啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

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2011-06-29

[] 短歌甲子園 盛岡 8/19-21

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[はなののののはな]


第6回全国高校生短歌大会(短歌甲子園2011)


近代短歌に新しい世界を切り開いた青春の歌人,石川啄木を顕彰するとともに,啄木が生まれ育った盛岡市にふさわしい,若い世代の短歌づくりを振興するため,全国の高校生を対象とした短歌大会を開催します。また,全国の高校生が岩手・盛岡に集い,短歌という文学を通じて東日本大震災からの復興を応援します。       

                            

  • 2011年8月19日(金)〜21日(日)
  • 会場 盛岡劇場(盛岡市松尾町)、姫神ホール(盛岡市玉山区渋民)
  • 問い合わせ先 盛岡市商工観光部ブランド推進課「全国高校生短歌大会事務局」

    電話:019-603-8001

2011-06-28

[][] 「啄木墓碑と木村不二男」文学の夕べ-函館 8/16

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[ベニサラサドウダン]


第2回文学の夕べ 函館市文学館主催

「啄木墓碑と木村不二男」


講師 須藤隆仙 氏(南北海道史研究会会長)

日時 2011年8月16日(火)18:30~

会場 函館市文学館(北海道函館市末広町22-5)

参加料 無料

申込み 函館市文学館 TEL 0138-22-9014

  • 木村不二男は、東京で作家活動をしていましたが、昭和二十年の東京大空襲にあい、森町に疎開し、森高校で教職のかたわら作家生活を送りました。北海道文学者懇話会の会長も務めました。
  • 石川啄木の墓碑の歌について、「東海の小島の磯の......」ではなく、 初めは「船に酔ひて......」の歌が書かれていたとの説を唱え、阿部たつをと論争しました。これは、一時、詩を書いた木標が二本あったことが判明して落着しましたが、道南の文化界を騒然とさせた事件でし た。
  • この事件のあらましと、木村不二男の人柄・業績などについて語ります。

2011-06-26

[] やや遠きものに思ひし/テロリストの悲しき心も - - 石川啄木

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[ムシトリナデシコ]


詩歌の森へ:菱川善夫の著作集

  • 鋭い短歌批評で知られた菱川善夫が亡くなったのは2007年12月。長年の短歌評論を集めた『菱川善夫著作集』(全12巻、沖積舎)が刊行中のことだった。短歌批評という地味な分野だけにその継続が危ぶまれたが、2冊が無事、出版された。
  • かつて前衛短歌運動の支柱として活躍した菱川は、歌壇以外の広い文学的視野で、現代短歌のあるべき姿を探り、また、時代に呼応した短歌理論を展開した。
  • 今回の『近代歌人論』では、石川啄木を論じた第二章が読みどころ。テロの幕開けの「9・11」と、<やや遠きものに思ひし/テロリストの悲しき心も−−/近づく日のあり。>(『悲しき玩具』)と歌った啄木の、「時代閉塞の現状」の意味を解きほぐす。また、人を殺したくなり、物を壊したくなる啄木の「変な心」に注目した、「啄木の魅力−−危険な心の殺し方」の講演録は、現在の格差社会の不安心理につながる。(酒井佐忠=文芸ジャーナリスト)

(2011-06-26 毎日新聞>東京朝刊)

2011-06-25

[] 厳しい気候、風土が偉人を生む 啄木など

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[スイカズラ・金銀花]


【都道府県 伝統の教え】

岩手県 郷土を愛した先人に学ぶ

  • 新渡戸稲造、石川啄木、宮沢賢治、金田一京助、原敬…岩手県は歴史に名を残した文人や政治家など多くの偉人を生んできた。厳しい自然環境を含め郷土を愛し、活躍してきた先人たちが目立つ。
  • 『岩手県の教育史』(長岡高人編著、思文閣出版)などによると、厳しい気候、風土が木訥でじっくり思索する気風を生み、学者などに向いていたのではないかという。
  • 盛岡市では市の小学校校長会が副読本「盛岡の先人たち」をつくるなど、次代を担う子供たちに郷土の偉人らの生き方を学び「夢」「志」をはぐくむ教育に取り組んでいる。

(2011-06-25 産経ニュース)

2011-06-24

[] ベストアンサーが啄木 !?

