啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

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2011-01-31

[] 与謝野晶子歌碑(2) 千葉県松戸市

「ひなげしの小径」


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与謝野晶子のうた

「ひなげしは夢の中にて身を散らすわれは夢をば失ひて散る」


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戸定邸(とじょうてい)の座敷

水戸藩最後の藩主徳川昭武の住居として明治17年に建設され、平成18年に国の重要文化財に指定された。明治前期の上流住宅の姿を伝えているという。広い表座敷には光がいっぱい。


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「ひなげしの小径」

歌碑のならぶ散策路は「ひなげしの小径」と名付けられた。図面の左下に黒く繋がった建物が上の写真の邸。小さい黒●が歌碑。「松戸シティガイド」ボランティアが、ガイド創立十周年を記念して計画した。

(つづく)

2011-01-30

[] 与謝野晶子歌碑(1) 千葉県松戸市

「戸定が丘(とじょうがおか)歴史公園の歌碑」

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2011年1月27日、「戸定が丘歴史公園」にて与謝野晶子が千葉県松戸市で詠んだ歌と夫の寛が詠んだ歌の歌碑除幕式があった。

戸定が丘歴史公園は、2.3ヘクタールの広さ。庭園の程よいところに晶子碑18基、寛碑1基がフットライト付きで置かれている。



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与謝野晶子のうた

「松戸なる人の贈りしひなげしを置けばいみじきうすものの膝」

晶子は1924年(大正13)、戸定が丘の県立高等園芸学校(現千葉大学園芸学部)を訪れて散策を楽しみ六十首の短歌を詠み、文芸雑誌「明星」などに発表した。



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与謝野寛のうた

「いろいろの波斯のきれを切りはめて丘に掛けたる初夏の畑」

(波斯=ペルシャ)


「戸定が丘歴史公園」

幕府最後の将軍徳川慶喜の弟、徳川昭武が後半生を過ごした戸定邸のある場所。徳川家の住まいが公開されているのはここだけ。松戸駅から徒歩10分。


与謝野晶子石川啄木(『忘れな草 啄木の女性たち』山下 多恵子 著 未知谷 版より)

中学時代、啄木は愛読書の一つとして与謝野晶子の『みだれ髪』を挙げている。啄木は、1902年(明治35)初めて与謝野家を訪ねた。1908年(明治41)には与謝野家に滞在し、その後も頻繁に訪ねて行った。鉄幹が留守中、晶子と二人だけで語る機会もたびたびあった。彼女は子沢山の苦しい生活の中で、夏物を持たない啄木に、単衣を縫って贈ったりしている。

晶子は、啄木が共にいて「性」を意識することのなかった数少ない女性の一人であった。

 

(つづく)

2011-01-27

[] 啄木かるた大会 渋民 2/19

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[マンリョウ]


啄木生誕 第9回啄木かるた大会

郷土の歌人・石川啄木の短歌を使った「啄木かるた」により,小学生(1年〜3年)・小学生(4年〜6年)・中学生・一般(高校生以上)の4部門,3人1チームで対戦するかるた大会

  • 2011年2月19日(土)13:00~16:00
  • 渋民文化会館「姫神ホール」(盛岡市玉山区渋民字鶴塚55)
  • 問合せ先 啄木祭実行委員会事務局(石川啄木記念館)(電話 019-683-2315)

2011-01-26

[][] 啄木の短歌かるた 1/27

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[スイセン]


啄木の短歌かるた大会 小樽

  • 小樽日報社に記者として勤めてもいた、小樽ゆかりの歌人、石川啄木に関心を持ってもらおうと、小樽啄木会(水口忠会長)が、啄木の短歌を収めた「一人百首かるた」の活用を探っている。
  • かるたには、啄木が妻と娘を残して小樽から釧路新聞に移る時の「子を負ひて 雪の吹き入る停車場に われ見送りし妻の眉かな」など、小樽にちなんだ歌も収められている。
  • 1月27日にはいなきたコミュニティセンター(稲穂5)で午後1時半から初のかるた大会を開く。水口会長は「子供たちにもかるた遊びを通じて、啄木の歌に触れ合ってほしい」と話している。小倉百人一首の後、啄木のかるたを実演する。一般見学もできる。

