啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

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2011-07-28

[] 国際啄木学会「2011夏セミ」<その3> 啄木行事レポート

《関連イベントに参加しての私的レポート》


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[ママコナ]


国際啄木学会「2011年夏のセミナー」2011年7月3日(日)明治大学


<講演 -3>

  • 「現代短歌の中の啄木」三枝※之(さいぐさたかゆき)氏(※は「昴」の「卯」の左側が「工」)

(つづき)

[三] 定型論から見た啄木のへなぶり = 定型の変形化(定型を守りながら歪める)

○ 石川啄木「ローマ字日記」明治42年4月11日

啄木はローマ字日記に、「予はこの頃真面目に歌などつくる気になれないから、相変わらずへなぶってやった。その二つ三つ。」といいながら、9首引用している。そしてそのうちの実に9分の7が字余りの歌だ。


【 】の部分が結句字余りの歌。

わが髭の下向く癖がいきどおろし、この頃憎き【男に似たれば。】

いつも逢う赤き上着を着て歩く、男の眼【この頃気になる。】

ククと鳴る鳴革いれし靴はけば、蛙をふむに似て気味わろし。

その前に大口あいて欠伸するまでの修業は【三年もかからん。】

家を出て、野越え、山越え、海越えて、あわれ、どこにか行かんと思う。

ためらわずその手取りしに驚きて逃げたる【女再び帰らず。】

君が眼は万年筆の仕掛けにや、絶えず涙を【流していたもう。】

女見れば手をふるわせてタズタズとどもりし男、【今はさにあらず。】

青草の土手にねころび、楽隊の遠き響きを【大空から聞く。】


○ 河野裕子『森のやうに獣のやうに』

逆立ちしてお前がおれを見つめてたたった一度きりのあの夏のこと

六・七・五・九・七


○ 三枝たか之『農鳥』

立ち直るために瓦礫を人は掘る 広島でも長崎でもニューヨークでも

五・七・五・十二・七


結句字余りは短歌をつくるときに一番避けたい姿である。どうしても字余りにするときは別の場所にもっていき、結句は七字にしたほうがよいと私は教えている。結句が七だとそんなに乱れた感じがしないから。


○ 石川啄木

非凡なる人の如くに ふるまへる 昨日の我を 笑ふ悲しみ「東京朝日新聞 明治43.3.19)

初出のときは拙い。


非凡なる人の如くにふるまへる/後のさびしさは/何にかたぐへむ『一握の砂』

歌集にするときはこのように歌うことによって、自分を見つめる目が二歩も三歩も高くなる。

定型らしさを決めるためにわざと歪める。これは啄木から出てきたかどこから出てきたかはわからない。


○ まとめ

短歌や俳句の定型性と伝統が蓄積した感受性は、受け継ぎ守らなければいけない。先般的な歌人ほどそういう意識を持っている。近代歌人の中では啄木が突出して持っている。

定型を守るために壊す、それを一番はっきりとした形で示したのは100年前の啄木だ。

 

…講演の項おわり…

(研究発表につづく)

2011-07-27

[] 国際啄木学会「2011夏セミ」<その2> 啄木行事レポート

《関連イベントに参加しての私的レポート》


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[チロリアンランプ]


国際啄木学会「2011年夏のセミナー」2011年7月3日(日)明治大学


<講演 -2>

  • 「現代短歌の中の啄木」三枝※之(さいぐさたかゆき)氏(※は「昴」の「卯」の左側が「工」)

(つづき)

[二] 歌人俳人の作品意識

○ 飯田龍太『遅速』

なにはともあれ山に雨山は春

これは素晴らしい。春の近づいてきたことを特に雨で感じている。龍太の一句といえばこれをあげたい。晩年の龍太にインタビューをした。「これが一番好きな句だ」と言ったら、龍太は「あぁ、あれは俳句らしくない俳句だ」とこたえた。例えば、「山に雨なにはともあれ山は春」としたら何の面白味もない。五七五の定型をどこかで揺さぶらないと自分の春の感触が出てこない。