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[サクランボ]


「結婚する意味がわかりません」

YAHOO! 知恵袋に「結婚する意味がわかりません」という質問があった。


○ ベストアンサーに選ばれた回答

  • 結婚せんと欲する者は、公開の道へと進む。 --ピレモン「語録」

  • 結婚について神の定められた法律はただ一ヶ条ある。いわく、「愛」 --石川啄木「渋民日記」 

(「公開」は「後悔」の間違い?)

2011-06-23

[] 石川啄木 著(P.70〜71)叱られて

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[ゼニアオイ]


我を愛する歌


(P.70)


   叱られて

   わつと泣き出す子供心

   その心にもなりてみたきかな


   盗むてふことさへ悪しと思ひえぬ

   心はかなし

   かくれ家もなし

 

<ルビ>子供心=こどもごころ。悪し=あし。かくれ家=かくれが。


(P.71)


   放たれし女のごときかなしみを

   よわき男の

   感ずる日なり


   庭石に

   はたと時計をなげうてる

   昔のわれの怒りいとしも


《つぶやき》

「放たれし女のごときかなしみを」の歌は、この歌集『一握の砂』後、啄木が亡くなってから発行された『悲しき玩具』の歌と≪放たれし女のごと≫のことばが同じである。

   放たれし女のごとく、

   わが妻の振舞ふ日なり。

    ダリヤを見入る。

二つの歌に出てくる男と女の違いが興味深い。

2011-06-22

[] 石川啄木 著(P.68〜69)夜明けまであそびてくらす場所が欲し

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[バイカウツギ]


我を愛する歌


(P.68)


   夜明けまであそびてくらす場所が欲し

   家をおもへば

   こころ冷たし


   人みなが家を持つてふかなしみよ

   墓に入るごとく

   かへりて眠る


(P.69)


   何かひとつ不思議を示し

   人みなのおどろくひまに

   消えむと思ふ


   人といふ人のこころに

   一人づつ囚人がゐて

   うめくかなしさ


《つぶやき》

「何かひとつ不思議を示し」の歌からは、人生の幕引きを思った。

  • 啄木の妻節子の臨終のようすを宮崎郁雨が伝えている。
    • そして目を閉じて『もう死ぬから皆さんさようなら』と云ひましたが、二三分してまた目を開き『なかなか死なないものですねえ』と云った時はもう皆が泣いてゐた時でした。それからもう一度『皆さんさようなら』と云って目を閉じると、口から黄色い泡を一寸出しましたがそれで永久のわかれでありました。

2011-06-20

[] 啄木も称賛したという高田松原の「奇跡の一本松」

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[カモガヤ]


小社会

  • 「日本の白砂青松100選」に選定されている一つで、かつて石川啄木も称賛したという岩手県陸前高田市の高田松原。約7万本あった松並木は、市街地に壊滅的被害をもたらした巨大津波に襲われた。根こそぎ流されたり途中で折れたりした中で、たった1本残った松はまさに「奇跡の一本松」。
  • 海水の影響で立ち枯れが懸念されている中、専門家の手で接ぎ木に成功したという。適した時季ではなかったが、津波に耐え抜いた一本松の強い生命力を受け継いだのだろう。新しい芽が伸びた苗は数年後には古里に帰れそうだ。
  • やなせたかしさんが作詞・作曲した「陸前高田の松の木」のCDもできた。命をつなぐ「希望の木」と一緒に、「ぼくらは生きる 負けずに生きる 生きていくんだ」。

(2011-06-18 高知新聞)

2011-06-18

[][] 講演会「啄木とあさひかわ」7/9

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[キウイフルーツ]


石川啄木の歌碑 旭川にも

  講演会「啄木とあさひかわ」

  • 講師 近藤典彦氏
  • 2011年7月9日(土)13:30〜
  • ロワジールホテル旭川(旭川市7の6)