(2011-01-26 北海道新聞

[] 啄木かるた、熱戦を展開 盛岡・渋民中で大会

  • 盛岡市玉山区の渋民中で25日、恒例の啄木かるた大会が開かれた。郷土の先人の作品に触れながら、全校生徒が30チームに分かれて熱戦を展開した。
  • 大会は石川啄木に理解を深めるため1999年度から始まった。啄木の短歌50首を使用し、生徒は上の句が詠み上げられると、素早くお目当ての札に手を伸ばした。

(2011-01-26 岩手日報

[] 2011年 啄木コンクール原稿募集

  • 短歌作品 20首
  • テーマ 主題・内容は自由
  • 表現形式 定型、口語・自由律・行分けのいずれも可
  • 応募先 101-0064 東京都千代田区猿楽町1-4-8 松村ビル401号

  新日本歌人協会「啄木コンクール」係

  • 応募締切 2011年1月31日(当日消印有効)
  • 主催 新日本歌人協会

2011-01-25

[] 石川啄木 著(P.50〜51)我に似し友の二人よ

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我を愛する歌


(P.50)


   我に似し友の二人よ

   一人は死に

   一人は牢を出でて今病む


   あまりある才を抱きて

   妻のため

   おもひわづらふ友をかなしむ


<ルビ>牢=ろう。出で=いで。


(P.51)


   打明けて語りて

   何か損をせしごとく思ひて

   友とわかれぬ


   どんよりと

   くもれる空を見てゐしに

   人を殺したくなりにけるかな


<ルビ>打明けて=うちあけて。


《つぶやき》

「どんよりと」の歌は、2008年6月の秋葉原無差別殺傷事件を思い出す。中止されていた歩行者天国がおととい(23日)再開され、10万人もの人で賑わった。そして今日、検察側が事件の被告に死刑を求刑した。

2011-01-24

[] 枡野浩一さんの講演 函館

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[東京スカイツリー 現在560m 世界第二位]


笑いも交えて啄木を解説

  • 函館ゆかりの歌人、石川啄木の歌集「一握の砂」が昨年12月で刊行から100年となったことを記念するイベント「解説! 啄木と一握の砂」が22日、函館市中央図書館で開かれた。
  • 歌人枡野(ますの)浩一さんが「石川くんの短歌はとんでもない?!」と題して講演した。枡野さんが「あまり働かなかった」などと、短歌から読み取った啄木の人となりについて話すと、笑い声が漏れていた。

(2011-01-24 北海道新聞>道南)

2011-01-22

[] 啄木が歩いた道を照らす灯り

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[ジュウガツザクラ]


啄木・雪あかりの町 釧路

  • 釧路ゆかりの歌人、石川啄木が歩いた道をアイスキャンドルの明かりで照らすイベント「第8回啄木・雪あかりの町・くしろ」が21日夜、釧路市大町にある旧釧路新聞社を復元した港文館を中心に行われた。
  • 「啄木の歌」斉唱、短歌表彰式に続き、啄木と小奴に扮した市民が啄木像の前のキャンドルに点灯。集まった市民らは、啄木への思いをはせながらさいはての雪あかりを楽しんでいた。

(2011-01-22 釧路新聞)

[] 「ぐんまの雑誌展」

  • 明治から昭和にかけて群馬で発行された文芸誌や旧制学校の校内誌を集めた「ぐんまの雑誌展」が、高崎市の群馬県立土屋文明記念文学館で開かれている。
  • 明治後期から、群馬では、時代や社会の影響を受けながら様々な文芸誌が発刊された。著名な詩人とつながりをもつものもあり、1899(明治32)年に創刊された「野の花」は、石川啄木が詩を寄せた。
  • 展示は3月13日まで。

(2011-01-22 朝日新聞>マイタウン>群馬)

[] 旧斎藤家「啄木旧居宅」修理工事 その2

  • いよいよ修理工事。
  • まずは、歪みを直す際、ワイヤーで引っ張るための地中のアンカーとなるラップルコンクリートを打つための穴を掘る。
  • 内部の畳を搬出し、既存の床板を取外す。再度使用するものだから材料に傷を付けないように当て板を使用したりしながら慎重に作業。

(2011-01-22 「ウチノ建設」のページ)

2011-01-21

[] 啄木の交友録(18-20)「街もりおか」

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[「啄木の交友録」コピーと1月号表紙]


月刊誌「街もりおか」

啄木の交友録【盛岡篇】執筆 森 義真 氏

  2010年11月号(No.515)〜2011年1月号(No.517)

18. 秋浜 市郎・三郎 親子(2010-11)