○ 森岡貞香『百乳文』

かならず人は身罷るかないま亡くも快活に妻をよびたてるこゑ

森岡さんにインタビューしたとき「五七五に当てはめてピッタリするのが嫌いですか」と聞いたら、「何を言っているの。ピッタリするためにどこか歪めることで自分なりのピッタリにする」とこたえた。


○ 穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』

ハロー 夜。ハロー 静かな霜柱。ハロー カップヌードルの海老たち。

かなりいい歌。ピッタリ定型だが五七五を意識して読む人はいない。これは孤独の歌だとおもう。ハロー、ハロー、と呼びかけるが応えの返ってこないものに呼びかけている。昔と違う、今日の若者たちの孤独感を歌っている。


○ まとめ

定型を一直線に守るのではなく、一歩壊しながら守る。


(「講演」つづく)

2011-07-26

[] 国際啄木学会「2011夏セミ」<その1> 啄木行事レポート

《関連イベントに参加しての私的レポート》


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[講演する三枝氏]


国際啄木学会

「2011年夏のセミナー」

  • 2011年7月3日(日)
  • 明治大学駿河台校舎(東京都千代田区神田駿河台)

<講演-1>

  • 演題 「現代短歌の中の啄木」
  • 講師 三枝※之(さいぐさたかゆき)氏(※は「昴」の「卯」の左側が「工」)

[一] 定型表現の特徴を考える

「大震災3.11」からいろいろなものが変わった。短歌の世界では、「昨日の続きが今日で、今日の続きが明日ということを前提にしてきた表現」がどうもウソくさくなってきたという人が多い。


○ 長谷川櫂『震災歌集』

かりそめに死者二万人などといふなかれ親あり子ありはらからあるを

長谷川櫂は俳句の世界では屈指のひとりだが、俳句では我慢できなかった。五七五におさまらないで、後の七七を付けずにいられなかった。七七があることで「ひとりひとりはかけがえのない人々だ」という自分の思いを強く表現できる。


○ 知覧特攻平和会館のラストメッセージから

あす散ると思ひもされぬ さくらかな(小屋哲郎 27歳)

自然の美しさに心を寄せることでこの世に生を受けていることへのいとおしみと世を去る未練がある。

皇国の弥栄祈り玉と散る心のうちぞたのしかりける(若杉潤一郎 24歳)

上の句で状態、下の句で心を表現しているが、24歳の青年の肉声は感じられない。定型の形式に吸収されて自分のデリケートな内面を殺している。


○ まとめ

五七五七七は心の表現として優れているが、内的な襞を出しにくい。この二面性が短歌にはある。


歌は人のこころを殺す 止みて降る知覧の雨がわれにささやく(三枝『上弦下弦』)


(「講演」つづく)

2011-07-22

[] 「啄木に献ずる あなたの詩歌」 北上市 7/7~8/7

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 [マルバストラム]


4歳〜83歳の力作から選ばれた優秀作品展示

昨年度「啄木に献ずる詩歌」展の来場者から募った詩歌のうち、優秀作品を作者直筆で展示する。

  • 2011年7月7日〜2011年8月7日
  • 日本現代詩歌文学館 岩手県北上市本石町2-5-60
  • 問い合わせ 日本現代詩歌文学館(0197-65-1728)

[] 「啄木を愛した作家たち」企画展 石川啄木記念館 8/1〜11/30

  • 2011年8月1日(月)〜11月30日(水)
  • 会場 石川啄木記念館
  • 主催 石川啄木記念館 岩手県盛岡市玉山区渋民字渋民9
  • TEL(019)683-2315/FAX(019)683-3119

金田一京助、野村胡堂ら同時代の人々、斉藤佐蔵や玉山勘右エ門などの教え子、藤沢周平、渡辺淳一、井上ひさし、渡辺喜恵子、澤地久枝、湯川秀樹、五木寛之、新井満などの作家たちが啄木をどのように慕い、評価しているかを紹介する。折に触れて親友・金田一京助が真の啄木像を語る録音テープを公開。

[] 石川啄木講座「愛され続ける啄木」8/27

函館市文学館 石川啄木講座

  • 2011年8月27日(土)14:00〜16:00 
  • 会場 函館市中央図書館視聴覚ホール
  • 講師 山本玲子 石川啄木記念館学芸員
  • 問い合わせ 函館市文学館