石川啄木が旭川に一晩滞在し短歌を詠んだことを市民にもっと知ってもらいたいと、旭川の文化人や経済人らでつくる有志の会が7月9日午後1時半から、ロワジールホテル旭川で、講演会「啄木とあさひかわ」を開く。

主催は、旭川に石川啄木の歌碑を建てる会(会長・相川正志旭川文学資料友の会会長)。役員や発起人には東京旭川会の会員も含め約120人が名を連ねる。

講師は、啄木研究の第一人者で国際啄木学会前会長の近藤典彦さん(旭川市出身、神奈川県在住、元群馬大教授)。会場には、啄木と旭川に関するパネルも展示する。

歌碑を建てる会は、講演会終了後に設立総会を開き、啄木像と歌碑を建てるための募金運動を始める。没後100年にあたる来年春の完成披露を目指す。(岩本進)

(2011-06-18 北海道新聞)

[] 盛岡・渋民小児童 啄木一族の墓訪問【函館】

  • 修学旅行で来函している岩手県の盛岡市立渋民小学校の6年生31人が16日、石川啄木一族の墓(住吉町)を訪れた。
  • 一行は市文学館での見学後、啄木の墓を訪問。同館の森武館長も見守る中、雑巾やタワシで墓石の汚れを丁寧に落とした後、花を供えて全員で合掌。「大先輩への尊敬の念を新たにし、これから頑張ります」と墓前に誓うと、1953年から歌い継がれる啄木作詞の校歌を高らかに歌い上げた。

(2011-06-17 北海道ニュースリンク>函館新聞)

2011-06-17

[] 「ふるさとに入りて先づ心傷むかな」石川啄木

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[麦青く]


 [大弦小弦]

〈春の山、春の水、春の野、麦青く風暖かにして、わが追憶の国は春の日の照らす下に、いと静かに、いと美しく横はれり〉

  • 明治後期の1907年、石川啄木が故郷・岩手渋民村から一家離散する際、したためた日記だ。冠雪した岩手山、水辺輝く北上川。故郷喪失のつらい思いとともに国民的詩人を育んだ大地が目に浮かぶ
  • 震災発生から3カ月。死者1万5千人余、行方不明は8千人以上。岩手含む東北の傷はあまりに深い。「ふるさとに入りて先(ま)づ心傷(いた)むかな」。今啄木の胸中を察するならこの望郷詩の一行だろうか
  • 苦しき運命にも屈しなかった啄木に、がれきの中で負けじと闘う被災者が重なり合う。3・11を永遠に忘れぬと東北の地を「追憶の国」としたい。(中島一人)

(2011-06-11 沖縄タイムス)

2011-06-16

[] 《ただ血は沸るなり、眼は燃ゆる也》石川啄木

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[ドウダンツツジ]


  次代への名言

雨ニモマケズ編(45)

  • 「銭形平次」の生みの親、野村胡堂には二つの“家宝”があった。
  • 一つは《ただ血は沸(たぎ)るなり、眼は燃ゆる也。快(こころよき)哉(かな)》と日露開戦に興奮する様子を伝えてきた旧友の詩人、石川啄木の手紙である。
  • もう一つは、夏目漱石が親友の正岡子規にあてた書簡。帝大(東大)での学生生活がいやになり、試験を放棄してふてくされている子規に「是非(ぜひ)帰って来いと懇々(こんこん)と勧めたもの」だ。(文化部編集委員 関厚夫)

(2011-06-16 産経ニュース)

2011-06-15

[] 石川啄木 著(P.66〜67)あたらしき心もとめて

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[ワスレナグサ]


我を愛する歌


(P.66)


   あたらしき心もとめて

   名も知らぬ

   街など今日もさまよひて来ぬ


   友がみなわれよりえらく見ゆる日よ

   花を買ひ来て

   妻としたしむ

   

<ルビ>来ぬ=きぬ。


(P.67)