明治39年、啄木が渋民尋常高等小学校代用教員となった時の主席訓導が秋浜市郎であり、高等科で啄木から英語や歴史の課外授業を受けたのがその子・三郎であった。三郎は啄木顕彰に尽力し、全国第一号となった渋民の北上川河畔の歌碑建立に力を注いだ。「渋民啄木会」会長として活動し、石川啄木記念館開館に向けても大きな力を発揮した。

19. 阿部 修一郎(2010-12)

修一郎は、盛岡中学の1年から5年まで啄木と同じクラスで、級長を務めた。修一郎と啄木は英語のユニオン会(ユニオンリーダー輪読)の仲間であった。修一郎たちは、詩集『あこがれ』刊行前後における啄木の不行跡を諫めるため厳しい「絶交状」を書き送った。昭和25年、啄木没後39年経ってから、除名解除の追悼法要と追懐座談会を宝徳寺で営み、啄木を偲んだ。

20. 佐藤 善助(平野八兵衛)(2011-01)

善助は盛岡中学で啄木の1級下にいて、白羊会のメンバーとなり親しく交際した。明治38年、啄木が欠席した「花婿のいない結婚式」の世話をした善助は、盛岡駅に着く汽車の時間が来るたびに迎えに行ったが、啄木はとうとう現れなかった。

   タウン誌「街もりおか」に連載中

2011-01-20

[] 非常勤の村内先生『青い鳥』

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[シロミノマンリョウ]


『青い鳥』

  • 重松 清 著 新潮社
  • 2007年 1,680円

中学校の臨時教員・村内先生には吃音がある。先生の話は時間がかかり聞き取りにくい。しかし、本当に伝えたいことしか言わない。先生は、自殺や虐待やいじめに傷ついている中学生の「そばにいる」ことをその子に伝えていく。

「いじめは……ひとを、きっ、嫌うから、いじめになるんじゃない。人数がたっ、たっ、たくさんいるから、いじめになるんじゃない。ひとを、踏みにじって、くくっ、くっ、苦しめようと思ったり、くくっ、くっ、くっ、くく苦しめてることにきっ、気づかずに、……くくっ、くっ、苦しくて叫んでるこっ声を、ききっ、ききっ聞こうとしないのが、いじめなんだ……」 ほんとうに、この先生は、いま本気でしゃべっているんだ、とわかる。

読み慣れてくると、先生の言葉がまっすぐに聞こえてくる。


村内先生は本当には「いない」けれど、「いる」のではないか。ずっとそう思って8つの短編を読んでいた。

最後の「カッコウの卵」で、先生が何も自分のことは教えないままバスに乗って去っていくシーンで、私は感じてしまった。先生は「いてほしい」が、いなくてもなんとかして村内先生を自分の中に創りだしていく力を身につけよう……と。

2011-01-19

[] 啄木(藤原竜也)の過剰な自己愛

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[島錦(ボタン)]


「ろくでなし啄木」 生きのいい役者の好対決

  • 伸び盛りの中村勘太郎と活躍めざましい藤原竜也。丁々発止と切り結ぶ熱演が見どころ。
  • 前半はトミ(吹石一恵)の視点、後半がテツ(中村勘太郎)の視点で夜の情事が再現され、異なる様相が浮かび上がる。善良そのもののテツが敢然、啄木(藤原竜也)の甘えを突く逆襲がいい。野卑な生活力が爆発するさまをセリフ以上のものにした。対する藤原も過剰な自己愛をみなぎらせ、それが打ち砕かれる屈辱の震えに進境がみられる。
  • 嵐のような夜の後の朝の光。そこにこそ作者の明朗な持ち味があった。この黒い喜劇の試行をへて、作者の美質は強さをまとうだろう。

(2011-01-18 日本経済新聞夕刊)

2011-01-18

[] 石川啄木 著(P.48〜49)友よさは

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[浪花(ボタン)]


我を愛する歌


(P.48)


   友よさは

   乞食の卑しさ厭ふなかれ

   餓ゑたる時は我も爾りき


   新しきインクのにほひ

   栓抜けば

   餓ゑたる腹に沁むがかなしも


<ルビ>厭ふ=いとふ。爾りき=しかりき。


(P.49)


   かなしきは

   喉のかわきをこらへつつ

   夜寒の夜具にちぢこまる時


   一度でも我に頭を下げさせし

   人みな死ねと

   いのりてしこと


<ルビ>夜寒=よざむ。

2011-01-17

[] やんちゃで奔放な天才の狂気を見せる「ろくでなし啄木」

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[玉簾(ボタン)]