2011-07-20

[] 啄木の「一握の砂」を歌う 神戸

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[ツートンカラー]


東日本大震災:「音楽で思い届けたい」西宮で前夜祭 /兵庫

  • 県立芸術文化センターの佐渡裕芸術監督がプロデュースするオペラ「こうもり」の初日公演を前に、西宮市高松町の高松公園で15日、前夜祭が開かれた。東日本大震災の追悼の思いを込めたコンサートなどがあった。
  • 前夜祭では岩手県出身の石川啄木の歌集「一握の砂」に、ピアニストの井本英子さん=篠山市=が曲をつけ、仙台市の宮城学院女子大の学生らが歌った。
  • 佐渡さんは、東日本大震災について「音楽は食べ物を届けることはできないので無力感を感じたが、この街の思いを届けることはできる」と語った。【大沢瑞季】

(2011-07-16 毎日新聞>阪神版)

2011-07-19

[][] 高校生対象の短歌大会 8/19〜8/21

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[タマガサノキ]


被災地へのエールを作品集に 8月の短歌甲子園

  • 第6回全国高校生短歌大会「短歌甲子園2011」は8月19日から3日間、盛岡市で開催される。団体戦には36校が全国大会に出場する。
  • 今回は予選参加者から東日本大震災の復興を応援する短歌も募集。作品集にして被災地へ届ける。
  • 運営委員長を務める県歌人クラブの柏崎驍二会長は「震災があった中でも、全国から多くの応募を頂いてうれしい。今年は啄木の百回忌でもある。震災を若い力で乗り切れるよう、全国に発信する大会にしたい」と意気込む。

(2011-07-17 岩手日報)

2011-07-18

[][] 公演「泣き虫なまいき石川啄木」 10/7-10/30

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[オカトラノオ]


「泣き虫なまいき石川啄木」

○公演スケジュール

  • 2011年10月7日(金)〜10月30日(日)
  • 紀伊國屋サザンシアター(新宿南口・タカシマヤタイムズスクエア 紀伊國屋書店新宿南店7F)

○キャスト&スタッフ

稲垣吾郎……石川 一(はじめ) (啄木)

貫地谷しほり……節子(妻)

渡辺えり……カツ(母)/片山カノ

西尾まり……光子(妹)/マッキントッシュ

鈴木浩介……金田一京助/金本

段田安則……一禎(父)/カルバン博士/演出


作  ・・・・井上ひさし

演出 ・・・・段田安則


  • 残された写真の大人しげな表情の所為なのか、はたまた、貧乏のどん底で不遇のまま早世した史実からなのか、石川啄木の名前には、「薄幸」という形容詞が実に良く似合う。
  • 彼が残した歌の哀しくも優しい響きは、没後100年が経とうとしている現在に至るまで、私たち日本人の心に寄り添い、支え続けてきたと言っても過言ではない。
  • 実際は、彼の歌を愛する側の妄想が一人歩きしたもので、その行状は、本人が残した日記に、実に克明に彼の"ダメさ加減"が記されている。
  • そんな啄木の日記を、「現代最高の戯作者・井上ひさし」がじっくりと読み解き、なぜか日記が欠落しているとしか思えない謎の期間への考察も込めて、虚実皮膜の評伝劇に仕上げたのが、1986年初演の本作『泣き虫なまいき石川啄木』なのだ。

シス・カンパニー  公演日程・ものがたり・人物概要・チケット情報・・

2011-07-13

[] 啄木短歌を読んで優勝 根室

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[ノリウツギ]


ロシア人島民 見事な日本語披露

  • 北方領土ビザなし交流で日本語を学ぶため、6月上旬から道内に滞在中のロシア人島民7人が12日、根室市内で初めて開かれた日本語スピーチコンテストに参加した。
  • 石川啄木の短歌を読んだ国後島の新聞社員ガリーナ・モストフシコワさんが優勝。盛んな拍手が送られた。

(2011-07-13 北海道新聞)

