは、渋民を離れて3年がたったころ。

(2010-12-16 朝日新聞>マイタウン>岩手)

2010-12-15

[] 啄木紀行「石割桜

f:id:takuboku_no_iki:20101215171845j:image

[サザンカ]


啄木紀行「一握の砂」百年 朝日新聞連載

1)石割桜を守り続ける思い

「にしかぜに
 内丸大路の桜の葉
 かさこそ散るを踏みてあそびき」

  • 1910(明治43)年、24歳の啄木は東京朝日新聞の歌壇選者となっていた。
  • 日韓併合大逆事件などが相次ぎ、社会が閉塞していた時代に、よりどころとしたのが、ふるさとの風景。青春時代の記憶から、この歌は生まれた。
  • 啄木が見上げた「石割桜」は、今も盛岡市内丸の盛岡地裁の敷地内でそびえ立つ。

(2010-12-14 朝日新聞>マイタウン>岩手)


2)朝日新聞の校閲係

「京橋の滝山町の
 新聞社
 灯ともる頃のいそがしさかな」

  • 東京都中央区築地の朝日新聞東京本社5階。せわしない編集フロアの中で、静けさが際だつのが校閲センターだ。記事の間違いを直す「校閲記者」たち。石川啄木もかつてその1人だった。
  • 当時は「校正係」と呼ばれていた。啄木は、筆を使ってゆっくりと記事をみる他の記者とは違い、赤インクのペンを使って素早く仕事をこなしていた、と伝えられている。

(2010-12-15 朝日新聞>マイタウン>岩手)

2010-12-14

[] 「解説!啄木と一握の砂」函館 1/22

f:id:takuboku_no_iki:20101215165417j:image

[マンリョウ]


講演会「解説!啄木と一握の砂」

石川啄木の歌集「一握の砂」刊行百周年を記念した講演会。歌人の枡野浩一さんが講演するほか、「啄木と函館」をテーマにしたトークショーも行う。

  • 2011年1月22日(土)14:00〜16:00
  • 函館市中央図書館視聴覚ホール
  • 講師 枡野浩一(歌人)
  • 主催者 NHK函館放送局

北海道新聞

2010-12-13

[][] 釧路新書「石川啄木−その釧路時代」の初改訂

f:id:takuboku_no_iki:20101213054522j:image

[ヒイラギモクセイ]


釧路新書の啄木本を初改訂 来年1月出版へ

  • 釧路啄木会の北畠立朴会長が、1980年に故鳥居省三さん著作の釧路新書「石川啄木−その釧路時代」の初改訂版刊行に向け準備を進めている。
  • 来年1月21日にに出版する予定。

2010-12-11

[][] 啄木との友情 世紀越え再現

f:id:takuboku_no_iki:20101211170812j:image


郁雨連載「一握の砂」書評一冊に

  • 石川啄木の親友で、後に義弟になった宮崎郁雨が、啄木の「一握の砂」刊行をうけて、函館日日新聞に連載した同歌集に対する書評と啄木の返信書簡を採録したもの。
  • 書評では「一握の砂」所収の歌の約4割に言及している。
  • 編者の遊座昭吾さんは、函館市中央図書館に保存されている同新聞をもとに、こうした掲載記事を再現した。「100年間、図書館に眠っていた最初の『一握の砂』書評のみずみずしさを感じてほしい」と話す。

(2010-12-02 北海道新聞

遊座昭吾編『なみだは重きものにしあるかな ―啄木と郁雨―』

   宮崎郁雨「歌集『一握の砂』を讀む」

   石川啄木「郁雨に與ふ」

  • 桜出版 952円+税(1,000円)

2010-12-08

[] 若き日の失敗-啄木にも学ぶ

f:id:takuboku_no_iki:20101208172324j:image

[盛岡市先人記念館]


郷土の先人に学ぶ志

  • 2007年に始まった「先人ウォーク」は、郷土の偉人について学ぶ6年の総合学習の総仕上げで、今ではすっかり盛岡市立厨川小学校の名物行事になっている。
  • 先人の足跡をたどりながら盛岡市内を歩き、最後に先人記念館の脇にある「立志の丘」で、自分の夢や目標を叫ぶ。
  • 盛岡は、歴史的に偉人を多く輩出した土地柄だ。米内光政のほか、原敬新渡戸稲造石川啄木金田一京助など。
  • 「先人」にも、若き日の失敗や葛藤が必ずある。「何かマイナスポイントは?」との先生の問いかけに、石川啄木のカンニング事件など失敗談が次々にあがった。「最初は成績が悪かった」「甘えん坊だった」。子どもたちは、遠い存在だった先人をぐっと身近に感じた上で「人一倍努力した」「強い意志を持っていた」などと、現状に安住しない志の尊さに気付いた。