ろくでなし啄木 藤原と勘太郎のスリリングな応酬

  • 三谷幸喜作・演出の「ろくでなし啄木」は、スピード感あふれる緻密なせりふの応酬で、裏と表、うそと真実をあぶり出し、サスペンスタッチで人間の本質に切り込んでいく。
  • 東北のひなびた温泉宿にやってきた、女性にも金にもだらしのない、石川一(藤原竜也)、すなわち啄木と愛人トミ(吹石一恵)、トミを思いながらも啄木を経済的に支えるテツ(中村勘太郎)。愛憎と金が絡む奇妙な三角関係のなか、啄木は二人にあるたくらみを仕掛ける……。
  • 三谷のたくらみに、3人の若手俳優が熱く応える。藤原は、「薄幸の天才」のイメージが強い啄木の二面性、やんちゃで奔放な天才の狂気を自在な表情で見せる。

(2011-01-17 毎日新聞)

[] 【次代への名言】妻夫(めおと)物語編(14)

  • 「現代に生きようとする勇者は現代に打勝(うちか)たねばならぬ。衆俗より逃れ走るな」(与謝野晶子
  • 明治41(1908)年秋、与謝野晶子をはじめ、多くの歌人と詩人を世に送り出した文芸誌『明星』は百号をもって終刊となり、夫の鉄幹が主宰した発行母体の東京新詩社は解散することになった。
  • 最盛時には5千を数えた発行部数は900まで落ち込み、北原白秋や吉井勇、そして石川啄木といった、そうそうたる面々の新進たちが、鉄幹の編集方針や芸術観、そして彼の個性に違和感を募らせたことが原因だった。

(2011-01-15 産経ニュース)

2011-01-15

[][] 啄木・雪あかりの町 1/21

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[寒紫(ボタン)]


第8回啄木・雪あかりの町・くしろ

歌人石川啄木が1908年(明治41年)1月21日に釧路を訪れたことにちなんで、釧路滞在時のゆかりの地である南大通周辺をアイスキャンドルで照らす。

港文館から啄木ゆめ公園まで約5百メートルの道に200個のアイスキャンドルを並べ、着物を着て啄木と芸者小奴に扮した市民がキャンドルに灯をともす。

  • 2011年1月21日(金)17:00〜20:00
  • 北海道釧路市大町

 

2011-01-14

[] 「(啄木は)私の親友であつた」と晶子が…

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[吉野川(ボタン)]


【次代への名言】妻夫(めおと)物語編(13)

  • 「うとまれていまだいく日もたたなくに尼ごこちしてわれはさびしき」(与謝野晶子
  • 「東京新詩社並びに与謝野家はただ晶子女史の筆一本で支えられている。そして明星はいま晶子女史のもので、寛(夫の鉄幹(てっかん)の本名)氏はただ余儀なくその編集長に雇われているようなものだ!」
  • 辛辣。晶子が後年、「私の親友であつた」と回想した、8歳年下の夭折の詩人、石川啄木が明治41(1908)年につづった日記の一文である。

(2011-01-14 産経ニュース)

2011-01-13

[] 望月善次〈『あこがれ』石川啄木〉40

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[ビワ]


〈音読・現代語訳『あこがれ』石川啄木〉40 望月善次

アカシヤの蔭

或る夏の日のたそがれ、私は一日中漂っていた小舟をアカシアの香りのする淀みにとめ、その岸に上りました。桜咲く朧月夜のもと、恋とアカシアとの類似性などを考えたのですが、同時に、この短い夢のような時間が、霊の住み家の証明でもあれと祈ったのでした。

アカシヤの蔭〔七四五調〕

たそがれ淡き搖曳(さまよひ)やはらかに、

收(をさ)まる光暫しの名殘なる

透影(すいかげ)投げし碧(みどり)の淵(ふち)の上、

我ただひとり一日(ひとひ)を漂へる

小舟(をぶね)を寄せて、アカシヤ夏の香の

木蔭(こかげ)に櫂(かひ)をとどめて休(やす)らひぬ。


流れて涯(はて)も知らざる大川(おほかは)の

暫しと淀(よど)む翠江(みどりえ)夢の淵!

見えざる靈の海原花岸の

ふる(さと)とめて、生命(いのち)の大川に

ひねもす浮びただよふ夢の我!