[] 啄木学級:傲慢さを戒めた啄木 毎日新聞・岸井主筆が東京で講演

  • 東京都文京区で開かれた「啄木学級 文の京講座−−啄木の時代が来た」で、毎日新聞社の岸井成格主筆が「3・11で啄木が教えてくれたこと」と題して講演した。
  • 石川啄木が母校・盛岡中学校の校友会雑誌に1907年に寄稿した「林中の譚(たん)」を取り上げ、「自然界では想定外のことが起こるのに、人間は忘れている、その傲慢さを啄木は痛烈に批判した。東日本大震災後の今こそ、警告として受けとめたい」などと語った。

(2011-07-11 毎日新聞>東京夕刊)

2011-07-12

[] 啄木学級 文京シビックホール<その2 対談> 啄木行事レポート

《関連イベントに参加しての私的レポート》


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[クリ]


啄木学級「文の京(ふみのみやこ)講座」

  • 2011年7月1日(金)文京シビックホール

<その2 対談>

「真の美と生命と -文学の力-」

  岸井成格氏と石川啄木記念館山本玲子学芸員


・山本

3.11をきっかけにして、私たちは変わったと思う。3.11前には、ダムをつくったからここまで津波は来ないだろう、何でも人間はできるのだ、と思ってしまっていた。安心し過信したことが多くのひとの命を奪った。啄木は100年前から人間に警告し、「気づきなさい」と呼びかけていた気がする。

岸井さんは 『サルと人と森』の序文で「本当の豊かさや人の幸せは便利な物に囲まれていることではない。幸せは感じるものだ」と書いてくださった。


・岸井

3.11で何が変わったか。地域・家族の絆が大切だから、もう一度その絆を結び直そうというきっかけになった。20世紀のアブノーマルな暮らしにブレーキがかかり、身の丈にあった豊かさ幸せを求めていこうと思い始めた。


・山本

明治29年の三陸大津波で大被害を受けたとき、「ここから下には家を建てない」という碑が建てられた。その教えを守って、今回の津波から難を逃れた地域がある。歴史から学ばねばならないと思った。啄木が絵本の中で、過去を忘れるものには将来はない、あわれなる人間は早晩滅亡する、と警告している。


・岸井

自然から学ぶ知恵は大変なものだ。

毎日新聞の津波の写真が全世界500社に配信された。それは紙の写真だから残る。また、避難所では紙の新聞が人気だった。電子新聞になっていくとどうやって残っていくのか心配だ。


・山本

ひとは自然と調和して生きていかないといけない。

啄木の文学は人の心に寄り添って一緒に泣くということができる。一緒に泣いて気持ちを吐き出させてくれるのが啄木の歌だと思う。


・岸井

真善美のうち、真と美は変わらない。善は立場や時代で変わる。いま、我々が認識で求められる真と美は自然であるということを啄木から教えられた。

2011-07-11

[] 啄木学級 文京シビックホール<その1 講演> 啄木行事レポート

《関連イベントに参加しての私的レポート》


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[クリの雄花]


啄木学級「文の京(ふみのみやこ)講座」

  • 2011年7月1日(金)
  • 会場 文京シビックホール(東京都文京区春日)

<その1 講演>

    • 「啄木の時代が来た―この震災が我々に教えてくれたこと―」
    • 講師 岸井成格氏 (毎日新聞社主筆)

啄木の文学論などに触れることはできないと思うが、啄木の「林中の譚」をもとにした絵本『サルと人と森』を森びとプロジェクト委員会から出版し序文を書いた縁で啄木の話をしたい。


いまの日本は大震災3.11により大きな歴史の転換期を迎え、驚異の年といわれている。イスラムの民主化の嵐は中国・中央アジアなどへ影響を与えるだろう。ギリシャの金融危機は世界恐慌の引き金を引きかねない。

私は「山と心に木を植える"森びとプロジェクト"」の委員をやっている。日本の緑は世界に冠たるものである。ところがいま、木はどんどん枯れてどんな対策をやっても追いつかない。どうやって木を守っていったらよいかの運動のスタートのきっかけをくれたのが啄木の「林中の譚」である。

内容は、サルと人間が文明論を戦わす。人間は、木を倒し道路をつくり、権力で自然破壊をする。サルはその道は天国ではなく地獄に通じる道だ。自然だけは守ってくれと警告する。