 ◎先人に学んだこと

石川啄木》 他人を思う心、貧しさに負けない強い心があった。純粋な心を持って信頼されるようになりたい。

(2010-12-08 読売新聞>教育)

2010-12-07

[] 啄木の旧居 公開

f:id:takuboku_no_iki:20101207182337j:image

[サザンカ]


修復中の啄木旧居を公開

  • 修復工事が進んでいる石川啄木の旧居宅「斉藤家」の現場報告会が4日、盛岡市玉山区渋民で開かれた。
  • 「斉藤家」は啄木が渋民尋常高等小で代用教員を務めていたときに住んでいた居宅。
  • 修復工事は、内装やかやぶきの仕上げをして12月下旬に終わる予定。

(2010-12-05 朝日新聞>マイタウン>岩手)

2010-12-06

[] “啄木と郁雨” 1世紀の時空を超えて

f:id:takuboku_no_iki:20101206051742j:image

[函館 大森浜]


啄木のすべてを愛した友、宮崎郁雨

遊座昭吾編『なみだは重きものにしあるかな ―啄木と郁雨―』

  宮崎郁雨「歌集『一握の砂』を讀む」

  石川啄木「郁雨に與ふ」

  • 桜出版 952円+税(1,000円)

啄木の『一握の砂』の刊行が明治43年(1910)12月1日。

そのわずか2週間後の12月15日から45回にわたって函館日日新聞に連載された郁雨の「歌集『一握の砂』を讀む」がその後100年間、なぜ一度も活字にならなかったのか。それは近代文学史の大きな謎です。

その連載が、ちょうど100年目の2010年12月1日、啄木の「郁雨に與ふ」と一冊になり単行本化!

2010-12-04

[]「石川啄木の偉大さ」 講演 余市町 12/5

f:id:takuboku_no_iki:20101204140553j:image

[カキ]


講演会「石川啄木の偉大さ」

  • 講師 近藤典彦さん(元北星余市高校教諭、国際啄木学会前会長)
  • 2010年12月5日(日)15:00〜
  • 余市町中央公民館(北海道余市郡余市町大川町4-143)
  • 主催 青少年自立支援センター「ビバハウス」

2010-12-03

[] 文学の夕べ「啄木短歌の誕生」函館 1/18

f:id:takuboku_no_iki:20101203173631j:image

[トキワサンザシ]


第6回 文学の夕べ 函館市文学館

  • 「啄木短歌の誕生」講師 森 武(文学館館長)
  • 2011年1月18日(火)18:30〜
  • 函館市文学館 1Fラウンジ

[] 啄木生誕祭 第9回かるた大会 2/19

かるた好きで、村にかるた遊びを流行らせた啄木にちなみ、「啄木かるた」を取り合う。

  • 2011年2月19日(土)
  • 会場 盛岡市 渋民文化会館(姫神ホール)
  • 問合せ 石川啄木記念館 TEL 019-683-2315

2010-12-02

[] 遊座昭吾さんの話と発刊100年記念パーティー

f:id:takuboku_no_iki:20101202171708j:image

[黄葉]


「一握の砂」発刊から100年 元国際啄木学会長に聞く

  • 石川啄木の第1歌集「一握の砂」発刊100年を迎え、盛岡市内では記念パーティーが開かれた。
  • 今、「一握の砂」を読む意義を、元国際啄木学会会長の遊座昭吾さんに聞いた。
    • 「一握の砂」の歌の中には、ゆかりのある地名が出てくる。

   盛岡の中学校の

   露台(バルコン)の

   欄干(てすり)に最一度我を倚(よ)らしめ

  • 啄木が幼少期を過ごした渋民という地名も出てくる。

   かにかくに渋民村は恋しかり

   おもひでの山

   おもひでの川

  • 啄木は、当時の時代を凝視し、閉塞状況を見つめていた。現代の日本は、このままでいいのでしょうか。啄木の歌が、現代の若い人々に何かのイメージを与えてくれると思います。

記念パーティー

  • 盛岡市内のホテルでは記念パーティーが開かれ、啄木のファンら約200人が祝った。
  • 歌の朗読や啄木の人柄などを紹介する金田一京助の声を録音したテープを再生。啄木ゆかりの料理が出された。

(2010-12-02 朝日新聞>マイタウン>岩手、岩手日報

2010-12-01

[] よみがえる「啄木の旧居」渋民

f:id:takuboku_no_iki:20101202140356j:image


[齊藤家修復報告会のお知らせ]

  • 2010年12月4日(土)
  • 13:00~ 式典 神事、餅まき(啄木記念館)
  • 13:30~ 現場報告会及び見学会(渋民勤労者研修センター)
 | 
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2017 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |

カテゴリー


「本家 啄木の息」は、下記のリンクでご覧になれます。

・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

◉ 「本家 啄木の息」のトップページ ……………… アーカイブです。


ページビュー
1253108