夢こそ暫し宿れるこの岸に

ああ夢ならぬ香りのアカシヤや。

               (甲辰六月十七日)

〔現代語訳〕アカシヤの蔭

たそがれの、淡い揺らぎも柔らかに、

収まる光の、暫らくの間の名残として

透き通る影を投げた碧色の淵の上、

私は、只一人、一日を漂っておりました

小さな舟を寄せて、アカシヤの夏の香りのする

木蔭に櫂を止めて休息したのです。


流れて行く終わりも分からない涯大川が

暫くの間と淀をなす、翠の川の江夢の淵よ!

見えない霊が、海へと注ぐ花のような岸辺の

生まれ育った所を求めて、生命の大川に

一日中、浮び漂うような夢見る心地の私よ!

夢こそが、暫くの間宿る、この岸に

ああ、夢ではない香りを放つアカシヤがあるのです。

               (明治三十七年六月十七日)

(2011-01-13 盛岡タイムス)

 

[] 【次代への名言】妻夫(めおと)物語編(12)  

  • 「膝くめば妻はかわゆし銭ほしゝ/わざくれ(自暴自棄となり)今日も我を喪(うしな)ふ」(与謝野鉄幹)
  • 故郷の大阪・堺を飛び出して上京した鳳(ほう)晶子と与謝野鉄幹(てっかん)が明治35(1902)年のきょう、入籍したころのことである。
  • このころ、晶子と初めて対面した夭折の詩人、啄木はその感動を次のように記している。「吾(わ)れは晶子女史に見る。凡人が近づくべからざる気品の神韻(しんいん)を」

(2011-01-13 産経ニュース)

2011-01-12

[] 講座「啄木のあしあと」函館市 2/12~3/26

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[カンガルーポー]


石川啄木連続講座 (全3回)

1. 2011年2月12日(土) 14:00~「啄木のあしあと~啄木小説と北海道~」

2. 2011年3月 5日(土) 14:00~「啄木のあしあと~啄木と郁雨~」

3. 2011年3月26日(土) 14:00~「啄木のあしあと~国際人啄木~」

    TEL 0138-22-9014 FAX 0138-22-9065

  • 参加料 無料

 

[] 文学の夕べ「啄木短歌の誕生」函館 1/18

第6回 文学の夕べ 函館市文学館

  • 「啄木短歌の誕生」講師 森 武(函館市文学館館長)
  • 2011年1月18日(火)18:30〜
  • 函館市文学館

「啄木短歌の誕生」

明治43年12月に歌集「一握の砂」が発刊され百年。啄木の短歌は今でも清新な輝きを放つている。「啄木短歌の誕生について、日記・書簡・評論などを手がかりに考える。

  • 連絡先 函館市文学館 電話0138-22-9014

2011-01-11

[] 「一握の砂」発刊100年フォ−ラム

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[ミルクフルーツ]


新たな啄木像に迫る「一握の砂」100年フォーラム

  • 石川啄木の処女歌集「一握の砂」発刊100年記念フォーラムは10日、約300人が参加して盛岡市中央公民館で開かれた。
  • 民俗学者で歌人でもある国学院大名誉教授の岡野弘彦さんが講演。パネルディスカッションでは研究者や地元文化人らが新たな「啄木像」に迫った。あるパネリストは「啄木が口語で3行に書いた短歌は、当時高級だった文学を日常生活に引き寄せた」と評価した。別のパネリストは「宮沢賢治は『一握の砂』発刊直後に短歌を作り始めるなど大きな影響を受けた」と話した。別の一人は「寺山修司の歌には啄木の作品をアレンジしたものが多く、一握の砂に影響を受けていたのではないか」と推察した。
  • 今年は啄木の百回忌に当たる節目の年。近く記念事業実行委員会も設立され、啄木の魅力があらためて全国に発信されそうだ。

(2011-01-11 岩手日報、毎日新聞、産経ニュース)

 

[] 改修の旧斎藤家を公開 盛岡・啄木記念館

  • 昨年8月から進めていた盛岡市玉山区の石川啄木記念館敷地内にある旧斉藤家の改修工事が終わり、公開が始まった。
  • 啄木は代用教員を務めた1年余り、宿屋を営んでいた斉藤家で間借り生活を送った。その間、小説「雲は天才である」「葬列」を執筆。当時啄木が書いた日記の中にも「六畳間」の記述がある。
  • 開館時間は午前9時〜午後4時半(冬季)。