日本人は昔から天変地異などに諦めを持ち、最悪のこと想定外のことは考えないようにしてきた。啄木はこの本で「想定外のことにも対処しないといけない」と警告している。

啄木は日清戦争日露戦争が始まったその時代に閉塞感をもち、人間の傲慢さ驕慢さを言いたかったのではないか。


3.11によって日本人が今まで経験したことのないことが起きてくるだろう。意識も感覚もすべて一から変えざるを得ないときがくる。

政治経済が混迷に陥っているときだからこそ、誰もがいま一番やらなければならないことに全力で進んでいけるときである。誰もが坂本龍馬になれる時代だ。

この辛い出来事の後にもう一回何か奇跡が起きるのではないか。その種はなにか。それはいままでの歴史に学ぶしかない。


(つづく 対談「真と美と生命と」)

2011-07-09

[] 啄木が思いを寄せていた女性への直筆書簡 最低入札価格250万円

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[チゴザサの花]


古典オークション:古書大入札会に2200点出品 きょう下見会/東京

  • 国内最大で、最も歴史がある古典オークション「第46回 明治古典会 七夕古書大入札会」が8日、千代田区神田の東京古書会館で始まった。文豪の草稿から、古地図、古文書など江戸期以前から現代までの約2200点が出品されている。一般の人も参加できる下見会は9日も開催される。
  • 今年は元号が大正になった時から数えて100年目となることから、大正期に生まれた作品・資料を集めた特別企画を併せて開催。芥川龍之介が学生時代に各地の怪談話を筆記したノート(最低入札価格700万円)。画家・竹久夢二のスケッチ帳(同600万円)。石川啄木が思いを寄せていた女性に宛てた直筆の書簡(同250万円)−−などが目玉だ。【吉住遊】

(2011-07-09 毎日新聞>地域ニュース>都内版)

2011-07-08

[] 野口雨情は、なんと石川啄木と出会い意気投合

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[ササバギンラン]


北の文人 立ち話

大器晩成の人 野口雨情

  • 「赤い靴」「しゃぼん玉」「七つの子」といえば誰もが口ずさんだことのある童謡。これらは全て野口雨情の作品ですが、彼と北海道の興味深い縁をご存じですか?
  • 茨城県の廻船業の家に生まれた雨情(英吉)は、文学的才能に恵まれ20代で詩壇デビューするも、当時の評価はいまひとつ。家勢が傾き、雨情は一旗あげるべく樺太に渡り、その後、札幌の北鳴新報社の記者となりました。
  • そんな雨情は札幌時代に、なんと石川啄木と出会い意気投合しました。ふたり仲良く小樽日報社に転職しますが、雨情は一カ月で退職。啄木は日記に「記者としての一からを雨情に学んだ」と書いているそうです。【高山美香】

(2011-07-08 朝日新聞>マイタウン>北海道)

2011-07-07

[][] 啄木歌碑と啄木像を旭川に 7/9

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[ノウゼンカズラ]


旭川に啄木の歌碑を

  • 「旭川に石川啄木の歌碑を建てる会」を旭川市の市民有志がつくった。没後100年にあたる来春の建立をめざしており、この9日には「啄木とあさひかわ」をテーマに講演会と設立総会を開き、歌碑建立に向けた活動を本格化させる。
  • ゆかりの歌4種 日誌や紀行にも記述

  名のみ知りて縁もゆかりもなき土地の宿屋安けし我が家のごと

  伴(つれ)なりしかの代議士の口あける青き寝顔をかなしと思ひき

  今夜こそ思ふ存分泣いてみむと泊(とま)りし宿屋の茶のぬるさかな

  水蒸気列車の窓に花のごと凍(い)てしを染むるあかつきの色

  • 旭川出身で啄木研究で知られる近藤典彦・国際啄木学会前会長が発案した。
  • 「建てる会」は歌碑のほか、啄木像の建立もめざしており、候補地としてJR旭川駅か近くの平和通買物公園を考えている。800万円を目標に資金を集め、来年3月までに完成させたい意向だ。
  • 9日の講演会では啄木と旭川のつながりを市民に広く知ってもらい、支援、協力を得るため、近藤さんが啄木の魅力などを分かりやすく解説する。(松島日世士)