   何すれば

   此処に我ありや

   時にかく打驚きて室を眺むる


   人ありて電車のなかに唾を吐く

   それにも

   心いたまむとしき


<ルビ>何=なに。此処=ここ。打驚き=うちおどろき。室=へや。唾=つば。


《つぶやき》

「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ」と、啄木は誰しも抱く感情をさらりと表す。啄木の癒しは花に妻。

自分はなんだろうと、思いに耽る。

2011-06-12

[] 高山のいただきに登り/なにがなしに 石川啄木

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[クワ]


詩歌の森へ:『折口信夫研究』創刊

  • 折口信夫(しのぶ)会から、独自な思想家・文学者として活躍した折口信夫(歌人としての釈迢空)についての研究動向を記録する『折口信夫研究』創刊号が刊行された。
  • ここ数年、折口を古代ばかりでなく、近・現代の視線からとらえる新鮮な研究が目立っており、この32ページのささやかな小冊子も、その動きを表している。
  • 創刊号には、石川啄木の歌集『一握の砂』に、歌の評価や印象を迢空・折口自身が書き込みを入れたものも資料として収録された。例えば<高山のいただきに登り/なにがなしに帽子をふりて/下り来しかな>には「新藝術のむかふべき方の暗示を見る」などと書かれている。若き迢空・折口がいち早く啄木の新しい芸術性に注目していたことを示す貴重な資料、と歌人成瀬有氏はいう。ここにも自由で多面的な視線が見える。(酒井佐忠=文芸ジャーナリスト)

(2011-06-12 毎日新聞>東京朝刊)

2011-06-11

[] 「クイズ・石川啄木と函館」函館市 7/18~8/17

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[ブラシノキ]


夏休み自由研究

「クイズ・石川啄木と函館」

  • 函館市文学館
  • 2011年7月18日(月)〜8月17日(水)9:00〜15:00
  • 対象 小学生

 

[] 函館・盛岡啄木交流かるた大会 7/23

  • 函館市民体育館第2体育室
  • 2011年7月23日(土)13:00〜
  • 対象 小学生
  • 函館市文学館行事
  • 協力 函館市小学校国語教育研究会

2011-06-10

[] 公演『泣き虫 なまいき 石川啄木』井上ひさし原作

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[ヒペリカム・ヒドコート]


シスカンパニー公演

『泣き虫 なまいき 石川啄木』

  • 原作 井上ひさし
  • 演出 段田安則
  • 出演 稲垣吾郎、貫地谷しほり、渡辺えり、西尾まり、鈴木浩介、段田安則

○ 2011年10月7日〜10月30日まで

○ 紀伊國屋サザンシアター

○ 一般前売開始:2011年8月28日(日)

 

[] 現代の啄木想像し歌集出版 北海道 八雲

  • 歌人石川啄木の研究を続けている「八雲啄木会」会長の長江隆一さんが、啄木100回忌の今年、「現代に啄木が生きていたら」と想像力を膨らませて歌集を自費出版した。啄木の生涯を反映したものから、研究を踏まえて長江さんの希望を込めたものまで幅広い内容になっている。
  • 「帰って来た啄木」と題して作った約千首から627首を選んで載せた。
  • 人物としての評価は決して良いことだけではない啄木。「反省もあるだろうが、こんな心境では」と想像して詠んだ「わが人生 思いのままに駆け抜けし 短く終われど今は悔いなし」が自身で一番お気に入りという。

(2011-06-09 北海道新聞>道南)

2011-06-09

[] いのちなき砂のかなしさよ 石川啄木

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[メタセコイア]


天声人語 朝日新聞

  • 福島県で捕れたアサリの殻に、津波によるストレスの痕跡が確認されたという。
  • 乱暴に転がされ、見知らぬ深みに運ばれた恐怖を示す異変が、9割もの「貝柄」に認められたそうだ。
  • アサリ以上の健気は、岩手県の名勝、高田松原で一本だけ残ったアカマツだろう。樹齢は約260年。復興の希望を託されながら、海水で根が腐り、葉が茶色に枯れ始めた。接ぎ木でクローン苗を育てる試みが続く。
  • 歌人の胸にも、故郷岩手の松原があったのかもしれない。〈いのちなき砂のかなしさよ/さらさらと/握れば指のあひだより落つ〉。啄木の名歌は、止めようのない時を語って悲しい。戻らぬ時間は、砂時計の下半分に降り積もる。過去という名で。