(2011-01-11 岩手日報

2011-01-10

[][] 講座「石川啄木の文学と思想」葛飾区 3/2~3/23

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[エクメア デルマー]


シルバーカレッジ

石川啄木の文学と思想」

  • 講師 平出 洸氏
  • 2011年3月2日、9日、16日、23日

    水曜日 10:00~12:00  4回

  • 葛飾区立石6-38-11 高齢者支援課シニア活動支援センター

 

[][] 講座「石川啄木 秀歌の世界」瀬戸内市 1/12~1/26

西郷竹彦文芸講座

石川啄木 秀歌の世界」

  • 2011年 1月 12日(水)、19日(水)、26日(水) 19:00〜22:00
  • 会場 てれやカフェ

   岡山県瀬戸内市牛窓牛窓4178

2011-01-09

[] 「ろくでなし啄木」の藤原竜也

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[スダジイ(幹に棲むカタツムリ?)]


もっと遠く、違う世界へ 「ろくでなし啄木」の藤原竜也

  • 「三谷さんの演劇作品も演出を受けるのも初めて。3人芝居も、同世代だけで舞台を作るのも初めての経験で、新鮮です」
  • 演じているのは、調子が良くて、いい加減、女性とお金にだらしないが、どこか憎めない青年・石川啄木。彼に振り回される男と女との3人の関係を描く舞台は、喜劇であり、人間の内面の謎をのぞくミステリーでもある。
  • 初めて「自分から発信した」舞台でもある。発端は6年前。「『新選組!』の仲間と焼き肉屋に行った時、三谷さんに『芝居を書いて下さい』とお願いしたんです。その時は『飲み会で仕事の話をするな』と周りからいじめられましたが、6年がかりで実現したのだから、言ったもん勝ちですよね」と笑う。
  • 「厳しい環境にもまれ、恥をかくことを大事にしながら、才能のある人と出会って、もっと遠くの違う世界へ行きたい」

(2011-01-07 朝日新聞)

 

[] 吹石一恵「台本泣きながら覚えた」 三谷作品で初舞台

  • 東京芸術劇場で上演中の「ろくでなし啄木」で初舞台を踏んだ女優、吹石一恵。天真爛漫なイメージだが、「人生で初めて泣きながらせりふを覚えた」という。
  • ある日、三谷氏からダメだしを山のようにくらった。「いっぱいいっぱいなので全部やる自信はありませんと言ったら、三谷さんは『1つでも良くなればいいんだよ』って。そのとき、気持ちが楽になったんですよ。そーか、できることからやればいいんだと思えたんです」。

(2011-01-08 産経ニュース)

2011-01-08

[] 三谷幸喜インタビュー「ろくでなし啄木」

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[シロヤマブキ]


マルチな才能「全開」

  舞台、ドラマ、映画、小説一挙7作品「生誕50周年大感謝祭」 

  • マルチな才能を発揮する三谷幸喜
  • 第1弾は、東京・西池袋の東京芸術劇場で上演中の舞台「ろくでなし啄木」。
  • 3部構成の最初が吹石演じるトミの目線から、2場はテツの目線から描いた。「3場目で初めて啄木自身の目線から同じ時間軸を描くんですけど、けいこしてみると竜也さんの語りの説得力に強さを感じたので、3場は書き直しました」
  • 啄木には病弱な文学青年のイメージがある一方、金や女性にだらしない側面があったとも言われる。「啄木をやりたいと思ったのは、イメージとのギャップがあると知ったから。竜也さんも少年のような瞬間があったかと思えば、男の成熟した香りをたまに漂わせたりとか、いろんな面を演じることのできる俳優さんだなと感じたので、役者の資質と啄木というテーマが結びついたんです」。

(2011-01-08 産経ニュース)

 

[] 旧制盛岡中図書庫を古里に 宮古から移築構想

  • 歌人石川啄木の100回忌に当たる今年、盛岡市など関係団体は「没後100年記念事業実行委員会」を月内にも設立する。
  • まず、宮古市にある啄木ゆかりの盛岡中学(現盛岡一高)の「図書庫(ぐら)」移築構想がある。
  • 図書庫は1892年に当時の校舎があった盛岡市内丸に建設。1969年には啄木が船で降り立ったなどのゆかりがある宮古市に移築された。