(2011-07-06 朝日新聞>マイタウン>北海道)

 

講演会「啄木とあさひかわ」

 講師 近藤典彦氏

    ・2011年7月9日(土)13:30〜

    ・ロワジールホテル旭川 2F(旭川市7の6)

    ・入場無料

2011-07-06

[] 「現代短歌の中の啄木」啄木学会夏セミ

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[チゴザサ]


現代短歌に啄木の面影 文芸評論家の三枝さん講演

  • 国際啄木学会の夏のセミナーは3日、東京・明治大学で開かれ、三枝※之(さいぐさたかゆき)さんが「現代短歌の中の啄木」と題して講演した。(※は「昴」の「卯」の左側が「工」)
  • 三枝さんは、現代短歌の中に「五七五七七の定型を壊しつつ守る意識」が共通して見られると指摘。その源流は石川啄木の「へなぶり」(定型の変形化)にあるとした。
  • 盛岡大の日景敏夫教授が「啄木が読んだ英語資料のコーパス言語学」、佐野短大の大室精一教授が「啄木の推敲意識」をテーマに研究発表した。
    • 2011年11月5、6日に盛岡市で大会を開くことを決定
    • 募金活動を行い、被災した図書館に啄木の本を贈ることを決定

(2011-07-06 岩手日報)

2011-07-05

[] 石川啄木 著(P.72〜73)顔あかめ怒りしことが

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[雨のあと・ヒペリカム・ヒドコート]


我を愛する歌


(P.72)


   顔あかめ怒りしことが

   あくる日は

   さほどにもなきをさびしがるかな


   いらだてる心よ汝はかなしかり

   いざいざ

   すこし呿呻などせむ


<ルビ>怒り=いかり。汝=なれ。呿呻=あくび。


(P.73)


   女あり

   わがいひつけに背かじと心を砕く

   見ればかなしも


   ふがひなき

   わが日の本の女等を

   秋雨の夜にののしりしかな


<ルビ>背かじ=そむかじ。日の本=ひのもと。女等=をんなら。秋雨=あきさめ。

2011-07-04

[] 高知・啄木父子の歌碑…新聞記者に必要なこと

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[ムラサキツユクサ]


支局長評論:周南 続・高1との出会い /山口

  • 「新聞記者に一番必要なことは、出会いを大切にすることだと思います」。6月初めに県立徳山高で行われた講座でそう話したところ、受講生8人分の感想が届きました。
  • 「記者といえば、すごく文章を書く能力がなければいけないと思っていました。しかし、出会いやおもいやりの心が大切だと分かりました」
  • 前任地の高知で私が取り組んだ例も話しました。岩手県の歌人、石川啄木の父一禎(いってい)が高知で晩年を過ごしたことを知り、県版で紹介したところ、地元歌人の心に火がつきました。全国に募金を呼び掛け、高知駅前に父子の歌碑が建つことになったのです。岩手、高知両県の交流が始まるきっかけにもなりました。
  • 「講座を聞いて今までより強く、新聞記者になりたいと思いました。私も社会を変えるような、役に立てる新聞記者を目指してがんばりたい」
  • わずか50分の出会いでしたが、同僚として働く日が来れば幸せます。<周南・大澤重人>

(2011-07-04 毎日新聞>山口東版)

2011-07-02

[] 「啄木・賢治…を岩大生になって学ぶ」シニアカレッジ 2011

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シニアカレッジ2011

「いざ、イーハトーヴの学舎 岩手大学キャンパスへ!」

2011年9月15日 ~21日

  • 滞在型生涯学習プログラム
  • 「岩大(がんだい)生」として毎日岩手大学に通学。
  • 受講料 70,000円(税込・1泊1食込)

○ 講義7「啄木と三陸海岸旅行」山本玲子(石川啄木記念館学芸員)

明治33年(1900)、盛岡中学3年生の夏休みに行われたクラス旅行会。 それは三陸大津波から4年後のこと。啄木ら、当時の中学生は何を見、どのような体験をしたかを、一緒に 参加した船越金五郎の日記を参考にしながら講義。

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・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

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