(2011-06-09 朝日新聞>天声人語)

2011-06-07

[] 啄木もつかった?「七滝湯」再開を/岩手

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[ダンスパーティ(アジサイ)]


「七滝湯」の再開を

  • 宮古市鍬ケ崎地区で唯一の公衆浴場だった「七滝湯」が震災の津波で全壊した。宮古港に水揚げする漁船員の疲れを癒やし、歌人の石川啄木が浴槽につかったともいわれる創業117年の老舗の銭湯。女手一つで切り盛りしてきた経営者の袰岩(ほろいわ)政子さんは「私の手で再建は無理。公営で再開できないか」と市に相談を寄せている。
  • 袰岩さんの夫の祖父が1894(明治27)年に創業した。啄木が1908(明治41)年、海路・北海道から上京する途中で宮古に上陸した際、銭湯につかったことが日記に記されているが、その浴場だったとの見方もある。
  • 幸い、煙突が残った。風呂釜も見た目には大丈夫そうだ。住民からは再開を望む声が寄せられている。仮設住宅で暮らす袰岩さんは「回来船が宮古に寄るのは銭湯があるからです。この場所を使って再開してほしい」と話す。【鬼山親芳】

(2011-06-07 毎日新聞>地域ニュース>岩手)

[] 琴引浜のマツ陸前高田に 京丹後の団体、名勝再生へ

  • 京都府京丹後市網野町の琴引浜の景観保全に取り組む住民団体が、東日本大震災の津波で大被害を受けた岩手県陸前高田市の名勝・高田松原の再生に向けた支援に乗り出す。
  • 高田松原は2キロにわたり約7万本のマツが並び、石川啄木や高浜虚子が歌に詠んだ白砂青松の砂浜だが、津波で1本を除いて松林がほぼすべてなぎ倒された。
  • これを知った琴引浜の周辺住民らが、同じように地域の誇れる美しい浜辺を取り戻す応援をしようと動き始めた。
  • 8日に東京で陸前高田市長と面会し、マツの苗木の寄贈を申し出てサンプルと義援金を贈る。

(2011-06-07 京都新聞)

2011-06-06

[] 啄木が泊まった岩見沢

【駅人話】岩見沢駅

  歴史示す古レール

  • 岩見沢の顔、街のシンボルとして、戦火をくぐり抜け、街の盛衰を見守った駅舎が2000年12月10日未明、火事で焼け落ちた。
  • 待ち望んだ新駅舎は2009年3月、市の施設とつながった複合駅舎として開業した。
  • 駅の歴史は古い。開業は石炭を小樽へ運ぶ幌内鉄道の札幌―幌内間が開通した1882(明治15)年。1908(明治41)年に小樽から釧路に向かう石川啄木が、姉が当時の駅長夫人だった縁で1泊したという逸話も残る。
  • 駅北側の古いれんが造りの「レールセンター」は「大切な鉄道遺産」。1899(明治32)年建造とされる。中かられんが壁を支える多数の古レールの柱の中に、道内最古という1876(明治9)年米国製の輸入レールもある。(高橋賢司)

(2011-06-06 朝日新聞>マイタウン>北海道)


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「岩見沢レールセンター」レンガ造りの美しい建物

啄木の息>文学散歩>岩見沢駅と啄木>

2011-06-05

[] 啄木の歌を支えに 百回忌行事

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[ノリウツギ(北海道ではサビタと呼ぶ)]