(2011-01-08 岩手日報

2011-01-07

[][] 北海道新聞 書評

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≪ほっかいどうの本≫

『啄木と郁雨 友の恋歌矢ぐるまの花』

  山下多恵子 著 未知谷 出版 2,625円


  • 今年は石川啄木の歌集「一握の砂」が刊行されてから100年にあたる。いまもなお多くの人びとに読み継がれている国民的歌集だが、そのなかで啄木が献辞をささげた人物の一人が宮崎郁雨だ。啄木を物心両面で支え続けた函館時代の文学仲間である。
  • 著者は新潟県在住の評論家で国際啄木学会理事。
  • 本書はこれまで見過ごされがちだった郁雨に関する資料も丹念に読み解き、2人の交流と郁雨の存在が啄木の文学に与えた影響を、あらためて明らかにしている。啄木の北海道時代が新たな視点からとらえ直され、興味深い。(中舘寛隆=編集者)

(2010-12-19 北海道新聞>書評)

 

[] 石川啄木は年賀状にも短歌を書いた…

  • 石川啄木の書いた1912年の年賀状のなかの1首が、生涯最後の短歌とされる。「謹賀新年」に続けて〈今も猶 やまひ癒えずに告げてやる 文さえ書かず深きかなしみに〉。その年の4月に26歳で他界した。
  • 〈はたらけど はたらけど猶わが生活(くらし)楽にならざり ぢつと手を見る〉。今の世に照らして味わい直したい歌が多い
  • 〈世の中の明るさのみを吸ふごとき 黒き瞳の 今も目にあり〉〈君に似し姿を街に見る時の こころ躍りを あはれと思へ〉…
  • じっと手を見る啄木もいいけれど、女性の瞳を追想する啄木も悪くない。

(2011-01-06 西日本新聞>コラム>春秋)

2011-01-06

[] 望月善次〈『あこがれ』石川啄木〉38

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[アメリカスズカケノキ]


〈音読・現代語訳「あこがれ」石川啄木〉38 望月善次

マカロフ提督追悼の詩(上)

明治三十七年四月十三日、東郷大提督の艦隊が旅順港口に迫った時、敵将のマカロフ提督は、これを迎撃しようとしてぺトロバフロスク艦を港外に進めたのですが、沈設水雷に触れて、巨艦は一爆、提督も艦と運命を共にしたのでした。敵将ながら「偉大なる敗者」であるマカロフ提督を追悼し全十章の詩が捧げられました。今回はそのうちの第一回の一〜三章です。

マカロフ提督追悼の詩(上)

(明治三十七年四月十三日、我が東郷大提督の艦隊大挙して旅順港口に迫るや、敵将マカロフ提督之を迎撃せむとし、愴惶令を下して其旗艦ぺトロバフロスクを港外に進めしが、武運や拙なかりけむ、我が沈設水雷に触れて、巨艦一爆、提督も亦艦と運命を共にしぬ。)

嵐よ黙(もだ)せ、暗打つその翼、

夜の叫びも荒磯(ありそ)の黒潮(くろしほ)も、

潮にみなぎる鬼哭(きこく)の啾々(しうしう)も、

暫し唸(うな)りを鎮(しづ)めよ。万軍の

敵も味方も汝(な)が矛(ほこ)地に伏せて、

今、大水(おほみづ)の響に我が呼ばふ

マカロフが名に暫しは鎮まれよ。

彼を沈めて、千古の浪狂ふ、

弦月(げんげつ)遠きかなたの旅順口。

  (甲辰六月十三日)

〔現代語訳〕

(明治三十七年四月十三日、我が東郷大提督の艦隊が、大挙して旅順港口に迫ると、敵将マカロフ提督は、これを迎撃しようとして、慌てて、命令を下して、其の旗艦(艦隊の指揮をとる艦)ぺトロバフロスクを港外に進めましたが、武運が拙なかったのでしょうか、我が沈設水雷に触れて、巨艦は一爆、提督もまた、艦と運命を共にしたのでした。)

嵐よ黙りなさい、闇を打つその翼や、

夜の叫びも、荒磯の黒潮も、

潮に溢れている鬼神の泣く、呻き声も、

暫らく、唸りを鎮めなさい。全ての軍の

敵も味方も、あなた方の矛を地に伏せて、

今、(旅順港の)沢山の海水の響に、私が呼ぶ

マカロフという名のもとに、暫らくは、鎮魂の意を捧げください。

彼マカロフを沈めて、大昔から今に至るまでの浪も狂い、

弦月も遠くにあります、この旅順口は。

  (明治三十七年六月十三日)