啄木祭で震災復興願う 盛岡

  • 啄木百回忌の記念行事「2011啄木祭〜悲しみこそとはのちから〜」は4日、盛岡市玉山区渋民の文化会館姫神ホールで開かれ、県内外から啄木ファンなど約600人が詰めかけた。
  • 新井満さんは、高校時代、新潟地震で被災しその時の心の傷を、啄木の詩に癒されたことが、表現者になるきっかけだったことを朗読や歌をまじえて紹介した。
  • 新井さんと石川啄木記念館の山本玲子学芸員との対談では、啄木の歌と詩から震災からの再生のヒントを読み解いた。
  • 東京都在住の啄木の孫嫁石川好子さんとひ孫の真一さんが舞台からあいさつをした。

(2011-06-04 IBC岩手放送、2011-06-05 岩手日報・毎日新聞)

2011-06-04

[] 遠方の窓の硝子の眼の如く 啄木

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近事片々「歴史を変える喜びと、つくる重責」…

  • 「歴史を変える喜びと、つくる重責」。政権交代時、鳩山さんがこう語ったのは遠い日。
  • <遠方(をちかた)の窓の硝子(がらす)の眼(め)の如(ごと)く日を射かへして輝くが見ゆ> 石川啄木

(2011-06-04 毎日新聞>東京夕刊)

2011-06-03

[][] 一人芝居 啄木が書き残した「ローマ字日記」を基に 6/4

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[センダン]


一夜限りの復活公演 畑中さん一人芝居

  • 盛岡市のフリーアナウンサー畑中美耶子さんの一人芝居「SETSU-KO〜啄木ローマ字日記より〜」は4日、盛岡市の啄木新婚の家で開かれる。
  • この作品の演出を手掛け、昨年9月亡くなった山元清多さんの追悼特別公演として一夜限り復活する。
  • 「SETSU-KO」は石川啄木が書き残した「ローマ字日記」を基にした作品。日記には人間の解放を貫き通そうとした啄木の生活が赤裸々に描かれており、日記を読む妻節子の愛と苦悩を畑中さんが演じる。

(2011-06-03 岩手日報)

 

 

一人芝居「SETSU-KO〜啄木ローマ字日記より〜」

  • 2011年6月4日(土)19時00分〜
  • 場所 啄木新婚の家(岩手県盛岡市中央通3-17-18)
  • 費用 無料入場(予約を優先)
  • 問い合わせ 盛岡観光コンベンション協会(電話:019-604-3300)

[][] 啄木祭、新井満さん講演も 6/4

  • 2011啄木祭は4日、盛岡市玉山区渋民の文化会館姫神ホールで開かれる。石川啄木百回忌の今年は、東日本大震災を受け「悲しみこそとはのちから」がテーマ。芥川賞作家の新井満さんの講演、石川啄木記念館の山本玲子学芸員との対談を通じ、苦難からの再生のヒントを天才歌人の人生と歌から読み解く。
  • 啄木は函館日日新聞の記者だった年、函館大火に遭うなど災害と無縁ではなかった。日記では大火を「根本的の革命」と記し、復興への高揚をうかがわせる。歌集「一握の砂」にも災害の影響と思われる表現が見られるという。
  • 百回忌の今年は、啄木の孫嫁の石川好子さんとひ孫の真一さんが東京都から訪れ、あいさつする。

(2011-06-03 岩手日報)

 

 

啄木祭

  • 2011年6月4日(土)13:00開場 13:30開演
  • 盛岡市渋民文化会館 姫神ホール
  • 講演と朗読と歌唱 新井満氏 演題「地震と津波の青春時代」
  • 対談 新井満氏 × 山本玲子 テーマ「啄木と災害〜その時、啄木は〜」

2011-06-01

[] 君が眼は万年筆の仕掛けにや 啄木

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[センダン]


季語刻々

  六月の万年筆のにほひかな−−千葉皓史

  • 日ごろはパソコンの画面に向かって書くが、手紙やハガキはできるだけ万年筆で書くようにしている。

  「君が眼(め)は万年筆の仕掛けにや絶えず涙を流して居給(いたま)ふ」

  • これは石川啄木の短歌。泣いてばかりの「君」をからかっている。<坪内稔典>

(2011-06-01 毎日新聞>東京)

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・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

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