 

[] 立候補「無所属、石川啄木東奥日報<天地人>

  • 2011選挙イヤーが明けた。まずは今月10日投票の「箱館偉人選挙」に注目だ。なんと超大物4人が立候補しているではないか。
  • 「明治維新党、坂本竜馬」「菜の花党、高田屋嘉兵衛」「新選組公認、土方歳三」「無所属、石川啄木」。
  • 石川候補は働いても働いても楽にならなかった過去を振り返り「文学に親しみ、豊かな心を育む街にしたい」と静かに語る。
  • 成人を祝う式場に投票箱を持ち込み、新成人に実際に投票してもらう。模擬投票を通じて一票の大切さを知ってもらうイベントだ。

(2011-01-05 東奥日報

2011-01-05

[] 藤原竜也の啄木

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[レモン]


藤原竜也 「女好き」“三谷・啄木”に「僕も…」

  • 藤原竜也主演・中村勘太郎・吹石一恵の舞台「ろくでなし啄木」の最終舞台げいこが4日、東京・池袋の東京芸術劇場で行われた。謎に包まれている歌人・石川啄木の「ろくでなし」と言われた側面を描いた三人芝居。
  • 藤原演じる啄木が、吹石演じる自身の恋人に友人(勘太郎)を誘惑させてお金を巻き上げようと企むシーンを披露した。
  • 作・演出の三谷幸喜氏によると「エロティック・ミステリーで、4度のぬれ場を盛り込んだ」とのこと。

(2011-01-15 毎日新聞、TV朝日ニュース、デイリースポーツ、サンケイスポーツ、日テレニュース ほか)

2011-01-04

[] 啄木が描いた風景画?

f:id:takuboku_no_iki:20110104170135j:image

[仁王門草履]


啄木が描いた油絵? 奥州の高橋さん所蔵

  • 奥州市の古美術研究家高橋勉さんが所蔵する「啄木」銘の油絵が、歌人石川啄木の作ではないかと話題になっている。
  • 油彩はP8号で、紅葉する渓谷を描いたとみられる風景画。画面左下に縦書きで「啄木」の銘がある。裏には横書きで「十和田村デ」とあり、啄木の本名「石川一」と「明治四十年」の書き込みが読み取れる。

(2011-01-04 岩手日報

 

[] 斎藤佑樹「何か持っている…それは仲間」、やはり名言

  • 「何か持っていると言われ続けてきました。今日何を持っているかを確信しました…それは仲間です」。今年から日本ハムでプレーする斎藤佑樹選手が昨年11月、東京六大学で早大の優勝が決まった後に語った言葉だ。
  • 箱根駅伝の発案者は、主催した読売新聞の当時の社会部長で、歌人の土岐善麿だった。
  • 同時期に歌壇にデビューした石川啄木との友情も有名だ。啄木の葬儀は、善麿の生家の寺で営まれた。しぶる新潮社を説得して、『啄木全集』を刊行させたのも善麿だ。啄木の歌が今の世に伝わるのは「仲間」のおかげだった。

(2011-01-04 産経ニュース)

 

[] 啄木が世の中に出た年だからなあ…編集手帳

  • 立原道造は正月の日記に書いた。〈啄木が世の中に出た年だからなあ…〉(筑摩書房『立原道造全集3』)。詩人としては無名の数え年17歳、1930年(昭和5年)1月3日付の記述にある。
  • すでに故人の石川啄木が同じ年齢で文芸誌『明星』を飾ったことを発奮の材料に、「お前もしっかりな」と自身を叱咤している。

(2011-01-04 読売新聞)

2011-01-01

[][] 世におこなひがたき事のみ考へる 啄木

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[とんで はねて]


あけましておめでとうございます

世におこなひがたき事のみ考へる

われの頭よ!

今年もしかるか。 

            石川啄木

妄想癖というと、語感があまりよくありませんが、「生きたい未来」「やりたい仕事」「なりたい自分」を想像するのは素敵です。啄木の「おこなひがたき事」とは何か考えるのも興味あります。


ご訪問ありがとうございます。昨年はお世話になりました。

カメラを新しくしたお蔭で今までより多少マシな写真を載せられる(妄想です)……気がします。今年も啄木の息づかいを探して歩きます。どうぞよろしくお願いします。

皆さまにとりましても跳んで跳ねる希望あふれる一年になりますよう、心からお祈り申し上げます。

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・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

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